妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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ゼフィーリアの案内で、紫達は魔界神が統治する魔界都市へと足を踏み入れる……。


第97話 ~魔界神との対峙~

 魔界神と名乗った神綺に連れられ、紫達は客間へと案内された。

 美しい工芸品に囲まれた高級感漂うその部屋には、既に人数分の飲み物や菓子が用意されており、神綺に促され彼女達は向かい合うように椅子へと座った。

 

「さあどうぞ。夢子ちゃんが作ったお菓子は美味しいよ?」

「…………」

 

 焼き菓子に視線を向ける紫。

 確かに食欲をそそる甘い匂いが漂っているが、何の警戒もなく手を伸ばす事はできない。

 

「警戒する必要はないぞ紫、神綺はくだらない策略とは無縁の女だからな」

「ゼフィーちゃんの言う通りよ紫ちゃん。それにヘカちゃんの知り合いにそんな酷い事しないわ」

「…………そうね、ごめんなさい。どうしても初対面の相手にはまず警戒を抱くような悪癖を持っているようなの」

「その警戒心は大切だから気にしないで。それより紫ちゃんのお友達もどうぞ?」

 

 もう一度促され、紫達はクッキーやスコーンといった菓子に手を伸ばし口に含む。

 優しい甘さが口全体に広がり、しかもいつまでも口に残るようなものではなくいくらでも食べられそうな適度な甘さに自然と全員の口が綻んだ。

 

「美味しいでしょう? 何せ夢子ちゃんの腕は魔界一なんだから!!」

「神綺様、どうしてあなたが得意げになるのですか?」

 

 部屋の隅で待機している夢子の容赦のないツッコミに、ドヤ顔をかましていた神綺は出鼻を挫かれる。

 その姿はとてもじゃないがこの魔界を生み出した魔界神とは思えない程に情けなく、威厳など微塵も感じられない。

 だが彼女の姿は親近感を湧かせ、紫としてはこちらの方が好ましく思える。

 ……とはいえ、ここに来たのは彼女からもて成しを受ける為でも世間話をする為でもない。

 なので紫は一度紅茶を飲み口直しをしてから、こちらの用件を神綺へと話し始めた。

 

「ヘカーティアから私達の事を聞いているのなら、私達が魔界に来た目的を大体は理解しているわね?」

「うんうん。なんでも魔界からあの世に行く者が前より多くなってるって話だけど、魔界なんて殺伐としてるからそんなに変わらないって事はヘカちゃんには話してるよ?」

「ええ、でも――」

「――まあ、最近魔界の子じゃないのがウロウロしてるみたいだけどね。紫ちゃん達が戦ってたあの子とか」

「っ、アリアを知っているの? それよりその口振りだと……」

「伊達に魔界神って呼ばれてないよー。その気になればこの魔界全てを見通せる“千里眼”を持っているもの」

 

 だから神綺は、紫達とアリアとの戦いも知っていると告げてきた。

 そして同時に龍人がその戦いで消えてしまった事も……。

 

「あの子は何者なの? 妖怪みたいだけど、月の神剣を持っているし……」

「…………」

 

 アリアとの因縁を神綺へと説明する紫。

 それに伴い、こちらの用件の詳細も説明し、協力を要請してみると。

 

「勿論構わないわよ。私にできる事ならなんだって協力してあげる」

 

 友好的な笑みを浮かべたまま、あっさりと神綺は紫達の願いを聞き入れた。

 簡単に、けれど本心からのその言葉に、紫達は驚きを隠せない。

 彼女は永琳を除く紫達よりも上位の存在であり、魔界を生み出した創造神だ。

 それだけの存在が、こうも簡単に格下である紫達の要望を聞き入れたのは、紫達にとって予想外であった。

 

「魔界を作ったって言っても、もうそれこそ数千万年以上前の事だもの。

 今じゃ独自の文化や勢力を生み出してるこの世界は、もう私一人のものじゃないんだから、いつまでも偉ぶってるのはおかしいでしょ?」

 

 だから、自分をそんな雲の上のような存在だと認識する必要はないと神綺は笑いながら紫達に言った。

 ……ああ成る程、これは適わないと紫達は思い知る。

 単純な力もその身に宿す器の大きさも、彼女は間違いなく魔界神に相応しいと改めて認識せざるをえない。

 だが同時に、彼女のような存在が魔界神で良かったとも思った。

 

「えっと、確認すると紫ちゃんは消えちゃった龍人ちゃんが生きているのかを確認したくて。そっちの一輪ちゃん達は白蓮ちゃんの封印されてる場所を教えてほしいって事でいいのかしら?」

「え、ええ……ところで、なんだかやけに聖様と親しいような口振りですけど……」

「だって友達だもの白蓮ちゃんとは」

「ええっ!?」

 

 当たり前のようにそんな事を言い放つ神綺に、一輪達はおもわず声を上げてしまった。

 

「この魔界の一部である“法界”に白蓮ちゃんは封印されてるの。

 とっても良い子だから時々あの子の所に行って色々と世間話をしたりしてるのよ?」

「…………」

「勿論一輪ちゃん達の事もよく言っていたわ、本当は私がちょちょいと封印を解いてあげても良かったんだけど……白蓮ちゃんがね、断わったのよ」

「えっ、それは何故……?」

 

 聖とて、封印された事は自身が望んだ事ではなかった筈だ。

 だというのに神綺が封印を解く事を拒んだというのは疑問が残った。

 それは何故なのか、当然の問いかけをする一輪達に、神崎は彼女達を眩しそうに見つめながら。

 

「――いつか自分を慕ってくれた“家族”がここへやってくる。それを信じて待ち続けたいのです……あの子、そんな事を言っていたの」

 

 そう言って、慈しむような笑みを浮かべた。

 

「――――」

「聖が……私達を」

「とても強くて尊い関係なのね白蓮ちゃんとあなた達は。だって心の底からあの子はあなた達が来るって信じているんだもの」

 

 その信頼関係は並のものではないと、彼女達の過去を知らない神綺でも理解できた。

 そして彼女の信頼は本物だったと、この地へとやってきた一輪達を見て確信する。

 

「え、えへへ……なんか、泣いちゃいそう……」

「も、もう泣いてるじゃない村紗……」

「イッチーだって……」

 

 ポロポロと涙を流す一輪と水蜜、雲山は涙こそ流さなかったもののその表情は本当に嬉しそうなものになっていた。

 当然だ、彼女達にとって恩人である聖がずっと自分達を信じて待ってくれていると知って、どうして嬉しくないというのか。

 今すぐに会いたい、会って胸の内に溜めたままの親愛を伝えたい。

 

「すぐに会いたいって顔になってるね。じゃあ外に“法界”行きのゲートを開いておくから、あなた達が乗ってきた船ですぐに向かいなさいな」

「えっ、でも……」

 

 一輪達の視線が、紫へと向けられる。

 確かにその申し出はありがたい、だが龍人の事を考えると躊躇われた。

 

「……いいのよ一輪、村紗、雲山。あなた達が魔界に来た第一の理由は彼女の救出でしょう? こちらの事は気にしないで早く行ってきなさい」

「紫……」

「龍人がこの場に居たら、私と同じ事を言っていた筈よ」

 

 だから気にするなと紫は言う。

 暫し躊躇う一輪達であったが、紫の言葉に甘える事に決め席を立つ。

 

「――ありがとう紫、この恩は絶対にいつか返すわ」

「神綺さんもありがとう!!」

「感謝する……」

 

「夢子ちゃん。入口まで送ってあげてくれる?」

「畏まりました」

 

 夢子と共に、客室を後にする一輪達。

 それを見送った紫に、神綺はニコニコと微笑みを向けていた。

 

「紫ちゃんは優しいのね」

「それを言うならあなたもよ。わざわざここまでお膳立てする義理なんてないというのに……」

「家族が離れ離れになるのは悲しいもの、紫ちゃんならわかるでしょ?」

「…………そう、ね」

 

 ズキリと、紫の胸に痛みが走る。

 それと同時に脳裏にフラッシュバックするのは、光の中に消えていった彼の後ろ姿。

 

「紫、大丈夫?」

「……ええ、ありがとう零」

「おい神綺、さっさと“千里眼”で龍人を捜さんか。こやつは決定的な事実がなければ疑り深いヤツなのでな」

「うーん…………実は会話の最中に、魔界を見て回っていたのよ? でも……」

「…………見つからないのかしら?」

「っ」

 

 考えたくない事を、永琳の口から放たれ紫の身体がびくっと震えた。

 けれど、それは判りきっていた事実ではないのか?

 ゼフィーリアは龍人の生存を信じてくれている、それは嬉しいが……所詮、それは都合の良い希望でしかないのではないのか?

 俯き顔色を悪くしていく紫だったが、次に神綺から放たれる言葉でその都合の良い希望は決して間違いではないと告げられた。

 

「――生きてるか生きてないかと訊かれれば、龍人ちゃんは生きているわね」

「……………………えっ?」

 

 顔を上げる。

 茫然と神綺を見つめる紫に、彼女は淡々と自分の視たものを言葉にした。

 

「力は感じられる。とても弱々しくて気を抜けば感じられないくらい小さい力だけど……確かにこれは龍人ちゃんの力ね」

「…………それは、本当に?」

「さっき紫ちゃん達が戦っていた時に龍人ちゃんの力のタイプがどんなものかは認識しているもの、間違いないわ」

「………………ぁ」

 

 全身から力が抜け、おもわず椅子から転げ落ちそうになってしまった。

 ……彼が、生きている。

 その言葉が少しずつ紫の身体へと浸透していき、涙で視界が滲みそうになってしまった。

 零と永琳も口には出さなかったものの、神綺の言葉を聞いてほっとしたように表情を緩めていた。

 

「神綺、龍人が生きているというのは嬉しい限りだが、余でもあやつの力を感じ取れないとなると……命の危険に晒されているのではないか?」

「ううん、私もそう思ったんだけど……力の殆どを感じ取れないのは、弱っているというより……何かに邪魔されてる感じなの、まるで龍人ちゃんの力が外に漏れないように彼ごと周囲を遮断しているような……」

 

 それ故か、魔界全体を見渡せる程の“千里眼”を持つ神綺ですら、龍人の力の奔流を辛うじて感じ取れても姿が見えない。

 何者の仕業なのかはわからないが、それを行っているのは相当な力を持つ者だろう。

 

「邪魔? それはつまり、龍人は誰かによって姿を隠されているという事なのかしら?」

「多分ね。でも心配しなくていいよ紫ちゃん、龍人ちゃんの力が外に出ないように阻害している力は決して悪いものではない筈だから」

 

 だからこそ神綺は、あまり気負うなと警告するように紫へと告げた。

 

「……今は、それで充分ね」

 

 龍人が何処に居るのかはわからないが、無事に生きている。

 今はそれだけでいい、無事ならばいずれ彼は自分の元へと帰ってきてくれる。

 そんな確証が当たり前のように紫の中に存在しているから、彼が存命しているだけで満足であった。

 

 ならば、今自分がしなければならない事は決まっている。

 ヘカーティアの依頼の事もあるが、それ以上に……アリアとの決着を着けなくてはならない。

 彼女は間違いなくこの魔界に災いを齎す、今度は何を企んでいるのかは知らないがどうせ碌な事を考えてはおるまい。

 わかるのだ、今までの因縁を抜きにしても彼女が自分と同じ碌でもない存在だという事が。

 

――当たり前のように、理解できてしまうのだ。

 

「…………」

 

 彼女は何度も紫を否定してきた、そして龍人が歩んでいる道もだ。

 それが何を意味するのか……紫はもうわかっている。

 きっと出会うべくして出会ったのだろうと、今ではそう思えた。

 

「神綺、アリアの居場所はわかるかしら?」

「わかるけどどうするの?」

「彼女を止めるわ。何を考えているか知らないけど、放ってはおけないわ。

 零、永琳、とりあえず今は彼女を見つけて倒すわよ。もしかしたらヘカーティアの言っていた事に関係しているかもしれないし」

「ええ、構わないわ」

「それはいいけど……龍人はいいの?」

「魔界神である神綺ですら正確な居場所がわからないのなら捜しようがないし、無事なら今はそれでいいの」

 

 本当は今すぐにでも会いたいが、今はアリアの方を優先しなければ。

 紫の言葉に零は何か言いたげだったが、結局何も言わず同意するように頷きを返した。

 

「それじゃあ、今捜してあげるわね………………………………あ」

「?」

 

 突然、間の抜けた声を出した神綺に、紫達が首を傾げた瞬間。

 

――城が、否、魔界都市全体が揺れ動くほどの衝撃が突如として襲い掛かった。

 

「っ!?」

「わわっ、なになになにっ!?」

「これは……外からの攻撃ね」

 

 何者かがこの魔界都市に向けて攻撃を仕掛け、神崎の魔力障壁に阻まれたのだろう。

 だが阻んだというのに都市全体を揺らす衝撃を与えるなど、並大抵の威力ではないと物語っていた。

 

「あちゃー……このタイミングで来ちゃったかー」

「……神綺、この衝撃の正体に心当たりでもあるのかしら?」

「うんあるよー、というか日常茶飯事みたいなものだしねコレ」

「…………これが日常茶飯事?」

 

 あっけらかんと、緊張感の欠片もなくそんな事を言う神崎に全員が唖然とする。

 今も尚衝撃は城および都市全体を襲っているというのに、彼女はこれを日常茶飯事と言ったのだ。

 

「魔界の子って力が強い子ほど闘争心が強い傾向にあるの、で……定期的に私と戦おうとする子が居るんだけど……多分その子の仕業ね」

「…………」

「というわけで紫ちゃん達で、ちょっとアレ止めてきてくれない?」

「は……?」

 

 突然の神綺の申し出に、紫は怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

「放っておいても障壁は破られないでしょうけど、ここで暮らす子達が不安がるから止めてきてくれる?

 そっちのお願いを聞いたのだから、勿論引き受けてくれるわよね?」

「……それは構わないわ。けどあなたと戦おうとしている者の襲撃を私達だけで止めろというの?」

「それぐらいできなきゃ、アリアちゃんには勝てないと思わない?」

「…………」

 

 それは、否定しようのない事実であった。

 ……今の自分では、アリアを打倒する事はできない。

 力をつけなくてはならない、ならば格上との戦いはこれ以上ない程の修行となる。

 

「……いいわ。やってやろうじゃないの」

「そうこなくっちゃ」

「零、永琳、手伝ってくれる?」

「はーい」

「しょうがないわね……」

「決まりね。それじゃあよろしくー」

 

 軽い口調でそう言いながら、神崎が指をパチンッと鳴らした瞬間。

 紫達3人は、魔界都市の外に移動していた。

 神綺が転送してくれたのだろう、それに感謝しつつ紫達は上空へと飛び立った。

 

「……一輪達は、もう“法界”に行ったみたいね」

 

 星輦船を降ろした場所には、既に船の姿はない。

 これならば巻き込まれる心配はないだろう、一瞬安堵の表情を浮かべながら。

 

――超高速で遥か彼方から飛んできた何かを、光魔と闇魔で叩き落した。

 

「ぐっ……!?」

 

 両腕が吹き飛んだと錯覚する衝撃が、刀身から両腕に伝わってくる。

 一体何を叩き落したのかは判らない、無我夢中で飛んできた魔弾に反応しただけだった。

 

「…………水?」

「えっ?」

 

 地面を見る。

 すると、大地の一部が僅かに湿り気を帯びているのが確認できた。

 そして零の呟きによって、紫は自分が何を叩き落したのかを理解して――愕然とする。

 

「……嘘でしょ。ただの水が飛んできただけだっていうの?」

「ただの水というわけではなさそうね、超高圧の水による大砲といった所かしら。

 でも凄まじい射程ね、前方からおよそ二百キロ……約五十里離れた場所からの攻撃だったわ」

「ご、五十里!?」

「…………さすが魔界神に戦いを挑むだけはあるって事かしらね」

 

 冷や汗が頬を伝う。

 今からそんな化物じみた魔弾を相手にしなければならないと思うと、笑いすら込み上げてきそうだ。

 ……だが、凌いでやる。

 この程度凌げずに、どうして倒すべき相手を打倒できるというのか。

 

「零、永琳、全力でいくわよ」

「やれやれ、重労働になりそうね」

「……魔界って恐い場所ね、来なければよかったかも」

 

 文句を言いつつも、臨戦態勢に入る零と永琳。

 紫も両手に持つ光魔と闇魔に妖力を注ぎ込み、戦いの準備を終え。

 

 

 

 あらゆるものを貫き、破壊する水の魔弾が撃ち放たれ。

 魔界都市を背にした紫達は、その全てを真っ向から叩き潰す為に立ち向かっていった……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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