妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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アリアとの戦闘にて、龍人が消えてしまった……。
悲しみに暮れる紫であったが、一先ず彼女達はかつて共に戦い友人となったゼフィーリア・スカーレットの元へと尋ねる事に。


第96話 ~魔界神の元へ~

「――究極の阿呆よな。お前はいつからそんな愚か者になったのだ?」

 

 最大級の呆れと失望を込めた女性の声が、紫の耳に入っていく。

 その言葉に紫は反論を返したかったが、口を開く事ができなかった。

 いや、正確には反論を返す覇気が今の彼女には存在していなかった。

 

「情けない……確かに力は前よりも増しているが、心は相も変わらず弱いまま。

 それでもこのゼフィーリア・スカーレットの友を自称する大妖怪か? 久しぶりに会えたというのに、これでは会わぬ方が良かったと思える」

 

 尚も容赦なく紫を責め立てるのは、青みがかった長い銀髪とアクアマリンの瞳を持つ絶世の美女であり最強の吸血鬼。

 現在魔界にて新たに再建した紅魔館の主に就いている、ゼフィーリア・スカーレットであった。

 

 自分を尋ねてきてくれた紫達を早速歓迎したゼフィーリアであったが、どうも彼女達の様子がおかしく、何よりも常に紫の傍に居る筈である龍人の姿がない事に彼女は気づいた。

 なので紫だけを自室に招き、事情を訊いた所……アリアとの戦いにて命を落としたと言うではないか。

 だから彼女は呆れた、よもやそんな与太話を本気で言うとは夢にも思っていなかったからだ。

 

「貴様、本気であの男が死んだと……そう思っているのか?」

「…………」

「……失望した。まさかお前のあやつに対する感情がそこまで薄っぺらで価値のないものだとは思わなかったぞ」

「…………生きているとは思えない。それに彼の力はどこにも感じられなくなっているのよ?」

 

 勿論、紫とて何もしなかったわけではない。

 あの場から一度は離れようとして、けれどやっぱり認める事ができなかったから周囲を捜しに捜し抜いた。

 自分だけの探知では足りないと思い、永琳達にも勿論協力を頼んだ。

 けれど彼の力の残滓は勿論、何も見つける事ができなかったのだ。

 

「死体は見ていないのだろう?」

「あれの直撃に巻き込まれて、肉体が残るとは思えない」

「だが見ていないのだろう? あの男が簡単に死ぬものか、何せこのゼフィーリア・スカーレットが夫以外に認める唯一の男なのだからな」

「…………」

 

 根拠のない発言に、今度は紫が呆れてしまった。

 けれど、これも彼女なりの励ましなのだと思うと……少しだけ、気が晴れてくれた。

 

「ありがとうゼフィーリア、少し気が晴れたわ」

「何を言っている? 余は本気で龍人が死んだとは思っていないぞ?」

「……でも」

「お前が信じないでどうする。龍人は生きていると、誰よりもお前が願わなければおかしいだろう?

 どんなに都合が良い事だろうとも、愛する者の生存を願うのは当たり前だ。お前は少し理屈が過ぎる」

 

 そう言って、ゼフィーリアはあやすように紫の頭を撫で始めた。

 子供扱いされていると理解し振り払おうとする紫であったが、それこそ子供の反応なので黙って受け入れる事にした。

 ……ゼフィーリアの言う通り、都合の良い話かもしれない。

 けれど、紫の本心は彼の生存を望んでいる。

 

 たとえ目の前で消えてしまった光景を目にしていたとしても、生きていてほしいと願っている。

 そんな事はありえないと他ならぬ自分自身が認めていても、この願いは捨てられない。

 紫の瞳から悲壮感が消え、そんな彼女を見てゼフィーリアは満足そうに笑みを作りながら席から立ち上がった。

 

「――とはいえ、やはり確実な現実を認識せねばその不安は拭えまい。出掛けるぞ、紫」

「どこへ……?」

 

 立ち上がったゼフィーリアに視線を向けながら、紫は問う。

 すると彼女は、そんな事もわからないのかと言わんばかりの表情を紫に向けながら。

 

「この魔界を生み出し、その全てを視る事ができる魔界神――神綺(しんき)の元へだ。

 そこにいけば龍人が生きているという余の言葉が真実であると認められるし、お前が連れてきた者共の目的も果たせるだろうからな」

 

 そう言って、紫に対し右手を伸ばし彼女を立ち上がらせた。

 

 

 

 

 魔界の空を、星輦船が飛んでいく。

 目指すはゼフィーリアの古い友人であり、この世界を創り上げたという魔界神が統治する魔界都市へだ。

 

「空飛ぶ船とは中々に珍しいものだが、退屈で仕方がない。

 おいそこの幽霊と入道使い、何か芸を見せて余の退屈を紛らわせろ」

「なんで私達がそんな事しなくちゃいけないのよ!!」

「同感ね。そもそも、あなたのような傲慢の塊のような存在に見せるものなんて何もないわ」

「よく吼える。気概だけは一人前よな」

『…………』

 

 紅魔館から勝手に積み込んだ装飾多々な椅子に座るゼフィーリアに、一輪と水蜜は敵意を込めた目を向ける。

 対するゼフィーリアはそんな2人の態度の何が可笑しいのか、口元には彼女達を小馬鹿にするような笑みを浮かべていた。

 両者の間に流れる空気が重くなる中、その間に挟まれた雲山はどうすればいいのか困惑するばかり。

 

「……西洋の妖怪って、みんなあんな感じなの?」

 

 少し離れた場所からその光景を眺めている零が、呆れを含んだ口調で紫へと問うた。

 その問いに紫は肩を竦めつつ、「あれは持病のようなものだから」という割と失礼な答えを返した。

 

「それにしても、魔界ってもっとこうおどろおどろしい想像だったんだけど……綺麗なものよね」

 

 下に広がる魔界の大地を見ながら、零は言う。

 地上に比べれば緑が少ない大地ではあるが、見た事のない美しい花々や雄大な滝など見ていて楽しい景色があちこちで見られる。

 魔界は悪魔の巣窟というイメージを持っていた零にとって、地上とそう変わらない魔界という世界は良い意味での驚きを彼女に与えていた。

 

「この世界を造った魔界神の影響でしょうね。彼女は闘争心が他の生物より高い魔界人の中では温厚だという話だから」

「えーりん先生、やけに詳しいわね」

「会った事も見た事もないけど、これでも長生きしているから異界の知識だって持っているのよ。それより今の言い方、何か引っ掛かるんだけど?」

「だってなんか先生みたいだし実際お医者さんでしょ? だからえーりん先生って呼ぶ事にしたの」

「本業は医者ではないのだけれどね……」

 

 だがまあ、先生と呼ばれるのは内心ちょっとだけ楽しいと思う永琳なのであった。

 

「こうして本格的に話をするのは初めてだけど、あなたってなんというか……純粋な人間なのね」

「むっ、それはつまり私が子供のようだと言いたいの?」

 

 拗ねたように頬を膨らませる零。

 それを見て永琳は苦笑しつつ「違う違う」と否定するが、今の彼女は正直子供っぽいと思ってしまった。

 

「見た目とか行動とかじゃなくて、その在り方や魂が純粋って意味よ。ただの人間なのにそういうのは珍しいものだから」

「そうかなー? 結構私って人間妖怪関係なく自分が悪いヤツだと思ったのは容赦なく葬ってきたけど」

「それを差し引いても、よ。龍人族が編み出した秘術を扱える者なのだから、根が純粋なのはある意味当然なのかもしれないけど」

「んん? それってどういう意味? 教えて、えーりん先生」

 

 寺子屋の生徒のように右手を挙げる零に、永琳もそのノリに乗ったのかまるで先生のような態度で一度咳払いをして、その問いに答えを返した。

 

「龍人族は龍神の力の一部を与えられたからか、その魂は生物よりも神々寄りなものに変革しているのよ。

 だからこそその在り方や魂は限りなく澄んでいるし、そもそもそうでなければ龍神の力を扱える事ができないの」

 

 如何に生物でも扱える力に変えたとはいえ、元は神々である龍神の力だ。

 穢れた魂を持つ者には扱える力ではないし、扱えるものではない。

 その龍人族が自らの力を参考にして創り上げた“博麗の秘術”ならば、当然ただ霊力がある人間に扱えるわけではなく。

 単純な“強さ”や“才能”では辿り着く事などできない、“人間”でありながら“魂の清らかさ”を持つ零にしか扱えないのはある意味では当然の事であった。

 

「……へへー、聞いた紫? 私ってものすごく凄いみたいよ?」

「はいはいそうね。今の一言で全て台無しだけど」

「あれ? ちょっと紫さん、なんだか視線が冷たいのですが?」

 

 呆れと嘲笑を含んだ表情を向けてくる紫に、零は大袈裟にショックを受けたような仕草を見せる。

 それを見て、紫と永琳は揃って彼女に向かって苦笑を浮かべたのであった。

 

「――よかった。少しだけど元気出たみたいで」

「…………」

「紫は私にとって大事な友達だしさ、やっぱりさっきみたいに落ち込んでると私も悲しいし嫌なんだ」

「零……」

 

 ……心配を、掛けてしまったようだ。

 これでは藍に死ぬほど心配されてしまう、まだ彼女を連れて来なくて良かったと紫は安堵する。

 

「――――見えたぞ」

 

 ぎゃいぎゃいと喚く水蜜を適当にあしらっているゼフィーリアは、ぽつりと呟く。

 その声を広い、紫達は視線を前方へと向け――見えてきた魔界都市を視界に収め、驚愕する。

 

 都市、というくらいなのだからその広さは相当なものだと認識していた。

 しかし見えてきた魔界都市の大きさはその認識が甘いものだと思ってしまう程に、広大であり同時に美しかった。

 周りを古の城壁で囲んだ内部は、欧州にて見られる建造物に似た建物が並び、古風に見えながらも同時に新しく見えた。

 その中央に見える巨大な城、そこがおそらく魔界神が暮らす城なのだろう。

 

「…………おっきい」

「これは……想像を遥かに超えているわね」

 

 周りを囲み内部に居住スペースを作るという点では、幻想郷とよく似ているがその規模は圧倒的に違い過ぎる。

 更に驚くべき事に、それだけの広さ――少なくとも半径数十キロはあろう都市部を覆うように、絶えず魔力障壁が展開されていた。

 その強固さはゼフィーリアが作れる障壁に匹敵ないし凌駕する、少なくとも紫達でも突破するには一苦労だ。

 

「あの障壁、魔界神が?」

「ああ、それも()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――――」

 

 絶句する。

 あれだけの強力で広範囲の障壁、常時展開などしていればあっという間に力が枯渇する。

 それをたった1人、それも絶やさず展開などともはや正気の沙汰ではない。

 あまりにも規格外な存在である魔界神の力に、紫達は絶句する事しかできなかった。

 

「さすが、ヘカーティアが古い友人と称するだけはあるって事ね……」

 

 規格外の存在の友人は、等しく規格外という事か。

 上には上が居るという次元を超えているのはわかっていたが、もはや笑う事しかできない紫の前に。

 

「――この都市に、何の用ですか?」

 

 メイド服に身を包み、右手に身の丈を大きく超える大剣を持つ女性が警戒に満ちた問いかけを放ちながら現れた。

 いつの間に星輦船に乗り込んできたのか、気配も感じずに接近された事実に驚愕しつつ一輪と水蜜は身構える。

 そんな中、紫はゆっくりと相手に敵対の意志はないとアピールしながら近づき、一礼しつつ口を開いた。

 

「私は八雲紫、地上に生きる妖怪です」

「八雲、紫……地上の妖怪が、この魔界に足を踏み入れた目的は?」

「とある調査を地獄の女神であるヘカーティア・ラピスラズリに依頼されたのが1つ、そしてその為に魔界神に御目通りを願いたいのです」

「…………」

 

 メイドの女性は暫し思案するように無言になり、やがて……紫達に向けていた切っ先を下ろす。

 

「……その言葉、全てではありませんが信じましょう。神綺様の御友人であるヘカーティア様の事を知っていた事と、そのヘカーティア様から聞かされていた八雲紫の特徴とあなたは同じですから」

「えっ、ヘカーティアから聞かされていた……?」

「ですが神綺様に出会いたいのならばこちらの指示には従ってもらいます。宜しいですね?」

 

 有無を言わさぬその威圧的な態度を向けられても、紫は黙って頷きを返した。

 争うつもりはないという事を判ってもらわねば困る、無益な戦いなどこちらは望んでいないし向こうも同じだろう。

 紫の反応に一応の納得はしたのか、女性は頷きまずは星輦船を都市の前に降ろすように指示を出した。

 素直に星輦船を降ろし、星輦船から降りる紫達。

 

 ではこちらです、こちらを一瞥してから先頭を歩き出す女性についていく紫達。

 その態度に水蜜や零は顔をしかめるが、我慢してくれたのか無言で同じように歩き出してくれた。

 

「ところで、何故あなたがここに居るのですか? ゼフィーリア・スカーレット」

「紫達は余を頼って来てくれたのだ。客人として歓迎している以上、世話を焼くのはスカーレットの当主の務めだ」

「……前のように神綺様へ戦いを挑むという蛮行はやめていただきたい、約束できないというのであればあなたを都市へ入らせるわけにはいきませんので」

「わかっているよ。前のは興が乗ってしまった結果だ、謂わば若気の至りというやつだな。許せ」

「…………」

 

 一度ゼフィーリアへと視線を向け、殺意すら込めた目で彼女を睨むメイドの女性。

 その瞳の冷たさと殺気の強さを前にしても、ゼフィーリアは肩を竦めるだけで堪える様子はない。

 危うく一触即発の空気になりかけ、メイドの女性が手に持つ大剣に力を込めた瞬間。

 

夢子(ゆめこ)ちゃん、お客様に失礼しちゃダメだよー?」

 

 やけにのんびりほんわかした女性の声が場に響いたと思った時には。

 紫達は見知らぬ城内へと転移させられ、にこやかで友好的な笑みを浮かべた女性が彼女達を迎え入れた。

 

「ようこそ魔界へ。あなたがヘカちゃんが言ってた八雲紫ちゃんね?」

「っ!?」

 

 自分達をここへ移動させたであろう女性とは、七メートルは離れていた。

 だというのに瞬時に眼前へと接近され、しかも話しかけるまでそれに気づかなかった事に紫は驚愕する。

 それと同時に、紫は目の前の女性が何者であるか理解して。

 

「私は神綺、魔界神やってまーす」

 

 軽い口調で女性は、自らの名と存在を明かしたのであった。

 

 

 

 

 魔界神が治める魔界都市から遠く離れた大地。

 そこは今、小さな地獄が広がっていた。

 

 大地に沈んでいるのは、この魔界で生きる悪魔と呼ばれる者達。

 人を誘惑し、堕落させ、その魂を喰らうと恐れられている西洋の妖怪達が。

 傷らしい傷も負わず、けれどその“中身”を空っぽにして倒れ伏していた。

 その数、実に五十は超えるであろう。

 

 更にそのどれもが上級に位置する高い能力を秘めた悪魔達であった。

 それだけの悪魔達を前にすれば、たとえ大妖怪と呼ばれる存在であっても命はなく。

 

――だが、その中心にて。

 

 魂を抜かれ、単なる肉の塊と化した上級悪魔達を見下ろす、美女の姿があった。

 銀に輝く獣の耳と尻尾を持ち、その美貌は呪いめいているのではないかと思うほどに妖艶な空気を醸し出しているこの美女の名は、神弧(しんこ)といった。

 

「――流石に、魂の質は人間よりも良いな。不純物を含んではいるが悪くはない」

 

 淡々と、女は呟く。

 その瞳には何の感情も込められてはおらず、事実として彼女は自らが命を奪った悪魔達の亡骸を見てもなんとも思っていない。

 当たり前だ、彼女にとって彼等の命を奪ったのは単なる“食事”に過ぎないのだから。

 ただ()()()()()()()()、そんな理由なのだから後悔も罪悪感も湧かないのは当然であった。

 

「しかしアリアも相変わらず甘い。己の心を操作したというのにまだあの小僧に未練があるか」

 

 責めるように、しかしその声色には何の感情も乗せずに女は言った。

 甘い、しかしその甘さこそこの世に生きる生物らしい“弱さ”だからこそ、女はアリアの甘さを肯定する。

 ……だが、肯定はしても納得したつもりは女にはない。

 

「みすみす見逃すとはなっていないな。――そろそろ潮時か」

 

 大地を飛び立つ神弧。

 

「念の為もう少し喰らっておくか、魔界神に海の女神……単純な力では我に拮抗しかねん」

 

 それに、神弧にはある予感があった。

 その“予感”は決して無視できぬものではあったので、彼女はすぐさま“魂喰い”を再開させる。

 

「――さて龍の子よ。生きているのならば出て来い、前よりは楽しめるかもしれんからな」

 

 消えた筈の、龍人の生存を願いながら……。

 

 

 

 

To.Be.Continued...




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