今までの彼女とは違う雰囲気を感じつつ、紫は今度こそ決着を着ける為に妖刀を手にアリアと死闘を繰り広げ始めた。
――大砲じみた衝撃が、アリアの全身に駆け巡る。
零が放った蹴りは人間とは思えない程に凄まじく、この一撃だけで並の妖怪ならば粉々に砕かれる程の破壊力が込められていた。
しかしそれでもアリアは僅かに口から血を吐き出すだけに留まり、それを見た零は彼女の頑強さに驚きつつも追撃を仕掛ける。
瞬時に懐から取り出したのは、槍のような鋭さを持つ針だった。
零が妖怪退治の際に用いる武器の1つ、通称“封魔針”に霊力を込めつつアリアへと投擲する。
一尺程の長さの針が風を切り裂きながら放たれ、その全てがアリアの身体に突き刺さり――爆発した。
爆風を受けながら、零はアリアから間合いを離し追撃を仕掛けようと懐から札を取り出す。
「っ」
悪寒が走り、零は咄嗟に身体を横に移動させる。
瞬間、爆風の中からアリアが飛び出し零に向かって神剣による突きを繰り出した。
天性の直感力を駆使して事前に回避していた恩恵か直撃は免れたものの、神剣の剣圧は霊力で守護された巫女装束を容易く貫き彼女の左脇腹に裂傷を刻ませる。
「ぐっ……!?」
「――流石初代“博麗の巫女”ね。一番才能を受け継いだ“あの子”と同等かそれ以上だわ」
「っ、わけわかんない事言わないでよね!!」
激痛に耐えながら、零は左の拳を振り上げた。
だが遅い、零が攻撃を繰り出す前にアリアの行動は終了していた。
「は……!?」
振り上げた左腕が動かない。
何事かと視線を腕に向けると、零の左腕に毒々しい色をした紐のような物体が巻きついていた。
その物体が放たれている先端には漆黒の孔が開いており、零は“それ”に何か近視感のようなものを感じ取る。
隙を見せた零に対し、アリアは彼女の身体を両断しようと神剣を上段から振り下ろした。
「っ、くっ!!」
「……チッ」
忌々しげに舌打ちを放つアリア。
確実に零の命を奪い去る一撃を、横から割って入った紫の光魔と闇魔が受け止める。
けれど実力の差か、受け止めた紫の表情は苦しげに歪み今にも押し切られそうな程に余裕がない。
「相手と自分の力量差も弁えずに立ち向かうなんて、臆病なあなたには不釣合いな愚行ね」
「が、ぐ……!?」
腹部を蹴られ、息を詰まらせながら吹き飛ぶ紫。
「雲山!!」
放っておけばどこまでも飛んでいってしまいそうな紫を、一輪の命を受けた雲山は自身の身体でしっかりと受け止める。
彼に感謝しつつ、紫は再びアリアへと向かって斬り込んでいった。
右の光魔による横薙ぎの一撃。
弾かれる、すかさず左の闇魔で下段からの斬り上げを仕掛けた。
それも不発、そればかりか返す刀で首を薙ごうとする神剣が紫に迫る……!
「っ、ぁ……!」
受けられる態勢ではなく、身体を捻って紫を回避を試みる。
それでも完全な回避には至らず、神剣の刃が紫の身体を一閃した。
「づ、いっ……!」
致命傷には及ばない傷はしかし、決して浅いわけではない。
服が血で真っ赤に染まっていく。
紫は痛みに耐えながら二刀を同時に相手目掛けて叩き落した。
「…………はっ」
「なっ……」
それを、アリアは容易く弾き、防いでしまう。
全力に近い一撃防がれ、紫はアリアとの埋められない差を思い知った。
「そんな程度の力量で太刀打ちできると本気で思ったのかしら? 如何に妖力量が増し戦闘経験を積んだとしてもあなたは剣士じゃない。
本来のあなたは相手に自分の力量を隠しながら、小賢しい手を用いて翻弄し惑わす低レベルな戦いしかできないのよ。
それなのにいっぱしの剣士気取りで妖刀を振るうような戦い方をした所で、適わないのは当然よ」
明らかな嘲笑と侮蔑を込めながら、アリアはそう吐き捨てる。
お前は弱い、そして自分にはどう足掻いても適わないと瞳で訴えるアリアに、紫は反論を返せなかった。
とうの昔に自分とアリアの実力差は明白だと理解していた、それでも心の中で認めずにこうして彼女に立ち向かっている。
なんて無謀で無意味な反抗心か、適わないと知って立ち向かうなどそれこそ愚の骨頂。
紫の聡明で冷静な理性は、自分自身に戦うのをやめろと訴えている。
戦った所で意味がない、自分では彼女に遠く及ばないとただただ事実だけを告げていた。
……そんな事、自身に言われなくても紫はわかっている。
わかった上で立ち向かっているのだ、ならば負けを認めるわけにはいかないのは道理であった。
痛みは既に全身に回っているが、それでもこの身から一片の闘志も消えていない以上、戦いを放棄するわけにはいかない。
そんな紫を見て、アリアは忌々しげに……同時に憐れみを込めて、口を開く。
「……その考えがそもそもの間違いなのよ紫、あなたは龍人に影響され過ぎた。
本来のあなたは妖怪らしい妖怪で、妖怪の存続の為ならば人間なんてどうなろうとも関係ないと思っている筈よ。
もう楽になってしまいなさい、自分を押し殺して好きでもない人間の為に己が力を振るおうとするのはやめなさい」
「アリア……?」
おもわず、紫は攻撃の手を止めてしまう。
……彼女の言葉が、侵蝕するように紫の全身へと渡っていく。
その言葉に頷かなければいけないと、理性だけでなく感情も頷こうとして。
「あ、は……ぁ……」
苦しげな息を吐き、右腕の喪失感と戦っている龍人の息遣いを、耳に入れた。
その瞬間、紫の心からアリアの言葉が消え、怒りと憎しみが全てを占めていった。
負の感情に呼応するかのように、溢れ出していく紫の妖力。
「…………もう手遅れね。可哀想な紫、彼に出会ってしまった故に破滅の道を歩む事になってしまって」
「彼の侮辱は許さない、たとえ誰であってもよ!!」
「その感情が間違いだと気づかないの? ――でもそうね。間違いだと気づかなかったからこそ……ここまで来てしまったのだから」
自嘲めいた笑みを浮かべつつ、アリアは右手に持っていた神剣を消し去る。
そして上空へと飛んでいき――決着を着ける為に、己が妖力と能力を開放した。
「くっ……!?」
紫は確信する、次にアリアが放つのはまぎれもなく“必殺”のものだと。
防ぎきる事はできない、かといって逃げる事も叶わない。
それだけ次に放たれる攻撃は、範囲が広いものだと
その理由を考えている余裕など、今は存在しない。
すぐさま星輦船に降り立ち、船全体を包み込む結界を張り始める紫。
「零、あなたも手伝って!!」
「了解。けどあれは……」
零の直感が、次に放つアリアの攻撃の正体をおぼろげながら理解し始めていた。
けれどそれはありえないと零自身が否定する、何故ならそれは……。
「零!!」
「っ、そうね……今は余計な事を考えないようにしないと」
「一輪、雲山、水蜜達は星輦船そのものの防御を!! 永琳、あなたは龍人の事だけを――」
守って頂戴、そう言い掛けながら龍人達へと視線を向けた紫の目に信じ難い光景が映る。
「龍人、やめなさい!!」
「は、ぁ――あ――」
永琳の制止の声に耳を貸さず、苦悶の表情を浮かべながら立ち上がる龍人。
呼吸するのも困難な様子だというのに、彼は残る左腕に“龍気”を集めていく。
「は、はぁ……あぁぁ……!」
「…………」
右腕を斬り飛ばされたというのに、それでも皆を守ろうとする龍人を見て。
アリアは、眩しいものを見るかのような視線を彼に向けながら。
「――――
自身の周りの空間を歪ませ、数十という大穴を展開し。
そこから、流星の如し勢いで漆黒の光弾を撃ち放つ……!
「――――」
死ぬ。
当然のように理解し、当たり前のように紫は自分達の死を受け入れた。
迫る流星は自分達の結界を易々と貫き、この星輦船ごと肉体を撃ち砕いていく。
不死である永琳ならばまだ生き残れるかもしれないが、自分達はここで死ぬと確信した。
……だが。
その絶望的な中でも、“彼”は諦める事を知らなかった。
「まだ、だ……まだ、こんな所で……!」
「龍人――」
「こんな所で――死んでたまるかああああっ!!!!」
激昂し、結界の外へと飛び出し迫る流星へと自ら向かっていく龍人。
自分に迫る絶対的な死も、恐怖も、今の彼には関係ない。
頭を占めるのは、紫達を守るという決意のみ。
「うおおおおおおおおっ!!」
それだけを考え、彼は“龍気”を込めた左腕を無我夢中で突き出して。
流星とぶつかり合い、彼の身体は一瞬で黒い極光に呑みこまれていった。
「…………龍、人」
爆風が容赦なく吹き荒れる中、紫はその場で立ち尽くし視界を覆う黒い極光を見つめる。
……呑み込まれた彼の姿は、見えない。
けれど如何なる奇跡か、彼の放った何かによってアリアの攻撃は勢いを削がれ紫達が展開した結界によって弾かれていく。
「あ……」
だが、そんな事はどうでもよかった。
彼はどうなったのか、果たして無事なのか、それとも……。
黒い極光の中に消えた彼の姿を確認したくて、紫は覚束ない足取りで結界の外に出ようとして。
「何をしているの、紫!!」
その足を、叱責する永琳によって止められてしまった。
「……龍人が、龍人が」
「今この結界から出たら死ぬわよ。それよりも意識を集中させて結界の維持に専念しなさい!!」
「…………」
永琳の声が、何処か遠くから聞こえてくる。
彼女の言う通り、展開した結界を維持しなければたちまちこの身もあの光に呑み込まれる。
そんな事はわかっている、わかっているが……今の紫にとって、それこそどうでもいい事であった。
今知りたいのは彼の安否だけ、それだけしか考えられない。
――やがて、極光が消えていく。
紫と零、そして永琳までも加わったおかげか、星輦船と中に居た彼女達が怪我らしい怪我を追う事はなかった。
吹き荒れていた暴風も収まり、その場に残ったのは星輦船に乗った紫達と。
「っ、救われたわね……紫」
右の翼と左腕を失い、全身から血を流しながらこちらを見つめるアリアだけであった。
「――――」
「……龍人?」
「ちょっと待って……龍人は?」
周囲を見渡す一輪と水蜜。
けれど彼の姿は何処にもなく、彼の妖力も感じ取れない。
それが何を意味するのか、考えるよりも先に。
「――これが結末よ。分不相応で叶いもしない願いを抱いた愚か者の末路なんて、結局こんなものなのよね」
アリアが、認めたくない真実を口にした。
「っ」
放たれる五本の矢。
満身創痍となったアリアをここで確実に仕留める為に永琳が放った矢は、一撃でも受ければ容易く相手の身体を穿つ威力を持っている。
それを五連、空を奔る銀光はアリアの命を狩り取ろうとして――その前に、彼女の姿が虚空に消えた。
――次はあなたの番よ紫、その時を楽しみにしてなさい。
風に紛れて聞こえてくる言葉を最後に、アリアの気配は完全に消え去る。
……生き残れた、けれどその事実を噛み締める喜びも余裕も今の紫達には存在しない。
あるのは無力感と、砕けそうになる心だけ。
「……それで、これからどうするの?」
「…………」
「しっかりしなさい紫、いつまでもこんな所で呆けているわけにはいかないのは理解できるでしょう?」
「ちょっと、そんな言い方しなくたっていいじゃない!!」
永琳の言葉に、水蜜は睨みながら反発する。
確かに彼女の言葉は正しいが、今は紫の事はそっとしておいた方が良いに決まっているというのに……。
「……魔界には知り合いの吸血鬼が居るわ。まずは彼女達の元へ尋ねましょう」
「わかったわ。それで何処に居るのかはわかるの?」
「いいえ。でも彼女の妖力は知っているから、それを探してみる事にするわ」
「なら紫はそれに集中なさい。周囲の警戒は私達がしておくから」
「…………ええ」
ふらふらと歩き、船に背を預けるように座り込む紫。
瞳を閉じ、意識を集中させながらかつて知り合った吸血鬼――ゼフィーリア・スカーレットの妖力を探索する。
……龍人を失った彼女の瞳から、涙が零れる。
それが頬を伝い、静かに下へと落ちる感覚を確かめながら、それでも彼女は気づかないフリをした。
だってそれに気づいてしまえば、認めざるをえなくなる。
だから紫は気づいているのに気づかないフリを続けた。
いずれ認めなければいけないと、心のどこかで理解しながら……。
To.Be.Continued...