輝夜姫を一目見て、都を後にする予定だった彼女達であったが……。
「――紫の髪って綺麗ね、日の光に反射して輝いているわ」
「…………」
そう言いながら紫の金糸の髪に櫛を通していくのは――輝夜姫だった。
(……驚いたわね、色々と)
おとなしく髪を梳かされながら、紫は輝夜の図太さに驚きを隠せないで居た。
あれから数日が経ち、紫は龍人と共に毎日輝夜の元へと赴いていた。
最初に驚いたのは……輝夜の素が、貴族の娘らしからぬものであった事だ。
「――やっほー、待ってたわよー」
二度目の訪問時に、輝夜は紫達に上記の言葉を放った。
およそ貴族の娘とは思えぬ友好的過ぎる挨拶に、紫は当然ながら驚いた。
どうも輝夜は、自分が心を許せると判断した相手にはこのような態度で接するらしい。
龍人は言葉遣いにこだわらないので、すぐさま輝夜とより一層仲良くなったのは言うまでもなく。
次に驚いたのは、輝夜姫が紫達を人間ではないと即座に見破った所か。
大妖怪であるマミゾウの変化の術など初めから存在しないかのように、輝夜姫は紫達の正体を見破ったのだ。
「ねえ、どうせなら妖怪の姿に戻ってよ。わたしはそういうの気にしないし」
そう言われたので、現在紫達は元の姿に戻っており、輝夜姫は元の紫の髪を見てこうして手入れを行っている始末である。
「それにしても……妖忌だっけ? このわたしを前にしても魅了されないとか、枯れてるわよねー」
「龍人だってそうじゃない」
「あの子はまだ子供だもの」
「……確かに」
「しかもさっさと都を離れるとか……このわたしに会えたっていうのに、あんまりだと思わない?」
そう、輝夜の言う通り妖忌は既に都には居ない。
輝夜と出会った翌日、早速彼女が住む屋敷に遊びに行こうと龍人が誘ったのだが。
「――悪いが、俺はそこまで暇じゃない」
ぴしゃりと言い放ち、龍人の文句も聞かずにそのまま去っていったのだ。
まあ元々龍人が半ば強引に同行させていたのだから、無理もないのかもしれないが。
「凄い自信ね」
「当たり前じゃない。それだけの美貌があるっていう自負くらいしているもの」
まるでそれが世界の理だと言わんばかりの口調で、輝夜は自らの美しさを前面に押し出す。
清々しいほどの態度に、紫は再び苦笑してしまった。
「……あなたは、人間でありながら妖怪である私達を恐れないのね」
「別にー。恐れる必要なんかないじゃない、別に気持ち悪い外見なわけじゃないし何かされたわけでもないんだから。
それよりわたしとしては、紫みたいな綺麗な髪を隠している方が驚きよ」
「…………」
どこかずれている輝夜の発言に、紫はおもわず苦笑を浮かべてしまう。
変わった人間だ、妖怪である自分を恐れないばかりか妖怪の自分の髪を「綺麗」と本心から言うのだから。
……尤も、そう思ってくれる人間はあくまで彼女だけなのだが。
「…………」
遠目から、この屋敷の使用人に視線を向けられている。
当然その視線に友好的な色は無く、恐れと疑惑、それと……憎しみの色が感じられた。
仕方ないと言えばそれまでだ、だがやはり不快だと思ってしまう。
「――気にしても無駄よ。苛立つだけだわ」
「…………」
そんな紫の心中を察したかのような言葉が、輝夜の口から放たれる。
「人間は妖怪を恐れるものよ、それが今の時代。尤も――わたしからすればそんなもの愚かでしかないけど」
「えっ?」
「人間の中にも、妖怪よりずっとずっと醜く汚い人間だって居るし、妖怪の中にも人間よりずっと知的で綺麗な妖怪だって居るわ。それなのに種族という括りだけで相手を見て判断する、視野の狭い愚か者でしかないわ」
「…………」
辛辣な物言いだ。
だが、彼女の言っている事は正しいと紫は思った。
そして同時に、自分もその「視野の狭い愚か者」の一部だと思い知らされ、情けなくなった。
(私は、まだ子供なのかもしれないわね……)
マミゾウという自分より遥かに年上の大妖怪に諭され、見下していた筈の人間である輝夜に助言され。
自分はもう世の中の事を知った気で居たけれど、まだまだ甘い子供でしかないと…紫は自嘲した。
「あっ――紫、危ないぞー!」
「えっ――ぶっ!?」
やや間延びした龍人の声が聞こえたと思った時には、紫は視界を閉ざされ顔全体に痛みが走っていた。
突然の事態に混乱しつつ、顔を両手で押さえながらプルプルと震える紫。
一体何が起きたのか…痛む顔を擦りながら紫は目を開け、自分の前で
……それを見た瞬間、紫は瞬時に理解する。
先程の衝撃は、蹴鞠をしていた龍人が自分の顔面に向かって鞠を当ててきた事によるものだと。
「……龍人?」
「あー……わりい」
軽い口調で謝る龍人。
その態度に、紫は怒りを露わにした。
「――龍人、女性の顔に鞠を当てるとはなんですか!!」
「わぁっ!? だから悪いって謝ってるだろ!?」
「それが謝っている態度なのかしら!?」
逃げる龍人、それを怒りの形相で追いかける紫。
さすがに人間が住まう屋敷なので力は使えない為、2人は広い中庭をぐるぐると追いかけっこを始めてしまう。
その光景を見ながら、輝夜は本当に楽しそうにくすくすと笑みを浮かべていた。
妖怪と言えども、今の2人はまさしく子供そのものである。
冬の寒さは続いているものの、紫達の周囲は不思議と暖かく穏かな空気が流れていた。
「んっ? ――いてぇっ!?」
「捕まえたわよ龍人!! ……ん?」
追いかけられていた龍人が突然立ち止まり、チャンスとばかりに彼の頭に拳骨を叩き落す紫。
すぐさま説教を…と思ったのだが、この場にいない第三者の気配を感じ取り、視線を裏口へと向ける。
輝夜も気づいたのか、全員が視線をその一点へと見つめると……裏口の扉がギィッ…という音を立てて開いた。
使用人でも帰ってきたのだろうか、そう思った輝夜であったが、現れたのは……上質な布を用いて作られた美しい着物を着た少女であった。
年齢的には龍人と同じ、もしくは年下のあどけない少女。
着ている服を見る限り貴族の娘だろう、だがそんな事よりも紫達は少女が右手に持つ獲物――短刀に視線を走らせた。
明らかに年端もいかぬ少女が持つものではなく、更に少女の瞳には敵意の色が宿っていた事に気づく。
しかもその敵意は……輝夜に向けられている!!
「……お前が、輝夜か?」
少女が近くの紫に問いかける。
変わらぬ敵意が込められた眼差しを受け、紫は僅かに顔をしかめつつ少女の問いを無視した。
反応が返ってこない事に苛立つ少女、もう一度問いかけようとして…輝夜が動いた。
「――輝夜はわたくしですが、あなたは?」
「っ、輝夜……覚悟!!」
輝夜が自らの名を名乗った瞬間、少女は瞳に宿した怒りの色を濃くしながら、一直線に輝夜へと向かっていく。
右手に持つ短刀を強く握りしめながら、少女は確かな殺意を持って輝夜へと迫り。
「――おい、何やってんだよお前!!」
呆気なく、龍人に右手を掴まれ動きを封じられてしまった。
「は、放せ無礼者!!」
「無礼者はお前だろ、どうして輝夜にそんなもんを振り回そうとしたんだ?」
「黙れ!! この女は、父様を侮辱した憎き女狐だ!!」
「…………父様?」
「――輝夜様、どうかなさいましたか!?」
「大丈夫です。こちらの事は気にせず仕事に戻ってください」
慌てた様子でこちらに来ようとする使用人達に強い口調で言い放ちつつ、輝夜は黙って自分を睨む少女に視線を向けていた。
輝夜の口調に驚いたのか、それとも大丈夫だと言われたからか、使用人達はこちらの状況を確認せずに遠ざかっていく。
使用人達の素直な行動にほっとしながら、輝夜は龍人に掴まれている少女に問いかけた。
「父様、と今あなたは仰いましたが……どういう事でしょうか?」
「よくもぬけぬけと……! 私の父である藤原不比等を辱めておきながら、ふざけた事を言うな!!」
「不比等……」
その名を聞き、あの時の事を思い出したのか、輝夜の表情が僅かに曇った。
一方、龍人は何故かキョトンとした表情を浮かべている。
「なあ紫、不比等って……誰だっけ?」
「……あなたがふっ飛ばしたでしょうに」
「んー………………あっ、あの時の悪いヤツか!!」
「父様は悪いヤツなんかじゃない! 取り消せ!!」
「悪いヤツだよアイツは、だって求婚を断られたからって輝夜を斬ろうとしたんだぞ?」
「嘘を吐くな! 父様がそんな事をするわけないだろう!!
父様は輝夜に辱めを受けてから、ずっと屋敷の中に閉じこもって……お前のせいだ!!」
「…………」
成る程、とりあえず何故この少女が輝夜を狙ったのかは理解できた。
理解できたが……あまりにも短絡的過ぎる少女の行動に、紫はつい笑いそうになる。
貴族の小娘が、短刀を持って単身輝夜の命を狙うなど……愚かな行為としか言いようがない。
そもそもあの時の事で輝夜に落ち度はない、寧ろあの男が情けなく彼女に執着したのが原因ではないか。
逆恨みをして、更にその娘にまでこのような愚行を犯させるとは……。
(つくづく、あの不比等という人間の男は救えないわね……)
もはや嫌悪感すら抱けないほど、紫の中で不比等という男の存在は許されざるものとなっていた。
しかし今はそんな男の事など考えている場合ではないと、紫は思考を元に戻す。
とはいえこの少女の処遇を決めるのは輝夜だ、自分が決める事ではない。
尤も、まだ年端もいかぬ少女とはいえ輝夜の命を狙ったのだ、決して軽い罪ではない。
打ち首か、よくて島流しか……どちらにせよ、目の前の少女に未来は待っていないのは明らかであり。
「――龍人、放していいわよ」
けれど、次に放たれた輝夜の言葉は、紫の予想していたものとは違っていた。
「えっ?」
「いから、放していいわよ」
「………ああ」
言われた通り、掴んでいた少女の右手を離す龍人。
少女は掴まれた腕を左手で庇いつつ……輝夜を睨むだけで何もしなかった。
周りを紫達に囲まれてしまっているからだろう、抵抗するだけ無駄だと理解したようだ。
改めて少女へと視線を向ける輝夜、少女は変わらず彼女を睨んでいるが、輝夜の表情は変わらない。
寧ろどこか無機質じみたものになっており、美しさも相まって恐ろしさすら感じられた。
「……ねえ、そんなにわたしが憎いの?」
口調を変え、少女に問いかける輝夜。
「あ、当たり前だ!!」
一方の少女は様子が変わった輝夜にやや怖気づきながらも、精一杯の虚勢を張りながら答えた。
「じゃあ、わたしを殺したい?」
「そうだ! 私はその為にここに来たんだから!!」
「…………」
堂々と殺すと発言されても、輝夜の表情は変わらない。
その瞳には一片の怒りも憎しみも宿ってはおらず……というよりも、何の感情も見られない。
まるで少女の事など微塵も眼中にないと言わんばかりに、輝夜の瞳は冷たいものだった。
再び周囲が沈黙に包まれ、誰もが口を紡ぐ中で。
「――じゃあ、殺してみる?」
輝夜が、ぽつりと呟くようにそんな言葉を口にした。
「えっ……」
「殺したいんでしょ? だったらいいわよ、殺しても」
「な、何言ってんだよ輝夜!」
「龍人は黙っていなさい。――その短刀で、心の臓を貫いてみる?」
言いながら、自分の胸を指差す輝夜。
ちょうどそこは心臓の位置、貫かれれば命を失う人間にとって大切な器官の1つだ。
突然の言葉に、少女は目を見開いて固まってしまう。
「どうしたの? ここへはわたしを殺しに来たんでしょう? 今更怖気づいたわけでもあるまいし」
「っ、ば、馬鹿にして……! どうせ抵抗するつもりでしょう!?」
「抵抗なんかしないわよ。周りにも手出しはさせない、ほら……刺してみたら?」
「輝夜……」
「紫も龍人も、手を出したら許さないわよ?」
「だけどさ……」
「いいから。黙ってなさい」
強めの口調で言われてしまい、紫達はおもわず押し黙ってしまう。
輝夜は先程から視線を逸らす事無く少女を見つめ、少女は輝夜と右手に持つ短刀を交互に視線を向けていた。
……やがて、少女は短刀の切っ先を輝夜へと向けながら両手で持ち直した。
これには紫達も動こうとしたが、もう一度輝夜に制されてしまう。
「…………」
「……どうしたのよ? 命を奪いに来たんでしょ?」
「わ、わかってる!!」
だが、いつまで経っても少女は短刀を輝夜に向けたままその場から動こうとしなかった。
よく見ると少女の両手は震えており、息も荒くなってきている。
(ああ……成る程)
そこでようやく、紫は輝夜の真意に気づく。
彼女が何故自分達に何もさせないようにしているのか、どうして少女を挑発してまで自分の命を奪わせようとしているのか。
――それは、少女が輝夜の命を奪う“覚悟”が無い事に、気づいたからだ。
同じ人間の命を奪うという行為は、普通の人間にとって一番の禁忌だ。
少女はそれに気づいたからこそ、先程から動こうとしない。
輝夜は最初からそれに気づいており、けれど敢えて指摘する事はしなかった。
した所で、頭に血が昇っている状態では無意味でしかないからだ。
――どれくらい、静寂が続いたのか。
誰もが口を閉ざし、少女の次の行動がどんなものかを確認しようとしている。
一方の少女は、相も変わらず短刀を輝夜に向けたまま微動だにしない。
そして――短刀の切っ先が、ゆっくりと下がっていった。
だらんと両手を下げ、脱力した少女の手から短刀が落ち地面に突き刺さる。
「――それでいいのよ」
そう言って、輝夜はあやすように少女の頭に手を置いた。
「命はね、簡単に奪っていいものじゃないの。
たとえどんな命だろうとそれは変わらない、有限であるからこそ他者の生を奪う行為は決して許されない」
「…………」
「何かを殺すというのは、殺したものの全てを背負うという事よ。
家畜を殺して自らの糧にする事だってそう、だからこそ生きている者達は日々を過ごせる事に感謝をし、命の尊さを確認しなければならない」
自らに言い聞かせるかのように、輝夜は言った。
少女も、紫達も黙って彼女の言葉を耳に入れていく。
何故かはわからない、わからないが……今の輝夜の言葉は聞かなければならないと。
忘れてはならないと、全員がそう思ったのだ。
「わたしを恨みたければ恨みなさい、憎みたければ憎めばいい。
その憎しみをどうしても拭えないのなら……その時は、わたしの命をあげるわ」
「……どうして、そこまで」
「わたしという存在は男を狂わせる、自慢しているわけじゃないけど実際にあなたの父親を狂わせたわ。だからわたしにはその責務を果たす義務がある、ただそれだけの話よ」
あっけらかんと、まるで世間話をするかのように輝夜は言い放つ。
だがその言葉に込められた感情は本物であり、少女もそれに気づき…輝夜に対する憎しみを消し去った。
それと同時に湧き上がってくるのは――自分の浅はかさに対する後悔の念。
「――別に、気にしてないわよ?」
「えっ……」
「後悔してるって顔に書いてあるのよ、わかりやすいわね。
別に気にしてないからあなたも気にしないで頂戴、気にされてもこっちが困るわ」
「…………」
勝てない、と。
目の前の女性には、絶対に勝てないと少女は思い知った。
器が違い過ぎる、自分と彼女では人としての器があまりにも違いすぎた。
「――誰か、来てくれませんか?」
少し大きな声で、使用人を呼びつける輝夜。
すぐさま若い男がやってきたので、輝夜はその男にある指示を出す。
「この子を家まで送ってあげてください。それと今回の事は他言無用でお願いします」
にこり、可憐という言葉ですら表現できない程の美しい笑みを受け、男は頬を赤らめながら無言で頷きを返す。
これで男は少女の事を誰かに話したりはしないだろう、輝夜の笑みにはそれだけの魔力がある。
「もう日が暮れるわ。帰りなさい」
「…………うん」
「あっ、ちょっと待ちなさい」
そう言って少女を呼び止める輝夜。
すると、彼女は奥の部屋へと引っ込み……何かを持ってきた。
そしてそれを少女に手渡す。
「これは……」
輝夜が少女に渡したもの、それは――櫛だった。
無論ただの櫛ではなく、“つげ櫛”と呼ばれる高級品だ。
「貸してあげるわ。だから……今度は屋敷の正面から入ってきなさい」
「えっ……」
「約束よ?」
言って、輝夜は含みのある笑みを少女に向けた。
……遊びに来いと、輝夜は言っているのだ。
このような事をしでかした自分を許しただけでなく、また来なさいと言ってくれた。
それに驚き、けれど嬉しくて……少女も輝夜と同じように笑みを返したのだった。
■
「――甘いのね、あなたは」
少女が屋敷から去った後。
紫は、まるで小馬鹿にするような口調で、上記の言葉を輝夜に放った。
それを聞いた輝夜は怒る事はせず、まるで紫の言葉を肯定するかのように苦笑した。
「もしもあの人間が父親に今回の事を話したら、面倒な事になるとわからなかったの?」
「あの子は話さないわよ。そういう子じゃないもの」
「どうしてそう思えるの?」
「あの子はただ父親が好きなだけなのよ。今回はそれがちょっと行き過ぎただけ」
だから、罰を与える必要もないと輝夜は言った。
……やはり彼女は変わっている、本当に人間なのかと思えるほどに。
「――結構ね、嬉しかったのよ」
「えっ?」
「わたしを特別扱いする人間は沢山居るの、それこそ老若男女関係なくね。
だから、あの子みたいにわたしを特別扱いしなかったのは、ちょっと嬉しかったわ」
「…………」
そういう問題ではないと思ったが、紫は口には出さなかった。
言った所で輝夜には理解されないだろう、色々な意味で普通ではないから。
それに――紫自身、彼女が出した選択は驚くと同時に、尊敬に値すると思ったのだ。
自分を殺そうとした相手を赦し、尚且つ自ら歩み寄ろうとする姿勢。
それは決して簡単に真似できる事ではない、輝夜の器の大きさが否が応でもわかる選択だった。
「あー……本当、最近のわたしって幸せを感じているわ」
「あら、じゃあ前は幸せじゃなかったのかしら?」
「そんな事ないわよ。わたしを育ててくれたおじいさんおばあさんと一緒に暮らしていた時は、幸せだったわ。でもわたしの美しさに魅了される男が増えてからは、毎日が退屈と憂鬱の連続だった」
輝夜にとっては、男に求婚を迫られても迷惑なだけだった。
ただ自分を育ててくれた老夫婦と穏かに、慎ましく暮らせればそれで良かったのだ。
でも、輝夜は今確かに幸せを感じていた。
「紫達と会ってから、改めて生きてて良かったと思えるようになったわ」
「まだ会って数日なのに?」
「揚げ足をとらないの、嫌な性格ね」
言いながら、軽く紫の額を小突く輝夜。
「感謝してるんだから。わたしと出会ってくれてありがと」
「……やっぱり、あなたは変な人間ね」
言いながら、輝夜から視線を逸らす紫。
なかなかに失礼な態度を見せられたが、輝夜が浮かべたのは笑顔だった。
だってそうだろう? そんな態度を見せながらも……紫の頬が赤くなっていたのだから。
照れ隠しが下手な紫に、ついつい笑顔になってしまうのは致し方ない事なのである。
「紫、顔が真っ赤だぞ?」
「っ、龍人は黙ってなさい!!」
「いてえっ!? なんで叩くんだよ!?」
いきなり頬を叩かれて抗議する龍人だが、紫は徹底的に無視した。
その光景を見て、輝夜は今度こそ声を出して笑ったのだった。
To.Be.Continued...
この少女の名前は次回に出てきます。
とはいえ、もうわかっていると思いますが……。