妖怪の賢者と龍の子と【完結】   作:マイマイ

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新作品です。
シリアス多めの東方作品になります。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。


序章 ~始まり~
第1話 ~出会い~


――命の灯火が、消えようとしていた。

 

「は、はぁ、は……!」

 

 人が寄り付かぬ山奥の森の中、そこを必死の形相で走る1人の少女が居た。

 まだあどけない顔立ちでありながら、将来数多くの男を魅了するであろうと断言できる程の美しい容姿。

 その容姿に相応しい金糸の長い髪を靡かせ、(ろく)(じゅう)()()の「(すい)」(占いの1つで六十四卦は基本図象、萃は六十四卦の45番目の卦)が描かれた導師風の服を身に纏った彼女は、不思議な雰囲気と絶大な美貌を持って生まれた美女になると断言できるだろう。

 しかしそれは――すぐに閉ざされてしまう未来かもしれない。

 

「は、は……ぁ、はぁ……は……!」

 

 走る走る走る……!

 茂みを掻き分け、草木で露出した肌が切り傷を作ろうとも構わず、少女はただ走り続けた。

 それは紛れもない“逃走”、少女は閉ざされようとしている自分の未来を回避するために、死に物狂いで逃げ回っている。

 

「――何処へ行く? 女」

「――――っ!!?」

 

 重苦しい声が、少女の耳に入る。

 瞬間、少女はその声によって動きを止めてしまい、身体を強張らせ震え始めた。

 

「貴様のような下等妖怪が、生きようと無様に逃げる姿はお笑いだが……あまり俺様の手を煩わせるな」

 

 重く低い声が、再び場に響き……木々の間から、複数の生物が現れた。

 四足歩行の獣のような出で立ちで現れたその生物は、皆血走った目と鋭利な刃のような牙を少女に見せながら出現する。

 その数、およそ二十。

 ゆっくりと、けれど確実に少女の逃げ場を無くすように展開し――僅か数秒で少女は取り囲まれてしまった。

 

「はー……はー……はー……」

 

 取り囲まれた少女ではあるが、彼女は周りの獣達に対しての恐怖心は微塵もない。

 所詮獣は獣、たとえ手負いであっても少女にとってはとるに足らぬ相手であり。

 ――けれど、取り囲まれた時点で少女の人生は終わりを告げていた。

 

「は、ぁ、あ……あ……」

「どうした? もう少し抵抗しないのか?」

 

 嘲りと余裕、そして見下しの感情を前面に押し出しながら、獣達とは別の存在が現れる。

 それは青白い肌の大男、少女の倍はある巨体はまるで地獄から現れた悪鬼の如し。

 男は獲物である少女の弱りきったその姿を満足そうに見つめながら、鋭利に生えた爪を下品に舐る。

 

「たかだか十五年程度しか生きていない下等妖怪に、まさか部下まで使う羽目になるとはな」

「はぁ、は……そ、それだけ…あなた達が弱いって事じゃないかしら?」

「…………」

 

 少女の口から放たれる、精一杯の強がり。

 息も絶え絶え、単なる虚勢にすらなっていない愚行そのもの。

 

――それが、大男には我慢できないほどに腹立たしい。

 

「ガキが……早死にしたいか?」

「は、は、はぁ……」

「――くだらない時間を過ごした、消えろ」

 

 右手に力を込める大男。

 それで少女は今度こそ自分の命が、大男の右爪によって消えると自覚した。

 無惨に切り刻まれ、その後は周りの獣達によって肉の一片も残らず食われ蹂躙される。

 なんという屈辱か、それでも少女はその未来を回避する術はない。

 

――そして、大男は遂に右手を大きく振り上げる。

 

――少女は怯まず、一秒後の死に対しても懸命に立ち向かおうと大男を睨み続け。

 

「――お前ら、何してんだ?」

 

 場に似つかわしくない能天気な少年の声が、少女の死を先延ばしにした。

 

「――――」

「…………ああ?」

 

 少女も大男も、そして獣達の視線も、声の聞こえた方へと向けられる。

 その先に居たのは、声に似つかわしい少年であった。

 まだ十代前半に見える小柄であどけない顔立ち。

 ただの人間、見た目と少年の短く切り揃えられた黒髪を見れば誰もがそう思うだろう。

 

 しかし、少女も大男も目の前の少年が人間ではないと瞬時に悟った。

 何故なら――少年の瞳は、普通の人間ではありえない黄金の瞳だったからだ。

 それで理解する、この少年は人間ではなく……少女と大男と同じ“妖怪”と呼ばれる種族であると。

 

――妖怪。

 

 闇の中で生き、人間にとって恐れられる怪物達の総称。

 人間を遙かに上回る寿命と頑強な肉体を持ち、その多くが人喰であるというのが大きな特徴だ。

 ……それにしてもと、少女は少年の黒髪に視線を向ける。

 

 妖怪は人の形を持つ者ではあるものの、人間と違い髪や瞳の色、肌といった見た目は大きく異なっている。

 自分とて金糸の髪と瞳を持っているし、この大男の肌とて人間とは違い青白く不気味だ。

 しかし黒髪の妖怪とは珍しい、少なくとも少女も大男も初めて見る。

 尤も――大男にとっては、どうでもいい事ではあるが。

 

「――小僧、お前……今何をしたかわかるか?」

「? お前、怪我してる!!」

「えっ……」

 

 大男に睨まれているというのに、少年はまったく異を介さずに少女の元へと駆け寄った。

 少女が負っている怪我を辛そうに見つめるその姿は、まるで肉親を傷つけられた人間のようだ。

 

「大丈夫か? けどごめんな、俺……治療する力がないから、とりあえず俺んちに行こう!」

「えっ……えっ?」

 

 少女の返事も反応も待たないまま、少年は少女の手を掴みその場を後にしようとするが。

 

「――随分と、舐め腐った真似をするじゃねえか」

 

 額に青筋を浮かべ、憤怒の表情のまま大男が少年と少女の前に立ち塞がった。

 

「どけよ、この子怪我してんだぞ?」

「…………」

 

 何の力も感じられない、見た目通りの小僧に生意気な口を聞かれる。

 それは大男にとって信じられぬ光景であり、同時に決して許す事など出来ない愚行であった。

 

「ガキ風情が……この俺様を誰だと思っている!?」

「…………誰?」

 

 少年が、隣に立つ少女へと問いかける。

 それが再び大男の怒りを買い、もはや我慢の限界であった。

 後から現れた少年ごと少女を殺せばいい、大男にとって造作も無い事だ。

 

「もういい、消えろガキ共!!」

「っ、逃げて!!」

「ああ……そうだ、な!!」

「きゃっ!?」

「っ、なっ!?」

 

 大男が2人を殺そうと行動する前に――少年は動きを見せていた。

 素早く少女を抱きかかえ、両足に充分な力を込めて跳躍する少年。

 六メートルという常人を遙かに超える跳躍力を用いて、少年は包囲網を空から突破する。

 地面に着地、同時に逃走するために走り出した。

 

「…………」

「ちょっと我慢しててくれな?」

 

 前を見ながら、少年は抱きかかえた少女へと告げる。

 しかし少女は少年の声に返事を返すことは無く、まるで疾風のように走る少年の速さにただ驚いていた。

 子供の足だというのに、少年はろくに整備もされておらず走るには向いていない山の地面をものともせず、走っているのだ。

 それだけではない、その速さはただ速く流れる景色がぼやけて見える程。

 

「…………ダメだな」

「えっ?」

「俺、今全力で走ってるんだけど……いずれ追いつかれる」

「何を……っ!!?」

 

 少年の言葉に当初は理解できなかった少女だが、後ろから確実に迫っている複数の気配を感じ取り理解する。

 この少年は確かに速い、いくら妖怪とはいえこれだけの速さで走れる存在はそうはいまい。

 だが――敵はそれ以上の速さで自分達を追っており、このままでは少年の言う通り追いつかれそれで終わりだ。

 

「うーん……どうすっかなあ、俺1人じゃ多分勝てねえし……」

「……私を、置いていって」

「それは無理、だって見捨てるなんてできないし」

「な、なんで……? 私と貴方は何の関係も無いでしょ!?」

 

 こうやって自分を抱えて逃げている事自体、少女には理解できなかった。

 妖怪の世界は人間以上に弱肉強食の理で出来ている、一部を除いて皆身勝手で……力こそ全てだ。

 だから少女には何故少年が自分を助けるのかが理解できない、それも何の関係も無いのにだ。

 その疑問を解き明かすために、少女は少年へと問いかけたのだが――

 

「――とうちゃんが、女には優しくしろって言ってたし、たとえ女じゃないとしても怪我してるお前を放ってなんかおけないって」

 

 あっけらかんと、それが世界の常識だと言わんばかりに、理解不能な答えを少年は返してきた。

 

「――――」

 

 おもわず、少女は言葉を失ってしまう。

 まだ十五年という妖怪という種族の中では若すぎる少女だとしても、少年の答えは妖怪として理解できないものだった。

 少なくともこの十五年間、少女はずっと……誰かに助けれる事など無かったのだから。

 

――けれど、現実はただ非情でしかない。

 

 少しずつとはいえ、相手との距離は狭まっている、追いつかれるのは時間の問題だ。

 少女には力は殆ど残されていないし、少年もまた自分の力では相手を倒す事など不可能だと悟っている。

 

「や、やっぱり私を置いていって! そうしないと貴方まで……!」

「嫌だね」

「どうして!? 関係ない私のせいで死んでもいいの!?」

「関係が無くちゃ、助けちゃいけないのか?」

「えっ……」

 

 ぽつりと、呟くように放たれた少年の言葉に、少女は再び言葉を失う。

 

「俺は誰かが死ぬのは嫌だ、だったらあのまま放っておいたら殺されるお前を助けないわけにはいかない」

「こ、答えになってないわ。そのせいで命を落としたら……!」

「――殺されそうになってる命を見捨てて後悔するくらいなら、死んだ方がいいさ」

「――――」

「まあでも……そんな偉そうな事を言っているけど、弱い俺にはまだその道は早過ぎるかもな」

 

 走りながら器用に苦笑する少年だが、少女は同じように笑う事はできなかった。

 彼は自分とは違い目標を持って生きている、自分のような……ただ他の妖怪や人間から逃げているだけの自分とは違う。

 ……あどけない顔が、少女には何だか眩しく映った気がした。

 

「……すぐそこまで迫ってるな、あのでっかいの」

「っ、ええ……そうみたいね」

「しょうがねえな……一か八か戦うか?」

「無理よ。私はもう妖力が殆ど残っていないの、そもそも力があるならとっくに逃げ出しているわ」

「…………」

「ひゃっ……!?」

 

 突如として立ち止まる少年、その際の衝撃によって少女は短く悲鳴を上げてしまう。

 何故止まるのか、問いかけようとして……少女は少年の瞳を見た。

 そこに映るのは何かを“決意”した感情、胸騒ぎがした少女が口を開く前に。

 

「――俺が時間稼ぎをするから、お前はここから走って逃げろ」

 

 少年は少女を地面に降ろし、こちらに向かってくる者達へと視線を向けた。

 

「そ、そんな……そんな事できるわけないじゃない!!」

「このまま逃げたって捕まって殺されるだけだ、だったら俺が囮になればお前は助かるだろ?」

「だ、だったら私が黙って殺されればいいだけじゃない! 貴方が私なんかのせいで命を落とすなんて間違っているわ!!」

「しょうがねえじゃん。見捨てるぐらいなら死んだ方がマシだって、さっき言っただろ?」

「だからって……!」

「この道をひたすら真っ直ぐ行けば俺んちがある、そこにとうちゃんが居るから事情を話して助けてもらえ。

 とうちゃんはありえないぐらい強いから、あんな奴等一秒も掛からずに倒せるんだ」

「でも……でも……!」

「いいって、俺が勝手にやってんだからさ。それより……生きろよ?」

 

 ニカッと、死地に行く者とは思えない無邪気な笑みを見せる少年に、少女は金の瞳から涙を零す。

 こんな自分に、会ったばかりの自分のためなんかに命を懸けてくれているというのに、何故自分には何も出来ないのか。

 己の力不足と情けなさで、少女は涙を流すのを止められずにいた。

 

「お、おい泣くなよ……泣かれると、困る……」

「ご、ごめんなさい……でも、やっぱり……」

 

 私も残る、たとえ役に立てないとしても残りたかった。

 このまま逃げたら少女は一生自分自身を許せなくなる、見ず知らずの自分の助けてくれた者に対する恩を返せないなど……許されない業だ。

 だから、少女は少年を守るように前へと出ようとして――森の変化に気がついた。

 

「え――――」

 

――森が、震えている。

 

 否、周囲の森だけでなくこの山全体が震え上がるような、緊迫した空気が周囲に漂い始めていた。

 それと同時に感じ取れたのは……圧倒的なまでの力の奔流。

 まるで台風、いや、火山の噴火か。

 そう思えるような力を感じ取る事ができ、少女は知らず身体を震わせその場に座り込んでしまう。

 

「――助かったあ、とうちゃんが俺を心配して捜しに来てくれたみたいだ」

「えっ……じ、じゃあこの力って……!」

「ああ、俺のとうちゃんの力だよ。あっ、あいつら尻尾撒いて逃げちまったみたいだぞ?」

 

 よかったなあ、嬉しそうに少女へと告げる少年であったが、一方の少女は反応を返す事が出来なかった。

 ……冗談ではない、何なのだこの出鱈目な力は。

 先程の大男などまるで問題にならず、たとえ大妖怪と呼ばれる力ある存在であったとしても、届かない。

 力の奔流は収まったというのに、いまだに空気はビリビリと震え一歩も動く事ができないでいた。

 

――そして、森の奥からその力の正体が姿を現す。

 

「――んん? おお(りゅう)()、無事だったか!」

「当たり前だろとうちゃん! って言いたいけど……とうちゃんのおかげで助かったよ、ありがとう!!」

「なーに、出来の悪い息子を助けるのは当然だ!! ――っと、おお?」

 

 現れたのは、人懐っこい笑みを浮かべた中年の男性であった。

 ボサボサの整えていない銀の髪に無精髭を生やし、お世辞にも上品という風には見えない風貌。

 身につけているものも簡素な衣服であり、見た目も相まってみすぼらしさすら覚える。

 

 しかし少女は決して目の前の男をそういった風には見る事ができない、先程感じ取った力を知れば当然だ。

 一方の男性は、少年の傍に居る少女を見て、驚きながらも――ニヤリとした笑みを浮かべていた。

 

「なんだよ龍人ー、お前こんな可愛い子と逢引してたのかー? これなら俺が助けなくてもよかったな」

「なっ……!?」

「? なあ、逢引ってなんだ?」

「っ、貴方は知らなくていいの!!」

「そ、そんな怒鳴らなくたっていいだろ……?」

「はっはっは、いや悪いな譲ちゃん。ちょっとからかいたくなっただけさ」

「…………」

 

 少女の険しい視線を受け、男はやや引き攣った笑みを浮かべつつ、少女に自らの名を告げた。

 

「俺は(りゅう)()、この山でコイツと一緒に暮らしてるモンだ。まあ自己紹介は追々という事にして……まずは家に来い、手当てしてやる」

「…………」

「とうちゃんはなんでもできるから、お前の怪我だってあっという間に治してくれるぞ?」

「……私、下品な男は嫌いですの」

「こりゃ手厳しい……さっきのは本当にすまなかった。だがお前さん……その怪我と消耗しきった身体じゃ、さっきの奴等から逃げられないぞ?」

「ええ、悔しいですけど……でも、おかしな事をしたら許しませんから」

「誰が譲ちゃんみたいに乳臭いガキに手を出すかよ。じゃあ龍人、その譲ちゃんはお前が連れて来い」

 

 そう言って、さっさと歩き出してしまう龍哉。

 またも下品な物言いに少女の表情が険しくなるが……すぐに元に戻った。

 とにかく今は余計な体力を使える余裕はない、おとなしくついていこう。

 

「――ところでさ、お前の名前ってなんていうんだ?」

「ぁ……そういえばまだ名乗ってもいませんでしたね」

 

――物語が、幕を開いた。

 

「私の名前は――紫。()(くも)(ゆかり)よ」

 

 少女『八雲紫』と少年『龍人』の出会いが、全ての始まり。

 

「紫かあ……よろしくな、紫!! 俺は龍人だ!!」

 

 この出会いが、大きな意味を成す事になるのだが。

 

「ええ、宜しく――龍人」

 

 それを知るのは、まだまだ先の話である。

 

 

 

 

To.Be.Continued...


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