やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第9話  こうして俺の物語は始まるのである。

テスト2週間前となったこの日、俺は1人ファミレスに寄ってドリンクバーを頼み、イヤホンを耳に刺しながら参考書の問題を片手間に解きながら単語帳を手に持っていた。

 入院期間が長かったために武闘派ボッチからメタモルフォーゼしたわけだが……まさか自分がここまで頭のいいボッチだとは思わなかった。

「……4時か……」

 奉仕部を退部し、今まで消費していた時間が長いようで短い……勉強に長いこと集中していたって感じても実際の時間が進んでいるのは少しなのか……。

「…………勉強しよ」

「そっか。いろいろ大変なんだね」

 何故か奉仕部の2人の姿が脳裏をよぎったがどうにかして削除し、再び勉強に集中しようとしたその時、非常に聞き覚えのある……というか毎日聞いている声が聞こえてきた。

 ちょうど植物が置かれているので俺の顔は見えないがとりあえず葉の隙間から入口の方を見てみるとなんとマイリトルシスターが知らない男と一緒にファミレスに入っていた。

 ……誰だあのどこの馬の骨とも知らん奴は……彼氏……ではなさそうだな。雰囲気的に。

「あっれぇ~? おっかし~な~。お兄ちゃん今日勉強して帰るって言ってたからここにきてると思ったんだけどな~。見当違いかな?」

「比企谷さん。別に大丈夫っすよ」

「大丈夫! お兄ちゃんならズババッと解決してくれるから!」

 ……嫌な予感がする。

 すると小町はポケットに手を突っ込むとゴソゴソと何か探しているのか手を動かしっ!?

『お兄ちゃん! 世界で一番キュートでビューティホーで欲情しちゃう妹からの電話だよぉ!』

「あ、お兄ちゃん見っけ」

 嗚呼。今日も今日とて我が名誉に傷はつく……グスン。

 心の中で号泣していると俺が座っているテーブルにやってくると隣に小町が座り、向かいに小町と一緒にやってきた男子が座った。

 短髪……爽やか系ってやつか。まあ、小町を上の名前で呼んでいる限り恋人ではないみたいだ。

「小町。夏休みの勉強会覚えておけよ」

「うげぇ。そ、それはそうと大志君、今悩んでるから聞いてあげてよ」

「初めまして。川崎大志っす」

「で? そのお悩みとは」

「……実は最近、姉ちゃんの帰りが遅いんすよ。朝帰りというか」

 ……繋がった。脳細胞がトップギアだぜ。

「男だな。うん。そのお姉ちゃんに男が出来たのだよ。良いことではないか」

「そ、それはないっす。うち兄弟が多くてギリギリなんすけど姉ちゃんはそんな家族をほっぽり出して男とつるむことなんてありえないっす」

 そこまで強く否定されればこちらとしてもふざけた内容のアドバイスはできない。

 ……ダメだ。奉仕部にいた頃の癖が未だに直っていないとは……俺はもう誰かの補助をするクラブの一員じゃないんだ。なんで考えるんだ、俺が。

「姉ちゃんに問いただしても関係ないって切れられるし」

「お兄ちゃん。なんとかしてあげて?」

「……名前」

「へ?」

「お前の姉ちゃんの名前だよ。あといつくらいからそうなり始めたのか、そうなり始めてからの変化した点とかをわかりやすく端的に言ってくれ。あと写真とかも」

 ルーズリーフの端っこにシャーペンで専用の枠を書き、その中に大志から聞きだした情報を走り書きで書き込みながら頭の中で整理していく。

 変わり始めたのが総武高の2年になってからでそれ以来、ちょくちょくエンジェルなんとかという変な店の店長から電話がかかってくることが多くなったこと。

 ……ん~。これ完全に分かった奴じゃん。

「バイトじゃね?」

「そ、それはないっす! 姉ちゃんまだ未成年だから遅くまでは働けないし」

 それもそうか……未成年である俺たちが12時を超えて外をぶらついていれば確実に補導されるしな。でも深夜バイトをやるなんてことは案外余裕だ。高校生にもなれば、特に女子ならば化粧1つで2,3年は年齢の鯖を読むことだって可能なはずだ。

「お前の姉ちゃん、総武高校だっけ」

「あ、はい。川崎沙希って名前なんすけど」

 ……うん、知らない。ボッチにとってクラスメイトの名前など無価値なのだよ……寂しいなんて思ってないし。

「クラスとかは?」

「確か……F組だったはずっす!」

「……お兄ちゃん」

「言うな、妹よ」

 俺は涙が溢れないよう、天を見上げた。

「ま、とりあえずできることはやっておく……限られてると思うけど」

「それでも良いっす! 俺、姉ちゃんが心配で仕方がないんっす」

 弟をここまで心配させるお姉ちゃん……いったいどんな奴なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比企谷」

「おざ~す」

「あぁ、おはよう」

 小町の自転車の後ろに乗せてもらい、校門の近くで降ろしてもらって学校の敷地内に入った瞬間、横から声をかけられ、そちらを見てみると白衣姿の平塚先生が立っていた。

「少し話がある。お昼休みに私の所に来い」

「……うっす」

 言わなくても先生の用事は分かる……奉仕部のことに関してだろう。仮部員期間を終え、奉仕部から消えたという報告をあの2人のどちらかから聞いたんだろう。

 俺は何を言われようが奉仕部に戻る気はない……絶対に戻らない。

「ヒッキー!」

 後ろを振り向かずとも声の主が誰だかわかったがとりあえず振り向くと後ろから由比ヶ浜が全力のダッシュで俺のもとに走ってきていた。

 ま、どのみちクラス一緒だし会う事は決定なんだけどさ。

「どうして奉仕部辞めちゃったの!?」

「声がでかい。俺は仮部員なんだよ。校則じゃ正式部員は辞める際には退部届がいるんだけど仮部員の場合はそんな書類はいらないんだよ。そもそも俺は平塚先生に言われて一週間限定で入ったんだ……それ以上、奉仕部にいる意味はないだろ」

「ヒッキー楽しそうだったじゃん! ゆきのんといつも言い合いしてるけど楽しそうだったじゃん!」

「……お前にはそう見えたかもしれないけど…………じゃあな」

 由比ヶ浜を放置して教室へと向かう階段に上がろうとした時、ふと上の方に誰かが立っているのが見え、顔を上げてみると階段の一番上に雪ノ下が立っていた。

 その眼はいつもの通り、冷たい。誰も寄せ付けようとしない雰囲気。

「手伝うわ。階段昇降」

「……どうも」

 雪ノ下の肩を借り、一段一段ゆっくりと上がっていく。

 ……この前、階段を使うときは手伝ってくれって言ったこと覚えてたのか……でもまさか、奉仕部を辞めた後でも手伝ってくれるとは思ってなかったけどな。

「これは私の独り言なのだけれど……奉仕部に戸塚君が来て依頼をしに来たわ。内容は昔、自分を助けてくれた人を探してくれないかという内容」

「……人探しかよ」

「あら、独り言だったのだけれど」

「聞こえる独り言は独り言じゃない」

「で、貴方はどうするべきだと思う?」

 戸塚が探している人物は十中八九、俺のことだろう。中学を卒業したあの日、ヤンキーたちから戸塚を救った日……そして俺が今の状態になった日。まさか同じ高校になるとは思ってもなかった。材木座は一番合いたくない人物1位だったが2位は戸塚だった。理由は今の俺はあの時の俺じゃないから。

「店員に言って監視カメラでも見せてもらえよ。パパッと解決じゃねえか」

「……そうね」

「ここでいい。助かった」

「……もう一度聞くわ。貴方はもう」

「戻らない。言っただろ。俺たちの関係は1週間限定だって」

「……戸塚君も由比ヶ浜さんも貴方がいなくなったってことを聴いたら悲しそうにしてたわよ」

 俺は雪ノ下のその言葉に一瞬反応しながらも何も言わずに教室に向かって歩き始めた。

「放課後、部室に来てくれないかしら。渡すものがあるから」

 周りの奴らの雑音にかき消されるはずの声は何故か俺の耳にまっすぐに入ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺は特別棟にある奉仕部の部屋の前にいた。

 特別棟につながる渡り廊下までは無意識のうちに来ていたがそれ以降は何故か足が止まらず、結局奉仕部の前まで来てしまったというわけだ。

 優柔不断な自分に呆れ気味にため息をつきながら扉を開けるといつもの通り、雪ノ下が椅子に座って文庫本を読んでいたが栞を挟み、文庫本を閉じて近くの机に置いた。

「で、渡すものって何だよ」

「そうね……ま、座ってちょうだい」

 そう言われ、あらかじめ用意されていたであろう椅子に座る。

「戸塚君の依頼のことなのだけれどその人物が分かったわ」

「……随分と早い解決だな」

「ええ……戸塚君を救った人物……それは貴方じゃないかしら」

「…………証拠は?」

「朝、貴方に依頼の内容を簡単に話したでしょう? その答えとして貴方は店員に監視カメラを見せてもらえと言ったわ…………私は貴方に本屋さんの店内で助けられたとは言ってないわ」

 雪ノ下の言葉に逃げ道を次々とぶち壊されていき、俺にはもう自白するという逃げ道しか残されていない。

 雪ノ下は嘘をつかない……故に彼女が喋ることはすべて真実であり、絶対に命中する弾丸と同じなのだ。

「……そうだよ。中学の卒業式の日に戸塚を助けたのは俺……だけど今の俺じゃない」

「ここまできて」

「違うんだよ……戸塚を助けたのは両足があったころの俺なんだよ。だから感謝されるべきなのは過去の俺であって今現在の俺なんかじゃない」

「……コンプレックス……とでも言うのかしら」

「別に日常生活に対してはこの足にコンプレックスはない……でも、他人に対してはある」

 その時、教卓が揺れたような音がし、そちらの方を見てみると教壇に1つの影が伸びているのに気付いた。

 ……渡すものってこれかよ。

「少し席を外すわ」

 そう言い、雪ノ下が部室から出ていくとともに教卓の下から戸塚が出てきた。

「比企谷君」

 いつもならうるんだ目で見られたら色々とボケたりするんだが今の部室に流れている気まずさMaxの空気の中、とてもじゃないがボケる気にはなれないし、戸塚と目を合わせることすらできない。

 ……何で俺、奉仕部に来たんだろ。

「戸塚。俺は」

 その時、戸塚の両手が俺の両手を優しく包み込むとポタポタと滴が手に滴り落ちてきた。

 視線を上げると両目から大粒の涙を流している戸塚の顔が見えた。

「比企谷君だったんだね……助けてくれたの」

「…………お、俺は」

「関係ないよ!」

 雪ノ下に言ったことと全く同じことを言おうとした瞬間、今までに聞いたことがない戸塚の大きな声が部室内に響き渡り、思わず口を瞑んだ。

「片足しかないとか両足がある時の俺が救ったとかそんなの関係ないよ! 比企谷君は僕を助けてくれたヒーロなんだよ! 今も昔も変わらないヒーロなんだよ……だから、ずっと言いたかった」

 その言葉を聴いたら俺はもう戻れなくなる。

 そう思い、離れようとするが戸塚が俺の手を掴む力が思った以上に強く、この場から離れることはできない。

「比企谷君……僕を助けてくれてありがとう」

「っっ」

 涙をいっぱい流しながら言われた一言……それは他の奴らからしたらただのお礼の言葉かもしれない……でも、俺にとっては……自分の考えなんか一発で吹き飛ばされるくらいに強い……言葉だ。

 戸塚は制服の袖で涙をぬぐい、笑みを一度浮かべると部室から去っていった。

「…………バカじゃねえの。あれはただの言葉だろ……ただの言葉なのに……なんで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --------こんなにもうれしいって思うんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後、俺は1枚の紙を手に持って奉仕部の部室に向かっていた。

 ……変わる気はない最悪の性格の俺だけど……ほんの少しは

 そんなことを考えながら奉仕部の扉を開けると部室にいた雪ノ下、由比ヶ浜、平塚先生の3人が同時に俺の方を向いた。

 俺は座っている平塚先生の前まで歩き、1枚の紙を手渡した。

「2年F組比企谷君八幡。奉仕部に入部します」

「……よかろう。入部を許可する」

 笑みを浮かべながら平塚先生がそう言った瞬間、横から強い衝撃が走り、俺の視界に由比ヶ浜の顔が映った。

「これでヒッキーも正式な部員になったことだし! 写真撮ろうよ写真! ほらゆきのんも!」

「いや、私は」

「まあ、そう言うな雪ノ下。奉仕部のスタートの日だ。今日くらいは良かろう」

 渋り気味の雪ノ下を平塚先生が引っ張ってくると俺を中心にして左側に雪ノ下、右側に由比ヶ浜が立ち、俺たち3人の後ろに平塚先生が立った。

「んじゃあ撮るよ!」

 由比ヶ浜が自分の携帯カメラレンズを向け、俺たち全員が入るように微調整し、ボタンを押すと部室内にシャッター音が複数回、鳴り響いた。


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