やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第8話  こうして物語は始まったのである。

 1年と数か月前……これはまだ、奉仕部という名のグループに3人が集まっていない時の話。

 1人の少年は体に大きなハンデを受け、1人の少女は大切なものの命を救われ、もう1人の少女は少年から大切なものを間接的に奪ってしまった。そして1人の少年が救われた……そんなお話。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん! 今日何時位に帰ってくるの!?」

「は? なんで」

 朝飯を作りながらソファに寝転がっている妹の小町にそう聞き返すと小町は良いから答えろと言わんばかりにジト目をして俺を睨み付け、口を軽く膨らませた。

「いいから! 何時位?」

「って言われてもな……お前、何時が良いんだよ」

「5時半くらい!」

 やけに遅い時間に帰ってこいと命令するんだなと思い、ふと冷蔵庫に貼り付けられているカレンダーへ目を移すと今日の日付の部分の赤色のペンで大きく丸が付けられており、その日付を見てようやく理解した。

 今日は俺の卒業記念パーティーの日か……そう言えばやけに俺の卒業式の日にちを聞いてくるかと思いきやそう言う事か。こいつ、俺に隠してパーティーの準備をする気だな。可愛い奴め。

「ん。分かった。5時半くらいに帰ってくるわ」

「オッケー! んじゃ、お兄ちゃん。いってらっしゃい!」

「いや、まだ朝飯食ってるし」

 そんな感じで楽しい我が家の長時間は過ぎていく。

 比企谷家の両親は俺たちが寝ている時間帯に仕事に行き、俺達が熟睡している時間帯に仕事から帰ってくるので平日は滅多に顔を合わさない。休みの日もたまに残業があるので一家全員が揃うのは日曜日位だ。

 小町と楽しく朝飯を食い終わった俺は準備を済ませ、カバンを持って3年間ボッチのまま過ごした中学校の校舎にお別れを告げるべく家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………5時15分。あと10分は時間潰すのか」

 卒業式を終え、俺はホームレスのおっちゃんよろしくの様に公園のベンチに座って時間を潰していた。

 ボッチであったために下の学年の奴らからはお祝いなどしてくれるはずもなく、部活にも入っていないので先生のと関係も希薄だった俺は写真など取ることもなく、ちゃちゃっと帰ってきたのだ。

 誰かに告白されるという淡い期待も見事ブレイクされたし……本屋行くか。

 カバンを持ち、公園の近くにある本屋に入り、文庫本コーナーへ行って何か面白そうなものは無いかと探している時にふと、隣に視線を向けた瞬間、俺は思わず2度見してしまった。

 ……すげっ。超可愛い。

 横に学生服を着た女の子が立っていたんだがそれがとてもかわいい。本を読んでいる様は非常に似合っており、纏っているオーラはどこか冷たいものを感じるがそれもまたいい。

 ま、ボッチの俺には関係ないですけどね~。

 そう思いながらパラパラと本を手に取り、軽く読んでいると一瞬、店員の声が強張ったのを感じ、入り口付近へ視線を向けると金髪ピアスのいわゆるヤンキー3人と気弱そうな子が1人、入ってきた。

 その子はガタガタ震えながら顔を伏せ、辺りをチラチラ見ながら俺の後ろを通り、一冊の本を手に取った。

 …………まさかとは思うけど。

 後ろを振り返るとヤンキーどもがニヤニヤしながら気弱そうな子を見ていた。

「…………止めとけ」

「っっ!」

 気弱そうな子が本を手に取り、カバンの中へ入れようとしたところで手を掴み、店員からは見えない様に体でその子を隠した。

「今ならまだ間に合うからさ……その本、棚に直そうぜ」

「……で、でも」

「大丈夫だって……あいつらと同じ高校行くのか?」

 俺の質問に首を左右に振った。

 同じ高校じゃないと言う事は入学さえしてしまえばあいつらとはもう会わないってことだよな……ふっ。こんなところでボッチの知識が役に立つとわn。

 入り口付近にはヤンキーたちが塞ぐようにたむろっているし、店員はそれを退かす気はないだろうから……ここはなりすまし作戦で行くか。

 作戦としては俺がスタッフオンリーと書かれた扉の前に連れて行く。捕まったと勘違いした奴らは店内から出ていく……我ながら良い作戦だ。

「よし……こっち」

 その子の手を取り、店の奥の方へ行きつつもガラスに映るヤンキーたちの姿を見ながら歩いていく。

 ……早く行ってくれよ……早く。

 何故か俺までもが冷や汗をかきながらそう願い、扉のノブに手をかけようとした瞬間、ヤンキー達は満足したのかでかい声で喋りながら店内から出ていった。

 ……ふぅ。

 チラッと店の外を確認すると既にヤンキー達はどこかに向かって歩いていた。

「……はぁ。あ~緊張した」

「そ、その……えっと」

「まぁ、そのなんだ……色々とあるだろうけど高校生活は楽しくなるって」

「そ、そうかな」

 小学校から中学校に上がった時、母さんに同じこと言われたけど全然だったからな。

「……そう言われると困る」

 そう言うとその子は俺が行ったことがおかしかったのかぷっと小さく笑った。

 男子の制服なのに髪はショートカットの女子並に長い……果て。女の子か、男の子か……まぁ、もう俺には関係ないことか。

「んじゃ。高校で逢えたらよろしく」

 心の中でそんなことはないだろうけど、とつぶやきながらその子を優しくナデナデし、店から出て家に向かって歩き出した直後にポケットから着信音が響き、スマホを見てみると画面にはでかでかと小町★と書かれていた。

 ……あいついつの間に変えたんだ。

「もしもし」

『あ、お兄ちゃん? やっぱり6時に帰ってきて。んじゃーね!』

「あ、おい……6時ってあと30分も潰さなきゃいけないのかよ……仕方ない。高校の下見でもするか」

 入学する予定の高校を下見することを決め、青信号を渡り、高校がある場所へとゆっくり歩いていると前から犬の散歩をしている女の子と後方から高そうなリムジンっぽい車が来ているのが見えた。

 ……ある意味金持ちもリア充だよな……あぁ、あんな金持ちの女性のヒモになれたらどれだけ勝ち組か。

「あっ!」

「っっ!」

 リードが緩かったのか女の子が散歩させていた犬が勝手に道路に出てしまい、さらにそれに気づいていないであろう車が青信号に間に合おうとしているのか猛スピードで向かってくる。

「くっそ!」

 俺は鞄を投げ捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ~ん★完成!」

 ふふん。やっぱり小町はデコレーションの才能がある……でも、お兄ちゃん遅いな~。もう6時30分回っちゃうよ~。せっかく6時に合わせていろいろ作ったのに。

「ふぅ……早く帰ってこないかな~。あ、お兄ちゃんかな!?」

 着信音が聞こえ、ウキウキ気分を抑えられずに笑みを浮かべながら画面を見てみるけどアドレスには設定されていない知らない番号からだった。

 ……誰だろ。

「もしもし?」

『もしもし、比企谷小町さんでしょうか』

「は、はいそうですが」

『実はお兄様の八幡さんが――――――――――』

 そこからは聞きたくない事実が淡々と伝えられ、慌てて場所を聞いて制服のまま家を飛び出て自転車に乗り、今までに出したことがないくらいの速度で自転車をこいで伝えられた場所に向かった。

 私のせいだ私のせいだ! 私がもっと遅くに帰ってきてって言ったせいで!

 目から出てくる涙を拭わずに風の勢いで飛ばされるのを気にも留めないまま伝えられた場所の病院に到着し、駐輪場に自転車を留めて受付に駆け込んだ。

「あ、あのっ! ひっぐっっぅ!」

「お、落ち着いて? ね?」

 嗚咽を漏らしながらどうにかして受付の人に兄が事故に遭ってここに運ばれたことを伝えて受付のお姉さんに案内してもらい、手術中っていう字が赤く光っている扉の近くにあるベンチに座った。

 お兄ちゃん……お兄ちゃん!

「小町!」

「お母さん!」

 祈るように手を握り合わせているとお母さんの声が聞こえ、顔を上げると向こうから慌ててお母さんが走ってきて私の隣に座ると我慢できずにお母さんに抱き付いた。

「私がっ! 私のせいなの! お兄ちゃんに遅く帰ってきてって言ったから!」

「何言ってんのよっ! 小町のせいじゃない! きっと八幡は生きて帰ってくるから!」

 涙声のお母さんにそう言われ、お母さんの手を握りしめながら扉の前でずっと待った。

 お兄ちゃんの卒業パーティーやるはずだったのに……何でお兄ちゃんはこんな目ばかり合わなきゃいけないの?

 神様にお兄ちゃんを救ってとお願いするのと同時にお兄ちゃんに何でこんな目ばかり合わせるのと文句を言う矛盾していることをしながらもずっと待ち続けた。

 1時間か2時間か、それ以上の長い時間を待ち続けているとドアが開いた音が聞こえ、そっちの方を見てみると眠っているお兄ちゃんが扉の中から運ばれてきた。

「お兄ちゃん!」

 慌てて駆け寄るけどお兄ちゃんが返事をすることはなくて、一定間隔で呼吸を続けているだけだった。

「あの先生。八幡は」

「一命は取り留めましたが頭を強く打っていますのでこのまま眠り続けるか、もしくは目覚めても障害が残る可能性があります」

 私の後ろでなされている会話を聞き流しながらお兄ちゃんの手を握るけど握り返されることはなかった。

「小町。今日はもう大丈夫みたいだからいったん帰りましょ」

「……うん」

 お母さんに言われ、握っていたお兄ちゃんの手を放すとお兄ちゃんは運ばれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お兄ちゃんが事故に遭って3週間。お兄ちゃんが目を覚ますことはなくて新学年が始まった4月になってもお兄ちゃんはずっとベッドの上で眠ったままだった。

 この3週間、学校が終わったらすぐにお兄ちゃんがいる病院に行ってお兄ちゃんの手を握りながらその日あったことなんかを報告し続けていた。

「でね、お兄ちゃん。小町はなんと生徒会に入ったのです! お兄ちゃんの評価最悪だったから私の評価超甘々でさ! みんなの支持を貰って生徒会に入っちゃいました! いや~こんなに評価甘々だったら私もお兄ちゃんと同じ総武高に入学しちゃおうかな~なんて思ってるのです。で、高校に入っても評価甘々で支持率100%で生徒会長になったり…………」

 学校の皆や先生はどこか空元気な私を気にかけてくれているけどなるべく心配かけない様にいつも以上に笑って元気に過ごしていた……と思う。

「…………元気だよ……私、元気だよね」

 お兄ちゃんの手を握りながら自問するように何度も言うけどそのうち、目からポロポロ涙が流れてきてお兄ちゃんの手を私の涙で濡らしていく。

「……ごめん……やっぱダメみたい……小町……お兄ちゃんがいないと元気になれないや…………世界で一番キュートでビューティホーな小町が泣いてるんだよ? 早く……早くいつもみたいに撫でてよ。慰めてよ。またクッキー作ってよ……また一緒に旅行行こうよ。ねえ……お兄ちゃん……お兄ちゃん!」

 ギュッと力強くお兄ちゃんの手を握って叫んだ瞬間、一瞬だけ……ほんの一瞬だけ握り返された気がした。

「お兄ちゃん?」

 涙を垂れ流しにしながらお兄ちゃんに声をかける。

「お兄ちゃん……お兄ちゃ」

 最後まで言おうとした時、今度は一瞬じゃなくて強く小町の手が握られるとともに閉じたままだったお兄ちゃんの目が少し動き始めたかと思いきや、ゆっくりと開き始めた。

 ウソ……お兄ちゃんが……お兄ちゃんが!

 握っていたお兄ちゃんの手が私の手から離れてゆっくりと上げられると私の頭に乗せられ、ぎこちない動きで優しく慰めてくれる時の様に撫でてくれた。

「こ…………ま………ち」

 ――――聞こえた。

 周りの騒音に今にも消えそうだったけど確かに私の耳に待ちわびたお兄ちゃんの声が聞こえた。

「お兄ちゃぁぁぁぁぁん! ああぁぁぁぁぁん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ以来、足に障害を抱えてしまったお兄ちゃんだけど今もこうして小町の後ろに乗っています。

 ちょっと卑屈すぎるお兄ちゃんだけどそれもまたお兄ちゃんです。

「お兄ちゃん!」

「ん? なに?」

「大好きだよ!」

「……ちょ、おまっ! こんなとこで叫ぶなよ」


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