やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
翌日、俺の仮部員生活最終日である今日のお昼休み、俺達奉仕部はテニスコートに集まっていた。
俺以外のメンツは総武校全生徒から大不評を買っているほどのダサさの体操ジャージを着ており、準備運動がてら由比ヶ浜と戸塚が軽くラリーをやっている真っ最中だ。
本来なら俺は教室にいるべきだったんだが何故か雪ノ下に貴方も来なさい、と言われ、今に至る。
「体は温まったかしら」
「もうポッカポカだよ!」
由比ヶ浜と戸塚が並んでいると戸塚がやけに知識豊富そうな人に見える。
「ではまず25回。各種筋トレを」
「え? なんで?」
「筋肉っていうのは筋トレなんかをしたりして破れると以前よりも強くなって回復するんだよ。ちなみにこれを超回復という。筋肉が強くなれば基礎代謝が上がり、生きているだけで消費するエネルギー量も増加する」
「つまり痩せるってこと?」
由比ヶ浜の質問に首を縦に振って肯定すると何故かやけに気合を入れ、腕立て伏せから始めた。
戸塚もそれに遅れないように腕立て伏せを始める。
「貴方なら分かっていると思うけどこれからループさせるわ」
「筋トレした後、素ぶり、その後に壁打ちって感じか?」
「ええ。言ったでしょう? 死ぬまで努力と」
うわぁ。こいつ鬼教官だわ。自分にも他人にも優しくなく、妥協を許さない。
各種25回の筋トレを終わった2人は次に雪ノ下教官の指導の下、素振りを行っていくが少しでもおかしなところがあれば教官からの指導が入る。
……任されたことは絶対に遂行する……か。
恐らくそれが彼女の奉仕部活動における根本にあるのだろう。たとえ今まで自分がしてこなかったことを依頼に持ってこられれば自分が学ぶ……俺とは違うタイプのボッチだよな。
「ひぃ……ひぃ」
「戸塚君。休んでいる暇はないわよ」
「ヒ、ヒッキ~」
由比ヶ浜が俺に目で助けを求めてくるが俺はそれを華麗にスルーした。
痩せるという単語に反応しただけで参加したこいつが悪いのだ。
「う、うん。まだ大丈夫」
と口では言っているが体は正直だ。息は切れ切れだし、足だってガタガタしてる。
「あ、テニスしてんじゃんテニス」
声がした方を見ると女王様である三浦とお調子者の戸部、そしてオサレ系イケメンの葉山隼人たち以下ゆかいな仲間たちがフェンスの外に集まっていた。
「あ、結衣たちだったんだ」
……あのメガネ女子は三浦たちとは違うタイプの女子っぽい。
由比ヶ浜と三浦の2人は先日の一件以来、顔も合わせていなかったのか気まずそうに敢えて顔を合わせず、別の方向を向いていた。
「あーしらもテニスさせてよ」
「い、今練習中で」
「え? 聞こえないんだけど」
「い、今練習中だから今はダメだって言ったの!」
珍しく由比ヶ浜が声を荒げて三浦たちに言い放った。
「でも部外者混じってるじゃん」
「だったら平塚先生にでも聞いて来いよ。男子テニス部として使ってんだよ。それくらい考えろよ」
「はぁ? あんた何もしてないくせに威張ってるとかおかしいんじゃないの?」
「お前こそおかしいんじゃねえの? 俺片足無いから何もしないんじゃなくて何もできないんですけど」
「だったら口出さないでくれる?」
三浦と戸塚の喧嘩だったはずがいつの間にか俺と三浦の喧嘩になってしまった。その様子に気づいた野次馬たちがぞろぞろと集まってくる。
「つまり障碍者は黙ってろと。障碍者差別はいけないって習ってないのかよ」
「はぁ!? あーしそんなこと」
「まあまあ二人とも! えっと見たら戸塚君も練習してるみたいだし、皆でやったら実戦経験も積めるんじゃないかな?」
「はぁ? 聞いてなかったのかよ。今ここは男子テニス部の名目で使ってるんですけど。それに皆でってその中にテニス経験者でもいんのかよ」
そう言い、葉山グループを見渡してみるが全員やったことがないのか俺から目を逸らしていく。
葉山自身はサッカー部所属だからあり得ないとして三浦が部活に入っているのは絶対にない。部活に入っていれば少なくとも化粧は禁止されるはずだからな。
……いや、待てよ。この状況……うまく使えば由比ヶ浜の問題も解決できるんじゃないのか。
「雪ノ下。ちょっと」
思いついたことを雪ノ下に報告すると面白いわね、それと言いたそうな顔をし、それを由比ヶ浜へ伝えると最初は戸惑いを隠せない様子だったが雪ノ下に何か言われたのか急にやる気を見せた。
「なあ、葉山」
「何かな」
「ここは1つ提案なんだけどさ。由比ヶ浜と三浦でどちらがテニスコートを使うかを賭けて勝負しないか?」
「え、いやでも俺たちは」
葉山を呼びつけ、雪ノ下に提案したことと同じことを提案するがその表情はあまり芳しくなかった。
「お前にとっても三浦と由比ヶ浜が仲たがいした状態はいやだろ?」
「ま、まあ確かに」
「仲違いも解消できて盛り上がりもする……お前たちと俺たちの利害関係は一致していると思うが」
他の奴らは知らんが少なくとも葉山にとってメンバーが仲違いしている状態というのは嫌なことであり、由比ヶ浜自身にとっても仲違いしている状態は嫌なはずだ。このまま引きずるよりもここで決着をつけさせた方が両者にとっていいはずだ。
「……分かった。とりあえずそれで」
「交渉成立」
葉山がグループに戻り、三浦へ伝えた。
こうして由比ヶ浜と三浦の仲違いを解消する作戦が開始された。
互いに女子テニス部から借りたテニスウェアに着替え、審判を戸塚に持ってきて試合が始まった。
ラケットでボールを打つ音が響くが2人の間には未だに気まずそうな空気が漂っており、ただ単にテニスの試合を黙々とこなしている感じだった。
……カンフル剤投入開始。
「三浦~」
「何!?」
「クッキーどうだった?」
そう言った瞬間、三浦は一瞬動きが止まり、その隙を狙って由比ヶ浜のスマッシュが決まった。
三浦は恨めしそうな表情で俺のことをにらんでくるがそんなもの俺が今まで培ってきたスルースキルで華麗に、それはもう鮮やかにスルーしてやった。
さて、次は。
何度か2人がラリーを繰り返すのを見てからひと言。
「由比ヶ浜~」
「なに!? 今話しかけないでよバカヒッキー!」
「あれからクッキー誰かにあげたか?」
直後、それはもう綺麗に由比ヶ浜が動きを止め、その隙を狙った三浦のスマッシュが華麗に決まり、野次馬からの声援が沸き上がった。
それからも色々と俺が彼女たちに吹き込むたびに点数が入ったり、入れられたりした結果、2人の点数が同じ状態が長く続いた。
……2人の様子を見るにあとは何もしなくても良さそうな気が。
「ねえ! 何であの時、クッキー捨てたの!?」
「色が黒かったし!」
「食べてもないくせに言わないでよ! 最低!」
「ていうかあーしらでもクッキーなんて作らないし!」
「優美子にお世話になってるからそのお礼だったの! 優美子が喋りかけてくれたから1人だった私に友達だってたくさんできたんだよ!?」
「っ!」
由比ヶ浜の一言に三浦は一瞬、動きを止めかけたがすぐに動き出し、返されてきたボールを由比ヶ浜へと撃ち返す。
……いい感じで効果が出始めてるな。
「そ、そんなの知らないし!」
「学校のごみ箱に捨てなくてもいいじゃん! このバカ優美子!」
「バ、バカっていうなバカ結衣!」
その後も2人の言い合いというなのラリーは延々と続いていき、さっきまで勢いがあったボールも今や初心者同士が卓球をしているかのようなラリーの遅さにまで勢いがなくなっていた。
「優美子は良いよね! あんなクッキー捨ててもなんとも言われないんだから!」
由比ヶ浜が放った渾身のスマッシュが三浦のコートに叩き付けられた。
言われたことが相当、響いたのか三浦は由比ヶ浜のスマッシュに反応しなかった。
「ハァ。ハァ……優美子。私が何も言わないと思わないでよ! 私だって捨てられるところ見たら傷つくよ!」
「…………ごめん……結衣……本当は家に帰ってから食べるつもりだったんだけど……なんかその……は、恥ずかったというか……あ、あの後ゴミ箱探しに行ったんだけどもう無くて……そ、そのほんっっっとうにごめん!」
……さて。由比ヶ浜が三浦の謝罪を受け入れるか否かによって色々と変わってくるんだよな……ちなみに俺だったらメアドから何からすべて削除してそいつと縁を切る。
事情を把握している奴らはその先の展開を固唾をのんで見守り、事情を知らないただの野次馬どもは気まずい雰囲気に怖気着いたのか何も話さずに去っていく。
いつもの取り繕ったような三浦の言葉ではなく、本音の言葉……それが由比ヶ浜に届いているか否か。
由比ヶ浜は何も言わずに三浦の近くへと歩いていく。
一歩、また一歩近づくたびに三浦はテニスウェアをギュッと握りしめ、目を硬く瞑る。
「…………クッキー捨てたことは絶対に許さない」
由比ヶ浜の一言に周りはざわつき、三浦は今にも泣きそうな表情を浮かべる。
「だから……またクッキー作って渡すから……感想……欲しい……かも」
「……ごめん……結衣。本当にごめんっっ!」
三浦は両目から大粒の涙を流しながら由比ヶ浜の胸に顔をうずめた。
その感動的な光景に葉山、戸部、戸塚は涙を流し、2人の仲直りを言葉に表さずに褒め称えた。
俺は何も言わず、ベンチから立ち上がって音をなるべく立てない様にテニスコートから抜け出し、すでに授業が始まっている教室へと向かおうとすると隣に雪ノ下が並んだ。
「……何か言いたそうな感じだけど」
「別に何もないわ……これが貴方が言っていた自己完結型の依頼かしら」
「……なあ、雪ノ下」
「何?」
「変わろうとしないことは確かに甘えかもしれない。現実を見ていないってことだからな……でも、中にはいるんだよ。何回裏切られて傷つけられても現状が良いって言うやつが」
「…………私にはわからないわ」
「俺たちボッチにとっては縁遠い話だしな……俺の仕事もこれで終わり。疲れた」
そう言いながら肩を回していると隣の雪ノ下が見当たらず、振り返ると雪ノ下が軽く驚いた表情で立ち止まって俺のことを見ていた。
「……本当に辞めるのかしら」
「言ったろ。仮部員だって……俺は変わる気はない最悪な性格なんだよ。これからは由比ヶ浜と一緒に頑張ってくれよ。じゃ、1週間お疲れ様」
そう言い、俺は教室へと向かった。