やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
翌日のお昼休み、俺はいつもの俺専用とかしている人気が少ない場所で妹手作りの焼きそばパンを食べながらただ流れ続ける雲を眺めていた。
特別棟の1階、保健室横、購買の斜め後ろが俺の定位置。俺にとって特別棟は遠いがその労力に見合うボッチ空間をプレゼントしてくれる。だから俺はここが好きなのだ。
奉仕部からいるのもあとわずかか……ここまで頑張ろうと思うのは久しぶりだ。
「あれ? ヒッキー、こんなところで何してんの?」
「げっ。焼きそばパン泥棒」
「うっ! そ、それについてはごめん……で、なんで1人なの?」
ボッチに対して言ってはいけないことが3つある。1つは『教室にいる時よりもよく話すね。』
これは教室に友達がおらず、他のクラスの友達がいる場合のボッチに対してだ。
2つ目は『今、暇?』
ボッチはいつだって暇なんだよ! オールフリーじゃ!
さて、3つ目だが……何で1人なの? これが一番ボッチに言ってはいけない言葉だ! ボッチは1人だからボッチなのだ! 必要十分条件がそろってしまっている以上、離せないんじゃボケ!
「見てわかれよ。昼めし食ってんの」
「え? 教室で食べれば良いじゃん」
その相手がいないからここで食ってるんでしょうが……なんかもう疲れた。
そんなことを話していると何故か由比ヶ浜は俺の隣に開いていたスペースにチョコンと座った。
「実は今さ、ジャン負けしてゆきのんにパシらされてるわけよ。最初は自分の糧は自分で手に入れるわ、って言っていたのに負けるのが怖いんだって言ったら途端にやる気出してさ……負けたんだけどね」
「知らん。お前が悪い」
「ジャンケンの必勝法ないかな~」
「あるぞ」
「え、ほんと!? 教えてよ!」
「じゃあお前、グーだせよ」
「うん!」
「じゃんけん。ほい」
俺の指示通り、由比ヶ浜はグーを出し、俺はチョキを出してやると由比ヶ浜は一瞬、驚いた様子だったが自分がバカにされているのに気付いたのか顔を赤くしながら怒り出し、俺をポカポカ殴り始めた。
「ひどいひどい! 私だって受験してここに来たんだからね!」
「え、そうなの」
「うぅぅぅ! ヒッキーのバカァァァア!」
「うげぇ! げほっ!」
由比ヶ浜の手刀が上手い具合に俺の首の後ろに入り、大きく咽こんでいるとふと、俺の前に誰かが立ったような影があるのが地面に見え、顔を上げてみるとテニスラケットを持った女子生徒が立っていた。
「あ、才ちゃん! よっす! 練習?」
「うん。うちの部すっごい弱いからいっぱい練習しないとね。今度の大会で3年生が引退しちゃうと必然的に僕がレギュラーになっちゃうから」
人数の少ない部活ではレギュラー争いというものは無いに等しい。監督の中には必然的にレギュラーになるのだからその方が練習にも身が入るという人もいるが大体はやらなきゃいけないからやっているだけに等しい。
「にしてもさいちゃんお昼休みにも練習ってすごいね!」
「ううん。僕が強くならないとダメだし、1年生の皆に示しがつかないから」
そう言いながらさいちゃんとやら女子生徒は流れ落ちてくる汗をタオルで拭う。
何故かそれだけなのに異様に艶めかしく見えてしまう。
そこらの女子よりも女子らしい……出来れば顔合わせてお話は遠慮したいんだけど。
「えっと、比企谷君だよね?」
「知ってんだ。俺の名前」
「平塚先生がよく呼んでるからね」
なるほど。この子は良く先生の言う事を聞いている真面目な女子か……あれ? なんでだろ。目から液体が漏れてくるよ……あ、そうか。女の子に名前を憶えられていたからか……ありがとう!
「ヒッキーって比企谷って言うんだ……ね、ねえ」
「あ?」
「……本当に私のこと覚えてない? 初めて会う前に」
由比ヶ浜は下を向きながらトーンを低くし、俺に尋ねてくる。
……こいつと初めて会う前? 全く覚えてないな。
「覚えてない」
「そっか……」
「ところでさ……誰?」
「はぁぁぁぁぁ!? 同じクラスじゃん! ヒッキー最低! 最低卑屈野郎!」
「仕方がないよ。いつも音楽聞いてるんだし……初めまして同じクラスの戸塚彩加です。よろしくね」
「え、あ、はい」
自分でもキモイと思うくらいにキョドリながらさしのばされた手を軽く握るとフニャッと柔らかい感触が脳髄に直撃すると同時に何故か温かい気持ちが胸から全身に広がっていくのを感じる。
あぁ……小学校一年生の遠足で女の子に手をつなぐことを拒否されて以来だ……ラブコメの神様。あんたたまには良いことするじゃん。あとでお賽銭投げとくわ。
「ヒッキー、顔キモイ」
「うっせぇ。こっちは女のこと握手するのは10年ぶりなんだい!」
「ぼ、僕男の子だよ」
俺はその言葉を聞いた瞬間、フリーズしてしまった。
なん……だと……こんなにもかわいい子が男の子だと……俺と同じ男性だというのか! ラブコメの神様ちょっと降りて来いや。じっくり俺と話ししましょうよ。
足のつま先から頭のてっぺんまで見てみるがどこからどう見ても女の子にしか見えん。
白い肌に細くて綺麗な足……だが運動しているだけあって綺麗さの中に力強さも感じる……腕も細いがラケットを振り回していることもあって頼りない細さではない。
「あ、そうなんだ。悪い、イヤな思いさせて」
「ううん。いいよ……そろそろお昼休み終わっちゃうよ」
「戻ろっか」
由比ヶ浜の一言の後にお昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
その日の最後の6時間目は体育だった。片足しかない俺はベンチで一人寂しくみんながテニスをしているのをボケーっと眺めている。
教室にいたら暇な平塚先生が話に付き合えとかで愚痴を言ってくるし、国際教養科の前を通ったら何故か教室の窓からすんごい冷たい視線が飛んでくるし。
「比企谷君」
「ん?」
戸塚に呼ばれ、振り返ってみると俺の頬にぷすりと綺麗な指が優しく刺さった。
「あはは。引っかかった」
……なにこれ。超可愛い。スマホの待ち受けにしたいくらい可愛い。
「どした?」
「うん、今日ペア組んでる子がお休みなんだ。壁打ちしながら比企谷君とお喋りしようかなって」
そう言いながら笑みを浮かべる戸塚の周りからは何故か眩しい輝きが放たれているような気がして、思わず目を細めてしまった。
な、なんだ……このシャイニングスマイルは!? まるで優しさと強さが融合した光の巨人……いや、光の男の娘! この笑顔があれば戦争なんて終わるだろう……。
「そ、そうか……」
「ねえ、比企谷君ってどんな食べ物が好きなの?」
「君の作った味噌汁」
「へ?」
壁打ちをしている戸塚にそう尋ねられ、思わず本音の中の本音を言ってしまい、慌てて否定しようとするが何故か戸塚は顔を赤くしながら体操ズボンをギュッと握っていた。
な、何このシャイニングエンジェル……。
「え、えっと……ほ、他には?」
その後も壁打ちを続ける戸塚の質問に卒なく答えていくが時々、本音の中の本音が目を出しそうになるがその時は太ももを思いっきり抓って現実へと引き戻し、恙ない回答を出していく。
戸塚と話しているとどこか心の中にしまってある本音を引っ張り出されているような感じがしてたまらないし、誰かと喋っていて久しぶりに会話が尽きることがなかった。
「確か比企谷君って奉仕部なんだよね?」
「ん? まあ、仮部員であと数日でやめるけど」
俺がそう言った瞬間、戸塚はラケットを構えるのを止めて帰ってきたボールを手でキャッチすると俺の隣へチョコンと座った。
え? 何この展開……戸塚の綺麗な生足が俺の目を焦がす!
「あ、あのね……相談なんだけど」
「お、おう」
「比企谷君が良かったらなんだけどね……僕のパートナーになってくれないかな」
…………エンダァァァァァァァ! イヤァァァァァァ! うん! 俺買う! ゼクシー買う!
「そ、その比企谷君って間違い探し得意そうだから」
「うん、俺大得意」
「だよね! 比企谷君ならどこがいけないのかとか分かってくれると思うんだ。あ、もちろんテニスの勉強は必要だけど僕も教えるから……そ、そのだからテニス部の技術監督とかどうかな? 僕専属の」
いやっほおぉぉぉぉぉう! 俺戸塚八幡に改名します!
「……嬉しいのは山々だけど本当は違うんじゃねえの?」
「え?」
「確かテニス部弱いって言ってたよな? 戸塚としては自分だけが上手くなるんじゃなくて皆にうまくなってほしいんじゃねえの? 俺、部活入ったことないからわからないけど」
俺がそう言うと戸塚はいたずらがばれた幼い子供の様に舌をチョロッと出して笑みを浮かべた。
「理想を言えばそうなんだけどね……まずは僕が上手くならないとみんなに波及しないかなって」
なるほど。要するに戸塚自身が広告塔になってテニス部のカンフル剤になり、部員の練習に対する気分にも喝を入れて活性化。それが部内に波及し、テニス部が強くなると言う事か。
「なるほど……難しいんだな」
「まあね」
「というわけで俺、奉仕部辞めます」
「今すぐ平塚先生に会いに行きましょうか」
「忘れてください」
放課後、雪ノ下に戸塚からの相談を告白し、辞める旨を言ったが一瞬にしてジョーカーを出されてしまい、俺のエンダァァァな夢物語は潰されてしまった。
平塚先生なんかに行ったら間違いなく俺、撃滅のラストブリット食らって死ぬわ。
「珍しいわね。貴方が誰かのために私に持ちかけてくるなんて」
「…………」
俺が何も言わないでいるとそれ以上、彼女は俺に突っ込まなかった。
……あいつは気づいてないかもしれないけど俺にとっては唯一、胸を張れるようなことをした相手なんだ……そんな相手が困っていたら見て見ぬ振りできるほど腐ってない。
まあ、片足だけの俺に何ができるんだって話に落ち着くんだけどさ。
「たとえあなたが技術顧問として入部したとしても部員は一致団結して貴方を排除するか、無視するでしょうね。ソースは私よ」
「……そんなことを経験したのか?」
「ええ。私帰国子女なの。中学になって海外から帰ってくると私、可愛かったから女子生徒から排除というなの妨害行為を何度も受けたわ。でも誰一人として私を打ち負かそうと自分磨きをする人はいなかったわ」
「女子は自分よりも可愛い奴がいたら陰湿に結合するからな」
「……っ。え、ええそうね」
珍しく雪ノ下がそれ以上、何も言ってこなかった。いつもなら俺を卑下し尽すまで弾丸を装填し続けて打ちまくるくせに今回は途中で弾詰まりを起こしたらしい。
「お前的に実力を上げるにはどうする」
「死ぬまで努力。死ぬまで素ぶり、死ぬまで壁打ち、死ぬまで走り込み……努力なくして進化はあり得ないわ。貴方だってそうでしょ。妹さんのために美味しいクッキーを作るために1年間努力したんでしょうし」
「努力ねえ……それは否定しないけどさ、戸塚はともかく他の奴らはするかね。俺の中学のバスケ部は創設以来、万年1回戦負けのチームだったらしくてさ。俺がいた時は練習じゃなくてTCGの練習してたぜ? 俺のターン! とか言ってふざけまくってたし」
「……TCG? 何の略かしら」
「いや、俺が悪かった。ごめん」
ちなみにトレーディングカードゲームの略。俺も一時期、ギネスに載るくらいに売れているTCGにハマりかけたことがあったけど相手がいなかったからその日で辞めたわ。TCGは欠陥品だな。あれはもっとボッチでも楽しく遊べるように改善しなきゃいけない。
その時、ガラッと勢いよく部室のドアが開かれた。
「やっはろー!」
部室内に悩みなど抱えていないような底抜けに明るい声が響き渡った。
「由比ヶ浜さん。大きな声は出さないでちょうだい。驚くから」
「あ、ごめんごめん。あ、そうそう! 依頼人連れてきたんだ! 入って!」
由比ヶ浜に言われて深刻そうな表情をした戸塚が制服姿で部室内に入ってくるが俺の顔を見るや否やぱぁっと効果音が聞こえるくらいの勢いで表情が明るくなった。
あぁ。俺、この為に生まれてきたんだろうな。
「由比ヶ浜さん」
「あ~いいよいいよ。部員として当たり前のことだし」
「貴方は部員じゃないのだけれど。入部届も貰ってないし」
「えー!? そうなの!? 入部届くらい書くよ!」
由比ヶ浜は鞄を無造作に机の上に置き、鉛筆とルーズリーフを1枚取り出すと一番上に大きく入部届とひらがなで書き、出席番号、クラスを書いていく。
入部届くらい漢字で書けよ。
「戸塚彩加君だったわね。どういった用かしら」
雪ノ下の冷たい視線に怯えているのか戸塚は俺の背中に隠れた。
え、何この可愛い生き物。即売会とかしてないかな。
「え、えっとテニスを……強くなるための補助をお願いしたいというか……先生もやる気ないみたいだったし、僕だけだと限界なんてすぐそこだから」
「なるほど。彼の言う通りテニスに関する情熱は本物みたいね」
「だろ? だから俺達で何とかできねえか?」
「……実践あるのみよ」
「え? お前マジで?」
俺の一言に由比ヶ浜と戸塚は不思議そうな顔をし、雪ノ下は当たり前でしょ? と言わんばかりの表情で俺を見てくる。
どうやら本気で彼女はあれを実践するらしい。