やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第32話  肩身が狭い文化祭

 翌日、遂に文化祭というボッチにとっては最悪の何物でもない行事が始まってしまった。

 この日をどれだけ休みたいと思ったか……はぁ。

 雑務記録としての仕事は文化祭本番中にはあまり出てこないのでブラブラと歩こうかとも思ったが人で混雑しているので歩く気にもなれない。

「あれ? もしかして暇?」

 出入り口付近でボーっとしていると入り口から出てきた海老名さんに声をかけられた。

 マジでクラスのボスと化してるからな……海老名プロデューサー。

「ま、まあ暇っちゃ暇だし暇じゃないと言えば暇じゃない」

「要するに暇だね。受付やってくれないかな? 公演時間とか言うだけでいいから」

 そう言い、指をさしている方を向くと入り口付近の壁に公演時間が書かれているであろう紙と長机、椅子が2,3脚並べられていた。

 え? 座っているだけで良いなんてなんて夢ジョブ?

 了承し、パイプ椅子に座るが貼られている紙がかなりデカいのでわざわざ俺に公演時間を聞いてくる奴はいないだろう。

「円陣組もうぜ!」

 そんな声が教室から聞こえ、扉を少し開けて中の様子を見ると海老名さんを中心として円陣が組まれ、その中には気まずそうな表情をしている川崎の姿もあった。

 そんな中、由比ヶ浜がこちらに気づき、笑みを浮かべてこっちを見てくるが首を左右に振って否定するとぶぅ~っとふて腐れた顔を浮かべた。

 何もやっていない奴が円陣の中に入るってのは何よりも窮屈なもんだ。見ろよ。相模なんかいずらそうじゃねえか。

 先程のオープニングセレモニーでも相模は噛みまくり、どうにかして実行委員長として全員の前に立って言うべきことを言っていたがそのことも引きずっているらしい。

 海老名さんの一声で全員が気合の入った叫びをあげ、遂に2年F組の文化祭がスタートした。

 オサレ系イケメンの葉山が主役と言う事もあってか一発目にも拘らず教室がすし詰め状態になり、満員御礼の札を上げるようにと指令を受け、ドアにひっかける。

「…………眠い」

 演劇が始まってから少し経ち、そんなことを呟くと教室から拍手喝さいが聞こえ、出口からゾロゾロと観客たちが満足そうな顔をして出ていく。

 記録雑務の仕事は2日目に入ってくるし、こんな座ってるだけの夢ジョブに就かせてもらってるだけありがたいと思うべきか。

「んんっくぁぁ~」

 背筋を伸ばすと自然と欠伸が出てしまった。

 チラッと喚起も兼ねてほんの少し開けられている扉の隙間から中を覗くとたった今から劇が始まったのか衣装を身に纏った葉山にスポットライトが集中しており、少し教室はざわついている。

 まあ、葉山が主役をやりますって大々的に全面的に打ち出せばあいつのファンなんかが食いつくか。

 葉山の台詞が終わり、舞台袖へとスポットライトがあてられた時、またもや観客がざわめき、俺の心も大いに、それはもう大嵐の様にざわめいた。

 ……あぁ、親が子の演劇を見に来る理由が分かったかもしれない……戸塚……お前が王子様だっ!

 どこかの星の王子様よろしく、そんなことを言っていると演劇は進んでいき、クライマックスへと差し掛かり、緊張していたメンバーの顔には真剣さが垣間見え、その真剣さに充てられた観客たちはざわめくことを忘れ、演劇を見入るように見ている。

 そしてもう一度葉山にスポットライトがあてられ、ラストを締めくくる台詞が発された瞬間、観客席から万雷の拍手が鳴り響いた。

 …………マジで海老名さんのプロデュース力半端ねえっす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休園中は教室の扉を閉め、俺が座ることでやっていないことを察したのか文化祭に来ている客たちはそのまま教室の前を通り過ぎていく。

 どうやらこの仕事は留守番の役目もあるらしく、メンバーはほぼ全員、休憩に入っており、教室には誰一人として残っていない。

「お疲れ、ヒッキー」

 机にどさっと袋が置かれた。

「何もしてねえけどな……ところでこの袋何?」

「お昼ご飯。ヒッキーの分も買ってきたんだ。ところで劇どうだった?」

「凄かった……戸塚が」

「そこ!?」

「嘘。いろいろ凄かった」

 事実、それを証明するかのように毎回毎回の公演は満員御礼状態であり、やる度に満員御礼の札をかけているしリピーターの姿もちらほら見える。

 海老名プロデューサーはどこかふざけているようで劇を真剣に考え、それに見合う役者を配置し、それに必要なものを作り出していく。

 まぁ、たまに腐った想いが反映されている部分も見えるけど……戸塚と葉山が顔を近づけた時には一瞬どうなるかと冷や冷やした。

 いつものメンバーをフルに使いながら普段はあまり接点がない奴もふんだんに活用し、演劇を進めていく姿はまさに本職のプロデューサーそのもの。

「実はさ……姫菜、ヒッキーの役も用意してたんだよ」

「俺? 片足の俺が出ても邪魔になるだけだろ」

「確かにヒッキーに充てられていた役は椅子に座ってる役だったけど……それでも姫菜はちゃんとヒッキーのこともメンバーに入れてあの演劇のお話を考えてたよ。だからさ…………自分が邪魔だなんて言わないで」

 そう言ってくる彼女の目はどこか悲しそうな色をしており、思わず目をそらしてしまう。

「ヒッキーもこのクラスの一員なんだよ?」

「……そうだな」

「うん、そうだよ。奉仕部だけがヒッキーの居場所じゃないよ」

 奉仕部だけが……俺の居場所じゃない……。

「お腹減ったー! 何食べたい? 納豆巻き? 焼きおにぎり? チャーハン結び?」

「納豆巻きとチャーハンで」

 由比ヶ浜からそれぞれ2つずつ受け取り、袋を破って食べていく。

 奉仕部だけが俺の居場所じゃないか……一緒に合宿言った奴らはともかくとしてそれ以外の奴らはどう考えているかね……まぁ、いいか。卒業するまで交流することないだろうし。

「そう言えばゆきのんの家に行った時、何か話したの?」

「ぐふっ! げっほっ! な、なんだよ急に」

「いや、さっきゆきのんの姿見かけたんだけどなんだか機嫌がいいというか」

 ……関係に一区切りついたと言えるのかあれは……。

 自分で気にするなと言っておきながら自分で気にするとは……ブーメランにもほどがある。

「さ、さぁ? 何かいいことでもあったんじゃねえの」

「ふ~ん……どこかゆきのんとヒッキーって似てるよね」

「俺が雪ノ下と? どう見ても性格から何まで全部反対だろ」

「まあ、性格のことはあれとして」

 そこは認めるのか……いやまあ、認めざるを得ないんだけど。

「なんというか……2人とも何かに集中したら集中しっぱなしというか」

「そうか? 俺は集中しているように見えて実は結構、手抜いてるぞ」

「胸張って言えることじゃないと思うんだけど」

「このご時世頑張った分だけ保障されることなんてないんだ。良い具合に手を抜けばちょっと多めに保障されるんだよ。ソースは俺。中学の時、体育祭で綱引きの時、俺は引っ張っていなかった」

「それとこれとは別じゃん」

 まあ、それもそうだんだが……ま、似ているだけであいつと俺が結合することは無いんだろう……あいつがルートで俺が負の数字だ。一生、虚数単位に代わることがないから一生、外に出たまま……お、案外負の整数と俺って似てるとこあるな。初めて数字にシンパシー感じた。

「だからさ……ゆきのんが頼ってくるまで待ってみようと思うの。押してダメなら引いてみろってやつ?」

「雪ノ下の場合、押しても引いても動かない気がするけどな」

「それでも……いつかは必ず来てくれるって信じてる」

「……どこで信じてるんだよ」

「だってゆきのん。私と過ごした時間は楽しかったって言ってくれたもん。だから少なくとも私たちのことは奉仕部の一員って認めてくれてるってことでしょ?」

 由比ヶ浜はそう言うと自分が買ってきたおにぎりにかぶりつく。

「ヒッキーと過ごした時間も楽しかったよ!」

「え……あ、おう」

 突然、満面の笑みを浮かべて言われた言葉に思わず顔が熱くなるのを感じ、それを隠すようにそっぽを向く。

 こんな至近距離でそれを言われたら恥ずかしいわ。

 今日も今日とて時間は流れていく。

 それは去年も経験した時間の流れ……だが違うのは……心のどこかで楽しんでるってことだ。


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