やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第31話  こうして俺は雪ノ下との関係を整理する

 俺の予想通り、由比ヶ浜は一度雪ノ下のお家にお邪魔していたらしく、しっかりと道を記憶していたので彼女の案内通りに進んでいくと付近でも高級と知られているタワーマンションに辿り着いた。

 まあ、親が県議会議員かつ社長なら高級マンションに住んでてもおかしくないわな……。

 高級マンションとだけあってセキュリティーも厳重なもので簡単には中に入れない。

 エントランスに入り、雪ノ下の部屋番号を入力して呼びかけるが反応はない。

「ゆきのん、大丈夫かな」

「……もしかしたら出るの面倒で出ないかもな」

「あ、そうだよね……風邪ひいてるときって何もしたくないし……後1回だけ」

 由比ヶ浜がもう一度呼び出し、数秒が経過したとき、ノイズが入った。

『……はい』

「あ、ゆきのん!? あたし、由比ヶ浜だよ。お見舞いに来たんだ」

『……そう。開けるわ』

 するとドアが開き、由比ヶ浜は慣れた様子でソファが置かれている高級感満載のエントランスホールを抜け、エレベータに乗り込んで15階を押す。

 予想よりも早い速度でエレベーターは進んでいき、あっという間についてしまった。

 そのまままっすぐ廊下を歩いていき、表札に何も書かれていない部屋の前で立ち止まった。

 ……あ、そう言えば。

「由比ヶ浜」

「ん?」

「悪いけど杖の先、これで拭いてくんね?」

「……あ、うん!」

 壁にもたれ掛って由比ヶ浜に杖を渡し、カバンから常に携帯している雑巾を渡して地面を付いたことで汚れた杖の先端を拭いてもらう。

 いつもならそのまま気にせずに入ってたけど流石に他人の家だからな。

「はい!」

「あぁ、ありがと」

 由比ヶ浜から杖を貸してもらうと呼び鈴を鳴らす。

 よく聞く無機質な音声ではなく、どこか上品そうな感じを覚える音声が鳴り響くが防音がしっかりなされているのか中から音は全く聞こえない。

 数秒待つとガチャガチャと複数の鍵が開錠される音が聞こえ、遠慮気味に開かれたドアからヒョコッと雪ノ下が顔を出すが俺と目があった瞬間、速攻でドアが閉められた。

「……なんか泣けてくるんすけど」

「え、えっとあ、あれだよ! きっとゆきのん忘れ物に気づいたんだって!」

「客を迎えるだけなのに忘れ物もくそもあるか……どうせ着替えだろ」

「ま、まぁ私だってよくあるよ。同性の子がお客さんなら下履かずに……な、何言ってんだろ」

 顔を赤くする由比ヶ浜に対して俺は呆れ気味に小さくため息をついた。

 由比ヶ浜はたまに自爆する……と。

 待つこと数分、ようやくドアが開けられ、雪ノ下の姿が完全に俺の視界に入る。

 かなり大きめのサイズの服を着ているのか手の先っぽまですっぽりとセーターに埋もれ、スカートも膝はおろか足首まで届きそうな長さだ。

「……どうぞ」

 雪ノ下の許可のもと玄関へ入るがふと床を見た瞬間、杖を突くのをためらった。

 ……なに、この綺麗な床。杖を突くのに憚られるくらいに綺麗だぞ。

「……構わないわよ。遠慮せずについてもらって」

「あ、あぁ……じゃ、じゃあ」

 ふと思ったがこの会話は傍から見ればちょっとおかしな会話だ。

 住人から許可をもらったことで自宅と同じようについて歩いていくが壁にはあてない様に細心の注意を払いながら居間に通され、ソファに座るようにジェスチャーされ、遠慮なく座った。

 ……なんか必要最低限の家具しか置いてないな……まあ、雪乃下が趣味全快の部屋だったらそれはそれで……まあ、俺も人のこと言えた義理じゃないが。

 ふと大きなテレビが見え、その下のデッキにパンダのパンさん他ディスティニー作品のDVDが数多くみられた。

 あいつまさかあれを見るためだけにテレビかったんじゃ……いや、まさかな。

「ゆきのん、大丈夫?」

「ええ。少し疲れがたまっただけよ」

「風邪ひくくらいにつかれてて少しっていうレベルじゃないだろ」

 雪ノ下の言葉を遮るようにそう言い、彼女に視線を送るが逸らされる。

「ゆきのん、ちょっとしょい込みすぎだよ。私たちのこともっと頼ってよ」

「ええ。だから彼にデータのコピーを渡したわ」

「由比ヶ浜が言ってんのはもっと日常的に頼れってことだよ。何に対抗心燃やしてんのか知らねえけど文化祭はお前主催お前専用の祭りじゃねえんだ」

 今の雪ノ下の態度に軽く怒りを覚え、いつもよりも棘をふんだんに混ぜて喋りかけるが雪ノ下は俺に目を合わせず、スカートの裾を由比ヶ浜に見えない角度でクシャリと握りしめた。

「雪ノ下。お前の姉さんとお前の関係は今、関係ないだろ。……相模の依頼を奉仕部としてではなく個人として受けたのは陽乃さん以上の仕事をするためとかじゃないだろ」

「……姉さんは関係ないわ」

「いいや、お前は私情を挟んでる。お前は姉さんを見返すために働いてんだ」

「ヒ、ヒッキー」

 由比ヶ浜に止められても俺は攻撃を止めない。

「雪ノ下……お前のやっていることは自分の為だけにやってることだ」

「…………そうね」

「っっ」

 いつもの雪ノ下ならば自分の姉まで引き合いに出されて悪口を言えば相手を完膚なきまでに叩き潰そうとするはずだ……今のこいつは……いつもの雪ノ下じゃない。

 イライラを隠すために頭を掻き毟るがそれでもイライラは収まらない。

「……言い返さないのかよ」

「貴方の言っていることは適格よ……私は見えない亡霊に囚われていたのよ」

「…………なんでお前はいつまでもあの人の尻を追いかけようとするんだよ」

 そう言うと初めて雪ノ下は顔を上げて俺の顔を見た。

「お前が今までどんな扱いされてきたのかしらねえよ……あの人に何百回挑戦して何百回連続で負けたかなんて知らねえよ…………時には諦めも重要っていうだろ……1回くらいあの人に勝つことを諦めても別に誰も責めやしねえんじゃねえのか」

「…………」

「……俺だったらあの人に挑む前にもう諦めてあの人の七光りで威張るけどな」

「……かっこよかったのに今の一言で全部台無しだよ、ヒッキー」

 由比ヶ浜のツッコミにより、さっきまでの重苦しい雰囲気は消え去ったとは言えないが少なくとも半減はしただろう。

 雪ノ下雪乃は諦めを知らない……諦めないことは凄いことだ。諦めず、挑戦するたびに一段階強くなる。それ故に今の彼女がある……だがそれで雪ノ下は満たされているだろうか。否、雪ノ下は満たされていない。

 彼女が得てきたものは全て陽乃さんに挑み、敗戦した時の戦利品のようなものだ……それは全て彼女自身の意思で手に入れようと切磋琢磨したものではないかもしれない。

「……その……あれだ……自分で手に入れたものは何よりの宝っていうだろ」

「あ、それ分かる! 誰かに買ってもらうよりも自分でお金をためて買ったときの方が嬉しいし、ずっと大切にするもんね! あたしも小学生の時に作った物とかまだ残ってるよ!」

「俺は捨てたけどな」

「言ってることとやってることが矛盾してるじゃん! 説得力ないよね」

「ふっ。それが比企谷クオリティー。過去に縛られん男よ」

「貴方の場合、過去は振り向かない主義じゃないかしら」

 ようやくいつもの雪ノ下の声が響いた。

 その表情に先程の暗さはなく、いつもの凛とした雰囲気に満ちた表情だ。

「……まぁなんだ……先に体、治せよ。またぶっ倒れられても困る」

「そうね……少しの間、貴方に任せてもいいかしら。私も少しは手伝うわ」

「あ、あたしも手伝うよ! ヒッキーが倒れても小町ちゃんに心配かけるし!」

「安心しろ。俺は倒れそうになったら何もかも投げ出して休む」

「むしろそちらの方が困るのだけれど」

 これだ……いつもの奉仕部らしい会話、空気…………ふぅ。

「じゃ、帰るわ。明日から会場設置とかの準備が始まるし」

「そうだね! あたしも頑張らなくちゃ! あ、そうだ! 円陣組もうよ」

「どこの体育会系だ」

「まあまあ! ほらゆきのんも!」

 由比ヶ浜に手を引っ張れるがまま腕を伸ばすと俺の手の上に雪ノ下の手が乗せられ、その上に由比ヶ浜の手が乗せられた。

「文化祭の準備、大変だけど頑張ろうね! おー!」

「お~」

「…………お~」

 珍しく雪ノ下が由比ヶ浜のテンションに乗っかった。

 …………なんというのだろうか……複雑な気分だ。

「……あっ!」

「どうした」

「今日、話し合いあるの忘れてた! ごめん、先に帰る!」

 そう言うと由比ヶ浜は大慌ててカバンを持って玄関から出ていった。

 彼女が出ていき、残された俺と雪ノ下は一言も喋ろうとせず、流れている空気のせいか立ち上がろうともせずに只々沈黙を貫き続ける。

 ……気まずい……出ようにも出れない。

「……比企谷君」

 最初にこの沈黙を壊したのは雪ノ下の言葉だった。

「ん?」

「……事故のことなのだけれど」

「……」

「……本当に」

「謝るんだったら俺は今すぐここから出ていく」

 雪ノ下が言葉を発しきる前に俺はそう言った。

 謝罪なんてものはもう耳に胼胝ができるくらいに聞いたし、あの事故において誰が一番悪いだのと言い合いを続ける必要もないし、あの事故はもう完結したんだ。

 後は俺たちの考え方次第。

「その……謝罪なんてのはもう耳に胼胝ができるくらいに聞いたし、償いだって十分貰った……もう俺たちがあの事故で悩む必要性はないだろ……俺達はもう普通に接してもいいはずだ」

「……私は貴方に言わなかった……私の優しさは加害者意識のもとから来るものに見えていたのね……私がした選択は……間違っていたのね」

 雪ノ下雪乃は自分のしたことに絶対的な自信を持っている。

 だから相手に何を言われようがそれをはじき返すだけの力がある……この問題は除くが。

「俺だって選択を間違えて由比ヶ浜と拗れたんだ。俺が間違えたんだ……お前だって間違えるだろ……まあ、なんだ……秘密にしすぎるのも帰って仇になるってことだよ」

「そうね……」

 その一言の後、再び部屋に静寂が流れる。

 …………どうして俺は雪ノ下との関係を戻そうとするのか……由比ヶ浜の時と同様、俺はどうして……彼女との関係を元に戻したいのか。

 俺の頭の中ではすでに次に言う事が思い浮かんでいる。

 それは俺たちの間にある物を壊すものであり、この関係をリセットするもの。

「……このことについてはもう終わりにしないか……俺達はもう……十分、悩んだだろ」

「……貴方はそれでいいの?」

 雪ノ下は俺に問う。

「言うなら私は貴方に」

「いいんだよ」

 しかし、俺は彼女の言葉を遮り、その言葉を発する。

「俺が言うんだ……」

「……終わることは無いわ。ずっと私たちの中に残る…………この繋がりは残しておくべきだと思うのだけれど」

「お前の言う通り終わらないかもしれない……でも、この繋がりだけで俺たちが繋がってるわけじゃないだろ」

 そう言うと雪ノ下は一瞬驚いたような表情を浮かべるがフッと小さく笑みをこぼした。

 確かにあの事故のことは俺たちの中に永遠に残り続ける問題だ……でも、俺達はもう悩み続ける必要はないんだ……これからは……ずっと。

 ふと思う事がある。青春は麻薬だ、なんてことを言っていたが二通りあるんじゃないかって。

 1つは依存関係にあるそれこそ麻薬みたいななれあい……もう1つは適度に頼り合う……関係。

 だったら俺はどちらを欲しているんだ。

 前者はあり得ないとハッキリ断定できる。なら後者は?

 俺は……はっきりとは断定できない。

「そうね…………私たちはもう別のことで繋がっているわ」

「……そろそろ帰るわ」

「送るわ」

「あぁ、悪っっ」

「っっっ」

 雪ノ下の手を借り、立ち上がろうとした時、思いのほかフローリングで滑ってしまい、体勢が前のめりになってしまい、雪ノ下と目と鼻の先の距離にまで詰めてしまった。

 白い雪の様に綺麗な肌、透き通っている眼、そして一定のリズムで動く赤い唇……いつも見ているそれらがどこか今に限っては艶めかしいものに見えた。

 互いが吐き出す息が肌に当たるたびに心臓が大きく飛び跳ねる。

「……悪い」

「え、えぇ」

 そんな空気に浸かっていたいとも思ったがすぐに顔を離し、玄関へと歩いていき、左の靴だけを履き、雪ノ下に扉を開けてもらい、廊下に出るとすでに空は暗かった。

 エレベーターで一階へと降り、エントランスホールに入る。

「ここで良い。風邪がぶり返されたらこっちが困る」

「そう……貴方も気を付けて」

「……じゃ、また明日」

「ええ。学校で」

 俺は雪ノ下との関係を整理できたのだろうか……俺は何故今になってあの2人との関係を正常なものにしようとやっけになっているのか。

 その真意を理解するにはおれはまだ幼すぎた。

 

 

 

 

 

数日後の委員会。雪ノ下も出席し、文化祭のスローガンがホワイトボードに書かれた。

『千葉の名物、踊りと祭り! 同じあほなら踊らにゃsing a song!』

 ……いったい昨日の委員会と今日の委員会の間に何があったのだろうか。

「……あのスローガンは何」

 雪ノ下は呆れ気味なまなざしで俺の裾を引っ張り、耳元で呟いてくる。

 俺はジェスチャーで「そんなもん知るか」と伝えると雪ノ下は小さくため息をつく。

 が、スローガン自体は決まったので作業効率はこの前と比べればグッと上がり、会議室の空気は以前にも増して熱気を含んでいる。

 が、非情にも俺の目の前に次々に無言で仕事が置かれていく。

 昨日のプチ喧嘩で俺の評判はガタ落ち……まあ、元々地に伏しているようなものだから落ちるも何もないんだけどハブリはもちろん、無視は上等。中には俺が座っている椅子を通りざまに蹴ってくる奴だっている。

 が、俺は気にしない。気にしたところでそれ以上に規模が大きくなるだけだ。

「やあやあ、仕事してるかな? お2人さん」

 陽気な声と共に背中に柔らかいものと肩に手が置かれるが俺と雪ノ下は華麗にスルーし、仕事を次々に終わらせていく。

「むぅ。2人して無反応」

「姉さん。邪魔だからかえって」

「雪乃ちゃんなんだか辛辣~。心配してきたのに~」

 プニプニ彼女の頬を突く陽乃さんだが雪ノ下の表情は鬱陶しさ全開を露わにしている。

 今のうちに仕事進めよ。

「お、議事録に間違い発見!」

「ないですよ。録音した奴をそのまんま書いてるんすから」

「……君の功績がないじゃない」

 先程の明るい、陽気な声とは打って変わって冷たい、底冷えするような声がやけに耳の中で反響し、その冷たさは俺がキーボードをたたくのをためらわせる。

「……俺昨日何もしてないっすよ」

「またまた~。では、比企谷君。ここで問題です。集団を最も結束させるには何が必要でしょう」

 そんなもの簡単だ……集団に共通する敵を置けばいい。バラバラだった個は共通の敵を見据えることで驚くほど簡単に結束する。結束し、協力して敵を潰す……それが人間だ。

「冷酷な指導者……じゃないっすかね。ほら、独裁者は大体、革命・市民運動で降ろされるじゃないっすか」

「分かってるくせに……共通の敵を作ることだよ」

 集団の中で一度敵として認識されたとしても全員からすぐに来るわけじゃない。

 2人、3人と徐々に増えていく。

 集団心理……自分1人では怖くてやれない事でもみんなとやれば怖くない……誰かをハブることでも苛めることでも1人でやってもそいつがまっとうな人間であれば罪悪感を感じ、すぐに辞めるだろう。

 だが2人、3人でやればどうだろうか……罪悪感は感じるだろうが1人の時と比べると明らかに減少しているだろう。

「ま、敵が小さいと効果も薄れるけどね」

「……それは要するに」

 俺が大きくなればいいのかと言おうとするが唇に指を充てられた。

「私、勘の良いガキは嫌いよ」

 何故かは知らない……何故かは知らないがこの人は俺に共通の敵になりえるように大きくなれと言っている風に解釈してしまった…………。

「雪乃ちゃんの働きぶりを聞いてるとまるで私の時みたい」

「雪ノ下さんがいてくれて本当に助かったよ」

「別にそんなことは」

 確かにここまで持ち上げたのは彼女の功績が大きい。初期から一緒にやってきためぐり先輩であればその感情はことさら大きいだろう。

 それは生徒会メンバーも同じ……同じ執行部の相模を除いて。

「明日から楽しみだな~……ね?」

 俺を見てくる瞳は暗い……その暗い瞳であの人はいったいどのような未来を見据えているのだろうか。

 やはり……俺はあの人が嫌いだ。

 


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