やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第3話  人の恥ずかしさは時に理性を壊す。

 由比ヶ浜の依頼が自己完結した翌日の放課後、俺は奉仕部の部室へと向かってチンタラ歩いていた。

 やはり普段使っている教室から特別棟にある奉仕部の部室へ行くのには骨が折れる。

 結局、由比ヶ浜は自分でもう一度1からクッキーを創り直したらしく、今日の朝一番に金髪でお前は花魁かと突っ込みたくなるくらいに肩を出すくらいに着崩している女子生徒に渡していた。

 チラッと見た感じでは相手も受取ってはいたが……ま、俺みたいなボッチには関係ない話だ。

「……今日、病院だから休みますって言ったらダメかな……流石にダメか」

 平塚先生に俺の状態で言ったらリアルに信じられそうで心が痛むから無し……げっ。

 俺は向こうから歩いてくるオサレ系イケメン男子を中心とした集団が歩いてくるのが見え、反射的に壁際に酔ってしまった。

 葉山隼人……次期サッカー部部長と言われている今総武高で話題のイケメン男子だ。

 そいつが発するオーラに触れたものは皆、例外なく笑顔になる……The・ゾーンの使い手だ。

「隼人、部活休みっしょ? サーティワン行かない? 今日ダブルが安いんだって」

 本来なら禁止されている校内でのスマホを使用して大きな声で喋っているのが由比ヶ浜がクッキーを渡した相手である三浦優美子。いまどきの着崩しスタイルの女子高生。他多数。

「でもな~。アイスばっかり食ってると」

「隼人君サッカーしてるから大丈夫っしょ!」

 同じく金髪で声を荒げて葉山に話しかけているのが他多数のうちの一人。

「あ、だったら結衣も誘おうよ」

「でも、あの子最近付き合い悪いし……ま、とりあえず誘うけどさ~。あ、先行ってて」

 三浦は片手であり得ない速度で指を動かしながらスマホを操作しつつも片手でカバンを漁り、綺麗にデコレーションされた袋を一瞬、悩んだ様子を見せながらもゴミ箱に捨ててそのまま去っていった。

「…………ま、こんなもんか」

 ゴミ箱の中を見てみると中にはクッキーが入ったままの袋が無造作に捨てられていた。

 何故かは知らないがその光景を見ても俺はかわいそうとも思わず、当たり前だと感じ、手を突っ込んで袋を取り出して中身をよく見てみるがどこからどう見ても由比ヶ浜の作った物だった。

「…………あーん!」

 袋の口を開け、口を大きく開けて袋に入っているすべてのクッキーを口の中へ突っ込み、ムシャムシャと辺りに聞こえるんじゃないかと思うくらいに大きく音を立てながら咀嚼するがあいつが1人で作ったわりには脳天直下の不味さは感じられず、どちらかといえば美味い……が。

「しょっぱ……あいつ、塩と砂糖間違えたな」

 心のメモに書き、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……結構、優しいんだ……ヒッキーって」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふあぁぁ~」

「ゾンビ君。ウイルスをばら撒かないでくれないかしら。空気感染するわ」

「お前地味にひどいこと言うよね。俺一体いくつ傷がついたんだろうか」

 まさか欠伸をしただけでナイフのように鋭い言葉で切り付けられるとは……恐るべし。

「どうぞ」

「やっはろ~」

 そんな軽快な声を上げながら由比ヶ浜が笑みを浮かべて部屋の中へ入ってくるが何故か、その笑みは無理やり貼り付けたような型のあっていないものに見えて仕方がなかった。

 ……見たんだ。

「どうかしたのかしら? 由比ヶ浜さん」

「いんやね~。お礼を言いに来たの。ありがと、ゆきのん。おかげで大成功だよ!」

「そう。それは良かったわね」

 ……分からん。なんであんなひどい仕打ちを受けておきながら由比ヶ浜はあんなに笑顔でいられるんだ……少なくとも俺だったらあんな光景を見たその日にお礼なんて言いに行けない。

 由比ヶ浜の行動に混乱していると彼女はこちらの方を見て近づいてきた。

「ヒッキーもありがとね。また今度作ってくるから!」

「……ちょっと話がある」

「え? 何?」

 由比ヶ浜の耳元でそう小さく呟き、奉仕部の教室から出るとその後を追いかけるように由比ヶ浜が教室から出てきて俺の目の前に立った。

「お前、なんで嘘言ったんだよ」

「……もしかして気づいてた?」

「……お前の雰囲気で分かった。なんでわざわざあいつらに合わせる必要があるんだよ。あいつがお前を捨てたらお前だってあいつを捨てればいいだろ。わざわざお前だけ持っておく必要はないと思うが」

「……ヒッキーって意外と優しいんだね」

 由比ヶ浜は笑みを浮かべながらそう言うが彼女の瞳はどこかいつもよりも潤んでいるように見えた。

「これは私の問題だから……ヒッキーたちには頼らないことに決めたから」

 相手が自分のことを嫌だと思っていても自分は相手のことを友人と思っているから離したくない。これまで通りに友達として接していく……どうせ大学に進学したらそんな連中とは縁がバッサリ斬れる。そんなのは……ただのなれ合いだ。

 バスに乗る寸前に友達の姿を見つけてわざわざ降りて友達に話しかけに行く……そんな感じだ。

「私さ……入学した時は1人だったんだよね。知り合いも全然いなかったし……そんな時に会話の輪に入れてくれたのが優美子でさ。おかげで友達も増えたし……ま、まああれだよ。私がいけなかったんだと思う。最近、クッキーなんて渡さないって言うし」

「…………お前が良いなら別にいいけど」

「うん……ありがと。心配してくれて。じゃあね、ヒッキー」

 そう言って由比ヶ浜は走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。いつも通り遅刻スレスレに登校した俺が教室へ向かっているとものすごくおかしな光景が目の前に広がっていた。

「あ、あれ? 無い……ここなのに」

 特別棟へ向かう際の渡り廊下にうちのクラスの女王様と言えるべき地位を築いている三浦が設置されているゴミ箱に髪をかき上げながら何度も両手を突っ込んで中を探し回っていた。

 後悔するなら最初からしなかったらいいのに。

「…………」

 そんな光景をボーっと見ていると始業のチャイムが鳴り響き、俺はその場を後にして居室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼休み、俺は今お気に入りの音楽を聴きながらボケーっと外の様子を眺めている。

 普段ならばボッチオンリーゾーンと呼んでいるボッチに最適な場所にお昼ご飯を持っていくんだが今はあいにくのザザぶりの雨なので食事場所を考えているのだ。

 が、あそこ以上にいい場所はないという結論に至り、音楽を止めてイヤホンを外すと後ろから騒がしい声が響いてきた。

「隼人君休みっしょ? ゲーセン行かね?」

「そろそろ定期試験の勉強やりださないとな」

「大丈夫っしょ! 隼人君なら余裕だって! な、優美子!」

「え、あ、あーしもちょっと今日無理。探さないといけないし」

「何か落とし物でもしたのか?」

「え、あ……うん」

 後方から聞こえてくるなれ合いの会話の中に違和感を感じ、ばれない様に後ろを見てみると何か思い詰めた様子の三浦がさっきからチラチラ由比ヶ浜の方を見ている。

 ……真正のクズじゃないのは分かった。あらかた気恥ずかしかったとか何とかだろ。んで、由比ヶ浜にばれていないかが不安……でも、そんな感じだけじゃないような気がする。それに由比ヶ浜も由比ヶ浜でどこか思い詰めたような面持ちで三浦を見ている。

「……ねえ、優美子」

「な、何? 結衣」

「……私たち友達……だよね?」

「な、何言ってんの急に~。結衣と優美子は友達っしょ!」

 空気をいち早く読めていた葉山に腕を引っ張られることで2人に流れている気まずい空気にようやく気が付いたのかそれ以上は喋らなかった。

「そ、そうじゃん。あーしら友達じゃん

「友達だったらさ……クッキーとか捨てたりするの?」

 核心をついた質問に三浦は携帯を落としかけるほど肩をびくつかせた。

 周りの奴らも2人の間に流れている気まずい雰囲気に気づいたのかさっきまで大音量でゲームをしていた奴らは音を消し、大きな声で喋っていた奴らは声のトーンを小さく落とし、会話を続行しながらもチラチラ由比ヶ浜達の方を見ていた。

「な、何言ってんの結衣。捨てたりするわけないじゃん! 美味しかったよ!」

「……どんな味だった?」

「ん、ん~。ちょっと甘すぎたかな? って感じだったけど全然美味しかった!」

「……ウソ。だって、家に帰ってから食べたけど……塩と砂糖間違ってたもん」

 最大の矛盾を突かれた三浦は辺りをキョロキョロ見渡しながら必死に打開策を考えている様子だったけどそんなものがすぐに出るはずもなく、ただただ虚しい感じにしか見えない。

「ね、ねえ結衣。今日ゲーセン行かない? 久しぶりに2人でさ。あーしら友達」

「調子のいい時だけ友達なんて言わないでよ!」

 手を強く弾いた音が教室に響いた直後に由比ヶ浜の叫びが木霊し、扉を強く叩き開けた音が聞こえたかと思えば叩き閉められた音が直後に響いた。

 それとは対照的に教室にはイヤな感じの静けさが漂い、誰も口を開けようとはしなかった。

 リア充共のグループも気まずそうな表情のまま互いに喋ろうとはしなかった。

 ……今まで他人の喧嘩なんか山ほど見てきたのに何故か、胸糞悪い感じしかしないな。今回のは。

 昼飯である焼きそばパンと杖を取り、俺は嫌な静けさが漂っている教室から静かに抜け、いつもの俺専用ボッチフィールドへ向かうと顔を腕にうずめ、肩を小さく振るわせている由比ヶ浜が先客として座っていた。

「……慰めに来てくれたの?」

「バーカ。いつもの俺の昼飯を食う場所にたまたまお前がいて、たまたま俺が隣に座っただけだよ」

「……ウソつき……」

「いただき」

 焼きそばパンを袋を開け、食べようと口を大きく開いた瞬間、横から由比ヶ浜の細い腕が伸びてきて焼きそばパンをかっさらうとそのまま勢いよく頬張っていく。

「あ、あのそれ俺の」

「んぐうぅぅぅ!」

 変な叫びをあげながら涙目の由比ヶ浜は焼きそばパンを平らげていく。

 ……もしかして変なスイッチでも入ったのか?

「ひっく! ヒッキー!」

 慌てて詰め込んだ所為か吃逆をしながら由比ヶ浜は勢いよく立ち上がり、俺を見下ろしてくる。

 その眼はどこか気合……というか怒りの炎で燃えているように見える。

「は、はい」

「ちょっと付き合って!」

「……よ、喜んで」

 そうとしか言いようがないほどの眼圧だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい!」

 そんな店員の元気のいい声が響くここはファミレス。

 そんな感じで由比ヶ浜は食べ放題を注文し、俺は一品だけを注文したが由比ヶ浜はもうそれは店員が引くくらいの量の料理を注文していく。

 店員が戸惑いながら『君、大丈夫なの?』という気持ちも含めたメニューの復唱をすると由比ヶ浜は首を縦に振った。

「ヒッキー。今日いっぱい食べるからね!」

「ま、まあ付き合うだけだし……ついでに妹呼んでいいか」

「もちろん! 食事はいっぱいいた方がいいし」

 妹に電話をかけ、用件を話すとすぐに行くと言ってわずか5秒で通話が切れた。

「お、お待たせしました。え、えっとチャーハンとラーメン、それぞれ大盛りになります」

「はい! はーい!」

 由比ヶ浜は店員から大きな皿を受け取るや否や箸を使って熱々のラーメンを口に流し込んでいき、あっという間にラーメンを食いつぶすと今度はチャーハンへと手をかけていく。

 恋愛小説の中であったが女性は何か精神的に大きなショックを受けるとやけ食いというものをするらしく、それでショックを緩和してまた翌日からの仕事などを頑張るらしい。

 由比ヶ浜はすでにチャーハンを空けているのに俺は未だにさっき運ばれてきたパスタの半分すら食べてない。

「あ、おにいちゃーん!」

「遅かったな、小町」

「ひほうほは! ほーい!」

「言っていることは分かるがとりあえず飲み込め」

 三皿目に運ばれてきたたらこパスタを口一杯に放り込みながら喋る由比ヶ浜に注意すると彼女は何度か租借した後に水で一気に流し込んだ。

 水で流し込むのはいけないんだぞ。

「妹の……おい、どうした」

 小町は由比ヶ浜の顔を見ながらうーんと唸りつつ、腕組をして何やら考えている様子だった。

 とりあえず小町を隣に座らせ、メニューを渡すと偶然か否か、俺と同じものを注文した。

「どうも~。妹の小町です! いつも兄がお世話になってます」

「やっぱり可愛いな~。うちのサブレもこんなに可愛かったらいいのに」

 喋りつつも由比ヶ浜は次々に運ばれてくるメニューを腹の中へ流し込んでいき、綺麗に完食していく。

 ……ほんと女体の神秘だよな。あんな小さな腹の中にどんだけ大きな胃袋が詰め込まれてるんだって話だよ。

 自分の注文したパスタを少しずつ啜りながら由比ヶ浜の神秘を眺めるがどう考えても答えが思い浮かばず、結論としては女体の神秘と言わざるを得ないくらいに不思議な光景だ。

「ねえ、何かあったの?」

「まあ、友達関係でいざこざがあったというか」

「な~んだ。失恋じゃないんだ」

 小町はあからさまにガッカリした様子で由比ヶ浜に聞こえない程度の小さなため息をつき、運ばれてきたパスタを食し始めた。

 ……普通、女の子が食事するときってゆっくりだよな……今の由比ヶ浜が特殊と言う事か。

 結局、1時間もの間、由比ヶ浜は運ばれてくるメニューを食い散らしていき、全てを食い終わったと同時に便所へと駆け込んでいった。

 ちなみにもう、インスタントコーヒーを飲んで三杯目のことだった。

「ふぅ~。スッキリした。じゃあ、かえろっか」

 会計を済ませ、先に小町を家に帰らせ、俺は由比ヶ浜を家の近くまで送っていくことにした。

「今日はありがと……その、付き合わせちゃって」

「良いよ別に」

 おかげで女体の神秘を直に見ることが出来た。

 だけどその後からも会話が続くことはなく、ただ俺の杖が地面をつく音だけが辺りに響き、どこか寂しい感じが俺たちの間には流れていた。

 俺は他人との上手い会話の仕方を知らない。他人と会話をした回数が少なすぎると言う事もあるだろうが一番の原因は家族である妹と話しすぎていたからだと思っている。

 小中学校の頃は妹だけが唯一の話し相手と言ってもいいくらいの関係だったから自然と赤の他人と話す機会が減っていき、最終的に卒業式の日、俺がいなくても集合写真は全員が集まったと考えられたくらいだ。

「あ、ここまでで良いよ。もう家見えてるし」

「そうか……じゃあな」

「うん……ねえ、ヒッキー」

 由比ヶ浜が歩き去っていくのを見ていると突然、立ち止まった。

「なんだよ」

「……本当の友達ってなんなのかな」

 ……これまた哲学的なことを悩むんだな……まあ、それが青春してるっていう評価をするんだろうな。この社会全体を形成している大人たちは……。

「あくまでこれは俺の考えだけど……本当の友達って困った時に頼れる奴のことを言うんじゃねえの? まあ、万年ボッチの俺が言うなって話だけど」

「……そっか……じゃあさ」

 由比ヶ浜がこちらへ振り返るとその顔に合ったのは今までに見たことがない満面の笑みだった。

「今度、何か困ったことがあったらヒッキーのこと頼るね!」

「っっ!」

「んじゃ、また明日!」

 そう言い、由比ヶ浜は自宅へと帰っていった。

「…………あぶね。危うく由比ヶ浜ルートに入るところだった」


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