やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第29話  雪ノ下陽乃の演劇

 相模の提案が可決された数日後、目に見えて出席するメンバーの数は激減した。

 2日前は半数が休み、さらに昨日でもう半数が休み、今日にいたっては生徒会メンバー、俺、雪ノ下しかいないというすんごいことになっている。

 そうなると遅れてくる仕事も発生し、てんやわんやの状態だ。

「ちょ、ちょっと休憩しよっか」

 めぐり先輩の一言で会議室にいる全員がぐったりと机に突っ伏したり、椅子の背もたれに項垂れるようにもたれ掛り、中には寝はじめた奴もいる。

 あれ以来、雪ノ下の労働時間はさらに増えている。

 メンバーが消えて行っていると言う事もあるだろうが一番の理由は陽乃さんだろう。

 彼女が表に出され続け、雪ノ下が後ろに隠されると言う事は姉が優秀で妹が不出来という評価をしているが故のことだろう。

 雪ノ下を優秀と位置付けるならばあの人はモンスターだ。

「ごめんね~。記録雑務の仕事以外に任せちゃって……えっと」

「あ、あぁ大丈夫っすよ。俺、クラスでやることないんで」

 海老名さんプロデュースの星の王子様の準備は着々と進んでいるらしく、すでに場所を借りてのリハーサルもちょこちょこ行ってきているらしい。

 それに比べ実行委員会の仕事の遅延率は過去最高。

 記録雑務のはずがいまや雪ノ下の補佐……補佐の補佐というポストについてしまっている。

 この前言っていたのはこれのことか……にしては仕事を回され過ぎているような気もするが文句を言ってられる状況でもない。

「紅茶飲む?」

「私は結構です」

「あ、え、えっと俺も良いです」

 休憩を終え、再び仕事へと集中するがさっきから数字ばかり見ているせいか掛け算これであってたっけ? みたいなゲシュタルト崩壊をちょくちょく起こしている。

「収支計算報告書、終了。ぎ、議事録作成に移る」

「よろしく」

 雪ノ下に報告書を手渡し、議事録の作成に移るが会議らしい会議をしていないので書くことは専ら、作業がどこまでいったのかの確認、出席率の計算などしかない。

 チラッと雪ノ下の顔を見るがいつもと比べてどこか顔色が優れないように見える。

 彼女に声をかけようとした瞬間、ドアがノックされ、久方ぶりにドアの開く音が聞こえた。

「有志の書類、提出しに来たんだけど」

「比企谷君。お願い」

 葉山から書類を受け取り、上から下へと視線を動かして記入漏れがないかどうか、しっかりと確認した後、雪ノ下へと手渡す。

「人、減ってるな」

「どこかの誰かさんがサボっていいよって公言したからな」

 俺の一言に葉山は苦笑いを浮かべながら近くに無造作に置かれている書類をトントンと合わせて綺麗にしていく。

 こういうところで女子は惚れるのだろう……正直、葉山を苦手としている俺でも一瞬有難いと思ったくらいだ。

 流石はカーストトップの葉山。風を操るだけでなく風から情報収集までやるとは……もう今度から葉山隼人じゃなくて風山風人に改名しろよ。

 異名はフータくんな。

「比企谷君も大変そうで」

「……中にはアホみたいに遅れてた書類をがバッと提出してくる委員長さんもいるからな……ブラックすぎる」

「良かったら手伝おうか?」

「いい。お前はクラスの演劇があるだろうが。お前がいなきゃ誰が海老名さんの暴走、戸塚の保護、戸塚に対する気配り、どこの馬ともしれん輩の戸塚に対する悪影響を断ち切るんだ」

「やけに戸塚君にご心酔ね」

……久しぶりに事務的な会話以外の会話をした気がする。

 そのきっかけを作ったのは今隣にいる雪ノ下さんのなのですがね……そう言えば、俺ってまだあの事に対してお礼言ってなかったような。

「雪ノ下」

「何かしら」

「……あの時はありがとう。おかげで助かった」

 そう言った瞬間、キーボードをたたいている雪ノ下の指が止まるがまたすぐに動き出す。

「……貴方も随分と変わったわね。表面上は」

「根本は変わる気のない最悪な性格だからな」

 互いにそんな会話をしながら手元に残っている雑務を淡々とこなしていく。

 ふと葉山の方へ視線を送ると葉山と目があい、少し互いに見合うがすぐに目を逸らし、葉山は教室へと帰っていき、俺は書類へと視線を戻す。

 そうこうしているうちに生徒会メンバーのリフレッシュも完了したのか次々に残っている書類へと手を出していく。

 

「やっぱりあの時、相模ちゃんの案ははっきりダメって言っておくべきだったかな」

「……今更、悔いても遅いっすよ。遅かれ早かれこんな状況になるのは確実でしたし」

 相模という新人を委員長にした時点である程度、文化祭の運営の遅れは出てくることは3年生のめぐり先輩ならば分かっていたはずだ……まあ、ここまで遅れるとは思ってなかっただろうけど。

「2年F組担当者。企画申請書がまだなのだけれど」

「…………あぁ、悪い。俺書くわ」

 雪ノ下から書類を貰い、いざ書こうとするが俺が知らない企画の詳細なことまで書かなければいけないことに気づき、とっさに葉山を探すがすでにその姿はない。

 やってしまった……葉山に雑務流せばよかったー!

「ちょっと席外す」

「分かったわ」

 そう言い、杖をもって自分の教室へと向かう。

 うちのクラスの企画申請書類の提出の任を承っているのは相模だ。その書類がないと言う事は相模が出し忘れているのか、はたまた頭の中からスポーンと抜けているのか。

 まあ、委員会に数日出席してなかったら忘れるわな。

 教室の扉を開け、由比ヶ浜を呼ぼうとしたその瞬間、俺は目の前の光景に言葉をのんだ。

 星の王子様の衣装を纏った戸塚がダブダブの衣装のせいで指先はおろか、足の先まで隠れている。

「あ、八幡。お帰り」

 ……なんだろ。この気持ち……LOVE……そう。LOVE・LOVE・LOVEー!

「た、ただいま……由比ヶ浜いるか」

「呼んだ~?」

 後ろから声が聞こえ、振り返ると耳に赤ペンをひっかけている彼女の姿があった。

 お前は競馬場帰りにおっさんか。

「悪いんだけどこれ書いてくんね? 今日までなんだ」

「申請書? まっかせなさい!」

 胸をドンと叩き、近くの机で申請書にペンを走らせていく。

 その間に相模の姿を探していると取り巻きSと一緒にちょこちょこと小さな作業をしながら喋っている彼女たちの姿が見えた。

 ……来るように言うか……いや、でも接点が同じ文化祭委員しかない俺に喋りかけられたら……やめとこ。

 その後に広がる暗黒の光景を想像し、俺は由比ヶ浜の方へ顔を戻した。

「ゆきのん、どう?」

「平常運転だよ。ひとっ走り付き合うどころかバーサーカーソウルでずっと私のターンだよ」

「……何言ってるのヒッキー」

 おっと。ついいつもの癖でオタクボッチだった頃のツッコミが出てしまったぜ。

「とにかくエンジンフルスロットルだよ」

「そっか……ゆきのん、大丈夫かな」

「お前、雪ノ下のこと好きだな」

「うん、好きだよ」

 ……これは新たな扉を開いてしまったのかもしれない。

「なんというか……なんていえばいいんだろ」

「口を動かすのは良いけど手も動かしてくれ」

「分かってるよ……ヒッキーも頑張ってるんだよね」

「ま、まあ」

 補佐の補佐として毎日激務に追われてるでござる。

「クラスのことは心配しないでね。私たちで頑張るから」

「頼もしい……これが葉山ならばな」

「それどういうこと?」

「冗談だ」

「ぶぅー。はい、これ」

 申請書を渡され、サラッと読み流すが特に記入漏れもなかったのでお礼を言い、そのまま教室を抜け出て会議室へと向かう。

 母親の家に帰って残業という破壊力をようやく知った気がする……。

 会議室へ入ると何故かそこには相模の姿が。

 いや、お前マジで何トラマン?

「雪ノ下。これ申請書」

「……受理したわ。相模さん。決裁印を」

「オッケ~」

 気楽な声を上げながら相模は適当に決裁印を押し、取り巻きSとの会話に戻る。

 マジでお前は何トラマンだ……テレポートは使うし、カプセル怪獣は使うし……あ、それは太陽チャージで復活する歴代で唯一、マンがつかないヒーロでした。

 座席に座り、残っている雑務に手をかけようとするが突然、手をパンパンと叩いた音が響いた。

「もう遅い時間帯だし、今日はもう終わりにしよっか。風邪ひいたらダメ出し」

 めぐり先輩の一言に生徒会メンバーは待ってましたと言わんばかりに片づけをはじめ、俺は雪ノ下の方を見ると彼女と目があい、少し見合うがすぐに彼女も片づけを始めた。

 ……これ全部持って帰るのか……今日は小町バスを呼びつけるか。

 最近は委員会のために遅いので小町バスはキャンセルしていた。

「じゃ、お疲れ」

「……比企谷君」

「ん?」

「これ」

 そう言われ、彼女の手の中にはUSBが握られている。

「ん?」

「私がやってきた仕事のコピーよ。一応、貴方が持っておいて」

「…………了解した」

 一瞬、後ろから鋭い視線を感じたが振り向くことなく彼女からUSBを受け取り、一緒に教室を出て下駄箱まで一緒に歩くが玄関を出ると既に彼女の姿はなかった。

 ……でもなんでまた俺にデータのコピーなんか。

「あ、小町? バス頼むわ」

 そんなことを思いながら小町に連絡をつけた。


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