やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
雪ノ下雪乃が大暴れした定例会議の翌日の放課後、今日は授業が早めに終了したので俺も教室に残ってみんなの邪魔にならない場所で待機していたんだが教室では海老名さんがもうすんごい暴れていた。
「はぁ!? あんたそれでも男子かー! ネクタイを緩める時はもっと悩ましく! 艶やかに!」
海老名超プロデューサーのしごきともいえる演技指導に男子たちは涙目になり、遠くで見ている葉山隼人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
演劇の原作は星の王子様らしいが……スーツでいいのだろうか。
「き、綺麗」
「負けた気がする!」
絶望の声が聞こえ、そちらの方を見てみるとメイクセットを持った女子たちに囲まれた戸塚が戸惑いの表情を露わにしていた。
そこらの女子よりも女子っぽい戸塚……もう戸塚にだけ化粧認めろよ。
「そう言えば衣装はどうする? 借りちゃう?」
「でも予算カッツカツだから借衣装はちょっと厳しいかも」
ボールペンで頭をかいている由比ヶ浜の一言を聞き、周りの女子たちが良い案を考えようとするがやはり仮衣装で行くという案しか思い浮かばないのか半ばあきらめた様子で戸塚のメイクに戻った。
「じゃあ作ればいいんじゃね?」
流石は女王・三浦。どんな一言も人を振り向かせる。まるで王の重圧だな……ひれ伏せ問われたらなんかマジでひれ伏しそうだわ。あぁ、俺のボッチという能力も奪ってくんねえかな。
その時、視界の端で青みがかったポニーテールが揺れ動いているのが見え、そちらの方を見るとやけにそわそわしている川崎の姿が目に入った。
……そう言えば川崎の家って兄弟が多いって言ってたよな……。
「なあ、川崎」
「っっ! な、なんだよ」
「……お前、」
「い、いや私はできないぞ! ま、まだ服とかは作ってないし」
……何も言ってないんだけどな。
「由比ヶ浜」
「ん~?」
「川崎がやってみたいって」
「な、何言ってんのあんた!?」
川崎の慌てふためく姿に少しドキッとしたのは秘密だ。ギャップ萌えはやはり最高。
「ほほぅ……ねえ、そのシュシュッて手作り?」
「ま、まあ」
その問いに川崎が頷くや否や鮮やかな手さばきで川崎のインターセプトを華麗に避け、その手にシュシュを掴んで手作りというシュシュの出来栄えを見ていく。
時々、由比ヶ浜を凄いと思うときがある。
「姫菜~。ちょいちょい」
「何かな……ほほぅ。手作りですか」
何故、言っていないのにわかるんだ。
「そっちは手縫い。んで……こっちはミシン」
川崎の取り出したシュシュを手に取り、由比ヶ浜と海老名さんは感嘆の声を上げた。
「色良し、技術よし、見利きよし……裁縫係・川崎さんに決定!」
「あ、あたしはまだなにも!」
「大丈夫大丈夫! 川崎さんの技術は本物だよ! 責任はこの私がとる!」
あんたはどこの神上司だ。
「うぅぅ……そこまで言うなら」
てんやわんやとしている最中、ふと時計を見ると既に会議が始まる15分前になっているのに気付き、立ち上がろうとした時、視界に相模ととりまき連中が映った。
「さがみん、委員いいの?」
「……あ~、大丈夫だよ。雪ノ下さん超頼りになるし~あたしがいっても邪魔なだけだよ」
由比ヶ浜と相模の会話を聞いて一瞬、動きを止めたが時間が差し迫っていることもあり、気にせずに扉を開けると目の前に人影が見え、顔を上げるとメイク落としのペーパーで顔をごしごししている葉山の姿が見え、ちょっとびっくりした。
あぁ、そう言えば演劇の主役が葉山だったっけ。
「あ、これから委員会?」
「ん、まあ」
「だったら俺も行くよ。有志団体申し込みの書類がいるんだ」
できればお断りしたかったがそれよりも前に葉山が歩き出したためにそれは叶わず、結局葉山と一緒に会議室へと向かう。
その間、俺に話かけるなオーラを出力最大限にして放っていると相手もそのオーラを感じ取ったのかこっちも見ずに一言も話さないまま会議室へと向かっていく。
根本的に俺と葉山の考え方は全く逆を向いている。
俺たちが戦略的に協力することはあり得るかもしれないが1つの考えの下、手を合わせると言う事は確実にないはずだ。
その証拠に夏合宿での肝試しの時も俺は奴らを絶望の淵に叩き落すという信念のもとやっていたが恐らく葉山はあの状況でもみんな仲良くなれたら、というのが基盤にあっただろう。
結果的にはあいつの考え方に近い結末だったわけだが。
俺達は終始無言のまま廊下の曲がり角を曲がると会議室の入り口付近に生徒たちが集まっている。
「何かあったの?」
葉山はそう尋ねるが自分で見た方がよほど早い。
隙間から会議室の中を覗くと3人の人物が……というか2人の人物がにらみを利かせ合い、1人がその状況にオロオロしていた。
1人は雪ノ下雪乃、1人は城廻めぐり……そして最後は雪ノ下陽乃だ。
「姉さん、何しに来たの」
「文化祭の団体募集を見てね、私も応募しようかな~って。管弦楽部のOGとしてさ」
雪ノ下は悔しそうに食いしばり、視線を外すと俺と目があった。
「あ! 比企谷君じゃん! ひゃっはろ~」
会議室内の緊張感とはあわない声を出しながら彼女は無邪気な笑みを浮かべ、俺に近づいてくる。
あぁ、マジで磁石の性質欲しいわ……ボッチにリア充が触れると遠くまで吹き飛ばすほどの。
「陽乃さん……」
「や、隼人」
「どうしたの」
「有志で参加しようと思ってね」
「また思い付きで」
2人が知り合いなのはどうでも良い。
違和感を抱いたのは葉山が彼女に対してため口を聴いていることだった。
まあ、昔から付き合いがあるのであればおかしくはないか……。
「雪乃ちゃん。参加していい?」
「勝手にすればいいじゃない。私に決定権はないわ」
「あり? 雪乃ちゃんが委員長じゃないんだ。めぐりは3年生だし……あ、まさか」
「その3文字を言うのであればすぐに訂正してくださいね。俺、泣いちゃいます」
俺の方を向いた瞬間に釘を打っておいた。
ていうか俺がこんな人の上に立つ仕事なんてやるか……俺は視線の届かない地味な仕事に向いているんだよ。
その時、会議室の扉が無遠慮に開かれる。
「すみませーん。教室の方に顔出していたら遅れちゃって」
「こいつがそうっすよ」
悪びれた様子がない相模を指さして陽乃さんに密告してやると先程とは種類の違う底冷えた目をしながら相模に視線をぶつけていく。
その視線に相模は少し引いた様子だ。
「……相模南です」
「ふぅん……委員長が遅刻、それも教室に顔を出していたから?」
その威圧的な声はたとえ表情が明るい物であったとしても聞いたものの心に恐怖を抱かせ、凝視できないほどのダメージを与える。
雪ノ下雪乃と違うのはそこだ。彼女は全ての存在を1つとみなし、全てにほぼ同じスタイルで話しかける。
でも雪ノ下陽乃は違う。全てのものに同じスタイルで話しかけることは一切なく、自分の興味があるものであれば額縁の絵を張り付けた顔で接し、興味がないのであれば普通に突っぱねる。
彼女にとって他人など自身の興味があるか否かなのだ。
「そうだよね~! 文化祭を最大限に楽しめる一言が委員長の資質があるよね~! ま、頑張ってね! あ、ねえ私も有志で参加していい?」
「え、あ……OGの方が参加してくれるなら地域との繋がりとかもクリアできますし」
「やっほ~! じゃあ、お友達も呼んでも?」
「はい。どうぞどうぞ」
果たしてこの場にいる何人が気付いているだろうか。
相模南は雪ノ下陽乃の誘導によって動かされていることに。
葉山も気づいているうちの1人だがどうしようもないことだと理解しているのか提出書類を受け取り、静かに教室へと帰っていき、陽乃さんも書類一式を手に取り、相模とその取り巻きS、そしてめぐり先輩を巻き込んでワイワイガヤガヤと会話をしながら書類をかいていく。
……何を目的とした一連の行動なのかさっぱりわからん……ただ分かったことは雪ノ下雪乃は今回の実行委員長の補佐を受け入れたのは彼女の存在があったことは間違いないだろう。
「あの~ちょっといいかな」
相模の声に全員がそちらを向く。
「文化祭を最大限楽しむには自分も楽しまなきゃいけないと思うんだ。クラスの方の準備とかもさ。最近は仕事も順調だし、ペース落としたらいいんじゃないかなって」
「相模さん。それは考え違いだわ。楽しむこととペースを落とすことは違うわ。文化祭という大きな行事をする以上は全てに余裕をもって行わないと」
「いや~良いこと言うね~。私の時もクラスの方頑張ってたな~」
彼女によってさらに相模は調子づく。
「前例もあることだし別にいいじゃん」
果たして気づいているのだろうか……全てが雪ノ下陽乃の操る糸で動かされている演劇だと言う事に……否、気づくものは誰もいまい。それこそが彼女のやり方であり、才能なのだから。
こうして相模の案は可決され、メンバーはぞろぞろと会議室から出ていく。
クラスの方に参加しない俺にとってはこの仕事しかやることがないので会議室に残り、途中で投げ出された雑務を終わらせていく。
相模の姿もどこに無く、残っているのは会長率いる生徒会メンバーと元凶の陽乃さん、そして俺と雪ノ下くらいなものだ。
「ねえねえ、比企谷君」
「なんすか。出来れば後にしてくれませんか? 俺も仕事してるんで」
「プー、シッシッシ! これは失敬……なんかすごいことになっちゃったね」
おい、この人のスルースキルは俺以上なのか? 今俺仕事してるから後にしてくれって言ったよね?
「よく言いますよ」
「え? 何が?」
「……なんでもないっす」
彼女の真意を知る者はいないだろう。
たとえ妹の雪ノ下雪乃であってもそれは分からない……だからこそ怖いんだ。姉がいったいこの状況にどんな影響を与えてしまうのか。
「比企谷君」
「あ?」
「……収支計算やってくれないかしら」
……おっふ。
何も言わず、彼女から書類と計算機を受け取り、彼女の隣に座って計算機を叩いていく。
……何で俺、無言のまま計算機叩いてんだろ……いや、別にこんな状況だから文句は言わないけどさ……なんというか雪ノ下が俺にお願いをするとは思わなかった。
「それが終わったら議事録作成、それが終わったら有志書類の整理を」
……記録雑務の範疇を超えている気が……まぁ、いいや。