やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
翌日の放課後、俺は特別棟の奉仕部部室に向かって歩いていた。
結局、昨日の委員会はほとんどをめぐり先輩が仕切り、相模はてんやわんやと1人で狼狽えながら黒板に文字を書いたり、部分的に司会進行をしていただけだった。
無事、俺は記録雑務に入ることが出来た。これで会計監査とかだったら泣くわ。
「ちぃ~す」
「あ、ヒッキー。やっはろ~」
奉仕部の部室の扉を開けると由比ヶ浜も今来たのかちょうど椅子に座るところだった。
俺も椅子に座るが俺と雪ノ下の視線が合うことは無いどころか言葉が発せられることもなく、俺達の間には静寂が流れている。
その静寂に充てられて由比ヶ浜は居心地悪そうな表情をしている。
「あ、あのさ。2人とも委員会であたしも教室の話し合いに出ないといけないからさ。当分部活には出られないかもしれないんだ」
「俺も同じ」
そう言うと雪ノ下はようやく文庫本を閉じ、俺達の方を始めてみた。
「……ちょうどよかったわ。私もそれを言おうと思っていたから。文化祭が終わるまではいったん、奉仕部の活動は中止にしましょう」
「……そうだね」
由比ヶ浜はこの部室に来れないのが少し寂しいのか悲しそうな表情をしていたが文化祭というやらなければいかないことを思い出し、すぐにその顔を収める。
こいつにとってこの奉仕部の活動は楽しかったんだろう。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
「あ、ヒッキー。時間が余ったらでいいからさ、教室にも顔出してね」
「……まあ、時間が余れば」
裏を返せば絶対に行かない。というか時間など余らせるはずがないのだよ。
そんなことを思いながら部室を出ようとした瞬間、扉が開かれ、見知った顔が入ってきた。
俺と同じF組の文化祭実行委員にしてその委員長、相模南とその取り巻きSが薄ら笑いを浮かべながら奉仕部の部室に入っては俺と由比ヶ浜を交互に見て笑みを浮かべた。
……嫌いだ。こういう人の姿しか見ずに笑うやつらが一番嫌いだ。
「あれ? 結衣ちゃんってここの部員なの?」
「うん、まあね。それでどうかしたの?」
「あ、実はお願いがあってきたんだよね……雪ノ下さん」
「何かしら」
「委員長の仕事手伝ってくれないかな」
そのお願いに雪ノ下のまゆがピクッと動いた。
……はい、雪ノ下雪乃さまのお怒りちょうだいいたしました!
「……貴方のスキルアップという観点から外れると思うのだけれど」
「そうなんだけどさ。自分のスキルアップを優先してみんなに迷惑をかけるのってよくないでしょ? それにうちのクラスにも顔出さないといけないからさ。ダメ……かな」
雪ノ下の出す答えはNOだろう。本当に困っているのならばいざ知らず、相手が望んで今の状況を受け入れたのだからそんな状況を手助けするようなやつじゃない。
俺の予想的に「貴方は自らの意思で今の状況を受け入れたのでしょう? 私たちは困っている人たちに平等に手を指しのばす部活じゃないの」っていうと思う。
それに相模達が奉仕部に持ち込んだのはただ単に調子に乗ってしまった結果、自分では持ちきれないくらいのものを持ってしまったのでその半分を持てと言う事だ。
例えるなら調子に乗った奴が誕生日ケーキを2つ持った結果、足元が見えずにこけてしまい、2つのケーキを水戸のど真ん中にぶちまけたのを片付けるから手伝えと言われているようなもんだ。
「ようは貴方の補佐……ということかしら」
「そうそう。ダメかな?」
そうそう、ダメダメ。ダメよ~ダメダメ
「分かったわ。私も実行委員だから手伝える範囲であれば」
「よかった~。断られたらどうしようかと思ったよ。じゃあ、よろしくね」
そう言い、相模は調子のいい笑顔を浮かべながら部室から出ていった。
「おい、雪ノ下」
「何かしら、比企谷君」
語気を強めながら彼女の名を呼ぶと一瞬、肩をびくつかせ、こちらを見てくる。
「お前らしくないんじゃないのか? 何であんな依頼受けたんだよ。どうみてもお前をアテにしてるだけじゃねえか」
「そうだよゆきのん! いつもならあんな依頼、突っぱねるじゃん」
「これは私個人でやることよ。奉仕部とは関係ないわ」
「別にゆきのんだけでやる必要ないよ。みんなでやれば」
「大丈夫よ。私で出来る範囲だけしかしないから」
由比ヶ浜もいつもの雪ノ下とは違う反応に戸惑いを隠せないでいた。
確かにいつもの雪ノ下ならあんな自業自得な依頼を承るはずがない。
「……あたし、教室戻るね」
珍しく由比ヶ浜は怒った様子で鞄を手に持ち、強く扉を開けて部室から出ていき、俺もその後を追うがチラッと雪ノ下の姿を捉えた時、彼女もどこか不機嫌そうな表情をしていた。
「ううぅぅぅぅ! もう!」
廊下に上履きで床を踏みつける音が響くのと同時に由比ヶ浜の心の雄叫びが木霊する。
「珍しくご立腹だな」
「ヒッキー……なんというか今日のゆきのんちょっと変」
それは同意見。どこかあいつは不機嫌だ。
「いつもならあんな依頼受けないのに」
「だろうな……」
「……ねえ、ちょっと嫌な話していい?」
「……まあ」
「実はさ……あたし、さがみんのことあまり好きじゃないんだ」
由比ヶ浜の告白に俺は一瞬、戸惑いを隠せず鞄を落としかけた。
こいつの口から特定の人物に対しての評価が出るとは思わなかった。
「1年の頃、さがみんと同じクラスで結構仲良かったんだ。その時は結構、クラスの中では派手だったの。なんかそのことに自信持ってたのかな、さがみん。2年生になってから変わった」
うちのクラスにはあの派手クイーンと呼んでも遜色ない三浦がいるからな。三浦の派手さに比べたら相模の派手さなどは可愛い物だろう。
去年まではカースト上位だった自分が2位に甘んじている今の環境に耐え切れなかったんだろう。
カースト上位だった頃の慢心、甘え、態度が抜けきらず、今のF組はあいつにとっては屈辱この上ないクラスってところか。実行委員を決める場でのあの三浦の態度からするに三浦は相模のことをあまりよく思っていないどころか嫌いな部類だろう。口に出していないだけであって。
だから相模はカースト最下位の属する俺と一緒にいる由比ヶ浜を嘲笑の的にすることでかつての栄光に縋り、自分の欲望を満たしているのであるとすれば彼女の一連の行動にはつじつまが合う。
「ねえ、ヒッキー」
「なんだ?」
「……あたしを救ってくれたヒッキーだからお願いするね……ゆきのんに何かあったらヒッキーが助けてあげて」
これまた難易度高めのミッションを与えてくれたもんだ……それに時期が悪い。
「ゆきのんって他人を頼らずにしてること多いからさ……だかたゆきのんが二進も三進もいかなくなったその時はヒッキーが助けてあげて」
「…………まあ、善処はする」
「うん。ありがとう……じゃ、委員会頑張ってね」
そう言って由比ヶ浜は俺に笑みを見せながら教室へと戻っていく。
「……俺も行くか」
雪ノ下雪乃の手腕が発揮され始めたのは数日後の委員会からだった。
もともと評価は高い彼女が就任したとあって特に反対など起こらず、むしろ周りの評価はやっと出てきたかという感じのものが多く、妙に教師陣の期待は大きい。
その期待に応えるためなのか雪ノ下は次々に作業を進めていく。
宣伝広報のポスターの掲示場所で困っていれば知識をフル動員させてアドバイスを与え、監査会計で停滞している部分があればそこへ入り、一発で解決する。
彼女に対する期待は日に日に増していくばかりだった。
そんなこんなで何度目かの定例会議が開かれた。
「では定例ミーティングを行います。宣伝広報」
「はい。作業は7割がた終了し、ポスター作製も半分は終わっています」
「順調ですね」
「いいえ、遅いわ。HPの更新は」
「い、いえまだ」
「受験生や外部の方はHPを参考にします。内部に関する宣伝広報をやりつつHPの更新速度を上げてください。そうでないと外部の方たちへ情報が届くのが遅くなります」
「は、はい」
ズバズバと言って行く雪ノ下に対し、委員長の相模は口をポカンと開けて自分の知らないところでどんどん進んでいく会議においてけぼりになっていた。
すんげぇ速度差。なんかもう雪ノ下が委員長みたいな感じだな。
委員長の影はドンドン薄まっていき、いつのまにか司会進行までもが雪ノ下に掌握され、彼女を中心にして委員会が進んでいく。
「以上です。委員長」
「え、あ、はい。みんなお疲れ様」
委員長の号令により、メンバーが教室から出ていく。
ある者は雪ノ下の手腕をほめたたえ、ある者は委員長の交代の必要性を述べ、また生徒会の役員たちは次期生徒会長候補とまで褒め称えた。
一方の相模は居たたまれない雰囲気に嫌気がさしたのかとりまきの連中とそそくさと教室を後にする。
雪ノ下が未だに作業をしているにもかかわらず。
彼女にとってこれは自分のできる範囲なのだろう……だがそれは何の解決にもなっていないのを彼女自身は気づいているのだろうか。
否、気づいていない。何かに取りつかれたようにキーボードをたたく彼女にとって相模など視界に映る人間の1人にしかすぎず、気にも留める必要もない。
何かに取りつかれた彼女は俺の方など一切見ず、キーボードをたたいていく。
「比企谷君」
「ん?」
帰ろうとした時に呼ばれ、振り返り、彼女と目が合うが少しの間、俺達の間に静寂が生まれる。
「…………貴方を補佐の補佐にしてもいいかしら」
……今市言ってる意味が分からないけど。
「あぁ、良いぞ。適当に」
「そう。ありがとう」
教室の扉を開け、外へ出ようとすると壁に平塚先生が寄りかかっていた。
「どうかしたんすか?」
「ん? あぁ……雪ノ下はよく働くな」
「そうっすね。作業効率MAXじゃないっすか?」
「そうだな……雪ノ下に姉がいるのは知っているか?」
「ええ、まあ。それが」
「その姉もここの卒業生でな。お前たちとは入れ替わりで卒業したんだがあいつが担当した文化祭はこれまでにないくらいに大盛況でな。私もベースを持たされたよ」
……なんとなくわかる気がする。男性の理想を張り付けたあの人にかかれば文化祭という一つの大きなギミックを利用するだけで全校生徒の人心掌握など容易いだろう。
「それがなにか」
「いやな……もしかしたら雪ノ下はそれに対抗しているのではないかと思ってな」
……あぁ、そういうことか。だから周りの教師の期待が異常に高いわけだ。周りの教師の期待に応えるべく働いているのかと思っていたがあいつは自分の姉に打ち勝つために……まぁ、それだけじゃないんだろうけど。
「だから少し不安なのだよ。彼女が働き過ぎないか」
その不安は恐らく当たるだろう。