やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
夏休みの朝、俺はテーブルにノートパソコンを置き、カタカタとキーボードをたたいていく。
俺の脚には不機嫌そうな我が飼い猫・カマクラがふて寝していた。
こいつはいつも不機嫌そうな顔をしている。
何故か妹の小町には俺が見たことがない満面の笑みを見せ、いちゃつくのだがおれには不機嫌そうな顔しか見せないし、普段は俺の足に乗ることなどない。
普段は小町の足元にいるのだが今は事情合ってここにいる。
「きゃぁー! もうサブレ可愛い!」
そう、我が家に犬がいるからだ。
事の発端は奉仕部の合宿が終了してから一週間後のある日、突然由比ヶ浜が俺の家をドッグハウスを片手に来宅したのだ。
彼女曰く、家族旅行に行くことになったのだがどうしてもサブレを連れて行けないらしく数々の友人に頼んではみたものの皆予定があったり、ペット禁止だったり。ペットホテルも考えたらしいのだが夏休みとあってどこも満室。雪ノ下は連絡は取れるがそんなことを頼める雰囲気じゃないので俺の家に来たらしい。
最初はひどく遠慮気味だった。
そりゃそうだ……俺たちの間にある物の発生原因と言ってもいいのだから。
だがもう俺たちの間にある者は消したんだ。
俺はサブレを預かることを了承し、今に至る。
「カマクラ。お前はお兄ちゃんだからちょっとは我慢してやってくれ」
昔、よく親に言われたことを頭を撫でながらカマクラに言うがカマクラは不機嫌そうな顔を変えない。
一応、今日の夕方にサブレを引き取りに来るらしいのでそれまでの辛抱だ……それよりも今、俺の問題で大きいのは……雪ノ下との間のものだろう。
俺たちの間には越えられない壁がある……それよりも俺は彼女が秘密にしていたことに……正直、失望にも近いものを抱いていた。
何故言ってくれなかったのか……卑屈で偏屈な俺はあいつが優しくしてきたのは事故の責任を取るために優しくしてきたと思ってしまう……はぁ。
「自由研究……人はなぜ馴れ合うのか。本物の友情とは何か……傑作だ」
俺の宿題に自由研究はない……これは小町の宿題だ。本来なら自分でやれというのだが小町も小町で受験生なので俺がやってやると言ったのだ。
まあ、選択提出なので出さなくてもいいんだがここで出して何か賞でももらえれば高校受験する際に受験校側にも情報が行くだろう。
俺の意見および実例をふんだんに出しながら作った作品だ……うむ。
本当だったら平成特撮ヒーローについてまとめてやっても良かったのだが小町の評価を下げる一因になりかねないのでそれはやめておいた。
そんなことを考えているとノーパソの傍に置いていた携帯が震えているのに気付き、手にとって画面を見てみると一通のメールが届いていると書かれているのでメール画面を開くと知らないアドレスからだった。
「誰だよ……あ? 大志?」
思わずそのメールを開いてしまった。
これがいけなかった。
「どうも~。妹の小町です。いつも兄がお世話になってます~」
よくCMなどで見かける名前の大学受験対策を行っている塾の近くにあるサイゼに俺達は集まっていた。
失敗した……何故、あの時大志のメールを鵜呑みにしてしまったのだ!
大志から送られてきたメールにはこの前のお礼をしたいと言った旨のことが書かれており、ホイホイと着いていくと何故か小町もついてきたし、何故か川崎姉弟が座っていたのだ。
「すみません、お兄さん。こんな暑い中」
「あぁ~本当だな~。暑かったな~」
「なんだよその言い方」
川崎の睨みを受け、俺は反射的にお口チャックしてしまった。
「今回お呼びしたのは総武高校のことを聞きたいんす」
「隣の奴に聞けよ」
「そうなんすけどやっぱり同じ男子の目から見た評価を見たいんす!」
「止めとけって言ったんだけどこいつ聞かないんだよ」
川崎沙希の判断は正しい。
俺が総武高校の評定を出したとしたら恐らく大志はその日に受験志望校を変えるだろう。
その位の自信はある。
「といわれてもな……まあ、悪いところじゃない。良い先生だっているし」
「なるほど……行事とかはどうなんすか?」
大志がそう言った瞬間、川崎沙希の素早い叩きが大志の頭にクリーンヒットし、良い音が響いた。
どうやら大志も俺の脚のことを思い出したらしくすぐに申し訳なさそうな顔をするがジェスチャーで気にすんなとだけ言っておいた。
「す、すみません。俺」
「気にすんな……まあ、行事は他の学校とさほど変わらねえんじゃねえの? 体育祭・文化祭……文化祭は地域との繋がりを重視しているらしいからすこし違うところもあるだろうけど」
「なるほど……と、ところでお兄さん」
「ん?」
「そ、その……女子は」
その瞬間、川崎沙希の目が暗黒色の輝きを放った気がした。
な、なんだこいつ……まさかジャ〇ーノー〇・ド〇〇ブを使えるのか!? そうか……だからこいつの睨みを見た瞬間、俺の気持ちが半減されたのか。
「ま、まぁあれだ……すんげえぞ」
「す、すんごいんすか!?」
大志は目を輝かせながら身を乗り出してくる。
「あぁ、すんごい。もうそれはすんごい。俺が言うんだ……もうすんごい……ちなみに女教諭もすんごい」
「せ、先生もすんごいんすか!?」
直後、店内に良い叩き音がふたつ鳴り響いたのは言うまでもない。
「お、お兄様。学力に関してはどうなのでしょう」
「そ、そうですね。国際教養科という選抜クラスがありましてそこはすんごい頭いいざんす」
「そ、そうざんすか」
大志は姉からの見えない重圧を受け、俺は妹から見える重圧をビンビンに受けながら変な口調で総武高校についての話を進めていく。
けっ! 男子高校生の日常はエロ話8割・日常の話2割って決まってるんだよ!
「……ま、少ない学費で国立校を狙えるっていう点ではすごくいい学校だと思うぞ」
「なっ! お、おま! ばかっ!」
川崎が顔を赤くしながら大慌てで俺を睨み付けてくるが今の川崎の睨みなど痛くもかゆくもない。
目的があって学校へ来るやつは自然と毎日が充実し、その周りには友人と呼べる存在が多数集まってくるだろう。
他の連中もそうかはしらないが……少なくとも大志は俺の様にはなるまい。
「そろそろ俺ら、帰るわ」
「あ、ありがとうございました! 俺、やっぱ総武高校に行きます!」
「……そ。ま、頑張れよ」
「はい、その時はよろしくっす! お兄さん!」
「高校に入ったら先輩と呼ぶがいい」
「うっす!」
……何故か気分は良いな……フハハハハハ! 愉快愉快!
「でも、お兄ちゃんと沙希さんが結婚したらお兄ちゃんのことお兄さんでもいいよね」
「な、はぁ!? バ、バカじゃないの!? そ、そんなことあるわけないし!」
出ていく俺たちの背中に川崎の叫びが聞こえてくる。
小町=爆弾投下魔……証明終了。
「…………」
サイゼから帰ってくるとまず最初にカマクラにタックルを受け、次にサブレに遊んで遊んで光線を撃たれ、それに撃沈した俺はサブレの遊び道具となっていた。
どうやら出かけている間にサブレはカマクラに同じことをしたらしい。
というか何故、サブレはここまで俺に懐いている?
「お手」
「ひゃん!」
サブレは尻尾をゆさゆさ振りながら俺の手に自分の手を合わせた。
「お座り」
「ひゃん!」
……由比ヶ浜のしつけが行き届いているのか、それともまた別の要因があるのか。
「……そういやイヌリンガルとかアプリあったな」
アプリストアでそのアプリ名を検索するとヒットし、無料だったのでダウンロードして起動してみると画面中央にマイクが表示された。
「サブレ」
「ひゃん!」
『遊んで!』
だろうな……もう一度。
「ほれ」
「ひゃんひゃん!」
『遊んで遊んで!』
まあ、犬の欲求としては当たり外れの無いことだろうな……犬の言葉を人間が理解できる日など来ないと俺は思っている。
だが言葉は分からなくとも思いは通わせることができる……それだけは信じている。
……試しにやってみるか。
「BOWBOW!」
『誰か養えや、こら』
……これ絶対に不良品だわ。俺、こんな命令形なことは思ってないもん。
そう思い、すぐにホーム画面に戻ってアプリを長押しし、ブルブル震えたところでアプリの左端にバツ印が出てきてそれを押すと画面から犬リンガルが消滅した。
時間的にも由比ヶ浜が迎えに来る時間帯に差し掛かっているのでサブレを足から降ろし、杖を取ろうとした時に丁度インターホンが鳴った。
「今トイレ!」
「ゆっくりどうぞ~」
あらかじめ用意しておいたサブレお世話セットが入ったカバンを床に置き、左足にひっかけて引きずろうとするが何故かサブレが手持ちの所を口でくわえ、玄関まで引きずっていく。
……ほらな? 犬と人間の気持ちは通じるだろ?
「うっす」
「あ」
扉を開けた瞬間、いそいそと髪型を気にしている由比ヶ浜の姿が目に入った。
「え、えっとサブレ預かってくれてありがとう」
「気にすんな。楽しく遊べたし……主に小町が」
「そ、そっか……サブレ~。久しぶり! 元気してた?」
由比ヶ浜の胸に飛び込んだサブレはしきりに彼女の顔をなめまわす。
…………なんというか……ほんと、俺達の関係手拗れる要素あり過ぎだろ……誘うべきか、誘わないべきか。
さっきたまたま近くで花火大会が開かれることが書かれている記事を見つけ、サブレを可愛がりながら由比ヶ浜を誘うか否かで悩んでいた。
「ゆ、由比ヶ浜」
「ん? どったの?」
「……今日、花火大会行くか?」
そう聞くと由比ヶ浜はしゃがんだまま一瞬動きを止めるがすぐに顔を赤くしてあわあわと慌てだした。
「え、えっと……わ、私も誘おうかなって思ってて」
「そうか……じゃ、じゃあいつもの駅で」
「オ、オッケー……サブレを預かってくれてありがとう。じゃあね、比企谷君」
ヒッキーというあだ名を彼女が使わなくなってから早二か月。
初めてそのあだ名を聞いたときは微妙な感じだったが使わなくなってから君付けで呼ばれることにどこか俺は戸惑いに似たものを感じていた。
由比ヶ浜との関係を修復したいのは修復したい……でも、何故俺は修復したいと思うんだ。
他人との関係が何回潰れようが拗れようが何とも思わずに自然消滅するまで放置していた俺がなんでこんなことを思うのだろうか……それは雪ノ下との関係も同じことが言える。俺が彼女に対して失望に似た感情を抱いたのは彼女と普通に接したいと思ったから……何で俺はそう思ったのか。
それはどんな自由研究や問題よりも難しい問題だった。
「…………はぁ」
1つ、小さなため息をついて俺は家の中へ戻った。