やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
「……なんじゃこりゃ」
キャンプファイヤーの準備をしている連中が帰ってくるまでに一度、小学校の教員たちが準備したという肝試しで使う衣装を見ているとまず第一声にそんな言葉が出た。
なりきり猫セット、陰陽師セット、魔法使いセット(指輪付)、雪女セット……小学生だから遠慮したんだろうがこれは威力下げすぎだろ。
「あれ? お兄ちゃん何してんの?」
キャンプファイヤーの準備をしていた連中に肝試しで使う衣装のセットを見せると全員一様にそのレベルの低さというか威力の低さに戸惑いを隠せないでいた。
ま、そう言う反応だよな。もうこれ仮装セットだし。
「……留美ちゃん。大丈夫かな」
由比ヶ浜の一言に連中の空気は冷える。
結局、妙案も出せないままこんな時間にまで来てしまった。もしこのまま放置しておけば確実に留美は中学に上がればバージョンアップしたハブリという名のいじめにあうだろう。
その前に何とかしたい……この場にいる全員が願っていることだろう。
「お兄ちゃん。何かいい方法ない?」
「……無いことは無いんだが……」
「またその顔……ろくでもない案だとは思うけど話は聞きましょうか」
「人間、極限の恐怖に見舞われるとどんな奴でも本性をさらけ出す。ずっと一緒だとか永遠に友達とか言っている奴ほどあっさりと切り捨てる……それを留美のグループの奴らに適用させる」
「でもさー。こんな衣装でそれできんの?」
三浦の言う通り、こんな格好ではむしろ演出の一部と思われてしまい、奴らの青春の一ページあのお兄さんたちの格好、全然怖くなかったねというページを増やしてしまうだけだ。
それは百も承知……だから。
「衣装は使わねえよ。俺があいつらを恐怖のどん底に叩き落す」
「主にどのような方法で」
「簡単な話だ。暗がりの中、怖いお兄さんに襲われ、置き去りを食らう……良い案だろ?」
そう言うが由比ヶ浜も雪ノ下もなんかうわぁ、とでも言いたそうな顔をして俺を見てくる。
「ヒキタニ君だけやるっていうのは」
「葉山。心配する気持ちは分かるがお前たちは小学生たちに良いお姉さん・お兄さんっていう感情を持たれてるだろ? そんなんじゃあいつらは本性を現さない」
「そこで小学生たちと交流していないあなたが出番というわけね」
雪ノ下が補足説明を加えることでようやく全員が理解するが葉山は納得いかない表情のままだ。
「それだとヒキタニ君が犠牲になる。やるなら俺も」
「だからそれは無理だ。特にお前はな。小学生と……特に留美たちのグループと接しているお前じゃ演出の一部と捉えられかねない」
「……1人の犠牲で平和は成り立たないだろ」
葉山の言う事も理解できないわけではない。
葉山はみんな1つ、みんな仲良くを目標としているわけで1人が犠牲になることでその目標が達成されたとしても喜ぶどころか悲しみ、泣き叫ぶだろうな。
「それにこれは他のグループの肝試しも円滑にやらなきゃならない。割く人員は少ないに限る」
「……言っていることは合っているわね。でもあの子のグループをどうやって恐怖に落とすの? 少なくともそのグループを孤立させないといけないわよ」
「あっ! 小町に良い考えがあります! 肝試しの順番をこっちで決めるのはどうですか? それだと盛り上がるし、準備もしやすいですよ」
「あ、でも留美ちゃんの班を最後にしても行き違いにならないかな」
「そこは案内役を配置したらどうかな?」
いつの間にか俺の提案したので行くのが決まったのか俺と葉山をほっぽって連中はあ~だ、こ~だと言いながらいかに穏便に、そしていかに成功確率を上げるかを話し合いだした。
…………どういうネタで脅そうか。
脅すネタを考えていると諦め顔の葉山が俺の隣に立った。
「まだ不満そうな顔だな」
「あぁ……でも、これしかないみたいだし……でも、俺は君だけが犠牲になるのは納得がいかない。俺も脅す役に参加する」
……何を言ってももう変わらないんだろうな。
「……わ~ったよ。とりあえず」
俺と葉山は肝試しの時間が来るまで入念に話し合いを重ね、どういうタイミングでどういうネタで留美たちのグループを脅すのかを決めていく。
太陽が完全に沈み、真っ暗になった時間帯、肝試しが開始され、すでに何組かのグループが出発し、阿鼻叫喚の叫び声が聞こえてきたり、笑い声が聞こえてくる。
作戦としては指名役の小町が留美たちのグループを指名した瞬間、カラーコーンで封鎖していた行き止まりへの道へグループを誘導させ、俺が前を、葉山が後ろを塞いで逃げられないようにし、脅すというのが作戦。
一応、決まりとして互いの本性を見せた後、奴らが逃げた後は何も脅かしはしない、逃げる時に転んでけがをしない様に事前にチェックまでしている。
「……ヒキタニ君の考えは斬新だな」
「そりゃ、お前がこういう考え方の奴に出会わなかったからだろ」
「そうかもな……彼女が気にかけるのも分かる」
「なんか言ったか?」
「いいや」
時折、葉山は沈痛な面持ちになることがある。大体それは雪ノ下関係の話になった時が多い。
その時、ポケットに入れていたスマホが震え、チラッと画面を見るとメッセージアプリが表示され、留美たちのグループを指名したことを知らせる内容が表示されていた。
それを葉山にも見せ、配置についてグループが来るのを待つ。
やがてゆっくりとこちらへ歩いてくる音が聞こえ、コソコソと小さな声も聞こえると同時にライトの明かりが見えてきた。
……さてと、始めますか。
「っっ! だ、誰」
小学生たちは目の前にいる俺にライトを当てると知らない男がいることに気づき、恐怖の表情を浮かべる。
「……ゾ、ゾンビの仮装?」
「な、な~んだ。全然怖くないじゃん。片足のゾンビなんて今更」
「おい」
後ろから葉山が現れ、声をかけると小学生たちは肩を大きくビクつかせて後ろを振り返るが葉山だと言う事に気づくや否や安心したのか大きく息を吐いた。
「びっくりした~。お兄さん」
「お前ら今、あいつのことバカにしたろ」
「え?」
優しい口調で語りかけてくれていた人が突然、低い声音で話しかけてきたことに小学生たちが対応できるはずもなく驚きと同時に黙りこくった。
……演技というには迫真過ぎるな。
「小学生だからって言っちゃいけない事くらいは分かるだろ……それに高校生相手なのにタメ口きいてどうするんだよ。敬語使うようにって先生から習わなかったか?」
小学生たちは何も言えずに只々、静かには山の言う事を聞いている。
「どうする? ヒキタニ君」
「そうだな~。馬鹿にされて傷ついたから……ちょっとお仕置きするか。1人選べよ。1人残したら後の奴らは見逃してやってもいいかもな」
声を低くしながらそう言うと1人が押し出された。
グループが鮮やかな連係プレーで留美を押し出す様子はまるでこいつを生贄にあげるから私たちは助けてとでも言っているかのようだった。
「る、留美残りなよ」
「そ、そうだよ」
「葉山さ~ん。こいつらろくに話し合いもせずに1人に押し付けましたよ。どうします?」」
俺が恍けながらそう言うと留美以外のメンバーは一斉に後ろにいる葉山の方を見てもう今にも涙を流しそうな表情をした。
挙げておいて落とす作戦か……これはこれで効果あり。
「いけないな~。誰かに押し付けるのはよくないことだ……罰としてもう1人残れ」
葉山の宣告にメンバーは互いに顔を見合わせながら手で小突いたり、目でお前が残れよと言い合い始め、やがてそれは砂の掛け合いへと変化する。
やがてその戦いに決着がついたのか見放された1人が押し出され、留美の近くによろけた。
「ゆ、由香が残ればいいじゃん」
「そ、そうだよ。由香が最初に留美を押し出したし」
「そ、そんなことしてない! 森ちゃんだって押し出したじゃん!」
「はぁ? 私? 私何もしてないし第一、由香が」
「ちっ! 鬱陶しいんだよ……さっきからベラベラ喋りやがって……俺さ~。さっさと自分の意見を決めない奴ら、大っ嫌いなんだよな……もういっそのこと全員、お仕置きするか」
「「きゃぁぁぁ!」」
「ま、待ってきゃぁ!」
そう言いながら顔をライトで照らし、一歩、小学生たちに大きく近づいた瞬間、小学生たちは恐怖のあまり泣き叫びながら逃げ出し、逃げ遅れた1人が葉山の隣を抜けようとした瞬間、足でもひっかけられたのか盛大に地面にこけ、必死に逃げ出そうとするが杖を目の前にカツン、と敢えて音を立てながら置くと俺を恐怖に満ちた眼差しで見上げてくる。
……さて仕上げと行くか。
俺は中腰の姿勢で地面に這いつくばっている女子に手を近づけるとそのこは頭を抱えて蹲るが小町の頭を撫でるように優しくその子の頭に手を置いた。
「え?」
「……分かったか。これが誰かに無視されるってことだよ」
留美には聞こえない小さな声で女の子に語り掛ける。
「無視されるっていうのは自分の存在を否定されるってことと同じなんだよ」
俺の話すことに少女は呆然としながらも首を縦に振る。
「これで分かったろ。誰かに無視されるっていう事のっっ!?」
「わっ!」
「こっち! 走って!」
最後を締めようとした瞬間、奥の方から眩しい光と共にシャッター音が鳴り響き、留美と少女が手をつないでスタート地点へと戻っていく。
「か、カメラのフラッシュ」
「あ、あいつ容赦ねえな。全開じゃねえか。目が痛ぇ」
「ハプニングが入っちゃったな」
「ハプニングはハプニングでも最高のハプニングだろ」
「……これで留美が孤立することはなくなるのか」
「さあ? でも、その後はあいつら自身がやることだろ。俺たちが手を出せるのはここまで……かぁ~。目が」
ずっと暗い所にいたせいでカメラの全力フラッシュが非常に堪える。
「立てる?」
「手、貸してくれ」
葉山の手を借り、立ち上がって時間を確認すると既に時間は肝試しが終了する予定の時間の5分前を表示しており、次々に小町や由比ヶ浜から終了したことを伝えるメールが送られてくる。
とりあえず肝試しは終わりだな。
「こっちも全員、戻ったって来た。そっちは?」
「……雪ノ下から来ないな。お前、何本立ってる?」
「全開だけど」
電波の問題じゃなさそうだし……あいつが終了連絡を忘れるとは思えないしな。
「先に戻ってていいぞ」
「大丈夫か?」
葉山は俺の足を見ながらそう言うが肝試しのルートとなった部分は小学生のことも考えられた平坦な道が多いルートだからな。
「平坦な道ばかりだし、大丈夫だ」
「分かった。じゃ、また後で……後、自分からやったとはいえあんな役はもうごめんだ」
葉山はそう言い、先にスタート地点へと戻った。
……自分から参加したとはいえ、葉山にとっては見たくない光景だったろうしな。
葉山を先に返し、由比ヶ浜へ電話を掛けると何回かの呼び出し音がなったあと、通話が入った。
『あ、比企谷君!?』
「雪ノ下から連絡来ないんだけどそっち来てるか」
『こっちもそれで大慌てなの! 多分、山で迷ったのかも』
明るいうちに迷うならまだしもこんな夜更けの時間帯に迷子になったらライトの明かりくらいじゃ全く前が見えなくなるぞ……そう言えば雪ノ下の着ていたのって白い着物だったよな。
「……由比ヶ浜。雪ノ下と担当位置が近かったのは誰か分かるか」
『え、えっと優美子だと思う。ゴール付近だって』
「……分かった」
そう言い、由比ヶ浜がまだ何か言いかけているがそれを無視して通話を切り、ライトで足元を照らしながらゴール地点目指して山を上がっていく。
着物を着ているからポケットがないだろうし、何かの拍子で携帯を落としたままかもしれないしな……ゴール地点まで向かえばあいつに会えるだろ。
そう気楽に思いながらゴール地点へ目指して歩いていく。
「肝試しルートがマジの山道だったら俺死んでるな……あそこか」
ゴール地点と思わしき机が置かれている祠が見え、近くへ行き、周囲を見渡してみるが雪ノ下の姿はどこにも見当たらず、地面を照らすが携帯も見当たらない。
「雪ノ下~……肝試し終わったぞ~……雪ノ下~」
いつもよりも大きめの声で周囲に呼びかけるが足跡1つ聞こえない。
「……マジで迷子なのか」
山の夜は冷える。虫対策として薄い長そでに長ズボンを履いているがそれでも少し寒さを感じるくらいだ。
着物を着ていると言っても長時間、あの服でいたら確実に体は冷える。
「…………ふぅ」
一息つき、考えていく。
雪ノ下が仮に迷子になったとすればどうするか……恐らく自分の位置を知らせるためにライトを振り回すだろう……が、その明りも見えないのでその線は消える。携帯はもう落としたと断定した方がいいだろう。
明かりも何もなくなったらどうする……恐らくあまりうろうろ動かないだろう……壁伝いに歩くものだがここに壁はない。木はいっぱいあるけど……木か。
祠の周囲をライトで照らし、人1人がもたれ掛ることができるくらいに太い幹のものを探していくがどの木も細い幹のものばかり。
「……困ったな」
もう雪ノ下を探す手掛かりが見つからない。
「GPS……は無理か。あいつのメアド知らねえし………いや、待てよ」
俺はあることをふと思いつき、由比ヶ浜に電話を掛けるとすぐに出た。
『今どこいるの!?』
「由比ヶ浜。雪ノ下の携帯鳴らし続けてくれ。次に俺が電話するまでな」
『え、うん』
一旦、通話を切り、耳を澄ます。
今は幸運なことに風もない……もうこれしかない。
そう思いながら耳を澄ましていると落ち葉が震える音が聞こえ、そっちの方へ向かうと暗い景色の中に明かりを放っているものが見え、その近くへ行くと案の定、携帯が落ちていた。
「やっぱり落としてたか……」
ライトで前方を照らしながらゆっくり歩いていくとさっきまで細い木が並んでいたのがだんだん、太い木が見えるようになってきた。
……これで見つからなかったらもう警察沙汰だな。
雪ノ下が気付くようにライトを大きく振り回しながら歩いていくと一瞬、カサっ! という音が聞こえ、そっちの方向をライトで照らすと
「…………よ」
太い幹に寄りかかり、両膝を折りたたんで座っている雪ノ下雪乃がいた。
そのすぐ近くにはライトが転がっていた。
多分、ライトをつけようとした拍子に落としてしまい、真っ暗の中に消えて見えなくなってこの太い幹に寄りかかって待っていたってところか。
「比企……谷……君」
「ふぅ。見つかってよかった。とりあえず」
それ以上言葉が出なかった……いや、言葉が出せなかった。
不意に立ち上がったと思いきや、雪ノ下が俺の胸に飛び込んできたからだ。
ギュッと俺の服を掴んだ手はわずかながらに震えているのが分かり、俺は何も言わずに雪ノ下の頭をポンポンと優しく数回撫でた。
…………こんな暗いところに1人になったら俺だって泣くわ。
少ししたところで気持ちに整理がついたのか雪ノ下は俺の傍から少し離れた。
「ごめんなさい……迷惑をかけてしまったわね」
「気にするなよ……帰ろうぜ、皆待ってる」
そう言い、歩き出そうとした時、軽く後ろから引っ張られたような感覚を感じ、振り返ると下を俯いたままの雪ノ下が俺の袖をつまんでいた。
…………よく、小町も暗いところでこうやってたっけ。
「ん」
「え、ちょ」
雪ノ下の手を離し、ライトを持たせて反対側の手を握り、歩き始めた。
「袖を掴んでいるだけだったらまた迷うぞ。こっちの方が迷わわない」
「……そうね」
雪ノ下に足元を照らしてもらいながらゆっくりと歩きはじめ、来た道を戻っていくとスタート地点周辺に人だかりが見え、よく見てみると戸部や葉山、由比ヶ浜達が集まっていた。
「ゆきのん!」
由比ヶ浜が大きな声を上げながらこちらに向かって全力ダッシュしたと同時に握っていた彼女の手を離し、由比ヶ浜と問通過する形で俺は歩き始めた。
「よがっだよー! ゆぎのんが無事で!」
「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。心配かけて」
後ろから涙声の由比ヶ浜の声と申し訳なさそうな雪ノ下の声が聞こえ、2人のもとへ戸塚と小町、そして海老名さんが向っていき、葉山も歩きはじめていた。
「ありがとう」
そう小さな呟きが葉山が通り過ぎると同時に聞こえた気がした。
それはただ単なるありがとうなのか……それとも別の意味を含んだありがとうなのか……真意は俺には計り知れない。
「比企谷。よくやった」
「……そうっすかね」
「ありがとう。雪ノ下を見つけてくれて」
何度もかけられるその言葉は最近、よく聞く。
「…………」
俺は恥ずかしさを隠すために頭をガシガシとかきむしった。