やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
カレーが完成し、留美が自分の場所へ戻るのを確認してから俺達もベースキャンプに戻り、そこに設置されている木製のテーブルと椅子に座り、カレーを食べ、食後のティータイムに入っているがその空気は暗い。
どうやら鶴見留美の一件はすでにオリエンテーリングの時に全員が知っていたらしい。
「大丈夫かな……留美ちゃん」
「ふむ。何か心配事かね」
「ちょっと孤立しちゃってる子がいて」
「だよね~。超可哀想」
葉山の一言に三浦も乗っかる。
「問題の本質はそこじゃない。悪意を持って孤立させられていることだ」
「はぁ? 何か違うわけ?」
……そう真正面から来られると怖い。
「自分の意思で1人になる、孤立しているのであれば問題はない……でも悪意をもってして孤立させられているのだとしたらそれはいじめだ」
俺の一言に納得したのか三浦は黙り、葉山も何も言わない。
孤立という状態を受け入れる姿勢が能動であれば問題はない。だが受動であるのならばそれは問題だ。
「君たちは何をしたいのかね」
「……なんとかしてあげたいです。みんなが仲良くできるように」
「無理よ」
全員が納得するであろう意見を雪ノ下がバッサリと切り落とす。
「貴方では無理よ。そうだったでしょ」
「たしかにな……でも、今は違う」
「今も昔も同じだ」
2人だけの過去に水を差されたのが心底嫌だったのか葉山はいつも以上に睨みを利かせながら俺を睨んでくる。
「どういうことかな」
「昔出来なかったことが今できると思うか? 昔、出来ないことが時間が経ったら出来るようになってるならどうして戦争を止めることができないんだ? あれだけ戦争で人間が死んだのに未だに無くならないだろ」
「拡大しすぎだよ」
「縮小しても同じことだろ。お前の持てる力を全てぶつけて出来なかったことが時間が経った今ならできるなんてことはまずない。スポーツや勉強は抜きにして人間のことを変えられない人間はずっと変えられないんだ」
俺の言う事に心当たりがあるのか葉山は何か言いたそうな表情をするが悔しそうな顔をした。
「ふむ。要するに君たちの意見をまとめれば無視はしないでおこう。でも方法が分からない、といった感じだな。よし。これも良い経験だ。君たちで話し合って意見を出したまえ。私はふぁぁ~。寝る」
先生は大きなあくびをしながら煙草を灰皿の押し付けて火を消し、席を立った。
議題を鶴見留美を助ける方法というものに設定し、話し合いを始めるが根本的に考え方が真っ向から違うグループである以上、すぐにまとまるはずもなかった。
「つーかさー。あの子結構可愛いんだし、他の可愛いことつるめばいいじゃん。試しに話しかけんじゃん? 仲良くなるじゃん? 周りに男寄ってくるじゃん? 楽勝じゃん」
「まじそれだわー! 優美子冴えてるわ!」
「だしょー?」
それは女王の三浦にしかできない事だろとツッコミたい。
……なんとなくだが2人を覗いた全員がこの意見は無視しようということを思った気がする。
「はいはい!」
「姫菜。言ってみて」
葉山に言われれ席を立ったのは眼鏡をかけた女子―――海老名姫菜。
「趣味に生きればいいんだよ。ほらよく言うじゃん。現実では一人ぼっちでいじめられっ子だけど趣味の世界じゃ神とあがめられてる人みたいなんいるでしょ? 留美ちゃんもそうやって生きればいいんだよ」
人はそれを時に現実逃避というが……まあ、この際何でもいい。あの2人よりましな意見だし。
「私の場合はBLで友達ができました! ホモが嫌いな女子なんていません!」
「……優美子。姫菜と一緒にお茶入れてきてくれるか」
「ん。ほら、行くよ」
鼻血を三浦に拭いてもらいながら海老名さんは退場処分となった。
「でも、姫菜の言う通り別の方法で交友関係を作るっていうのは良いかもしれない。例えば習い事だったり他の学年の人達と一緒に遊ぶとか」
「前者はともかく後者は微妙だろ」
「というと?」
「……うっわ~。あいつ年上と遊んでるし。何調子のってんの? 苛めちゃおうよ……って感じ」
俺の意見に由比ヶ浜も小町も心当たりがあるのか腕を組んでうんうんと首を縦に振った。
小学生は何かにつけて調子乗ってるだのといってそいつを排除しようとしてくる。
そこからは誰からも意見が出ず、三浦と海老名さんが戻ってきたとしてもそれは変わらない事実であり、ただただ時間が過ぎていく。
「じゃあ、何かみんなが驚くようなことをするってのはどうかな」
「たとえば?」
「何かの行事の実行委員長とか」
「無理ね。今まで下に見ていた子が上に上がれば余計に悪意が広がるだけよ」
「……そうだな」
「さっきから雪ノ下さんさー。意見聞いてないじゃん」
水を持って帰ってきた三浦さんが雪ノ下に突っかかる。
「聞いているわ。聞いたうえで否定しているのよ」
「否定ばっかりで前に進まないじゃん。そんなんだから置いてかれるんじゃないの?」
「貴方とは違ってちゃんと私は熟考してから進むの」
「っっ! そんなんだから」
「優美子。ストップだ」
葉山に言われ、まだ言い足りない様子の三浦はあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべ、頬杖をつく。
やはり葉山と雪ノ下の間には過去に何かあったようだ。
結局、この日の会議で決まるはずもなく翌日に持ち越しと言う事になった。
会議を切り上げ、俺が風呂に最後に入ってバンガローへ戻ると既に布団が敷かれ、葉山は壁にもたれ掛ってタブレットで何かを見ており、戸部はその様子をはつらつと見ている。
「葉山君何見てんの? エロ動画?」
「参考書だよ。PDFだけど」
「なんか頭いい単語聞こえたわー」
今の会話の中で頭良さそうと思われる単語があったのならば俺は今頃、世界で一番頭が良い少年と謡われているだろう。毎日、難しい単語考えてるぞ。
「葉山君って頭いいんだね」
「そんなことないさ」
戸塚の発言に優しさの権化たる葉山は戸塚の方を見て笑みを浮かべながら答える。
「待った。隼人君、超成績良いじゃん。文系何位だったよ」
「そりゃ成績は良い方だけど雪ノ下さんと……上にもう1人いるからね」
「うっそー! 隼人君より頭いい人なんてもう化け物じゃん!」
葉山は俺の方をチラッと見ながらそう言うとバンガロー内に戸部のハイテンションな声が響く。
「なんか修学旅行思い出すし好きな人の話しようぜ!」
どういうぶっ飛び理論だ。
「じゃあ、戸部から言えよ」
「お、俺かぁ~! 俺は……その海老名さんとかいいと思ってる」
意外だ……三浦によく乗ってるから三浦のことが好きなんだと思っていた。
「俺言ったから次、隼人君ね」
「俺は良いよ。もう寝よう。明日も早いんだし」
「それはないわ~。俺も言ったんだから」
「……Y……もう寝ろ」
「誰か気になるわ~。これで不眠症になったら隼人君のせいだ~」
明らかにイライラの感情を含ませた低い声に戸部はそれ以上、追及しようとせず、布団の中に潜りこんだ。
Y……パッと思い浮かぶだけで数人はいるがそんな事よりも俺は葉山のあの言葉に驚きを隠せないでいた。
葉山は良い奴……どこかそんな思い込みにも似たようなことを思っていた俺は葉山が発した他人を潰す勢いのある言葉を聞き、驚いた。
そんな驚きを抱きながらも俺も眠りについた。
全員寝静まった時間、俺ふと目を覚ましてしまい、何とか1人で立ち上がって外の空気を吸うべく、バンガローから起こさないように静かに抜けだし、真っ暗な中を月明りを頼りに歩いていく。
バンガローから少し離れた所で人影を見つけ、目を凝らしてその人影を見てみると雪ノ下雪乃が夜空を眺めながら小さく歌っていた。
……静かな高原のせいなのか、いつもよりも雪ノ下の姿が神秘的に見える。
人に見えないバリアを張り、必要以上には近づこうとしない……。
「比企谷君?」
「よく分かったな」
「歩き方で分かるわ」
そりゃそうか。本来普通の人間が歩いている姿はまっすぐだが恐らく俺の歩く姿はどちらかに偏っているのだろう。
「星……見てたのか」
少し視線を上げて見れば上空には満天の星空が広がっており、天然のプラネタリウムとも言えそうなくらいに星々が輝きを発している。
千葉村の夜はほぼすべての電気を消える。だから都会と比べて星が多く見える。
「いいえ。そう言うわけではないわ……あの後三浦さんが突っかかってきたから論破し続けたら泣いてしまったのよ。だから外で時間を潰しているの」
うわぁ……普段から論破され慣れていない三浦の耐性がなさ過ぎたのか、それとも雪ノ下の言葉もマシンガンの威力が強すぎたのか……だがさしずめ、雪ノ下でも涙には弱いらしい……俺もなんかあったら泣こう。
「葉山とは知り合い……なのか?」
「鋭いわね……ええ。小学校が同じで親が仲が良く、彼の父親がうちの会社の顧問弁護士なのよ。彼のお母さんは医者をやっているわ」
生まれながらにして人の上に立つ才能を持っている人間か……それはもう両親からは期待をされて育ち、その期待を裏切ることなくしてきたんだろうな。
雪ノ下雪乃と同じような境遇でありながらベクトルが全く違う……。
「親同士が仲いいと面倒だな」
「そうなのでしょうね」
「他人事みたいな言い方だな」
「昔から人の前に出るのは姉さんだったから……私はずっとその後ろに隠されていたもの……だから」
そう言いながら雪ノ下は俺を……どちらかといえば俺の足に視線を向け、暗がりの中見えない表情を浮かべながら少し、見てくるがまたすぐに目を離した。
……やはり雪ノ下雪乃は俺に対して何かを抱いている……恐らく何か申し訳なさそうなものに感じる。
「自分で出ようとは思わなかったのか」
「……そうね。それはなかったわ」
「…………」
「そろそろ戻るわ」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
雪ノ下雪乃は静かに帰っていく。
翌日の朝、俺達は小学生のいないガラガラのビジターハウスで朝食をとっていた。
「お兄ちゃん、お代わりは?」
「いや、いらね」
口数は少なめに各々、10分ほどで準備された朝食を食べ終わり、温かいお茶を啜っていた。
今頃小学生たちは屈託のない笑顔を浮かべてこの大自然の中を縦横無尽に走り回り、自然に好奇心を炊きあがらせ、虫取りや自然観察に没頭しているのだろう。
「朝食は食べ終わったみたいだな。今日の予定について話しておこう。小学生は今日一日は自由行動、夜にはキャンプファイヤーと肝試し大会があるらしい」
「俺らが脅かす役か」
「あぁ。衣装は準備してくれているらしいからそれを使ってくれ」
キャンプファイヤーつったらあんまり良い思い出ねえな……炎を囲って全校生徒で手をつなぎましょうと言われ、隣の女子と手をつなごうとした時、「別に手、つながなくていいよね?」と言われ、一か所だけ先生が入るという公開処刑を受けた記憶しかない。
説明を受けた後、キャンプファイヤーの準備をするべく、連中は外へ出向くが俺はいても居なくてもいいのでボーっと1人、ビジターハウスで座っていると扉が開かれ、目の前に鶴見留美が座った。
「……部屋戻ったら誰もいなかったからこっちに来ればあんたがいるかもって」
えげつねえ……小学生はブレーキが弱いからな。
「……写真。どうすんだよ」
「適当に嘘ついて誤魔化す……自然の写真はいっぱいとったし」
「……なら俺と写真撮るか?」
「いらない」
けっ! 最近の小学生は可愛げがないねえ。お兄さん・お姉さんに写真、一緒に取ろうかって言われたら俺が小学生だった頃は喜んでとってもらったぜ……ま、写真を後の日に見た母親は複雑そうな顔してたけどな。
「ねえ、思ったんだけど中学受験したら」
「やめとけ。金をドブに捨てるようなもんだ」
「……なんで」
「一度ボッチになった奴は人との関わり方を忘れるんだよ……いわゆる普通の接し方ってやつだな。その普通の接し方を忘れてるんだから外部に行こうが結果は同じだろ」
人というものは面白いところがあり、少しやっていないだけですぐに頭の中から消えてしまうのだ。
いじめ被害者が社会復帰できないことが多いのは他人との関わり方を忘れたからであり、ボッチが高校デビューするも失敗することが多いのは他人との距離を測ることができない故にだ。
「そっか……」
鶴見留美の表情は芳しくない。むしろ今にも泣きそうなものだ。
本当は元の関係に戻りたいのだろう……だが、その方法が分からない。
…………人間って面倒くさい生き物だな。