やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第2話  由比ヶ浜のクッキーはすごい

「…………」

 奉仕部仮部員生活2日目の今日、俺達の間にはもちろん会話などなく向こうさんは文庫本を読み漁り、俺は机といすを用意してもらい、参考書を片手に勉強していた。

 俺は中学の卒業前に事故に巻き込まれ、長期間入院した。結果、勉強が遅れることになったわけだが幸いにも意識は取り戻したのでベッドの上にいる間はずっと勉強をした。そうしたらあら不思議、勉強の面白さというものに気づいてしまい、リハビリの合間に単語帳を読み、週刊少年誌ではなく参考書を読むようになり、ラノベではなく一般文芸と言われているような本を大量に読み漁るようになった。

 結局、遅れを取り戻すどころか3年間の勉強が終了してしまい、今は常に参考書を読むという元武闘派ボッチだった俺とは思えないくらいの知的派ボッチに変身したのだ。

 だがそんな知的派ボッチの俺が解けない問題がある……ここの部活の趣旨が全く分からん。

 昨日も今日も誰かが来る様子はない。マジであの戦いの義みたいなのはなんだったんだ。

「どうぞ」

 そんなことを思っていると弱弱しく扉を叩く音が響き、扉が小さく開かれるとその隙間から体をよじらせていまどきの女子高生な女子生徒が入ってきた。

 膝丈よりも短いスカート、3つは開けているであろうブラウス、そして脱色かは知らないが明るめの茶髪にネックレス……校則オール反逆者め。

「え、えっと平塚先生からここに行けって言わ……ひ、ヒッキーじゃん!」

「…………」

 俺は後ろを振り返るが俺の背後には誰もいない。つまり彼女は俺を指していることになる。

「……どちら様?」

「えー! 始業式の時にいっぱい話したし! ほら、覚えてない!?」

 悪いがこんなハイテンションな女子とは交友関係はない……というかすべての奴らと交友関係はない。

 必死に2年生の始業式の日を思い出すが目の前の女子の顔が全く思い浮かぶどころか声すら思い出せず、もう一度彼女の顔を見てみるが全く覚えがない。

「覚えてない」

「ひ、ひっどー! かなり喋ったのに」

「由比ヶ浜さん……だったかしら」

「あ、私の名前、知ってるんだ」

 どうやら女子の間で彼女に知られていることが1つのステータスらしく、由比ヶ浜と言われた女子は少し頬を赤くしながら笑みを浮かべた。

「平塚先生に言われてきたんだけどここって生徒の御願いを叶えてくれるんでしょ?」

「正確に言えば違うわ。ここは願いを叶えるまでのプロセスで困ったことがあればそれを手助けする場所。飢えた魚にそのまま手渡しで餌を与えるほど甘くないわ」

「な、なるほど」

 今のどう考えても甘えるなボケ! としか聞こえないのは俺だけだろうか。それともただ単に俺が深く考えすぎているのだろうか。

「で、貴方の依頼は何かしら」

「あ! えっとね、実は……友達にクッキーを作りたいなって」

「出た。なれ合いイベント」

「ヒッキー、ひっど。そんなんだから友達いないんだよ!」

「友達オールフリーだ」

「彼は放っておいて続けましょう。要するに私たちはクッキーの手伝いをすればいいのかしら」

「う、うん。ちょっと私、お菓子とか作った経験ないから。良いかな?」

「承ったわ。貴方は後で家庭科室に来てちょうだい。その間に私たちで準備をしておくわ。じゃ、行きましょう」

 ここ千葉市立総武高校は少し歪な形をしている。上空から見下ろすと漢字の口と同じ形をしている。

 校舎に囲まれた中心部分がリア充のためのリア充によるリア充の聖地である中庭があり、道路側に教室がありそれに向かい合うように特別棟がある。奉仕部部室があるのも特別棟。

 両足がある連中からすれば少し遠い場所だが杖が生活必需品の片足の俺にとって特別棟はとても遠い。

 さらに言えば部室は3階、家庭科室は1階だ。これもまたしんどい。ケンケンで行けよと言われるがそれは無理な話だ。俺の右足にはほとんど力が入らない。ケンケンができるのは足に力が入ってこその芸当だ。

 よって俺は階段昇降が大っ嫌いだ……だが、そうしないと日常生活を送れないため、若干諦めている。

 部室を出て階段の手すりを持ち、ゆっくりと降りていく。

「今度、雪ノ下に階段降りる際は手伝ってくれって言っておこう」

 結局、10分ほどかけて3階から1階へと降り、家庭科室へ入ると既に2人はクッキー制作に取り掛かっていた。

「遅かったわね。ゾンビ君」

「悪いが今度から階段を使う際は手伝ってくれ。そうしないと毎回こうだぞ」

「……失念していたわ。今度から気を付けるわ」

 丸椅子を近くに寄せ、底へ座って由比ヶ浜の手際を見ていく。

 着慣れていないであろうエプロンの結び目周辺は何度もやり直したような皺が残っており、肩の部分は大きくずれていた。

 ま、最近はエプロンつけない人も多いし仕方ないか。

 まずは生地の大本と言っても良い小麦粉の袋を手に取り、ボウルを傍に寄せ、近くに置かれていた計量器には目もくれずにそのままドバっと小麦をぶち込み、雪ノ下が止めに入ろうとするがそれよりも早くに卵を力強く小麦粉が入っているボウルにぶつけ、殻ごと卵を割った。

 

 

 

 

――――――5分後。

「…………問題です。物体Xを答えなさい」

「クッキーだっし! 馬鹿にしないでよ」

「……この世に解けない問題はないと思っていたけれど……解けないわ」

「2人して~」

 出来上がったのは歪な形をしている真黒な物体X。それから発せられる強い苦みのある臭いはブラックコーヒーの臭いがほのかにするし、バニラエッセンスの臭いもする。まさに甘さと苦みの融合……いや、シンクロか? いやはたまた最近新しく出たというエクシーズ! まさに複数で1つのモンスターだ!

「毒味担当。お願いするわ」

 そう言って雪ノ下に手渡されたのは10個作られたうちの8個。残り2つは女子一人づつだ。

「ちょっと待て。何、この男女格差。今格差が問題になっているのにこんなの良いの?」

「問題になっているのは経済格差よ。貴方それでも現代を生きる人間……失礼、ゾンビ?」

 こいつ、わざわざ言い直しやがったぞ。

「…………水を用意してくれ。あと後ろ向いててくれ」

 女子2人にそう言い、2リットルのペットボトルを片手にまずは1つクッキーを手に取り、口の中へ入れて舌にクッキーが触れた瞬間、一瞬で脳髄まで苦みが達し、思わず吹き出しかけるが慌てて口を押え、水をがぶ飲みして流し込んだ。

 ……劇薬だ。これほど劇薬と言っていいクッキーはない!

 俺はそう思いながらひたすら水と精神を消費し、何とかクッキーという名の物体Xを食べきった。

「……ヒッキー、なんだか痩せた?」

「あぁ……痩せたよ」

「由比ヶ浜さん。貴方料理の経験は?」

「ん~。カップラーメンならあるよ!」

 それは料理とは言わん。準備というのだ……仕方がない。

「由比ヶ浜……さん」

「由比ヶ浜でいいよ。ていうかさん付けって今時ないよ」

「……由比ヶ浜。俺が本物のクッキーて奴を見せてやる」

 立ち上がり、丸椅子を調理器具が置かれているテーブルの近くへ持っていき、動かない足を壁にもたれながら両手で何とか関節を曲げ、膝を椅子の上に置き、机の前に立った。

 それからは会話もすることなく、ただひたすらクッキーづくりに集中し、必要な工程をこなしていく。

 そして誰もしゃべらない事10分、オーブンから設定した時間を超えたことを知らせる音が鳴り響き、クッキーを取り出すと横で由比ヶ浜が小さく驚嘆の声を上げた。

「俺スペシャルクッキーだ。召し上がれ」

「い、いただきます!」

 由比ヶ浜は表情を明るくしながら、雪ノ下は何故か不安げな表情のままクッキー1つを手に取り、口の中に入れて咀嚼を繰り返すと同時に互いの顔が変化した……というか絶望しきった表情になった。

「……お、女として負けてはいけないところで負けた気がするわ」

「ヒッキー女子力高すぎ!」

「俺には妹がいてな。妹がクッキー好きすぎるんだよ。で、終いには高いクッキーに手を出そうとしたから俺が作ってやるって言って勉強すること1年……長かった」

「……素直に認めるしかないわね……ゾンビに負けたなんて恥ずかしくて言えないけど」

 こいつはツンデレという名の負けず嫌いと言う事にしておけば精神的ダメージも減る。

 そう思っていると突然、由比ヶ浜が俺の両手を握り、顔を近づけてきた。

「な、なんでしょうか」

「ヒッキー! いや、師匠! 私にクッキー造りを伝授してください!」

「……ふん。貴様ごときにこの俺の弟子が務まるとでも?」

「やってみせます!」

「……俺は厳しいぜ、由比ヶ浜」

 

 

 

 

 

 

 

――――10分後。

 マンガでよくあるコントを繰り返したことを後悔していた。

 俺は手とり足とり、クッキーの作り方を伝授し、さらには隣から雪ノ下が補助していたというのにもかかわらず、由比ヶ浜お手製のクッキーはさっきと同じように物体Xと化していた。

 ……おかしい。2人で補助したのに何故、物体Xが作られるのだ。

「お前は銀髪天然パーマが主人公のマンガの眼鏡少年のお姉さんか」

「? 何話してるの? なんかヒッキー怖い」

「いや、知らないならいい」

「でも、味は悪くないわ」

 そう言いながらポリポリと音を立てながら雪ノ下が物体Xを食べていたので俺も1枚手に取り、勇気を振り絞って食べてみると確かに先程の脳髄直撃するような苦みはなく、整った味をしていたし、色は相変わらず真黒だが全然粉っぽくないし、むしろ食べやすい。

「ハァ……やっぱり私って才能ないのかな……やっぱやめようかな」

「……そうやって言うの辞めてくれないかしら、ひどく不愉快だわ」

「え?」

「全てを才能がないことを所為にして自分が出来ないことを正当化する……それは愚行よ。誰がゾンビ君と全く同じのクッキーを作りなさいって言ったのかしら。彼も言っていたでしょ。1年間勉強したと。今日、初めて作り始めた貴方が彼と同じものを作れるはずがないでしょう」

 彼女の言う事に由比ヶ浜は顔を俯かせ、エプロンの裾をギュッと握りしめていた。

 雪ノ下が言ったことは正しい。自分の才能がないと言う事で正当化する……由比ヶ浜はそんなつもりではなかったかもしれないが彼女にしてみれば愚行そのものに見えたんだろう。

「……か、かっこいい!」

「「は?」」

 顔を上げた由比ヶ浜の表情は今までに見たことがないくらいに非常にキラキラしていた。

「い、今結構キツイことを言ったのだけれど」

「ううん! 確かにきつかったけどなんか本音って感じがした! 本当に言いたいことが頭の中にボカーン! って入ってきてかっこよかった!」

 予想だにしていなかった反撃に雪ノ下はたじろいでいた。

 そりゃ、キツイことを言った後に尊敬のまなざしを向けられることなんて今までになかっただろうしな。

「ありがとうゆきのん!」

「な、何かしらそれは」

「雪乃だからゆきのん! ありがと! おかげでなんかわかった気がした!」

 ……何もわかってねえな。爆死するのは見えてるから少しそのフラグを折りますか。

「2人とも10分ほど席をはずしてくれ。俺が本物の手作りを見せてやる」

 2人は顔を合わせ、不思議そうな表情を浮かべるがとりあえず家庭科室から出ていった。

 ……さて。この間に帰るのもありだがそうするとあいつが爆死して同情せざるを得ない高校生活を送るかもしれないのでとりあえずはいるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――10分後

「お待たせ。これが本物のお手製のクッキーです。ほい」

 俺は2人に黒く焦げたクッキーを1枚ずつ渡した。

 2人は先程の俺のクッキーとは違う色をしていることに疑問を抱きながらもそのクッキーを齧るとどこか顔を歪ませながら食べていく。

「なんか……さっきと比べてまずい」

「そうね。でも普通においしいわ。食べられないわけじゃないわね」

「良かったな、由比ヶ浜」

「ほぇ? これヒッキーのじゃん」

「別に俺は自分が作ったとは言ってねえぞ。これはさっき由比ヶ浜が作ったあまりだ」

「……これが本物のお手製と関係あるのかしら」

「……これは聞いた話なんだがな。中学生のある時、女子にチョコをもらったそうな。そのチョコは非常に歪な形をしていて美味しそうには見えなかったがその男はお礼を言いながら食べたそうだ……そしてこういわれた。それ、妹さん宛の友チョコなんですけど……ってな」

 聞いた話を喋り終わると何故か二人とも憐みの表情で俺の方をジーッと見てきた。

 ……雪ノ下にはばれると思ったががまさか由比ガ浜にもばれてしまうとは。

「かわいそうな話ね」

「ヒッキー、ガンバ!」

「とりあえず、人の味覚はそいつの気持ち次第でいくらでも変わるってことだよ」

「そっかー! そう言えば大切な人から貰った少し不味そうなお菓子でも頑張って食べることあるし」

「……ま、これには前提条件としてあげる奴が渡す奴を友達として認識していればの話だけどな」

 友達だと認識しているからこそ送られたものがたとえ歪なもので美味しく見えなくても我慢し、それを食べることがあるが友達だと認識していない赤の他人から不味そうなものを貰ってもごみ箱に捨てるだけ。

 まあ、クラスのリア充共とつるんでいる由比ヶ浜には関係ない話だろうけど。

「……そっか。ありがとう、ゆきのん、ヒッキー。私、もっかい自分で作ってみるね! ばいばい!」

 そう言って由比ヶ浜は鞄を持って家庭科室から出ていった。

「……これでよかったのかしら」

「相手が納得すれば良いでしょ。相談に来た奴らを片っ端から変える義務なんて俺らにはないし」

「確かにそう……だけど限界までやることで彼女のスキルが上がれば依頼は解決するんじゃないかしら」

「……ま、たまには依頼者自身が解決することだってあるってことだよ。先生に聞こうとした直前に問題が解けたってこともあるんだからさ」

 


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