やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第18話  今日は八幡の日。

「お、おにい」

「黙らっしゃい」

 学校も夏休みに入った今、俺は鬼を背後に召喚しながら妹との夏休み勉強講座を開いている。

 毎年、夏休みになると学校から出された夏休みの宿題を一緒にやったり、分からないところがあれば辞書で調べたりなどをして時には2人でゲームをして休憩しながら楽しくやっていた。

 だが、今は違う。小町はもう受験生となり、夏休みの宿題は俺の指令で夏休みに入る前に自由研究以外は全て終わらせ、今は受験勉強をしている。

 そう……俺はようやく小町に復讐をしているのだ。

 こっぱずかしい着メロを公衆の面前で鳴らされること2回、俺のベッドに無断で入ること数え切れず。

「さ、流石に偏差値58の高校の過去問は難しいよ~」

 総武高校を受験する小町を国際教養科も視野に入れた勉強でしごいている。

「小町。偏差値58だろうが60だろうが中学生に解けない問題は出ない。さ、やったやった」

「うえぇぇん」

「あたっ! カマクラ、てめえ」

 足に衝撃が軽く走り、テーブルの下をのぞき込むと不機嫌顔をしたうちの飼い猫、カマクラが俺の左足に向けて猫パンチを連続で繰り出していた。

 なんだその108マシンガンは。そのうちキングダムセイバー! とか言うなよ。

 ちなみにあの時は足技じゃねえのかよ! って突っ込んだけどな。いや、それ以前にソウルバスター! とか言って足からエネルギーは出してる時点でぶっ飛んでたが。

 ちなみにカマクラは俺には懐いていない。妹にはよく懐いているんだがな。

「ねえ、カマクラフニフニしていい?」

「……仕方ない。5分だけな」

「わーい! カー君!」

 さっきまでの不機嫌顔はどこへ行ったのか、まるで戦争に行って帰ってきたご主人を派手に迎える犬の様に互いに顔を合わせ、肉球をフニフニしたりキスの雨を降らしながら疲れを癒していく。

 ちなみに犬のあの話は思わず泣いてしまった。ずっと離れていたのに盲導犬を引退し、パピーウォーカーの家の近くに帰った瞬間、歩く速度を速めた時はもう泣いたね。

 俺は無派閥だが犬のあの主人に対する忠誠心は感心する。

 偉い人は言ったそうな。自分の頬を舐めてくれる子犬以上に効く精神治療はないと。

 石鹸の味を知らない奴は犬を洗ったことがない奴だ……あぁ、泣けるぜ。

「とりあえず俺が本屋行っている間に終わらせておけよ」

「はぁ~い」

 杖を持ち、左足はいつもの靴を履き、動かない右足には母親が改造してくれた俺専用のスリッパを履き、外へと出るとアブラゼミの鳴き声と共に蒸し暑さが俺に覆い被さってくる。

「あっつ……」

 用もなくこんな蒸し暑い日に出かけたりなどしない。俺は本屋に参考書を買いに行くのだ。

 俺ももう1年したら受験生。

 不安がないとは言い切れないのでその不安を解消するべく、こうやっていつも参考書の問題を解く。

「……いつからなれ合いを嫌うようになったんだっけ」

 ふと思い出した。

 俺でもボッチー! と叫んでこの世に生まれたわけじゃない。元々は俺とて普通の少年だったのだ。

 だが小学校・中学校において様々なことと直面し、今に至る。

「なれ合いは麻薬……良い言葉だよな」

 世界は人間1人消えたところでその動きを止めない。

 たった1人の命などさほど問題ではないのだ。毎日、ニュースで人が死んだ、と伝えられるがそれでいったい何人が悲しむ。日本人口からすれば1パーセント以下だ。

 どこかの団長も言っていたじゃないか。自分1人はなんてちっぽけなんだと。

「あれ、比企谷君じゃん」

「ん?」

 後ろから声をかけられ、振り返るとThe・サマースタイルと言ってもおかしくない格好の由比ヶ浜と三浦が立っていた。

 由比ヶ浜はサンダルを履き、薄手の服にホットパンツ、三浦は踵のかなり高いミュールを履き、背中が大きく開かれた黒のミニスカワンピをあでやかに履いている。

「んだ、ヒキオじゃん」

「2文字しか合ってねえ」

「あ、結衣。海老名に電話してきてよ」

「オッケー!」

 三浦からのお願いという名の命令を嫌な顔一つせず、由比ヶ浜は遂行するために俺達から離れた所で電話をポチポチと触る。

 話し相手もいないので俺は行くとしましょう。

「ちょ、まった」

「なに?」

「……そ、そのありがと」

 ……俺はいつの間にスクールカースト上位の奴にお礼を言われるくらいに偉くなったんだ?

「結衣と仲良くなれたのはあんたのおかげだし、隼人から聞いたけどチェーンメールもあんたがやってくれたんしょ?」

 葉山の奴……あいつは良かれと思っていったんだろうが俺からすれば最悪の一言だ。

「それだけ」

 そう言い、三浦は由比ヶ浜の元へと戻っていった。

 ……俺も本屋に行くとしよう。

 蒸し暑いのを我慢しながら歩くこと5分、ようやく本屋に辿り着き、中に入ると冷気が一気に全身に吹きかけられ、熱くなっている体が一気に冷やされていく。

 あぁ、エアコン最高。

 参考書コーナーへ行き、良いものは無いかと品定めしていると後ろからぶつかられた。

「あ、すみま……あ」

「……川なんとかさん」

「川崎だ」

 後ろにいたのはあのマイシスターといい感じに仲が良い川崎大志の姉の川崎……下の名前は忘れた。

「あんたも参考書買いにきたの?」

「ん。で、大志は元気か」

「まあ、元気っちゃ元気」

 そうか……あ、今思い出したけど俺が傷ついた分の奢り、まだ貰ってねえ……でも、ジンジャエール奢ってもらったからな……仕方ない。無しにしてやろう。

「あ、あんたのおかげで助かった……あ、ありがと」

 ……なんだなんだ? 今日は八幡の日なのか? お礼を言われまくる日なのか?

「スカラシップ、取れたのか」

「まあ、一応」

 勉強の熱意があると集中の質も変わるって聞くしな……。

「あんた夏期講習とか取らないの? 国公立理数系で雪ノ下は見かけたけど」

「とらない。俺はあんなもやしみたいにギュウギュウの所にいるのは嫌いなんだ」

「もやしってあんた」

「実際問題、家で勉強していても変わらないし、分からない問題があれば参考書で調べれば良いし。とにかく俺はお鍋の具みたいに一色たんに入れられてぐつぐつ煮込まれるのはご免だ」

「なんか変わってるし」

 もやしだってお鍋に入れたら美味しいんだぞ。確かに煮込みすぎるとうわぁ、ってなるけどサッと湯通し位なら普通においしいんだぞ……あれ? これって鍋に入れる必要なくね?

「それに俺、一般入試で奨学生になって授業料タダ狙うし」

「……なんか本当に取りそうで逆に怖いな」

 どの道、親は納得しないだろうけどこの状態の俺は家を出て1人暮らしって言うのも難しいから必然的に徒歩、もしくは電車で行ける距離になる。そして授業料タダを狙えるところと言えば私立だろ。私立は国立よりも授業料は高いけど設備は良いところが多いし、授業料タダで入れば猶更いい。一粒で2度おいしい。

「授業料タダ+アルバイトもしない……これこそ理想のヒモ」

「いや、そこで力強く言われても……じゃ、また」

 そう言い、川崎……なんとかさんは1冊の参考書をもってレジへと向かった。

 ……なんかいいもの無いかな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ああぁぁぁぁ!』

 ……うん。やはり最終回のこの武器を叩き付け、叫びをあげながらラスボスにキックを食らわせるシーンは何度見ても心に響きますな……何故、今時の少年少女たちは妖怪に集中するのだろうか。

 やはり子供心は分からないな……これも妖怪の仕業か。

「終わったぁぁぁぁぁ!」

「お疲れさん」

「あぁ~過去問難しかった」

「でも解けたろ」

 夏休みが始まって2週間余り。小町は勉強を黙々とこなし、俺は朝のテレビ劇場で再放送のアニメを見るという天国のような生活をしている。

 1日パジャマのままテレビの前でボケーっとする……これを毎日年単位で繰り返すことが出来ればもう俺は何も言うまい。

「ん? メール?」

 またどっかのレーベルからの新刊案内だろうか……ところで女性にしか動かせないものを動かしたあのラノベはもう出ないのだろうか。案外、主人公の出生が気になるんだけどな。

「平塚静……」

 俺は送り主を確認し、スマホをテーブルに置き、テレビに視線を戻した。

 これでいい。メールなんてものはいくらでも相手を騙すことができる。

 俺は中学時代、とある行事の実行委員に何故か選ばれてしまい、その時の相方の女の子と人生で初めてメールアドレスを交換した。 

 そして勇気を振り絞り、その子に「これからよろしく」とメールを送り、ウキウキ・ワクワクと待っていたのだが気づいたときは朝だった。

 そして返信を確認すると来ており、寝落ちしたことを後悔しながらメールを開いた瞬間、俺は絶望したね。

『ごっめ~ん★寝てた』

 それ以降、俺はメールを誰にも送らないことにしている。

 こうすれば相手を怒らせず、かつ穏便に人との関係を終わらせることができる。

「あ? また?」

 再びスマホが震え、画面をチラッと見てみると今度は先生から電話が来ていたが聞こえないふりをし、放置しているとスマホの震えは止まった……が、その直後に凄まじい勢いでメールが送られ、さっきからスマホがユーガ、ユーガ、ユーガと連呼している。

「……な、なんなんだよ」

 恐怖を抱きながら起動するとなんとメール件数98件、通話件数22件。合計で120回も俺に連絡が送られているぞという表示がされていた。

 お、おいおい。メールボンバーでも贈られたか? あ、でもあれは1万通来るんだっけ。流行ったよな~。嫌いな奴に送って携帯をフリーズさせる奴……おかげで俺が疑われたけどな。けっ!

「平塚静です。メール見たら返してください……奉仕部の夏休み中のことに関してなのですぐに、出来れば今すぐにメールを返してくれると助かります……もしかしてまだ寝てますか(笑)……電話に出て……電話でろ……お、俺はいつの間に平塚先生に死ぬほど愛されてるんだ? 怖いよ、つか……怖い」

 恐怖で手を震わせながら俺はスマホの電源を落とした。


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