やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー 作:kue
東京わんにゃんショーの会場である幕張メッセから少し歩いたところに施設複合型のショッピングモールが存在する。そこは以前まではレジャー施設だったんだが売り上げが悪いと言う事で施設複合型のショッピングモールに改造してみればあら不思議。千葉で一番売上が良いショッピングモールへと変貌した。
そのショッピングモール内に入り、俺達は案内板の前で唸っていた。
「どこへ行けばいいのかしら」
「調べてなかったのかよ。ていうか何を買いに来たんだ」
「由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントよ」
「……なんでまた」
「……彼女がいた2ヶ月間。私は悪くないと思っているの……だから今までのお礼を兼ねて由比ヶ浜さんの誕生日プレゼントを渡そうと思ってきたの」
こいつが他人と一緒にいて楽しいと思う事はそうそうないことだろう。雪ノ下雪乃は国際教養科の中でも異色を放つ孤高の存在だ。決して誰かと群れず、1人で歩いていく強さがある。
だから本当に悪くないと言えば悪くないのだろう……対して俺は? 答えは……Yesだ。
あいつといた時間は正直、楽しかった。
「…………とりあえず見て回るか」
「そうね」
歩きはじめ、周りにある店を見ながら由比ヶ浜のプレゼントに合うものを探していくがやはりそこは一般人とは価値観が離れている女子高生とボッチの俺。そうそう見つからない。
「で、何を買うんだよ。プレゼントつってもいろいろあるだろ」
「そうね……服は一度考えたけれど彼女の好みが分からない以上、迂闊に服は渡せないわ」
「となるとアクセサリーとかか?」
「……私が分かるとでも?」
「これは失敬……」
由比ヶ浜に合うプレゼントはない物かと考えながら歩いていると不意に由比ヶ浜が最近、お菓子作りを始めたと言う事を思い出した。
……エプロンとかでいいかもな。
「なあ、雪ノ下……ってあれ?」
横を向くが彼女の姿が見当たらず、周囲を見渡してみるとゲームコーナーに置かれているUFOキャッチャーの方をジーッと見ていた。
ばれない様に近づき、彼女が見ている方向を見てみると凶悪な目と鋭い爪、そして口から鋭い牙をはやした物々しいぬいぐるみ・パンダのパンさんが置かれていた。
東京ディスティニーランドの人気マスコットキャラがパンダのパンさん。その凶悪な姿は最初、酷評を買っていたのだが何故か人気が爆発し、千葉県民ならおなじみという地位まで上り詰めた。
「お前、欲しいの?」
「っっ。な、何を言っているのかしら。行きましょう」
雪ノ下が先に歩きはじめ、少し距離が離れた所で俺はすばやく100円玉を入れ、アームを操作してパンダのパンさんをガシッと掴ませるとアームが自動的に商品出口に落とされた。
小さい頃、小町に散々お願いされた結果、今では商品の位置さえわかればとれるくらいにまでなってしまった……ま、この地位に至るまでに一体いくつもの百円玉が飛んだか。それと同時に妹の策略に気づいたときは流石に殺意が湧いたな。
「遅かった……」
商品を持ち、雪ノ下に合流すると不満げな言葉を漏らしながらこちらを振り向いた瞬間、言葉が詰まり、凄まじいくらいの欲しい欲しいオーラを発しながら俺の手を見てくる。
「そ、そう……とりあえず一旦、休みましょうか」
近くに設置されているベンチに座るがさっきから隣の人の視線が凄い。
「……欲しいの?」
「っっ。いいえ」
そう言い、プイッと他の方向を向くがチラチラっとこちらを見てくる。
……そろそろ苛めるのは止めるか……にしても……不覚にも可愛いと思ってしまった。
「やるよ」
「……じ、自分の糧は自分で」
「あっそ」
「あ」
「……素直じゃねえな。やるよ、俺あまり好きじゃないし」
そう言い、彼女に無理やり君に渡すとフニフニと触り心地を確かめた後、思いっきりギュッと抱きしめた。
っっっ! い、今俺の隣にいるのは本当にあの雪ノ下雪乃なのか!? 別人じゃないのか!? あのピンク色のスライムが変身したんじゃないのか!? ちなみに18禁二次創作で超エロい作品がある。俺は好きだ。
「……」
ようやく自分の世界から帰ってきた雪ノ下はいつもの通り、涼しい顔をするがぬいぐるみを抱きかかえている様を見るとそのギャップが凄まじい(良い意味で)。
「なあ、由比ヶ浜のプレゼントエプロンでいいんじゃないのか?」
「どうして?」
「あいつ、お菓子作り始めたって言ってたろ……だからエプロンでいいんじゃないのか? 後は適当に安い小物とかを付ければ十分だと思うけど」
「そうね……それ以外に思いつかないからそれで行きましょうか。立てる?」
「お、おう」
……なんか今日の雪ノ下、いつもよりも優しく感じるのは気のせいか? 階段とかじゃなくて立ち上がる時に言われたのは初めてな気がする。
雪ノ下に少し違和感を抱きながらも近くの店に入り、彼女の後ろをついていきながら店内を散策するがどうもさっきからチラチラ見られている感じがし、チラッと後ろを振り返るといつの間にか店員が1人、俺の後ろをごく自然を装いながらついてくる。
「比企谷君。これ、どうかしら」
そう言われ、前を向くと黒いエプロンを着た雪ノ下が立っていた。
「良いんじゃねえの? 似合ってると思う」
「私に対してじゃなくて由比ヶ浜さんに対してなのだけれど」
そう言えばそうでした。
「……由比ヶ浜って黒とかじゃなくてもっとホワホワ系じゃないか? フリフリとかある奴。あいつの雰囲気的にもそんな感じだろ」
「的確過ぎて何も言えないわね」
逆を言えばどっちつかずって事だからな。だが少なくとも由比ヶ浜が落ち着いた色の服を着ている様子は俺は思い浮かべることができない。
どちらかというとさっき言ったみたいにふわふわした奴を着ている気がする。
「じゃあ、これかしら」
雪ノ下が手に持って見せてきたのはピンク色を基調としてポケットが両サイドに1つずつ、前に四次元ポケットのような大きなポケットが一つ付いたもの。
「それでいいんじゃねえの? 俺、あそこで待ってるから」
杖を突きながら店を出て外にある大きな円形のふわふわソファに座り、杖をソファに立てかけた。
今日はかなり歩いたな……明日・明後日は右ひざを休めるためにも余分な外出は控えるか……ここのところは関節痛も出ないし、良好だな……足以外は微妙だが。
「すっごーい!」
後ろから甲高い声が聞こえ、振り返ると3、4歳程度の男の子が円形のソファを駆け巡っており、近くにいる母親らしき女性は注意もせずに眺めている。
いや、子供は興奮するものだろうから声に関しては言わねえけど公園と同じように走らせちゃいかんでしょ。そのうち足踏み外して怪我するぞ。
「とぅ!」
「……あっ!」
男の子が特撮ヒーローの様にソファからジャンプした直後、何かが折れたような嫌な音が聞こえ、慌てて杖を置いてあった傍へ視線を向けると折り曲げる関節の部分が綺麗に折れていた。
……さ、最悪だ。この杖高いんだぞ!
「か、勘弁してくれよ」
「う、うぅ」
「ん?」
「あぁぁぁぁん!」
子供の苦悶に満ちた声が聞こえ、子供の方を向くと目から涙をあふれさせ、辺りに響くような甲高い声を上げて泣き叫び始めた。
「ちょっと! うちの子に何するのよ!」
えぇぇ~。俺むしろ被害者の方なんですが。
「何もしてないんっすけど」
「何もしてなかったら泣かないでしょ!」
子供泣き叫ぶ声と女性の怒鳴り声が周囲の人間を野次馬へと変身させ、周囲に集めてくる。
「大丈夫? ちょっと! 謝罪くらいしたらどうなの!?」
「別に俺、悪くないんですが」
うぅ。やっぱり周囲の人間に見られながら誰かに怒鳴り散らされるのは嫌いだ……さっさと消えてくれよ。
「あんたがそんなとこに杖置いてるから悪いんでしょ!」
「い、いやだから」
「早く謝りなさいよ!」
女性が叫んだ瞬間、過去の記憶がフラッシュバックし、手が震え、嫌な汗がドンドン出てくる。
「い、いやだから」
女性の方をチラッと見てみるが怒り心頭と言った様子でどこかへ行くどころか俺が謝るまでこの場から動かない様子だ。
「……す、すみ」
「何か彼がしましたか?」
謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、肩に手が乗せられると同時に後ろから声が聞こえ、振り返ると会計を済ませたのか両手に袋を持った雪ノ下がいた。
「こいつがうちの子を泣かせたのよ!」
「と、言ってるけど」
「い、いや俺は何も」
「嘘つかないで!」
女性が叫ぶたびに体が反応し、ビクつく。
「でしたらお店の人に言って監視カメラを見せてもらいましょう」
「か、監視カメラ?」
「そこにちょうどあります。あの角度だとやり取りが収められているはずですので行きましょう」
雪ノ下がカメラを指さしながらそう言うとさっきまでの勢いはどこへ消えたのか周りの雑音に負けるくらいの小さな声でブツブツ何かを言っている。
「どうかしましたか? あなたのお子さんに彼が何かをしたのであれば良い証拠になると思いますが」
「も、もういいわよ。いこ、怖い人たちだね」
そう言いながら俺たちを睨み付け、女性が子供の手を引いて去っていくと周りの野次馬たちも徐々に消えていく。
「……悪い、雪ノ下」
「珍しいわね。いつもの貴方なら言い返すと思っていたのだけれど」
雪ノ下は関節から折れた杖を回収し、俺に渡した。
確かにいつもなら文句の1つだっていうさ……でもあれは一対一で、しかも同世代と話す時だけだ。さっきの状況みたいに大勢から見られている中で誰かに怒鳴り散らされた時にはもう文句の1つも言えない。
「予備の杖はもうないの?」
「あぁ。今日は小町がいたからな……悪いな、せっかく買い物に来たのに迷惑かけて」
「いいえ。もう買い物は終わっているのだし、迷惑なんて掛かっていないわ」
そう言いながら雪ノ下は俺の横に荷物を置き、ソファに座った。
俺はその間に小町にメールを送るがどうも今日の雪ノ下には違和感しか感じ得ない。
どう表現したらいいのか今1つわからないが確かに言えることはいつもとは何かが違う。そんな抽象的なことしか言えない何かを雪ノ下に感じる。
いや、まあパンダのパンさんのぬいぐるみを抱きかかえてなでなでしている様子もいつもとは違うんだけどそんな事じゃない何かなんだ。
「そんなに好きなのか、そのぬいぐるみ」
「パンダのパンさん……原作はハロー、ミスターパンダ。アメリカの生物学者―――――」
そこから長い長い、世界的パンダのパンさん研究の権威・雪ノ下博士によるパンダのパンさんの説明が始まり、ぬいぐるみについて質問したことを激しく後悔した。
掻い摘んで説明すればパンダのパンさんの原作を貰い、辞書を使って一つ一つの単語をパズルのようにあわせて読んでいくのがかなり楽しかったらしく、それ以来、大ファンになってしまったらしいとのこと。
「誕生日プレゼントだったのよ。だからいっそう愛着があるのかもしれないわ」
「なるほど……俺で言う特撮ヒーロー好きと同じと言う事か」
「それと一緒にしないでほしいわ」
「な、何を言う! お前、見たことがあるのか!?」
「ないわ」
「無いならぜひ見ろ。あれは素晴らしいぞ。最近はドンドン、ブルーレイ化されているから画質も綺麗になっているし、なおかつ話も良い。平成シリーズは大きなお友達も楽しめるような創意工夫が」
「あれ!? 雪乃ちゃん!?」
俺の特撮ヒーロー講座を邪魔する声が聞こえ、慌てて振り返るが俺はそれをすぐさま後悔した。
その女性は集団から抜けるとまっすぐこちらへと向かい、満面の笑みで俺たちに話しかけてくる。
「ね、姉さん」
そう。話しかけてきた相手とは雪ノ下雪乃の実の姉である雪ノ下陽乃である。
雪ノ下をソリッドな美しさとするならば姉である雪ノ下陽乃はリキッドな美しさである。
その人懐っこい笑みを浮かべながらグイグイ他人のパーソナルエリアに入ってきては他人の見えないバリを破壊し、その美貌と会話術で相手の恐怖心や警戒心を根こそぎ奪う。
何故、そんな人を知っているのかというと入院中に1度だけ俺のお見舞いという名の謝罪をしに来たときに1度見かけたのだ。
その時はさすがにこんな状態ではなかったがあんな状態でも俺は嫌いだ。
「…………彼氏~? このこの! いつの間に作ったの~?」
「姉さん……彼は同級生よ」
「またまた~! 隅に置けないんだから~!」
グリグリと肘で雪ノ下を攻撃していくが当の雪ノ下は鬱陶しそうな表情で見ている。
……チラッと見てくるくせに今日は妹がいるから話しかけてこない……そっちの方が俺的には良い。
「あ! パンダのパンさんじゃーん! 彼氏に取ってもらったの!?」
「だから彼は同級生だとさっき」
「そろそろ怒っちゃうかな~? だって雪乃ちゃんが誰かとお買い物なんて珍しいも~ん。でも羽目を外しすぎたらダメだよ? お母さんだってまだ1人暮らしのこと怒ってるんだから」
その瞬間、雪ノ下の全てが凍り付いた……いや、強張ったと言っても良い。
……雪ノ下だって女の子だ。怖いものの1つや2つあるだろうが……これは異常じゃないか?
「……姉さんには関係ないことよ」
「そうだね~。雪乃ちゃんは頭が良いから考えてるってわかってるよ。んじゃ、またね。比企谷君!」
そう言い、雪ノ下陽乃は嵐のように来て場をかき乱すだけかき乱し、元居た集団の中へと帰っていった。
「……私、姉さんに貴方の名前言ったかしら」
「……さあな」
俺は嫌いだ……男子の理想という強化型パワースーツを身に纏い、こちらの心には平気でズカズカ入ってくるくせにこちらがあっちの心の中に入ろうとすればモビルスーツに乗り込み、圧倒的な火力で侵入者を追い払う……あんな強化外骨格を身に纏った人と交友を深めたら確実に傷を負う……理想は理を想と書いて理想だ。現実と比べれば一目瞭然、その違いが分かる。
「お前の姉さん、The・褒められ人だろ」
「……ええ。姉さんにあった人は例外なく褒め称えるわ」
「お前とは違うタイプで他人を寄せ付けない。女の人って怖いよな。男が気付かないレベルの仮面を自由に着脱できるんだから」
「……なるほど。卑屈で偏屈だからこそ腐った部分を見抜けるというわけね」
「まあ、腐っているから光の違いが分かるんだよ……そう言えばさ」
「何かしら」
「お前、天使のラダー? なんか忘れたけどバーにいたじゃん。なんでいたんだ?」
「…………父に呼ばれてあいさつ回りに行っただけよ。あの時は姉さんが所要で外せなかったから」
なるほど。あの時雪ノ下の名前を呼んだのは親父さんか……誰かは分からなかったけど。
「……今日はありがとう。楽しかったわ……このお礼はいつか必ず」
――――今分かった。
-----雪ノ下雪乃は俺に対して何かを抱いている。