やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 片足のヒーロー   作:kue

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第1話  物語の始まりはこれじゃない

 青春とは嘘であり、悪である。青春とは建前という名のコンクリート製の家のようなものであり、その周囲には青春フィールドと言える不可思議のフィールドを張っており、たとえ自分にとって悪であるものでもそれに触れた瞬間、自分にとっていい経験だったと変換してしまうのだ……そう。まさに二次元実数空間の写像に負の数を入れたら何故か正の数になってしまったように……合ってるのか?

「ねえねえ、ここどうやるの?」

「あ、ここはね」

 良い例が俺の目の前で勉強会という名のイチャイチャタイムを楽しんでいるカップルの様にたとえ、男の体臭がくさかったとしても彼女は臭いと微塵も思わないだろう。何故か……青春フィールドが張ってあるからだ。

 図書室全体を見渡してみても同じようなことをしている奴らが大勢いる。

 ……やはりここは俺の勉強場所じゃない。

 そう結論付け、参考書をカバンの中に押し込み、机に立てかけてあった杖を持ち、動かない右足代わりにして図書室を出た。

 今から1年と数カ月ほど前、俺は事故に遭い、右足に障害を抱えてしまった。ちょうどそれが中学の卒業式の日だった。事故に遭ってから2か月、意識不明だったらしく起きた時はもう5月末だったんだがこれまた最悪なことに後遺症が判明し、日常生活を送れるようになるためのリハビリを3カ月行ったので結局、高校に初登校したのは2学期が始まってからだった。

 結局、俺はボッチであることが確定し、今に至る……ま、小学校も中学校もボッチだったから設定が引き継がれたようなものだけど。

「あ、久しぶり~!」

 後ろからかけられる声……普通ならば振り向くだろうが俺は振り向かない。

「ねえ、髪切った?」

「あ、分かる?」

「振られたの~?」

「生活点検に引っかかったの!」

 そう、こんな具合に俺ではなく、俺の前にいる友達に声をかけている確率が100%だからだ。

 俺はそれで中学生の時、反応してしまい、変な空気に見舞われた。

 講釈を垂れるのは止め、結論を言おう……青春とはなれ合いであり、麻薬である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで私、比企谷八幡は多額の慰謝料で年金が貰える年齢まで生きることができるので高校生活を振り返るも何もただ茫然とカビの様に生きていきます……ハァ」

 国語の時間に出された課題を読み上げた国語担当教師である平塚静先生は机の上に課題の用紙を置き、呆れたように大きくため息をついた。

 課題は高校生活を振り返って、および今後の未来について……という作文だった。

「比企谷。こんな作文を提出できると思っているのか? 私の評価が下がるわ」

「そんなこと知りませんよ。第一、本音を書くようにと言ったのは先生でしょ。俺は本音を書いたまでです」

「ふむ……初めて会ったあの日からずっと腐った魚のような目をしているな、君は」

「そんなにDHA豊富なら今後安定っすね」

「誰がbokeろと言った」

 なんだ。先生もこのネタ知ってたんすか……案外、最近の若者よりですね……生徒からの信頼も厚い。スタイルも良い。黒髪で美人。頭もそれなりにいい……それなのにアラサーで結婚できないなんて……やはり世界のラブコメはまちがっている。

「おい、今失礼なこと言わなかったか?」

「さあ? んじゃ、こっちを提出します」

「……2つ書いたのか……どれ」

 もう1枚をカバンから取り出して先生に渡した。

 1枚は全力の本音。もう1枚は作文に相応しい脚色塗れの100点間違いなしの作文……人はそれを建前文というが作文を書くにあたって建前を書かない奴はいない。

「……1枚目と比べれば遥かにいい。数学や物理のテストなら間違いなく100点だな……ただ完璧すぎる。その一言に尽きるな」

 先生はそう言い、俺が渡した2名目の用紙を机の上に置いた。

 完璧……人によっては抱く感情が二通りになる。1つは肯定的にとらえる、もう1つは否定的にとらえる。完璧とは人によって善悪を変えるペテン師である。

「完璧に至るまでの知識量は凄いでしょ」

「違うな。完璧としか表現できないことに寂しさを感じるのだよ。ゲームだってそうだろ? 完璧に全ての要素をこなしてしまうとどれだけ熱中していても飽きてしまう」

「結末を見るか、間を見るかの違いです。それに至るまでのプロセスでそいつが完璧にふさわしい状態であれば結果はどうであれ、チャンスはあると思いますが」

「社会は結果論者が多いのだよ」

「できればいいという考え方ならたとえ非人道的なことをプロセスに挟んでいればいいと?」

 俺がそう言うと平塚先生は大きくため息をついてその大きな胸を見せつけるかのように椅子の背もたれにもたれ掛り、足を組んで天井を見上げた。

「比企谷。君、ひねくれていると言われないか?」

「それが俺のアイデンティティーですので」

「……少しついてきたまえ」

「……あの」

「何かね?」

「……手、貸してもらえませんかね。椅子が深すぎて立てないんすよ」

 そう言い、先生の差しのべられた手を引っ張ってようやく立ち上がった。

 教室などにある普通の椅子ならばちょうどいい具合の深さなので1人でも立てるんだがソファの様に深い椅子に座ってしまうと自分ではたてなくなってしまう。

 先生についていき、どこへ行くかと思いきや学校にある空き教室に到着した。

 ……ここって確か……なんかの部活が入っていたような。

「失礼するぞ~」

「……先生。入る時はノックしてください」

「ノックをしても君は返事をせんだろう」 

 教室の半分から後ろには無造作に片づけられたイスと机のセットが大量に置かれており、半分から前には椅子に座って静かに本を読んでいたであろう1人の女子生徒がいた。

 物静かで黒髪で吊り上がり気味の目……俺はこいつを知っている。学校でも秀才が集まると言われている女子比率ほぼ9割を誇るクラス――国際教養科でトップに君臨し続けている秀才の中の秀才……雪ノ下雪乃。

「で、そこのゾンビはなんですか」

「俺はラノベの主人公か」

「あら、私の目に狂いはないはずよ。腐った魚のような目に醸し出すオーラ、顔色……全てを合算して貴方をゾンビだと算出したの。何か問題でも?」

「大有りだ。確かに俺は腐った魚のような目をしている」

「認めるのかね」

「だが……ゾンビではない! 妖怪と言え!」

「……ほぼ同じだと私は思うけど」

「とにかく! 雪ノ下。君に依頼を頼みたい。彼の性格を奉仕部の活動を通して改善してやってほしい」

 俺は先生が言ったことに疑問を感じざるを得なかった。

 奉仕部の活動を通して……つまり、俺もその奉仕部というクラブに入らなきゃいけないと言う事なのか……勘弁してくれ。俺はクラブが大嫌いなんだよ。あのTHE・なれ合いワールドみたいな空間は嫌なんだ。

「先生。俺、変わる気はサラサラないんですが」

「これはさっきのレポートの罰だ。異論反論は認めんよ」

 ……2枚目を提出しておけばよかった。だが逃げ道がないわけじゃない。

「先生~。確か校則で新入部員はまず一週間の仮部員を通さなきゃいけないんですよね?」

「……確かに」

「だったら俺は一週間、奉仕部の仮部員として所属します」

 ふっふっふ……一週間の仮部員中は止めるも続けるもその生徒次第。正式部員になってしまえば止めるのには書類提出が必要だが仮部員中ならばそんな書類提出は必要ない……所属するだけしてあとは勝手にドロンと幽霊部員になってしまえばそれでいい。

「先生」

「何かね、雪ノ下」

「彼を見る限り、変わる気はないように思えますが」

 流石は秀才。人を雰囲気だけで判断する。

「奉仕部は変わろうとする人に手を差し伸べ、それを助ける……彼に合わないと思いますが」

「変わろうとしない奴を悪とするような言い方だな。変わるか否かはそいつの選択だろ」

「それは甘えよ。変わろうとも思わず、今の状況に依存する……甘えでしかないわ」

「お前、現状維持っていう言葉知らないのかよ」

「その現状が良いのであれば構わないと思うわ……でも、現状が悪いまま維持するのはどうかと思うけど」

「お前、同じことをホームレスやいじめで不登校になった奴に言って来いよ。間違いなく襲われるぞ」

「それは屁理屈よ」

「屁理屈も立派な意見だろ」

「屁理屈は重箱の隅をつつくようなものよ」

「それだけ粗があるってことだろ」

 互いに弾を出し尽くしたのかそこで俺たちの言い合いは突然終了し、教室に静寂が戻ってきた。

 ……今ので理解した。俺と雪ノ下雪乃は決して相容れない存在なのだと。あいつをルートとするならばあいつの中は正しか受け入れられず、負である俺は虚数という形に変化しない限り相容れない。が、俺は虚数に代わる気は全くない……故に俺たちは相いれない存在である。証明終了。

「とにかく。頼むぞ、雪ノ下」

「ふぅ……先生の依頼ですのでやれるだけはやってみます」

「じゃあな」

 先生が部屋から出ていったことで再び部屋に静寂が訪れ、やけに時計の針が進む音が大きく聞こえる。

 俺は教室の後ろに片付けられている椅子を取り、椅子に座るが相手からもこちらからも会話の種を投げることはなくただ、俺達の間には気まずい感じが流れ始めた。

『3・2・1!』

 ……おい、嘘だろ!

 静かな教室にそんな音声が流れ、慌ててスマホを取り出そうとした瞬間。

『お兄ちゃん! 世界で一番キュートでビューティホーな妹からの電話だよ!』

「もしもし」

『あ、お兄ちゃん? 今日の晩御飯何が良い?』

「……なんでもいい……土曜日の勉強会、覚えておけよ」

『え!? ちょ、まっ』

 相手が言い切る前に俺は通話を切った。

 あの野郎……いつの間に俺の着信音をオリジナルのものに変えやがった……機械にばっかり強くなりやがって。子の復讐は勉強会で果たしてやろうぞ……その前にあいつ、聞いたよな。

 チラッと雪ノ下の方を見てみるが向こうは本に集中しているのかずっと本を見ている。

 ……良かった。

「ねえ、そこの世界で一番キュートでビューティホーな妹を持つゾンビ君」

「わざわざ復唱するなよ……で、何?」

「仮にも貴方は一週間奉仕部の人間……名前くらい把握しておかないと」

「別にいいじゃん」

「……どういう意味かしら」

「どうせ1週間限定の関係なんだし、名前聞く必要はないだろ」

「……それもそうね。ゾンビ君」

 そして再び、教室に静寂が戻った。

「……ようやく分かったわ」

「何が」

「貴方には致命的なものが欠けている……それは」

「「協調性」」

 同じタイミングで同じことを言うと雪乃下は驚いた表情を一瞬浮かべ、文庫本に栞を挟んでこちらを見る。

「てっきりあなたは自覚していないものだと思っていたわ」

「自覚はしてる……直す気はないという最悪な性格ですよ、俺は」

「……そう。直す気がないなら出て行ってもらえる?」

 そう言う雪ノ下の言葉の節々に怒りのようなものを感じた。まるで自分を侮辱された時のような激しくはないが静かに怒っているような感じだ。

「なんというかお困りのようだな、雪ノ下」

「ノックをしてください」

 先生降臨……扉の窓に影があると思えば先生が覗き魔だったとは。

「優秀すぎる者と卑屈すぎる者の戦いか……バトルマンガで言う佳境だな。例えるなら敵の魔力を欲するがゆえに護衛対象を放置するものと護衛対象を優先して護るものの戦いだな!」

「どこのフレイムなドラゴンの魔法使いですか」

「ほぅ、知っていたとは……ま、そんなことは置いておくとして。二人の信条がぶつかった時、どちらが正しいかを決めるのはいつも戦い……よって君たちには戦ってもらいます」

「どこのバトルロワイヤルですか」

「君も負けず劣らずのオタクっぷりだな、雪ノ下」

 先生にそう言われ、不服なのか目で先生に訴えかけるが先生はそんなものどこ吹く風。彼女から目を逸らし、教壇の前に立った。

「君たちには奉仕活動をしてもらう。その結果をもとに私の独断と偏見をもってしてどちらが優秀かを決めよう。勝者は敗者に何でも言う事を聞かせるという報酬もやろう。まあ、あまり気張らずに頑張りたまえ。そろそろ完全下校時間だ。ではな」

 先生が教室を出たと同時に完全下校を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 俺は椅子の傍に置いていたカバンを持ち、雪ノ下の方を見向きもせずに奉仕部部室を出た。


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