刀剣集成古今東西 with銀色の侍   作:ネイキッド無駄八

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注意!
今回はグダグダ回です。もうこれ以上ないくらいにグダります。
あと、汚いです。めっちゃ汚いです。
それでは第三訓、はじまりはじまり。


自己紹介は無難にしとけ

 

 

 ―――それは、ずっと昔。

 遥か昔の、いつかの出来事。

 

 

 

 ――わあ、みてみてあるじさま! すっごいよ! あたりいちめんてきだらけだよ!! いったいどれくらいいるんだろうね、みかづきのおじいちゃん!―― 

 

 ――はっはっは、その通りだな今剣。まるで世界の終わりのようじゃあないか。こんな凄いものを拝めるなんて、ははは、長生きもしてみるものだなぁ――

 

 ――なんだぁ? ビビってんのかよジジイ。老体は無理しないで、大人しくすっこんでたほうがいいんじゃねぇのか?――

 

 ――こら、同田貫。老人は敬わなければ駄目だろう? いつも思うけれど、君はどうにも剣呑でいけないね。どれ、ここはひとつ、私が君の舌を祓って……――

 

 ――石切殿! 貴方も人のこと言えないと思われます! ばいおれんすでございますよ!――

 

 ――がっはっは! みんなすっかりいっつもどおりじゃのお! あの大軍勢相手にまーるで臆しとらんがやき、やっぱりワシらは最高の兵じゃ!――

 

 ――皆、今一度、気を引き締めていきましょう。現世の命運は、我らに託されたのですから。神威の限りに、力を尽くして戦いましょう――

 

 ――そうだ! そんでもってみんなのところへ、トシのところへ帰るのさ!――

 

 ――うん……僕も、沖田くんの元へ……! 絶対に……!!――

 

 ――主よ。我ら、必ずや帰ってきてみせます。故に今こそ……! 今こそ、我らに主命を……!――

 

 

 

 もう、幾星霜もの、遥か彼方。

 ―――ずっと昔の、かつての出来事。

 

 

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

 「……んあ?」

 

 真っ先に目に飛び込んできたのは、見慣れぬ木天井。

 目をパチパチと瞬き、眼前の違和を許容するためのクッションを己の中に置いてから、横たわっていた布団から上半身を起こす。

 伸びをしいしいあたりを見回してみるとそこは、やはり普段の寝室とは違う馴染みのない和室。

 微かに光を感じたのでそちらに向くと、屋敷の中では縁側に面している位置にあるこの部屋を外と隔ている障子戸が目に入り、穏やかな陽の光をぼんやりと遮光している。

 

 枕元には、几帳面に畳まれた衣類がひと揃え。

 白地に青く波模様が染め抜かれた着流し、黒を基調としたシャツとパンツの上下インナー。

 そして、柄に『洞爺湖』と刻印のある木刀。

 何もかもが馴染みのない物だらけのその部屋に合って、唯一見慣れた己の一張羅。

 

 大口を開けて大欠伸をかました後、のそのそとそれらに袖を通して白髪天パの侍―――坂田銀時は、外へと繋がる障子戸をガラガラと開けた。

 深呼吸をひとつ。肺に新鮮な空気を一杯に取り込む。

 

 

 「……やべぇ。結野アナの天気予報、見逃しちまった」

 

 

 ぼそりと一言、それだけ呟き、銀時はアンニュイな足取りで見慣れぬ屋敷の中を探索し始めた。

 

 

 ―――――――――

 

 

 「よぉ、おそよう。ぐっすり眠れたかい? って、こんだけ寝てりゃ、聞くまでもないか」

 

 なにやら漂ってくる食欲をそそるかぐわしい匂いに、誘われるままに歩みを進めた銀時がたどり着いたのは、宴会場さながらにだだっ広い大客間。

 昨日、この屋敷に強制的に連行された際に、彼が通された場所だった。

 親しげな様子で声を掛けてきた化粧っけのない短髪の垂れ目の女に、欠伸を噛み殺しながら銀時は尋ねる。

 

 「……今、何時?」

 「んーと、12時と半を回ったあたり」

 

 問われて女は、腕時計を見ながらそれに答える。

 

 「んだよ、もうそんな時間か。起こしに来てくれたっていいじゃねーか、お母さん」

 「誰がお母さんか。てか、ちゃんと起こしに行った筈なんだけどねぇ。あの長谷やんが匙を投げるなんて、随分手強い御仁だね。アンタ」

 

 ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべ、まぁまぁ座れと垂れ目の女は己の近くの席をポンポンと叩いた。 

 彼がどっかりとそこに腰を下ろして間もなく、図ったようなタイミングで香ばしい香りと共に几帳面な雰囲気の青年が入室してくる。

 

 

 「ふん、やっと目を覚ましたか。自堕落な奴め、客人なら客人らしくもっと節度を持って過ごしたらどうだ?」

 

 

 青年――へし切長谷部は、嫌味とともに銀時の座する座卓へと食事が載せられた盆を置いた。

 

 その内訳、ご飯に味噌汁、鮭に卵焼きに、青菜のお浸し。

 非の打ち所のない、完璧な和の朝食メニューだった。

 目の前の料理たちを眺め、顔を上げて長谷部の顔を眺め、もう一度料理へと顔を戻した銀時は、不思議でならないといった風に呟いた。

 

 「なに、これお前が作ったの?」

 「それがなんだ。何か文句でもあるのか」

 「オカンはオメーの方だったか。やるじゃん、いただきまーす」

 「なぜだ……なぜ褒められているはずなのに、不思議と腹が立つ……!?」

 

 飯をかき込み始めた白髪を前にイライラを募らせ始めた長谷部に、垂れ目の女が待ち遠しそうな様子で声を上げる。

 

 「それはね長谷やん、たいていの男子は『キミ女子力あるじゃん!』って言われても嬉しくなぞないからなんだよ。ていうか、アタシにも君のその半分でもいいから、女子力とやらを分けて欲しいもんだね。それはそうと長谷やん、アタシにも早くご飯をおくれよ」

 「これは失礼を。ささ、どうぞお召し上がりください」

 

 銀時と話している時とは打って変わった腰の低い態度で、そさくさと長谷部は垂れ目の女の元へと盆を運んだ。

 

 「おお……これは。かなりの入魂の品と見た。素晴らしいよ長谷やん」

 「恐縮の至。これしき、主のためならば当然です」

 

 その内訳、ジュージューと熱気を上げる焼き立てミディアムのサーロインステーキ、フカヒレのスープ、シューマイがたんまり入った蒸篭、刺身盛り合わせ、ちらし寿司に、デザートだろうかプリン=ア=ラ=モードと、和洋中そろい踏みのフルコースだった。

 

 「イヤ待てェェェェェ!! なんか俺のとエライ違うんだけどォ!? もうなんか天と地とかいうレベルじゃないよね!? ヤムチャとスーパーサイヤ人4ゴジータみたいなもんだよね!?」

 「やかましいぞ白髪頭。ただ単に貴様のは朝食で、主のは昼飯だというだけだろうが」

 「だったら俺にもそっちの昼飯の方出せやァ!! なんで俺だけこんな質素で健康的なメニューなんだよ!! なんで俺だけ朝食の残りで済ませときましたみたいになってんだよ!!」

 「そのとおりすぎて、何の申し開きも出来んな。それはそうと主よ、味の方はいかがでしょうか?」

 「うん……もぐもぐ…最高……むしゃむしゃ……三ツ星を……もっちゃもっちゃ……君に……がつがつ……」

 「ウゼェェェェ!!! これ見よがしに頬張りながら喋ってんじゃねぇよ!! チクショー! あんなん見せられといてこんなん食えるかバァァァカ!!」

 

 シャウトした銀時はスパーン!と音を立てて箸を座卓に叩きつけた。

 それを横目に見ながら、冷ややかな眼差しと声で長谷部は銀時に尋ねる。

 

 「なんだ、いらんのか? なら早々に片付けてしまうぞ。洗い物はさっさと済ませたいんでな」

 「うるせぇバーカ!! 無駄になるのは忍びねぇから仕方なく食ってやるよバーカ!! チクショーめっさ美味いしいじゃねぇかバーカ!!」

 

 涙を流しながら飯をかき込み始めた銀時を尻目に、小馬鹿にしたような仕草で長谷部はフンと鼻を鳴らしたのだった。

 

 

 

 

 「ごっそーさんでしたー」

 「ごちそうさまでした」

 

 手を合わせてふたり揃って、ごちそうさまの挨拶をする銀時と垂れ目の女。

 食後のお茶をずずっと啜りながら垂れ目の女は、マジかよアレ全部食っちゃったよとボソリと呟く銀時に向かって話を振った。

 

 「そういえば、昨日は何かとバタついてて、アンタとは落ち着いて話出来なかったんだっけ。改めて、自己紹介でもしておこうかね」

 

 言って女は、片手をひょいと挙げた。

 

 「アタシはここ、内閣府宮内庁直属対歴史修正主義者対策室第四十四支部、通称『四十四』付の管理官兼審神者。名前は、十束(とつか)という。よろしく、銀さん」

 

 垂れ目の女の名乗りを聞いていた銀時は、難しい顔をしてしばし悩むような素振りを見せてから、眉根を寄せて問いかける。

 

 「あのー、スンマセン。どっからどこまでが名前なんスか?」

 「十束ってトコだけ覚えてくれりゃいいよ。いやむしろ、覚えてくれなくてもいいかも。アタシあんまり名前で呼ばれんのに慣れてなくてねぇ。審神者(さにわ)、って呼んでくれれば間違いないかね」

 「じゃあ、『色気ナシ子』で」

 

 そう銀時が言った瞬間、食器を片付けに行ったはずのへし切長谷部が猛烈な勢いで戸を開け放って部屋に乱入してきた。

 

 「貴様ァァァァ!! 主を愚弄するかァァァ!! その罪、膾切りでもぬるいと知るがいい!!」

 「スゲェなお前、どっから湧いて出た? てか、色気が無いのは事実だろうが。見ろよアイツ、完全に女捨ててるよ。なんか変なカッコしてるしよぉ」

 

 そんなに変な格好かね、と垂れ目の女は自らの装いを見下ろす。

 その装いは、男物の羽織を肩に羽織り、その下にはワイシャツをルーズに着崩して下は男物のパンツで揃えたもの。

 確かにガーリーらしさは欠片もない着こなしであり、色気が無いと言われても仕方のないような格好ではあった。

 しかしそれを全く意に介した様子のない長谷部は、立板に水の如くに銀時に向かってまくし立てる。

 

 「おしゃれであろうが!! 第一、変な格好云々は貴様に言えた義理か! それと、主は女を捨ててなどいないし、色気が無いなどということは断じてありえん!!」

 「化粧のひとつもしてねぇのに?」

 「飾り気のない美しさと言わんか!!」

 「色気の欠片もないツラぶら下げてんのに?」

 「ボーイッシュ全振りなビジュアルなだけだ!!」

 「大口開けて大欠伸かましてんのに? あ、爪楊枝でシーシーやり始めた」

 「大物の貫禄、気風堂々としているだけだ!! というか主よ! 行儀悪いのでそんなことおやめください!! そんなだから婚期が遅れるんですよ!」

 「フォローするつもりなら、最後まできっちり完遂して欲しかったねぇ……」

 

 ぷんすかと肩を怒らせながら退室していった長谷部を見送り、垂れ目の女――審神者・十束は脱線していた話の舵を切り直す。

 

 「アタシの自己紹介は、まぁこんなトコロかね。で、銀さんの方は? 昨日言ったこと以外に、何かネタはあんのかい」

 「んー、俺は別にねェや。ところでよぉ、そっちこそ何か分かんなかったのかよ。なんだってこんなことになってんのか」

 

 投げ掛けられた銀時の問いに、済まないねと肩をすくめて応じる審神者。

 

 「目下、本部の方が調査を進めてるみたいだけど、どうだかね。何か少しでも発掘があるかどうか。大方、『遡行軍の時空転移に巻き込まれた』って程度しか分からないんじゃないかねぇ。現状、それが最も妥当で最も手っ取り早い結論だからさ」

 「遡行軍……ってーとアレか? 昨日の、妖怪骨お化け?」

 「そうそう、それそれ」

 

 銀時の頭の中で、『遡行軍』という単語についてのにわか知識が再生される。

 

 曰く、過去に遡って歴史を改変している正体不明の輩。

 曰く、彼らをのさばらせておくと、歴史の改竄が進んでしまい、現代、果ては未来に至るまで全ての時空に多大な影響が及ぼされるらしい、とのこと。

 

 昨日招かれた際に聞かされたそこまでの事項を思い返して、やれやれと銀時は嘆息する。

 

 「どーにも、スケールのデケェ話だなオイ。過去を変えるためにバックトゥザフューチャーってか? 簡単に言いやがって。どいつもこいつも頭の悪いラノベの読みすぎですかコノヤロー」

 「そうだろ? まさに未知との遭遇ってヤツさ。未知が過ぎてるおかげで、こちら側はまだ奴らのことはなーんも掴めていない。時空を遡行する奴らの目的も、その方法も、ね」

 

 正体不明の彼らに対し、人間側は常に後手後手に回らざるを得ず、彼らの遺骸から接収したデータを基にして時間遡行を行い、彼らの到達している時空へと跳ぶことで彼らの侵攻に対するその場しのぎの防衛を辛うじて行っているに過ぎない。

 

 「それがアタシらの世界が直面している問題であり、おそらくアンタが巻き込まれちまった問題でもあるんだよ、銀さん」

 

 冗談じゃねぇぞ、と心底面倒そうにばりばりと頭を掻く銀時は、重ねて審神者へと向かって問うた。

 

 「で? アンタらはヤツらのバックトゥザフューチャーに付き合って時空大戦争で、さっきの神経質スケベ分けはアンタらの兵隊ってワケか。あ、そーだ。気になってること、あったぜ」

 「なんだい、言ってみなよ」

 「アンタの兵隊、あの長谷やんとか鶴とか美少女ニューカマーとか。アイツら、いったい何なんだ?」

 

 あの骨と骸の死の尖兵を相手に、一歩も退かずに立ち向かった異装の戦士たち。

 武士の魂である刀を手に、強く美しく戦場で舞う戦士たち。

 どこか浮世離れした、どこか人間離れした彼ら。

 彼らの正体は、いったい。

 

 その問いに、頷きと共に審神者は答えを返した。

 

 

 

 

 

 

 「――――『刀剣男子』。彼らは、そう呼ばれている――――」

 

 

 

 

 

 

 ――――――――― 

 

 

 「刀剣男子……ねぇ」

 

 

 呟きながら、銀時は再びぷらぷらと屋敷を練り歩いていた。

 

 ―――細かいトコロは聞きたきゃ話してやるけど、それよりも直に彼らと触れ合ってみるほうが、アンタには向いてるんじゃないかねぇ、銀さんよ―――

 

 悪戯っぽくそう宣った垂れ目の女審神者の言葉を何とはなしに思い起こしながら、銀時はぷらぷらと散策を続ける。

 アテはない。目標もない。ただただ、ぷらぷらと気の赴くままに彷徨い続ける。

 そのまましばらく歩いて、どれくらい経ったろうか。

 

 

 「お、白髪の旦那じゃないか。元気してたかい?」

 

 

 屋敷の中庭、植え込みの陰。

 全身くまなく真っ白な装いの青年が、人懐っこく銀時の方へと手を振っていた。

 

 「んだとテメー、これは白髪じゃなくて銀髪だボケ。つーか、オメーも白髪頭じゃねーか」

 「はっはっは、違いないな。こりゃあ一本取られたぜ」

 

 ぺちんと己の頭をはたいて、白き青年――鶴丸国永は、可笑しそうに笑った。

 いったい何をしているのやら、まるでかくれんぼでもしているかのような様子で植え込みに身を潜めている彼に近づいてみると、しゃがめしゃがめとしきりにジェスチャーで示してくる。

 よく分からないままにそれに従って、ガサガサと茂みに入りながら、銀時はその所以を問う。

 

 「お前なにしてんの? いい歳こいて隠れんぼか? そんな目立つ格好してりゃ、メガネキャストオフした新八でもラクショーに見つけられんぞ」

 「新八とやらのことは知らないが、確かにこの服は隠密には向かないな。次からはそこも考慮するとしよう」

 

 言って彼は、前方へとじっと鋭い視線を向ける。

 その目つきは、さながら獲物を待ち構える狩人のそれのようであり、その身体から滲み出る雰囲気は、たゆまぬ信念で修行に望まんとする修験者のそれを彷彿とさせる。

 いきおい銀時もその気迫に呑まれ、知らずいつもの無駄口を引っ込めさせられていた。

 視線は前を向いたまま、鶴丸は銀時へと向かって問いを発した。

 

 「時に白髪の旦那、アンタは戦いにおいて、最も大事なことはなんだと考える?」

 「あん? ”戦いにおいて、最も大事なこと”?」

 

 タイミングも話題も何もかもが唐突なその問いに、銀時はあまり深く考えずに返答する。

 

 「知らねーけど、アレじゃね? ド派手な必殺技とかじゃねーの。ファイナルフラッシュとか、悲嘆の怠惰とか」

 「なんで二つとも役に立たなかった必殺技なんだよ。まぁ、当たらずとも遠からずってとこだな」

 

 含みを持たせるようにひと呼吸を置いて、鶴丸は自身の信条を口にする。

 

 「最も大事なこと、そいつは『驚き』だ。俺はそう考えるね」

 「”驚き”? なんだそりゃ」

 

 さっぱり分からないといった風で聞き返す銀時に、視線を片目だけ前方から外して彼へと向けて、鶴丸が得意げに持論を展開する。

 

 「”驚き”を制した者こそが、戦場を制する者足り得るって寸法さ。戦ってのは、いわば意地の張り合い、先にぐらついた方が負けるもんだって相場は決まってる。相手の意表を突き度肝を抜き、戦のペースを握れれば、必然、勝ちも転がってくる。そうだろ?」

 「へー」

 「第一、驚きが無い戦場は美しくねぇ。グダグダな長期戦なんぞもっての外。疾風怒濤に電光石火、快刀乱麻の強襲で一網打尽、短期決戦こそが戦の華だ。それに付け加え、誰もがあっと驚くような奇想天外な計略、鮮やかな奇襲攻撃とくれば、それはもう言うこと無しだぜ」

 「ふーん」

 「というわけで、白髪の旦那。今からアンタにも驚きの美学ってヤツを教えてやる。見とけ、ターゲットのお出ましだぞ」

 「ほー……って、え? ターゲット?」

 

 不意に鶴丸が発した不穏当な単語に、話半分で適当に聞き流していた銀時の注意が俄かに励起される。

 

 「へへっ……おいでなすったぜ……」

 

 舌なめずりでもしかねないような調子で、鶴丸がそう呟く。

 それと時を同じくして、彼が見据えていた方角から何者かがゆったりとこちらへと近づいてくるのを、銀時もまた視認した。

 

 「オイ、鶴なんとか君。ターゲットって、アレ?」

 「おうよ。あれが今回のお客さんだ」

 

 銀時が指し示し鶴丸が首肯したその人物は、威風堂々たる巨躯の武人。

 鍛え上げられた鋼の肉体に、凛々しく引き締まった雄壮な面立ち。

 その手には、ひと目でかなりの業物だと分かる見事な槍を携えており、その立ち姿と醸し出される風格から、かなりの使い手、相当な猛者であることが窺い知れるようだった。

 

 「…で、誰なんだよ。あのタフガイ脳筋ゴリラさんは」

 

 惜しげもなく晒された逞しい胸板を見ながら、銀時は鶴丸へと尋ねる。

 

 「あれは、『蜻蛉切」。この四十四支部の中でも指折りの実力者で、忠義にも厚い稀代の武人。『天下に三槍あり』とも謳われた、武人の鑑である大変偉大なゴリラさんだ」

 

 誇らしげに揺れる上腕二頭筋を見ながら、鶴丸がそれに応える。

 

 「マジかよ、そっちのゴリラずいぶんスペック高ェなオイ。ウチのストーカーゴリラ(近藤)も、あんくらいの貫禄見せて欲しいもんだな。二人並べたらウチのゴリラ完敗じゃねぇか。マジでただのゴリラじゃねぇか」

 「今から、俺の驚きの美学をもって、あの威容を驚きの一色で染め上げてみせよう」

 

 やおら自信満々でそうきっぱりと宣言した鶴丸に、銀時は疑いの眼差しを隠しもせずに向ける。

 

 「冗談だろ? 安いドッキリなんざ通じねぇタマだってアイツ。だってゴリラだもん、ゴリラコンボイだもん。ビーストウォーズでも全然へっちゃらで乗り切れそうだもん」

 「確かに、下手な小細工をいくら弄そうが、奴には暖簾に腕押しでまるで動じっこないだろうさ。だが、俺は驚きのプロフェッショナルだぜ? まぁ見てろって」

 

 不敵に笑んだ鶴丸は、己が絶対の自信を持つその作戦を万を持して発動させた。

 

 

 「まずは初弾! 行ってこい白髪の旦那!」

 

 バシンッ!!

 

 「のわあっ!?」

 

 

 

 その第一段階として、彼は隣で身を潜めていた銀時の背中を、勢い良く茂みの外へと叩き出した。

 突然のことに全く身構えが出来ていなかった銀時はその勢いに負け、転がり出るように茂みから身を投げ出されることとなった。

 

 「ってーな!! いきなり何しやがんだテメーコルァ!!」

 

 ガバッと身を起こして茂みへと怒鳴り散らす銀時の頭上に、ぬっと大きな影が差した。

 

 「いっ………!?」 

 

 思わず身を硬直させ、おそるおそるそちらへと振り向いた彼へと、野太いが穏やかな声が不思議そうな調子で掛けられた。

 

 

 

 

 「む…? 見ない顔だな。貴殿、新入りか?」

 

 

 

 

 顎に手をやり、首を傾げて問う巨躯の偉丈夫――『蜻蛉切』に、銀時は心持ち萎縮しながら、

 

 「あ、いや……違うっス。自分、そういうんじゃ無いんで。別に筋肉番付にエントリーとかしてないんで」

 「ならば、客人か? であるならば、こうしてはいられないな。ご客人を放っておくなど、主の品格が疑われてしまう。礼を失すること罷りならん、すぐに丁重にもてなさねばなるまい」

 「いや、結構っス。てか、丁重なもてなしって一体なに? 筋肉接待とか?」

 

 ざりっと詰め寄る蜻蛉切に、若干ヒキ気味で応じる銀時。

 当人に悪気は無いのだろうが、なまじ巨漢なだけあって蜻蛉切の身体から放たれる圧力にはなかなかのものがある。

 決して、筋肉モリモリマッチョマンが近寄ってくるのが大変暑苦しいとか、そういうことではない。決して。

 

 「ていうか鶴くーん!? こんな筋肉少女帯に俺ひとり放逐して、いったい何がしたいんだい君は!?」

 「旦那、声がデカイぜ。安心しな、第二弾は既に発動してる。現在、こちらへと絶賛殺到中だ」

 

 茂みの中からコソコソと発せられる鶴丸の台詞に、言いようもない極大の不安を銀時は覚えた。

 殺到中とはどういうことだと訊き返そうとした銀時は、しかし言葉にするよりも先に、その両の目で、鶴丸の言わんとしていたことを悟ってしまった。

 

 

 

 ドドドドッ、ドドドッ、ドドドドドッ、ドドドドドドドドドッ

 

 

 

 「えー……」

 

 「む?」

 

 口を半開きにした間抜けな表情の銀時と、背後からの騒がしい物音に何事かと振り返った蜻蛉切。

 

 

 

 

 ドドドドッ! ドドドッ!! ドドドドドッ!!! ドドドドドドドドドッ!!!!

 

 

 

 

 彼らが共に目にしたもの、それは。

 

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 

 

 「イノシシカーニバル……?」

 

 

 

 遠目からはまるで、茶色の波が打ち寄せてくるかのようなその光景。

 それらはなんと、どこから紛れ込んだのやら、視界を埋め尽くさんばかりの大量の猪たち。

 荒ぶる猪の群れが、いや、荒れ狂う猪の大群が、立ち尽くす彼ら二人へと一直線に押し寄せて来ていたのだ。

 

 「な、なんじゃこりゃあああああ!!??」

 「これぞ、鶴丸印・蜻蛉切驚かせ大作戦第二手、『超・猪突猛進撃』とくらあ!! どうだ! スゲェえだろ!? もうワクワクが止まらねぇだろ!? なあ!?」

 「お前バカだろ!! 救いようもねぇバカだろ!! なにこれ、ドスファンゴの大群!? こんなん連れてきていったい何がしたかったのお前!?」

 「さすがにここまですりゃあ、あの蜻蛉切と言えども明鏡止水を気取ってはいられまい! 間違いない! それに、せっかく花火を打ち上げるんだからな! でっかくなけりゃあ、面白くねぇだろ!!」

 「やかましいわ!! 1ミクロンたりとも面白くねぇんだよ!! そんなにデカイ花火打ち上げたいんなら、今すぐお前を空高く打ち上げてやるよ! そんで二度と地上に帰ってくんな!!」

 

 コロンビアとばかりに両の腕を天高く空へと突き上げる鶴丸と、そんな彼へと怒号を弾けさせる銀時。

 そんな彼らの眼前で、ついに『それ』は起こった。

 

 鶴丸印・蜻蛉切驚かせ大作戦。

 奇天烈にして奇想天外なその作戦の成果が、彼らの眼前で成ったのだ。

 

 

 ドドドドドドドッ!!

 

 パァァァァァン!!

 

 

 

 「あ……」

 

 「お……?」

 

 

 

 

 ドパァァァァァァン……!!

  

 

 

 恐るべき暴走特急イノシシエクスプレス。

 彼らの突撃の凄まじき威力によって、蜻蛉切はその身を大空へと大きくスカイハイさせたのである。

 あの巨体が空を舞っているというこの光景は、ある意味で幻想的ですらあると言えるだろう。

  

 

  

 「ああッ……!!」

 

 

 

 

 切なげな声音とともに、天高く打ち上げられた巨躯の偉丈夫。

 そして、突撃の衝撃によるものか、

 

 

 「………なんで?」

 

 

 見上げる銀時たちの傍を、ひらりひらりと花びらの如くに舞い落ちてくる”布切れ”。

 逆光で眩しい、天空高く飛翔する逞しき豪傑。

 

 

 筋肉ムキムキマッチョマンなその肉体を余すところなく晒し、蜻蛉切は空高く宙を舞っていた。

 

 ―――全裸で。

 

 

 

 「…………」

 「…………」

 

 

 無表情、ついでに無言で、宙を見上げる銀時と鶴丸国永。

 銀時は言わずもがな、先程までのテンションの高さはどこへやら、鶴丸までもがすっかり白けた面で跳ね上げられた蜻蛉切を見上げている。

 やがて、ポツリと銀時が言葉を紡いだ。

 

 「……立派な槍じゃねぇか。下の蜻蛉切も、ちゃんと天下三名槍なんだな」

 「あぁ…噂通りの、業物だな……」

 「……鶴丸くん。お前、とどのつまり俺に何を見せたかったの? もしかしてこれ? 無駄に引き締まった蜻蛉切さんの漢尻?」

 「……いやぁ、予想外だったぜ。俺もまさか、こんな物を見せられるとは思いもよらなかったぜ。ていうか、別に見たくもなかった……」

 

 ふたりの間に、なんとなく気まずい雰囲気が漂う。

 結局のところ、誰ひとりとして得をした者は居なかった。

 徒に、全裸が一人生まれただけだった。 

  

 

 

 ドドドドッ! ドドドッ!! ドドドドドッ!!! ドドドドドドドドドッ!!!!

 

  

 「ってオイィィィィ!!! まだイノシシカーニバル終わってねぇじゃねーかァ!! どうすんだよこれ!! お帰りいただく方法とかちゃんと考えてあんのお前!?」

 「はっはっは。いやぁ、すまん」

 「オイィィィィィ!!!!」

 

 

 

 そうしてふたりの白髪は、宙を舞い続ける全裸を捨て置いて、暴れイノシシたちと壮絶なチキンレースを開始するのだった。

 

 

 ――――――――――――――

 

 

 「あ、銀サンじゃん! スラマッパギー! ところで見てよコレ、新作のネイルなんだけど……」

 「ワリィ、美少女ニューカマー!! その話後で!!」

 「えぇ? ヒドイや、話くらい聞いていってよね……って、何コレ!? イノシ……!?」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 

 ―――――――――――

 

 

 「これはこれは。鶴丸と……誰だい? 見かけない顔だね。新しい参拝希望者かな? まぁ、気にすることはない、楽にしたまえ。この石切丸が、しっかり君の厄を……」

 「石切!! この厄って、お前のお祓いでどうにかなるもんかな!? てか、なんとかしてくれると嬉しいな!!」

 「おお、随分と元気のいい厄の群れじゃないか。すまないね鶴丸、これはちょっと私の力では………」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 

 ―――――――――――

 

 

 「やぁ、見ない顔だね? 僕は、燭台切光忠。青銅の燭台すら……」

 「光忠。その台詞、会う奴全員にいちいち言って回るつもりか? 鬱陶しいから、いい加減止めたらどうだ」

 「いやでも倶利伽羅。僕の名前って結構インパクトあるじゃない? せっかくだから、初対面で印象深い感じを……」

 「どう考えても、今俺らの後ろを猛チェイスしてる奴らの方がインパクトあると思うんだがなぁ!! そこの物静かな、クリなんとかくん!! お前なんか茶色いし、こいつらと話合うんじゃないの!?」

 「無理に決まってるだろ……」

 「ああっ!? 倶利伽羅が空高く跳ね飛ばされた!?」

 「お前も飛ばされてるけどな光忠!!」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 「ういい……昼間から呑む酒は最高だね、っと……ひっく」

 「あああ! マズイぞ次郎!! よけろ! お前は絶対避けたほうがいい!! マジで!!」

 「えー? なんらってぇ……? あ、ツルじゃん。どったの? またいい酒の肴でも……」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 「おぼろしゃあああ!!!」

 「言わんこっちゃねえ!! それに汚ぇ!! 撒き散らしたまんま空飛ぶな!!」

 「おぼろろろろろろ………」

 

 

 ―――――――――――

 

 

 「へっ……たかが猪ごとき、この俺の敵じゃねぇよ。そうら、五分も切り込みゃ、猪も死ぬってな……」

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 「彼はなんだったの!? 何しに出てきたの!?」

 「俺が知るか!! あいつはハングリー精神旺盛な戦士なんだよ!! きっと挑みたくなったんだろうよ! 猪に! 無理だったみたいだけど!!」 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 「おや、猪の暴動ですか。静まりなさい、大自然の申し子たちよ……あるべきところに帰るのです……」

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!!!!

 

 

 「おや、皆、私を逸れて行ってしまった。やはり、動物は大きなものを怖がるのですね……」

 「スゲェ! 太郎スゲェ! スゲェけど意味ねぇ!」

 「貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!!! いったい何をしているんだぁぁぁ!! 本丸が! 本丸が滅茶苦茶に! この始末、いったい貴様らどうつけて……ぐああああ!!」

 「お前、オチも回収すんのかよ。働き者だな、長谷やん……」

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 「ハイみんな、ちゅーもーく。夕食中のトコ悪いけど、ここで我らが『四十四』支部に、新しく入った仲間を紹介しまーす。みんな、仲良くしてあげてね。じゃあ銀さん、自己紹介の方どうぞ」

 

 「どーも。かぶき町から来ました、坂田銀時でーす。趣味は糖分摂取、愛読書は週刊少年ジャンプです。分からないことだらけですけど、一生懸命頑張るんで、よろしくお願いしまーす」

 

 

 

 「「「引っ込めや腐れ天パァァァァァァァァァ!!!!」」」

 

 

 

 

 一同の前で挨拶をした銀時に、バツが悪そうに頭を掻いている鶴丸国永以外の刀剣男子全員から、大ブーイングが飛んだのだった。

 

 

 




こんなはずじゃなかった。
もっとかっこいい初登場にしたかったんだよみんな。

かっこいいといえば、桃源郷エイリアンめっちゃかっこいい。
桃源郷エイリアンの銀魂MADがもうかっこよすぎて。

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