鎖色の物語に彩られる100通りの生き方   作:夏からの扉

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王道ヒーローモノです!!!
一度書いてみたかったのでやってみました!!!


仮免ライダー

『ギ……卑HIひHIヒヒヒ火卑ひヒヒヒヒ卑避緋卑HIHIHIHIHIひヒヒヒヒ』

「あ、あ……ああ、ああああああああああああああっっっっっ!!!!」

 

 二つの声が、街灯が壊れて月の光のみが地を照らす夜に響く。

 一つは若い女の叫び声。それも、意図して出せるような生易しいものではなく、死の危機に瀕して初めて出せるような、聞く人の鼓膜を破壊しかねない絶叫である。

 もうひとつの声は異様────いや、異常と言ってもいいようなものだった。安定しない声質に大きく上下する音程。極めつけに、編集でもしないと人間にはとても発音できないような音。

 それもそのはず、その声を発しているのは人間ではない(・・・・・・)からだ。

 頭だけ見れば、それはラフレシアの花冠を動物的に形を整えて蕩かしたものに近いだろう。表面には泥と毒液の合いの子のような液が滴っている。

 首から下を見れば、蛙と蜥蜴を組み合わせたようなフォルムをしていて、その表面は土色にどろりと溶けている。

 明らかに現存する動物とも違う、全長三メートルほどの巨体が女性を覗き込んだ。

 

「ひっ……!い、あああああああああああああ!」

 

 がぱぁ、と花弁の形をした口が開かれて、傷口を広げることのみに特化したようなギザギザとした牙が露出する。開かれた口からは生暖かく不快な息が漏れていて、びちゃりびちゃりとよだれに見える、強酸の性質を持った液体が口から垂れた。

 

『Oオオおお惡OおイIイイいいヰ威IシSOOOオオオおオおおナニくU宇宇うううう』

「あ……ああああああ…………!」

 

 足は動かない。恐怖だけでなく、化け物の酸で溶かされて、とても立ち上がることのできる状況ではないからだ。

 慣れることのない強烈な足の痛みで、這って逃げることすらままならない。

 もう逃げられない。死にたくない、死にたくない、死にたくない。厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ厭だ。こんな化け物に食われて死ぬのは、厭だ。

 まだやりたいことだってたくさんある。彼氏だってできてないし、友達とも遊び足りない。着てみたい服もあるし、今度新作のスイーツが出るのだ。それを食べない限りは、死んでも死にきれない。

 ……というか、何故私が死ななくちゃならないんだ。ふざけるな。

 恐怖は既に心を通り越して、感情の向きは理不尽への憤りへと変わる。

 だが、そうだとしても現実は何も変わらない。

 心意気一つ変わったところで絶望的な状況は覆しようがないし、立ち上がり一矢報いる為の足は既に溶けている。

 

「このっ……あが、あああああ……ぐ、ぎいいっ……!」

 

 何とか片足と両手でバランスを取って逃げようとするが、恐怖と焦燥で震える手足は思うように動かない。白い欠片を覗かせた左足からは泡のような音が聞こえるのも、彼女の逃走を邪魔する。

 ドクンドクン、傷口が鼓動を知らせる。

 負けるものか、そういくら思ってもどうにもならないのだ。

 

『意イイイIいI居依イいタDA嗚呼アあ着マAA唖アアあああああSU』

「い……嫌ああああっ……」

 

 強酸が垂れて体の至る所を溶かし、近づいてきた顔からはこちらを捕食してやろうという意思が容易に見て取れた。

 少女の顔が絶望に彩られる。

 怪物はそれを口の奥の単眼で満足そうに一瞥すると、大口を開けて迫ってきた。

 現実は、ただただ残酷だ。

 都合の良い力にも目覚めないし、思いの力でパワーアップもしない。

 奇跡なんて、起こりはしないのだ。

 

 

 

 ────────だからこれは奇跡ではない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「…………あれ、死んでない……?」

 

 肉がぶつかるような鈍い打撃音と未だ存在している意識に、恐る恐る、目を開ける。

 瞑った目に溜まっていた涙が流れ落ちて、少し潤んだ視界から目の前が見えた。

 そこには────

 

「────間に合ったか。相棒、敵は?」

『《アインス》。問題ねえ、やっちまえ!』

「了解!」

 

 少女と怪物の間に現れた男は白いコートに黒い外殻。

 そして────まるで特撮ヒーローのような、仮面を被っていた。

 三つ叉の角は右だけが欠けたように短く、対照的に左は長い。フルフェイスのヘルメットのような形状の奥には、虫の複眼にも似た赤い目が夜の闇に光っている。

 瞬く間に、彼と怪物が戦闘を始める。

 怪物が再び大口を開けて、強酸を撒き散らしながら噛み付こうとして────

 

 

「遅え……よ!」

 

 逆に懐に突貫していった男にいなされて、背中を蹴飛ばされた。怪物が顔面から着地をして、びちょりという不快な粘液の音と怪物の悲鳴がコラボレーションする。

 そしてその隙を見逃さず、男が蹴りとパンチによる追撃をした。

 生物として────いかに怪物であろうと、生物として急所に当たる部位────喉、脊髄、肋骨の隙間を容赦なく的確に穿ち、相手が怯んだところに、更に追い打ちを仕掛ける。

 

「再生は……しないな!このまま一気に畳み掛ける!」

『奴のヨダレ、ばっちいだけじゃなく塩酸な感じだぜ!触れないよう気をつけろ!』

「あいよ!」

 

 それはヒーローの戦い方というにはあまりにも泥臭く、みっともない。

 だが。

 

「…………ヒー……ロー……?よ……かった……わた、しのヒロイ……ン力も、捨て……た、もんじゃない……かも……。……あ、し……体、も…………痛って……」

 

 それでも、救われる人はいる。

 ここにいる、至る所が溶けかけている少女だって、彼がいなければ死んでいただろう。体中がボロボロだが、まだ死んでいない。生きているのだ。

 

「さあ……トドメだ!」

 

 男が左腕を振るうと、キラキラとした青白い粒子が集まってきて、急速に物体が構成される。それは、剣だった。ただし、十キログラムくらいの重さはありそうな巨大なものではあるが。

 あろうことか彼は、それを片手だけで振り回し、怪物の喉を切り裂いた。

 鮮血が吹き出して、白いコートが鮮血色に染まる。怪物の首は半分ほど切り裂かれていて、明らかな致命傷だ。

 

「……反応は?」

『消滅、退治完了だぜ』

「そうか……」男は振り向いて、少女に駆け寄る。「大丈夫か?」「大丈夫に……ぐ、見えんのか……」「よし、生きてるから大丈夫だな」「うぎ…………このやろ……」

 

 実際、酸は少女の足以外は、筋肉の表面を多少削るだけで、時間の経過で治るようなものだったが、軽傷にはとても見えない。脇腹は軽く抉られているように内蔵が露出していて、血液はだくだくと流れ出続けている。失血死も遠くはないだろう。

 だが、それでも彼には「大丈夫」と言える確信があった。

 それは────

 

『お、始まったか』

「今日はいつもよか早い気がするな。いつもはあれだろ、退治後三分くらい待たなかったか?」

『誤差の範囲内だ、誤差誤差』

 

 世界が巻き戻る(・・・・・・・)

 怪物が暴れて壊したアスファルトは欠片一つ残さず元の形を形成する。倒れていた街路樹は外気に触れさせていた根本を地中に戻す。

 まるで怪物なんていなかったかのように、世界が怪物が居たという痕跡を消していく。

 勿論それは少女も例外ではなく、溶けて蒸発したはずの皮膚はビデオの逆再生でもしているかのように自然に修復され、破れて血に塗れた服は元通りになり、跡形もなくなったはずの足が修復された。

 

「だから、大丈夫だっつったろ?じきに忘れるから、PTSDの心配も無用だぜ」

「え……ちょ、ちょっと……!」

『ほらほら、助けてくれてありがとうを言うのも、助けなんていらなかったわよ馬鹿!ってツンデレるのも今の内だぜ?この現象は大体一分くらいで終わるからな』

 

 修正現象。

 この現象は、そう呼称されるものであった。

 それは世界からの排斥、異物の削除、痕跡の消去。

 本来ならあるはずでなかったものを再びなかったことにしようという世界の働きかけ────わかりやすく言うと、白血球のようなものである。

 いや、白血球とは少し違うだろうか。何せ実際に異物の排除を行っているのは彼ら、『概念鎧装者』なのだから。世界が行っているのは、その後始末のようなものだ。

 そしてこの修正現象、どちらかというとこちらの方が重要なのだが、記憶の消去も行う。世界にあるはずでなかった記憶は当然、あるはずでないものとして消す。

 襲われた記憶は取り留めのないものに上書きされ、多少の不自然があっても深く考える必要はないと気にされなくなる。

 この世界の()に対しては、これ以上ないほどの有効な対抗手段だ。

 

「…………名、前……教えてよ……」

 

 かろうじて声を出す。

 修正が行われて痛みが引いたとは言えど、足や身体が酸で溶ける痛みは先ほどまで味わっていたのだ。怪物が倒され緊張が溶けた今、今すぐにでも気絶していてもおかしくはない。

 それでも落ちようとする瞼と意識を限界まで稼働させて名前を尋ねる。

 彼から聞こえる謎の声の言うことから、記憶が消えるだろうということは予想できた。

 でも、だからこそ、これが彼女なりの礼の尽くし方だった。

 自分のことを助けてくれた、守ってくれた存在を。

 忘れてしまうことは耐え難かった。

 そして、その真摯な思いを理解しているからこそ、

 

「────────仮免ライダー。ブレイブリンカーだ」

 

 その一言を聞いて、スイッチが切れるかのように少女の意識が落ちる。

 それと同時に修正現象も完了して、夜には本来の静寂が取り戻されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……やっぱ名乗る時に仮免ってわざわざ言うのはどうなんだよ』

 

 仮面を付けた白コートの男が気絶した少女を背負って運んでいるという、何も知らない人間から見たら誘拐だと思われるであろう光景。中性的よりは少し男性に寄ったかのような声が突然、ブレイブリンカーに話しかけた。

 

「そりゃあ、『仮面ライダーブレイブ』なんて名乗れたらそれが一番だろうよ。でも『仮面ライダー』を名乗るにはスペックも覚悟も何もかも足りないし、何しろ俺は他のまともに戦えるような適合者が現れたらすぐにでも引退するんだから。仮免で十分さ」

 

 先ほどの戦いを見ていたらこの言葉に疑問を持つ者もいるだろう。確かにヒーローの戦い方では決してなかったが、それでも怪物を一方的に無傷で倒し、トドメは十キロほどはある巨大な剣を片手で扱ってのものだった。

 とても、弱いとは思えないだろう。

 だが、

 

『確かにお前は弱い。それもクッソ弱い。歴代最弱と言ってもいい。まともに戦ったら即死だ即死』

 

 名前をネクストという、その声は断言する。

 何を隠そう、ブレイブリンカーの通常出力は通常の『概念鎧装者』の三分の一、能力に至っては五分の一もあるかどうかわからないといった始末だ。先ほどの《アインス》と呼ばれるタイプの怪物だって、通常の鎧装者ならワンパンで片付けられるし、強酸にだって注意しなくとも何も問題はなかったのだ。

 ブレイブリンカーの身体的スペックは人間の域を出ない。

 身体全体を覆う黒い外装は動きを阻害しないように防刃ベストと防弾チョッキを合わせた程度の耐久力しかないし、白いコートは多少の衝撃吸収と酸で溶かされない程度の性能しか持ち合わせていない。

 パンチは敵を貫通はしないし、ライダーキックで敵が爆発したりもしない。

 概念鎧装者は基本、怪物────正式名称『不確定情報統合概念体』、通称鬼怪(キカイ)と戦い、そして圧倒し勝利するだけのスペックを秘めている。

 だが、例えば自衛隊が出動するのならば、ただの怪物である《アインス》や知能を持つ程度の《ツヴァイ》と呼ばれるタイプの鬼怪は対処可能でも、多くが二十メートル以上と巨大な《ドライ》や特殊な特徴や強力な能力を持つ《フィーア》には勝てない。

 人間のままでは鬼怪には勝てないのだ。

 リンカーは何度か、《ドライ》、《フィーア》と戦って勝利したことがあるのだが、本来それらの怪物と戦うことを目的とされた三分の一のスペックしかない身で勝利するのには、決して小さくない代償を払うことになった。

 だが、敵は通常の鎧装者なら無傷、あるいは軽傷で撃退可能なレベルだった。

 

それでも(・・・・)、だ。戦闘に命懸けてくれる奴なんざそうはいねえし、スペックによるゴリ押しだけじゃ倒せない奴だっている。正直言って、お前の後継者が育つまでは続けて欲しい。…………そもそも、この辺じゃあ適合者、お前以外に知らねえけどな。俺もスペックが足りないお前に鎧装者続けさせるのは心苦しいんだけどな……』

「他に誰もいないんだから仕方ねえだろ?」

 

 さも、何でもないことのように彼は言う。

 自らが血を吐き、内蔵に負担をかけ、寿命を縮めてまでして戦うことを、彼はどうでもいいことのように言う。

 スペックが低いということは、リスク無しの回復もできないということなのに、それを無視してまで戦うことを「仕方ない」で済ませてしまう。

 

「戦わなきゃどうせ死ぬんだ。死にたくないし、痛いのも辛いのも嫌だし、他人の命を背負う覚悟なんてこれっぽっちもないけど、やるしかないんだから」

 

 死にたくないのは彼の本心だ。

 痛いのは嫌だし辛いのも嫌いというのも彼の本心だ。

 それでも────人はそう簡単には割り切れない。英雄願望もないくせに、『自分より強い誰か』がいて、実際に鬼怪と戦っているというのに、嘆かず、投げ出さず、積極的に誰かに託そうともしない。それは果たして正常だと言えるのだろうか?

 ネクストは、彼のことを信用している。信頼していると言ってもいいし、人間的には好感も持っている。

 だが、それと両立して、不気味だとも思っているのだ。

 

(……どうして本当に、だな。こいつの精神構造は普通────本当にありふれたもの(・・・・・・・・・・)だっつうのに。まったく、どこをどうやったら形保ったままここまで歪ませられるかねえ)

 

 ネクストは内心溜息を吐いた。彼は本来、精神系の魔法、及び技術をほとんど持たない世界精霊(ヒーローの相棒)である。唯一出来るのが、世界精霊として必須技能の精神防壁くらいだ。だが、そんな彼でも理解できてしまうほどに、リンカーの精神は異常だったのだ。

 

『……なあ、そろそろそいつ下ろさねえ?見られたら一発で通報だぜ』

「そうは言っても、こんな夜中に女の子一人が寝てたら危ないだろうに」

『せめて変身解けよ。それならまだ兄妹か何かで通るだろ』

 

 ネクストの突っ込みに、「ああ、忘れてた」と変身を解除し、仮免ライダーであるブレイブリンカーは、フリーライターである楠紫暮(くすのきしぐれ)へと変わった。

 変身ヒーローのような容貌は野暮ったい、雑踏に埋もれてしまいそうな若者になる。

 どこにでもありそうなジーンズに、その辺探せば見つかりそうなパーカー。

 夏という季節にしてはあまりマッチしないということを除けば、普通。

 中肉中背と言うには筋肉が付いているが、普通。

 顔も普通。イケメンではない。生まれてこの方女性と付き合ったこともない。

 

「……とりあえず、警察にでも置いてった方がいいかねえ」

『そうするなら早くしろよー。嬢ちゃんが起きたら誘拐犯にジョブチェンジだ』

 

 ネクストの声は、紫暮の右腕、腕輪にも似た黒い機械から聞こえた。どうやら、彼が変身していない待機状態の時はこうしているらしい。

 

「……彼の犬養毅はこう言ったそうだ。『話せばわかる』」

『そしてこう返されたんだったな。『問答無用』』

 

 少女から見ての現状を整理しよう。

 気が付いたら意識が無くて、見覚えのない男に背負われていた。

 

 

「……事案発生」

『さよなら日常ってな。言っておくが、俺、精神操作使えねーかんな』

「そりゃないぜセニョール」

『文句なら気持ちよさそうに寝てる嬢ちゃん(セニョリータ)に言えっての』

 

 紫暮は、お礼を言うよりも自分の名前を聞いた少女を見る。きっと、あれは「憶えておいてやるよ」という意味なのだろう。ありがたいことだが、結局は修正現象によって忘れてしまうと思うと、複雑な気分になった。

 彼女が適合者だった場合は修正現象による記憶改竄の影響を受けないのだが、現実はそう甘くないことは紫暮が一番よく知っている。

 この世界が物語のような窮地に陥っていても、現実は物語のようには進まない。

 彼が少女の危機に間に合ったのだって、奇跡でも何でもなく、単にネクストの鬼怪探知とリンカーとしての人間の域を出ない範囲での筋力上昇によるものだ。

 他の鎧装者ならもっと早く────それこそ、少女が怪我を負う前に駆けつけることができたし、相手が《ドライ》以上────いや、相性が悪ければ《アインス》や《ツヴァイ》でも犠牲者を出さないことが不可能だった。

 奇跡ではなく、運が良かっただけである。

 紫暮はそう結論付けて溜息を空気中に混じらせる。

 

「…………やっべ……超びしょーじょ……はけーん…………ふひひ……」

 

 少女のおっさん的な寝言に、紫暮はまた溜息を追加発注した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼怪。

 曰く、それは世界の外側に位置する者。

 曰く、それは存在が認められなかった者。

 曰く、それは己の存在を知らしめようとする者。

 彼等にとって目的は自己の存在の証明と確立であり、人を襲い、殺すのもそれが手っ取り早く効率的だからに過ぎないという。存在が不確定な彼等は、『人を殺す』という修復しようのない傷跡を世界に残すことによりその存在を確定させていく。

 だが彼等は所詮不確定な存在だ。その存在が確固たるものになることは決してない。

 だからこそ、彼等は人を殺す。少しでも己の存在を高めようと、間違いなく存在している人間への怨嗟を口にしながら、虐殺をする。

 それでも、虐殺をすればするほど、存在が認知されればされるほど鬼怪の力は高まり、《アインス》の個体だとしても《ドライ》や《フィーア》に成り得る。修正現象は、鬼怪という存在が概念鎧装者以外に知られないための予防措置でもあるわけだ。

 一つとして同じ外見の鬼怪はおらず、同じ特徴の鬼怪もそうはいない。だからこそ相手のわからない特徴を無視できるようなスペックが鎧装者にはあるのだが────ブレイブリンカーはそれを軽々下回る。

 思わずネクストも『これどうなってんだよ』とか言ってしまうほどだ。

 それでも戦えてはいるのだが────かろうじて戦えているだけなのだ。

 現実は、残酷だ。ご都合主義にはならない。

 

「こんにちはー」

 

 はずなんだけど、と紫暮は頬を掻いた。

 殺風景な玄関に控えめながらも目立つ、朝出してまだ回収されていないゴミ袋。紫色という微妙な色合いの壁とミスマッチした、目に悪い赤色の屋根。間違うはずもなく、楠紫暮の自宅である。

 

 

「こーんーにーちーはー」

 

 ……その玄関で、留守確認よりも嫌がらせの方を主目的としているようにも見えるほどインターホンを連打する少女がいた。高橋名人を彷彿とさせるインターホンの十六連打は、少女の指先の確認を困難とさせる。

 少女の服装は、夏らしく白いワンピース……を着た上に何故か暑苦しい黒いコートを羽織って、後ろで纏めた髪の毛を無地のキャップに通していた。紫暮も大概だが、彼女も随分と季節感を無視した格好だ。

 

「……どうも」

「あ、どうも」

 

 アイサツをしないのはスゴイシツレイにあたるとコジキか何かの本で見たかな、と紫暮は思い出し、声をかけてみた。

 声を聞いても、紫暮が昨日鬼怪に襲われていたのを助けた少女だ。

 

「ブレイブリンカーって知ってる?」

 

 しかも、憶えていた。

 なんだこいつは、と紫暮が戦慄し、こんなお約束展開がよりにもよって紫暮にあるはずがない、とネクストが現実を疑い始めた。

 

「……きみはどこでその名前を?」

 

 質問を質問で返す。テストだったら0点だ。

 

「本人から直接」

「そっかー」

 

 脳内でブロック崩しをして、撃墜されていく脳細胞の欠片を目の裏に見つめて、寂寥感溢れる笑いを零す。

 適合者は、強い。

 適合者のくせに出力が足りなくて弱いリンカーの方がおかしいのだ。リンカーはあくまで代替品、本物(ヒーロー)が見つかるまでの繋ぎ役(リンカー)でしかない。

 僕の役目ももう終わりか、と紫暮が達観した笑みを浮かべる。勿論彼は進んで傷つく趣味はないし、ましてやバトルジャンキーなんかでもない。

 だが、自分のしてきたことがこうもあっさりと終わってしまうことが空しいだけだ。

 例えるならば、必死扱いて作ったドミノが一瞬のミスで終わってしまったような気分なのだろう。いや、ある意味では完成してから倒したのと同じだろうか。

 彼は、本来の目的を生きたまま達成できたのだから。

 だから、あくまで仮免ライダー。

 本物のヒーローではなく、その資格に手の届かない欠落者。

 

「……まあ、立ち話もなんだから、入ろうぜ。……ちょうど話もあるし」

「……エロ同人みたいな?」

 

 少女がボケなのか本気で言っているのかどうか曖昧な顔で言う。

 

「ねえよ。俺はどんな風に見られてるんだよ」

「男はみんな狼だってお婆ちゃんが言ってたから。満月見たら変身もするんでしょ?」

「しねえっつうの」

「え!?じゃああんた何者!?男に見えるけど女なの!?それともオカマ!?」

「うるせえ鍵開けるからさっさと入れ!」

 

 紫暮に首根っこを掴まれながら「ぎゃーさらわれるー」と冗談めいたトーンで家の中に連れ込まれる少女。これだけを見ると誘拐に見えなくもない。

 玄関から廊下に上がって、リビングのソファに少女を座らせる。何かぶつくさと文句が聞こえるが、聞こえないふりをした。

 

「インスタントで悪いけど」

 

 そう言いながら、紅茶を差し出す。少女は既に茶菓子にと出したクッキーを良く噛んで食べており、リスにも似た食べ方から、とりあえず不作法なのは理解できた。

 少女の向かい側の椅子に座った紫暮が話題を切り出す。

 

「……単刀直入に言うけどさ、あんたは昨日の夜、何があったか憶えているのか?」

 

 少女はしばらくもきゅもきゅと口を動かしていたが、しっかりと飲み込んでから、「ん、憶えてる。足が溶けたり、化け物に襲われたり、ヒーローに助けられたり。いやー、濃密な時間だった」あんなことを憶えていてもこうも平然と喋れるあたり、精神は

強固でヒーローには向いているかもしれない。

 

 

「それで、俺の家に来た理由はやっぱり……」

「うん、ここがブレイブリンカーの家だと思ったんだけど、合ってるよね?」

「……個人情報保護法はどこに行ったんだか」

「私の行動を法律ごときで縛れると思わないでよね!」

「いや、そこは縛られとけよ。法治国家の国民だろお前」

 

 テンポ良く繋がれる会話は、今日会ったばかりとは思えないほど。互いに人見知りをしない性格だっただけでなく、相性も良いのだろう。

 

 

「それで……えーと」

東雲愛莉(しののめあいり)、十七歳の現役JK。おっさんとは違うのだよ、おっさんとは!」

「言っておくが俺はまだ二十代前半だからな?おっさんって言うほどの歳じゃないから」

 

 ポリポリと頭を掻いて目を細める紫暮。流石にその程度で子供に対してキレるほど大人げないわけでもなく、愛莉の「おっさんじゃん」という声も受け流す。

 

「俺は楠紫暮、一応仮免ライダーをやっている」

「あ、やっぱあんたがブレイブリンカーだったんだ」

 

 と紫暮をじろじろと不躾に眺め、ついでとばかりに伸ばした右手で紅茶を飲んだ。「熱っ!」そして舌を火傷した。「ちゃんと冷やしといてよ」そして文句を言った。傍若無人と無遠慮を組み合わせればきっと彼女の形になるのではないかと紫暮は思った。

 ヒリヒリと痛む舌を外気で冷やしながら彼女は続ける。

 

「……で?そのブレイブリンカーが私に何の用?」

 

 さっきまでインターホンを連打していた人物と同じとは思えない。いや、確かに用があるのはこちらの方なのだが、尋ねてきた人が言う言葉でもないだろう。

 

 

「…………」

 

 しかし、誰かがやらなくてはならないこととは言えど、まだ若く、未来のある女の子に────例え傍若無人な奴であろうと、任せてしまって良いのだろうか。

 その未来を、命を。潰してしまって良いのだろうか。

 通常の鎧装者はリンカーよりもずっと強い。強いのだが────それでも、戦死は少なくないのだ。特に、まだ戦い慣れしていない時に《フィーア》の能力にやられたとか、《ツヴァイ》が人質を利用した、なんてのもある。

 良心云々ではなく、一人の大人として子供を戦いに巻き込むというのはどうなのだろうか。

 今まではさほど気にしていなかったことが気になりだして、疼く。

 迷いはその決意に罅を入れる。

 罅はどんなに小さなものであれ、裂け目を入れてその意思を割る。

 故に────────

 

「……そっちが尋ねて来たんだろうに。用を聞くのは俺の方だよ」

『お、おい!紫暮!』

「何だよネクスト、俺が(外見は)美少女と話してるのがそんなに意に食わんか」

 

 故に彼は、独りだけの戦いを続ける。

 

『そうじゃねえって!お前』「ああ、悪い。さっき出したお茶菓子お前のだったか。悪かったな」『……………………ああ、そうだ。気ぃ付けろよ』

 

 ネクストの本心としては、やはり彼女に鎧装者をやってほしかった。戦力的な意味だけでなく、リンカーの負担も考えて。

 先ほど、紫暮は『少女の未来を潰してしまって良いのだろうか』などと思っていたが、誰よりも未来を使い潰してしまっているのは紛れもなく紫暮本人である。

 しかも、未来を使い潰してまで行使する力は通常の鎧装者よりもずっと下。いつ死ぬかもわからない身だ。だから、彼女のことは確保しておきたかったのだが────紫暮がそれを拒否した。

 勿論、女子供を戦わせることはネクストにも抵抗感はある。

 だが、どう考えても戦闘要員のスペックではない自殺志願者の亜種(ブレイブリンカー)を戦わせておいて、戦えるスペックを秘めている女子供がその後ろで守られているというのは────どうも、気持ちが悪い。

 『人間の味方』としての概念の世界精霊の本能は彼の言うことに賛成する。大人が子供を守ることは自然だろう。男が女の子を守ることもだ。

 それでも、ネクストという個人はそれを否定したいと思う。

 それは紫暮への好感であったり感謝であったり────罪悪感から来るものだ。

 何とか騙し騙しやっているが、楠紫暮は七十までにはほぼ間違いなく死ぬ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。戦う度に血みどろになり、戦う度に命が削れていく。そんな彼をもう見たくはなかった。

 そう思っていても彼の意思は否定できない。彼を戦いに引きずり込んでしまったのは自分だ、彼の命の蝋燭を溶かしているのは自分だ。

 だからこそ、何も言えない。

 

「……その喋ってんのは?」

「変身アイテム」

『せめて相棒って言えやオラ』

 

 すまないという言葉は心の奥で溶かされ、混ざり合っていく。

 自分に出来ることは、紫暮が今すぐ死なないようにと未来を殺していくことぐらいだから。

 

 

 

 

 

 

 




多分続きます。
三人称って難しい……

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