鎖色の物語に彩られる100通りの生き方   作:夏からの扉

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『幸福』と『私』の些細なる関係

「連続殺人事件、もう六人も被害出たんだってー」

「なにそれ、ヤバくなーい?」

「ヤバいヤバい。超ヤバいんだってー」

「ほんと、ご愁傷様ってゆーかー」

「しかもあれでしょ?何か最近は二件続けて女子高生殺られてるんでしょ?」

「ヤバいわー、マジヤバいわー」

「あ、今の戸部先に似てね?」

「ちょ、それ侮辱だし」

「キャハハハハハ!!」

 

 ……何が楽しくて笑っているのだろう、こいつらは。

 いつも通りの職務を終えて、六時半に差し掛かろうかという時にすれ違った女子高生たちの会話を聞いて、ふとそう思った。

 甲高く、さらに声量も大きい、耳障りな笑い声だ。もっと言うと、外見の派手さに比例して声量も増大している気がする。一番声が大きいのは、マスカラとつけまつげを気持ち悪いほどに使用した、獣の足としか思えない靴を履いた、「もうそれアフロの方がマシじゃねえの」って感じに頭を盛った頭の悪そうな女子である。

「ふっ、運が良かったな。今私が猛烈にお腹が空いてなければ殺していたぜ」とか自分のキャラを見失ってしまいそうなことを心の中で呟いた。

 女三人寄ればなんとやらと言うが、あ奴らは集まってない間どんな顔をして過ごしているのかが異様に気になる。常に騒いでいないと死んでしまう病気という無理のある設定を押し通して、一人でも劇団とか開いているのだろうか。

 あれが未来の日本を担う現代の子供達かと考えると、今の内に徹底教育という名の洗脳もどきをした方がいいのではないかと思ってくる。あれは、野に放しちゃいけないだろう。

 

「……女子高生か」

 

 なんとなく、口にする。どんな言葉だろうと、私には仕事にしか繋がらないことを考えると、私は根っからの仕事人間なのではないかと錯覚してしまいそうだ。

 私もまだ二十代前半だというのに、「若い者の考えることはわからん」とかプチ老人化してしまいそうなほど特徴的な出で立ちの五人組がのろのろと亀の歩みに例えられるような速度で動く。いつまでも消えそうにない笑い声が不快だったので、兎さんな私は歩く足を速めてみた。これでいつ「何をおっしゃる」とか言われても平気だろう。

 ……しかし、六人か。女子高生の会話を思い出す。

 日本の人口から見れば遥かに小さい数字なんだろうけれど……多いんだろうな、この数字。なにせ、殺人だ。人殺しだ。連続殺人なんて、小説の中のものだと思っている人もたくさんいるだろう。それが現実に起きているのだ。どんな数であれ、連続と頭文字が付く時点で多くないはずがない。

 とりあえず、被害者にはご冥福を祈っておこう。

 

「……………………と」

「……!す、すいません……!」

 

 曲がり角を曲がると、女の子にぶつかりそうになった。伸びた前髪が目を隠している、こう言っては何だがいじめの標的にされていそうな陰気な少女だ。先ほどの女子高生と同じ制服を着ていたことから、きっとこの娘も女子高生をやっているのだろう。

 

「え……あ、あの……すいません。え、と……すいません……」

「……………………」

 

 どうしてこの娘はこんなにも熱心に謝ってくるのだろうか。もしかして、私の見た目、そんなに怖かったりする?いくら現在定住する家がないと言っても、身だしなみには気を遣っているから浮浪者やヤの付く自由業の方には見えないと思うんだけど……。

 

「そん」「すっ、すいません!」なに謝らなくても大丈夫だ、と言おうと思ったのに逃げられてしまった。まるで私が脅しつけたようなシチュエーションに、まばたきの回数が増える。通報とか……されないよな。

 

「女子高生に声をかける事案が発生……笑えなくなってきたかもしれないな。謝る練習でもしていた方が良いかも。すいませんすいませんっと……」

 

 しかも住所不定。犯罪性がフルスロットルだ。私もこの歳で逮捕されたくはない。どの歳だろうと逮捕なんぞは経験したくないものだろうけど。

 どうでもいいことを考えながら歩いていると、蛍光色に塗られた、中途半端に派手な看板が目に入る。どうせやるのなら、先ほどの女子高生を見習って徹底的に派手にすればいいのに、とは思うが、その建物の性質上、そうもいかないのだろう。老害の皆さんやらPTAの方々に、不謹慎だとか言われそうだ。

 見上げようと首を傾けると、髪の毛が鬱陶しいことに気がついた。縛ろうと手で髪を束ねてみるが、結ぶほど長くなかったようで、髪が上手く掴めない手を、伸びをしてごまかした。

 人通りはそこそこ。変な目で見てくる人がいないよなとあたりを警戒する。

 片方の眼球のみが忙しい男と目があった。男は見ないふりをして去っていった……。

 

 

「…………なんだこれ、死ぬほど恥ずかしい」

 

 頭を押さえて空を見上げる。赤色を通り越して群青色の空に、控えめな自己主張をする看板がその文字を僅かに照らす。

 看板に書かれている文字はギルド。

 つまりは、『冒険者』を募る建物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は確か、五年ほど前だったと記憶している。

 突如として地球上に人類に敵対的な謎の生物が現れて、長ったらしい英語の名称が名付けられ、その後すぐに『モンスター』と呼ばれ、それが定着したために彼らは『モンスター』になった。

 モンスターは主に人を捕食する。増えすぎて傲った生命体への星の抑止力だとか、生物として効率化しようと一番栄えている生命体を模倣しようとデータを集めているとか、本気で言っているのか冗談なのかわからないような憶測が飛び交っているが、未だ理由はよくわかっていないらしい。

 だが、理由がどうであれ、彼らのせいで人類の生存圏が狭められているのは確かなので、人類は対抗策を持ち出した。

 その一つが冒険者。

 一般から誰でもなれる、職に溢れた人への救済にて、一攫千金もあり得る男の夢、と言ったらわかりやすいだろうか。

 冒険者にルールは少なく、あっても三つほど。

 モンスターを殺した証拠を持ってくること。

 盗みは御法度。

 何があっても自己責任。

 あとは、新種のモンスターを見つけたら金一封というのと、殺したモンスターのランクにより報酬が変わるくらいだろう。

 まあ、だいたいはゲームとかその手の創作物にあるものと似たような設定だ。年間で死んでいる人数は、その手の創作物の比ではないけれど。

 モンスターはいれど、魔法はない。故に、人々は銃を握り、剣を取る。

 それが金のためか、家族のためか、世界のためか、別に何のためかなどはおかまいなしに、モンスターが襲ってくるからという理由で特に何も考えずに戦っている者もいる。

 まあ、なんだかんだ言って、人間はこの時代に適応してきているのかもしれない。それが良いことなのか悪いことなのかはともかく。

でも、だからこそ。

 

『……で、現在犯人は首都圏を越えて北へと移動していると予想されます……』

「適応しきれない事態に大騒ぎする……と。……不自然じゃないんだけどね」

 

 確かに連続殺人は問題だ。だが、それよりもずっと死んでいる人数が多いはずの冒険者の真実を一切報道しないのは、なんというか、いまいち納得ができない。いや、報道なんかしたら冒険者を誰もやりたがらないのはわかるけどさ。

 

『……被害者は既に八人に達しており、警察は事態を重く見て、全国に指名手配を……』

 

 電気屋のテレビが道行く人にニュースを伝えようと奮闘するが、都会の無関心というか何というか、目に留める者はほとんどいなく、早足に過ぎ去っていく。

 かく言う私も実は熱心に見ているというわけではなく、ただ単に暇だから見ているだけなのだが。

 

『……ここ四件は、女子高生が連続して殺害されている様子を見て、専門家は模倣犯の可能性も否定できないと……』

 

 焦点をテレビの背景に合わせながら意識を奥の方に飛ばす。意識がそのままテレビに侵入してエグゼな岩男なことになったら天国だなあと暢気に考えた。ウイルスバスターは怖いが、きっと何も摂取しなくても生きていける環境がそこにはあるだろう。

 

『……犯人の素性は、目下捜査中とのことです……』

 

 ……指名手配って、素性が分からなくてもできたっけ?

 話半分も聞いていなかった耳がテレビの方向を向いて、ぼーっとしていてほとんど内容を気にせず、単語に反応するだけだった意識が半分ほど覚醒した。

 

『続いて、次のニュースです』

「あ」

 

 気になるところがすっきりしないまま次のニュースに移ってしまった。頭の中のもやもやはすっきりとしないまま、渦を巻いて脳細胞を混線させる。昔から、こういう曖昧な感じが好きじゃなかったよなあ、と青春時代を懐かしみ、自嘲。

 青春と呼べるほどご大層な物じゃなかったからなあ……。

 

「あの……」

「うん?」

 

 

 私が古き懐かしき日々の思ひ出をぽろぽろと心の汗として外側には出さずに流していると、気弱そうな女の子の声をかけられた。

 逆ナンか?とか思っている余裕は私にはなく、とりあえずは逃げることを最優先に考えてみる。足はいつでも離脱できるように踵を浮かせ、心は既に十数メートル先へと逃走を始めていた。

 私のような男に声をかけてくる女など、ろくなものじゃないと経験則で知っていた。

 美人局、宗教勧誘、保険勧誘に援助交際、さあどれだ。

 にっこりと表面的な笑みを貼り付けて、声のした方向へと振り返る。

 

 

「ど、どうも……」

「こんにちは」

 

 数日前くらいに見た気がする制服に身を包んでいる少女だった。彼女がコスプレイヤーでないなら、きっと女子高生だろう。

 意地でも光を通さないという意気込みが見える前髪は目を隠し、少しの隙間もなく額を黒色で埋め尽くしている。どうやって前を見ているのだろうかとかそんなことが思いついたが、きっとカチューシャに赤外線センサーでも付いているのだろう。……さすがに冗談だが。

 

「……………………」何か喋れよ。

「あー、私に何か用かな?」

「あ、あの!……えーと、す、すいません……!」

 

 ……どこかで会ったことがあっただろうか。妙に彼女の「すいません」の言葉が耳に引っかかり、頭の中で反芻される。女性に謝られることに興奮する性癖は持ち合わせていなかったはずだから、多分そうだと思うんだが……。

 

「冒険者とか、されていますか……?」

「……まあ、近いことはしてるかもしれないね。やってることは似てるし」

「そうですか……」

 

 目に見えて落ち込まれた。

 冒険者をしていてほしかったのか、冒険者系統の職業をしているのがまずかったのか。よくわからないが私には関係ないだろう。

 女子高生は頭を少し振って、目を露出させた。私も仕事柄、色々な目を見てきたのだが、中々お目にかかれない、強い意志を持った目だった。その意志がどんなものかは知らないが、非常に私好みの目をしていると言えよう。……いや、さすがに未成年相手に付き合うどうこう言うつもりはないけれど。

 それに、どちらかというと人間性的な問題だし。

 

「ところで、どうして私が冒険者関係の仕事をしていると?」

「えっと……その」返答に詰まられた。

 

 これには女子高生も苦笑い、というテロップが見えそうなほどの引きつった笑みだ。思わずドッキリなのかと、あたりを見回してしまう。頭の中の地球儀を回して世界を余すとこなく丸見えにする想像をかき立てながら、彼女の様子を窺う。

 おどおどした風を装っているのか素なのか、判断は付かないが長い前髪の隙間からこちらをちらちらと観察しているような雰囲気だ。

 

「……何というか、血の匂いが……」

「……匂うのか、私」

「あ、いえっ、そういうことではなくて!ふ、雰囲気?とか体運びとかが……」

 

 女子高生が必死に取り繕うが、血の匂い云々とは関係のない冒険者の特徴を上げていることから、私が匂うのはほぼ確定と見ていいだろう。

 ……一応、ホテルとかでも体は良く洗っているというのになあ。風呂にも入れる時は必ず入ってるし。

 

「……もう、いいかな」

 

 傷ついた。傷心だ。ハートブレイクホテルだ。いくら職業柄とはいえ、『臭い』というその事実だけで死にたくなる。言葉には魔力が宿っていると言うが、案外馬鹿に出来たものではないのかもしれない。

 

「いえ、失礼しました。ご協力、ありがとうございます」

「いやいや、これくらい、気にしないよ」

 

 近頃の女子高生にしては礼儀がきちんとしてるな、と感心するほどの深いお辞儀。角度にすれば六十度はありそうだ。背中に蜜柑を乗せたらよく転がるだろう。

 私が蜜柑を買うかを検討している間に、女子高生はたったったとどこかに駆けていった。何がしたかったのかはわからないが、気にするほどのことでもないだろう。

 

「……………………」

 

 あ、彼女が誰だったか、思い出した。

 初対面だね、彼女。会ったことねえや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭が痛い。吐き気もだ。

 ……いや、吐き気が痛いわけではない。私はそれができるほど愉快な人体構造をしていないし、頭痛や腹痛も痛くならない類の人種だ。

 

「……おえ」

 

 くだらないことを考えて現状を霧散させようと試みるが、どうもうまくいかない。経験値が足りないのは致し方ないにしても、まさか私がこの程度で────殺人現場に遭遇した程度でここまで気持ちが悪くなるとは思ってもいなかった。

 猛烈な死臭。鼻から侵入するそれは、私の嗅覚神経を蹂躙して脳細胞を蹴散らす。

 鮮烈な視覚情報も、臭いに相乗して私の気分を低下させる。

 

「くそ……!」

 

 九人目、だ。

 実際に殺人現場に遭遇するあたりは犯人に近づいているとも言えるが、逆に言えば近くにいても何も出来ていないのと同義だ。私の目的はあくまで捜査ではなく、犯人の無力化もしくは殺害である。死後一週間は経っていようかという死体の第一発見者を務めて喜ぶことでは断じてない。

 口の中が饐えた臭いで充たされて、喉の奥へと流れ込んでいく不快感と無力感が鼓動の速くなる胸へと詰まり、血液を固めていく。もう既に半分ほど麻痺しかけている鼻孔は呼吸を放棄しかけていて、聞いていて気持ちよくはなれない呼吸音が耳鳴りと共に私の頭蓋骨を揺らす。

 不快だ。

 不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ不快だ気にくわない気に入らない納得できない苛つきと心臓の鼓動は最高潮へと達している。

 死体の様子は腐れた人体模型だった。

 身体の半分が、皮を剥がれて脂肪や筋肉を強制的に露出させられている。更に、もう半分は臓器が生み付けられた蛆と共に自己主張をしており、露出狂でもまだ自重しているといったような惨状だ。

 目の裏の蛆が動いたのか、無機質な眼球がぐるりとこちらを睨む。

 自分の首を絞めて過呼吸になりそうな口を黙らせる。脳味噌に酸素が足りていないのか、頭の中でブロック崩しをされているような感覚に陥った。

 

「……………………ごめんなさい」

 

 死体は喋らない。

 死んでしまったのなら何も感じないし、考えることさえ出来ない。

 私は、おそらく生前は綺麗であったであろう女子高生の死体に目をやり、自己満足の言葉を吐き出す。

 

「……あなたを助けられませんでした。ですが、絶対に忘れないことを誓います」

 

 理不尽を。

 

 

「犯人は殺す」

 

 天誅裁き仇討ち、どの言葉にも当てはまらないこれはきっと、ただの八つ当たりなのだろう。正直に言えば、私の正義に合わなかった何かを許せないというただそれだけの理由だ。本来ならば私は、自らの力不足を謝る権利さえない。

 だからこの誓いは、おそらくは自らを鼓舞するためだけのものなのだろうと思っている。私が何を思ってそれをわざわざ宣言したのかは、私にも正確に言葉に表すことなどできない。自らの心を100%完全に言語化できる者などいない。

 それでも、誰だって『自分探し』くらいはできるのだ。

 

「……今から私は正義漢だ。悪を許せぬ、正義の味方だ。誰かを助けるのに理由なんていらないし、誰かを守ることが当たり前のような、絵に描いたような善人だ。誰かが傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシで、最高の報酬は守れた誰かの笑顔」

 

 根本からの嘘である。

 だが、それがどんな偽りだったとて、私の心のどこかにそんな一部分があるのなら、私はそれを真実へと変えることが出来る。

 その部分だけを拡大して、全てに変えることが出来る。

 

「……………………」

 

 握り拳の爪が憤怒の余剰分私の皮膚を貫く。怒りのまま噛みしめた奥歯が少し欠けて口の中を縦横無尽に転がり始めた。

 頭の中は中枢で焚き火でもしているかのごとく燃えさかっていて、義憤が渦を巻く。些か過剰に熱を帯びている脳内に水を差して冷却、警察に連絡をした。

 一通り状況を説明し終わったら、空を見上げてみた。鈍重な色をした不吉な容貌の空である。

 吐く息は黒色で、肺や気道の表面をガリガリを削っていく。

 血流は高速化して、今どこかから血を出したらたちまち失血死してしまうほどだ。

 ホルスターから銃を抜き、妙に持て余してクルクルと西部のガンマンよろしく回転させる。

 今度は、逃がさないから。そう、静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『生きることはどういうことなのか』と、誰かに問われたことがあった。

 その言葉を私に投げかけたのが誰だったかは思い出せないが、私がどう返答したかはしっかりと覚えていた。初恋の人の顔さえも覚えていないというのに、何故だかそれだけは覚えている。不思議なものだ。

 注釈を付けておくと、別段私はナルシストではないし、ましてや他人なんてどうでもいいと考えているような性格はしていない。ただ、その言葉だけが、私自身何気なく言ったというのに、私という人間を的確に表していた、というのが理由かもしれない。

 おそらく私の人生はそこで決まったのだろう。

 あれがなければ私は今の道を選んでいなかっただろうし、その後の苦悩と哲学を繰り返すようなこともなかったはずだ。そういう意味では、その質問をした名前も顔も思い出せない誰かに感謝か罵倒かどちらかをしてもいいのかもしれない。名前も顔も思い出せないからしようがないけれど。

 自分の言葉に感銘を受けてしまうといった痛々しい経験をした幼少期の私は、自分を包み隠さなくなった。自分が受け入れられないものと知りつつも、それをむしろ誇るようになった……というのは誇張にしても、本心を偽らずに自分を貫き通すようになった。

 それまで複雑怪奇を装っていた私の心が単純化を認めた、とも言う。

 社会や常識という器に無理に私という異物を押し込もうと頑張っていたところを、『もういいや』とばかりに投げだして好き勝手やり出したのだ。社会的に見たら、ミュージシャンになるとか言い出して勉学や就職活動を放棄するアホと何ら変わりない……周りに迷惑をかけている分それより酷いか。

 カビ臭くじめじめとした、ここに定住したいと思う輩はいくらレスホームの方々であろうといないだろうという感想が浮かぶような狭い路地を通り抜け、下手な迷路よりも入り組んだ場所へと入る。

 蜘蛛の巣は節操なしにあたりに巣を作って私の進路を妨害する。はて、前来た時もこんなんだったかなと健忘気味に過去を思い出そうと試みた。

 

「…………ん?」

 

 私の自意識過剰力がふんだんに発揮されて、背中に視線を感じる。瞼の上部に血液が集まってきそうなほど背中を反らして確認をする。旧国際的テーマパークの着ぐるみの中身ほど、誰もいない。あのテーマパーク、今はモンスターの根城になってたりするんだよなあ。アメリカの方もアウトらしいし、もしかするとモンスターは夢の国からやって来たのかもしれない。

 私の自意識過剰力が遺憾なく発揮されて若干死にたくなってきたところで、携帯端末を起動させて適当に弄りながら羞恥を掻き消す。

 

「……………………………………」

 

 ニュースの見出しで大きな文字となって踊っていた連続殺人事件は、連続女子高生殺人事件へと改名を果たして十人目の被害者がどうたらこうたらと盛り上がっていた。何の専門家なのかよくわからない方のプロファイリングで、犯人の人間像が七割の偏見ほどで築き上げられている。何を主軸にして記事の編纂をやっているのだろうかと疑問に思った。

 名目上犯人のことを非難しているようではあるが、文面からは臆面なく警察を罵倒できる嬉しさと新鮮なネタを提供する犯人への感謝が感じられた。

 ……それでいいのかとか、そんなことを思う。彼らは、明日にでも自分が殺されるかもしれないなどとは微塵も思ってはいないのだろう。当たり前だが。

 動かない左目とは対照的に、右目が忙しなくぎょろぎょろと回転を開始する。警戒しているわけではないのだが……まあ、癖のようなものか。

 臭いがきつくなってくる。

 慣れ親しんだ臭いなのと同時に、鼻が曲がりそうなほどで不快でもある。

 ……ああ、そうだ。

 この臭いが私が選んだ道の証でもあるのだ。

 例え女子高生に臭いとか言われようと、それだけは揺るぎはしない。

 

「…………とと」

 

 臭いの源泉に辿り着いて、山の彼方の空遠くの幸いでも住んでいそうな所へと飛ばしていた意識を現実に戻す。

 危うく、踏んでしまうところだった。

 

「…………あー」何か言おうとして、言葉が微妙に浮かばない。「…………何だ」

 

 冒険の書が消えてしまったくらいにはお気の毒だけど。

 

「……きみ、まだ見つかってないってさ」

 

 私は、寸刻みに解体された十一人目の被害者(・・・・・・・・・・・・・・・・・)に声をかけた。

 いくら人気のない場所を選んでやっているとはいえ、気付かれないというのはあまりにも酷いだろう。その方が私に都合が良かったとしても、だ。

 

「こんな時代だから死んでるとは思われてるかもしれないけどさ。……それでもどうなんだろうな。殺されたことに気付かれていないってのはさ」

 

 まあ、殺した本人が言うべき台詞でもないのだが。

 それでも、殺した本人が心配になってくるくらいには時間が経っているのだ。もうかれこれ二週間になろうか、死臭も尋常じゃないというのに未だ発見されていない。都会の無関心ってレベルじゃないぞ。

 と、いうわけで死体の確認も出来たし、正直ここにはもう用はないのだが……。

 

「……せっかく来たってのに何もしないってのはなあ……」

 

 だが手元には油性マジックなどないし、そもそも落書きが出来るスペースなどその死体には存在していない。どうしよう。

 

「じゃあ、殺し合いでもしていきますか?隻眼の殺人鬼さん」

 

 ……おや。せっかく目立たないように義眼入れたのに、それも無駄ですか。

 

「…………どなたで?」

「いえいえ名乗るほどもないただの国家の狗でして」

 

 聞き覚えがあるようなないような声に、振り向いた。

 

「………………………………」

 

 私の記憶が確かならば、彼女は私に向かって臭いと言った女子高生……ではないのか。国家の狗って言ってたし。

 

「…………コスプレイヤー?」

「非常勤の警察官です」

 

 彼女はそう言いながら、右手でカチューシャの乗った頭を投げ捨て……あ、カツラだったのか。長く鬱陶しい髪の毛が湿った地面に叩きつけられ、意志の強そうな目に合ったショートヘアーが露わになる。

 

「女子高生が連続して殺されているというので……まあ、囮捜査のようなものですよ」

 

 囮捜査って普通複数人でやるものではないかと言いかけたが、非常勤ってこともあるし、きっとアレがああでちょっとそうなのだろう。触れないでおくことにした。

 

「……で?射殺する前に弁明くらいは聞きますよ?」

「射殺は確定なのか」

「ええ、私が逃がさないって決めたんです。どんな方法であれ、殺すのは絶対ですよ」

「………………………………」警官が私刑とかして、いいのかよ。

「では、死ぬ前に一言、どうぞ」

 

 さて、どうしようか。

 どうやら彼女によるとここで私が死ぬことは確定事項らしい。私も多少腕が立つとはいえ、銃持ってる相手に勝てるとも思えない。

 一世一代の晴れ舞台。

 火サスで言うのなら崖の上だ。魚の子ではない。

 つまり私はここで精一杯格好を付けなくてはいけないわけだ。そう、格好を……。

 

「……………………」

「言うことがないのなら、殺しますけど」

 

 銃口は震えることなく、真っ直ぐにこちらを向いている。

 

「…………………………………………私は」

「はい?」

「……私は人を殺さずにはいられないという『サガ』を背負ってはいるが────」

 

 

「────『幸福に生きてみせる』」

 

 

「……はあ?何さ、それ」

 

 呆れと驚愕がシャッフルされたような表情で私を見る非常勤さん。どうやら、漫画はあまり読まないらしい。

 

「……いや、知らないのならいいんだ。だが、私の生は結局の所、それに集約しているんだよ。『幸福に生きる』為に『生きる』。周りにどう思われようと、私がしていることがどんなことだろうとどうだっていい。『私の世界』は『私』本人とすぐそばに転がっている『死体』だけで完結しているんだ。それ以外は全てどうでもいい」

 

 口端に調子を乗らせて滑らかに滑らせる。

 これで人生を終えるにしてもいくらかは格好が付いたし、相手が引いてくれたら逃げる隙も生まれる。悪くない演説だと思う。ジョジョ風味だったし、私も大満足だ。

 

「……………………『幸福に生きる』ねえ……。でも、どっちにしろ死んではもらいますから。……もういいですよね?」

「んん……随分と私を殺すことに拘っているようだけど、事情を伺ってもいいかな?」

 

 私の質問に、彼女が鬱陶しそうに眉をひそめる。それから、なにか思うところがあったのか、しぶしぶといった様子で話し始めた。

 

「私の中には確固たる『正義』があるんですよ。社会的に見てどうたらというものではなく、物語の中で出てくるような価値観です。あなたはそれに当てはまらなかった、ただそれだけです」

「ふぅん…………」

 

 特に理由もなく、「お前の考えは全部お見通しだぜ」みたいな目で彼女を見てみた。効果があったのか、彼女の表情が舐めたら苦そうなものへと変化した。

 

「何か……問題でも……?」

「いや、いいんだ。きみがそれでいいのなら私は何も言わないさ……」

 

 無意味に大物臭を漂わせてみた。出来れば意味のあるようなことを言いたかったのだが、私のボキャブラリーは今まで私がしてきた殺害方法に反比例するかのごとく少ないので上手い言葉が思いつかない。

 ……いや、もういいだろう。

 私が殺してきた彼ら彼女らは、言葉を発するまでもなく死んだのだ。私だけこんなに長々と喋るのは贅沢が過ぎるだろう。

 目を閉じて両手を広げ、無抵抗に喉を露出させる。

 

「……随分、諦めが良いんですね」

「殺してるんだ、そりゃあ殺されもするさ」

 

 顔が割れたんなら『植物のような人生』はとても送れそうにないし。

 ……うむ、我ながら、よくぞここまであの殺人鬼に影響を受けたと思う。やはり、幼い頃に読んだから深層心理に刻み込まれてしまったのだろうか。きっと殺人癖はそれ以前からのものだと思うけど。走馬燈とかで殺人癖の根源思い出せないだろうか。

 自分でも、この殺人癖はどこから来ているものなのかは分からなかった。

 だが、私が『幸福に生きる』為には殺人は必要なものだった。

 

「今更、後悔も何もない」

「いい覚悟ですね」

 

 彼女の持つ銃口が私の左胸に固定されて、カチャリと金属質な音が響いた。

 走馬燈は見えないし、時間の感覚は延長されていない。銃弾が私の心臓を貫通するまでの時間は、決して変わることはない。

 

「……撃ちます」

 

 ……そういえば、彼女のことを見たことがあったな。結構前に、ひたすら謝りながら髪を結ぼうとして失敗しているのを見たことがあった。

 変装した彼女に話しかけられた時に会ったことがあると思ったのは気のせいではなかったのか。

 

「         」

 

 音が聞こえる。

 胸にじわりとした熱さが広がり、遅刻した痛みは脳まで到達しない。

 最期まで、走馬燈は見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 局部を隠すかのような真っ白な光が降り注いで眩しい昼間、私は公園のベンチで昼食を取っていた。サンドイッチうまうま。

 口の中に卵サラダの味が広がって、脳へとうま味を伝達する。要するに、大変好ましい味だ。出来合いのものとはいえ、最近碌に食事を取っていなかったせいか、昔食べたフォアグラよりもおいしく感じる。

 

「…………いい天気だなあ」

 

 連続殺人事件の件数が三十の大台に乗っかったのをお構いなしに、太陽は私たちを照らし続ける。まあそりゃあ、天体に人間の都合なんて知ったこっちゃないんだろうけど。

 それと同じで、私は『誰の都合も考えずに』『幸福に生きる』為だけに人を殺している。天体というよりは災害に近いが、結局は人災にしかならないんだろうなと思いを巡らせる。

 あれから私は二十二人の誰かを殺した。特に女子高生がどうたらという区別は付けずに、割と無差別に老若男女入り交じらせて殺した。

 ……よく捕まってないよな、私。モンスターが現れる前の警察だったら今頃ブタ箱行きじゃないだろうか。

 

「……まあ、我慢は体に良くないってことで」

 

 よくわからない結論を結論としてから、サンドイッチを口に放り込んでベンチから立つ。

 

「……………………そういえば、アレは良かったなあ……」

 

 私の、一番最初の殺人を思い出す。

 偽物の正義感と社会に適合するよう『強制』された自らの正義に突き動かされて、名前も知らない隻眼の殺人鬼を殺した、あの時を。

 あの時まではモンスターしか殺していなかったから、あの快感は一生忘れることが出来そうにない。

 私はもう、普通じゃなくてもいいのだ。

 逸脱していても構わないのだ。

 正義じゃなくても、悪であっても、社会不適合でも、周りにどう思われようと。

 そう。

 

「『幸福に生きる』為に」

 

 

 

 

 

 

 

 




じんぶつしょうかい

さつじんき
じょじょずきなかためのさつじんき。じょしこうせいをころしてたりゆうは『たまたまれんぞくでじょしこうせいをころしたらせけんがそういいだしたから』。
に、よんしょうのかたりべ。

ひじょうきんふけい
へんそうするときはかちゅーしゃとかつらをつける、にだいめさつじんき。
いち、さん、ごしょうかたりべ。

いんきなじょしこうせい
じつはさんしょうのひがいしゃ。

もんすたー
くうき。

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