鎖色の物語に彩られる100通りの生き方   作:夏からの扉

1 / 5
注意書き
ここから先を読むのには、うざったくくどい文章を受け入れる精神容量が必要です。
あと、一話完結式ですが基本は打ち切り型です。問題は解決しないことも多いです。
多分百通りも書きません。
終わった後の作品は、ご自由に使っていただいても構いません。
寧ろ、誰か続きをお願いします。私が読みたいので。
それに、書く時は一声かけてください。私が読みたいので。


世界で独りだけの夜に

 

 知らない天井だ。

 僕の部屋であったはずの白色の天井は見事に消え失せ、その代わりに赤色と黒色の混ざったマーブルでアバンギャルドな天井が僕の目を刺激してきた。目に悪そうだな、とまずはそんな感想を抱いた。

 

「……知らない天井だ」

 

 口に出してみても、特に意味はない。

 僕が何故か顔見知りでない天井と見つめ合っているという事実は変わらないし、ここがどこなのかさえわかることはない。これだけ長時間見つめているのだから天井が何か答えてくれるかとも期待してみたが、返事がないところを見ると、どうやらただの天井らしい。

 ……やたらと不気味な配色なこと以外は、だが。

 

「あ、あがっ。たたた……痛っつう……」

 

 どうやら僕はベッドではなく手術台のような硬い台に寝かされていたらしく、体の節々が痛んで動かないことを強要してきた。起き上がるのにも一苦労。

 痛い時の筋肉痛のような痛みをよそに、部屋の内装を観察する。

 

 

「……………………」

 

 壁紙、床に至ってまで趣味の悪い赤黒マーブルの、赤道付近辺りに生息していそうな蛙のごとき色で埋め尽くされている。

 だが、それ以外にはない。

 今の今まで僕が寝ていた手術台のようなものこそあれど、その他にはおおよそ家具と呼べる物は存在していなかった。小説などでよく見る、『立方体の部屋』のようなものなのかもしれない。とはいえ、そこを拘るのなら色は白にしてほしかったというのが本音だと、未だ危機感を認識していない脳味噌が考え出す。

 もっと焦った方が良いだろう、と檄を飛ばしているはずの僕の心は暢気で、こんな状況でもなるようになるとしか考えていないのが見え見えだった。

 

「お、おわっ……!と、ととと。……あ゛ー、ん、ん、んん」

 

 立ち上がって、脳味噌の血液が一気に下へと下がり、僕の視界をじわじわと黒く染め上げていく。いつものことだが、どうも慣れない。確か、昔お医者様に起立性調節障害とやらだと診断されてからもう五年の付き合いなのだが、慣れないものは仕方がないのだ。のだのだ。へけっ。

 ぐりぐりと痛む首を回しながらなんとかその痛みを和らげようと、肩を揉んでみた。痛いだけで、どうも効果は見受けられそうもない。あまりにもあちこちが痛むものだから、もしかしてショッカーか何かに改造されてしまったのではないかという疑念が頭をよぎったが、ベルトを付けていない普段着だったことに一安心。

 『立方体の部屋』と表現したことから出入り口はないのかと思われるかもしれないが、別にそんなことはない。

 ドアはある。色がアレだけど。

 ついでに言うと、どうも自動ドアっぽい形状だけど。夢を壊すなよ。

 まあ、目の前に「押すな」と書かれたボタンがあったら押さざるを得ない性質である僕はホイホイと誘蛾灯に誘われた夏の虫のごとく突撃する。

 ゴッ。

 頭をぶつけた。どうも自動ドアっぽい形状をしただけのただの壁のようだった。

 この野郎、おちょくってやがる。

 びきびきと殺意の波動やら穏やかな怒りやらに目覚め始めた僕をさらにおちょくるように、うぃーんとモーターの駆動音が部屋内に響き、天井から監視カメラとスピーカーが合体したかのような機械が降りてきた。蹴り飛ばしたい。

 

『……聞こえますか?』

 

 スピーカーとカメラの合体した機械がが尋ねてくる。機械の合成音のような声だが、発音は生身の人間のそれに近い。どうもアンバランスだが、眠って起きたら不思議空間に拉致られていたというこの状況。もう何があっても驚かない自信がある。……ちなみに、フラグではない。

 

「聞こえます。突然なうえに話は変わりますが、あなたには略取及び誘拐罪の疑いがかけられています。出頭していただけますか?」とはさすがに言わずに、普通に「聞こえてますよ。ところでその声色は女性とお見受けしますが、下着の色は何色ですか?」普通とは何だったのかと言われそうな言葉を返した。

 ……違うんだ。これは別に僕が変態だということではない。

 予期しないことをされた時には、相手の意識の外側から言葉を投げかけることによって逆にこちらが主導権を握れる、そしてその時の言葉はセクハラが望ましいなんてことを近所に住んでいる無職のお兄さんが言っていた。

 

『え、は……?……ええ!?』

 

 ほら、予想通り困惑していらっしゃる。無職のお兄さんの言葉は正しかったんだ!

 ……何だか悲しくなってきた。この悲しさと言ったら、カップ焼きそばのお湯を捨てようとした時に中身まで一緒に捨ててしまった時以来のものだ。そういえば最近、どこぞの焼きそばにブラックでRXなGが入ってたらしいけど、やはりGも焼きそばは好きなのだろうか。もしそうだとするなら、屋根裏に無断で住み込んでいるゴキ夫さん(もしかしたら女かもしれない)に殺虫剤入りのものをご馳走してあげたいところだ。

 

『……こほん』わざとらしい咳払いだった。『ようこそ、「ふりだし」へ』

「……ふりだし?」

 

 相手の求めている通りのリアクションをすると共に、自分の抱いている疑問も解消させるべく、彼女(だと思われる)の言った言葉を反復する。

 

『ええ、「ふりだし」です。全ての始点。原点。未だ始まってすらいない場所』

 

 厳かに、壮大なことを言うスピーカメラ(仮)。中学生当たりの思春期の子が好みそうな言葉を駆使して僕に何かを伝えようとしているのだが、いまいち理解が及ばない。この場合はカルチャーショックとジェネレーションギャップ、どちらの言葉を使うべきだろうかと見当外れな感想が浮かんだ。

 

『そしておめでとうございます。貴方は「神」に選ばれました』

「…………………………」

 

 はて、僕はトラックで轢かれたり抽選で当たったり記念すべき云千兆人目の死者だったりしただろうかと、考えを巡らせる。しかし、いくら思い出そうとも昨日は布団に入って寝たのであり、神様の目に留まるような善行などもしていない。

 

「神に選ばれたって……僕のどんな行為を神様が見初めた言うんですか?」

『ああ、言葉が足りませんでしたね。貴方は神という人物に選ばれたのではなく、「神」という役職に収まる者として選ばれたのです』

「…………」脳内回路が蝶々結びを試み始めた。

『貴方は、今日から神様です』

「…………」ぶちぶちぶちっと小気味よくニューロンの千切れる幻聴が聞こえた。

『おめでとうございます』

「……ありがとうございます」

 

 ……よくわかんないけどつまり。

 神様始めました、みたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で」

 

 赤色の、不毛の大地と形容するのが正しいような、ごろごろとした石が転がる荒野を目的もないままざくざくと歩きながら、呟く。

 今にも落ちてきそうな空は重苦しく淀み、周囲は鎮魂歌が静かに奏でられそうなほど静まりかえっている。スタンドでも発現しないかなー、とか思いながら地面の砂を蹴飛ばすと、風に吹かれて空中浮遊を見せてくれた後に消えた。人間である僕には犬が操るべきである砂は操れないということだろう。

 

「神様……神様…………。……神様って何だ(哲学)」

 

 神様に選ばれた、とは言ってもあれから具体的な説明はされずに、前触れ無く開いた自動ドアに吸い込まれた。もっと具体的に言うと、床が動いてバランスを崩している間に強制室外退去させられた。動く床とかではなく、もう少し超常現状的な退出の仕方を考えて欲しかったと思った。

 それからずっと荒野を当てもなく彷徨っているのだが、その途中でいくら手に力を込めようとも発火現象は起きず、石ころに何かを念じてみても新しい生命は生まれなかったことは確認済みで、おそらくは神様に任命される以前とスペックはほぼ変わらず……いや、少しばかり身体のスペックは上がっているような気もするが、人間の範疇を出ない程度だ。

 どのへんがどう神様なんだよ、と両手をズボンのポケットに突っ込みながらぼやく。そういえば寝る時はパジャマに着替えたはずだったんだけど、もしかしてあのスピーカメラさんに一回脱がされたのだろうか。

 身体スペックが上がっていることも含めて、いよいよ改造人間説が真を帯びてきた気がする。

 

「……だがベルトがない。変身もできない。敵もいなければこの人間の範疇の身体能力でどう戦えと」

 

 やはり改造人間は設定的に矛盾が盛りだくさんだったようで、違うと切り捨てる……ようにして考えを打ち切る。

 事実、身体能力は上がっているわけだし。深く考えないのが得策だ。

 

 

「しっかし砂石岩以外何もないな、ここ」

 

 見渡す限りの赤色。枯れそうな草の一本か二本でも生えていれば雰囲気が出るのだが、不毛の大地という表現がこの上なく似合う。生き物が生息している分、まだ砂漠の方がマシだろう。

 

「…………おん?」

 

 果てないはずの地平線をよく見てみると、一カ所だけ色が違う。赤茶色の中に一塊だけ、泥のような沈んだ茶色がある。もしかして、湿っているのだろうか。

 駆け足で茶色の方向へと近づいてみた。茶色の部分とここでは随分と高低差があるようで、丘のように盛り上がった場所から茶色を見下ろす。

 こうして見てみると先ほどまで見えていた茶色はほんの一部分で、本当は地面一杯に広がっているのだと……うん?

 不意に、赤色の点が光った。僕の眼球がそれを捉えて。

 ぽつりぽつりと赤い点が増えた。腕は本能的な警戒心を露わにして震え。

 一面の茶色と赤色が。

 

「な、……んだかねえ。こいつら」

 

 僕が見ていた赤色。それは目玉だった。

 それらの外見を表すとするならば、『惑星のさみだれ』に出てきた泥人形と地球上に存在する、しないを含めて人間が考え得る様々な形状をした生き物と融合させたもの、と表現するのが一番適切な気がした。

 それが、地面を埋め尽くすほど存在しているのだ。軽く数千から数万はいるだろう。光景が現実離れしすぎていて、『古代中国対妖怪』みたいなB級臭溢れる駄作映画のようなものを見ている気分になってくる。

 

「話せば……わかりそうもねえ。友好種……じゃないよなあ、どう見ても」

 

 僅かながらの希望はあるにしても、奴らに付いている口はどうも話すためでなく食いちぎるためだけのそれにしか見えない。

 

「……距離は結構離れてると思うんだけど、視力も上がってるのかね……」

 

 現実逃避しか口に出ない。

 今なら、わかるからだ。嗜む程度にもゲームや小説を楽しんでいる身としては、あの言葉の意味が、これからの展開が。嫌が応にも予想できてしまう。

 

『【MISSION1】「神」としてこの地上を生物の住める環境にしろ』

 

「え、やだ」

 

 脳内で自分が生み出した幻覚に対して、素で反応してしまった。なんちゃら無双じゃないんだから、いや、無双シリーズだったとしてもここまでの物量はどうしようもないだろう。

 ウェーブのように泥人形たちが蠢き、犇めく。ゆらゆらと揺れながら、酷く現実感の薄い大行進を僕の網膜に強制的に焼き付けてきた。

 僕が目視してから、目が開いて。

 僕が目視してから、動き出して。

 ……あれ?これひょっとしてロックオンされてる?

 

「……………………」数秒の黙考。「…………」理解と「…………!」危機感の発露。

 

 すぐさま回れ右してクラウチング、右足に力を入れて飛び出す。イメージするのはカタパルト。押し出されたら最後まで全力で駆け抜けろ殺されるぞ!

 

「僕は逃げ出した!」

 

 回り込まれていないことを願う。いや、本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………残念、僕の冒険はここで終わってしまった」

 

 目の前には泥人形────さっき、原住体と名付けた物質(とても生命体には見えない)が緩慢な動きでぎょろぎょろと動く目を僕の動きに合わせている。まだ少し距離があるとはいえ、接触は時間の問題だろう。

 右を見る。原住体がこちらを凝視している。

 左を見る。以下同文。

 後ろを見る。以下省略。

 どの原住体も僕を見る目は血走っていて、とても友好的な話し合いが出来そうな雰囲気にない。どちらかと言うと狩人が獲物を見る目や、小学生とかが足下の虫を見る目に近いものを感じるのは気のせいだろうか。なんというか、無意味に殺されそうな感じだ。

 目の前の、鰐の形をした背中に六つほど目のある原住体ががぱっと大きく口を開ける。普通の鰐ならばかっけーとかすっげーとか場違いな感想を抱いていたのだろうが、全身土色で顔の部分に目がなく、尻尾が大きく裂けて口を形成しているような不気味物質からは、恐怖しか抱けない。

 そして、その原住体のジェスチャーが示す意味に、攻撃以外の意思は見あたらない。

 蜥蜴を原形にした原住体が脳天の口を開く。兎をモチーフにした原住体が耳にあたる部分を鋭く尖らせる。ペンギンと思われる原住体が脇腹の爪を臨戦態勢にする。虎らしき原住体が二足歩行で腹にある大きな一つ目を見開く。ケンタロスをベースにした原住体が槍を構える。トーテムポールじゃねえのって感じの原住体が尖った体を回転させる。巨大なドラゴンの原住体が他の原住体を踏みつぶしながら迫ってくる。

 

「……死ぬな、これ」

 

 できることなら、もう少し長生きしたかったと思う。

 死んだらさっきの部屋に戻ってて、「情けない」と謂われない罵倒を受けながらも蘇生させてもらえないだろうか。もらえないよね。うん、知ってた。

 

「死ぬ前に一足掻きを……あ、駄目だこれ。足超震えてる」

 

 足や手の筋肉が無駄にビートを刻む。おそらく、二、三匹に攻撃したらそれで力尽きる感じのやつだ。

 それに、攻撃したところでダメージがあるかもわからない。相手は地面、岩タイプっぽいから、きっとノーマルな僕では碌にダメージは与えられないだろう。せめて格闘技を覚えていたら、というやつだ。通信空手でもやっておくべきだったか。

 

 

「はっはっはー……死にたくねえ……」

 

 既に確定的な死が決定しているのに原住体たちに特攻していかないのは、僕自身の生き汚さを細胞の一つ一つが反映している結果だろうと推測。心ではせめて格好良くと死に際を飾り付けることを望んでいるのだが、脳味噌がそれを拒絶している。

 わかりやすく言うと、バンジージャンプ台にいる心境だ。紐が付いてないからそれよりもずっと質は悪いけど。

 それより、こうやって囲んでじりじりにじり寄ってくるのには何か理由があるんでしょうか。僕の精神追い詰める嫌がらせにしか思えないぞ、このフォーメーション。

 やるならひと思いに……やっぱ今の無し。生きたいです。

 誰かが助けに来てくれるか、隠された力に覚醒するか。どっちかが起こんないかなー、と漫画かテレビでも見ているような気分になっている自分が暢気に思う。

 ……まあ、無理だわな。

 大きく溜息を吐いたら、深呼吸。息を、吸って、吐いて。吸って、吐いて。

 ピョンピョンと軽くジャンプ。イメージはスプリンターだ。

 覚悟完了、したわけじゃないけど。

 

「……行くか」

 

 それでも、泣き喚いてみっともなく死んでいくのは、僕のちっぽけなプライドが許さない。

 意地があるのだ、男の子には。

 そうして、格好良く宣言してやる。どこかで見た物語のように。

 

「生きてるのかどうかわかんねえけど、死ねよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ?」

 

 確かに小さくて弱そうな奴を殴ったつもりだった。

 だが、それにしても柔らかすぎる(・・・・・・)。それなりの手応えがあったにせよ、それこそ乾いた泥団子を殴るかの如く、原住体はボロボロと砕ける。ついでに、ある程度硬いと予想して体重をかけていた僕の体勢も前に倒れ込む。

 

「や────────べ────────」

 

 周りにはまだ大量の原住体がいる。無数の赤い目がこちらを見つめる。注目の的だぜと笑っている暇はなく、後悔している時間もないのだと気づかされた。

 前傾姿勢の体を抵抗なくそのまま倒し、ミジンコに足が生えたような原住体の目玉に指を突き刺し、バランスを取る。原住体にも痛覚があるのか、原住体は苦しそうに身悶えしている。崩れないところを見ると、特別弱点ということではなく、単に痛覚神経のようなものなのかもしれない。

 ミジンコの目玉を掴んで抉り出しながら、倒れるそいつを支点にして回し蹴りをした。兎の原住体と蛸の原住体がまとめてその体を崩したが、他の物と比べて比較的大きな蜈蚣の原住体でストップする。ちらりと目をやると、罅が入っていた。おそらく、原住体の大きさによって堅さが違うのだろう。

 

「くっそ……!」

 

 蜘蛛の原住体を踏みつけながら離脱を試みる。幸い、こいつらは動きは単調なうえに、こうも数が多いと他の原住体が邪魔になって身動きが取りづらいようだ。巨大な原住体の隙間を縫っていけば、運が良ければ脱出の可能性がほんの少しあるかもしれない。

 燃え上がれ、僕の主人公補正。主人公じゃなくても今までモブだった時のツケを払いやがれ。

 蜘蛛を踏んで飛んだその足でケンタウロスの原住体を蹴り、機動を修正。「おぅわっ!?」蹴る位置が高すぎたらしく、肩から落ちていき、「ぎっ…………!?」蟻の原住体にフライングプレス。当たり所が悪かったのか、左腕が痺れる。

 

「地面に落ちないだけ……っ、まだマシか!」

 

 押しつぶしで罅が入った蟻の原住体を踏み潰して、身を屈めつつ牛の原住体の足の間を抜ける。四足歩行の原住体は数体だけなら体当たりなども含めて強力だろうが、今この状況ではただの安全トンネルだ。

 

「がっ!?い、ぐ……!?」

 

 バッタのような原住体に、左の肩を抉られる。咄嗟に左手で払おうとしたのだが、さっきの痺れが効いていたらしくて、何故か足の関節の部分にある口で筋繊維をぶちぶちと食い千切られた。

 鋭い痛みが肩へと住み着き、僕の動きを決定的に鈍らせる。傷口が熱を帯びて焼けそうだ。

 ────だが、まだ肩口を抉られただけだ。

 体は動くし、脳内麻薬が迸っているのか、痛みも予想したよりは少ない。

 煮えたぎるような血液は傷口から噴き出しているが、失血死するような量でもない。

 

「まだ行……け────────!?」

 

 唐突に、肩に痛みが走る。神経をかき混ぜ、痛覚を寸断するような激痛。

 

「あっ……が、う、げぁっ……!?ぎ、あ、ぐが、い、ぎぐ……がああっ!?」

 

 動けない。

 肩を見ると、抉られたはずの肩が、ぐちゅりぐちゅりとと音を立てながら高速で塞がれていた(・・・・・・・・・)。傷口が肉で埋められ、修復され繋がれる筋繊維が新しく作られた皮膚の中で蠢く度に痛覚が刺激され、我慢できようのない痛みが僕を襲う。

 だから、動けない────この、周りを原住体に囲まれた状況下で、だ。

 

「ぎ、が、あああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアあああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああ!!!!???」

 

 千切られた腕から骨が新たに伸びて残っている肉を突き破り骨の欠片を残したまま肉が再構成され欠片は内部で筋繊維を切断しそれを取り出すべく肉が裂け噴き出す血液の穴を急速に分裂した細胞で埋めてその間に脇腹が抉られ臓物が赤い液体や黄色い物質と共に噴出してその穴を肉と血液が凝固して強引に塞ぎ胸を刺され心臓にまで到達しているであろう原住体の爪が体内に侵入したまま回復を開始して治ったそばから傷つけられ頭が潰されてもう痛みを感じる脳味噌もないというのに激痛は継続したままでブラックアウトした視界の中で延々と痛みだけが続き息ができなくて呼吸しようと喉を動かす度に血の味しかしない空気が口内で燻って心臓が心臓が心臓が動いていない。

 考えることもままならない血の池に沈んだ痛みの中で思う。

 

「あああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああああああああアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 誰か、助けてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぎ、あ……死……ぬかと思った。というか、実際に何回か死んでただろ。絶対心臓止まってたし」

 

 地獄すら生ぬるい惨状が終わったのは、すっかり日の落ちた夜のことだった。

 何かケンシロウを怒らせるようなことでもしたかなと、日頃の行いを振り返る。良いことをした覚えはないが、アキ少年なる人物を殺すなどの悪逆な行為をした覚えもなかった。

 暗い荒野には昼にあれほど蔓延っていた原住体は一匹もおらず、血が染み込んで赤黒く変色した地面に、僕だけが寝ころんでいる。原住体は、夜はきちんと眠るという良い子の条件を満たしていた。だが、どんな人が見ても悪いことをしているので、それぞれが相殺して普通の子ということになるだろう。

 食い散らかされていると思っていた肉塊はどうやら原住体が一つ残らず摂取したようで、骨の欠片、筋繊維の一本さえも地面には見あたらない。普通の子にしては中々行儀が良いな、原住体。

 

「……しっかし、問題だよなあ……」

 

 おそらくは奴らを殲滅するまで死ねないことが、ではない(・・・・)

 回復する際に人体の許容量を軽くオーバーした痛みが走ること、でもない(・・・・)

 原住体に食い千切られ切り裂かれ貫かれ回復で死んだ方がマシとでもいうような痛みを受けたとうのに、もう既にその痛みを忘れかけていること(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)がだ。

 喉元を過ぎて熱さを忘れたかのごとく、酷く他人事のように感じている。もしくは、思い出の中の一ページというか、思い出しても「ああ、痛かったな」の一言で終えてしまえるような。

 

「ミッション終了まで死ぬことは許されないし、狂うことも以ての外ってことだろうな……。なんかこう……うまく表現できないけど、嘘だろ承太郎って感じ」

 

 狂えない。

 それだけを抽出して見ればとても素晴らしいことのように思えてくるが、それはあくまで戦場や異世界ファンタジーなどでのことであり、魔法も使えなければそもそも仲間もいないこの状況では一切役に立たないどころか、気絶することも叶わず日が落ちるまで苦しみ続けるというデメリットしか見あたらない。

 あの痛みや苦しみは、どう考えても『死んだ方がマシ』な痛みだからだ。

 僕は、死は覚悟できてもあの痛みに対する覚悟など全くできない。

 しかも、これあいつら滅ぼすまでずっと続くんだろ?いや、無理無理。原住体少なめに見積もっても数千数万はいるぜ。おうち帰りたい。

 

「やっべ、今猛烈に自殺したい。多分回復しちゃうからやらないけど」

 

 うおー、と地面の砂を服に擦りつけながら伸びをする。そう言えば、何でか服も再生してるんだよな。服も僕の一部と見なされているのか、スピーカメラさんが気を遣ってくれたのか、どちらかだろうか。

 僕も裸族になったりゼンラーマンと呼ばれたりするのは流石に我慢ならないので、この仕様はありがたく受けとっておこう。

 今更だけど、説明役ぐらいは出てきてくれても良かったんじゃないかなと思う。

 説明無ければ力も無し、仲間も無ければ武器も無しって。ベリーハードすぎるだろ。神様に呼ばれたんなら呼ばれたでチートを……ああ、神様、僕でしたね。

 

「えい」

 

 近くにあった手頃な岩を殴る。

 手が痛い。

 

「……………………」

 

 あれだけ筋肉がぶちぶち景気よく千切れたんなら少しくらいは超回復してもいいと思うんだけれど、岩には罅一つ入っていない。

 起き上がって、走ってみる。

 

「……………………」

 

 速くなっていない。むしろ、長時間動いていなかったせいか遅くなっている気がする。……息切れしないのは、原住体から逃げ出した時から変わってないからなあ……。

 ある程度まで走ったら、その場に倒れ込んで夜空を見上げる。

 おそらくは古代か異世界かのどちらかに召喚されたのだというのに、僕が生きていた現実と全く変わらない夜空。いや、ここでは灯りがないからいくら僕が田舎に住んでたと言っても、こっちの方が綺麗か。

 

「…………くっそ」

 

 悪態は出る。涙は出てこない。心は低温で固定されたまま流れ出して、心臓の近くで型にはめられる。とくり、とくりと命の鼓動が未だに僕の体を刻んでいるのが不思議で、左胸に手を当てる。

 服に付いていた、まだ乾いていない血が手にべったりと付いた。ぬるりとした感触が気持ち悪くて、水で手を洗いたくなる。

 何で、とさえ思えなかった。

 理不尽だ、とさえ嘆けなかった。

 心の位置は常に一定で、そこから逃げだそうとしても、固定された形がそれを許そうとせずに容赦なく僕の心を閉鎖する。

 

「あああああ」

 

 きっと、今は何かを言いたかったんだと思う。

 でも、言葉は空気に触れる前に溶けて消え行き、僕にさえ聞かれないまま忘れ去られる。

 それが何故か納得いかなくて、無意味に憤って、歌を歌ってみることにした。リズムしか知らない、確か洋楽だったはずの歌だ。

 当然気が紛れるわけでもなく、ストレスを解放するように僕の声量は徐々に大きくなっていく。最後の方は、ほとんどシャウトだっただろう。

 

「……あー」

 

 理不尽に抗うだけの気力は無い。

 

「いー」

 

 仲間がこの世界のどこかにいるだなんて希望も持てない。

 

「うー……」

 

 勿論の如く、あの原住体を殲滅してやるぜといった勇気なんてこれっぽちも、だ。

 だから僕にあるのは死ぬ覚悟と格好付けを突き通す覚悟くらいのものだったんだけれど、それもこの世界では全て無為に終わる。

 もう、何も無いのだ。

 

「あ、睡眠欲も無いや」

 

 目を閉じれば眠れそうだけど、眠いわけではない。眠ろうとも思わない。

 星の光を無意味に見つめ続けて感傷に浸りたかったが、僕には生憎と美しい自然を愛でる感性が足りなかった。原住体を倒し続けてレベルを上げたら足りるだろうか。

 届かない月に向かって手を伸ばしてみる。

 当然の如く届かなかった手はへにょりと曲がり、重力に引かれるままに落ちていく。

 

「だーれーかー……」

 

 間延びした声で呟く。

「助けて」なんて言うつもりもなく、言ったところで誰かが来てくれるとも思ってはいない。

 きっと、この世界には僕一人きりだ。

 そう考えると、この星空は僕専用のようだ。贅沢だろうか、と息を吐く。

 とりあえず。

 

 今はただ、この夜が一秒でも長く続くことを祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 




じんぶつしょうかい

かみさま 
じさつしがんではないおとこのこ。『かくせい』や『のうりょく』ははえてこない。

すぴーかめら
こんさくのあんないにんでゆうかいはん。たぶんにんげんじゃないけどこのせっていにとくにいみはない。

げんじゅうたい
てききゃら。おおきいやつほどかたいけど、はかいりょくはどれもおなじ。ひゃくおくくらいいる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。