もしも比企谷小町が姉だったら・・・   作:fate厨

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遅くなって申し訳ありません。社会人の忙しさを舐めてました。


第6話

 誰かにつけられている。

 これは、厨二病患者特有の被害妄想とかではなく本当につけられているのだ。

 昼休み。弁当を食べるために奉仕部部室に向かっていた比企谷八幡は途中で、自分と一定の距離を保って付いてくる足音に気付いた。最初は勘違いだと思ったが、特別棟に入ってもなお聞こえる足音に、いよいよ自分をつけているとしか思えなくなった。

 特別棟は、文化部の部室が密集している総武高校の第2校舎であり、昼休みにそこに用事がある生徒はほとんどいない。だからこそ俺は静かな奉仕部部室で弁当を食べているのだが。

 さて、こういうときどうすればいいのか俺は知らない。つけられた経験ももちろんないし、対処法など知るはずもなかった。

 比企谷八幡は自分の後をつける何者かに気味の悪さを感じながらも、それに気づかないふりをして奉仕部に到着する。

 

「うーす」

 

 自分でも気だるげだなとわかる声とともに奉仕部の部室へ入る。

 挨拶をしていることから察しているだろうが先客がいる。数日前に奉仕部に入部した新入部員。雪ノ下雪乃。なぜ彼女もここにいるのかというと、彼女も部室で昼飯を食べているのだ。

 しかし決して俺と彼女は一緒に食べているわけでない。同じ空間にいるだけでほとんど会話はしない。

 俺も、そしておそらく彼女も人と積極的に話す方ではない。そんな二人が弁当を一緒に食べているとは言えないだろう。一緒に食べるとは、文字通り一緒に食べる事であり、それは食べさせたり食べさせられたりすることを指すのだ。違うか。違うな。

 そんな下らない思考を展開しながら弁当の包みを開ける。ちなみにこの弁当は比企谷八幡作である。自分で朝の貴重な睡眠時間を割いて作った。それならばコンビニの弁当でいいような気もするが、あまりコンビニを多用していると姉貴にぐちぐちと怒られてしまう。コンビニいいと思うんだけどな・・・。

 

「比企谷くん」

 

 雪ノ下に名前を呼ばれる。急に呼ばれるとびっくりするだろうが。

 それにしても彼女が話しかけてくるとは珍しいものだ。

 雪ノ下雪乃は基本的に無口だ。まぁそれは俺と話すことが特にないだけかもしれないのだが。

 そんな彼女に名前を呼ばれて少しそわそわしてしまう自分がいた。スケールの小さいツンデレだな。

 

「なんだ」

 

 できるだけ感情の起伏を抑えて返答する。

 

「扉の前に誰かいるわ」

 

 言われて見てみると確かに扉の前には人影があった。奉仕部の扉の窓からから中を見ようとしてると思われる。

 奉仕部の扉の窓は中からも外からも見えないモザイク加工が施してある。いくら覗こうとしてもぼんやりとした影しか見ることができない。外から中が見えないのはプライバシー保護として良いが中から外が見えないのは少し不便だ。マジックミラーとかを導入したほうがいいのではないだろうか。奉仕部もいちおう部活だし、部費が降りるのであれば検討してみてもいいだろう。 

 扉の前にいる何者かは依然としてドアの前をウロウロしていた。どうするべきだろうか。このままいなくなるのを待つのも一つの手ではあるが、おそらく扉の前にいる誰かは、先ほど俺をつけてきたやつだろう。つまり俺を追いかけてここまで来たということである。違ってたら恥ずかしい限りだが。

 このまま扉の前をウロウロされても困るな。

 

「ちょっと見てくるわ」

 

 俺の報告に雪ノ下の返答はない。最初からそんなこと期待はしていないのだが。

 比企谷八幡は、足音をできるだけ殺して扉に近づき、そして勢いよく開けた。

 扉の前にいたのは女子生徒だった。そして俺はそいつを知っていた。先日俺の家に来て、犬を助けたお礼とお菓子を置いていった、由比ヶ浜結衣である。

 同じ学校だったのか、こいつ。

 とりあえず、立ち話もなんだからと部室の中に招き入れ、室内に一つしかない机を挟んで向かい合う位置に座らせた。由比ヶ浜はといえば、俺が出した椅子に座りもじもじ、そしてあたりをキョロキョロと見回しそしてまたもじもじと、要するにそわそわしていた。

 こういう時はどうすればいいのだろうか。向こうも緊張しているようだが、それは俺だって変わらない。認めたくはないが、俺は人と会話をすることが苦手だ。どうしても、人の言葉の裏を読もうとしてしまう。

 助けを求めるように雪ノ下の方を見るが、知らぬ存ぜぬといった様子で黙々と弁当を食べている。少しは助けてほしい。

 この部の部長は俺なのだから俺が対応するのが普通だろう。

 はぁ・・・思ったよりこの部活、ぼっちライフを満喫できない。

 

「それで・・由比ヶ浜・・だっけか。俺になんか用か?」

 

「えっと・・・購買に行く途中にヒッキ・・比企谷くんを見つけて・・どこに行くのか気になって・・」

 

 質問の答えになってないぞ。依然としてそわそわしていて、さらにはチラチラとこちらの様子を伺う由比ヶ浜。

 

「それで?」

 

「それで・・ていうかそれだけなんだけど・・その・・・」

 

 由比ヶ浜は一呼吸おいたのち、拳にぐっと握り締めると意を決したように質問をしてきた。

 

「お二人は付き合ってるんですか?」

 

 ・・・は?

 何言ってるんだこいつ。俺はなんか用か?と聞いただけなのに、全く違うしかもド級の質問で返して来やがった。なかなか斬新な会話のキャッチボールだな。

 

「由比ヶ浜さんといったかしら。どうしてそういう思考に至ったのかはわからないけれど、私とこの男が交際していると思われるのはひどく腹立たしいわ。やめてちょうだい」

 

 ここにきて雪ノ下が急にしゃべりだした。しかも言葉がきつすぎる。さっきまで黙々と弁当を食べていたのに。そこまで俺との関係を疑われるのが嫌ですか?まぁ別にいいんだけどさ。

 

「だって二人とも空き教室で一緒にお弁当食べてるし」

 

 それに対してさらなる反論を展開しようとした雪ノ下に先行して俺はしゃべり始める。

 

「それは違うな。俺と雪ノ下は一緒に弁当を食べているわけじゃない。ただ一緒の空間で飯を食っているだけだ」

 

「それって同じじゃないの?」

 

 わかってないな。由比ヶ浜は。

 

「同じじゃない。教室でだっていくつかのグループで固まって食べてるだろ。それと同じだ。俺と雪ノ下はそれぞれ別のグループなんだよ」

 

 由比ヶ浜はまだ理解が追いついていないのかぽかんとしている。そして俺と雪ノ下を交互に見澄ます。

 

「この男に同調するのは少し癪だけれど、だいたいそんなところね。それとここは空き教室ではないわ。歴とした部室よ」

 

「そうなんだ・・ってことは二人とも同じ部活の部員?ていうかここって何部なの?」

 

 雪ノ下はちらりと俺を見てから置いていた箸を手に取り再び食事に戻った。部の説明は部長である俺の役目というわけか。変なところで律儀だなこいつ。

 

「ここは奉仕部。そして俺が部長の比企谷八幡だ」

 

「雪ノ下雪乃よ。役職は・・・部員の数から考えて副部長かしら。今の所、特に決まっていないわね」

 

「奉仕部?何する部活なの」

 

 はて、何をする部活だろうか。奉仕部という部名からして奉仕をする部活なのだろうが、具体的な活動は行ったことがないからよく分からないな。姉貴はどんなことをしていたのだろうか。平塚先生の話によると少ないながらも奉仕の依頼は来ていたみたいだし。今度姉貴に聞いてみようか。

 

「まぁ、困っている人を助ける部活・・・かな」

 

 同意を求める意味を込めて雪ノ下を見る。

 

「私に同意を求められても困るわ。あなたが部長なのだし、あなたがそうと言ったらそうなのでしょう」

 

 なんだよ。少しは助けてくれてもいいじゃないですか。雪ノ下雪乃。スパルタ過ぎる。まぁかわいい子には旅をさせよというし、これは逆説的に俺はかわいいということに・・・言ってて悲しくなってきた。

 

「困ってる人を助けてくれるの?」

 

「そうだな・・・由比ヶ浜はなんか困っていることはあるか?」

 

 うーん、と考えこむ由比ヶ浜。いや無理して困ってることを探さなくてもいいんですよ。困りごとなんてないに越したことはないんだし。

 由比ヶ浜はしばし考えを巡らせた後、何かを思いついたのか口を開いた。

 

「勉強を教えて欲しいです」

 

 

*******

 

 

 結論から言うと俺は由比ヶ浜の依頼を受けた。

 俺が部長になって初めてのまともな依頼だ。

 今は昼休みに依頼を受けたその放課後。早速今日から勉強を教えることになった。

 彼女の依頼は、勉強を教えて欲しいというもの。確かにもう後2週間後には高校入学以来初めての定期考査が控えている。さらにこの時期は、高校受験を終え勉強に対しての気が緩みきっている生徒も多いだろう。由比ヶ浜以外にも同じようなことを思っている人は少なくない。

 幸い俺は、由比ヶ浜の犬を助け、怪我をして入院している間、勉強していた。姉貴が持ってきた漫画やらなんやらを全て読み終えてしまい特にすることがなかったのだ。ある程度のことは教えられる自信がある。数学を除いて。

 数学は教科書数ページでやる気が削がれて全くやっていない。その辺は雪ノ下にカバーしてもらおう。

 雪ノ下がどの程度の学力なのかは定かではないが、おそらく頭がいい。彼女が読んでる本をふと見たことがあるのだが、それは可愛らしい猫のブックカバーからは予想もできない難解な英書だった。一体何を読んでいたのだろうか。気にはなるが読もうとは思えない。

 

「なぁ雪ノ下。由比ヶ浜の件なんだが、俺は国語が得意だからある程度教えられると思うが数学はからっきしでな。悪いがそこはお前に頼みたい。できるか?」

 

 確認のために雪ノ下に問う。勉強ができないやつが勉強ができないやつに勉強を教えることはできないからな。

 俺の質問が癇に障ったのかムッとする雪ノ下。

 

「愚問ね。高校の入学式で新入生代表の挨拶をしたのは私よ」

 

 それは自分が入試の最高得点者だと言いたいのか。

 総武高校では新入生代表挨拶は入試で最も点数を取った生徒がやるらしい。つまり雪ノ下は現状この学年で最も頭がいいということになる。

 

「そうですか」

 

 それならば問題はない。というかそれなら国語も雪ノ下が教えればいいんじゃね。あれ、俺やることないのかな。部長なのに。

 

 コンコン、と部室のドアがノックされる。

 

「来たみたいね」

 

「そうだな」

 

 ノックの後ガラガラとドアが開けられる。

 

「や、やっはろー」

 

 なんだその挨拶は。バカっぽいからやめてくれ。

 

「こんにちは。由比ヶ浜さん。それでは始めましょうか」

 

 うわー。早速本題に入りましたね雪ノ下さん。

 勉強をする前に少しおしゃべりしようとして、気づいたら勉強のことを忘れる、なんていうありがちなパターンには絶対にさせない立ち回りですね。素晴らしいです。

 雪ノ下のやる気に気押されたのか由比ヶ浜は少し不安そうだ。

 

「優しくしてね」

 

「安心してちょうだい。勉強のしすぎで死ぬことなんてないのだから」

 

 

*****

 

 

 放課後の勉強を初めて1時間ほど。そろそろ良い子は家に帰り始める時間帯になった頃。雪ノ下は問題集片手に由比ヶ浜に勉強を教え、俺は特にやることがないので、雪ノ下の話に時折耳を傾けながら読書をし、由比ヶ浜は、燃え尽きていた。

 

「ゆきのん・・ちょっと休憩させて」

 

「ええ。ではこの問題を解き終えたらお茶を淹れてあげるわ」

 

「そんな・・・」

 

 雪ノ下はスパルタだった。まぁ由比ヶ浜が勉強できなさすぎたのも要因ではあるが、由比ヶ浜はすっかり意気消沈している。

 雪ノ下はまだまだ教えるつもりのようだが、そろそろあたりも暗くなってくるだろう。由比ヶ浜はわからないが、雪ノ下は電車通学だから、あまり遅くなったら電車が混んでしまう。それにいつもならそろそろ部活を切り上げる時間だ。

 

「なぁ。盛り上がっているところすまないが、そろそろ暗くなってきたし、続きは明日でいいんじゃないか?」

 

 俺の言葉に、由比ヶ浜は一筋の希望を見つけたように、キラキラした目で俺を見てきた。大変だったんだな。

 

「えぇ。そうね。では今日はこの辺りで終わりにしましょうか」

 

「やっと終わったー」

 

 ずっと同じ姿勢で勉強をしたせいで凝った筋肉を伸ばすように伸びをする由比ヶ浜。その姿勢のせいで、たわわに実った胸の果実が強調されてしまっているのだが、本人は気がついていない様子だ。

 

「由比ヶ浜さん。問題集のここからここまで明日までの宿題にしておくから、やってきてちょうだい」

 

 雪ノ下さん厳しいですね。宿題まで出すとは抜かりない。

 

「うんわかった。ゆきのんに勉強を教えてもらったら、私頭よくなれそうだよ」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 雪ノ下は優しく微笑む。

 二人とも今日でかなり仲良くなっている様子だ。雪ノ下も厳しいながら勉強を教えているときは楽しそうだったし。

 

「じゃあ、そろそろ帰るか。部室の鍵は俺が返しておくから先に帰ってていいぞ」

 

「わかったわ。さようなら比企谷くん」

 

「バイバイ、ヒッキー」

 

 二人が部室を後にする。彼女らが廊下に出ても、まだ彼女らの会話が廊下に反響して聞こえてきたが、やがてそれも聞こえなくなる。そして奉仕部部室はまた昨日までの静かな空間へと戻った。

 久しぶりに賑やかな空気に当てられて、楽しいと、心地よいと感じてしまう自分がいた。

 今はもう彼女たちがいた事跡は感じられない。そんな光景に物悲しさを感じながらも俺は、また明日からくるであろう新たな出来事を想像しながら、奉仕部部室を後にした。

 

 

******

 

 

 自室で勉強をしているととあるアニメのOPテーマが流れてきた。これは俺のスマホの着信音だ。

 誰からだろうなんて考える必要もない。俺に電話をしてくる人物など俺は一人しか知らない。

 

「なんだよ姉貴」

 

『こんばんわ。八幡』

 

 そう。比企谷八幡の姉。比企谷小町である。

 

「なんか用か」

 

『用がなくちゃ弟に電話しちゃいけないの?』

 

 なんだそれ。

 

『八幡の声が聞きたくなっただけだよ。今のお姉ちゃん的にポイント高い』

 

「高い高い」

 

『なんか反応が適当だよ。それはそうと八幡。部活入ったんだって?』

 

 白々しいな。姉貴が入れさせたんだろうが。

 

「まんまと姉貴にのせられてな」

 

『ふふ、そうだね。何か依頼とかあった?』

 

「あぁ、今日初めて依頼者がきたよ。勉強を教えて欲しいんだそうだ」

 

『勉強かぁ。それは八幡には少し荷が重いかな』

 

「ほっとけ」

 

『まぁ頑張ってるならお姉ちゃんはそれでいいかな』

 

「・・・・なぁ姉貴」

 

『何?八幡』

 

「姉貴は奉仕部で何をやってきたんだ?」

 

『話せば長くなるよ。5時間ぐらい』

 

「勘弁してくれ」

 

 姉貴はクスクスと笑う。

 

『じゃあ代わりに八幡に奉仕部の掟を教えてあげる。”飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促す”こと。それが奉仕部のルール』

 

 自立を促す、か。実に姉貴らしい。

 

『じゃあお姉ちゃんそろそろ大学のレポートやらなくちゃいけないから切るね』

 

「あぁ。またな、姉貴」

 

『おやすみなさい。八幡』

 

 ぷつっと電話の切れる音がした。

 飢えた人に魚を与えるのではなく、捕り方を教えて自立を促す。奉仕部部長としてこの考えは知れてよかったと思う。奉仕部がなんなのかも多少はわかった。

 

 姉貴が、比企谷小町がこの部を作った理由もわかった気がした。

 




奉仕部の扉の窓ですが、アニメだとモザイク加工されていなかった事実に書き終わってから気がつきました。申し訳ございません。誤字脱字などがあったら報告お願いします。

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