聖なる扉とムシのウタ   作:蒼ヰ海介

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大助のイメージは緑色なので風です


棍士ミドリ

 僅かな話し声で薬屋大助はうっすらと目を開けた。視界の先には吹きぬけるように真っ青で美しい空が広がる。

「あの人、魔物……? 気絶した途端に模様も消えたし、血が妙な色になってる訳でもないし……」

「でもあいつの力は人間のそれじゃなかったアル。ドライバ『アル:フォンシェン』に罅を入れるような人間、見たこともないアルよ」

「……だよねえ」

 ミドリと呼ばれた、薄手のシャツとホットパンツの上に一枚、迷彩柄のパーカーを羽織っただけというラフな格好の少女は緑の目を伏せて手の中にある長大な棍を労わるように摩った。傍らで風に乗るシルフは心配そうにその様子を眺めていた。

(……そうだ、俺は気絶したんだ……くそっ、虫憑きにやられるなんてな……)

 身を起こそうとして、鈍い痛みが後頭部に走った。手でそっと摩ると大きなこぶが一つ出来ている。また、先刻から呼吸が少し苦しいと思い鼻を触ると、鼻からはぼたぼたと鼻血が零れた。シルフに蹴られたのが後頭部でミドリに叩かれたのは顔面。両者全く同時だったため衝撃を逃がすことも出来なかったのだ。

 とにかく上体だけを起こそうとしたが、その瞬間に視界がぐらつき、また柔らかな草の上に倒れた。

 ミドリがその姿を認め、シルフに伝える。

「ねぇ、シルフ。あの人目が覚めたよ。とりあえず色々聞こう」

「そうアルね。こいつが私に散々言ってきた『虫憑き』とやらも聞きたいところアル」

 草を踏みしめて二人が大助へと近づいてくる。ただ、大助は今更抵抗しようとも思わなかった。彼女らが虫憑きであれば全力で抵抗するだろうが、今のシルフの言葉で大助の心には妙な疑念が浮かんだ。

 大助が機先を制し、口を開く。

「……お前ら、虫は知ってるか?」

「……」

「頭おかしいアルか?」

 二人は顔を見合わせ、変なものを見るような目を彼へ向けた。大助はむっとした表情になるも、その先の答えを待った。

 シルフが風を巻き起こし木の葉を巻き上げ、その中から一匹の毛虫を手元へと引き寄せる。ミドリがそれを人差し指で指し示す。

「これでしょ?」

「……なら、お前らは夢を食われたことはないか?」

 二人は今度は即座に首を振って否定した。

「あるわけないよ」

「ないアル。というか、さっきから意味が分からないアル。もしかして、お前異世界人アルか?」

 はっとしたようにシルフが言った。大助は噛み付くように聞き返す。

「異世界人!? どういうことだ?」

「なるほど、そういうことアルか……」

「シルフ、どゆこと?」

 ミドリも首を傾げた。意味が分からない、と言いたげに。

 溜息をついたシルフは人差し指を立て、珍妙な語調で話し出した。茶色のツインテールがゆらゆらと揺れる。

「此処、ユナイティリアは扉で別の世界と統合されて生まれた一つの、元は三つだった世界アル。だからこそ、他の世界とも繋がりやすいアル。……で、そういう世界から偶に人が入ってくるアル。それが!」

 ビシィ! と唐突にシルフが大助を指差した。少しだけ心臓が高鳴る。

「今のお前みたいな奴アル! まぁ、珍しいアルね。分かったアルか? ミドリ」

「う、うん分かった。つまりこの人は異世界人なのかぁ……言われてみればそんな気もするけどさぁ」

「ちょ、ちょっと待て!!」

 二人で勝手に納得するシルフとミドリに流されてはいけない。なぁなぁで終わりにしようとしかけたシルフを寝転がったままの大助は強引に引きとめた。

「ユナイティリアって何なんだよ! 扉? 異世界? 訳が分からない……」

「……ま、その話をするより先に、私も貴方に聞きたいことがあるの。いい?」

 ミドリの問いに大助は怪訝な顔ながらも首を縦に振った。彼女らが敵ではないと決まったわけではないが、すっかり毒気を抜かれていた。

 元気な声で彼女が言う。

「貴方のドライバって何? 他のドライバを見るの、好きなんだ、私!」

「ど、ドライバ……? な、何それ……?」

「ミドリ、異世界人にそんなこと言っても通じないアル。早い話、『アル:フォンシェン』を持ってきてみせたほうが早いアル」

 シルフが遠くに転がっている棍へと掌を向け手招きするように動かすと、一陣の風がそれを巻き上げミドリの手の中へと収めた。

 銀の金属で出来た棒で、両端がやや膨らんだ形状をしている。その両端には蛍光色の緑色の光がうっすらと灯った状態だった。ただし、その中央には目立つ罅が入っていた。

 ミドリは見せ付けるように片手でそれをくるくると回した後、両手で構えた。

「ドライバって言うのは、そうだねえ、不思議な力を使えるようにしてくれる機械のこと、かな。どういう理論かは分からないけど、昔の遺品として出土した物が多いかなあ。今ドライバを一から作れる人なんて、ほとんどいないと思うよ」

 ミドリがそれを握る力が強まるのと比例して、両端の光が今までより一層輝いた。同時、ミドリの緑色の髪が風に靡く。

 直後、木々がざわめいた。ミドリを、いやドライバ『アル:フォンシェン』を中心として大気の鳴動が、暴風が渦巻き始めたのだ。大助はそれを目を丸くしてただ見つめる。

「私のドライバはこうやって風を操るんだよ。……でも」

 『アル:フォンシェン』がふと軋んだ音を立てる。同時に彼女がまとう風が全て霧散し、大気の攪拌が一瞬で停止した。両端の蛍光色の輝きが弱弱しく明滅した。

 ミドリは悲しげに項垂れる。大助の頭がシルフに叩かれた。

「お前がドライバを壊したアル。今の『アル:フォンシェン』は風の操作が五秒くらいで止まっちゃうアルよ」

「えっ……ご、ごめん」

「ごめんで済む問題じゃないアル!」

 シルフが声を荒げ、大助の頬を横に抓りあげた。いだだだ、という悲鳴が上げられても止める様子は一向に見えない。傍から見てもはっきりと分かるほどシルフは怒りをあらわにしていた。

「あれはミドリの家に代々伝わってるものアル! 勝手に襲いかかってきて家宝を壊して「ごめん」で済ませようなんて甘い、甘すぎるアル! 純愛よりも甘いアル!」

「ほ、ほは言っれも……ふいあへん(すいません)」

 言い訳を言おうとしたものの、今回の件で非があるのは明らかに大助のほうだった。幾ら知らなかったとはいえ、幾ら神経過敏になっていたとはいえ、それを知らないミドリからすれば『唐突に襲いかかってきて武器を壊した最低な人間』というのが大助への印象に違いない。

 何せミドリは大助に何も手を出していないのだから。勝手に彼が相手は敵だと勘違いして襲いかかっただけである。

「……もうやっちゃったものは仕方がないよ。……うっ……」

 気丈な言葉とは裏腹にミドリの目がじわりと潤む。女の涙を見ることが得意ではない大助は反射的に後頭部の痛みも忘れて立ち上がり、ミドリへと駆け寄った。シルフの「お前なんで立ち上がれるアルか!?」という叫びは華麗に無視される結果となった。

 大助は無心に頭を下げた。

「ごめん、って謝ってすむ問題じゃないのかもしれないけど、ごめん……その、修理できる場所とかはあるのか? その、ドライバって奴」

「……分からない。だって、ドライバは凄い丈夫だから滅多に壊れるなんて話も聞かないし……」

 ただの棒であればそもそも大助の一撃を防ぐにもいたらず砕け散っていただろう。受け止めて尚皹で済んでいるというのが即ち硬度の証明でもあった。逆に、生身の人間がドライバへ皹を入れたという事実がシルフにとっては驚愕するべきことだった。

 何も言えずにいればまたミドリが泣いてしまう。自分のせいで。

 無意識に吉沢は叫んでいた、ミドリを見据えて。

「罪滅ぼしと言ったら何だけど、その、俺を使ってくれないか?」

「え!?」

 唐突な申し出にミドリは驚愕する。返す言葉が見つからない、とばかりに口をパクパクと開閉する。

「え、いや、それは……流石にわる」

「別にかまわないと思うアル、ミドリ」

 ミドリの言葉を食ってシルフは言った。もちろん相手はミドリへ。

「今回は相手のほうが全面的に悪いアル。遠慮しないでこいつを下僕にしちゃうといいアルよ」

「下僕というか、俺が元の世界に帰るまでならだけど、自由に俺をこき使ってくれ。そのくらいしか俺にはできることがない。幸い、人に使われることには慣れてるんでね」

 上司である眼鏡のいけすかない男を思い出し、大助は苦笑した。あの男がしてくるような命令をされないのならミドリに従うことなど造作もないだろう、というなんとも甘い考えだが、それ以外に大助ができそうなこともなかった。

 ミドリは大助の姿を眺め、納得したらしい。大助はいまや何も持っていなかった。ポケットに入っている財布にはこの世界では使えるかも分からない紙幣が二枚だけ。学生服はぼろぼろになり、カバンは下半分が風によって切られて中身の教科書ごと消滅していた。

 弁償できそうなものもなく、かといってミドリの優しさに甘えることも罪悪感が許さない。よって、大助ができることといえばそれしかなかったのだった。

「……とはいっても、誰かも分からないような人に言われても……」

「そういえばそうアルね」

 ミドリの指摘の通り、大助は彼女らに一言も自分の情報を開示していなかった。思い出したように彼は言った。

「そ、そうだったな。俺は薬屋大助。……虫憑きなんて呼ばれる化け物だよ」

 その後頭部をシルフが叩いた。こぶを刺激され、大助が悲鳴を上げる。

「何すんだよ! いたっ! 叩くのをやめてくれ!」

「化け物とか格好つけるな、ってことアル。ま、精霊王相手じゃ仕方ないけれど、人間相手に負ける化け物がどこにいるアルか」

「精霊王とか痛いこと言う奴に言われたくないぜ」

「痛い? ま、一応自己紹介しておくアル。私はシルフ。風の精霊王アル」

 シルフが指を鳴らすと、大助の体の傍に風が吹き、彼の体を軽く宙に持ち上げる。足場のないのに滞空しているというのが不安定的で、更にどこまでも高く上っていくので慌てて四肢をばたつかせることで風の拘束から逃れようとする。

「や、止めろ! 分かった、分かったから!」

 ミドリの力はドライバが作っていたものだが、シルフのそれは完璧にシルフ自身を起点として起きた現象だ。精霊王というに相応しく、風を自由に操る力がシルフには備わっている。

 分かればいいアル、と言ってシルフは心臓がバクバクと高鳴って止まない大助をそっと地面に降ろした。心なしかやや得意げに鼻を鳴らす。

 そして、罅割れたドライバ『アル:フォンシェン』を両手で握り締めたミドリが最後に軽くお辞儀する。

「私はミドリ! ま、まあこきつかってくれって言うなら存分にこき使ってあげるから、宜しく! ダイスケ!」

「お、おう、望むところだぜ」

 大助は僅かに不安を煽られつつも、敢えて自信満々に胸を叩いた。常人にしか見えないミドリが土師並の無茶なお願いをしてくるとは思えない、というのもある。

 ふと、ミドリから右手が差し出される。目を上げるとミドリが明るく笑顔を見せた。

「握手でもしようよ、仲間として」

 差し出された細い手を、大助は強く握り返す。その上にシルフが手を重ねた。

「短い間かもしれないけれど宜しく、ミドリ」

「私もまぁ一応、宜しくアル。ミドリに何かしないようにちゃんと見張っておくアルよ」

 僅かに向けられる殺気に大助は苦笑するしかなかった。

 そうして大助はミドリと出会ったのだった。

 

続く




個人的にパネルを使っての戦闘はどうやって書けばいいのか分からないんですが。
素直にドライバの力で戦う、ということにしました。

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