「あー、暇だなー」
その声の主はソファで体を転げて動く気はさらさらゼロと見受けられるマスターのものだった。
「では、ダンジョンに…「あーそれは忙しいな」
「それは当然ですよ!?」
ヴァルキリーがお決まりの提案をするもそれをきっぱりと断るのもいつものお決まりである。
「まあまあいいじゃないヴァル、たまにはこういうのもあっても」
「最近そのこういうことしかしてないから言ってるんです!!」
同じくカーペットで寝転がりながらヴァルキリーをなだめようとするエキドナは完全にマスターに毒されてしまったようだ。パズドラの世界がバーチャル化してしばらくが経つがこれだけ何もしていないパーティも稀であろう。
「メタトロンさんも何か言ってくださいよぉ」
「だらけ癖がなかなか抜け切らないようね」
「そうなんですよ」
「じゃあ何回程死んでもらえば更正されるかしら」
そのメタトロンの不敵な笑みを見るや否やマスターは体を起こして正座になる。
「いやなに怖いこと言っちゃってんの!?しかも一回じゃないんだ!いや一回もだめだけども!」
まあこの人に聞いてまともな意見が返ってきた前例はないのであるが。
「あら、では何かしら行動を先に移す方が先決ではないかしら」
「とは言ってもなぁー」
スマホのダンジョン一覧に目を通すも高難易度のばかりで頭を抱えるマスター。挑戦するのもいいのだが前例があるので彼女たちにあまり負担をかけたくないのもマスターの心の内にあった。
「あ、そうだ!」
「ん?どした」
マスターが悩んでる中、不意にエキドナが手を叩く。
「マスターってランク今いくつくらい?」
「ランクは100を超えたくらいだけど」
こんなグダグダでも意外とランクがいってるものである。
「おおー! なら条件はバッチリだ!」
「条件?」
「実はね…………」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「へぇー、ここがマスターの家ですかー」
「あっちの小屋より狭いね」
「それより部屋が汚いわ。掃除をしてないからよ」
「………どうしてこうなった」
あろうことか自分の部屋に3人がいる光景を見てマスターはボソッと呟いた。普通ならモンスターとは言えど超絶美女が一気に3人も自分の家に押しかけたという夢のような展開に心踊るはずであるが今のマスターの場合そうではなかった。
数分前〜〜
「実はランクがある一定以上になると、今まではマスターだけが現実とここを行き来出来るのをモンスターも可能になるのよ」
「ああーそんなのあったな」
前に友達の家に行った時にイシスとバステトがいたのをマスターは思い出した。
「ランクを聞いたところ行けるっぽいから行ってみたい!」
「ああ、それだったらい……」
そう了承しかけたところでマスターはふと思い出す。今の部屋の状態。そう、とても見せられる状態ではなかった。まあ一人暮らしの男の部屋なんてどこもそんなものだろう。
「い、いや!明日にしてくんない!?」
慌てて訂正。今日はひとまず断わってひっそり片付けをしようとマスターは考えた。そうすれば明日でも明後日でもいつでもウェルカムなのだが………
「マスター、ここ乗ればいいのー?」
「楽しみですね!わくわくします!」
「私も行くのか」
もうすでに3人は自分の家とを繋ぐワープ地点に待機していた。
「いや待て!今日はダメだ!」
「れっつご〜」
マスターの食い止めも虚しくエキドナの呑気な声と共に4人は現実の世界へ向かっていったのだった。
「まあとりあえずここを綺麗にしましょう!」
「いやそれぐらい自分でできるから!」
「今までそれが出来ていなかったからこんなに汚いのでしょう」
「んぐっ…まあそうなんだけど」
ヴァルキリーの正論にぐうの音もでないマスター。今の部屋の状態は足の踏み場はあるもののゴミは捨てられてなかったり、食べ物のカスは散乱していたり、食器は洗ってなかったりとお世辞にも綺麗とは言えなかった。
「不潔…」
「いやまじごめんね!? だから今日来るなっていったじゃん!」
いつものメタトロンのさりげない一言もこういう時には心にくるものである。まあもとはマスターが悪いのだが。
「くそぅ…」
なんか俺の権限なくなってね、と思い始めるマスター。安心してほしい。もとから無いようなものである。
「じゃあ早速お掃除から始めましょう!」
「おー!」
……………………………
結局、掃除することになったのだが流石に4人もいれば分担できることもあってペースも早い。短時間でかなり綺麗になってきたのだが…
「マスターコソコソ何してんの?」
「あ、えと…いや何でもないから続けてていいぞ!」
「何かを急いで隠したように見えましたが…」
「い、いやこれは、その…」
まあ男で一人暮らしなら必ず、というより必須のアイテムであろう『えっちぃ本』の処理に戸惑っていたところ案の定見つかってしまったようだ。
「何?見せなさい、やましいことでもあるの?」
「うん…まあ確かにやましいな」
俺のこの戸惑いから少しは察してほしいものであるが残念なことに彼女たちは鈍感なようだ。背中が汗でぐっしょり濡れている。
「これはちょっとね…あ、」
と、何か言いくるめようとした最中、いつの間に後ろに回られていたのかエキドナにその例のブツを奪われる。
「なになに〜……」
そう言ってそれを見るエキドナの顔がだんだんと赤くなっていくのがわかった。
「え、えっと……はい……返すわね…」
うん、分かればいいんだ……つか何も反応されないのも困るんだが…特にエキドナには!
「ま、まあマスターも男性ですからね!そういうのも持ってますよね!」
「なんかごめんね、マスター…」
「いやいや…」
エキドナとヴァルキリーに励まされる俺。なんか複雑な感じではあるが。
「本当に気持ち悪いわね」
………いやこっちよりは全然マシか…
………………………………
「ふぅー、こんなもんかしら」
「そうですね!だいぶ綺麗になりました!」
(ふぃー……終わったー…)
そんなこんなでなんとか無事?に部屋の掃除を済ますことができた俺たち。みんなが汗を掻く中、俺だけ別の汗を掻いていた。実はばれた他にもまだまだ押入れの方に見せられないものが入っていたが、そこは物色されずに済んだようだ。
「よくこんな汚いところに住めたものね、マスターは」
「いやー…男ってみんなこんなもんだぞ?だらしないんだぞ?」
嘘ですっ!! 友の家にはこの間行ったけど女子の部屋か!ってくらい整頓されてました…
「いや…そんな当たり前のように言われても…誇れることじゃないわよ」
「そうですよ、これからは意識してくださいね」
う、エキドナは別に気にしないけど、ヴァルキリーに言われると何かくるものが……まあでもついでに部屋を綺麗にできたからいっか。自分からは絶対しないし。
「いや、お前たちのおかげで綺麗になったよ。お礼と言ってはなんだけどご飯作るから食べてってくれ」
「マスターの手作りですか!? ぜひ食べたいです!」
「あんた料理できるの?」
「まあ少しな、ちょっと待っててくれ」
仮にも一人暮らしをしている男子なので、ちょっとした料理ぐらいはできる。まあ友人がめちゃ出来るため、それに焦りを感じたというのが理由なんだが。
〜〜〜〜〜
「なんだかいい匂いがしてきましたねー」
「ほれ、出来たぞ」
「わー! オムライスですね!」
「おおー! すげー! いただます!」
「いただくわ」
「……………」ゴク
……普段は俺だけが食べる、当然女の子に振る舞ったことなどないので味付けは完全に俺好みである。だから彼女達の口に合うかは分からない。まあでも、不味くはないはず…不味くは…
「…ど、どうだ?」
なんかみんな黙ってるんだが。
「とても美味しいです!!」
「………」
ああ…彼女、ヴァルキリーを見て分かった。単純な感想ではあるがこの笑顔。そして食べるのを止めない手。偽りではないことは確かに見てとれる。それだけで俺は心が満たされた。
「てか、エキドナそんなガッついて食べなくても。行儀悪いぞ?」
「だって、うまいから仕方ないだろ? マスターサイコー!」
「そ、そうか」
「味付けもバッチリですよ!」
「お、おう。ありがとな」
そんなこと言われると思わず笑みがこぼれてくる。人に何であれ褒められるってこんなにも嬉しいことなんだな。
「何ニヤついてるのよ、気持ち悪いわね」
そんな浮かれていた俺に横から一突き。やばい一番機嫌を損ねてはいけない人の口には合わなかったのか?
「あ、すまん。美味しくなかったか」
「い、いやそうではなくて……」
「ん?」
「…あ、あなた料理出来たのね。普段の様子からは考えもつかなかったわ。その……美味しかったわよ」
…え、何これ。今目の前でメタトロンさんが少し頬を染めて恥じらいながらも俺を褒めてくれたぞ? 普段の様子からは考えもつかないような行動してるぞ? メタトロンの「デレ」の部分を垣間見たってことでいいんだな?
「そっか! メタトロンありがとな!」
「い、いえ…素直に褒めただけよ」
「いやーあんまり褒められることないからさ」
「そ、そう」
「ははっ、メタトロンかわいいなあ〜」
「はい?」
あ、やべ。言葉に出てた。
「いやいや!冗談! そのキッチンの包丁は置いて!」
「気をつけてくださいね?」
油断ならないなやっぱり…
…心で思ってることをうかつに言わないように気をつけましょう。
「マスター、…メタトロンさんのこと可愛いって…」ボソ
「ん?何か言ったか?ヴァルキリー」
「い、いえ!大丈夫です!なんでもないですよっ」