岸波白野の転生物語【ハイスクールD×D編】【完結】 作:雷鳥
「アーシアもうすぐだ! もうすぐ自由になる! これからいっぱい遊べるぞ!」
教会の地下から木場と小猫ちゃんのお陰で脱出した俺はアーシアを抱き抱えたまま聖堂に辿り着く。
自分の腕の中で青い顔で今にも途切れそうな小さな呼吸を繰り返す金髪の少女。誰もよりも優しくて、笑った笑顔が可愛いくて、少し天然でおっちょこちょい。それがアーシア・アルジェントと言う少女だった。少なくとも俺にとっては。
なのになんで、なんでこんな良い子がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!
アーシアはずっと一人だった。それは彼女が持っていた神器のせいだ。
【
どんな傷でも完治させる脅威の回復力を持つ神器。
アーシアはこの神器のせいで教会に『聖女』として祭り上げられた。
聖女として祭り上げられた彼女に自由は無いに等しかったと、三度目の邂逅の時に彼女が語ってくれた。
一度目は偶然だった。
彼女がこの町にやって来た時に日本語が殆ど出来ない彼女に、自分が教会まで案内した。途中で怪我をした子供を躊躇無く神器で助ける彼女の姿は、正に聖母そのものだった。
二度目は突然だった。
悪魔の依頼で伺った家に向かうと、家族は皆はぐれ悪魔祓いによって殺されていた。その現場に、アーシアもいた。彼女は俺が悪魔であることを知りながら……俺を庇ってくれた。
三度目は運命だったと思う。
二度目の出会いの翌日。白野に勇気付けられた俺は、アーシアを探した。そして彼女と初めて出会った場所で再開した。その時に彼女の境遇を初めて知った。
アーシアはかつてその神器を使って悪魔を癒した。驚く事に彼女の神器の効果に種族という垣根は存在しなかった。俺からすれば優しいアーシアの心を体現したような慈愛に満ちた素晴らしい力だとしか思わなかった。
しかし教会の連中はそうは思わなかった。やつらは今迄聖女と祭り上げておきながら、悪魔を癒したアーシアを異端扱いし、魔女と呼んで破門した。孤児である彼女に、教会以外に帰る場所なんて無いって言うのに!
アーシアの過去と思いを聞いた俺は彼女を連れて遊びに出かけた。
一緒にご飯を食べ、一緒に遊び、一緒に笑い合った。
アーシアの楽しそうに笑う笑顔を見る度に、俺も嬉しくなった。ああ、幸せな時間て、こういう事を言うんだろうなって思った。
――なのにどうして……。
「一誠さん……ありがとう、ございます……」
「アーシア?」
アーシアの唐突なお礼に足を止める。
「私……幸せでした……少しの間だけでも……友達ができて……」
「何を……言ってんだよ。これからも友達だ! いいじゃないか悪魔とシスターが友達だって! だってアーシアは悪魔を助けてくれたんだ! なら今度は悪魔の俺が君を助ける番だろ!」
そうさ。たとえ神様や教会の連中がアーシアを見捨てても! 俺だけは絶対に君を見捨てたりしない!
「ふふ。やっぱり……一誠さんは、優しい悪魔さん……です。もし生まれ変わったら……」
「そんなこと言わないでくれ! 神器はかならず取り返す! だから頑張れアーシア! 君はもっと幸せにならなきゃダメだ!!」
そう。幸せにするはずだった。しかしそんな時間を、突然現れたドーナシークという男の堕天使に奪われてしまった。
『元々この娘の神器を取り除くのが目的だ。肉体の方がどうなろうが知ったことではない』
そう言って冷たく笑うドーナシークの笑みを、俺は忘れない。
神器を取り除くなんて事をすれば、相手はほぼ確実に死ぬ。そうリアス部長に教えられた俺は部長の忠告を無視して奴らが儀式を行っている教会へと向かった。もっとも、部長は部長で俺の行動を読んで木場と小猫ちゃんを援軍としてよこしてくれた。
だが――遅かった。
俺の目の前でアーシアの神器が取り除かれ、その神器はドーナシークに取り込まれて今は奴の物だ。その時の奴の癪に障る高笑いが耳から離れない。
ちくしょう! ちくしょう、ちくしょう!!
涙が溢れて止まらない。
何も出来ない自分が悔しくて。
今もゆっくり死に向かうアーシアの姿が悲しくて。
「神様お願いだアーシアを助けてくれよ! この子はずっと、あんたを信じてきたじゃないか! あんたのためにずっと一人で頑張ってきたんじゃないか! なんであんたは何もしてくれないんだよ! あんたはずっと見ていたんじゃないのか! なあ神様!!」
叫ばずにはいられなかった。だってそうだろ。ここで助けてくれなかったら、一体神様は誰のために存在しているんだって話だ。
「ありがとう一誠さん……私のために泣いてくれて……怒ってくれて……」
っ――!?
アーシアの温もりが一気に消えて行くのが分かる。
ダメだダメだダメだ!!
「神様お願いだよ!! 天使様でも魔王様でもこの際堕天使でもなんでもいいから、アーシアを助けてくれ!!」
しかし誰も助けてくれない。自分は助けられない。一秒毎に死に向かうアーシアを、誰も助けられない。
ふざけんなよ。神様も魔王様も天使も悪魔も堕天使も、結局命一つ助けられないじゃないか!
「一誠さん……あなたに出会えて……」
彼女の目蓋が下り始め、握っていた腕から力が抜ける。
「っ――誰でもいいからアーシアを助けてくれよおおおおお!!」
その場に座り込み、アーシアの手を掴んで精一杯叫んだ。それしかできないから、それしか術が無いから。
けれどその叫びは―――確かに届いた。
「え?」
ドアが勢い良く開かれる音と共に、目の前にどこかで見た事のある空間の歪みが現れたかと思うと、突然そこから白い飴のような物が現れた。そしてそれと同時に聴き慣れた声が聞こえた。
「その飴をその子の口に入れろイッセェェエエエエ!!」
「っ――!!」
頭よりも先に身体が声に突き動かされて飴を掴んでアーシアの口に放る。次の瞬間、アーシアの身体を光が包む。
感じる! 消えていく一方だったアーシアの温もりを! 弱くなる一方だったアーシアの鼓動を!
「安心するな一誠! 今の飴に込めたエネルギーじゃ、一時的に彼女の消費を抑えることしかできない! もっと生命力を与えるか根本を解決するしかない!」
傍までやって来た相手が、今迄見たこと無い真剣な表情でアーシアの状態を確認し、シャンとしろとばかりに俺の背中を叩く。
「ああ……ああ! 絶対アーシアを助ける。でも今、これだけは言わせてくれ……ありがとう、白野」
「お前が叫んでいたからな。きっとヤバイ事態だと思って生成準備を済ませておいて良かったよ」
いつもの少し無表情な顔に頼もしい笑みを浮かべる幼馴染。
俺の声は神様には届かなかった。
俺の声は魔王様にも届かなかった。
天使にも、悪魔にも、堕天使にも、なんでもできそうな連中には届かなかった。
でも……ただの人間で、大切な友人に、俺の叫びは確かに届いていた。その事実が嬉しかった。
「一誠、さん……なんで……?」
「待っててくれアーシア。必ず助ける。俺が、いや俺達が助ける! 力を貸してくれ白野!」
自分が生きている事に戸惑っているアーシアを今度こそ椅子に横たわらせる。
そして白野に助けを求める。ここに来る時は人間だからと気を遣った。その結果アーシアは死に掛けた。白野がいればその能力で彼女をもっと早くに助けられたかもしれないのに。
「ああもちろん――来るぞ!」
白野が険しい表情で教会の祭壇の方へと振り返ると同時に、祭壇の傍の床を突き破ってドーナシークが現れる。
「ふむ。グレモリーの眷属もこの程度とは、まぁ治癒能力を得た我に適う筈などないか」
スーツが地下で見た時よりも少し解れさせたドーナシークがつまらなそうに呟き、こちらに視線を向けた。
「む? 何故そいつがまだ生きている。既に死に絶えているはずだ。それにその男は人間? 人間が何故ここにいる?」
「一誠、自分の後ろについて来い。あの子には時間が無い」
「あ、ああ。でも木場と小猫ちゃんがやられた相手に勝てるのか?」
「勝つんだ。お前は自分が守ってやる。だからお前があの子を守れ!」
「っ!」
そうだ。勝たなきゃいけないんだ! アーシアはまだ助かっていないじゃないか! せっかく白野が作ってくれたチャンスを逃して堪るか!!
「ああそうだ。俺が護るんだ! 白野もアーシアも! だから俺の神器さんよぉ。二人を護る力を俺にくれ!!」
『explosion!』
今迄『Boost!』としか叫ばなかった俺の神器が姿を変える。手首程にしか無かった籠手が上腕全てを覆うガントレットの様になり、手の甲の宝玉から別の音声が響くと共に全身に力が駆け巡った。
ドーナシークは俺の神器を『自身の能力を2倍にする神器』と言っていたが、2倍どころじゃない力が自分の全身を駆け巡る。
「それが、一誠の力か?」
「あ、ああ。でも一発が限界だ」
解かる。何故か解かる。この力は一発限り、一回使ったら消えてしまう。
「上等だ。道は自分が作る。一誠は余計な事を一切気にしないで、キツイ一発を思いっきり叩き込め」
「――分かった! 俺はお前を信じて付いていく!」
俺の答えを聞いた白野は力強く頷くとドーナシーク目掛けて駆け出す。俺もすぐにその後に続く。
「人間を盾に玉砕覚悟の特攻とは、下級の中でも貴様は更に下のプライドの無い畜生だったようだな。慈悲だ。人間ごと串刺しにしてやろう」
ドーナシークが地面に降り立ちその手に巨大な光の槍を生み出してこちらに放る。
怖い。一度あれで殺され、二度目は腹に突き刺された俺からすればトラウマでしかない攻撃だ。
怖い。でも、逃げない!
何故なら目の前を走る白野に一切の迷いが無いから。背中越しに感じる力強い何かが、自分をその恐怖から守ってくれている。自分を奮い立たせてくれている。
だから今は信じて進め! あの背中に向かって!
「おおお!!」
叫びと共に光の槍が白野の手に触れた瞬間、光の矢が白野の手に吸い込まれるように収束し、一瞬で包み紙に包まれた飴玉に変わった。
「なっにぃい!?」
ドーナシークが驚愕の表情で慄く。当然だ俺も驚いている。白野お前、自分以外のエネルギーでも食べ物に変えられるのか!?
「祐斗! 小猫! いつまで傍観しているつもりだ!! こっちを助ける気がないならアーシアにこれを届けてくれ!!」
そう言って白野が後方に飴玉を放る。すると視界の脇の物陰から小猫ちゃんが現れてそれをキャッチしに向かう。その姿を一瞥しすぐに前に向き直る。
自分の役割はドーナシークを倒すこと。だから他の事は全部仲間に任せる! 隠れていた事情なんて後回しだ!
「くっ! ならば空に――」
「させないよ!」
空へと逃げようとしたドーナシークの翼を、天井から降って来た木場が切り落とす。
「があああ!? 貴様等、まさかワザとやられた振りを!?」
「行け、一誠」
ドーナシークが木場に注意が行った瞬間、振り返った白野が小さく、しかしはっきりと俺に向かって言い放ち、横に跳んで進路を開けてくれる。
その先には――憎くて仕方なかったドーナシークが居た。
「っ―――おおぉぉーー!!」
奴の顔を見た瞬間、頭の中で何かが切れる音と同時に、奴をぶっ飛ばす以外の考えが頭から消え失せた。人生で一番と言ってもいいくらい全力で駆け、拳を振り上げながら奴目掛けて全力で跳ぶ。
「ドォォナシィィクゥゥウウ!!」
「しまっごふぉ――!?」
驚き戸惑っていた奴の顔面目掛けて拳を叩きつけて吹き飛ばす。殴られた奴は錐揉みしながら吹き飛び教会の壁を突き破って外へと出てしまう。
「はぁ、はぁ、木場、確認しに行ってくれ。とどめを、神器を取り返さないと」
「分かった。すぐに戻るから君は休んで」
俺が辛そうに呼吸しながら頼むと、木場は頷きすぐにドーナシークが跳ばされた方へ向かった。流石は『騎士』だ。もう姿が見えない。
「はぁ、やっぱ、限界まで使うとしんどい」
「お、おい大丈夫か白野!?」
俺と同じように呼吸を荒くして座り込む白野に慌てて駆け寄る。
「大丈夫だ。それより励ます相手が違う。あの子の傍にいてやれ」
「あ、ああ。でも無理すんなよ!」
白野に促されて疲れた体を無理矢理動かしてアーシアの元に向かう。アーシアは白野が作った新しい飴を口の中でもごもごさせているが、顔色は先程と変わらない。やはり白野の言う通り、あくまで気休めでしかないのかもしれない。
「アーシア……あっ!」
しっかりしろと声を掛けようとしたその時、突然アーシアの身体の上に見覚えのある二つのリングが現れた。
間違いない。アーシアの神器だ!
神器がアーシアの身体に吸い込まれると、アーシアの顔色が徐々に良くなっていった。
「……魂の消費症状が止まった。もう大丈夫だ」
座ったままの白野が全員に聴こえるように伝える。その言葉に安心した俺はいっきに力が抜けてその場で仰向けに大の字に倒れた。
「はあ~~。良かった。本当に良かった」
今更疲れが来てもう身体を起こす気力も無かった。
聞きたい事や尋ねたい事は沢山ある。でも、今はそんなことはどうでもいい。
俺は心の中で改めて白野に感謝を述べた。
ありがとう白野。お前のお陰で、俺は大切な者を守る事が出来たよ。
と言うわけで白野の能力はぶっちゃけると『物理攻撃以外のエネルギー系攻撃の無効化』というチート能力でした。
まぁ幻想殺しと同じで対象に触れないといけないのと、現状ではエネルギー量次第で変換に時間が掛かる点ですね。この辺は次回か次々回で詳しく説明します。