モンハン商人の日常   作:四十三

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先月投稿できなかったタイプの屑です。


第28話

 昔こんな話を聞いたことがある。

 

 とある未開拓地を調査するために調査団が派遣された。

 長期な調査が予想されるその調査では数多くの調査機材が必要とされ荷物の総量も凄まじい量になっていたという。

 そこでこの調査団は一人一種類調査に必要な荷物を持つことで負担を分担しようという方針になったのだとか。

 

 その荷物の中で調査隊員の殆どが担当になりたくないと拒んだ荷物があった。

 それが、調査団全員分の調査期間中に口に入れる『食料』という荷物。

 

 食料の量は荷物の中でも群を抜いており重量も相当なものだったという。

 誰も名乗り上げないと悩みあぐねていた時、聡明そうな青年が食料担当の荷物持ちに名乗り上げる。

 

 全ての担当が決まったことにより調査は滞りなく始まり、彼は一人でその全員分の食料を運び始めた。

 他の者はそんな彼を憐れみ、同情し中には胸をなで下ろす者もいたのだという。

 

 調査が開始され一日、一日と日が過ぎるたびに変化が起こり始める。

 日が過ぎるたびに青年の荷物の量が減っていくのである。

 

 

 翌日には更に数が減り、翌々日には更にその量を減らしていく。

 

 

 そしてとうとう調査が終わるころには青年の手には何一つ荷物は握られていなかった。

 

 

 彼は、最終的に食料がなくなるということを見透かした上で名乗りを上げたのだと調査で疲弊し荷物を担いだ各隊員達は羨ましそうに彼の軽い足取りを眺めていたのだという。

 これは目先の損益にばかり捕らわれず先を見据えた行動をとるべきだという教訓交じりのお話。

 

 

 しかしなぜ、そんな話を思い出したのかという話をするならば、その原因は目の前の鼻歌交じりでよろず焼きセットを用いて魚肉をあぶっている人物のせいである。

 

 

 

「――レイトウ本マグロの何がいいって武器として使った後に食べられることだと思うんだよね」

 

 

 

 ――はい、とっても上手に焼けましたぁ。

 

 

 そう言ってどう見ても黒焦げの魚肉を掲げるギメイ。

 

 

「……」

 

 

 そのギメイの姿を眺めていたオイラとあの四人組のハンターともども気まずそうに視線をその黒焦げ魚からそらす。

 

 

 ラングロトラとの戦闘を終えたギメイは、ギルド宛ての狩猟終了を知らせる狼煙を上げた後、何をするのかと思えば剥ぎ取りナイフを取り出しラングロトラの剥ぎ取りではなくカジキマグロの解体作業を始めた。

 

 

 あの時の『ミートorフィッシュ?』の質問の意味はこういうことだったのかと納得したのと同時にうな垂れるオイラ。

 

 

 カジキマグロを解体し終えたギメイは慣れた手つきで組み立て式のよろず焼セットを設置し陽気に魚肉をあぶりだした。

 そしてその結果が、一見すると……いやどこからどう見ても失敗したあの黒焦げ魚と掛け声なのである。

 

 

 え? 

 ボケ? それとも素で言ってる?

 

 

 いや、もしかしたらオイラが知らないだけでああいう料理があるのかもしれない。

 「炙り」の延長線上のなんか、こう……聞こえのいい調理法があったりするかも。

 

 

「見ての通り、僕は料理が絶望的に下手くそだ。正直、万死に値するとすら思っている」

 

 

 素だった。

 そしてそんな都合のいい調理法なんて存在しないという発言。

 というかただあぶるだけの工程の作業を料理と呼んでいいのか?

 

 

「あの……解体しちゃってよかったんですか? レイトウ本マグロ。本当に今更なんですけど……」

 

 

 オイラがギメイの料理の認識の低さに頭を痛くしていたその時、四人組の一人であるあの麻痺した男を担いでいた女ハンターがそんなごもっともなことを口にした。 

 

 

「なんでそんな不思議そうな顔をするんだい? もう持っていても仕方ないと思うんだけど。僕の狩猟依頼は完遂したわけだし、これ以上あんな重いもの抱えても邪魔にしかならないと思うんだけど、違うかい?」

 

 

 

「いや……まあ、そうですよね。はは……」

 

 

 そう言って苦笑いを浮かべる彼女。

 

 

 気持ちはわかる。

 すっごく、わかる。

 

 理屈は通っているように思う。

 もう狩猟が終わった以上、武器が荷物になるという考えは一見まともな発言のように聞こえる。

 でも実際は、この森にはラングロトラ以外にも他にモンスターがしかも狂竜化した個体が生息している。

 

 今このギメイはそのモンスターたちに『対抗するための武器を食べようとしている』のである。

 

 食べようとしていると言ってももう既に解体してしまった後なのだから武器というなりは失われてしまっているわけで時すでに遅しには変わりない。

 

 

「って言ってもあれだよ? レイトウ本マグロは凍ってないと武器として成立しない特殊な武器だから使える時間が限られてるわけで溶けたらもう使えないんだよね。ここまで持ってくるためにわざわざ『保冷性の高い専用の鞘』を特注して持ち込んだのはそういう理由なんだよ」

 

 

 

「にゃ、にゃるほど」

 

 

 

 つまり、もうラングロトラの狩猟で外気に晒され続け溶けて硬度が落ちてしまったカジキマグロは武器として成立しないということか。

 

 

 

「……」

 

 

 

『だったら普通の武器持って来いよ!!』と言うツッコミはしたらいけないのだろうなと言葉を喉の奥へと飲み込んだ。

 

 

「これ壊れてるんじゃない?」と二本目の魚肉を炭に換えたあたりで火力の強さをよろず焼セットのせいにしだすギメイ。

 そのあまりにもな料理下手にとうとう「オイラが焼くにゃ……」と入れ替わった。

 

 

 

「ごめんね。ありがとう、助かるよ」

 

 

 

 そう言ってオイラににこりと笑いかけてきた。

 なんというかあの狩猟している時と打って変わって間が抜けているような印象を受けてしまう。

 

 顔がよく、実力もあり、ユーモアのウィットにも富んでいて、人当たりもいい。

 そして嫌味にならない程度の料理下手というおちゃめな短所。

 

 なんとも世の女性が放っておかないであろう属性のオンパレード。

 これで心に闇の一つでも抱えていればイケメン属性フル装備である。

 

 

 そんなことを考えながらよろず焼セットで魚肉をあぶっていく。

 魚肉の炙り加減の確認合間にチラリと見渡す。

 

 

 相も変わらずに無言で笑顔を振りまくギメイ。

 そしてその笑顔の圧に押され委縮している四人組のハンターたち。

 そんな人たちが無言でオイラの手元を凝視してきている現状。

 

 

 

「……」

 

 

 

 気まずさから嫌な汗がにじみ出てしまうような気がする。

 まあ、オイラには汗腺がないから汗なんて出ないのだけれど。

 

 

 なんなんだろうか。

 いや、本当になんなんだろうかこの状態は。

 

 ギメイは何故かこの四人組ハンターたちに対しての当たりが強く、顔は笑っていても今この時でさえ彼らを居ない者扱いしているような気がするし。

 彼ら四人組もそんなギメイの空気を察しており、この場から離れたくても離れられないでいるような印象を受けてしまう。

 

 

 その結果、手持ち無沙汰に陥った各々がオイラを凝視し気を紛らわしている。

 

 

 つまりあれか。

 このオイラに注がれる視線の意味は『助け舟をくれ』という意味なのだろう。

 そんなこんな思考を巡らせている間によろず焼セットからこんがりと焼けた魚肉の塊が出来上がる。

 

 

 オイラはそのこんがり魚を一番近くにいた四人組ハンターの一人に手渡した。

 

 

「え、え……?」と困惑するその姿をしり目に「別にいいよにゃ、ギメイ。どちみち二人で食べられる量でもにゃいし」と言葉を添える。

 

 

「うん。僕は全然かまわないよ」

 

 

 この状態から「いや駄目だ」なんて言われるわけがないという打算的なことがあったのは事実だけど、もしも言われていたら状況はもっと悪化していたかもしれない。

 まあ、結局は言われなかったのだから切っ掛け作りとしてはこんなものだろう。

 

 

「えーと……。それでハンターさん達はにゃんでラングロトラに追われていたのかにゃ?」

 

 

 ギメイはどうでもいいと言っていたが実際にこれははっきりしておいたほうがいいことなのだろう。

 ただ単に突発的に襲われていただけならば何ら問題はないが、そうではなかった場合が問題だ。

 ギメイがラングロトラ狩猟を受注していたのだとすればギルド側の手違いでない限り依頼の重複は起こりえない。

 

 ターゲットが被ることはないはず。

 ではなぜ、ラングロトラは彼らを襲っていた?

 もしかすれば彼らが先に手を出したという可能性もある。

 

 

『密猟』

 

 

 嫌でもそんな言葉を思い出してしまう。

 

 可能性の話。

 これは可能性の話でしかない。 

 オイラはその行為が最終的にもたらす被害の大きさを知った。

 

 

 あの『湿原地』で。

 

 

 ――そ、それはですね……。

 

 

 女ハンターがそんな風に言いにくそうにしていたその時。

 

 

 

「私が説明しよう」

 

 

 

 と先ほどまで麻痺で横になっていた男がゆっくりと起き上がりながらそう告げてきた。

 

 

「そんな、まだ横になられていてください。まだ体のほうも万全ではないのですから」

 

 

 気遣いの声を掛けられる人物。

 何だろうか扱われ方を見るにどうやら一目置かれるているように感じる。

 

 

「大丈夫だ、もう体の痺れは取れている。それに彼らも説明を求めているんだ、いらぬ誤解を受ける前に私たちの身の潔白を証明しようじゃないか」

 

 

 そう言って男はオイラの横を通り過ぎギメイのもとへと歩いてゆく。

 

 

「先ほどは危ないところを助けてもらって感謝する。君のおかげで全滅という事態を免れることができた。しかし悪いがそのラングロトラは私たちに渡してもらおう」

 

 

「にゃ!?」

 

 

 ギメイの前でそんな感謝の言葉とぶっ飛んだ要求をする男。

 

 

「助けてもらっておいて上から目線なのが気になるんだけど理由は?」

 

 

「君みたいな一般のハンターに教える必要が? 答えは『黙って従えマグロ野郎』だ」

 

 

 

 糸が張ったようなような一触即発な空気がこの空間を飲み込む。

 

 

 

「ふふっ。身の潔白を証明するんじゃなかったのかい? そんな喧嘩腰で一体どうやって君たちを信用すればいいのか教えて欲しいよ」

 

 

 

 ――……!!

 

 

 その刹那。

 ギメイの額目掛け一本の双剣の切っ先が突き付けられた。

 

 

 

 双剣『ギルドナイトセイバー』

 

 

 

 その切っ先。

 

 

「ふむ……これはどういうことかな?」

 

 

 この緊迫した状態でもギメイは笑顔を崩すことなく微笑んでいた。

 

 

「いやいや、この双剣を見てもわからないとはどうやらよほど察しが悪いらしい」

 そういって、男はギルドナイトセイバーをギメイの額から離しその刀身を鞘に納めた。

 

 

「驚かしてすまないね。ここまですれば大体は察してくれるんだが、君にはどうやらきちんと口にしたほうがいいらしい」

 

 

 ――私は。

 

 

 そういってギメイに握手を求めるように手を差し出す男。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――私は『ギルドナイト』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 オイラはその突然の事態に何もできず見守ることしかできなかった。

 

 

 

「へえ……」

 

 

 

 ギメイは冷たく微笑んだ。

 すべてを悟ったかのような嘲笑交じりの冷徹の表情。

 

 

 

「僕ギルドナイトなんて初めて見たよ……実物に会えるなんて光栄だなぁ」

 

 

 

 そういって差し出された手を握り返し握手を交わす。

 

 

 

「私はギルドから特命を受け今この渓流で調査をしている最中だ。そこのラングロトラもその調査の一環で回収しなければならない。もう一度言おう、ラングロトラを私たちに渡してもらおうか」

 

 

 

 ――ギルドを敵に回したくはないだろう?

 

 

 

 そう忠告される。

 しかしそのあまりにもな言い分にオイラはついつい声を荒げてしまった。

 

 

「ちょっと待つにゃ!! いくらギルドナイトだからって狩猟後のモンスターを横取りするにゃんて横暴だにゃ!! ギメイの引き受けた依頼は一体どうなるのにゃ!?」

 

 

 

 オイラの言葉に男は一瞬見下すような蔑む視線を向けてきた。

 

 

「おいおい、アイルー君。行きずりの君がしゃしゃり出るべきじゃないよ。君はこのマグロ野郎が決めたことにただただ従っていればいいんだ。余計な口出しをするべきじゃないなぁ」

 

 

 

 男の掌がオイラの頭へと伸ばされる。

 その手に体が「ビクッ」と跳ねる。

 オイラはグッと瞼を固く閉じた。

 

 

 

 

「――痛っ!!」

 

 

 

 

 そんな声が聞こえてきた。

 恐る恐る瞼を開けると目の前で男が苦痛に顔を歪め脂汗が噴き出していた。

 

 

 見るとギメイと握手していた方の手がきしむ音がしていた。

 あまりの激痛にか男はその場に膝をつく。

 

 

「あっ、ごめん。力込めすぎた……」

 

 

 そんなあっけらかんとした態度で謝罪の言葉を口にするギメイ。

 

 

「力込めすぎたって……」

 

 

 あんた300㎏のカジキマグロ振り回す握力があるのにそんなので握られれば人間の骨なんて簡単にお釈迦になるぞ……。

 

 

 

「あ、それと彼は部外者じゃない、彼は僕の『依頼主』だ。僕は彼の主人から彼を預かっている身だ。彼に何かあれば僕は彼の主人に顔向けができなくなる。だから……」

 

 

 

 ――君が誰であろうと彼に危害を加えるつもりなら僕は容赦しないよ。

 

 

 

 跪く男を見下ろすような蔑むような視線でギメイは冷たく鋭い声音で脅しかけた。

 

 

 

「ラングロトラは好きにしていいよ。そういえばこの依頼主の人、頭ハゲ散らかしてて嫌いだったの今思い出したからさ。ついでにその魚肉とよろず焼セットもサービスしてあげる。あら、なんてお買い得なんでしょう」

 

 

 

 いまだ痛みに頽れている男に他の三人が駆け寄りオロオロしている。

 

 

 

「それじゃあ、用事もほぼ終わったし遅くなって悪いけど君の主人捜索再開しようか」

 

 

 

 えっ? いいの?

 このまま放っておいていいの?

 

 

 

「おいてめぇ……!!」

 

 

 

 出会った当初とは違う荒っぽい口調でギメイを呼び止める。

 

 

 

「なんだい? まだなにか用があるのかい?」

 うんざりしているのかギメイの口調にも面倒臭さがにじみ始めているのが伝わってくる。

 

 

 

 

 

「――夜道には気をつけろよ」

 

 

 

 

 

 そう告げギメイにニヤリと笑う男。

 

 

 

 どういうことなのだろう?

 と思いギメイの顔を見てみるとその表情は今まで見たことないものだった。

 

 

 

 

 

『無表情』

 

 

 

 

 

 まるで興味を失った玩具を見るような無の感情。

 

 

 

「――……!!」

 

 

 

 その今まで見せたことない表情に背筋が凍り付く。

 

 

 

 

「『別れの挨拶』は……きちんとしたほうがいいですよ」

 

 

 

 

 そう告げギメイは、洗礼された所作で丁寧なお辞儀をしながら彼らにこう言い残した。

 

 

 

 

「それではどうかまた……」

 

 

 

 

 

 ――近々、お会いしましょう。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「むにゃっぁぁぁ!! なんかだんだん腹が立ってきたにゃぁぁぁ!! 何が『マグロ野郎』だにゃ!! てめぇの方がずっと横になっててマグロ野郎じゃねぇかぁ!! このクソがぁぁぁ!!」

 

 

 

 オイラはこの心の底から湧き上がる負の感情を爪を研ぐことで発散させていた。

 

 

 

「あの……もうそれくらいにして、ね。それ以上幹を傷つけたら木が痛んじゃうから……」

 

 

「フゥー……フゥー……」

 

 

 

 オイラたちはマグロ野郎たちから分かれたあと再びご主人捜索に興じていた。

 時間がたつごとにふつふつと湧き上がる感情に歯止めが利かなくなりストレスをぶつけるほか思いつかなかった。

 

 

 

「ギメイはムカつかにゃいのかにゃ!? ギルドナイトだからって職権濫用されて!! 手柄横取りされてにゃ!! ギルドナイトにゃんてクズにゃ!! カスにゃ!! ゴミクズにゃぁぁぁ!!」

 

 

「はは……酷い言われようだなぁ」

 

 

 オイラが地団駄を踏むそんな姿を頬を掻きながらなだめるギメイ。

 

 

「まあ、僕はあんまりギルド内での地位とかには興味ないから手柄云々とか割とどうでもいいんだよね。でもやっぱり達成金が入らないのは痛いなぁ。特注の鞘を作ったせいで今回の依頼は完全に赤字だよ」

 

 

 

 まさに『骨折り損のくたびれ儲け』である。

 その上、オイラのご主人捜索まで手伝ってもらって本当に頭が上がらない。

 

 

 

「あの……ご主人が見つかったら依頼料払うにゃ。あんまり出せないかもしれないけどにゃ」

 

 

 ご主人捜索がら申し訳なさからオイラの方からそんな申し出をする。

 

 

「いいよ、気にしないで。僕にとっては君の主人に恩を売っておく方がどんな依頼よりもずっと価値があるからね。むしろこうして縁ができたことにお金を払ってもいいくらいさ」

 

 

「……? ご主人に恩売ったって逆立ちさせても何も出てこないにゃよ?」

 

 

 

 ――そんなことないよ。

 

 

 

 と笑うギメイ。

 

 

 そんなことないというが実際ご主人は商人としては底辺の貧乏商人だし。

 どこかに強いパイプを持っているわけでもないし。

 お師匠さんという強いバックはいるが今まで特にその恩恵らしいものを受けている姿を見たこともないことから商売に関してはお互い不干渉なのだろうし。

 

 あと、ガーグァにも負けるほどのクソ雑魚ワロタだし。

 ご主人に恩を売って得られる旨味がよくわからない。

 

 

「そうだねぇ。商人にとって……というより商売に必要なものって何だと思う?」

 

 

「にゃ? 商売に必要なもの?」

 

 

 そんな突然の質問。

 商売に必要……。

 

 

 商品のことだろうか?

 もしくはお金のこと?

 それとも場所?

 

 

 いや恐らくどれも違う。

 商品がなくてもハンターは商売ができる。

 現金がなくてもご主人が言っていたバーダー貿易のような商売ができる。

 場所がなくても行商人のような商売ができる。

 

 

 では商売をする上で必要なものとは?

 

 

 

『商人の武器それは――情報だ』

 

 

 

 ご主人はこの森でオイラにそう教えてくれた。

 

 

 

「商売に必要なものそれは……」

 

 

 

 

 ――『信用』だにゃ。

 

 

 

 ギメイは嬉しそうにほほ笑んだ。

 

 

 

「さすが商人のオトモだね、正解だよ」

 

 

 

 何が売れるのか、何が飽和状態なのか、どこが必要としているのか、何を求められているのか。

 そんな真偽入り混じる情報を扱う商人にとって信用や信頼は必要不可欠。

 

 

 誤った情報は鈍ら刀と同義。

 いかに正しい情報を得られるかが商人の強さへとなる。

 

 

 正しい情報を得られるだけの信用を勝ち取ることができたものが高みへと昇れる。

 そして信用を失った商人は死んだも同然、生きてはいけない。

 

 

 

「不思議なことにその信用は表だろうと裏だろうとどっちの世界でも必要な代物なんだ。失えばどちらでも生きていけない」

 

 

 

 信用を積み上げるには時間がかかる。

 逆に崩れるのは一瞬。

 

 疑心暗鬼という一つの雫でそれは簡単に波紋を作り揺らぎをもたらすほど不安定なもの。

 

 

「君の主人は優しく、正しく、清らかでとても強い人物だ。そして何より僕にとって彼は……」

 

 

 

 ――最高に信用できる人物だよ。

 

 

 

 そう締めるギメイ。

 

 

「それは買い被りすぎじゃにゃいかにゃ……?」

 

 

「本当にそう思うかい? 君は彼のことを信用できないのかい?」

 

 

 

 オイラはその言葉に言葉に詰まる。

 

 

 

「……だってご主人馬鹿だし」

 

 

 

 

 ご主人は馬鹿だ。

 いつだってそう。

 

 何も考えてないように突っ走って、馬鹿やって。

 だけど人一倍いろいろ考えてて、それを悟られないようにやっぱり馬鹿なことで上塗りして。

 

 それだけ自己犠牲しているのになにも求めない。

 

 

 

 ――笑えればそれでいい。

 

 

 

 そう言っていつも突っ走る。

 いつも待たされるこちらの気も知らないで……。

 

 

 

『――マルクト』

 

 

 

「信用も信頼もしているにゃ。だけど信用して待ち続けるのは……」

 

 

 

『残念だけどあんたの主人は……』

 

 

 

 ――怖いんだにゃ。

 

 

 

 そこまで口にしてオイラはハッとした。

 いつの間にか空気が重く暗い話題になってしまっていることに気が付いたから。

 

 

「ご主人クソ雑魚だからにゃ!! 待たされる側としては気が気じゃにゃいんだにゃ!!」

 

 

 オイラは取り繕うように声を張り上げた。

 ギメイはそんな誤魔化しの笑みを浮かべるオイラにやさしく微笑みかけてきた。

 

 

「僕はね、この職業柄戦闘が主な仕事だ。その戦闘経験を踏まえた上で僕は『強い奴』っていうのをあんまり怖いとは思っていないんだ」

 

 

 突然なそんな語り。

 

 

「強い奴は怖くない? どうしてにゃ?」

 

 

「強い奴っていうのはそれだけの『強い理由』があるからだよ。だけどそういう存在は、その『強い理由』を排除してしまえば途端に脆くなる。さっきのラングロトラの狩猟がそのいい例さ」

 

 

 ラングロトラの狩猟。

 ギメイはあの戦闘でラングロトラの所有する武器、特性を一つずつ潰していった。

 

 そして最後には逃げる手段すらも奪い、狩猟を完遂させた。

 

 

「だけど僕は強い奴が怖くないと思う反面、『弱い奴』の方がよっぽど怖いと思っている。いや、正確には『自分のことを弱いと理解している存在』かな? 君の主人に会ってそれを確信したよ」

 

 

「……?」

 

 

 弱い奴の方がよっぽど怖い?

 それはよく意味がわからない。

 

 弱い奴は理解していようがしていまいが弱い奴だ。

 それ以上でもそれ以下でもないはずではないか。

 

 

「弱い存在からは強さを引くことができない、強さなんて最初から持ってないからね。そして『弱さ』を排除する手段も存在しない。これは僕みたいな人間からすれば途轍もなく脅威なんだよ」

 

 

「よく意味が分からにゃいにゃ……」

 

 

 

 ――……ガサッ!!

 

 

 

「……!!」

 

 

 突如傍らの茂みから葉が擦れる物音が聞こえてきた。

 

 

 

「……にゃんにゃ? モ、モンスター?」

 

 

 

 だとすればまずい。

 ギメイにはもうすでに武器がない。

 

 いくら手練れハンターのギメイだとしても、武器なしで対応できるモンスターなんて限りがある。

 早く逃げなくては……。

 

 

 そう思考を巡らせた瞬間。

 

 

 

「誰がモンスターですかぁぁぁ!!」

 

 

 

 という快活な声とともに茂みから『少女』が飛び出してきた。

 

 

「誰ですかぁ!! この可憐な少女をモンスター呼ばわりをするいけない人はぁ!! 万死じゃぁ!! 万死に値するんじゃぁぁぁ!!」

 

 

 と叫びながら血眼になり「フゥー……フゥー……」と唸りながら辺りを見渡し始める少女。

 

 

 あまりの出来事に呆気にとられるオイラ。

 

  

 というか、うん? あれ?

 オイラ、この人とどこかで会ったことあるような気がする……。

 

 

 そう思っていた矢先に彼女と視線が合う。

 

 

「――ってあれぇ? どなたかと思ったら先日、酒場にいらっしゃった商人さんのアイルーちゃんじゃないですかぁ!! こんなところで偶然ですね!! 今日は商人さんと一緒じゃないんですかぁ?」

 

 

 そう言われてハッとする。

 

 

「ああ!! 思い出したにゃ!! 『酒場の看板娘さん』じゃにゃいか!!」

 

 

 服装は違ったが、その人物はいつぞやご主人とともに訪れた『ユクモ村の看板娘』その人だった。

 

 

「嬉しいですね!! 覚えていてくれたんですか!?」

 

 

 そう言ってオイラを抱きかかえる看板娘さん。

 むしろオイラが覚えているより看板娘さんがオイラを覚えていた方が驚きである。

 

 

 オイラ達あの時『まったく会話していなかった』のに。

 

 

「へへんっ!! 『職業柄』人の顔を覚えているのは当然ですよ!! まあ、あなたはアイルーちゃんですけどね!! こんなところで一体何しているんですかぁ?」

 

 

 オイラ達がそんな予期せぬ再開に浸っていると、オイラの体が無理やり後方へと引っ張られた。

 

 

「ニッ!?」

 

 

 突然のことで変な声が出てしまった。

 

 

「ちょっとぉ!! 何するんですかぁ!! アイルーちゃんを乱暴に扱わないでくださいよ!!」

 

 

 そう叫ぶ看板娘さんの視線の先にはオイラを引っ張った張本人、ギメイの姿があった。

 

 

「……ギメイ? どうしたのにゃ?」

 

 

 引っ張られたことにより無理やり離されたオイラは地面に足をつけギメイの顔を見上げた。

 だがギメイの顔は今まで通りに微笑んでいるだけで何を考えているかまでは、オイラには読み取ることができない。

 

 

「……誰ですか、その感じの悪いイケメンは」

 

 

 ギメイのその態度にご立腹なのか、棘のある言葉でそんな質問を投げかけられる。

 

 

「えーと……この人はにゃ」

 

 

 オイラが説明しようとしたその時。

 

 

 

 

 

 

 

「――悪いけど……君は『信用できない』」

 

 

 

 

 

 

 

 そう、オイラの言葉を遮る。

 

 

「え……え……?」

 

 

 意味の分からない突如として訪れる緊迫した気配に動揺してしまう。

 

 

 

 看板娘さんはそのギメイのセリフを受けオイラに向けていた時とは別格の鋭い眼光で睨みつける。

 そして何かを察したかのように「ああ、はいはい。なるほど、なるほど」と納得する。

 

 

「どおりで似た匂いがするなぁと思ってたら、そうですか。『同業者』さんでしたか、これは失敬失敬」

 

 

 その言葉にオイラは唖然とする。

 

 

 

「え? 同業者……?」

 

 

 同業者ってどういう……。

 

 

「なぁんだ、だったらいいです。私の『お仕事』はもう終わりましたから。それじゃあ、お先に失礼しますね。早く帰らないと『マスター』にどやされちゃいますから」

 

 

 

 ――チャオ!!

 

 

 

 と横ピースを残す。

 

 

 

 

 

 その刹那、大気が震えた。

 

 

 

 

 

 ――――…………!!

 

 

 

 

 突然の後方からの轟音に振り返る看板娘さん。

 まるで爆発音のような振動が飛んできた視界の先には『空を覆いつくす黒煙』が広がっていた。

 

 

 

「……は?」 

 

 

 

 そんな呆気にとられたような声を漏らす。

 

 

「え? いやいや、おかしいでしょ。なんであんな離れたところから爆発が起こるんですか? そもそもあんな規模の爆発もう必要ないじゃないですか。ちょっと、ちょっと、ふざけないで下さいよ。いや本当、冗談じゃないですよ」

 

 

 みるみる表情が動揺の色に染まっていく。

 

 

 

「――どうやらまだ『お仕事』は終わっていなかったようだね」

 

 

 

 そんなギメイの声。

 ギメイのセリフにキッと睨みつける看板娘さん。

 

 

「ほら、早く向かいなよ。『別れの挨拶』はしなくていいからさ……」

 

 

 

「……チッ!!」

 

 

 

 看板娘さんは服の裾をまるでスカートをつまむ様に持ち上げ「ごきげんよう」とだけ言い残し黒煙が立ち昇る方角へと駆け出して行った。

 

 

 

 

 空虚。

 先ほどまで騒がしかった空間が抜き取られてしまったかのような静けさに包まれる。

 

 

 

 

「ギメイ……今のって?」

 

 

 

「君には関係がないことだよ。そして知らない方がいいことだ」

 

 

 

 オイラは知らない方がいいこと。

 そりゃ、聞いてもわからないかもしれないけど。

 

 

 

「まあ、それでも言語化するなら彼女はきっと油断をしていたんだろうね」

 

 

「油断?」

 

 

 一体何に対して?

 

 

 

「今回の件で彼女が得るべき教訓は……」

 

 

 

 

 

 

 

 ――『弱い奴は何をしてくるのかが分からない』という点だろうね。

 

 

 

 

 

 そう締めくくる。

 

 

 

 

『僕みたいな人間からすれば途轍もなく脅威なんだよ』

 ギメイが先ほど言った言葉がオイラの脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 

 

 そして一際、大きなため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 ――ああ……本当に厄介な相手だよなぁ。

 

 

 

 

 

 と小言も溢し項垂れるギメイ。

 

 

 誰に対して言ったセリフなのかオイラにはわかりようがない。

 ただその時見せたギメイの表情はどこからどう見ても……。

 

 

 

 

 ――嬉しそうな満面の笑みをしていた。

 

 

 

 

 




「もうこいつが主人公でいいんじゃね?」と書きながら何回も思いました。



***

はい。
というわけで。


先月投稿できなかったタイプの屑です(二回目)


いや、本当にごめんなさい……。
ちょっと、いろいろやってたもんだから先月投稿できませんでした。


その代わり今月めっちゃ長く書いた(私基準)
一万字越えは今まででたぶん最長ですね。

まあ、今回の更新でここまで書きたいという基準があったのでそこまで書いたらこんだけ長くなっただけなんですけど。


さてさて、懐かしかったり懐かしくなかったりする人物が出てきたりしちゃった回ですが
今回のシルバニアに関して気が付いていた人はどれだけいるのかな? って思う物書きの屑です。

ご主人たちに限らず客にゴア・マガラと女筆頭ハンターの情報をばらまける人物と執行人が同一人物って死体を作る状況づくりとしては理にかなっていたので隠し蓑としても最適な組み合わせだと思っていたのですが。


いやはや、感想欄で当ててきていた人がいたのでわかる人には分かるもんですね。
これだから、ネタバレが怖くて感想返しができないんですよ。


まあ、ネタバラシはこれくらいにして。


一応今回のお話でも第四章の落ちへと繋がるロジックを一つ仕掛けましたがまあ匂わせるだけ匂わせときます。


正解したからって特に何もありませんがお遊びとしてどうぞ考えてみてください。



というわけで一章、二章、三章と張っていた伏線を回収する今回の章。
タイトル通りに「偽りし者」が大集合の『第四章』


『偽りし者は欺き、赤星は地を駆る』



それでは皆さん



『偽りし者』に欺かれないようにしてくださいね。



ではではまた会う日まで(`・ω・´)ノ

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