目の前の人物と初めて会ったことを思い出しても大したエピソードなんてものはありはしない。
このギメイという人物を語るのだとしたら、オイラは一体何を語ればいいのだろうか?
そんな答えの出ることのない自己問答に現を抜かした。
「……こんなところで何をしてるのにゃ?」
抜かした末に出てきた疑問はそんな言葉であった。
「え? あ、あれ……? 君がそれ聞くんだ……。どちらかと言うとそれ、僕が先にするべき質問だと思うんだけどなぁ」
ギメイは少し困ったように苦笑いを浮かべた。
この男と初めて会ったのは湿原ギルド駐屯地だったということは覚えている。
駐屯地で会ったそのときは確か全身「ギザミシリーズ」を身にまとっていた。
だけど今回その全身を包んでいる装備はそのモンスター由来ともいえる緑と茶色が特徴的であり右肩から飛び出す巨大な角が象徴的な全体的に武骨な印象を受ける「尾槌竜 ドボルベルグ」を素材とした『ドボルシリーズ』だった。
「うーん。僕はただモンスターの狩猟依頼でこの森の中を探索していただけなんだけど。そしたら偶然君を見つけたわけなんだが……。君こそこんなところで一体何をしているんだい?」
――あの主人とは一緒じゃないのかい?
その言葉に「はっ!!」とした。
今までの会話中自分がずっと抱きかかえられていることに気が付いた。
オイラが急いでその腕の中から飛び降りた拍子に「うおっ」と言葉を漏らす。
そのオイラの姿を見て数回頷くギメイ。
「ふむ。元気そうで何よりだ」
「オイラが誰なのかわかるのかにゃ? あの時、オイラたち言葉交わしてないし本当に短時間しか顔合わせていにゃかったのに」
その返しに恥ずかしそうに笑うギメイ。
「職業柄人の顔を覚えるのは得意なんだよね。僕の数少ない特技の一つさ。まあ君はアイルーだけど。あの血気盛んなガーグァは元気かい?」
驚いたことにどうやら本当にオイラが誰なのかを把握しているらしい。
地面に足をつけてギメイを正面にとらえたことで格好の違い以外にも更なる新しい発見があった。
ギメイは背中にとても大きい『武器らしきもの』を担いでいた。
『武器らしきもの』
そんなあやふやな表現をしたのには理由がある。
というよりそういう言い方しか思いつかなかったというほうが正しい。
それはまるで『長方形の棺桶』と表現したほうが納得できる成人男性一人入れるほどの大きさの『鞘』だった。
いや正直鞘なのかどうかも怪しい代物。
でも先ほど狩猟依頼だと言っていたのにもかかわらずその不可思議な物体以外に武器らしい武器を持っていない。
まさか手ぶらで狩猟に挑むような馬鹿がいるはずもないので、あれが武器であるのは間違いないとは思う。
「さてさて本当に君、体のほうは大丈夫かい? あのまま目を覚まさなければ一度ユクモ村に戻るつもりだったんだけど。どうしようか。村に戻るのなら送っていくけど……」
「にゃー……」
どうするのかと聞かれるとそれはそれで困る。
オイラとご主人のもともとの目的地はユクモ村ではあったけど、お師匠さんに襲われたせいでご主人は行方不明だし、皇帝閣下は飛行船で囚われの身な上にゴア・マガラの襲撃のせいで飛行船の安否も不明。
当然そんなこと知るはずもないご主人はオイラが飛行船にいると思っているだろうし。
身の安全のことを考えるのならばユクモ村に行くのが一番最適なはず。
ユクモ村にいれば必ず後々合流できる。
それが最善な選択。
『――マルクト』
そんな言葉がフラッシュバックした。
『残念だけどあんたの主人は……』
情景と一緒に。
「……? どうかしたのかい? ボーと考え込んで?」
「……!?」
ビクッと体が驚きで跳ね上がる。
心配そうにオイラの顔を覗き込んでくるギメイ。
近くに来るまで全く気が付けなかった。
それほどまでに呆けていた。
「ふむ……。僕は今から狩猟依頼をこなさないといけないし君を巻き込まないためにも、やっぱり一度ユクモ村に戻ったほうがよさそうだね。君もまだ本調子ではなさそうだし。それでいいかい?」
そう言って行動方針を示してきた。
ギメイの言い分は至極真っ当であり、模範解答としては百点満点である。
「……いにゃ。オイラもこのままこの森に居残るにゃ。ご主人もこの森で道に迷ってると思うしにゃ……」
ギメイの出した提案は正しい。
それに対して出したオイラの答えは端的に言えばただのわがままの分類である。
「そうか……。じゃあ僕も一緒に探すよ。一人じゃ危ないし、僕みたいなやつでもいないよりは幾分かはましだろうからね」
「助かるにゃ。ありがとうにゃ、ギメイ」
その厚意に甘えることにした。
「どういたしまして。短い間だろうけどよろしくね」
そのギメイの微笑みに返すようにオイラも微笑んだ。
ここでギメイに会えたのは一つの幸運だったのかもしれない。
オイラ一匹だけではこの森の中十分に探索できなかった可能性もあった。
森の中では今狂竜化したモンスターが多く生息しているとお師匠さんが言っていた。
いや、そうではなかったとしてもオイラには……。
「……マルクト」
そう小さく呟く。
オイラのことをその名で呼ぶ人物が今一体どれだけいるのだろうか。
『残念だけどあんたの主人は……』
「マルクト? 君のあの主人の名前かい?」
「……いや、何でもないにゃ」
「……? なら、いいんだけど」
あの時とは違う。
あの頃のただ待つだけだったオイラとは違う。
そう……。
違うはずだ……。
きっと。
***
「ん? ああ、これ? 『大剣』だよ? それがどうかしたのかい?」
オイラがあの大きい武器らしきものについて質問したら意外にもギメイはあっさりと答えてくれた。
ご主人探索中、オイラ達はそんな何気ない会話をしていた。
探索といっても、正直なところ今現在ここが渓流のどこに位置しているのかもわからない上に、さらに言えばオイラがどこでご主人とはぐれたのかもわからない状態なので本当に闇雲に探すしか方法はないわけなのだけれど。
風もないので匂いを頼りに捜索するのも少々骨が折れそうというのが現実である。
「っていうことはギメイって大剣使いなのかにゃ?」
「うーん。別に大剣使いってわけでもないんだけどねぇ。基本的には何でも使うよ、僕は。というよりどの武器を使ってもあんまり変わりがないんだよね。所謂『器用貧乏』ってやつさ」
「器用貧乏? 天才肌の間違いじゃないのかにゃ?」
――そんな大層なものじゃないよ。
と笑うギメイ。
『どの武器を使用しても変わりがない』
現在ギルド公式として認めている武器種は『十四種』にも上る。
軽い武器、重い武器。
短い武器、長い武器。
早い武器、遅い武器。
突く武器、殴る武器。
弾く武器、射る武器。
操る武器、奏でる武器。
原始的武器、機械的武器。
多岐にもわたる。
使い方も違えば、構造も違う武器。
この武器群もまさか武器職人の娯楽のために作られたわけではないのは当然のこと。
ギルドがこれだけの武器種を認めているのはただ単純に『必要』だからに他ならない。
武器とは『兵器』である。
兵器とは生命を刈り取るためにある。
どうすればより効率的にモンスターを狩猟できるのかを追求した形。
どれだけ綺麗事を並べても行き着く先はそんな鋭利なエゴイズムでしかない。
それを前にして平たく変わらないという。
相性等を加味した上での発言なのか、それともただの言葉の綾なのか。
いや、そもそもこのことはそこまで深く思案を巡らせるようなものではないのかもしれない。
「大剣にしては変わった鞘してるよにゃ、それ。柄まで鞘の中に納まってるじゃにゃいか」
結局のところいくら自分の中で思考しても答えが出ることのない自問を切り捨て会話を続けた。
そのオイラの問いかけにまるでどう返すか悩むように唸るギメイ。
「この大剣のために特注で作ってもらった鞘なんだよ。この大剣も少々特殊でね、使える時間が限られてるんだ。だからまあ、こんなまるで棺桶のような形をしているんだけど。それを踏まえた上で君に少し質問したいんだけど……」
――肉と魚どっちが好き?
と、まるで脈絡のない質問をしてきた。
「にゃ? それって食べるならっていう意味かにゃ?」
「そうそう。『お肉とお魚食べるならどっちのほうが好き?』っていうそういう質問」
まったく会話の前後感のない質問をされてしまった。
踏まえた上で、なんて言い方をしているのだからきっと全く関係のない質問ではないのだろうけど。
「それってつまり、ギメイが狩ろうとしてるモンスターに関係してる質問なのかにゃ?」
「あっ、すごい今のでわかるんだ。まあ直接は関係はないんだけどね、僕としては君が魚が好きでいてくれると非常に助かるんだよね」
「にゃあ、そりゃオイラアイルーだから魚が嫌いってわけではないけど……」
どちらかというと肉派だったり。
というか、魚のほうが好きだと助かるってどういう意味なのだろう?
魚といって真っ先にこの渓流で思いつくモンスターといえば……。
『水竜 ガノトトス』
え……?
食べるの?
いや。
食べさせる気なの?
「それはよかった。君には特別に脂がのった部分を食べさせてあげるね」
そう言ってオイラの苦笑いを気にせず笑う。
食べさせる気だった。
モンスターを食べさせるなんてもはや善意ではなく嫌がらせの分類である。
しかし、いいのか?
狩猟依頼のモンスターを勝手に食べたりして……。
ギルドに納品しないといけないんじゃないの?
いやでも、噂では『徹甲虫』こと『アルセルタス』を食べるためにギルドに依頼したという酔狂な美食家がいたとも言うし。
「水竜の大トロ」と呼ばれる部位も知る人ぞ知る高級食材だともいうし。
そういう関係の依頼だったとすれば多少のつまみ食いが許されていたりするのだろうか?
「いや、せっかくだけど遠慮しようかにゃぁ……。横取りするみたいでにゃんか悪いし」
「遠慮なんてしないでくれよ。とてもじゃないけど一人で食べられる量じゃなくて困ってるんだ。僕としてはできれば君の主人と合流して彼にも手伝ってほしいと思ってるくらいなんだよ」
「そ、そうなのかにゃ……」
逃げ道などどこにもなかった。
こちらとしてもご主人を探す手伝いをしてもらっている手前、困っているといわれてしまえば断りずらい。
これは腹をくくったほうがいいのかもしれない。
「にゃ? そういえば、だったらなんでギメイはこんにゃ所にいるのにゃ? ガノトトスを探すのにゃら森の中じゃなくて水辺を探すべきじゃにゃいのかにゃ?」
「ガノトトス? なんで突然ガノトトスが出てくるんだい?」
オイラがふと頭をよぎった疑問を口にしたらそんな訝しむような口調で逆に問われてしまった。
「なんでって……」
魚の話題で、狩りに関係があって、脂がのっている部位という大トロを連想させる言い方で、食べられない量という文字群で……。
すると、得心が言ったかのように手と手を打ち付けるギメイ。
「あぁ、なるほどなるほど。わかった、これは確かに僕の言い方が悪かったね。僕が食べるって言ったのは別に狩猟ターゲットのモンスターのことではないんだ」
「……? じゃあ、ギメイの狩猟ターゲットっていったい何な……?」
そう質問をしようとした。
その刹那、空気がひりついた。
そして突如ギメイの目つきが変わった。
その目は先ほどまでの人当たりの良いそれではなく。
命を狩り取る者の眼。
まさしく狩り人の瞳。
いやそんな言葉では言い表せない不気味な眼光。
――冷徹ななにか。
その威に背筋が凍り付きそうになったその時。
――――!!
オイラの耳が遠くの地響きをかすかにとらえた。
「少し遠いかな……」
「は……?」
オイラにはこの地響きに『聞き覚えがあった』。
あれはオイラとご主人がゴア・マガラに襲われ追走劇を繰り広げた『あの夜』にオイラたちが聞いた地響きと同じ。
そういえばあの地響きの正体が何だったのかはわからず仕舞い。
ただ言えるのはあの時にオイラたちが出会ったモンスター。
『桃毛獣 ババコンガ』
『黒触竜 ゴア・マガラ』
『雷狼竜 ジンオウガ』
このモンスターたちは物理的に『地響きを起こせる生物』ではないということ。
ではあの時あの轟音をとどろかせた存在とはいったい何なのだろう。
という疑問は確かによぎった。
そんな謎よりも今目の前で起こったことに意識を絡めとられてしまった。
ギメイはあの地響きが起こる前、確実に『反応を示していた』。
そしてオイラの耳でかすかに聞こえた音を人間であるギメイがとらえていたという事実。
人間の危機感知能力はとても低い。
人間は知能を得た代わりに野性味を失ってきた生き物。
事実、自然災害主に津波や地震を人間が事前に察知することは難しい。
実際に人間はその天災の牙により数えられないほどの被害を出してきた歴史がある。
だがその災害時、野生動物の死体が出ることはほぼないという。
漁師のような自然に身を置くものはその危機感知能力が高まるといわれている。
俗にいう『野生の勘』。
確かに経験と訓練により身につく技術ではある。
しかしそれはこの若さで身に着けることができるものなのだろうか。
それを踏まえたうえでの感想。
やはりこのギメイという男、只者じゃない。
「ごめん。多分今のは僕が探しているモンスターだ。悪いけど君の主人の探索は後回しにして僕の狩猟依頼を優先させてもらっていいかな?」
オイラは突然の事態に困惑するも、とりあえずギメイの提案には黙って首を縦に振った。
そんなオイラを見てギメイは小さく笑った。
「ありがとう」
いうや否や、まるで放たれた弓矢のごとく駆け出すギメイ。
その後ろをわけもわからず追いかけた。
放たれた矢だと先ほど表現したが本当に飛んでいるのではないかと思うほどに加速していく。
背中に大検を背負っているというのを忘れてしまうほど軽やかな動き。
アイルーであるオイラでも追いかけるのがやっと、それほどまでの速さ。
今向かっている先にはギメイの狩猟ターゲットのモンスター、そしておそらくあの夜の地響きの正体がいる。
大丈夫……なのだろうか。
正直、わからない。
でも、もしかしたらこの先にはご主人がいるかも。
――襲われているかもしれない。
『残念だけどあんたの主人は……』
大丈夫。
うん、大丈夫。
そんなことが起きるはずない。
ご主人は逃げ足早いし、ずる賢いし、お師匠さんもこんなところで死ぬような奴じゃないって言ってたしきっと大丈夫。
『――マルクト』
うるさい。
黙れ。
オイラをその名で呼ぶな。
「た……助けてくれぇ!!」
そんな声にハッとする。
オイラたちの進行方向とは真逆を必死の形相で走ってくる一団。
三人組。
いやよく見ると、一人が手負いであろう一人を背負って死角となって見えなかった。
つまり『四人組』の集団。
その集団が息も絶え絶えで逃げて来ていた。
しかし追いかけられている割にはその追跡者の姿が見えない。
――もう、撒いた後なのか?
そう、楽観視していたその時。
地面に大きい影が落ちていることに気が付く。
次第にその影は小さく、丸く形をより鮮明に彼らの上に映していく。
その影を見て始めて彼らの上に『何かがいる』ということに気が付く。
ここでオイラの中に一つの仮説が浮かんだ。
もしも、あの聞こえてきていた地響きの正体がただ単純な『物理的落下による衝撃音』だったのだとすれば?
「早く逃げっ――!!」
オイラのその声に反応するように二人はその場から飛びのいた。
だが怪我人を背負っていた人物は反応が遅れていた。
絶望の表情。
オイラの目に映った彼らの顔。
『球体』のそれは無慈悲にも彼らの真上に隕石が如く……。
――落下した。
乾いた鈍い音がむなしく響いた。
落下した。
そう思っていた。
だが。
落下することはなかった。
落下するかと思っていた場所には代わりに常に笑顔を振りまく一人の男が立っていた。
「おお、すごい。正直抜刀する余裕がなかったから鞘ごと振り抜いちゃったんだけど、鞘全然傷がついてないや。さすが特注で作ってもらっただけあって頑丈だなぁ」
この緊迫した空気にお構いなくそんな感想を述べるギメイ。
――大丈夫? 怪我はないかい?
とついでのように地面に膝をついていた彼らに問いかける。
「あ、ありがとう。本当にありがとう」
オイラは目の前で起こったことに我が目を疑った。
ギメイはあの一瞬で彼らの上へと落下する物体を『打ち抜いた』。
もしも少しでも打点がずれていたのなら落下する勢いに負け彼らは潰されていたことだろう。
ギメイは自身が打ち抜いた存在に視線を送る。
「さてさて、いくら頑丈だと言っても強度には限度があるから君を相手にするには鞘で覆ったままというわけにはいかないんだろうね」
ギメイがそう語りかける『赤い球体』は丸まっていたその体躯を大きく起き上がらせる。
赤くそして分厚く進化した甲殻。
丸まるために幾重もの節によって形成された蛇腹を有し、その口内に収められている舌は伸縮自在。
その体躯からは考えられないほどの跳躍力を持ち、獲物を「潰す」ことに特化したモンスター。
『赤甲獣 ラングロトラ』
「というわけで、悪いけどギルドから君に対する狩猟依頼が出されている。特に何の恨みも、使命感も、理由もないけど、僕の生活のために君を狩らせてもらうよ」
そう告げたギメイはあの『棺桶のような鞘を開けた』。
オイラはその鞘の中から出てきた『大剣』に驚愕した。
オイラだけではないはず、恐らくその大剣を見た四人も目を丸くしているだろう。
「え……? ギメイ、それってまさか……」
紛うことなき大剣。
ギルドがそう定義している以上正真正銘武器である。
「あっ。やっぱりビックリした?」
その大剣は『柄』もなければ、『鍔』もなく。
『刀身』なんてものもなければ、ついでに『刃』すらない。
あるのはまるで剣のように発達した『吻』と呼ばれる『上顎』と触れるだけで『凍傷』を起こすほどの『冷気』。
「僕のことをあまり知らない人が良く勘違いしてくるんだけど、実はこう見えて僕……」
その名は……。
――大剣『レイトウ本マグロ』
「――結構『不真面目』なんだよね」
ギメイはオイラの方を見てこうはにかんだ。
「うーん。まあほら……」
――僕どの武器使ってもあんまり変わらないしね?
『ネタ武器使い』のギメイ見参!!
***
次回
『第1ラウンド』
『ギメイVSラングロトラ』