第24話
『名前』
そんなものを語るのだとしたらオイラは多分饒舌の限りを尽くすのだと思う。
個人を区別する記号だったり、所有物としての符号だったり、親しさを示す暗号だったり、時間の流れを表す年号だったり。
少なくともオイラの名前に関しての認識はそういうものだと思っていたし、不本意ながら今の『タマ』という呼ばれ方にも嫌な気分はしていないのだと思う。
「このクソご主人がぁぁぁぁぁ!! 見損なったにゃぁぁぁぁぁ!! にゃぁぁぁぁぁ!!」
まあ、この現状の前では意味のない語りなのだと思うし場違いであること甚だしいのだろうけど。
空は青いし大きくて『だから何だ』と悪態をつきたくなる内心とは裏腹に晴天は今日も今日とてきらびやか。
オイラは何故だか空を飛んでいた。
景色がまるで激流に流されているかのように横へ横へと過ぎ去っていく。
だけど残念ながら流れているのはオイラのほうであり、いくら思考を明後日のほうに向けたところで現状の快気には至らない。
空中でいくら抗おうと否応なく面妖な飛行船へと引き寄せられる。
『陸海空三様商業船 ニュ-ハーフ』
ご主人がそう呼んでいたご主人のお師匠さんの飛行船の名前。
正直クソみたいなネーミングセンスだと思う。
「あのクソご主人がぁぁぁ!! 次会ったその時はご主人の『ピーー』を『ピーー』した後『ピーー』してオイラの手でお婿に行けなくしてやるっピーー!! にゃぁぁぁぁぁ!!」
そんな恨み言をいくら吐いたところでもう当のご主人には聞こえないのはわかっているのだけれど叫ばずにはいられなかった。
「にゃっ!?」
そんなオイラの声と同時に緩い衝撃と共に勢いが止まる。
マストに張られた帆にあたったオイラは転げ落ちるように船体に倒れこんだ。
「……そんにゃ言うほど痛くはにゃいけど、イタタタ……」
そんなことを呟きながら甲板を見渡す。
甲板の上には様々なモンスターの素材、鉱石、晶原石が積まれていた。
そんな積み荷の中でもとりわけ数が多く目を引くものがあった。
それは。
鱗を用いた『鎧』だったり。
鉱石を用いた『盾』だったり。
甲殻を用いた『兜』だったり。
毛皮を用いた『洋服』だったり。
それらを一つのジャンルとした時に出てくる言葉が何かと考えた場合それは単純明快だった。
「にゃるほど。ご主人のお師匠さんって商人は商人でも……」
一つの疑問に得心がいったその時。
「よく来たわね!! おチビちゃん!! この運命の出会いを今か今かと待ちわびたわ!! これぞ正しくラブパワァァァァァ!!」
そんな今すぐこの甲板から身を投げ出してでも逃げ出したくなる声が聞こえてきた。
いや。
実際オイラは身の危険を感じ反射的に逃げ出し身を船外に乗り出した。
そしてためらうことなく「バッ!!」と飛び出した。
その刹那。
――逃がすかぁぁぁ!!
というドスの利いた声と共にオイラの身柄は漁用射出式ネットのようなものにより絡め取られ確保されてしまった。
「にゃぁぁぁ!! 離せにゃぁぁぁぁぁ!!」
オイラはネットの中で暴れ狂った。
「いやいや、離せじゃないわよ……。さすがにこの高さから落ちたらハンターじゃない限り助からないわよ。何を馬鹿なこと言ってるの」
なぜハンターなら助かるのか聞きたかったけど何か怖い意志を感じたので聞けなかった。
「そんな逃げることないじゃない。ちょっとしたジョークじゃないの。あの子、あなたのご主人様はジョークも教えてくれなかったの?」
ご主人のことを『あの子』と呼ぶ目の前の人物。
オイラに近づいてくることで逆光によるシルエットしか見えなかったその姿があらわになる。
「じゃあ、あんたがご主人の……」
ネット越しに手を差し伸べられ握手を促された。
その差し出された手に目が釘付けになる。
指が『四本』しかないことに。
次に足が『鳥類のような』人間とはかけ離れた形をしていること。
そしてそのあらわになった顔に付属している耳が『鋭く尖っている』ことに。
「――初めまして。私の名前は『カカリカ=ティガレイ』」
容姿は現時点ゴーグルをしているせいで目元が隠れてしまっていることもあり全貌を確認することはかなわない。
それでも十分に整っているであろうことが見て取れた。
「あなたのご主人の師匠で、この飛行船ニューハーフの船長兼、『防具商店 アデル・アモレール』の店長。そして……」
服装は黒と白を基調としたフリフリのフリルをふんだんにあしらわれた真っ赤なリボンがワンポイントなゴスロリファッション。
一見すると個人の趣味で説明できる格好。
だけど一つだけ説明ができない部分があった。
それが……。
「――ただの『女装癖のある変態』よ」
――性別が『男』だという点。
つまりご主人のお師匠さんは……。
「改めて私のお城へ歓迎させてもらうわ、よろしくね――」
「――『タイラン』ちゃん」
真正の『竜人族のオカマ』でした。
新章突入なのに短くてごめんなさい。
理由はワールドが楽しすぎたからです。
言い訳の仕様もないただそれだけです。
いや本当にごめんなさい!!