『生きているのだろうか』
最初に頭に浮かんだ言葉はそれだった。
意識を失っているだけかそれともすでに絶命してしまったあとなのか。
気絶しているだけだとしても状態が一体どれほどなのか。
その違いによって俺の対処法は変わる。
「トリアージみたいなものだと思えばいいのかね」
どのみち近づかないと確認すらできないわけだが。
ここからでは暗すぎて判断ができない。
「……ふむ、どうしたものかね」
俺は悩みあぐねる。
いや。
そうか、なるほどそういうことか。
理解したぞ。
「見えた!! 俺が介抱をしようと体に触れた瞬間、目を覚まして強姦する変質者扱いされぶん殴られる未来が!! そして、性犯罪者として冷たい牢獄でモスの飯を食う俺の悲惨なビジョンがな!! だが甘かったな!! 俺は決してお前の体には触れないからな!! お前の計画はご破綻だ!! どうだざまあみろぉ!! ぷぎゃぁー!!」
と洞窟内で大声で叫ぶ。
虚しく洞窟内で反響する。
虚空のような時間が流れた。
「……つっこみ、反応共になし、と」
ということは意識はないものと考えてよさそうだな。
「……そうか意識がないのか」
ふーん、意識がないのか。
「…………」
そっかぁ、意識ないんだぁ。
「………………」
はあ……。
「まあ、だからどうしたって感じだな」
俺は女筆頭ハンターの傍らまで歩み寄った。
近くに近づくことでその凄惨さがなおのこと露わになった。
焼け焦げたデスギア装備。
そこから露わになっている女筆頭ハンターの肉体もまたひどい火傷により焼けただれていた。
その傷口から今もなお、血液が止まる様子を見せずにじみ出ている。
「止血が必要だな……」
女筆頭ハンターの顔色を窺った。
出血のせいで顔色はすこぶる悪い。
しかしその表情は苦痛にゆがめることのない無表情であった。
ふむ、なるほどねぇ……。
意識のない対象にはまず気道の確保と全身に血が行き届くように衣服の締め付けをほどく必要がある。
だがこの女筆頭ハンターが装備しているデスギア装備はそれ自体がだぼだぼの緩い着こなしの装備であるためあまり必要はない。
しかしそれは逆に締め付けによる止血ができないということに他ならない。
ならば重度な火傷による出血を止めるために必要なものは……。
「……水を探しに行くか」
今この場を離れるのは危険だ。
しかしこの場には俺一人しかいない。
ここで悩めばそれだけ救命率が下がる。
くそ。
こんなことならタマを師匠の元に送るんじゃなかった。
「ちくしょう。タマのやつ何をこんな時に師匠とニャンニャンしてるんだよ」
いや、タマは悪くない。
ここでタマを責めるのはお門違いだ。
悪いのはどう考えてもこの腐った社会。
それ以外考えられない。
うん、ホント。
それ以外思いつかない。
しかし、ここで過去を悔いても始まらない。
今この時にできる最善を尽くすしかない。
幸いここは渓流。
水源はいたるところにある。
探すのには苦労はしないだろう。
問題はこの女筆頭ハンターを襲ったであろう存在がまだこの近くにいるかもしれないということだ。
慣れない土地を闇雲に探索してモンスターと遭遇しようものなら状況は最悪。
そうなれば今度は俺も危なくなる。
だがこのままではこの女ハンターの命が危ない。
一番の理想はユクモ村まで彼女をこのまま搬送することだがやはりそれもこの状況では難しい。
現実的に見ても不可能だろう。
それでもやはり応急処置はしなくてはならない。
「……行くか」
俺はそうぽつりと呟きその女筆頭ハンターの傍らから立ち上がる。
洞窟の外へ向かって歩く。
急がず焦らずできるだけ自然に。
俺がまずやらなくてはならないことは『水源を探す』ことと『安全を確保する』こと……。
――ではない。
「よっこいせ、っと……」
俺は洞窟から外に出ると同時に洞窟の横に『座り込んだ』。
あとはここで待つだけ。
――――。
しばらく待つこと体感数分。
洞窟の中から物音と衣擦れの音が聞こえてきた。
そして洞窟の中から女筆頭ハンターが――『気絶しているふり』をしていた彼女がその姿を現した。
意識があるということは分かっていた。
あれだけの火傷、出血があるにもかかわらず『全く苦しんでいるそぶり』をみせなかった。
それはつまり『意識的に我慢していた』ということだ。
俺がこの洞窟に入った時に大声を出し、こちらの存在を知らしめたのにもかかわらずこいつは気絶しているふりをして『息をひそめた』。
まあ、向こうは女で俺は男。
警戒するのは当然と言えば当然だ。
しかしこの己の非常事態にもかかわらず他者からの助力を拒んだ。
そのことから導き出される答えは一つ。
それはこいつが助けなど『望んでいない』ということ。
「おい、あんた」
俺は座ったままの姿勢で女筆頭ハンターに語り掛ける。
女筆頭ハンターの表情はボロボロのデスギアsゲヒルを深くかぶっているせいでうかがい知れない。
それでも生気のこもっていない瞳は俺を映しているようだった。
目の下にクマをこさえた彼女のその瞳を見据えながら裏声を駆使しながらで語りかけた。
「もう!! そんな目の下にクマさんなんて作ってちゃんと睡眠とってるの? 寝不足はお肌の敵なんだよ!! 女の子なんだからきちんと睡眠とらなきゃ駄目じゃない!! あとワタシのこと血も涙もない酷い奴だと思われたくないから一言と言わせていただきますけどね……!!」
一拍置き空気を大きく吸い込んだ。
「――お前、その状態で戦えば本当に死ぬぞ」
俺がしなければならないことは他でもない。
彼女の『説得』だ。
助かる気のない奴はどうやっても助けることなんてできない。
やはり一番の理想は彼女をこのままユクモ村まで帰還させること。
そしてそれができれば苦労はしないわけなのだが。
この手のタイプは口で言って止まるような奴ではない。
それは百も承知だった。
その発言を耳にした女筆頭ハンターではあったが彼女は俺を一瞥したのち、再びその歩を進める。
それはつまり……。
――俺には彼女を止められないということだ。
「おい」
俺は再びそう呼びかける。
しかし、彼女はもう俺の方を振り向こうとはしなかった。
そんな彼女に俺は懐から取り出した『小さな巾着』を投げた。
巾着は彼女の背中に当たり地面に落ちる。
足を止めその巾着に視線を落とす女筆頭ハンター。
「その中身は俺が『ウチケシの実』から作った特製の丸薬だ。ただのウチケシの実より多少は効果がある。必要だろ、持っていけ」
口での説得は望めない。
だからと言って力ずくで止めるという選択肢もない。
手負いだとは言え、正直その条件でも俺の腕っぷしで止められるなど思っていない。
「悪いが、俺にできるのはそれくらいだ。ご武運を」
ここで煙草の一つでも吹かしていれば送り出す絵としては完璧だったのかも知れないが、生憎そのような気の利いた小道具などありはしなかった。
「…………」
女筆頭ハンターは俺が投げた巾着を拾い上げ、己の懐に強引に押し込む。
その際、数舜俺のほうを横目で眺めてきた。
そして、再び歩を進めた彼女はこちらを振り向くことなどなく森の奥へと姿を消していった。
危なげで儚げ。
あの後姿を表現するとすればそんなところだろう。
「お礼の一つくらい言ったらどうなんだ、まったく」
その場に一人残された俺はそうぽつりと呟いた。
身体疲労。意識の混濁。
判断力の低下。
あれはどう考えても狩猟に臨めるコンディションではないだろう。
あーやだやだ。
ハンターって生き物はなんでああも向こう見ずな奴が多いんだか。
あんなになってまで何で戦うのかね。
俺には全く理解ができない。
まあ、理解できないような理由がそこにあるからなんだろうけども。
「さて、どうするかねぇ……」
どうするも何も俺は完全部外者。
向こうも援助を望んでいるわけではないのだから、行きずりの俺がこれ以上首を突っ込む理由がない。
行ったところで俺は戦力にはならないし、ただ邪魔になるだけだろう。
そもそも、筆頭ハンターがてこずるような相手に俺がどうこう出来るわけがない。
非情かもしれないがそれが現実だ。
それに身を隠すにはちょうどいい洞窟を見つけたわけだし、ここでしばらく時間を潰してタマと皇帝閣下を迎えに行く、それが妥当だろう。
それに、それが元々の目的だったし。
さらば!! 名も知らぬ女ハンターよ!!
望むべくは再びどこかの町でその不元気そうな顔を見れることを!!
そう一方的に別れの言葉を告げ、洞窟内へと足を踏み入れた。
明るい場所に目が慣れていたせいで洞窟の中は暗く、何も見えない。
まあ、いいさ。目が慣れるまでしばらく待てばいいだけだし。
しばらく進むと血の匂いが漂ってきた。
ということはここら辺があの女筆頭ハンターのいた場所か。
さすがにここで休むのは気がひける。
もう少し奥のほうで休むか。
そう考えさらに洞窟の奥に足を延ばそうとしたその時、足の裏に違和感を感じた。
「……? なんだ? なんか踏んだか?」
その違和感に視線を落とすとそこには一冊の『手帳』が落ちていた。
「これは……『ハンターノート』?」
『ハンターノート』
ギルドに所属しているハンターならば誰しも所持しているハンターズギルドから支給される手帳。
そこには今までそのハンターがどのような実績を積んできたのか、どんなモンスターをどれだけ狩ってきたのかというのが記されている。
ハンターの証といえるものである。
それがこの洞窟内に落ちていた。
誰が落としたのだろう?
なんてことは考えるだけ無意味だろう。
「あの女筆頭ハンターのか……」
それ以外考えられない。
意識力が低く、俺がいない隙にこの場から去ろうとして急いでおり、この薄暗さ。
落としたことに気が付かなくても仕方がないだろう。
好奇心。
理由としてはただそれだけ。
ハンターノートを見る機会などなかなかない。
それが筆頭ハンターという肩書のハンターノートとなれば猶更だ。
どんなことが書かれているのか興味が沸くのは仕方がないことだと思う。
『某日 対象黒蝕竜ゴア・マガラを肉眼にて確認。渓流方面へ飛行』
『某同日 桃毛獣の大量発生。黒蝕竜の影響により狂竜化の可能性あり。注意喚起』
『同日深夜 黒蝕竜に動き有り。可能であれば狩猟に臨む』
『桃毛獣の狂竜化個体を確認。今後狩猟の妨げの恐れがあるためこれを排除』
『対象黒蝕竜、雷狼竜と交戦後北東に飛行するのを確認。負傷した雷狼竜は今後狂暴化する恐れがあったためその場で処分。その後黒蝕竜の追跡再開』
『黒蝕竜ロスト。調査隊からの報告を待つため渓流にて待機』
『某日 黒蝕竜を渓流にて確認。黒蝕竜に異常有り。特異点の特徴から龍歴院認定の特異個体化したものと推定。今後この個体を≪渾沌に呻くゴア・マガラ≫として報告を続ける』
『黒蝕竜狩猟に臨み負傷。尻尾と左前脚の破壊に成功。左前足負傷のため左側からの攻撃に対しての反応が鈍くなっている。鱗粉粉塵爆発に注意すべし』
それがハンターノート記された最近の文章と最後の文章。
どちらかというと報告書に近い内容。
特に最後に書かれた文章はもし自分が狩猟続行不可能になった際に後続に繋げるために書いてあるようだ。
狩猟続行不可能とは『殉職』も含まれているのだろう。
何でハンターという生き物はここまでして戦うのだろうか。
なぜここまでしなければならないのだろうか。
理解不可能。
痛くないわけがない。怖くないわけがない。
本当に死にたいがためにやっているわけがない。
筆頭ハンターという肩書がそこまでさせているのだろうか。
人のため、世のため。
まさにそうだろう。
彼らの活躍で経済が潤っているのは確かだ。
俺だってその御相伴に与っている人間の一人。
そんなことは百も承知。
『需要と供給』
究極的に言葉を還元した際に残る答えがそれだ。
だが……。
だが、それは本当にそこまでして……。
『――そこまでして守らないといけないものか?』
あの彼女の後姿が脳裏に浮かび上がる。
意識が朦朧として、出血も今もなお止まらず、ギルドからの支援もなくたった一人死地え赴くあの華奢な背中を。
あの背中に一体どれだけのものを背負っていると言うんだ。
何気なしに最後の書き込みの先。
次のページをめくった。
「――――!!」
ハンマーで頭を殴られたような衝撃。
いや、いっそのこと『本当に殴ってくれ』と叫びたくなった。
それほどまでに己の愚かさを悔いた。
そこに書かれていたのはそれほどまでの内容だった。
『かえりたい』
何が『死を恐れていない人間の目』だ。
何が『死ぬことを望んでいる目』だ。
それらの答えを全否定する言葉がそこには弱弱しく書かれていた。
間違っていた。
『背負っている』のではない『背負わされている』のだと。
『帰りたい』
それは裏を返せば『帰れない』という意味だ。
彼女はあんな状態になってもまだ帰れないのだ。
そう『死ぬかもしれない』のにもかかわらず。
「…………」
無音。
今はこの無音が逆に煩わしい。
「『帰りたい』か……」
そうポツリと呟く。
意味もなく頭を音が出るほど乱雑に掻いた。
「その言葉には弱いんだよなぁ……」
だからと言って俺に一体何ができる?
行ったって俺は戦力にはならないし、邪魔になるだけだというのに。
ちらっと洞窟内の壁に目をやる。
暗地に慣れた俺の目の先には無数にも根を張る植物のツタが映る。
いや、何を今更。
もう答えは出ているというのに。
俺が行ったって邪魔になるだけ……。
ならば答えは単純。
「だったら俺は……」
ハンターノートを勢いよく閉じ俺はただただ嗤う。
「――とことん『邪魔』をするだけだ」
お前が命を懸けてまで成し遂げようとすること全て――台無しにしてやる。
『なぜそんなことをするのか?』
もしもそんなことを聞かれたならば俺は堂々と胸を張りながらこう言ってやる。
「俺――シリアスな空気『大っ嫌い』なんだよ」
俺はそういいながら洞窟に張り廻った植物の葉に『火をつけた』。
「ファイヤァァァァァ!!」
みるみる燃え広がる火を眺めながら俺は静かに笑った。
「あっ……。あかん、これやりすぎだ……」
『クソみてぇなご主人』出陣です。
***
はい、というわけで。
なんとなくわかるとは思いますが第三章は第一章の続きのお話です。
まあ「だからなんだ」と言われたらあまりのショックで枕を涙で濡らすかよだれで濡らすかの二択しかない、そんな感じのお話になります。
あと不肖私こと四十三。
初めてこの『モンハン商人の日常』にイラストをいただきました!!
私自身この作品の登場キャラがどんなビジュアルをしているのかというのは全くイメージしていなかったのですがこのたび『モンハン飯』の作者様『しばりんぐ』様からイラストをいただいたことにより初ビジュアル化になったと大変感激させていただきました。
まさかあの超絶イケメンがこうしてイラストになるとは夢にも思わず皆様からはこのように思われているのだと参考にもなりました。
イラストを拝見させてもらった時も「あらやだ!! イケメン!!」と叫ばせていただきました。
作品内の超絶イケメンっぷりが反映された素晴らしい作品をいただきました。
というわけで超絶イケメンの初ビジュアル化見納めください!!
【挿絵表示】
もう!! ほんとイケメン!!
こいつ以上のイケメンはたぶんいないってくらいのイケメンです!!
しばりんぐ様ありがとうございました!!
天にも昇る思いです!!
並びにいつも私のつたない作品を読んでくださっている読者の皆様この場を借りてお礼の言葉を贈らさていただきます。
不定期で遅筆の私の作品を読んでくださりありがとうございます。
少しでも皆様の読書時間がより良い楽しいものにできるよう日々頭をひねる若輩者ではありますが今後ともお付き合いいただければ幸いです。
更新速度がもう少し早くなればいいのですがなかなかうまくいかないもので申し訳ありません。
長くなりましたが今後とも彼らの物語をよろしくお願いします。
ではでは、また逢う日まで(/・ω・)/ぽーう