モンハン商人の日常   作:四十三

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ご主人とタマは苦悩を募り今日も啼く
ご主人とタマ~破産は突然に~


 えてして後悔とは、大体がその時にはすでに手遅れだったりする場合が多い。

 まあ簡単に言えば後の祭りと言うやつだ。 

 

「よーし、タマ。今の状況を分かりやすく説明しろ」

 

 

 今の状況がまさしくそう。

 

「ニャ……、周囲15メートル以内にジャギノスが7頭。ドスジャギィが1頭、計8頭ですにゃ、ご主人……」

 

「そんなもの見れば分かるんだよ。なんかこう、もっとあるだろ。分かりやすい言い方が」

 

「四面楚歌、多勢に無勢、袋の鼠……絶体絶命?」

 

 ようし、いい子だ。ものすごく分かりやすいぞ。

 

「さあ、ここから導き出される俺たちが得るべき教訓、もとい後悔するべき点とは一体なんだ?」

 

 

「だから言ったにゃ!! 前の村でハンターに護衛依頼をするべきだってオイラ何回も言ったにゃ!!」

 

 

「うっさいはボケェ!! お前あいつら雇うのにどれだけ金掛かるか知ってんのか、ああ!? 俺たちの飯代に換算すれば3日分だぞ!! 勿体ないだろが!!」

 

「そのケチ臭さが祟って今ピンチなのも分ってるのかにゃ!! 責任とってご主人がこいつら追っ払うにゃ!!」

 

「ああん!? ふざけんな!! お前、あれ……なんかこう……。お前ふざけんな!!」

 

「気の利いた言い訳位ぱっと言えないのかにゃ!!」

 

 

 そんな、くだらないやり取りをしている最中もドスジャギィの群れはジリジリと俺たちとの距離を縮めてくる。

 

 あれ? 

 

 これ本格的にヤバくない?

 

「なぁ、タマ。あいつらの目、かなり澄んでいて綺麗じゃないか? 俺どうもあいつらが悪いことするとは思えないんだ。話せばわかってくれる奴らだよ、きっと……」

 

「帰って来いにゃご主人!! オイラを一人にするにゃ!! いやホント、冗談抜きでニャ!!」

 

 そして、とうとうドスジャギノスの群れはいつでも飛び付ける、そんな距離にまで近づいて来ていた。

 

「ご主人……」

 

 そんな、タマの今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。

 

 仕方ない。

 もう手段はこれしかないか。

 

 俺は、荷車の中から短刀を取り出す。

 片手剣ですらない、ただの短刀だ。

 

「ふぅ……」

 

 大きく息を吐く。

 中腰の姿勢で体の向きを横にし、短刀を持った右手を前にだし左手は腰に当てる。

 

「あまりこれは使いたくなかったんだがな……。仕方ないか」

 

 俺はゆっくりと目を閉じた。

 

「タマ。そこから動くなよ。そして――」

 

 こう告げる。

 

 

「――絶対に俺から目を離すな」

 

 

 

 タマが頷いたのかどうかは、目をつぶっていたせいでわからない。

 俺たちが生き残るにはもうこれしかない。

 

 神経を耳に集中させ、タイミングを計る。

 奴らが動くその瞬間、奴らがとびかかってくるその一瞬しかチャンスは無い。

 

 

 体感的には長く感じたそんな刹那。

 

 奴らの鋭利な爪が地を蹴る音が聞こえた。

 遅れて耳をつんざくような独特な鳴き声も遅れて聞こえた。

 

 

「ウォォォォォ!!」

 

 

 俺は力いっぱい左手に持っていた3つの物を地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

***

 

「うわっ……臭い。まだ匂いが取れない」

 

 俺らは今、ユクモ村の温泉に浸かっていた。

 こやし玉の匂いを落とすためである。

 

「おいタマ、いつまで怒ってるんだよ。機嫌治せって」

 

「はっ!! ご主人には分からにゃいにゃ!! オイラの今の気持ちにゃんて!!」

 

「だから悪かったって。でもあの時はああ、するしか方法がなかったんだよ」

 

 そう。俺たちはあのドスジャギィの群れから無事逃げきれた。

 

 あの時、地面に叩きつけたもの。

 それは、こやし玉、閃光玉それと毒煙玉の3つである。

 

「こやし玉で嗅覚を奪い、閃光玉で視力を奪う。そして、毒煙玉で毒にして追跡を諦めさせる作戦だったんだろにゃ。そのくらい分ってるにゃ」

 

「じゃあ、一体何が不満だったんだよ?」

 

 「何が『俺から目を離すな』にゃ!! 閃光玉の光、直で見ちゃったじゃにゃいか!!」

 

「かっこよかっただろ?」

 

「ウニャァァァァァ!!」 

 

 そう雄たけびを上げながらタマは、俺の顔面に抱き着いてきた。

 

「うわっ、やめろ!! 臭い!! こやし臭い!! ウェェェェェ!!」

 

 すっごく、えずきました。ええ、それはもう。

 

 

 

「……それでこれからどうするのにゃ」

 

 

 

 タマは神妙な面持ちでそう聞いてきた。

 顔面に張りついいたまま。

 

「商品全部、置いて来ちゃったにゃ。大丈夫にゃのか、ご主人?」

 

「後で回収しに行ってみるさ。まあ、無駄だろうけどな」

 

 食料品は食い散らかされているだろうし、衣類、装飾品も恐らくもう商品にならないだろう。

 

 つまり大赤字決定だ。 

 

「大丈夫にゃのか? その……商人として」

 

「すっごく、やばい。どうしよう、タマ」

 

「今までお世話ににゃりました。お元気で」

 

「ちょっとタマさん!? 見捨てちゃいや!!」

 

 ははは!! お茶目が過ぎるぜタマさん!! 

 

 ……本当に冗談だよね?

 

「退職金は、いつごろ支給できるにゃ?」

 

「タマさん!?」

 

「チッ……。冗談にゃ」

 

「テメェ!! 今舌打ちしやがったな!!」

 

 絶対に道連れにしてやるからな!! 逃がさねえぞ!!

 

 

「まあ、とりあえずは荷物を回収してからだな。交易は無理でも道具屋で下取りしてくれるものが残ってるかもしれないしな。早速、温泉から上がったら行ってみようぜタマ」

 

 ニャ。

 

 と小さく返事を返したタマ。そして続けるように「悪かったにゃ」と一言付け加えた。

 

 

「商人をやってれば商品を捨てなければいけない事態なんてそう珍しいことでもないさ。なあに、商人の交易品は物だけじゃない、大丈夫さ。……多分」

 

「そこは嘘でも言いきって欲しかったにゃ」

 

 そんなやり取りをして2人一緒に笑った。

 

 

 いや、さっさと顔から離れろよ。


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