~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『ファイナル・ウェーブ』C

 

 

 C.E.71年8月15日──

 プラント最終防衛ライン〝ヤキン・ドゥーエ〟宙域において繰り広げられた、地球軍とZ.A.F.T.による大規模戦闘。地球軍の指導者はブルーコスモスの盟主にして、実質的に地球連合全軍の指導権を握っていたムルタ・アズラエル氏。対するザフトは〝プラント〟最高評議会議長であるパトリック・ザラが全部隊の指揮を執っていた。

 地球軍の核ミサイルと、ザフト軍の誇る巨大ガンマ線レーザー砲〝ジェネシス〟の使用によって、混沌と混乱へと陥る戦場。

 三隻(〝アークエンジェル〟、〝クサナギ〟、〝エターナル〟)同盟を結んだ者達は、既に亡きオーブの獅子ウズミ・ナラ・アスハの遺志を継ぎ、第三勢力としてその戦闘に介入。当代において異例の戦闘力を発揮したMS〝フリーダム〟と〝クレイドル〟──それを駆るパイロット、キラ・ヤマトとステラ・ルーシェが出撃した。

 

 人々が灰になって散る光輝、モビルスーツの爆発が鮮やかに彩る星屑の戦場。〝ヤキン・ドゥーエ〟と〝ジェネシス〟という巨大な二つの要塞を目の前に多くの砲火が飛び交い、戦士の誰一人として緊張を解けぬ最終決戦は、かつての戦闘のどれよりも異様で邪悪な空気を醸し出していた。

 その戦闘に──いや、この長かった戦争の歴史に、終局が近づいていた。

 止め処ない戦火に巻き込まれ、失われた命は数知れない。生き残った者も、あるいは生かされた者も、誰もが戦争という無残の底で〝分水嶺〟に直面し、これを乗り越えて来た。

 

 科学を求める研究者達の狂気ゆえに生み出され、苦悩しながらも、生まれた意味を捜す者──

 母国の指導者に裏切られ、理想を捨て、現実を強く生きていくと心に決めた者──

 麗しい未来を捨ててまで、器と魂を悪魔に売り払い、魔道に堕ちた者──

 

 その中には、みずからが修羅と化すことで、強大な力を渇望した者もいる。

 

 アスラン・ザラ──〝プラント〟最高評議会議長を父に持ち、一方で、三隻同盟の最高戦力とも目される〝クレイドル〟のパイロットを妹に持つ、コーディネイターである。

 血のバレンタインにおいて家族を失った悲しみから剣を取り、もう二度と同じ過ちを繰り返すまいと力を求めた。脆弱な自分を厭い、父のために狂奔し、結果として妹と道を違えてなお、信じる覇道を貫いた。

 ──ナチュラルを滅ぼせば戦争は終わると、信じていた。

 それが過ちであると気付かされたとき、彼を襲った心労と後悔は底知れぬものになった。

 重ねて来た蛮行の数々に絶望した彼は、このとき〝ヤキン・ドゥーエ〟を飛び出して〝ジェネシス〟へ向かっていた。界隈では激しい艦隊戦が行われ、幾多もの光条が漆黒の宇宙を切り刻む。

 

 そんな空域を、深紅と漆黒のモビルスーツが、二機、直往していた。

 

 

 

 

 

「何をするつもりですか、アスラン!?」

 

 ニコル・アマルフィとアスラン・ザラ。

 始まりは同じ場所だった。士官学校の門を潜ったあの瞬間、二人は同じ場所──同じ世界を夢見て力を身に着け、苦楽を共にした。いつか戦争のない平和な時代を実現するため、自身らの力を役立てることを夢見て──。

 あのときから、ニコルの中には変わらない、ひとつの確信がある。

 少なくともアスランは、戦争によって家族を奪われ、そんなアスランが『戦争のない世界』を切望していたのは本心であり、そこに嘘偽りはないだろうという確信が。

 

 ──でも、今だけはアスランが分からない……!

 

 彼の目は何を映し、その心は何を為そうとしているのか。

 懸命に通信回線を開いて問い質すが、アスランからの返答は想像を絶するものだった。

 

〈──〝ジェネシス〟の内部で、〝ジャスティス〟を核爆発させる〉

 

 へ、と云うあまりにも人間的な、驚愕の声がニコルから漏れた。

 ──アスランを止めて!

 己の身を盾にしてでも、要塞から自分を先に脱出させてくれたステラ。彼女があのとき何を危惧し、何を懸念していたのか──そして自分に何を託したのかを、ニコルはそのとき、正確に悟ったという。

 

 ──アスランは、死ぬ気だ……!

 

 その危険な色を、誰よりも人の目を真っすぐに見る彼女は一瞬で見抜いた。ニコルは即座にアスランに云った。

 

「だ、ダメだ! アスラン、それは!」

〈外部から〝ジェネシス〟を破壊するのは不可能だ! 内部から爆散させるしかない──!〉

 

 たしかに、アスランの云う通りだ。〝ジェネシス〟は、その規格と装甲の強度ゆえに絶大な防御力を誇り、陽電子破城砲すらも易々と跳ね返すほどである。

 そんなものを、どのように破壊するのか? このことを考え出したとき、導き出せる答えなど、精々ひとつくらいしかない。

 

〈それが出来るのは〝ジャスティス〟だけだ!〉

 

 核分裂融合炉を搭載した〝ジャスティス〟なら、原子炉の操作ひとつで、核弾頭の爆発に匹敵する規模の熱量を発生させることができる。

 ──その熱量を〝ジェネシス〟内部で炸裂させれば、確かに……。

 つまりアスランは、自分の手で〝ジェネシス〟を破壊しようというのだ。みずからの愛機を自爆させると共に、今まで覇道を信じて疑って来なかった自分自身に引導を渡すために。

 

「アスラン!」

 

 息つく間もなく、アスランは〝ジェネシス〟に迫って行った。まずは第一次反射ミラー、尖塔状になっている発射装置の基部に機体を巡らせ、内部に侵入できる経路を捜してゆく──と、円盤状に形成された第二次反射ミラーの裏手に、巨大な工業用ハッチがあった。非戦闘時において、大型の整備艇などの出入りに使用される倉口だ。

 作戦時には閉ざされているのが通例だが、どういうわけか、このときハッチはぱっくりと口を開けて、アスラン達のことを待っていた。

 

(……?)

 

 開いたままで放置されていた工業用ハッチであるが、地球軍に爆撃されたり、こじ開けられたような形跡は見受けられない。少なくとも、外部からの攻撃で開いたものでないらしい。

 とすると、この開き方は──内部から? いや、そうだ──何らかの要請があって、このハッチはあらかじめ開放されたままになっていたのだ。

 この理解の仕方が、アスランの疑念を打ち払う。彼は巨大な顎口を開ける工業用ハッチに〝ジャスティス〟ごと飛び込み、中にあった艦艇用の広大な港と、もっとも狭いシャフトの中へ機体を滑らてゆく。いよいよ危険を感知したニコルが、後方から声を荒げるにも構わず。

 

「そんなことをしたら、あなたは!」

〈きみは戻れ! きみにはやってもらいたいことがある──〉

 

 モニターに映り込むアスランは凝然として、その表情には、怯懦や動揺と云った曇りは窺えない。

 

〈きみには、これから先もステラを守ってもらいたい!〉

「聞きません! ボクには、あなたを止める責任がある!」

〈駄目だ!〉

 

 ニコルの言葉を無視し、アスランは咄嗟に機体背嚢の〝ファトゥム-OO〟をパージする。慣性によって漂うだけの残骸。既にそれと化した〝ジャスティス〟のリフターは、全速力で航行していた〝ブリッツ〟と真正面から激突し、これの行く手を阻む。モビルスーツが一機、ようやく通れるほどの広さしかないシャフトの中で、そのリフターはニコルにとって重すぎる〝壁〟となった。

 

「アスラン──!」

 

 〝ブリッツ〟との距離が離れていく──

 それを認めたアスランは自嘲的に、すこしだけ無理に笑って見せる。

 ──そうだ、これでいい。

 誰ひとり。ニコルすら巻き込んではならない──〝ジェネシス〟は、自分ひとりで片づけるべきなんだ。

 ──だから、これでいい……。

 まるで自分を云い含めるかのような口調。何度も口内に反芻しながら、アスランは〝ジェネシス〟の中枢部まで〝ジャスティス〟を邁進させていく。

 そして結論から云えば、この行動が後のアスランを死ぬほど後悔させることになる──

 

 

 

 

 

 指令塔を失ったザフト軍──

 それと同様に、指導者を亡くした地球軍──

 両軍による最後の戦いは、もはや、引き際を見損なった者達の暴力の場と化していた。端的に云い表すならば、何もかもが八つ当たりで折りなされる戦闘。みずからと異なる者を排斥せんとする敵意──欲望のまま他者を虐げようという悪意──ブレーキを失った人間の感情が増長し、この戦いを、より悲惨な様相へと貶めていた。

 そんな混沌とした戦場にあって、傷だらけの姿でなお、現存している三隻の戦艦がある──〝アークエンジェル〟〝クサナギ〟〝エターナル〟だ。彼らは何を以て戦いを終わらせることができるのか、どうしたらこの戦争を終わらせることができるのか──と、祈り、悩みながらも……懸命に戦い、生き残っていた。

 そんな折、〝エターナル〟のオペレータが声を上げる。

 

「た、たったいま、〝クレイドル〟の熱紋を確認しました! 〝ジェネシス〟に向かった模様! ……えっ、何のために?」

 

 混乱している戦況化にあって、咄嗟の友軍機の行動を図りかねているオペレータであるが、それを聞いたバルトフェルドは問い質す。

 

「パイロットから連絡は!?」

「ありません!」

「どうなってる! アマルフィ達からの連絡がなければ、こちらも戦況が把握できない!」

 

 そんなとき、ブリッジのモニターに映像が灯る。〝ストライク〟からの通信だ。

 

〈僕が行きます!〉

「キラ……!?」

 

 モニターに映る少年は、どこか切迫したような面持ちで叫んでいる。

 

〈嫌な予感がするんです! ぼくがステラを助けに行きます!〉

「馬鹿を云うな!」

 

 バルトフェルドは、いきなり怒鳴った。

 

「今ここでオマエまで離れたら、三隻(おれたち)が持たない!」

〈でもっ!〉

 

 バルトフェルドの言葉は、いま、彼らの置かれている状況を正しく捉えている。

 現状、指針を失った地球軍とザフト、両軍からの攻撃は不思議と激しさを増している。統率もなく、見境もなく、ひたすら戦闘行動に明け暮れる烏合の『敵』を前にして、三隻がこうも僅かな戦力で生き残っていられるのは、やはり〝ストライク〟がいてくれるからだ。キラは限りあるバッテリーを最大限に節約しながら、両軍から繰り出される猛攻から〝エターナル〟達を守ってくれた。

 そんなキラが直掩から外れるとなれば、その穴はバルトフェルド達にとって痛手どころではなくなる。勿論、それによって直掩のMSが皆無になるわけではないが、M1隊の援護だけでは限界がある──これはそういう判断の下に発された言葉だ。〝イージス〟も〝ルージュ〟も大破した今、それは忌避するべき事態なのだ。

 既に充分ジリ貧な状態まで追い詰められて、苛立っていたのもある。だが、バルトフェルドが怒鳴るのは当然と云えた。しかし、ラクスは云った。

 

「いえ、許可します! キラは〝クレイドル〟と〝ブリッツ〟の援護に向かって下さい」

〈ラクス……!?〉

「ここは私達だけで持ち堪えます、だから!」

 

 凛とした言葉には、決死の覚悟がある。バルトフェルドは僅かに不服な顔を残したが、声に出しては何も続けなかった、それはラクスを前に折れた証拠だった。

 ラクスはせき立てるようにキラに告げる。

 

「キラ、どうかあの子を……ステラを! 守ってあげてください……!」

〈……! わかった……!〉

 

 祈りの声を受け、キラは〝ストライク〟の機体を返した。 

 キラの向かった先には、ある種〝牢獄〟のようにも見える──〝ジェネシス〟の巨影があった。

 

 

 

 

 

 そのころアスランは〝ジェネシス〟の基部らしき空間に出ていた。〝ブリッツ〟の追尾を振り切った彼は、〝ジェネシス〟の中枢──γ線レーザー砲のエネルギーを生み出す、巨大なカートリッジ内にやって来たのだ。

 ──ここが〝ジェネシス〟の中枢……。

 そっと胸を撫で下ろし、縦にも横にも、想像よりも遥かに広大な〝ジェネシス〟内部を見渡す。なるほど、中から見ると〝ジェネシス〟はこんな構造になっているのか──と、どこか子供っぽい感慨がアスランの胸を裡を流れる。

 

 ──さあ、ついにここまでやって来た。

 

 〝ジェネシス〟内部は、円筒上に拡がった下腹部と、円錐状に尖っている上腹部の二段構造になっている。

 下腹部の基底──円筒の中央には〝大樹〟のような巨大な励起装置(リフレクター)が聳え立ち、それが遮蔽物になって、円筒状(シリンダー)というよりは円環状(トーラス)に近い構造になっている。周辺にはリフレクターを囲むような小柱が幾条と立ち並び、円環の壁面には、数か所として爆圧を逃がす「穴」が確保されている──大小それぞれ規格はあるが、たった今アスランが飛び出して来たのと同じシャフトである。

 アスランが飛び出した場所は、ちょうど中枢の基底部に位置していた。裏手から侵入して来たのだから当然だが──中央の柱が視野を占めるせいで、空間的に狭窄な印象を受ける。

 

「十二分を切った」

 

 手許の計器類に視線を落とし、呟く。視線の先では、たった今『12min』と記されたタイマーが、カウントを刻んでいる。

 〝ヤキン・ドゥーエ〟の自爆タイマーだ。アスランは、要塞が自爆するまでの制限時間(タイムリミット)を記録し、前もって〝ジャスティス〟の中に送信していたのだ。このタイマーが『0(ゼロ)』を刻んだ瞬間、〝ヤキン・ドゥーエ〟は自爆し〝ジェネシス〟は死の光を放つ。

 アスランはいっそ冷徹にも見える褪めた表情で、アーム部のボタンを押す。スライドされて来たテンキーに、今度は〝ジャスティス〟の自爆パスコードを入力し始めた。

 

 ──大丈夫。間違っていない。

 

 みんなが離れてくれればいい……そんな願いのもと、アスランは〝ジャスティス〟の自爆タイマーを時限一杯に設定し、起動させた。〝ジャスティス、の自爆は、ほとんど〝ジェネシス〟が発射されるのと同時のタイミングだ。これにより、外界への被害は最小限に抑えられるはずだ。

 装置を起動させた以上、もう後戻りは出来ない。パスコードの入力を終えた途端、アスランは何もかも諦めたように全身の力を抜いた。

 そんな彼の耳元、まさにそこへ、声が響くとは。

 

〈アスラン──!〉

「……! ニコル……!?」

 

 アスランは愕然として、シャフトから飛び出して来た漆黒の機体を見遣る。

 

〈ダメだ! アスラン!〉

「っ……!?」

〈あなたは、いつもそうだ! ひとりで突っ走って、周りが見えなくて……!〉

 

 真摯な口調で怒鳴りつける──悪意からではなく、善意から。

 ──ニコルは、いつもそうだ……。

 彼はいつも、人のためになることしかやろうとしない。しかし、今回ばかりはアスランも譲れない。

 

「ニコル、おれはキミに戻れと云った! おれは最後くらい、この世界の役に立ちたい……!」

〈それは……あなたがアスランだからですか……?〉

「ああ──ああ、そうさ! おれはアスラン・ザラだ。父上から光の名を……〝暁〟の名を貰ったその息子だ!」

 

 どこか失調したように、紡ぐ。

 

「なのにおれは、そんな両親の祈りにも気付かないで、この世界を真っ黒にした! 引っかき廻したんだ! 戦争のない世界を望んでいながら、自分から戦争をして……!」

 

 せめてもの償いに、もう終わらせたいんだ……。

 懇願にも似た響きを持ったアスランの言葉に、ニコルの胸がずきりと痛む。しかし、アスランの性格をよく知るニコルなら、このような返答が来ることは想定内だったに違いない。

 

〈アスラン、ステラさんは、以前こう云ってました──夜明けの太陽を支えるのが、星の役割だって! だからアスランを支えてあげることが、自分がやるべきことなんだって!〉

 

 普段のニコルからは想像もつかない語気の強さに、アスランが気圧されていたのは事実だった。

 

〈あの子は、どうすればあなたの『力』になってやれるのか悩んでた! ザフトに居た頃から、そして、あなたと敵対してからも、ずっと──〉

 

 因果なものだ。彼女のことをずっと近く見て来たニコルには、それがじつに分かる。ふたりで無人島に遭難したとき、ステラは心を許し、そして自分に打ち明けてくれた。

 ステラという名が『星』の由来から来ていること──

 アスランという名が『暁』の意味を持っていること──

 だからこそステラは、アスランを止めようと自分を遣ったのだ。絶望したアスランがすべての責任を投げ、死に急ぐことは、きっと彼の為にならないと信じて。

 

〈あなたを心配してくれていたんだ! そんな彼女の気持ちまで振り切って、他に何を償おうって云うんです!〉

「ニコル……!」

〈帰らなきゃいけないんですよ、みんなで! 戦争のない世界が欲しいなら、そのために生きていかなきゃならないんだ!〉

 

 それぞれの〝夢〟を──果たすためにも。

 

〈未来のことを考えるのは、後からでもいい! でも、考える時間を手に入れるためには、生き延びるしかないんです! だったら、生きましょうよ!〉

「っ…………!?」

〈これからのことは、それから考えましょうよっ!〉

 

 アスランの胸に、言葉の槍が突き刺さる。

 

〈──罪を償うと云うのなら、世界のために生き抜いてみせろ! 生きる方が、戦いだ、アスラン!〉

 

 

 

 

 

 

「あなたには、彼女のところに帰る義務があるでしょうっ!?」

 

 ニコルが絶叫を上げた先、〝ジャスティス〟は完全に停止した。

 二機の間に沈黙が流れ、やがて〝ブリッツ〟の通信機に、アスランの力ない声が入って来た。

 

〈お……おれは……〉

 

 その声のか細さは、アスラン自身の迷い。

 〝ジャスティス〟を自爆させること。それは本当にその場凌ぎの、平和のための悪足掻きでしかなかったのかも知れない。

 ──それでも、諦めたくなかった……。

 誰かがやらなければ、地球は滅びてしまう。

 そこに暮らしているナチュラルや、地上のコーディネイターを道連れにして。

 

〈おれは、また(あやま)ちを繰り返すかもしれない……。それでも……本当にそれでも〉

 

 ──良いというのか?

 生きていても、良いというのか?

 アスランの問いかけは、純粋に答えを求めてのものだった。自身の存在意義を見出すために、それを誰かに肯定して欲しくて、必死になっているようにも見えた。

 

「アスラン……!」

 

 ニコルは、暖かな目を返す。

 いいんですよと、心から応えようとした。

 今度は、みんなが傍にいるのだから──と。

 ────その、瞬間だった。

 ニコルの耳に、突如としてアラートが鳴り響いたのは。

 

 

 

 

 

 ────何が起きたのか、俄かには理解できなかった。ビーッ! という尋常ではない警報と共に、はるか上方より、幾多の閃光が降り注いで来たのだ。

 勿論、それはアスランからの攻撃ではない。だからこそ反射的──ほとんど反射的に、ニコルは迫り来る光条の雨嵐に対応していた。

 

「艦砲射撃の〝雨〟──!?」

 

 口にしてから、ニコルが自分がおかしな発言をしていることを認識する。この狭い空間の中に、艦砲を備えたような大型艦がいるはずがないのだ。

 だが、実際にそう勘繰っても仕方がないほどの熱量のビームが降って来ている? 彼は〝ブリッツ〟の対ビームコーティングシールド(トリケロス)を掲げさせ、それらの砲火を受け止めようとする。

 それがどうした。次の瞬間、ビームの一射を受け止めた〝ブリッツ〟のシールドが爆散する。出力に耐え切れなかったのだろう。しかし、後悔している時間や悲鳴を上げている猶予などない──〝雨〟は止まない。

 

「うッ!?」

 

 三条、六条、九条──

 嵐のように撃ち込まれ続ける大火力砲撃に、殺される! と、生命の危機を悟ったニコル。しかし彼は、不思議と恐怖を実感していなかった。このときの彼は、何故? 自分が攻撃されているのか? もっと云えば、誰に攻撃されているのか? 露程にも理解できていなかったから。

 

「あ──ッ!?」

 

 訳も分からないまま、無慈悲なる一射が、出し抜けに〝ブリッツ〟の胴を捉えようとしている。

 ──無理だ……っ!

 何がとは云わない、だが、ニコルがそう直感するのは早かった。

 

「ニコル!」

 

 次の瞬間〝ブリッツ〟を灼き尽くすはずだった白熱光は、しかし、矢のように割って入った〝ジャスティス〟のシールドに遮断されていた。驚くべきことに、アスランがニコルの盾──いや、傘になって躍り出てくれていたのだ。

 

「くァ……ッ!?」

 

 しかし、それも長くと持たなかった。無理のある姿勢で〝ブリッツ〟を庇ったためか、打ちどころが悪かったらしい、〝ジャスティス〟のシールドは掲げた腕ごと根から飛んで、宙を舞った。

 一拍置いて、凄まじい誘爆──〝ジャスティス〟は炎に呑み込まれた。

 

「……!? アスラン!」

 

 即座にアスランの安否を確かめるニコル。〝ジャスティス〟が煙の中から姿を見せたとき、機体の半身はごっそりと奪われていた。

 

「ああッ…!」

 

 残されているのは、頭部と、かろうじて右半身だけだった。

 電流と炎熱を全身から垂れ漏らしながら、その悲惨なこと甚だしい様相は、さながら体液を散らして悶えている傷病者と云った風だ。リフターもなく、ついに半身まで奪われた貧弱な姿は、文字通り〝死にかけの騎士〟と云ったところか──?

 

「アスラン、ご無事で!?」

「なんだ!? どこからの攻撃……!?」

 

 雨が止み、アスランが愕然とながら四方を見回す──と、遥か上方に得体の知れない〝黒鉄の巨人〟の機影を認めてしまう。

 なぜ、これまで気づかなかったのか? 頭部に角のようなアンテナを伸ばした〝G〟タイプ──全長にして、おおよそ通常MSの数倍はある……!?

 

「──なっ……」

 

 戦艦やモビルスーツの類ではない。それ自体がひとつの要塞──? いや、モビルアーマーと呼ぶべきか? 脚部がなく、腰下にかけてリアスカートを伸ばした人ではない(・・・・・)異形。

 一瞥しただけで分かる、全身に強固な装甲と陽電子リフレクターを備えた鉄壁の防御力。一方で、無数の重火器を満載した破壊のための兵器。ひと目見たときに、アスランは不思議と〝そいつ〟に見憶えがある気がした。

 

(ビクトリアで見た──。ステラの云っていた〝デストロイ(・・・・・)〟とか云う……!)

 

 そのときアスランは、その大型機種の胸郭部分にあるモビルスーツが格納されているのを認めてしまった。疑いようもなく、そいつはGAT-X444〝レムレース〟──暗黒色の〝亡霊〟が、取り込まれるような形で〝要塞〟と融合しているのだ。

 ──あの少女か……!?

 敵の正体を把握するも、特に意味はない。次の瞬間、大型機の腹部に備えられた砲口に、光の粒子が収束し始めたのだ。

 収斂する光の粒子はわずか数秒で臨界に達し、三つ並んだ砲口から凄まじい白熱光(スーパースキュラ)(はし)らせる。アスランは対応が遅れた。いや──対応したところで、半壊した〝ジャスティス〟では、それを避けることもままならなかった。何よりアスランの背後には〝ブリッツ〟がいて、彼は、自分だけ避けるわけにはいかなかった──

 

(やられる!?)

 

 万事休す、アスランが一足先に、死を覚悟した瞬間。

 結局、碌な死に方は出来ないだろうと思っていた──それは、やっぱりだった。こうも惨めな最期を迎えるとは思いたくなかったが、所詮は運命ということだろう。アスランは、諦めに目を瞑った。

 

 

 

 

 

 やがて訪れたのは、奇妙な静寂────

 いや、その静寂を理解できるだけ(・・・・・・・)、アスランは僥倖だった。

 硬く瞑っていた、瞼を開ける──

 

 ────と、アスランの眼前に、白銀の〝守護天使〟が滞空していた。

 

 歪曲した翼の白銀(しろがね)の輝きが、アスランの視界を占めていた。

 両掌の五指を押し開き、腕を大きく左右に張り出しているその機体──〝クレイドル〟だ。周辺に翡翠色の光波防御帯(アリュミューレ・リュミエール)を展開し、〝ジャスティス〟と〝ブリッツ〟を含めた三機を温かな光の中に包み込んでいる。まるで〝ゆりかご〟──そうして張られたビーム状の防御膜が、果たして〝魔人〟の砲撃を跳ね返したのだ。

 

「──〝クレイドル〟……!」

 

 目の前に顕現したモビルスーツに、アスランも目を見開く。

 

〈ふたりとも、無事!?〉

 

 少女から発せられた問いかけに、ニコルは強く頷いて返した。

 それを見て、ステラの表情がわすかに綻ぶ。

 しかし、すぐにチャンネルを切り替えたように険しい目つきになり、彼女は前を向いた。突けば崩れてしまいそうな双眸が、轟然と滞空する〝黒鉄の魔人〟を捉える。

 

〈……〝デストロイ〟……!〉

 

 その声は聞きなれない怒りに滲んで、余人には測り知れない因縁の重たさがあるように感じられた。

 ニコルはその唐突な少女の変化に戸惑うが、何が彼女をそうさせているのか、きっと彼には永遠に謎でしかない。

 

〈二コル、アスランを回収して!〉

「えっ!?」

〈アスランは機体を捨てて〝ブリッツ〟に乗って! ──〝ジェネシス(ここ)〟から脱出しなくちゃ……〉

 

 このとき、ステラが何をどう考えていたのかは定かではない。だが、目の前の〝敵〟と戦うには、明らかに部が悪いと判断していたのは間違いないだろう。〝ジャスティス〟は大破し、一方の〝ブリッツ〟も戦闘力は無いに等しい。

 ──せめて、まだ動く〝ブリッツ〟で脱出するしかない……。

 しかし、アスランは説明して返す。

 

「しかし……! 〝ジャスティス〟の自爆装置はもう作動しているんだ、機体だけ置いてはいけない!」

〈だいじょうぶ。あれが狙ったのは〝ジャスティス(・・・・・・)じゃない(・・・・・)──〉

 

 その意味の繋がらない言葉に、アスランは戸惑った。

 

「えっ……?」

〈いや、いいんだ、そんなことは〉

 

 付け足された言葉は、声になっていなかった。

 わずかに唇が動くか動かないか。いずれにしろ、ステラが何を云おうとしたのかは、アスランには分からなかった。

 

〈──急いで!〉

「わっ、わかりました……! アスラン、早く!」

「……わかった……!」

 

 何はともあれ、この場はステラの言葉に従うしかない。たしかにステラは発言が謎めいていたり、他人からすれば全く脈略がない、意味の繋がらないものに思える場面は少なくないが、もともとの無口な性格を考えれば、出任せな言葉を吐き散らすタイプではないとも分かっている。

 意を決したアスランは〝ジャスティス〟を放棄し、コクピットから脱してニコルの〝ブリッツ〟に飛び移った。と、今度は〝ブリッツ〟に向かって〝デストロイ〟のエネルギー砲が吐き出された。光渦はアスラン達の行動を阻害せんとばかりに突き進み、閃光がぱっと生身のアスランを真白く照らす。

 

「うッ!?」

 

 が、やはり〝クレイドル〟がカバーに入り、砲火がアスラン達に届く前に、これをシールドで弾き飛ばす。そこでようやく、ステラが攻勢に転じる。〝クレイドル〟の両盾を解き放ち、放たれた二挺の砲塔が、自律運動しながらビームの反撃を飛ばしたのだ。

 しかし、それらの反撃もまた、ことごとくが目標に届く前に虹色の膜に拡散させられ、陽電子リフレクターに弾かれてしまう。

 逆撃とばかりに、今度は〝デストロイ〟の両腕が飛び出した。こちらも似たよう『飛び交う両盾』──〝|シュトゥルム・ファウスト〟だ。五指の先端に内蔵されたスプリッドガンが炎を噴き、〝クレイドル〟に錐揉むような巨大ビーム砲を浴びせかける。〝クレイドル〟は機体を上下反転させ、野太い十本条のビームを目まぐるしく回避していった。

 

「ステラさん!?」

 

 苛烈を極めた攻防を目の当たりにし、ニコルが声を上げた。

 

〈──先行って!〉

 

 その叫びに従うままに、ニコルは〝ブリッツ〟をシャフトに向かわせる。

 そのとき、ふたたび〝シュトゥルム・ファウスト〟が〝クレイドル〟に砲火を放った。全方位防御帯がこの一撃を弾き返すが、続けざま〝デストロイ〟顔面口部のエネルギー砲が臨界し、連続するように防御帯へ覆い被さる。

 しかし、だからどうしたというのだ。

 少なくともステラは、その〝デストロイ〟機体スペック──その全容を掌握している。傲りでもなければ過信でもない、それが真実なのだ。

 かつて〝それ〟の乗り手であった彼女は、〝デストロイ〟に搭載された武装の数、その威力、そして、その対策の取り方まで──

 

(わかってるんだ……!)

 

 体勢を立て直し切れない〝クレイドル〟を、なおも巨大な〝シュトゥルム・ファウスト〟が追い詰める。

 だが、ステラは怯えるというよりはむしろ、

 

〈その武器は……っ!〉

 

 挑戦的な面持ちで、これを迎え撃つ。

 そもそも、一見する〝デストロイ〟は鉄壁の盾に覆われた攻略不能の巨人であるように見受けられるが、そのじつ全身を防御している陽電子リフレクターはビームサーベルに無力という弱点があって、なまじ機体が大型化された弊害により、機動力のあるMSなどに接近されると死角が増え、対応するにも時間が掛かる。

 つまり、全体で見ると対近接防御能力にあまりに乏しく、弱点があまりにも弱点として機能してしまっている。的は大きく、動きも鈍い──初見の者なら見抜くのに時間が掛かるであろう欠陥だが、ステラには通じない。

 

 ──その武器は、近接戦に対応できない……!

 

 だから距離を開くのではなく、ステラはむしろビームジャベリンを抜き放ち、果敢にも逆突撃を仕掛けていた。

 白銀の翼が燐光を散らし、巨大な〝掌〟に向かってステラは躍りかかる。

 巨大な〝シュトゥルム・ファウスト〟を両断しに掛かった! 次の瞬間──〝掌〟が開くまでは。

 

〈えっ〉

 

 わずか、数秒のことだった。

 ステラの捉えた〝掌〟の中に、見たこともない紅色の結晶。まるで〝シュトルゥム・ファウスト〟の掌底に、巨大な紅玉(ルビー)が埋め込まれているかのような……?

 破断兵器〝フェブリス・フォルフェクス〟──〝フエゴ・ストライカー〟に用いられた格闘戦武装を移植したものだ。特殊な反発材(・・・・・・)を圧縮して造られた掌底基部は、接触部位から直接振動を送り込む『共震破砕』を用いて、ありとあらゆる物体を破断する。このとき〝紅玉〟のように赤く輝いて見えたのは、基部そのものが振動により高熱化しているためだった、が……

 いずれにせよ、ステラの想像には及ばないことだった。

 

〈!?〉

 

 ──あんな武器、知らない……!? 

 動揺がステラに隙を作らせ、その瞬間〝クレイドル〟は〝シュトゥルム・ファウスト〟の掌底に殴り飛ばされた。

 強烈なる、殴打の直撃! 咄嗟に展開した光波防御帯は役割をまるで果たさず(・・・・・・・)、ステラは機体ごと勢いよく壁面に叩きつけられた。

 

「ステラ!?」

 

 アスランとニコルが、ほとんど同時に悲痛な声を上げる。

 ──何故だ……!?

 掌底との衝突を許したステラだが、彼女は確かに光波防御帯を展開した筈だ。それによって打撃の勢いを殺し、衝撃を緩和できるはずだった。

 しかし、彼女が展開していた光波防御帯は、例の掌底に填め込まれた〝紅玉〟と接触した途端に破断され、薄氷のように叩き割られてしまった。為す術もなく〝アリュミューレ・リュミエール〟を打ち破られたステラは、しかし、その感触に嫌というほど心当たりがあった。

 

(ラミネート製……! あの〝紅玉〟も……!?)

 

 共震破砕を引き起こす掌底基部の紅玉(フェブリス・フォルフェクス)は、云うなればGAT-X370(レイダー)が装備していた破砕球(ミョルニョル)の上位兵装である。

 接触部位から直接的にMSの装甲を削り取る性質を持ち、これはビームを用いた攻撃と違い、純粋な物理攻撃に分類される。そして、これまでは『無敵の盾』と思われて来た全方位光波防御帯(アリュミューレ・リュミエール)も、最近はラミネート製の実体剣、よろしく特殊鋼材を含んだ物理攻撃に脆弱(・・・・・・・・・・・・・・・)という弱点が明るみになっている。

 だからこそ、光波防御帯は〝掌〟を前にして意図も容易く無効化され、薄氷のように叩き割られてしまった──

 

〈──逃げてッ!〉

 

 云われて初めて、ニコルは気付いた。その頃には、すでに〝デストロイ〟の本体(・・)が〝ブリッツ〟をポイントしていることに。

 そのときアスラン達は、敵〝巨人〟の口部エネルギー砲に皓い光が満ちていくのを認めた。ニコルは慌てて機体を後退させ、シャフトの中に逃げ込む。放射されたエネルギーの収束砲はシャフトの中に逃げ込んだ〝ブリッツ〟を捉えきれず、付近の壁に直撃し、これを一撃で崩落させた。

 それが、ニコル達の不幸であった。幾多の瓦礫が、シャフトの出口を塞いだのだ。〝ブリッツ〟は進路──いや中枢への道を絶たれ、〝クレイドル〟が内部に取り残されてしまう。

 

「閉め出された!?」

「そんな!」

 

 ステラもまた同様に、そのことに気付いてしまった。

 

(出口が……!)

 

 もっとも、そちらに気を取られている暇はない。

 ステラが何かを察知して前方に目を戻したとき、今度は〝シュトゥルム・ファウスト〟が猛スピードで突撃して来ていた。メインモニターの中、急速に大きくなる〝掌〟に、彼女はぎょっと目をむいた。

 

〈うわっ!?〉

 

 慌てて機体を壁面から引き剥がし、バーニアを逆噴射させた。急下降していく〝クレイドル〟に対し、巨大なる〝掌〟はその下降スピードを追い切れず、勢いのまま壁面に激突。一拍おいて、これを爆砕した。

 圧倒的なまでの破壊の力は、内壁に亀裂を迸らせ、たった一撃のもとに〝ジェネシス〟を激震させた。衝撃の余波により、粉々に砕かれた瓦礫がデブリとなって四方に散る。少しでも反応が遅れていれば、あのデブリの中に自分がいたかも知れない……!

 

〈…………!〉

 

 その様子を見届けたステラは、ゾッとするしかない。

 桁違いに増幅されている〝デストロイ〟の破壊力だが──それに関して、ステラは〝デストロイ〟に比類ないパワーを供給している〝源泉〟の正体に気付く。

 

 ──コア・ユニットとして、胸部に格納されている〝レムレース〟だ。

 

 なるほど、核動力炉を搭載したMSをまるごとバッテリーとして機能させることで、もとより凶悪な〝デストロイ〟にさらなるエネルギー供給を行っている。ニュートロンエンジン、たしかにあれだけの力があれば〝デストロイ〟の総合火力を底上げし、欠点でもあった電力制限の問題を克服することも可能だろう。

 そのほかにも、本来の仕様にはなかった対近接防御兵器の用意──これにより〝デストロイ〟本来の弱点であった対近接戦闘の脆弱さをカバーしている。油断しながら迂闊に接近した暁には、胸部に格納された〝レムレース〟本体がビームサーヴァーを出力し、これによる迎撃を受けることになるだろう。

 おおよそ〝エクソリア〟の戦闘データを基に対策が練られたのだろうが、機体全体に明らかな改造──いや改良を施され、武装の威力も、機体性能も、ひいては対処方法すらも……既にステラの知っている〝それ〟ではなくなっていたのだ。

 

(よくも、強くなった……っ)

 

 苦々しい笑みが口元に浮かび、その表情からは、余裕の色が消し飛んでいた。

 反対に、新たな──それでいて強大な〝力〟を手に入れた〝デストロイ〟は、歓喜とさらなる破壊衝動に突き動かされるように猛威を奮い続けた。〝レムレース〟の恩恵であるマルチロックオンシステムを起動させ、今度は全方位に向かって砲撃を乱れ放つ。だが当てずっぽうではない──そのいずれもが、照準通りに幾多のシャフトに直撃し、出入り口のすべてを崩落させてゆく。

 

〈…………!〉

 

 幾多の出口を封鎖され、このとき〝クレイドル〟は完全に孤立した。

 いや、孤立ではない──正確に云うと、内部にいるのは〝デストロイ〟と彼女……そして、自爆装置を作動させている〝ジャスティス〟の残骸(ぬけがら)

 ステラは、もはや逃げることもしなかった。出口を封鎖されたその途端、相手から強烈な思惟を感じ取り、〈……そう……〉何かに納得したように呟く。彼女は〝デストロイ〟の巨影を見上げ、挑むようにして云った。

 

〈おまえも、決着をつけたいのね……?〉

 

 目の前に佇むは〝黒鉄の魔人〟──

 彼女の言葉は、きっと正しかった。

 黒く、それでいて鈍い煌めきを放つ〝デストロイ〟その機体は、

 

貴様がどうして(・・・・・・・)……〝()の中にいないのだ(・・・・・・・・)────』

 

 何かを訴えかけるように、ステラのことを見下している気がした。

 

 

 

 

 

 

 中枢部への道を絶たれ、ニコル達は焦っていた。

 だが何が出来るというわけでもない、〝トリケロス〟を破壊された時点で〝ブリッツ〟には武装が残されていないのだから、瓦礫を除去したり、破壊したりすることは不可能である。

 唯一、彼らにできることと云えば、瓦礫の向こう側で戦っているステラに呼びかけを行うくらいだった。

 

「ステラさん!」

 

 しかし、呼びかけへの返答は非情だ。

 

〈はやく! はやく〝ジェネシス〟から脱出して!〉

 

 その言葉にはノイズが交じって、すべては聞こえない。磁場の乱れの影響だろうか。

 ──いったい、中でどんな戦いが起こってる……?

 少女の発言は「そこにいたって、どのみち何もできないでしょ?」という本質的な判断に基づいたもの。相変わらず舌足らずなために、突き放すような云い方になっているが、ニコルにはわかってしまう。

 だが、ニコルが云いたいのは、そういうことではない……そういうことではないのだ。

 

〈こいつを倒して、すぐに追いつく。だから!〉

「駄目だ!」

 

 そこに、おそらくニコルよりも焦っているだろうアスランの声が被さる。

 

「キミがここに残るというなら、おれだって!」 

 

 すべての責任は、自分にある──

 少なくとも、アスランはそう思っている。

 ──もし、初めから〝レムレース〟の存在に気付いていれば。

 ──もし、工業ハッチが解放している時点で不審がっていれば。

 その迂闊さの尻拭いをさせるように、ステラにばかり迷惑をかけている。そんなことは許されないし、許されていいはずがない!

 だが、ステラは云った。

 

〈そこにいたって、できることは何もない! だったら外に出て、ひとりでも多く、みんなを避難させて!〉

 

 ステラの言葉は、やはり正しい。

 

〈生きて! ──アスランは……っ!〉

 

 まるで結末を知る者であるかのように、力強く云った。

 アスランは意表を突かれて、声も出ない。

 

〈だいじょうぶ。ステラも、すぐに行くから〉

「そんな……っ!」

〈生きて、必ずここを出るから……〉

 

 できなかったこと、やり残したことがたくさんある。

 まだ約束を果たせていないのに、こんな状態でここを離れたくはない──。

 それを聞いて、ニコルはハッとした。

 ──平和になったら、聴かせて欲しいな……。

 自分のピアノを聴いてみたいと、彼女は云ってくれたことがある。

 アスランとステラ、二人の中にある決定的な違い。同じ〝ジェネシス〟内部にあっても、すべてを投げ出し、生きることを放棄したアスランと異なり、彼女には生きることを望む強さがある。

 ──そんな彼女が、望んだことなら……。

 せめてニコルは、信じてやるしかないのだ。彼女が云う通り、他にできることは何ひとつないのだから。

 

「わかりました……ッ」

「ニコル!?」

「あなたの言葉、信じます……!」

「……クッ……!」

 

 アスランも、ややあって決意を固めたらしい。この場所を離れる決意を。

 アスランは量子通信を使って、ひとつのタイマーを〝クレイドル〟に送信した。ステラの手許のコンソールがこれを受信し、彼女はハッとする。

 それは〝ジェネシス〟が発射されるまでの制限時間を記した、カウントダウンのタイマーだった。

 

「制限時間は八分、それ以上は持たないぞ!」

〈……! わかった!〉

「必ず……必ず生きて帰って来るんだ、頼む……!」

 

 そうして〝ブリッツ〟は、辛くもその場から機体を返すのだった。

 それもこれも、仕方のない判断だった。彼らがすべきことは、〝ジェネシス〟内部で仲間の勝利を祈ることではなく、いち早く〝ジェネシス〟から脱出し、付近で戦闘を続ける者達を退避させることだから。

 

 ──〝エターナル〟と連絡を取らなくては……!

 

 シャフトを逆戻りした彼らは、そうして瞬かない星の海──〝ジェネシス〟の外側へと抜け出した。

 それから母艦の位置を特定しようとしばらく進んでいたところで、赤い羽を広げた〝ストライク〟との合流を果たす。

 

「ニコル!」

「キラさん……!?」

 

 通信画面越しにキラの顔が映り込むと、どうしてトールが乗っていないのか……? ニコルは一抹の不安を憶えた。けれど、一方で〝ストライク〟そのものが万全な状態に見えたから、そんな不安は杞憂に終わった。

 反対に、ニコルを映し出す〝ストライク〟のモニターを見、キラは意外な同席者に困惑していた。ニコルの〝ブリッツ〟のコックピッドの中に、アスランの姿が映っていたのだ。

 

「アスラン!? どうして、そこに!」

 

 問いかけに対し、しかし、アスランは目を伏せて答えなかった。

 

「状況はどうなってるの!? ──ステラは?」

 

 ニコルは思わず口籠り、その表情の暗澹さ加減のために、キラは何かを察してしまった。

 

「まさか……!」

「ステラさんは、〝ジェネシス()〟の中です。中にいた黒いモビルスーツと、戦っています──!」

 

 キラには、その〝黒いモビルスーツ〟というのが、なんとなく判断できる気がした。

 真偽はともかく、おそらくはフレイ・アルスターの機体だろう。今の今まで、彼女をまったく戦域で見かけなかったのは、もしかしたら、初めから戦闘する気がなかったからではないだろうか……?

 しかし、そんなことを考えているときではない。真実を告げられ、キラの怒りはアスランに向けれられた。

 

「アスラン!? きみは、ステラだけを置いて──!?」

「──置いて来たんじゃないっ!」

 

 その糾弾の激しさに対し、アスランも同じ激しさを以て返した。

 

「あいつが、それを望んでくれた──」

「なっ……」

「あいつが、生きろと云ってくれたんだ……」 

 

 キラの表情が、凍りついた。

 それから、麻痺したように行動停止した〝ストライク〟であったが、すぐに我を取り戻し、叫ぶ。

 

「……! 助けに行く!」

 

 ステラを守ると、約束した──だからキラは、行かなければならなかった。

 ニコルの静止を振り切ってでも、彼は〝ストライク〟を〝ジェネシス〟に向かわせた。ビームライフルを基部ハッチに向け射撃しようとして、それが不可能であることに気が付いた。

 そのときビームライフルの出力が、まったく上がらなかったのである。

 

「なんだ!?」

 

 次の瞬間、機体のバッテリーがゼロを指し、〝ストライク〟のPS装甲が脱落した。機体は生気を失ったように脱色され、ビームサーベルはおろか、ビームライフルすらも使用できなくなった。

 キラは青ざめたが、そのことを認めたくなかった。

 認めてしまったら、絶望してしまう気がしたからだ。

 

「エネルギーダウン!? ……そんなっ!」

 

 結論から云えば、それは仕方のないことである。GAT-X105〝ストライク〟は従来の性能しか持たぬ機動兵器であり、そんな機体を駆使し、彼は今までずっと戦い続けて来たのだから。

 当然、無理をさせれば機体のバッテリーは死期は近づき、エネルギーダウンを引き起こす。

 もはや、何ができるわけもなかった。エネルギーダウンを引き起こした状態では、戦闘行為など不可能なばかりか、自力で母艦に帰投するのも怪しまれる。

 

「どうして……」打ち震えた声で、キラはもっとも原始的な疑問を叫んだ。

 

「どうして、ボクは〝フリーダム〟に乗っていないんだぁーッ!?」

 

 やがて、すべての機能を停止させた〝ストライク〟──

 今この瞬間を以て、キラ・ヤマトは決戦に立ち会わせる『資格』を失ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、〝ジェネシス〟内部──

 立ちはだかる〝黒鉄の魔人〟──その操り手である少女が語った。

 

「戦いの空気に呑まれて、人がおかしくなってるみたい。考えることは、みんな一緒ね──」

「やっぱり、あなたも機体を使って〝ジェネシス〟を破壊するつもりだったんだ」

 

 そのために、〝レムレース〟はアスランが脱出したあと、〝ジャスティス〟を狙おうとしなかった。彼女が狙っていたのはアスラン・ザラであって、機体ではなかったのだ。

 

「もう後がない──そう云えば、あなたなら理解してくれるのかしら?」

「…………」

「自分の身を挺してでも、お兄さんを守り抜く──美しい話ね」

 

 これと向き合う側の少女は、与太話には付き合わなかった。

 右手にビームジャベリンを抜き放ち、戦闘態勢に臨んだのだ。

 

「御託はいいよ。決着をつけよう──」

「……そうね、話が早いわ……」

 

 その瞬間、呼応するかのように〝魔人〟の胸部に格納された〝レムレース〟が、ビームサーヴァーを抜き放つ。

 少女達の傍らには、自爆装置を作動させた〝ジャスティス〟の抜け殻がある。

 螺旋のように複雑に絡まり合った因縁が、いま、決着を付けようとしていた。

 

 ────運命を分かつ、最後の決戦が始まる……。

 

 そしてその戦いは、まるで「必要のないもの」だということ。それは人類の未来を賭けたものでもなければ、地球の存亡を賭けたものでもない。

 ただ、個人が個人に決着をつけるため、挑み、開かれただけの。

 まるで〝小さな戦い〟であるということを、ここに追記しておく。

 

 

 制限時間は『八分間』──〝クレイドル〟と〝デストロイ・レムレース〟の、最後の戦いが始まった。

 

 




 ジェネシス内部にデストロイを侵入させるのはサイズ感的に無理なんじゃないか? という意見に対して。
 PS2の家庭用ゲームソフト「連ザ2」の中には『ジェネシス内部』というステージが登場するのですが、今回の話、作者はステージのイメージとして全体的にこれを参考に描いてます。使ってみたところデストロイも使用可能なMSだったので、きっと内部にそれだけのスペースがあるんだろう、という結論に至りました。

 広告したか憶えてないんですが、活動報告の方に〝デストロイ〟の詳細について「機体紹介⑤」を掲載しています。


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