~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

88 / 112
 俺は運命篇を書く気があるんだろうか……もう自分が分からん(汗
 いきなり唐突な単語が出て来ます。深い意味はないんですが、それとなーく理解していただければ。



『エンパシー』

 

 

 

 〝ジェネシス〟の猛威に退けられ、〝プラント〟への第一波攻撃を中断した地球軍艦隊は、ザフトの追撃を振り切ったのち、デブリの物陰に滞留していた。

 が、こうして終結した艦隊の頭数は、月基地を発った時の半分にも満たない。そればかりか、損傷の酷い艦も多く、負傷者も数え始めれば切りがないのが現状だった。

 

「──ああそう! そうだよ! ったく、冗談じゃない!」

 

 こうした絶望的な状況に癇癪を起こし、先ほどから〝ドミニオン〟艦橋ではアズラエルが血走った表情で月基地との連絡を取り合っている。

 

「これは今までノタクタやってた、アンタたち上層部(トップ)の怠慢だよッ!!」

 

 アズラエルは、今ある惨状の責任を、すべて上層部に擦り付けているわけではなかった。

 Nジャマーによって封印されていたはずの大量殺戮──それを先に破ったのは、現実に地球軍である。そもそも彼らは、核兵器などに手を伸ばすべきではなかったのではないだろうか? 大きな力を用いれば、相応の力で対抗されるのは必然だ。一方が手段を択ばなければ、相手だって同様の報復をしてくることは、冷静になれば自明だったはずなのに。

 ──そして実際に核攻撃を提案したのは、他ならぬアズラエルだ。

 悪戯に〝プラント〟の危機を煽り、彼らは思わぬ反撃を喰らった──それはきっと、いまアズラエル自身も落ち度として自覚しているだろうと、ナタルは思う。

 しかし、だから云って、すべての責任が彼にあるわけではない。だからナタルは何も云わないし、何も云えなかった。

 

「なんで今まで、あんな〝デカブツ〟に気付かなかった!? ──ああそうさっ、ヤツらは〝ミラージュコロイド〟ステルスを使っていたんだ!」

 

 あれほどの質量兵器を、月基地から捕捉されずに〝ヤキン・ドゥーエ〟後方に配置することはまず不可能だ。第一、観測隊がそれを許さない。

 しかし、可視光線を歪め、センサーから発される磁気を吸収する作用を持った〝ミラージュコロイド〟ステルスを応用すれば、熱源そのものを電子計器の上から抹消する(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)ことも出来る。

 ユーラシアの要塞〝アルテミス〟陥落の折に、その実用性は立証されていた。だからこそ地球軍は、今まで、例の巨大兵器の存在を察知することさえ出来なかったのだろう。

 

「そして〝それ〟を連中に売っ払ったのは、他でもないアンタ達だろうがっ!」

 

 ナタルの耳に、手痛い言葉だった。

 アズラエルが表舞台に出て来るより、遥かに前のことである。中立のコロニー〝ヘリオポリス〟で開発された〝G〟の中に、例の〝ミラージュコロイド〟ステルスを搭載した機体があった。当時地球連合軍第八艦隊に所属していたナタルは、その警護ないし監視の役割もかねて〝ヘリオポリス〟に居合わせていたのだが、間違いなく、技術の流出源はそこだろう。

 アズラエルの云う通り──ザフトにGAT-X207(ブリッツ)を奪取されてしまった──それはナタルたち軍部の責任で、そう云う意味では、ザフトに反撃の兵器を与えたのはナタルであるも同然だったのだ。唐突に思い知らされ、理不尽な罪悪感がナタルを襲った。

 

「艦長、チャーチルより救援要請です」

 

 ちらりと、クルーのひとりがナタルを見遣る。

 機関部に損傷を受けたらしい〝チャーチル〟が、修理が追いつかずに困窮している現実があるようだ。

 

「……わかったッ。すぐに向かうと返信しろ、位置は──?」

 

 ナタルが云いかけると、通信席から怒声が割り込んで来た。

 

「おいっ! ふざけたこと云ってんじゃない!」

「……!?」

「救援だァ!? なんでこの(ふね)がそんなコトすんだよッ!?」

 

 ナタルには、逆にその発言の意味が理解できなかった。

 現状、無傷の艦は決して多くない──ただ連絡を入れて来ないだけで、実際のところ〝チャーチル〟以外にも救いを求めている艦が点在しているのは明らかだ。

 ナタルにはむしろ、彼らを助けてはいけない理由が思い当たらなかった。あるいは、彼は友軍を見捨てておけ、とでも云いたいのだろうか? 猜疑して返答を待っていると、憤懣な表情で怒鳴りつけられた。

 

「無事な艦はすぐにでも再度の総攻撃(・・・)に出るんだ! 救援(そんなコト)より補給と整備を急げよッ!」

 

 ナタルは、絶句した。いや彼女だけではない、他のクルーの大半が、その言葉に愕然とする。

 ──何を云っているんだ、この男は……!?

 堪らなくなって、反論する。

 

「そんな! 無茶です! 現状、我が軍がどれだけのダメージを受けているか──理事にだって、お分かりのはずでしょう……!?」

 

 全体の半数を失い、さらには満足に動ける艦も多くない。〝G〟だけは三機とも生存しているようだが、虎の子の〝ペルグランデ〟も、もはや一機しか残っていない。物量戦すらも見越せぬとなれば、ここで再度の総攻撃に出向くなど、自殺行為に等しい。

 

「ここは一旦基地に引き上げ、陣容を立て直すなりして、出直すところです!」

 

 これ以上の犠牲を払うのは、賢明ではない。

 それとも、彼はあの巨大兵器に突っ込んで行って、全軍で心中でもしたいのだろうか?

 

「あの兵器のパワーチャージサイクルが分からない以上、上層部に掛け合って、なにか停戦──和解の手段などを講じるなど、時間稼ぎを優先して──」 

「──和解? 停戦……!? キミはいったい何を云ってるんだ!?」

 

 アズラエルは目をひんむいて、語気も荒く問いただす。

 その目は血走っていて、アズラエルは逆に諭すような口調で怒鳴った。

 

「誰が! いつ! 〝プラント〟を『国家』として認めたってんだ!?」

「…………!?」

「ヤツらは宇宙の工場(プラント)を勝手に乗っ取ったテロリストなんだぞ! そんな連中と、なんで交渉なんてすんだよ!?」

 

 喚き立てる論調は、幼稚な子どもそのもの──だが正鵠を射た言葉だっただけに、反論することも出来ない。

 自分達の主義主張が通らないから、武断を以て言い分を押し通そうとする行為。

 それらを総じて────テロイズムと呼ぶのだ。

 が、そもそも喉元に銃を突き付けられていなければ、テロリスト達の要求など誰が真摯に受け止めるだろう? あの遠隔兵器がなければ、どうして〝プラント〟の要求を呑む必要があるだろう?

 目の前の武力に怯え、あってはならない主張を許容してしまうことは、テロに屈するも同じ。その先には自由も正義も、勝利もない、ただ虐げられる屈辱の日々が待っているだけだ。

 

「──ヤツらの『力』に屈服しろと、キミは今そう云ってるんだぞ! 状況が分かってないのはキミの方じゃないかっ!」

 

 だいたい〝プラント〟は主権国家ではないのだから、対等の立場で和解を講ずるなどありえない──それがアズラエルの考えだ。地球側が一度でも下手に出れば、思い上がったコーディネイターはまずます調子に乗り始めるだろう。それは実質的に、地球軍の敗北を意味するも同義だ。

 ──ヤツらは、昔からそうだった……!

 ──税を軽くしろと文句を云って来たり、独立させろとごねて来たり、まだまだ地球の資源に頼らなければ自立などできないくせに! まるで恩知らずな連中だった!

 アズラエルは尊大な口調になって、さらに先を続けた。

 

「テロってのはなァ、〝銃〟を持ちだしゃ相手が何でも云うこと聞くと思ってる連中のことなんだよ! ──だから余計に! あそこに〝あんな(モノ)〟残しておくわけには行かないんだッ!」

 

 L5に浮かんだ〝アレ〟は、巨大な銃だ。

 喉元に突きつけられれば、多くの者が恐怖に怯え、相手の便宜を図ろうとする──〝プラント〟との和解や交渉などという発言を溢した、ナタルのように。

 ──その弱気の姿勢こそが、テロリスト達を増長させるんだ……!

 自分達は正しいのだと──間違っていないのだと。

 銃がなければ何も出来ないような連中が、そうして盛大に勘違いを引き起こす。

 他ならぬ受け手の人間の弱腰が、武力主義者を錯覚させているのだ。

 ──だから〝(アレ)〟さえなくなれば、多くの者が目を醒ます!

 アズラエルは、弱った人間の盲点を説いているに過ぎない。

 これは一種の駆け引きであり、ビジネス界で名を馳せた彼が最も得意とし、熟知している分野。だからこそ弱腰の姿勢は決して晒さず、直ちに総攻撃に乗り出さなくてはならない。どいつもこいつも分かっていない──! アズラエルは戦闘屋への侮蔑を露わに、シートに座った。

 

「月本部から、すぐに増援も補給も来る! 確かに〝ペルグランデ〟は沈んだが、こっちには、まだ最後のカードだって残ってるんだ!」

 

 云われ、ナタルはハッとした。

 そう云えば〝レイダー〟と〝フォビドゥン〟は帰投したが、〝レムレース〟が月基地に向かっていた。そのことを、不意に思い出したのである。

 アズラエルはパネルを操作し、シュミレータを起動した。あの巨大兵器の照準ミラーが現れ、射線が何通りにも調整される。

 

「なにが『ナチュラルどもの野蛮な核』だ! あそこからでも悠に地球を撃てる、あのとんでもない兵器の方が、はるかに野蛮じゃないか……!」

 

 ナタルはようやく、彼の取り乱しようを理解した。

 彼女自身、まさか〝プラント〟が地球を撃つとは思っていなかったのである。……いや、それは正しい表現ではない。無意識のうちに、そんな恐ろしい可能性は頭から排除していたのだ。

 宇宙に上がったコーディネイター達にとっても、地球は母なる大地であり、貴重な食料の供給源である。だがもし、彼らが完全に自給自足の道を確立しているとすれば──?

 思慮していると、背後の方で先ほど救援を求めていた〝チャーチル〟が、唐突に爆発した。こうして論議を醸している内に、救援が間に合わなかったのである。だがアズラエルはそちらを一瞥することもなく、真っ直ぐにナタルを睨んだ。

 

「ヤツらにあんなモノ造る時間与えたのは、オマエたち軍なんだからな! 無茶でもなんでも、絶対に破壊してもらう──〝アレ〟と〝プラント〟を……!」

 

 やがてその鋭い視線は、〝プラント〟に向けられた。

 

「地球が撃たれる前に────!」

 

 ナタルは両手を堅く握りしめた。

 そう、地球を撃たせるわけには行かない。故郷を守るためなら、彼女達軍人は、弾除けにでも捨て石にでも、何にでもならなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして話に上がっている〝ジェネシス〟は、連射が効かない。

 元の機構が宇宙船推進用(ライトクラフト)システムであったことを考えれば、そもそも連射などする必要もないことから、ある意味では当然だが。

 大量破壊兵器に改良──人によっては改悪と揶揄する者も多い──された〝ジェネシス〟には、大まかにふたつのミラーが存在している。

 中でも内部ジェネレータからの核爆光を受け止める円錐型の第一反射ミラーは、〝ジェネシス〟がレーザーを発射する度に、膨大な熱量を浴びる。したがって、強烈なエネルギーに発振する基部が融解してしまい、その都度に交換する必要性があるのだ。そしてミラーの交換作業そのものには、数時間の準備期間が必須となる。

 逆に云えば〝ジェネシス〟の全身にフェイズシフト装甲が採用されているのは、その『準備期間』に対応する暇を稼ぐため──。現に、外部からの攻撃に耐えうる強靭な装甲を持った〝ジェネシス〟は、文字通り難攻不落の要塞として顕現している。

 実際に〝ジェネシス〟の開発作業に従事したザフトの製作者も「こいつは間違っても兵器にしちゃいけねぇ」と無責任に豪語しているほどで、それでいて理由を尋ねようものなら「攻略のしようがねぇからだ」と返って来るのだから救いようがない。

 

 それほどまでに〝ジェネシス〟とは、人が人として造ってはならない破壊兵器だった。

 

 

 

 

 

 

 

 地球軍艦隊と同様に、三隻同盟もまたデブリ帯の影に身を潜めていた。

 損害は、ほとんどないと云って良い。もともと第三勢力として、ザフトと地球軍の横合いから介入する形を取っていたために、ザフトからの執拗な追撃もなかったのである。無事に〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が帰投したことで、誰もが生還したことにほっと一息をつく。

 

 が、悠長に喜んではいられないのは確かだ。

 

 こちらも地球軍同様、ザフトの開発した新型兵器の威力をむざむざと見せつけられ、混乱の最中にいた。

 あれだけの戦闘が起こった後だ。連合とザフト──どちらが先に次の行動を起こすかは、まだ検討も付かない。

 だが、それでも〝エターナル〟の艦橋には多くの者達が集結していた。ラクスやバルトフェルドを始め、トールやニコル、マリューやムウ──とにかく皆の姿がある。艦橋前面のモニターは〝クサナギ〟と通信が繋がっており、エリカ・シモンズの顔が、そこから覗き返して来ていた。

 

〈発射されたのはγ(ガンマ)線です。線源には核爆発を用い、発生したエネルギーを直接コヒーレント化したもので、つまりあれは、巨大なγ線レーザー砲なんです〉

 

 観測上で知り得たデータから、例の兵器の正体や事実関係を照らし出していたのだ。

 誰もが深刻な表情でその解説に聞き入っている──と、そのとき彼らの後方、艦橋のドアが開き、ステラが遅れて室内に入って来た。

 ──すこし、体調を崩していたらしい。

 気付いたキラが、そっと手を差し出す。すこし血色が悪いように見えたステラは、覚束ない動作でその手を掴み、慣性のままに過ぎて行こうとする身体を床に付けた。

 

「大丈夫?」

「うん……」

 

 尋ねると、ステラは頷いた。

 一方、なおもエリカの説明は続いている。

 

〈地球に向けられれば、強力なエネルギー輻射は地上全土を焼き払い、あらゆる生物を一掃してしまうでしょう〉

 

 ステラは、顔を上げた。

 

「撃って来ると思いますか? 地球を?」

 

 マリューが不安げに尋ねる。まさか、とは、誰もが思った。

 現状〝プラント〟は豊富な宇宙資源を仕入れているが、食糧物資に限っては無尽蔵ではない。ただでさえ農業プラントであった〝ユニウスセブン〟が壊滅した折、彼らは大きな食料源を失っている。そういう意味においても、地球で生成される食糧は彼らにとって大切な財産なのだ。数ある懸念はひとまず脇に置いておくとして、いくら地球軍を牽制するためとは云え、〝プラント〟が本当に地球を撃つものだろうか?

 もっとも、ニュートロンジャマーの影響で地上各地が食糧危機に陥っている現状があるのも事実だが、それもこれも、戦争に勝ってしまえば問題にはならないということか?

 問いには、バルトフェルドが答える。

 

「分からん、だがもう撃たれちまったんだ……〝アレ〟も、核も。どちらも、躊躇わんだろう」

 

 硬質な声で、続ける。

 

「人は慣れるんだ、戦い……殺し合いにな」

「そんな……」

「戦場で初めて人を撃ったとき、ぼくは恐怖に震えたよ。でも『すぐ慣れる』と云われて──嗚呼(ああ)、確かにすぐ慣れた」

「──〝アレ〟のボタンも、核のボタンも同じ──と?」

「……。何か違うのか?」

 

 きょとんとして、逆に訊ね返されたのが、マリューの心に痛かった。

 ──分かっているのは、ボタンひとつで大量の人間が殺せる時代がふたたびやって来た、という事実。

 こんな時代に回帰するくらいなら、いっそNジャマーキャンセラーなど開発されるべきではなかった思うのは、不謹慎だろうか?

 だが、仕方がない。それは本来、枯渇しつつある地上のエネルギー問題を立ち行かす救世の産物であったはずなのに、人はあまつさえ、虐殺のための道具として優先的に使用したのだ。──その結果がどうなったろう? 人類は地上で凍死し餓死する無数の人間の放ったまま、天上で繰り広げられる戦争を泥沼化させただけではないか。

 そんなときラクスは、透き通った声で溢す。

 

「どうして、そんなに簡単に人が殺せてしまうのでしょう?」

 

 直接、戦場で戦ったことのないラクスには、その理由は実感の湧かないものだ。

 だからこそ、抽象的ではあるが、彼女は問う。

 

「兵器が争いを生むのでしょうか──? それとも、人の心が?」

「みんな自分が可愛いのさ。敵を撃つことへの躊躇いなんかは、気付いたころには、とっくに意味を失ってる」

「いくら迷いがあろうと。自分が撃たれる恐怖には、人は勝てませんもんね」

 

 それは酷く現実的な答えで、暗い声音で、ムウやニコルが答えていた。

 

「遠くから人を殺しているとね……。相手の痛みが、いつの間にか分からなくなるんだ」

 

 そう発言したのは、ステラだった。

 耳を奪われたように、ほとんど円形に並んでいた一同が、数歩分、後方に立っていたステラを見遣る。

 ステラは、一斉に己に向けられた視線の数々が、ちょっとだけ怖いと思った。しかし、よく考えると怖くはなかった。並んだ顔並みは、いずれもが、気心の知れた者達のそれだったからだ。

 だから少しだけ尻込みしたが、なおも続ける。

 

「何も感じない……感じようとする心まで、失っていっちゃうんだ」

 

 その言葉に、真っ先に対応を取ったのはバルトフェルドだった。

 彼は悪意はなく、しかし、問いただすように言葉を返す。

 

「どういう、ことかな」

「バルトフェルドさん!」

 

 キラが抗議の声を挙げるが、ステラは意に介さずに続けた。

 

「みんなには、ずっと黙って来たけど……。ステラもね、前はそういう人間だった」

「!?」

みんなに会う前に(・・・・・・・・)大勢(たくさん)人間(ひと)を殺して来てるんだ」

 

 みなまでは云わないし、云ったところで信じてはもらえない────いや、仮に信じて貰えたとして、議題が脱線していくだけだと思ったステラは、虚飾なく事実だけを淡直に述べた。

 語弊を招かず、真摯に云ったのだ。

 ──ずっと何かを黙っている……何かを隠しているってことは、嘘を吐いていることと、同じになるのかな。

 ステラは、漠然とそのように思惟した。

 みんなが知ってるのは、ステラが連合の強化人間(エクステンデット)だったっていう『事実』だけ。そこで実際に何をしていたのか……『経歴』までは、打ち明けたことがない。

 ──それは、彼らへの裏切りに等しいのだろうか。

 実際のところ夢のような逸話だが、ステラはかつてGFAS-X1(デストロイ)に乗って暴れ回り、恣意的な破壊と虐殺行為を重ねているのだ。それは彼女が、当時のことを初めて他人に仄めかした瞬間であり、傍らに立つキラも、そのことに思わず唖然とする。

 

(ずっと、他人(ひと)には打ち明けようとしなかった過去のことなのに……)

 

 思い返せば、キラも何度か、彼女の経歴については訊ねたことはある。

 それこそ〝ヘリオポリス〟で再会した直後などは、興味──と云っては何だが、心配に思っていた配慮などから、数回に渡って問うたことがあるのだ。

 しかしいずれも、ステラ本人が打ち明けたがらなかった雰囲気があったため、そして何より、キラ自身が女の子のパーソナルな部分にずかずか踏み入る度胸がなかったために、気を遣って有耶無耶にしていた。ステラとしては、その頃から目ざとく聞いて来なかった彼らの謙虚さに感謝こそしていたのだが、そんな彼女がいま、自分の経歴について率先して語っている。キラとしては、驚くのにも無理はなかった。

 

「あのときステラは、人の気持ちが理解できなかった。ステラのせいで死んでいくみんな(・・・)の気持ちなんて汲み取れなかったし、これっぽっちも分からなかったんだ」

 

 一方的に撃たれる者達の、無念や憎悪──それらの感情が、当時のステラには分からなかった。

 ただ「自分が死にたくないから」──そのようちっぽけな一念の見返りに、万単位の民間人を踏み潰した(・・・・・)彼女は、誰が弁明しようと虐殺者であったのだ、かつては。

 

「遠くから人を殺していると、その実感が湧かなくなるんだよ──多分、お父さんもブルーコスモスも、今はそういう状態になってるんだとおもう……」

 

 相手に触れる機会すら持たなかった人間は、自分のせいで害を被る相手の気持ちが理解できない。ひろい例で、肉を食すとき挨拶を云えない子どもが増えているのは、包丁で全身を断たれゆく牛鶏の恐怖と苦痛が想像できないからだ。

 相手の立場に立って考える思想を失った人間は、自分の都合だけで善悪を判断するように落ちぶれていく。

 

「でも、もうあんなのは繰り返したくない。繰り返すわけには行かない」

「ステラ……」

「──〝アレ〟が撃たれたとき、悲鳴が聞こえたの。たぶん……みんなの(・・・・)

 

 その言葉に、誰よりも反応したのはバルトフェルドだった。

 

「だからもう、絶対に撃たせちゃダメだ──」

「そうよね……」

 

 そうなってしまっては、全てが遅いのだから。

 

 

 

 

 

 

 会議が終わると、それぞれが持ち場に戻って行った。

 運営する艦の違う者達は小型艇で自分達の艦に戻って行ったし、同じ〝エターナル〟に所属する中でも、ステラはまた体調を崩して自室の方に向かってしまった。その顔は青白く、キラとしては心配だったが、艦橋を出て行こうとするところでバルトフェルドに呼び止められたため、付き添いにはラクスに行ってもらった。

 

「あの娘は、体調を崩したと云ってたな」

「えっ?」

「原因は何だ? ──さっき云ってた『悲鳴が聞こえた』ってやつか?」

 

 キラは呆然として、曖昧に答える。

 

「分かりません。でも、たぶん……。驚きました、ずっと前からあの娘は……なんていうか、ずっとパーソナルな部分を隠して来たところがあったから」

 

 キラは感慨深そうに続けた。

 あんな風に自分の昔話について語るなんて、滅多なことじゃなかったんです。

 

「ああして過去のことを打ち明けてくれたのは、きっと、みんなのことを信頼してのことだと思うんです」

「そんなことより、気になる。──〝ジェネシス〟が戦線を貫いたとき『悲鳴が聞こえた』っていうのは、なかなかどうして異なことだ」

 

 ──まさか、連合軍と通信回線が繋がっ(オープンにされ)ていたわけでもあるまい?

 たしかにバルトフェルド達も、ステラと同じように〝ジェネシス〟によって大勢の人間が消えていくのを目撃している。

 だが、それでもステラと違うのは、彼らはその光景を『見ていた』だけだ。一方でステラは、現実にみんなの『悲鳴が聞こえた』と云っている。

 

「普通の人間は、そういう能力は持ってないだろう?」

「……何が、云いたいんですか?」

「ボクはこう見えて、本業は広告心理学者でね。ついでに訊くが、きみは『共感力者(エンパス)』という言葉を知ってるか?」

 

 キラは質問に答えられず、その沈黙がそのまま解答として受け取られた。

 

「ならばサイコパス──『無共感力者』という言葉は?」 

「分かります。いわゆる、本当に自分のことしか考えられない人達のことですよね……?」

「ああそうだ。先天的に脳に障害を持っていて、自分の周りにいる人間がテレビゲームのキャラクターほどにしか認識できないと云われている──だから周りの人間に感情移入することが出来ず、ひたすら利己主義に生きている者達のことを指している」

 

 他人への善意、温情、共感、同情──

 それら「相手を思いやる感情」は、突き詰めれば人間が潜在的に持っている愛情心理に起因する。

 が、端的に云って無共感力者(サイコパス)というのは、その「愛情」を微塵にも持って生まれて来なかった人間のこと。そもそもの共感回路が損傷・欠落しているから、人生の中で自分以外の人間に共感したり、感情移入することが出来ず、何事も個人的な退屈凌ぎの感覚で行動するため、愉快ならば他人を蹴落とすことも躊躇らわないと云われている。

 

「──その対極にあるのが、エンパスだ。共感力や感受性が高すぎて、周囲の人間に起きていることすらも『自分のこと』のように置き換え、感知してしまう体質を持った者達」

 

 それを抱えた人間を「患者」と呼ぶほど、深刻な病気ではない。ただ、一般人より周辺に渦巻く感情エネルギーを敏感に察知してしまって、ことあるごとに過敏に共鳴してしまうだけだ。

 サイコパスと違うのは、こちらは殆んど後天的に覚醒するケースが多く、人柄、ひいては出身国の文化柄などにも諸な影響を受ける。中でも情緒が不安定だったり、感情の起伏に乏しい人格の持ち主に散見されていて、一説では「自分の感情が安定しないだけ、他人の感情を敏感に受信してしまう」とも云われている。

 

「いち心理学者として云わせてもらえば、戦争の中じゃ、誰もが知らん内に利己主義者(サイコパス)になって行くんだ──『死にたくない』『相手を倒さなきゃ生きていけない』ってな。そこには相手を尊重する心なんて存在しない──以前ボクはきみを狂戦士(バーサーカー)と呼んだが、あの頃のきみは正にそうだっただろう?」

 

 云われ、キラはハッとする。たしかに初めてモビルスーツに乗ったとき、キラは怖くて堪らなかった。自分が撃たれることも、相手を撃ってしまうことも。

 だが、いつの間にかトリガーを引く自分に慣れ、照準(スコープ)の向こうにいるのが自分と同じ人間だということも忘れて行った。バルトフェルドに狂戦士(バーサーカー)と云われるまでは。

 

「あの娘はたぶん、オレやオマエよりずっと前に『それ(・・)』を経験して来たんだろう」

 

 ──みんなに会う前に、大勢(たくさん)人間(ひと)を殺して来てるんだ……

 多分ステラが云っていたように、彼女は地球連合軍の使い捨ての鉄砲玉として、大勢の人間を殺した経験があるのだろう。おそらくは「死にたくないから」という、利己的な一心で。

 そういう意味では、かつてのステラもまた、撃たれる者達の気持ちなど全く顧みない無共感力者(サイコパス)ですらあったのだ。

 

「そして当時のことに、底知れぬ後悔を抱いた」

 

 それはステラにとって、事実だった。

 

「やがて贖罪のように、二度と同じ過ちを繰り返したくない(・・・・・・・・・・・・・・・・)と罪の意識に苛まれるようになった。今度ばかりは、一方的に撃たれる者達の〝痛み〟の分かる人間でいたい──そう願うように、なっていったんじゃないか?」

「じゃあ……! その〝痛み〟が分かるっていうのは」

「たぶん、あの娘が戦場で聞いたっていう悲鳴(・・)だろう。〝ジェネシス〟に消された者達の無念や憎悪──心の〝痛み〟を、あの娘は自分の中に受信しちまったんだ」

 

 彼女の中に根ざしていた罪の意識が、彼女の共感力(エンパシー)を異常発達させたのではないか?

 というのが、バルトフェルドの見解である。

 

「自分とは無関係な他人の感情で体調を崩す──それは共感力者(エンパス)特有の症状だ」

 

 元より感情の起伏の少ない彼女なら、それは充分にあり得る症例だったらしい。

 

「そんな……ッ、じゃあ、どうすればいいんですか」

「エンパスはその特性上、一概に病気としては扱われない。なんせその実態は、単に人より敏感で──云ってしまえば人より優しいっていうだけだからな。そして病気ではない以上、治療法だって明確に存在しない」

 

 キラは、唖然とした。

 バルトフェルドは、苦笑した。

 

「そんな顔するなよ……ボクは別に、きみを追い詰めるつもりで云ったわけじゃないよ」

「え?」

「つまりだ。共感力者(エンパス)っていうのは、人間の悪意なんかを体が勝手に受信するから体調を崩すんだ。おまえだって、ザラザラした感覚が流れ込んで来たら気持ち悪いだろう」

 

 なんとなく、分かる気がしたキラであったが、十全に理解することまでは出来なかった。

 だが、バルトフェルドはそれでいいと答えた。

 

「外部から治療してやるのは不可能だが、中和(・・)してやることならできる。要は気分転換させればいいのさ」

「気分転換?」

「そうだ。悪意とかマイナスの感情を受信して体調を崩すなら──善意とか、もっと暖かい感情を向けてやればいいんだ。そうしたら気も紛れるし、回復も早くなる」

 

 意地悪で云ったわけではなく、それはバルトフェルドの本気だった。

 

「──というわけで、おまえの出番だ。まあ……なんだ、チャンスだと思って接してやれよ」

「かっ、からかうつもりで云ってたんですか!? そんなことしませんよ、僕は!?」

「しかしなァ、何にだって『理解者』っていうのは必要だ。ボクはあの娘と大した交流がある方じゃないが、心理学者で、察してしまったのだから、誰かには伝えといた方がいいと思った、それがおまえだったってことだ」

 

 釈然としないキラではあったが、一通り筋が通っていただけに、的確な抗議の声も上がらなかった。

 

 

 

 

 

 

 とは云え、それでも心配なことに変わりはなかったため、キラは〝エターナル〟の廊下を渡ってステラに与えられた自室を目指した。

 インターカムを鳴らし、許諾を貰ってから中に入ると、ベッドの上にうつ伏せになったステラと、それを見守るように座っているラクスの姿があった。

 

「大丈夫?」

 

 キラが問うと、ラクスは首を横に振った。

 ステラの体調不良の原因が、分からないのだと云う。特別な日でもないらしく、だからラクスとしても、対処の仕方が分からない。とりあえずは優しく背中を叩いたり、さすってやることしか出来なかった。

 

「すこし、仮眠を取っていますわ」

 

 布団の中に包まったステラは、キラやラクスから見て顔が見えない状態にあった。ほとんど枕に顔をうずめているのもあるが、何より、うつ伏せであるために覗けないのである。

 もっとも、女の子の寝顔を覗こうとするほどキラは図々しくないし、ステラだって見られたくもないだろうが。

 

「また、いつ出撃になるかも分からないからと」

「……無理させてるんだね……」

「キラも一緒です。あなたも少し、お休みになられては……?」

「いや、ぼくは大丈夫。なんていうか、ステラに助けられてばっかりだったし」

 

 先の戦闘でも、そうだった。

 アスランと真っ向勝負の中にあって、なかなか振り切れずにいたものを、キラは〝クレイドル〟に手引きしてもらったのだから。

 ──思い返せば、いつだってそうだ。

 それこそ〝ヘリオポリス〟から始まって、今まで、何度助けられて来ただろうか?

 ──心の中では、いつだってステラを頼りにして来た。

 そして今、少しでも恩返しできるかも知れないときにある。次元は低いかも知れないが、体調を崩した彼女の力になってやれる時が来たのだ。

 

「できるなら、看ててやりたいかなって」

「ふふふ、珍しく、お兄さんみたいですわね」

「ええ? 珍しく?」

「そうですわ? きっとステラから見れば、キラはきっと弟のように思えていたはずですもの」

 

 ──なんていうか、そそっかしいところとか?

 ラクスはふんわりと告げた。

 

「こんなこと云っちゃいけないんだろうけど、それって、もしかしたら経験の差……なのかな」

 

 バルトフェルドの言葉が、脳裏に過ぎる。

 ──あの娘はたぶん、オレやオマエよりずっと前に『それ(・・)』を経験して来たんだ……。

 年齢に見合わぬ壮絶な経験をしているから、だから平凡な人生を送って来たキラよりも、落ち着いた振る舞いが取れるのではないだろうか? ──そう思うのは彼女に対して失礼かも知れないが、キラは何となく、そのように納得してしまう。

 

(本当に、いったい、どんな経験をして来たんだろう──)

 

 キラが漠然と思慮していると、ふわり、とラクスが立ち上がった。

 何かに気付いたのか、それとも何かを思い出したのか──唐突な動作だった。彼女はキラに向かって薄く微笑んで、ドアの方に向かってしまう。それは退室しようとする動作だった。

 

「えっ、出ていくの?」

 

 キラは、目をぎょっとさせた。

 ラクスはまだ艦橋でやることがあるのだそうだが、詳しくは云って来なかった。

 女性の個室に男を放り込んだまま去るなんて、迂闊ではないだろうか? 男のキラがそう思ってしまうのは、おかしいのだろうか。

 

「ひとつだけ云っておきますわね? ステラは、わたくしにとって妹も同然の存在(おかた)です──」

 

 にこり、と天使のように笑って、

 ──ゴゴゴッ

 その後方に、黒い般若像が見えた。

 

「手を出せばどうなるのかは、察してくださいますわね……?」

「え、は、はい……もちろんっ」

 

 ラクスはぱっと笑って、その部屋を出て行った。

 ────それから数十秒として、身動きを取ることを忘れていたキラであったが、ふとベッドの方に視線を戻す。当然と云えば当然だが、ステラはまだ眠っていて、かけられた布団は寝息によって規則正しく上下している。

 はあ、と嘆息ついた後、キラはわずかに視線を周囲に巡らせた。すると、すぐに気付いた。安易式のドレッサーの上には、珍しく化粧水やグロスが置いてあったのだ。

 

(へぇ)

 

 どこで買ったんだろう? こういうのに興味あったんだ。

 つらつらと感心しながらグロスの方を手に取ってみた。じっと眺めていると、どこからともなくこんな考えが過ってしまう。

 

(別に、いらなさそうだけどな)

 

 真っ先にそう考えてしまうのは、きっと避けられない男の性だろう。そしてそれは到底、女性には理解してもらえない感覚ですらある。

 ──たしかに、最近のステラは変わった。

 自分の容姿にも、多少なりとも関心を持つようになっていて、それはおそらく、周囲との交流の甲斐あってのことだろう。今はキラとしても、それは素直に嬉しい変化だと思っている。

 ──でも化粧なんてしなくたって、今のままで充分だと思うけどなあ。

 キラは、ステラの容姿への関心を否定したいわけではない。

 が、女性が化粧に手を伸ばすことで、表情に癖のようなものがついてしまうのが勿体ないと感じてしまう心理があった。それは自然体が印象的な女性であればあるほどに、より強く働く生理ですらある。

 ──最近、髪を伸ばしたいって云ってたのも、たしか……。

 詮索しながら、キラはベッドの方に目を向けた。

 すると、今度はきょろりとした円らな瞳とぱっちり目が合った。

 

「…………」

 

 キラはしばし、言葉を失った。

 

「──うわあ!? おっ、起きてたの!」

 

 云ってから、キラはしかし、別に慌てる必要もないじゃないか、と自分を叱咤した。

 別に下着を漁っていたところを本人に発見されたわけでもないのだ、ここは男らしく堂々としておくべきではないか。

 

「ね、眠れなかったの?」

「うんっ……」

「そ、そう」

 

 云ってからキラは、しかし、

 

(ん?)

 

 と、頭にひとつの疑問符を浮かべた。

 ステラはいま「眠れなかった」と云った。──それはつまり「初めから起きていた」ということではないのか? 仮にそうだとしたら、ラクスが部屋から出て行くときも既にステラは起きていて、起きていながらキラがひとり部屋に残るのを待っていた────いやこれは考えすぎか? なんであれ、キラには彼女が何故そんなことをしたのか、意味がよく分からなかった。

 ……いや、正直に云えば意味なんてひとつしかない気がしたのだが、それを考えると自惚れのような気持ちが胸の奥から爆発しそうになったため、謙虚でいたい彼は、それ以上を考えないようにした。

 ステラは布団の中で、ころりと寝返りうって、仰向けになった。顔だけをキラの方に向け、彼が手に持っているグロスに視線を遣る。

 

「それ、M1の人達がくれた」

「ああ、道理で……。お裾分けだったんだね」

「ひとりでやると、口だけオバケみたいになっちゃうから……まだ、うまくできないけど」

「そっか」

 

 キラはいそいそと歩き、近くから椅子を引っ張り出して来た。

 脚を立てると、そこにゆっくりと腰かけ、感慨深そうに続ける。

 

「ステラも挑戦するようになったんだね、こういうの」

 

 云うと、彼女は両手で布団を持ち上げて、丁寧に口を隠した。

 それは巣に隠れようとする小動物の仕草によく似ていて、キラはなんとも神聖な気持ちになる。が、ステラは布越しに口を当てたせいか、もごもご籠った声色で云った。

 

「た、大切なときに、役に立つんだって……云われて」

「! ……あ、ああ」

 

 空気が一変して、極めてプライベートな領域に突っ込んでしまった気がしたキラである。

 だがよく見ると、さっきまで血色が悪かったステラの顔色が、青白いどころか真っ赤になっていた。それが良いか悪いかは今は脇に置いておくとして、とりあえず「血が通った」という意味では、彼女の体調は回復しつつあるようだった。

 ────小動物を見ると、意地悪がしたくなるのは、人間の性格が悪いからだろうか。

 

「顔真っ赤だよ。熱もあった?」

「…………ばか…………!」

 

 ぼふり。

 小動物はいよいよ布団をかぶって、キラの前からいなくなってしまった。

 

「ま、参ったな」

 

 キラは、ひどく実直な狼狽え方をしてしまった。

 ──こんな所でそんな対応をされると、あの……どうしようもなくなるというか。

 たった一文で〝こそあど〟をコンプリートするほど慌て出したキラであったが、当初は全くそんなつもりではなかった。ただバルトフェルドに教えてもらったように、ステラの気が紛れるのなら、その手伝いがしたかっただけで。

 ──ステラもステラで、弱っているせいか、いつもより余計に可愛く見える気がするし!

 自分自身の容姿に関心を持つということは、自分自身の性別にも関心を持つということになるのだろうか? 過去の彼女からは想像もつかない対応を取られ、動揺すると同時に、底知れぬ高揚が溢れて来た。

 

「──で、でも! とりあえずいまは、眠った方がいいよっ」

 

 それでも、キラは努めて看護人に徹した。

 そう簡単に、手など伸ばすべきではないと云う自戒があったらしい。

 

「さっきだって忙しかったんだし、これからも大変になると思うからさ」

「…………」

「今はゆっくり休んで、ちゃんと備えるべき──って、いうか……」

 

 気が付くと、ちいさな瞳が、布団の中から覗き返して来ていた。

 どこか熱望を宿した双眸。宝石のような輝きにうっとりするように、キラの語末は、段々と切れ切れになって行った。

 ──あっ(・・)だめだ(・・・)

 誰に云ったわけでもなく、次の瞬間には、キラの心はそう云っていた。

 ステラは布団の中からこっそりと腕を伸ばし、キラが手に持っているグロスを取り返そうとした──が、キラの方が行動が早かった。ぐいっと意地悪のように手を上に挙げたキラに邪魔されて、奪い返せなかった。

 

「──いらなくない?」

「い、いる……っ! せっかく、おしえてもらった……っ!」

 

 なおもいとけなく、一生懸命に奪い返そうとして来るステラ。

 が、いくら彼女でも、間に合わないことはあるようで──

 

「まっ、まって……!」

「だめ」

「あぅ……あふっ……」

 

 聞かぬうち、キラはそっと彼女に唇を落とした。

 安らぎの感情が伝搬するように──ステラの中から、次第に〝痛み〟の感情が消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 月基地〝プトレマイオス・クレーター〟の中心部に、暗黒の〝レムレース〟は降り立った。

 基地内部は騒然としていて、ザフトが秘蔵していた〝ジェネシス〟の話で持ち切りだ。

 

「次の照準はどこになる!? ──あの照準ミラーなら、この月基地だって悠に撃てるぞ!」

「地球を撃って来るかも知れないんだぞ! 発射される前に全艦出して、あれを叩き潰すしかない!」

「全艦!? 莫迦な! みすみす全艦出してみろ、戦後のための予備戦力はどうなる!?」

「待ってたってどーせ死ぬんだよ! 奴らが月基地を狙わない保証がどこにあるってんだ!」

「くそゥ! コーディネイターの糞野郎どもめッ!」

 

 フレイは角面のコクピッドから顔を覗かせ、方々を見渡してみたが、基地内部でも指揮系統の混乱は甚だしい。

 そんなときである。

 左上のキャットから、ひとつのワイヤー・リフトが伸びて来た。そいつは真っ直ぐに〝レムレース〟のコクピッド──顔を覗かせたフレイの真横に吸い付き、前に〝レムレース〟の整備を担当していた男性技師が、ワイヤーを頼りにこちらに向かって来ていた。

 

「アルスター中尉、お早いお着きで!」

 

 フレイは、即答した。

 

「──〝アレ〟を出したいの、でも、どこのシャフトも慌ただしくって! どこから行ける?」

「第四シャフトから抜けられます。ですがその前に〝レムレース〟の最終調整をしますから、一〇分ほど機体をお借りしても?」

「!? だめよっ!」

 

 それを聞いた途端、フレイは真横に引っ付いた男のワイヤー・リフトを引きちぎった。

 そのあとグリップを適当に投げ捨てたため、漂着地点を失った男性技師は、慣性のままあらぬ方向に吹っ飛んでいく。

 

「なんてことするのぉっ!」

 

 やがて近隣の〝ダガー〟に激突して止まったが、そんな彼を顧みず、フレイは忙しなくコクピッドを閉じる。

 第四シャフトから抜けられる──それだけ聞けば、彼女は充分だったのだ。

 

時間がないの(・・・・・・)──わたしには」

 

 もっとも、月基地に長居するつもりはない、という意味もある──

 フレイはこのときすでに、あるいは〝ジェネシス〟の第二射目標を察知していたのかも知れなかった。〝レムレース〟を駆動させ、彼女はすぐに移動を開始した。

 

 ────云われた通り第四シャフトから格納庫の方まで抜けた先に、フレイは見た。

 

 そこにあったのは、彼女が搭乗している〝レムレース〟より、数倍として巨大な質量を誇っている巨大な外殻。もはや〝ストライカーパック〟と云うより、それ自体がひとつの機動要塞のような〝ハルユニット〟──その前に浮遊する〝レムレース〟が、まるでミニチュアのようにすら思えてしまう。

 腰下にかけて脚部を廃止し、大気圏外での高機動戦を想定したリアスカートの下に、一対のシュツルム・ブースターを完備。全身各所に悪魔の吐息とも云える大火力砲を満載。最も特徴的な胸部には、モビルスーツが一体、すっぽりと格納──いや埋め込める(・・・・・)ような不自然なスペースが確保されていて、頭部は後期GATシリーズを踏襲したかのような禍々しい〝G〟フェイスをしている。

 これこそが、地球連合軍が総力を挙げて開発した〝レムレース〟の専用追加パーツであった。

 武装プラットフォームとしての役割を果たすこれは、心臓部に〝レムレース〟を据えることによって初めて起動し、奇しくもザフトが開発した〝ミーティア〟と類似した特徴を持つ。もっとも、天使の翼を連想させる〝ミーティア〟と異なって、こちらはこの世に悪魔そのものを顕現させたかのような邪悪さを放っていた。

 

「──〝デストロイ(・・・・・)〟……か」

 

 死の商人によって、開発された負の遺産──

 破壊の巨人が、ふたたび、目を醒まそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 誰この子、っていう感想は殺到すると思いますが、個人的には受け付けたくないです(願望)
 いや受け付けますけど、どうしてこうなったのかは正直作者ですら理解できてないので、いい返事が書けないことは確かです(おい
 まぁガンダムってこういうのが験担ぎになったりする(気がする)ので多少は勘弁してくださいホントに……。


 【エンパス】 (=第六感・共感力・精神感応力)
 周囲の人間が抱いている感情まで「自分のもの」として感知してしまう体質を持っている。

 情緒が不安定だったり、感情の起伏が少ない方に散見される症例で、周りの人間が怒ったり悲しんだりしていると、訳もなく苛々したり涙が出たりしてしまうそうです。
 周りの人間の感情エネルギーのようなものを常に受信していて、必要以上にそれに同調してしまう体質なんじゃないかなと思うんですが、ガンダムシリーズでは他人の悪意まで吸収して精神崩壊を引き起こした「彼」──とかは典型例だったのでは? と考えてしまいます(※この点に関してはオマージュしてません

 要するにサイコパスの対極にあるような人物のことを指しているのですが、専門的なことまで記載すると何の小説書いているのか分からなくなるので、興味を持った方はぜひGoogle先生などで調べてくだされば。
 余談ですが日本人は5人に1人がエンパスだとも云われていたりします。

 次回から最終戦に突入できるといいな。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。