~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 明けましておめでとうございます。
 来月の2月で、投稿開始してから二年? 三年? めちゃくちゃ経ってますね(

 早く完結させたいような、そうでないような……。


終篇
『少女の戦争』


 

 

 

 ザフト高速艦〝エターナル〟の艦首側部に備えられた武装プラットフォーム〝M.E.T.E.O.R(ミーティア)〟は、ファーストステージシリーズの搭載する『マルチロックオンシステム』を、効率的に稼働させるための追加武装だ。MSへの装着時には機体の稼働時間、推力、火力、飛行性能──それぞれを飛躍的に向上させるため、ストライカーパックと類似した特徴を誇る。何より、核動力MSである〝フリーダム〟等の機種とドッキングさせることにより、半永久的に補給される電力を活かした、怪物的な殲滅力・機動力を有する「機動弾薬庫」へ化けることが可能だ。

 そこに内蔵された武装は多種多様に渡り、数えはじめれば切りがない。十重二十重(とえはたえ)に備えられた火線砲や対艦ミサイル──両舷に伸びるアーム部からは長大な刃渡りのビームを出力可能な、MA-X200ビームソードを搭載している。開発者一同が思い描いた浪漫を詰め込んだような巨大補助兵装であるのだが、勿論、その超性能ゆえの弊害がある。

 それは、パイロットが初見ではとても扱えるはずもない、操縦の複雑化である。 

 元より〝ミーティア〟は、本来モビルスーツには望み得ない戦艦じみた推力や火力を補填させる代物だ。この性能を発揮しようとすれば、たったひとりの搭乗者に対して高度な空間認識力と複雑なシステムを制御する卓抜した情報処理能力が要求される。それはナチュラルや生体CPUはおろか、並のコーディネイターであっても捌き切れるような兵装ではない。

 〝エターナル〟が両舷部に装填している〝ミーティア〟は二基であり、本来ナンバー01が〝フリーダム〟に、ナンバー02が〝ジャスティス〟に授与される予定だったが、現在は〝クレイドル〟に後者が配備された。

 

 そうして新たな力を託される形となったステラだが、彼女たちはこの空白の一ヶ月の間に、新兵器〝ミーティア〟の慣熟運用を行った。

 

 そもそも、多重砲撃形態(フルバーストモード)の実装によって計五門もの火器を一斉放射できる〝フリーダム〟は別として、一方の〝クレイドル〟は搭載する火器の大半が手持ちで扱う武器(・・・・・・・・)のため、それ単体ではマルチロックオンシステムを有効活用する機会に恵まれていないのだ。

 勿論、それも地上のみの話であり、無重力帯の恩恵を受ける宇宙空間において〝クレイドル〟はドラグーンを使用できるため運用上の問題は解決するのだが、いずれにせよ問題点として挙げられることは、

 

『これまでステラがマルチロックオンシステムをまともに使った記憶がない』

 

 ことの一点であり、それだけを云えば〝フリーダム〟に乗るキラの方が、実際にマルチロックオンシステムを扱い慣れ、新兵器と融合することで高度化してしまう火器管制システムに至っても、いち早く順応できるはずだった。

 現実にキラ自身もそう予期していた中で、しかし、そこで番狂わせが起こった。

 『超大型機動戦略兵器』──という、ニッチでピーキーこの上ないはずの〝ミーティア〟に対し、ステラの方はあっさり順応してみせたのだ。それこそ二時間ほど試用運転を行おうものなら、これを手足のように扱ってしまうほどだった。

 それはステラの方が早熟でキラの方が晩熟だったとか、そういう問題では決してなかったし、むしろスーパーコーディネイターであるキラの方が、そういった適合能力には大きく優れているはずではないのか──だが実際はステラの方が対応するのが早かったし、大型の火器管制システムに至っても、彼女はまるで、かつて使ったことがあるかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・)使いこなしてしまった。

 幼馴染みの女の子にあっさりと抜かれたことで、キラが少年として男子として、スーパーコーディネイターとして、様々な方面の自信を打ち砕かれたのは云うまでもない。

 

 ──ボクは、やっぱスーパーコーディネイターなんかじゃなくていいや……。

 

 キラにそう戒心させるほどステラは早熟だったわけであるが、訓練を始めてから四日目ほど経てば、ふたりは遜色なく〝ミーティア〟を扱いこなすようになっていた。

 扱えるだけでも化け物だというのに、きっとキラにも意地があったのだろう──とかムウ・ラ・フラガは適当に解説を飛ばしていたが、結果的にふたりが技量を高め合い、生存率を上げるなら、それはそれで微笑ましい話ではないか。実際に高め合ったものが、微笑ましい能力であったかどうかは、置いておくとしても。

 

 

 

 

 

 地球軍の動きを察知した三隻同盟は、いよいよ動き出そうとしていた。

 すでに〝ボアズ〟陥落の報せを受け取った今、止まっていた時計は動き出している。これまでは身を潜めてばかりだった〝エターナル〟は動き出し、L5界隈に浮かぶ〝ヤキン・ドゥーエ〟の航路へ指針を取っていた。

 白と水色のパイロットスーツに着替え終え、アラートに控えていたキラは、傍らに立ち、ガラス越しにメタリックグレー状態の〝クレイドル〟を見据えているステラに声をかける。

 

「地球軍の次の攻撃目標は、間違いなく〝プラント〟だ。核ミサイルのひとつでも、仮に〝プラント〟へ落ちてしまったら……きっともう、この戦争は止まらない」

 

 かつて、すでに一度は撃ち込まれた核──

 血のバレンタインをきっかけに地上と宇宙間の対立は決定的となり、戦争が始まった。そして〝ユニウスセブン〟が崩壊した折、人生を狂わされた者が今、キラの目の前にいる。

 ──もう二度と、核なんて撃たせちゃダメなんだ。

 気づかわしげな視線を送るキラであったが、ステラの方は振り返ることなく、その代わり、表情ひとつ変えずに発する。

 

「物量戦になっちゃえば、ザフトの頭数じゃあ地球軍の艦隊には敵わない……。それは地球軍も分かってるはずだから、きっと大軍を使って〝ヤキン〟に攻め込んでいくとおもう」

「……うん」

「だから核攻撃隊は、その裏を突いて一気に〝プラント〟に迫っていくはず──」

 

 元より核弾頭は、取り扱いを誤れば友軍すら誘爆させかねない巨大な質量爆弾だ。下手に動かせば、かえって自軍に大損害を招きかねないことから、これを恐れて地球軍は核攻撃隊とMS大隊を別行動にさせるだろう。

 そうなれば、MSの役割はおのずと限られ、おそらく陽動……いや「足止め」の任に就かされるはずだ。

 ──物量で勝る地球軍だからこそ、それは可能な戦術展開だ。

 連合は戦力の大半を以て〝ヤキン〟の防衛軍を抑え込み、その隙を突いて核攻撃隊を〝プラント〟へと遣わせる。そうして物量に物を云わせてザフトの身動きを封じてしまえば、核を撃たれた彼らはやがて、帰る家を失う──そうなれば戦闘継続は無意味となり、心の折れた者から順に崩れてゆく。そこに追い打ちをかけるように、一気にコーディネイターを撃滅してしまおう、という算段になっているはずだ。

 もっとも、これはあくまでもステラの予想に過ぎないのだが、非常に建設的な概要ではあった。まるで連合のすべてを看破しているようなステラを、キラはあっけらかんとして見返す。

 

「地球軍の動きが、わかるの?」

 

 きょとんとしてキラが云うのに対し、ステラは、くるりと振り返った。

 

「ちょっと考えたら、自然にこうなった」

「そ、そう……」

「地球軍の上層部(えらいひと)ってね──ザフトに容赦ないんだ。根絶やしにしなきゃ、気が済まないんだよ」

 

 ステラの口から出たとは思えない、思いたくない根絶やしという言葉には、流石のキラも褒められない感情を抱いた。だが声を発した当人はまるで気にしていないらしく、ステラは無機質にそう云うと、また格納庫にある〝クレイドル〟に目を戻してしまった。

 そのときキラは、ステラのことを無意識──ほぼ無意識に少しばかり敬遠してしまった。それもこれも、彼女が妙に張り詰めて、本来の彼女らしさを損なっているように見えたためだ。

 

「…………」

 

 戦術家としての才覚を見え隠れさせたステラであるが、そんな彼女が、キラには段々と〝戦争に馴染んでいる〟ように思えたのだろう。キラは心配になり、思わず尋ねたが、

 

「なんだか、張り詰めてない? だいじょうぶ?」

「なにに?」

「……いや」

 

 云い淀むキラにとって、こういった状況のステラは正直可愛くなかったし、はっきり云って気に入らなかっただろう。本来のステラは、軍人ではないにも関わらず、時おり彼女が、そこらの軍人よりも遥かに立派な人間に見えることがあった。

 けれど、実際にはその類まれなる純粋さから多くの人々に愛され、ある意味でアイドルらしいはずの彼女が、どうして今、こんな無情の戦争に関与していかねばならないのか──?

 身近だったはずの存在が、急に手の届かない所へ行ってしまうような──寂寞感にも似た感情を、このときキラがステラへ抱いたのは事実だった。

 

 ──そんな立派な人にならなくたって、いいのに。

 ──ただ、いつまでも純粋なままでいてくれたら。

 

 もっとも、今になってキラの口から言及したところで、意味はないだろう。

 このような幼馴染みの願望に反して、ステラの方は〝ミーティア〟に適応したり、敵軍の作戦を考察したり──より洗練された形でパイロットの頭角を現しているのも事実なのだ。

 

 ──本当はもっと温かくて、やさしい世界にいさせてあげれたら。

 

 今までに幾度となく味わって来た気持ちであり、本心を云えば、キラは今すぐ彼女を連れて穏やかな世界に帰りたい。まるで世捨て人のように、静けさと穏やかさに保管された世界で、静謐な暮らしを一緒に送っていければいい──

 さながら幼少の頃を再現するかのように、恐れのない温かな場所で共に生きて行ければいいとさえ、本気で考えているのだ。

 ──けれど結局、そんなものは願望どころか妄想でしかない。

 ステラはこれから始まる戦争から逃げ出したり、現実から目を背けたりはしないだろう。これから撃たれようとしている〝プラント〟は、かつて撃たれた〝ユニウスセブン〟の分身だ──撃ち墜とされれば泣く者が、絶望に苛まれる者が生まれる。

 であるならば、彼女は決して逃げ出さない。外野の人間が、どれほどの声を挙げて止めようと──

 

 ──逃げない想いは、きっとアスランも一緒だろう。

 

 今はキラに背を向けるステラであったが、その決然とした表情はアラートのガラス越しに反射し、後方にあるキラからも伺い知ることができていた。

 きっとアスランも今は〝プラント〟を護るために必死になり、ステラもまた必死なのだということを、その表情を見れば痛感する。地球軍の暴挙を止める──ふたりはそれを、第一の正義と考えているはずだ。

 未来に進むためには、逃げ出してはならない。せめてこの戦争を終わらせることで、自由を勝ち取る必要があるのだ。

 だからこそ、キラはこのとき立ち上がり──

 

「帰ってこよう──」

「えっ?」

 

 ステラの横に、位置取った。

 視線を揃え、彼はみずからの乗機〝フリーダム〟を見下ろす。そして同じように決然と、云った。

 

「戦争を終わらせて──みんなのところに、一緒に帰ろう」

 

 最後の一言はキラ自身の願望であり、切望だった。

 これから二人に待ち受けているもの、それは後世において【第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦】と呼称される、戦役最期の大規模戦闘である。連合とザフト、双方共に壊滅的な被害を出す結果に収まる修羅の戦であるが、そのような将来の事実を、このときの彼らが知る由もない。さらには〝レムレース〟や〝ジャスティス〟と云った──彼らが今度こそ決着を付けなければならない人間達との対決が待ち受けていることも、ふたりはまだ、漠然としてしか思い描けていないのだ。

 そして、そうであるからこそ、ステラはこのとき、ようやくはにかみ、太陽のように笑った。

 

「──うんっ、かえろう……!」

 

 これまでに起こった、何もかも──

 全ての出来事に決着を付けることを信じて疑わないキラ達であったが──そこに意外な結末が待っていること、彼らが予想もしない方向に事態が転じていくことを、彼らはまだ、知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 地球軍大艦隊を率いた〝ドミニオン〟は、間もなく〝プラント〟に攻め込もうという段階にある。既にほとんどの艦船が補給を終えているのだが、生憎、旗艦である〝ドミニオン〟艦内において幾ばかりかの「揉めごと」が発生したらしく、現在は一時的に停頓しているのが現状だ。

 が、どうやらその「揉めごと」も、解決の一途を辿ったらしい。

 その証拠に、いざこざの当事者であるムルタ・アズラエルが、自室にて上機嫌でシャワーを浴びていた。彼は身に付いた汚れを落とし切り、髪の毛をドライヤーで乾かした後、悠長に自身のデスクに坐す。その時間を見計らったかのように通信機が鳴り響き、〈わたしです〉という初老の男性の声が入って来た。それはサザーランドからの通信だった。

 

「──ああ、次の核攻撃目標は〝プラント〟本国ですヨ。変更はナシ」

 

 まだ上気した身体を火照らせながら、アズラエルは身に付いた汚れを拭き取った直後でもあり、このとき、得てして清々しい気分だったに違いない。

 

「これでようやく終わるよ、この戦争もサ……」

 

 このときアズラエルは、みずからが核を用いたことによって「相手からも同様の報復を喰らうのではないか?」と懸念するだけの想像力が、完全に欠落していた。先にNジャマーキャンセラーを開発したのはザフトなのだから、撃てば撃ち返されるのは自明だろうに──すっかり核は自軍の兵器と考えていたらしい。

 人間は都合の良い時に都合のいい理解だけを優先する生き物なのだが、おそらく〝ボアズ〟崩壊という鮮烈な逆転劇(リベンジショー)を見たことで、すっかり気分が有頂天になっていたに違いない。

 

〈ハリー・ルイ・マーカットとフレイ・アルスターの処遇については、いかがなされましたか?〉

 

 アズラエルは、眉を顰めた。

 

「おやァ? 珍しいですねェ、あなたが罪人の足跡を探ろうなんて」

 

 その一言で、処遇については明言されたも同然だ。

 元より、ウィリアム・サザーランドという地球軍将校は、アラスカにおいて死刑囚(ジェイク・リーパー)の命を全く危惧しなかった人物である。結論だけ云えば「人でなし」であり、そんな男が、果たして何に興味があって二名の動向を探ろうとしているのか。

 

「云わずとも判るのではないですカ──? 彼らは『戦略的に重大な過失を、共謀して隠していた』わけだ。それも、単純な保身のために」

 

 格納庫を訪れたアズラエルが、昏睡状態に陥ったフレイの疾患を目の当たりにしてから、時はそう経っていない。

 半刻ほど前の話になるが──「それ」を今まで黙秘していたフレイと、その共謀者であり彼女の主治医を務めていたハリーには、正式に処罰が下されることになった。

 

「──その咎で、今は別々の営倉に入れられてますヨ」

 

 現在は営倉入り──

 後の処分については、追々(おいおい)〝プラント〟を滅ぼした後にでも決める予定だ。

 

〈では、アルスター中尉については──いよいよ廃棄処分というわけですかな?〉

「執拗ですね、気になるんですカ? あの娘のことが?」

〈はっは〉

 

 その乾いた笑い声は、図星の証だ。

 

〈まあ廃棄処分になるくらいなら、いっそのこと戦後のために飼ってみるのも悪くないかな、と思いましてね〉

「おやおや……」

〈軍人を生業(なりわい)にして一筋の人生だった。妻子も持たずにここまで過ごして来たものですから〉

 

 しがない退役軍人の老後の世話のひとつでも憶えるのなら、まだ使い道があるというもの。よくよく考えれば、あれほど男好みに実った雌もそうおらぬだろうと、結局は体よく調教された愛玩動物にでもしようという。

 が、アズラエルは内心、職業軍人という名の戦闘屋──彼らのこうした汚らわしい部分が大嫌いであった。少なくともシャワーを浴びた後にしたい会話ではなかったし、やはりサザーランドという男は下衆であると内心で再確認する。もっとも、声に出して指摘したところで、この老人は傷つくような器ではないだろうが。

 

「また酔狂なことを仰りますネ。しかし、今のこんな御時世だ……形のいいものならコーディネイターを連れれば飽くこともないでしょう?」

 

 アズラエルはすっかり興冷めしたように取り合ったのだが、サザーランドは熱弁している。

 

〈養殖で仕入れた人工の刺身より、わたしは天然ものが好きでしてな〉

「上手いこといいますね」

〈天然ものの方が、締まりがあって極上なのですよ〉

 

 繰り返すようだが、ふたりが話しているのは刺身の食感についてであって、それ以外のことであるはずがない。

 にも拘らず、アズラエルは表現しがたいほど不機嫌な表情をしていた。勿論、音声のみの会話であるため、いくら露骨に表情を変えようと、それが相手に伝わるはずもないのだが。

 

「人の手がかかった〝まがいもの〟は嫌いなワケだ……まあ古風ってことなんでしょう、あなたは……」

〈古き時代の、老い()れの趣味ですよ──はっは〉

 

 来る年波を自虐気味に持ち出すと、サザーランドの乾いた笑い声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 それからしばらく褒められたものではない会話が続いたが、しばらくして愛想を尽かしたアズラエルは、途端に話を区切り、改めて先を続けた。

 

「──まあでも、アナタのご期待には、添えないかもしれませんネ」

 

 フレイ・アルスターには、まだ働いてもらう必要がある。

 それはサザーランドの個人的な性癖に付き合ってやるのが不愉快なのもあったが、理由はもっと他にある。アズラエルがそう云えば、落胆でもなければ焦燥でもない、無味乾燥な声が返って来た。

 

〈ほぉ? それはまた、どういった理由で?〉

 

 アズラエルは、遠い眼をした。

 

「さっきの戦闘──あの(むすめ)がいなきゃあ、地球軍(こっち)が危なかったことは確かダ……。どのみち次の総攻撃で色々と片付くんだし、彼女には『もう一戦くらいチャンスを与えてもいいんじゃないか』──そう思うんですヨ」

〈ふうむ、たしかに……〉

「今からロドニアに連絡取って、補充要員を連れてくるンじゃ、かえって手間でしょう?」

 

 そんな時間は、今のボクらにはないんだからサ──。

 アズラエルの云っていることは正しく、新しい強化人間を補充するにも、研究所への手続きに始まり、相応の手間と時間が掛かるのだ。既に〝ボアズ〟を落とし、いざ〝プラント〟本国へ迫ろうと云うこの時期に、たったひとりの補充要員のために裂く時間など、彼らは待ち合わせていない。

 

「かと云って〝レムレース〟抜きで、アルスター抜きで作戦に当たるのも、いろいろと心配だ。アレは曲がりなりにも、ボクらの切り札なんだからサ」

 

 些細でもなければ微妙でもない、確たる戦力の比率を〝レムレース〟は占めている。

 勿論、月基地からは新型のモビルアーマーも遺憾なく投入されるわけであるが、特殊兵装を使ってくる〝ベルゴラ〟が出て来れば〝レムレース〟が唯一の対抗策だ。それこそ〝レムレース〟がいない限り、地球軍が返り討ちに遭う可能性だって、充分に考えられるのだ。

 

「あの娘には、戦争が終わるまで働いてもらいますヨ──今はチョット懲らしめるために、営倉にぶち込んでいるだけで」

〈ナルホド……。あの娘を買っていたのは、どうやらわたしだけではないようだ……〉

「ボクはさァ──こう見えて、あの娘と同類なんだ」

 

 アズラエルは、唐突に自分を語った。

 

「アズラエル財団の御曹司、跡取りとして生まれたボクは──小さい頃から特に不自由なく暮らして来た『お坊ちゃん』だ。でもそれは、あの娘だって同じだ──事務次官のお父上の手厚い保護の下、何不自由ない生活を送っていた典型的な『お嬢さま』……」

 

 その評価は、決して間違ったものではない。

 

「頼るものは親のコネ──自分が不利になればすべて他人のせい──世間知らずを自慢するみたいに手前勝手なワガママやプライドを吹聴し、自分がどんだけ偉いんだって勘違いしてつけ上がった人間を、ボクはこの眼でたくさん見て来た」

 

 アズラエルが生業とするビジネスの世界では、そういった人間は「ありがち」だ。

 たとえば「二代目」──彼等の親たる「先代」が、必死の思いで築き上げて来た栄光と地位を、能力もないくせに当たり前に世襲することで破産させる愚者達の代名詞。

 

「でもボクは違う。親の威光なんかじゃなく、自分の力で這い上がって来たんだ──ここまで」

 

 ムルタ・アズラエルもまた、アズラエル財団の御曹司であり、先代から伝えられて来た『富』を引き継ぐ立場にあった。

 そして彼は──実際に成功を収めた。

 古くから栄えて来たアズラエル財団を支えるばかりか、国防産業連合理事、さらには大手軍需産業の経営者まで務め、ブルーコスモスの盟主に選ばれて然るべき男になった。そしてそれは、決して運や偶然の結末などではない──たとえどんなにアズラエルを嫌っている人間でも、彼のことを経営者として無能と糾弾することはあり得ない。それほどまでに、彼が若くして実績を収めたのは、本人の泥臭い努力や明晰さがあったからだ。その過程で確立した排他的な倫理観や、(いびつ)な人格はともかくとして。

 

「──だからこそ、ボクは彼女のような人間が大っ嫌いだった」

 

 そんな負の感情の根底にあるものは、おそらく、本質を同じくする者による同族嫌悪だろう。フレイは父、ジョージ・アルスターが生前に確立させた連合内での地位や利権を、ある折を以て「自分のもの」として断定し、これを得意そうに振り回した。亡き父がブルーコスモスの内でも発言力を持った人物だったために、フレイはその既成事実を後ろ盾にサザーランドに取り入ったのだが、それがきっと、アズラエルには当面容認できない「甘ったれた行動」と判受されたのだろう。

 恵まれた家系という意味では、両者はきっと出発点こそ同じだったであろうが、その子息が対極の立場、価値観にあるからこそ相容れず、アズラエルはこれに一方的な嫌悪感を示したのだ。

 

〈そんな理事(アナタ)が、なぜ彼女に〝最新鋭機(レムレース)〟を?〉

 

 それは、ある意味で当然の疑念だろう。

 ──なぜアズラエルは、個人的に嫌っている人間に対して、わざわざ最新のモビルスーツを与えるような真似したのか? 

 サザーランドにとって見れば、不可解でしかないはずだ。

 

「ボクは彼女(アイツ)のように甘ったれた人間が嫌いだが、一つだけ認めていた美点がある。──それは自分の身体を薬物実験に提供したこと、みずから戦うことを拒まなかったこと(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だ」

 

 この戦時下において、性根の腐った人間はごまんといる。それこそ平時は慇懃で高尚な夢想家や慈善家を装いながら、戦時になれば自分だけ真っ先に安全な場所に隠れ、他人を戦場に向かわせ、それを遠くから眺めているような臆病者──

 アズラエルが思うに、現在のブルーコスモス幹部──またの名を〝ロゴス〟とも呼ばれる思想家は、殆んどがそういった人種である。みずからは絶対に傷つかない安全な場所にいて、他人の犠牲によってのみ、己の利益と安泰を確保している。実際に宇宙へ上がり、みずから前線で指揮を執るアズラエルとは対極の位置にあって、だからこそ彼は、そうした度胸も覚悟もない輩のことを心の底から嫌悪していた。

 ──けれど、フレイは違う。

 たしかに彼女は父親の威光に縋り、それによってサザーランドに取り入るような卑屈な手段を使ったが、そうして提供された『未承認の薬物実験(エクステンデットのデータ)』に対しては、躊躇いなく自分の肉体を差し出した。いまだ安全性が認可されていない危険な薬物に対して、ほかの人間を臨床実験(モルモット)に強いるような人間であればアズラエルは見放していただろうが──フレイは、それをしなかった。危険を承知で、みずからを実験に差し出したのだ。

 

「彼女が修羅に堕ちたのは、最愛の『パパ』ってやつを殺したコーディネイターへの復讐──」

 

 高い能力を誇るコーディネイターと渡り合うために、たとえ不正薬物(ドーピング)の恩恵を借りてでも、彼女は自分の力で戦う決心をしていた。

 戦うべきときに逃げ出さなかったその姿勢は、たとえ根底にあるのが復讐心だったとしても、十分に「偉い」と云えるだけの行動だったはずだ。

 

「良家に生まれてなお、修羅に堕ち──自分の身を削ってでもコーディネイターを潰そうとしたあの娘の〝執念〟──宇宙に住まう奴ら(・・)への強い敵愾心を、ボクは買ったんだ。意志(うらみ)が強けりゃ、嫌々で働いてるブーステッドマンの連中よりは使えると思ったし──だから彼女を採用した」

 

 だが運命は、どこまでも彼女に残酷だった。

 

「──まっ、その結果がこれなんだから、(いささ)かガッカリしましたけどねェ」

 

 ハリーによって試験的に開発され、彼女に投与された『エクステンデット』の薬物──

 しかしそれは、強化人間には致命的な副作用を孕んだ〝失敗作〟でしかなかった。度重なる薬物摂取によって、被検体であるフレイは脳の萎縮が進み、もはや薬剤なしでは意識を保つことすら難しい『リビングデッド』──〝死んだように眠る女〟とされたのだ。

 

「次の総攻撃で、この戦争は終わる。そしてそれが、彼女にとって最後のチャンスだ──」

〈ええ……!〉

「コーディネイターを滅ぼした末に果てられるなら、それはそれで本望でしょう? あるいは生き延びたとすれば、その後のことは、大佐の好きになさって下さいヨ……」

 

 戦うことだけを強いられた、連合の強化人間──

 狂戦士(ベルセルク)とは、生きている限り戦い続けねばならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 話に上がったフレイが眠りから覚め、目を醒ましたとき──

 そこには、いつものような医務室ではない──殺風景で、鉄格子に閉ざされた懲罰房の景色が広がっていた。

 密閉され、息が詰まるような冷気に湛えられた空間。そこで朧気に目を醒ました彼女であったが、瞼を開けてからは、不思議と当惑しなかった。ただ考えたことがあるとすれば、ひとつだけ──

 ──来るときが、来ちゃったんだな。

 他人行儀なことに、そんな風に漠然と思慮しただけだった。

 

「…………」

 

 鉄格子の向こう側に、数人の研究者の姿がある。彼らは廃棄品を見るような、それでいて化け物でも見るかのような目でこちらを睥睨していた。フレイはその目をよく知っている──それは、自分がかつてコーディネイターを見るときに浮かべている目と、本質的には同じものだったから。

 ──手と足に、それぞれ枷が装着されている?

 なるほど。生体強化によって尋常ならざる力を手に入れた素体が、房の中で暴れ回ることを彼らは恐れているのだ──いっそ期待に応えて暴れてやろうかとも思ったが、生憎、全身に力が入らない。フレイにはもはや、気力も体力も残されていなかった。独房に入れられたことで遂に糸が切れてしまったのか──それとも、ただの薬物不足で意識を保っていられないのか──彼女は無気力に、拘束されたまま床に寝そべっているだけ。

 仄暗い空間の中、起き上がることも出来ない今の己の状態は、傍から見ればさぞみすぼらしい大罪人? あるいは、この空間にお似合いな襤褸雑巾にでも見えていることだろう。

 

「……ふっ……ふふ……」

 

 もう、誰も助けてはくれない。

 ──これはきっと、今まで散々、わがままに振る舞って来た罰なんだ。

 そう思うと、乾き切った笑い声が口から洩れるばかりだった。

 

「あは……あははははっ……!」

 

 自分がこれからどうなるのか──想像するには容易いが、想像したくなかったので、やめた。

 ──どれだけ泣き叫んでも、もう誰も助けてはくれない。

 これは今まで利己的に生きて来た罰。どこまでも利他的に生きようとした彼女と違い、本当に助けて欲しいときに、自分には手を差し伸べてくれる人間がいない。

 この後営倉の中で、フレイはしばし、本当の孤独の味を噛みしめることになる。いつ破滅を宣告されるかも分からない──底知れぬ恐怖と、絶望に苛まれながら。

 

 

 

 

 

 一方の〝プラント〟では、地球軍の進撃に備えて最終調整を行っていた。

 エザリア・ジュールが声高に演説を行っている。

 

〈──ナチュラルどもの野蛮な核など! もう、ただの一発とて我らの頭上に落とさせてはならない!〉

 

 核を再び使われ、ザフト兵達にとって強烈な恐怖感を植え付けられた。

 巧妙な情報操作によって、機密が漏れたのは「ラクス・クラインのせい」と刷り込まされている彼らであったが、今は誰のせいなのかを咎めるより、ひらすらナチュラルに対する憎悪に掻き立てられていた。

 

〈血のバレンタインの折──核で報復しなかった我らの想いを、ナチュラルどもは再び裏切ったのだ! もはや、ヤツらを許すことはできない!〉

 

 そう、許すわけにはいかない──! アスラン・ザラもまた、憤然として思う。

 Nジャマーキャンセラーを先に開発したのはザフトだと云うのに、ナチュラルどもは、まるで我が物顔で核兵器を使って来た。撃てば撃ち返されるというのは自明だろうに、ナチュラルどもの頭には、そんなことすら理解できないのだろうか……?

 いや、むしろ理解されない方が好都合なのかも知れない。何しろザフトは、核ミサイルよりも遥かに強力な『兵器』を、極秘裏に開発しているのだから──。

 

〈怒りに駆られるも、悲しみに呉れるも、憎しみに餓えるもよし! ザフトの勇敢なる兵士達よ、鋭気を養え! 今度こそヤツらに思い知らせてやるのだ。この世界の新たな担い手が、誰なのかということを──!〉

 

 そんな演説が響く中、アスランは〝ヤキン・ドゥーエ〟要塞の中にいた。

 評議員達が集うパトリックの執務室に招集され、彼もまた、その席に同席していたのだ。パトリックは張り詰めた表情を浮かべ、一同に向けて云う。

 

「わたしの想いは、エザリアの演説通りだ……。核を使い報復しなかった我らの想いを、ナチュラルどもは平然と裏切った──もはや、力には力を持ちうるしかあるまい……!」

 

 大きな力には、より大きな力で対抗する。地球軍がなりふり構わず虐殺を行うのなら、こちらも相応の犠牲を与えてやるまでではないか。Nジャマーによる大量殺戮が解禁された今、手段を選んでなどいられない。

 

「これだけは忘れてはならん! 奴らが、奴らの方こそ、先に撃って来たのだ……ッ!」

 

 平穏な〝ユニウスセブン〟を──コーディネイターの〝ゆりかご〟を──私の妻と娘を……!

 地球は奴らに与えてやったにも関わらず、奴らは〝プラント〟まで奪い取ろうと云うのか? 傲慢で滑稽この上ない旧時代の人間が、優れた種である自分達に逆らうこと──それ自体が無知蒙昧だというのに!

 

「天罰を与える日が来た……! 天より叡智を授かりし我々(コーディネイター)に弓引く思い上がったナチュラルどもに、今度こそ正義の鉄槌を下す刻限(とき)が!」

 

 アスランはハッとして、その言葉に感銘する。

 正義(ジャスティス)──それは自分に託された『剣』だ。

 自分こそが、父の理想を叶える戦士になるのだ。

 

「──〝ジェネシス〟を使うぞ!!」

 

 禁断の殺戮兵器が、今ここに解禁されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして〝アークエンジェル〟〝クサナギ〟〝エターナル〟の三隻も、既にL5に界隈に姿を現す。モビルスーツは既に発進準備を整え、搭乗者達も、ひとえに出撃の瞬間を待って息を詰めている。

 トール・ケーニヒは〝ストライク〟に──

 ムウ・ラ・フラガは〝ヴィオライージス〟に──

 ニコル・アマルフィは〝ブリッツ〟に──

 カガリ・ユラ・アスハは〝ストライクルージュ〟に──

 民間から、地球軍から、ザフトから、そしてオーブから、四者四様に元々の帰属すら異なるはずの者達が、今、ひとつの方向を目指して戦おうとしている。泥沼と化した戦争を止める──ただ、それだけの一心で。

 

〈──核を、たとえひとつでも〝プラント〟に落としてはなりません……!〉

 

 ラクスは語る。血のバレンタインの折、彼女にとって妹のように接して来た少女の命が喪われたと聞いたとき──

 あのとき、自分と世界の接点を断ち切られたかのような絶望感を味わった。何が〝平和の歌姫〟か──偶像のように持て囃され、しかし、自分には平和を謳う力も、戦争を食い止めんとする思いもなかった。ただ与えられた役割を甘んじて演じ、空虚に祈っているだけの巫女でしかなかった。あの頃はまだ──

 

〈撃たれる云われなき人々の上に、その光の刃が突き刺されば……! それはまた、果てない涙と憎しみを呼ぶでしょう〉

 

 だからこそ今、奮い立たなければならない。たとえ第三勢力と呼ばれようと、テロリストと呼ばれようと、すべてが手遅れになる前に。

 

〈平和を謳いながら、その手に銃を取る。それもまた、悪しき選択なのかも知れません。でも、どうか今──この果てない戦いの連鎖を、断ち切る力を……!〉

 

 淡紅色の戦艦から、砲台のカバーが外れ〝ミーティア〟が射出される。それらはまるで、天使の羽根のようだ──先んじてカタパルトから出撃していた〝フリーダム〟と〝クレイドル〟のそれぞれの背嚢へと、自動操縦で変形しながら近づいてゆく。両機のバーニアスラスターが持ち上がり、アタッチメントが凹部に接続される。元より白銀の〝クレイドル〟は、さながら同色の鎧を羽織るのような変貌を遂げた。

 

(これがステラの、新しい──)

 

 この世に悪魔を顕現させたかのような、禍々しい機動要塞──〝デストロイ〟に乗り込んだときと、決定的に違う。確かな想いを胸に、ステラは眼前に拡がる常闇の宇宙空間を見据えた。

 万人を魅了させる花火も──

 恐怖を植え付ける業火も──

 どちらも元を辿れば同等の焔であるように、大切なものを護り抜くための力は、使い方をひとたび誤れば人を灼く力と化す。〝ミーティア〟も〝デストロイ〟も、その身に秘めたのは同質にして同等の火力であるのだが、彼女はもう間違えない。間違いたくはない。だから──!

 

「ステラ・ルーシェ、〝クレイドル〟出る!」

 

 天使の翼と融合した〝フリーダム〟もまた、歌姫の祈りを受け、凄まじい加速と共に宇宙空間に飛び出した。

 二機は並走して飛び出し、一気に戦場の舞台を目指す。

 

「行くよ、ステラ! もう終わらせよう、こんなことは!」

「うん……っ!」

 

 第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟攻防戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ※ 区切りが悪かったので、今話から終篇に変更しました。

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