~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 第四話あたりの〝ヘリオポリス〟のヤマト家邸宅に、ステラが居候していた頃の平和なほのぼの話が書きたくてしょうがない……。


『ワールドエンド・トリガー』

 

 

 

 ──きっと以前にも、こんな状況(こと)があったような……?

 漠然と思い返しながら、ステラは遠方から飛び来たる二機のモビルスーツを認めていた。彼女にとっては懐かしくも思える〝デュエル〟に〝バスター〟──そしてそれは間違いなく、イザークとディアッカだ。

 彼らは既にこちらを捉えているらしく──むしろ自分をターゲットにしていたのか? ──躊躇も遠慮もなく、それぞれの銃口をこちらに向けている。ステラはひっそりと二挺のシールドを分離させ、これを宇宙の闇の中に手放すように泳がせていった。

 

〈見つけたぞ、〝クレイドル〟! ステラだな……!〉

「イザーク」

〈よくもおめおめと──! ザフト(オレたち)を裏切ってくれたなァ!〉

 

 裏切り。己の立場をそのように形容され、ステラはぎゅっとして胸が締め付けれられる。

 嗚呼、確かにイザークにとっては、目の前の現実──〝クレイドル〟を奪取したステラがザフトから離反したこと──こそが全てであるのだろう。

 けれども、ステラの方にも言い分というものがあり、ありながらも、やはりそれを言語化できずに口籠っていると、状況を見かねた彼なりの助け舟か、ディアッカが茶化すように二人の間に立ち入ってきた。

 

〈──なあ、前にも同じような状況(こと)があったよな?〉

「ディアッカ」

〈忘れたのか? オレやイザーク──あのときはニコルもいたか? ──が寄って集って、地球軍にいた〝ディフェンド(オマエ)〟をとっ捕まえたときだよ〉

 

 敵に向けるものとは思えない、どこか気安さすら感じる口調でディアッカが云い募る。

 

〈あれから随分と状況は変わったが──まあ、なんだ。悪いことは云わねえ、反抗なんてやめて、こっちに戻ってこいよ〉

 

 女に手を上げるのは趣味じゃないんだ、と付け加えたディアッカらしい常套句であったが、性について無頓着なステラ──そもそも女性としての自覚が完全に足りていない彼女に対し、性差別的な脅し文句はほとほと無意味であったことだろう。

 

〈──でないと、今回もまた、力づくでわからせることになるんだぜ?〉

〈今度ばかりは容赦はせんぞ! アスランを破って、いい気になっていたようだが〉

 

 云いながら〝デュエル〟はビームライフルを構えた。威嚇ではなく、確実にトリガーを引こうとしている。

 

〈オレ達がやられるわけには、行かんのだぁ!〉

 

 アスランの同僚としての矜持が、イザークにそう云わせていた。

 次の瞬間、〝デュエル〟のビームライフルが火を噴いた。〝クレイドル〟が放たれた光条をかわすと、ディアッカは「おいおい」と云いながらも、ポッドから無数のミサイルを解き放とうとする。

 と、そのとき突発的な衝撃が〝デュエル〟と〝バスター〟を襲った。こっそりと周辺を泳いでいたドラグーンが、彼らの死角からビームキャノンを発砲したのだ。

 ──〝クレイドル〟は何の動きも見せていない! なのに、なんだ!?

 機体を立て直そうと思ったとき、ビームに撃たれた〝デュエル〟にはビームサーベルしか武装が残されておらず、すべての遠距離武装を破壊されていた。〝バスター〟も実体弾兵装だけが残された。

 

〈なぁ!?〉

「ごめんね……!」

 

 そうして〝クレイドル〟は、二機からの追撃を振り切って〝アークエンジェル〟への合流を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 L4宙域からの離脱後、〝アークエンジェル〟の医務室では、ムウが負傷箇所に点滴を打たれて横たわっていた。傍らにはマリューの姿もあり、彼女の手許には、数冊のファイルが重ねられている。

 その書冊の数々は、ムウやキラが〝メンデル〟を立ち去る際、ヒビキ博士のオフィスから拝借したデータの品々だ。マリューは目の前に横たわる恋人の額をそっと撫でながら、鷹揚として云う。

 

「キラくん、倒れたそうよ。〝エターナル〟に着艦して、すぐ……」

「……無理もないな」

 

 ムウは痛みを滲ませた表情で云った。キラは知りたくもなかった自身の出生──ただでさえ残酷な真実の数々について、最も衝撃的な形で突きつけられる形となったのだ。

 目の前に立ち並んだ数々の培養槽、成形を終えるよりも前に朽ち果てた幾多のきょうだいたち。煽情的な言葉の数々により明かされたキラ自身の才覚──ラウ・ル・クルーゼ曰く「在ってはならない力」──によって、その直後に〝カラミティ〟を撃破している。

 ──撃破? いや、人間をひとり、殺したのだ。

 本当に、この短時間の間に色々なことが起きた……起こり過ぎたと、ムウも思う。マリューが膝元の資料──正確にいえば、ムウの幼少期の写真──に安らかな目を通していると、医務室のドアが開いた。部屋を訪れた人物に気付いて、マリューはすこし驚きに目を開く。

 

「あら」

 

 訪れたのは、パイロットスーツから士官服に身を改めたステラだった。小動物のように入口のドアに肩を寄せ、恐る々る、といった風に部屋の中を伺っている。

 ……いや正しく云えば、マリューを伺っているのだろう。

 なにせ以前、マリューは彼女に対し、ちょっとした嫉妬心を向けたことがある。そのときは冗談のつもりで立ち振る舞っていたのだが、どうにもステラには伝わらなかったらしい。素直な子だ、自分へ向けられた感情をそっくりそのまま自分の中に受信してしまうタイプなのだろう。

 

「どうぞ、いらっしゃい?」

 

 母親が娘をなだめるように告げ、マリューは今まで自分が坐していた──パイプ椅子だが──席をステラに譲ってあげた。部屋の隅に畳まれていた別の座席を新たに持ち出し、わざわざ自分の方がそちらに座り直す所作は、彼女なりの心遣いである。恋人のささやかな気配りに微笑しながら、ムウはしかし、ステラという来客が現れたことについては驚いていた。

 

「キラについててやらなくていいのか? あいつ、今──」

「──ラクスと、カガリって人が、一緒みたいだから」

「……。そうか」

 

 珍しく被せるように放たれたからか、ムウはそれ以上を詮索しない。

 ステラとしても、そのふたりがいるのなら「キラも大丈夫」と考えたのは事実である。これはステラが先日になって知ったことだが、カガリという人物は、なんとキラと姉弟(きょうだい)の関係にあるらしいからだ。ステラはカガリと親しいわけではなかいのだが、少なくともきょうだいが傍に寄り添うこと(・・・・・・・・・・・・・・)は「いいこと」に思える。現在のステラやマユの置かれている境遇を考えれば、絶対に。

 

「ムウ、コロニーの中で、ラウに会ったの?」

 

 どこかで小耳に挟んだのだろう。ステラが訊ね、ムウは「いま、その話をしてた」と答えた。ステラは改めてマリューの隣に座り、ムウは真実を説き明かす。

 

「ラウ・ル・クルーゼ。アイツは、オレの親父──アル・ダ・フラガの……成り損ないの、クローンだった」

「…………!」

「オレの親父ってさ、傲慢で、横暴で、疑り深くて。──オレがガキの頃に死んだけど、そんな印象しか、なくって」

 

 苦々しい表情で語るムウの傍ら、マリューが手許の資料をステラに手渡した。それは、ヒビキ博士による日々の憶え書きだった。

 ──ラウ(・・)()フラガ(・・・)が〝失敗作〟として破棄されたことについても、そこには綴られてあった。

 コロニーの中で、ラウ・ル・クルーゼを名乗る男の話した以上の真実が、そこには書き下されてあったのだ。

 

「生物の遺伝子には、生き長らえるにつれ擦り減ってゆく、テロメアという要素がある。──まあ手短に云やあ、人間の寿命(・・)ってところなんだろうが……」

 

 生きることと老いることは、切り離すことのできない自然の理だ。生体の老化が進むほど、遺伝子の中で摩耗したテロメアは再生能力を失い、死滅してゆく──

 ユーレン・ヒビキ氏は明晰な頭脳を持つ優れた学者であったようだが、結局のところ、テロメアが抱えている『寿命の問題』については克服することができず、アルにアル自身のクローニング依頼されたとき、アルと同じ寿命しか残されていない複製人間を生み出すことしかできなかった。

 そのとき、すでにアルは高齢と云える年齢であり、生み出された複製人間は、そんな彼と同じ寿命しか残されていない状態でこの世に産み落とされた。

 

 ──そうして、生まれたのがラウ・ラ・フラガ。

 

 ラウ・ル・クルーゼは、一方的に捨てられたのだ。

 とんだ手違いだった──と、アルの愛情はふたたび自身の子であるムウへ注がれることになり、ラウは失敗作──〝成り損ない〟の研究素体として、生命の尊厳そのものを否定された。孤独から守ってくれるものもなく、まして、人並みに生き長らえることすらできない──そんな不幸を、彼は唐突に背負わされて生きるしかなかった。

 

「じゃあ、この写真は?」

 

 ステラは内ポケットから、ラウ自身に託された写真を取り出した。そこには、親子のような男性と男児が──ぎこちなく──手を繋いだ姿が映っている。

 写っているのが幼少期のラウだとすれば、この写真が撮影された当時は、まだ、彼はアルに愛されていた時期だったということになる。

 ふいに脳裏に、彼の言葉が思い浮かぶ。

 

 ──こんなわたしにも、平穏な時代はあったのだよ。しかしまあ、しょせん個人の安寧などは、意図もたやすく蹂躙されるものだ。

 

 彼は次いで、こんなことも云っていた。

 ──きみになら、わかってもらえるはずだ……と。

 ムウは沈黙してその言葉を聞き、マリューも少し驚いた顔になる。

 

「──あいつは、きみに自分を重ねていたんだろう」

 

 老化を抑制する薬を服用し続けなければ、生き長らえることも出来ないラウ。

 一定の措置を受け続けなければ、身体機能を維持することすら叶わなかったステラ。

 ステラ自身は、奇跡的に中毒症状から脱することが出来たとは云え、少なくとも、二者の立場は酷似していた。まして、穏やかに続いていた日々を、他人の都合によって唐突に破壊されたという意味でも、また。

 ムウは思い偲びならも、先を続ける。

 

「あいつは確かに、自分のような存在を生み出したこの世界を憎んでいる。でもそれはどこか、本心じゃない」

 

 ラウはきっと、ずっと『賭け』を続けて来たのではないだろうか?

 彼の中では、常に人類を滅ぼしたい自分と、そうしたくない自分が共存していたのではないか? どのような手段を使ってZGMF-X12A(テスタメント)の機密情報を、そして〝スピッドブレイク〟の侵攻目標を地球軍に漏らしていたのかは、ムウ達の知る所ではない。だが彼は、コロニーの中ではこうも云っていたのだ。

 

 ──きみが人類の夢と云うのなら、人類くらい救ってみせろ、スーパーコーディネイター!

 

 それは、キラという完成作に手向けた、失敗作としての彼の嫉妬ではなかった。

 そう、嫉妬というより、それはむしろ──

 自分を止めて欲しい、と心のどこかで願っているかのような──ラウの個人的な恣意のままではなく、人智を超えたところにこそ、世界の行く末を委ねている風でもあった。

 

「あいつの中じゃ、まだどこか、世界に対して未練があるんだよ。たぶん、きっと」

 

 未練。

 その言葉に、ステラはハッとする。ラウの言葉を思い出したからだ。

 

 ──その写真が、わたしがこの世に残した唯一の未練だ。私自身、いまだ断ち切れずにいる鎖。

 ──是非ともきみに、それを断ち切ってもらいたい。

 

 ムウはそれを聞き、やっぱり、と云った風な沈鬱な表情になる。

 気を悪くしないで聞いてくれ、と云った。

 

「アラスカに出向く前のきみに、写真を託したのは……きみごとその写真を抹消するためだった」

 

 ラウはみずからの映し鏡とも云えるステラを、託した写真ごとアラスカの地に葬ろうと考えていた。

 ステラ本人に云えば、これは気分を害すような話だ。しかし、写真のことをわざわざ「餞別」と諷したのも、おそらく〝スピッドブレイク〟が失敗に終わること──アラスカが爆死地になることを、ラウはあらかじめ見越していたためだ。ある意味それも当然の話ではある。地球軍にザフトの侵攻先をリークしていたのは、他ならぬラウ自身なのだから。

 

「だが、きみは奇跡的にアラスカから生き残り、その写真もまだ、そこにあるままだ」

 

 ラウの云い方を借りれば「鎖はまだ、繋がれたまま」──

 アラスカの戦場で、ステラが生還する可能性など、壊滅的を通り越して絶望的だった。そういう意味では、ラウにとって遥かに分の良い『賭け』だったはずだ。

 それでもステラが〝サイクロプス〟から逃れることが出来たのは、当時の彼女が〝フリーダム〟に只ならぬトラウマを抱いていたこと、キラの再臨を察知した〝ジャスティス〟が加勢に現れたこと、そして、そんなアスランに伴ってディアッカがステラを戦場から連れ去ったこと──

 ラウの知らない偶然と、人智を超えた、この世界の奇跡が重なり合った結果に過ぎない。

 

「あいつの『賭け』は、そう……唯一、きみに勝てなかった。きみにだけは、敵わなかったんだ」

「……」

 

 如何なる賭け──勝率はコインを投げるのに等しい賭け──に勝ち続けて来たラウであっても、唯一、ステラにだけは勝てなかった。

 ステラとの『賭け』にだけ、彼は負けたのだ。

 

「その写真が残っている以上、あいつはまだ戻れる(・・・)。あいつの暴走は、まだ止められるはずだ──」

 

 そう信じたい、とムウは続けた。

 忌々しいと云っていたはずのアル・ダ・フラガとの写真を、ラウが丁寧に保管していた理由は何だ? それを考えたとき、やはり、彼の中では思い出の日々に未練があるからだいうことを悟る。

 彼にはまだ、かろうじて過去が残っているのだろう──世界に対しての、哀しい未練が。

 ムウは改めて体を起こし、マリューが立ち上がって身体を支えた。

 真っ直ぐに、ステラに向かって云う。

 

「おれと一緒に、クルーゼを──あいつを止めてくれないか。きみになら、それが出来ると俺は思ってる」

「ムウ……」

「きみは〝光〟だ。一度は闇に沈んでなお、燦然と輝く光──世界の闇しか知らずに生きた、あいつを救える──そんな光……」

 

 立場は同じ。心なき者達の魔の手によって、深淵なる闇の中に突き落とされた者達──。

 そこから這い上がった、立ち直った者──〝星〟のように浮かび上がって来たのが、仮にもステラであるのなら……

 

(あいつにだって、出来ないはずがないんだ……)

 

 ステラはしばし沈黙した後、できるだけの答えを返した。

 

「うん──がんばろう? ムウ」

「! 頼むな。……ありがとう」

「ふふ……」

 

 マリューもかすかに微笑み、そんなふたりを見守った。

 ──そう、自分達は、絶対に止めなければならない。

 すべてが手遅れに、なる前に──。

 

 

 

 

 

 〝ドミニオン〟の医務室でもまた、ベッドの上に横たわる人物がいた。

 フレイ・アルスター。

 恒例の睡眠発作によって今は眠っている彼女の傍らには、ハリーと、ナタルの姿もある。

 

「オルガ・サブナック中尉の戦死は、書面上『損失』という単語で扱われました。……彼等はやはり、どこまで行ってもモビルスーツの部品扱いなのですね」

「医学者の僕が云うのも烏滸がましいですが、好い青年を失いました」

「いえ。マーカット軍医は、その……自分から見て、とても血の通った人間であるように思えます」

 

 励ましの言葉を云おうとするが、どうにも、そういうのはナタルには不得手らしい。

 しかし、云っていることは本心だ。

 ──人間を「役立たず」としか罵りそやすことしかしない、どこぞの盟主や研究者達に比べれば……。

 同じ医学者とはいえ、ブーステッドマンのような強化人間を無責任に作り出す悪徳業者がいる中で、ハリーのように真っ当に医術研究を進めている医学者がいるのも確かだ。そのような二者を同等の単語で、一概に「医学者」と呼び捨ててしまうには、かなりの抵抗があるナタルである。

 珍しく口淀んだ様子のナタルに、ハリーは訊ねる。

 

「──この艦(ドミニオン)は、これからどうするんです?」

 

 確認したのは、今後の艦の動向についてだ。

 オーブ残党──正確に云えば、彼等の古母艦である〝アークエンジェル〟の追撃に失敗した今、彼等は引き続き捜索を続けるのだろうか? それとも──?

 その答えは、ナタルの口から紡がれる。

 

「〝エルビス作戦〟が直に始まります。本艦には月基地への引き上げ命令が出ているので──司令部もどうやら、準備(、、)に取り掛かるものかと」

「……そうですか……」

 

 意味された言葉を推察して、ハリーも暗澹たる思いになる。

 

「戦争の舞台が宇宙空間に変遷したことで、司令部はモビルスーツ開発より、新種のモビルアーマーの開発を進めているそうです。抜けた〝カラミティ〟分の戦力が、本艦に賄われることはないでしょう」

「それに乗るのも、また、強化人間ですね」

「いったい、いつまで続くのでしょうか……」

 

 確かに地球軍は、宇宙空間において、ことモビルアーマーの操縦ノウハウに長けている節がある。元は〝メビウス〟によって宇宙軍の戦力の殆どを賄っていたのだから、それも当然の話ではあったが。

 逆に云えば、いくら〝ストライク・ダガー〟のような高性能モビルスーツを量産したところで、人型機動兵器の操縦に関しては、ザフトの方に一日の長があるということだ。その事実から導き出して「ならいっそ、強力なモビルアーマーを作ってしまえ」という理論は、ナタルにも分からなくもないが……。

 

巨大人型機動兵器(エクソリア)だって、宇宙に出りゃあ只のマトですしね」 

 

 地上においては、絶大な火力ゆえに、鈍重ですらあった〝エクソリア〟──

 その運動性能では、宇宙に適応し切れないことは、火を見るより明らかである。装備がいくら強力だろうが、宇宙においては機動力がなければ生き長らえることは出来ないのだ。これを考慮した結果、数多のモビルアーマーを造り出そうとする流れは、ある意味当然なのかも知れない。

 そうして物議を続けていると、す……っとベッドの上の少女が目を醒ました。それにはハリーが気付き、「お目覚めかな」と溢す。

 

「……悪い夢をみた……」

 

 目覚めたばかりのフレイは、朧げな口調と頭で思う。

 ──胸が重いと、悪夢を見やすいって云うのは、本当にあいつ(、、、)の云う通りかも知れない……。

 そう、あいつ。あいつだ。悪い夢の中に出て来たのは、あいつ……。

 

「サブナック少尉が、討たれる夢──。〝フリーダム〟に……キラに殺されるのよ──」

「…………」

 

 ナタルとハリーは、返せる言葉を探した。

 それは夢などではないと云い切るだけの図々しさが、今のふたりは持ち合わせていなかっただけである。

 

「……どうしてかしら」

 

 仰向けに転がって、真白い天井を見上げたフレイからは、渇いた声が続いた。

 

「涙のひとつも、出て来ない……」 

「フレイ……」

 

 そのとき、改めてハリーは悟る。

 彼女はようやく、それが夢でないことを自覚したのだ。いやもしかしたら、起きた時から気付いていたのかも知れない──自分とナタルとの間にかわされた、会話によって。

 

「仲間が殺されたってことなのに……。パパのときみたいに、奪われたってことなのに」

「……アルスター」

 

 そのとき、ナタルが改めて口を開く。

 

「私が思うに、サブナック少尉はその……きみを生かそうとしていたんじゃ、ないんだろうか」

 

 先刻の記憶が、鮮明にナタルの脳裏には残っている。

 フレイについて訊ねたとき、オルガは確かに、こう云っていた。

 

 ──きみ達ブーステッドマンと、アルスターは違うのだろう?

 ──ああ、違う種類の──人間(・・)だ。

 

 あのとき、彼はどうして「違う種類の強化人間」と云わなかったのか。ナタルはその真意について考えたとき、オルガとフレイとの間にあった、決定的な差に気付いた。それは「生きていたい」という願望があるか、そうでないか。

 ──生に対する執着が、あるかないかではないのだろうか?

 睡眠発作から目覚める度、フレイはアズラエルの動向を気にしてしまうきらいがある。それは、自分の欠陥について知られることで、廃棄処分にされる事態を危ぶむ心が働いているからだ。つまり彼女は、みずからの死を徹底的に恐怖していたのだが、一方でオルガは違っていた。彼の心の中には、ある種の自殺願望が見え隠れしていたから。

 オルガ・サブナックは、もしかしたら、フレイ・アルスターという人間の本質を見抜いていたのかも知れない。戦うことしかできない自分と違うこと。本当は戦いに向いていない、戦ってはいけない、そして、こんなことで人生を棒に振ってはならない人間だということを、いつからか理解してしまったのかも知れない。

 

「〝フリーダム〟と一騎打ちを望んだのも、おそらくは」

「つまり彼は、きみに、自分と同じ道を歩んで欲しくなかった──と?」

 

 故人は常に美化されるものであり、いくらかの脚色はあるのかも知れないが、ナタルは少なくともそう感取している。強化インプラントステージにおいて、危険粋である「3」や「2」の領域に達しているシャニやクロトと異なって、フレイはまだ、強化人間になってからも日が浅い。まだ、取り返しのつく人間なのだろう──きっと、おそらく。

 しかし、云われたフレイは物言いたげな表情だ。

 

「嬉しくないわね。そんなこと、死んでから云われたって──あいつは死んじゃったんだから、私にはどうにもできないでしょう!?」

「アルスター……」

「でも、それがきっと現実なんだよ……」

 

 諭すような口調で、ハリーが先を続ける。

 

「フレイ。きみはきっと、オルガくんの分まで生き伸びなきゃいけなくなったんだよ」

「そんなの、無責任が云うことよ!」

「いいや、違う! 彼の死は、きみのためにあったんだ! 彼の死に意味を与えるのは、これからのきみ次第なんだよ!」

「……!」

 

 フレイは、口を噤む。

 

「オルガくんを失ってなお、この先、戦いはますます激化する。アズラエルは、何も知らずにきみを『兵器』として扱き下ろすだろう……! でも、だからと云って、最後まで諦めてはだめだ」

「ハリー・ルイ・マーカット……」

「強化人間の治療法なら、ボクがなんとかするから……! だからせめて、この戦争が終わるまでは、絶対に諦めるんじゃない!」

 

 華奢な肩を掴み、必死に訴えかけるハリーに、ナタルはすこし驚いた表情を見せた。

 

(この戦争が終わるまで、か──)

 

 改めて、目の前の崩れかけの少女を見て、思う。

 ──そう、戦争を、終わらせなければならない……。

 それが、軍人である自分の務めであり、義務でもある。たとえどんな手段を使おうとも、戦争に勝たなければならない──その結果〝プラント〟の人間を滅ぼすことになったとしても。

 目の前にいる少女を救うためには、

 

(この戦争に勝ち、終わらせねばならないのだ……)

 

 きらり──

 そのとき少女の頬を、綺麗な輝きが伝い落ちたように見えた。

 

 

 

 

 

 同じく、オーブ残党──正確に云えば脱走艦である〝エターナル〟の追撃に失敗したザフト艦隊もまた、このとき本国へと帰還していた。月基地に本拠を置く地球軍と打って代わって、〝プラント〟の宇宙軍の主な拠点はふたつある。ひとつは〝ボアズ〟と呼ばれる防衛用軍事要塞であり、もうひとつは〝ヤキン・ドゥーエ〟──〝プラント〟最終防衛ラインに位置する難攻不落の要塞だ。

 〝アプリリウス〟の執務室の中に、パトリック・ザラの姿があった。

 周囲には数々の補佐官の姿もあり、ラウ・ル・クルーゼが入室しては、結果を報告していた。

 

「またも撃ち損じたか、鬱陶しい小娘共の艦を?」

 

 一度目は〝エターナル〟の造反によって、二度目は総力戦の果てに撃退される──

 にべもなく吐き捨てられた言葉に、動揺する補佐官は少なくない。まさか、新造艦である〝エターナル〟がクライン派によって占領されていたなどと、誰が予想できただろう? パトリックもまた、報告を聞いたときは驚いた。当然ながら、アスランひとりでは〝エターナル〟や〝フリーダム〟まして〝クレイドル〟を相手取ることも叶わず、無残に撤退して来たのだが、パトリックは彼を責めることはしなかった。

 怒りの矛先は、アスランではなく──目障りな小娘達に向いたからだ。

 

「まあ良い、放っておけ。たった三隻ごときで、一体なにができるというのだ」

 

 高を括って笑い下すパトリックを、クルーゼは妙に白けた視線で見遣る。

 

「しかし、ラクス・クラインまでが、あれらの勢力に加勢したとなると──」

「フンッ、狸の娘は狐か! おおかた、自作自演の茶番劇でも起こすつもりなのであろう?」

 

 そもそもラクス・クラインは、核の力を異邦に売り渡した売国奴である。

 それが今更、地球軍とは別の組織に加担しているということは、

 

「わざわざ〝プラント〟の危機を作り出し、第三勢力として絶体絶命のところに駆けつけ、みずから国家の危機を救う英雄とならんとする魂胆なのだろう」

 

 ──それで〝プラント〟の政界にでも、返り咲こうというのだろう?

 

「はっ、とんだヒーロー気取りの集団だ」

 

 少女を見下した云い方に、くすくす、と含みのある嘲笑が場に溢れ、パトリックも満悦そうにせせら笑う。

 すでに、この執務室に居合わせているのはザラを支持する強硬派の議員だけだ。中にはクライン派を蛇蝎の如く嫌悪する者も多く、場にかわされる言動の多くは、クライン派を過剰なまでに貶めるものになっていた。

 そんなとき、執務室のドアが開く。そこから現れたのは赤服──アスラン・ザラだった。

 

「おや、アスラン・ザラ」

 

 声を挙げたのは、レイ・ユウキだ。

 続いてラウも声を発す。

 

「久しぶりだな、アスラン」

「クルーゼ隊長! お久しぶりです」 

「やめたまえ。私はもう、きみの隊長ではないのだから」

 

 苦笑したラウであるが、アスランが来たことで、すべての役者が揃ったらしい。

 パトリックは改めて立ち上がり、みなに向けて言葉を放つ。

 

「──ラクス・クラインおよび〝エターナル〟の追討を断念したのは、他でもない。調子に乗ったナチュラル共が、続々と月基地に向けて物資を運び出している」

 

 議員たちの目に、動揺の色が浮かぶ。

 

「我々、ザフト宇宙軍は、これより来たるであろう月艦隊からの攻撃に備え〝ボアズ〟と〝ヤキン〟の防衛態勢を整える。──たかが小娘一匹の艦に構っている余裕など、なくなったということだ」

「議長、それは」

「分かっていると思うが、Nジャマーキャンセラ―は既にナチュラル共の手中にある! 火星圏との連携を強め、〝ボアズ〟には〝ベルゴラ〟部隊を編成する、報道管制も怠るな」

 

 パトリックから、きびきびとして複数の指示が飛ぶ。

 だが、その中にはアスランにとって難解な指示もあり、一部の議員のみに精通した内情もあるようだった。

 

「──いいな!?」

 

 発された指示に、一同の応えが重なる。

 すると同時に、弾かれたようにすべての議員たちが慌ただしく行動を開始し、方々の部署に散ってゆく。場に残されたのはラウと、アスランだけだ。

 アスランは改めてパトリックまで歩み寄り、気まずげな表情で云った。

 

「申し訳ありません、父上。おれがあのとき……早急に〝エターナル〟を討てていれば──」

「──もうよい。あれは私の落ち度だった、おまえが気に病む筋ではない」

 

 そもそも、アンドリュー・バルトフェルドがクライン派に寝返っていたと判っていれば、誰があんな男を〝エターナル〟艦長などに任命するのか。

 みずから信じる道を突き進むたびに、パトリックは何者かの裏切りにあって来た。クライン父娘、バルトフェルド、そして、信じていたはずの愛娘──その全員が、まるで自分が間違っているとでも訴えかけるように。だが、パトリックは考えを曲げない。自分が間違っているのではなく、彼らこそが間違った存在なのだ。

 パトリックは嘆息つき、息子に対して、適当な話題を振った。

 

「有能な医学者になりたいと云っていたな。その夢は、今回の一件で少しでも揺らいだか?」

「いえ。……自分に出来ることは、それくらいしかない気がしています……」

「……そうか」

 

 クルーゼには、何の話か分からなかったが、改めてパトリックは目の色を変える。

 

「Nジャマーキャンセラーが渡った今、奴らは喜んで核の火を使うだろう」

「……」

 

 核。

 それは、ザラの名を受け継いだ者達にとって、切っても切れない因縁の名前だ。

 自分達の家族を崩壊させた、最大の原因なのだから。

 

「撃って来るぞ────核ミサイルを」

 

 パトリックは鋭い目で云い、

 

「最悪の場合は〝ジェネシス〟を使う」

「まさか……父上!」

「今より始まる──」

 

 アスランは、緊張したように息をのむ。

 

「────これは、戦争だ!!」

 

 ナチュラルとコーディネイター──

 地球と〝プラント〟──

 民族対立による全面戦争──

 その究極の局面が、今、始まろうとしていた。

 

(さあ。時代の闇を止めてみせろ、キラ・ヤマト。そして)

 

 ラウはひとり、ほくそ笑む。

 

(足掻いてみせろ、ステラ・ルーシェ)

 

 

 

 

 

 

 

 


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