大きく変わっていくとすれば、デスティニーからかなぁ……(遠目
「──『ぼくは、ぼくの秘密を今明かそう………」
ラウ・ル・クルーゼ──
彼の嘲笑に満ちた独唱は、破棄された一室の中で、邪気を纏って高らかに響く。
コロニー〝メンデル〟において、男達の戦いは続いていた。
「──ぼくは、人の
誰もが一度は耳にしたことがある台詞──
史上初のデザイナー・ベビーとして生を受けた、ジョージ・グレンの有名な一節。
「受精卵の段階で、人為的な遺伝子操作を受けて誕生した者──人類最初のコーディネイター、ジョージ・グレン……」
声を紡ぐ男をから隠れつつ、ムウは傍らにいるキラの肩を揺さぶった。
キラは先程から、完全に自失してしまっている──無理もない。みずからの出生について、最も残酷な形で暴露されたのだ。そうでなくても、知りたくもなかったはずの事実だというのに。
「遺伝子操作による恵まれた能力を以て、時代を牽引する者、よりよき世界を『調停する者』であれと──ヤツが善かれと思って唱えた夢想論は、皮肉にもナチュラルとは異能の『調整された者』を大量に生み出し、人類の文明そのものを崩壊させた」
「キラ、しっかりしろ! おい……!」
「────っ」
「そうしてヤツが齎した混乱は、その後、どこまで闇を広げたと思う? あれから人は何を始めてしまったか、知っているかね?」
みずからの子息には、最高の才覚と素質を──
ジョージ・グレンが木星へ旅立つと同時に行った全世界に対する情報啓示は、それ以降の時代、爆発的に広がったコーディネイター・ブームの引金となり、現在に至るナチュラルとコーディネイターの格差社会──その温床となった。
彼が後世に残したのは、あらゆる容姿、あらゆる才能が、資本次第で自分達のものとなる革新的技術──より正確を期すれば、彼等の子息達の、というべきか。
「金さえあれば、子供らの容姿……いや未来すら
キラ達が立っている場所は、当にそうした遺伝子操作が行われていた研究所だった。
──眸はブルーがいいなぁ、髪はブロンドで……
──子どもには、才能を受け継がせたいんだ……
──優れた能力は、生まれ来る子どもへの贈り物ですよ……
施設に飛び変わった過去の声が、ムウの耳には、一帯の空気から身に響くように感じられた。
「しかし。これもまた、上手くいくばかりではなく──」
──流産しただと? 何をやっていたんだ! せっかく高い金を出して、遺伝子操作したものを……
──妊娠中の栄養摂取には特に気を付けて下さい。日々の過ごし方も、すべて指示どおりに……
──完璧な保証などできませんよ? 母体は生身なんだし、それは当然、胎児の成育状況にも影響を……
──目の色が違うわ! こんなの、わたしが望んだ子じゃあ……
「高い金を出して買った〝夢〟だ……! 誰だって叶えたい、誰だって壊したくなかろう──?」
──最大の不確定要素は、妊娠中の母体なんだ! それさえ解消できれば……
「──
母体の不完全性を唱えた、男の名はユーレン・ヒビキ──
この部屋の主にして、あらゆる意味において「キラ・ヤマト」というコーディネイターを生み出した、遺伝子工学の権威。ラウは彼の思想を嘲じ、叫ぶ。
「それが〝夢〟と望まれて、叶えるために──!?」
あたたかな母体ではなく、命のない機械から子を産み出すこと──
これこそが「完璧な遺伝子操作の手段である」と謳い上げたヒビキ氏は、数限りない生体の臨床実験を繰り返した。その過程で、いくつもの赤子の命を
「すべては、より完璧な人間を造り出すため。では、完璧な人間とはなんだね?」
──完璧になれば、人は幸せになれるのか?
母親の温かな胎内ではなく、無機質な冷却槽から生み出された者が、みずからの出自を幸福と感じるだろうか? 屍の山から生まれた命が、失われて逝った無数の命と引き合うものか?
飽くなく続いた臨床実験──この恐慌的な倫理観を疑問視する者も、当然のように現われた。
その内のひとりが、ヴィア・ヒビキ──
キラに見せられた写真に写る、慈愛に満ちた表情をした女性工学者。ヒビキの姓から自明であるように「キラ・ヤマト」が宿った子宮──その提供者。
──もうやめましょう……!? わたしたちが
──わかっている! だからこそ、完成させなければならないんだ! たとえ、どれだけの犠牲を払おうと……
個より公──
何時の世も研究者という人種は、将来あるべき公共の利益のために、個を犠牲とした実験と開発を推進した。
「人は何を手に入れたのだ……! その手に! その〝夢〟の果てに──!?」
──あの子を返して! もうひとりの、わたしの……
──わたしの子だ! 最高の技術で、最高のコーディネイターとするんだ……
──それは誰のため!? あなたのためでしょう……
「すべてにおいて完璧ならば、人はおのずと幸福になれるのか? ──本当にそうかな、
不気味なほどに高揚しながら、ラウは唯一の成功体、人類の素晴らしき結果へと問いかける。
「聞くな、キラ!」
「いいや、きみには答える義務がある! ──誰もがきみのようになりたいと願い、求めたのだよ……! その結果に生み出された〝なり損ない〟が、私や
──最高のコーディネイター、それがこの子の幸せなの……
──より良き
「知りたがり……欲しがり……やがてそれが何のためだったかも忘れ……命を大事と云いながら弄び、殺し合うッ!」
その結果に生まれた格差と差別、偏見──
コーディネイターの異能に対抗するべく造り出された、連合の強化人間たち──
そして、ただ「できる」という理由だけで造り出された、
「──最高だな、人は……ッ!」
核弾頭、〝ニュートロンジャマー〟〝G〟兵器、〝エクソリア〟、〝サイクロプス〟、〝グングニール〟──
アラスカ、パナマ、ビクトリア──
兵器や戦火は一方的に拡大し、それでいて、戦火の中で散って行った命の数だけ、異種族への憎悪は深まるばかり──
「そうして妬み、憎み、殺し合うのさ……!」
──奴等がいるから、世界は混乱するのだよ!
──我々はもはや、ナチュラルとは違う、新たなひとつの種なのです!
──コーディネイターなんて、みんな居なくなっちゃえばいいのよ!
──気が変わった。滅ぼさなければ、戦争は終わらないんだろう!
「──ならば存分に殺し合うがいい! それが望みならッ!」
「何をッ! 貴様ごときが偉そうに──」
「──私にはあるのだよ! この宇宙で僅かながらに!」
ラウの放った銃弾が、大きな照明器具を叩き落す。
ゴゴウッ! 凄まじい金属音と共に、噴煙が立ち込める。その音を聞いて、ようやくキラは我に帰った。物陰から叫び合うを続ける二人の様子を垣間見る。
「──すべての人類を裁く権利がなぁ!」
そう、
──
──法など変わる。所詮は人が作り出したシステムだ……
──しかし……
──苦労の末に手に入れた技術、使わんでどうする?
それは、とある男の傲慢な囁き。
──欲しいのだろう? 研究資金が……?
ラウは想像した男の言葉に嘲笑を浮かべ、先を続けた。
「憶えていないかな、ムウ。私ときみは遠い過去──まだ戦場で出会う前、一度だけ会ったことがある」
「──なんだと……?」
身に覚えのない所を突かれ、ムウの表情に動揺が奔る。
ラウは口元に切り裂かれたような笑みを奔らせ、
「私は、己の死すら金で買えると思い上がった愚か者──」
浮かべた嘲笑は、どこか寂しげな──
「貴様の父、アル・ダ・フラガの──〝出来損ない〟のクローンなのだからな……!」
自己に対する、自嘲だった。
場に衝撃が流れ、ムウたちは、返す言葉を失った。
クローン──それはつまり、ラウがアル・ダ・フラガの遺伝子から造られた、同一の遺伝子を持った人間だということだ。
そもそも、人間に対するクローニングは、ことコズミック・イラにおいても倫理観から禁じられた開発事業である。少なくともムウ達は、それによって生み出された人間など存在するはずがないと思っていたが、事実はそうではないらしい。
打ち明けた側のラウの口調は淡々としている。
「きみも小耳にくらいは挟んだことがあるだろう? きみの生まれたフラガ家一族は、代々、投資や商売に不思議な『勘』を持っていたこと──フラガ家に就いた者に、損はない、と云われるほどの伝説となっていたこと」
冷静になれば、可笑しな話ではあった。
人間の勘ほど、不確定にして曖昧なものはない。技術職人が培ったものであれば話は別だが、こと投資や商売において、絶対を確約させるほどの能力が人間にあるはずがない。それこそ、未来が見える者でない限りは──。
しかし不思議なことに、フラガの家系には『それ』があった。
「そうしてフラガ家に受け継がれて来た莫大な資産──だが、アルはこれを託す者に、ムウ──きみが相応しくないと断じていた」
「なっ……」
「きみは聞きたくない話であろうがね。──
幼少のムウに対し残念な視線を向けていたアルは、今後の自己財産を託す者には「自分」以外に相応しい存在はないという結論を導き出した。だからこそ、彼は有能なヒビキ博士に取り入り、みずからのクローンを製造するようけしかけたのだ。アルとは違う方法であったにせよ──ヒビキもまた優秀な後継者を望む者であったから、彼等の中には呼び合うものがあったのかも知れないが。
莫大な研究資金を提供する代わりに、アルはユーレンにみずからのクローニングを依頼した。
そうして生まれたのが、ラウ・ラ・フラガ──現在はラウ・ル・クルーゼと名乗る、目の前に佇む男である。
「だがクローニングといっても、一寸違わずアル・ダ・フラガその人を複製できるわけではない」
クローニングによって生み出された生体は、生まれた当時は勿論赤子の状態であって、これより後の人格形成や心身発達に至っては、もろに後天的な影響を受容する。そのため複製元であるアル・ダ・フラガとは全く別の人生経験を足踏みすることになり、この事実こそが、オリジナルとクローンの間に明確な『
無論、それを承知していたアルは、ラウに対して厳格な教育を徹底した。彼に
「アル・ダ・フラガとして生み出され、アル・ダ・フラガとして育てられ、アル・ダ・フラガとして弄ばれた。──しかし、私はラウだ、そうだろう? 私も小さい頃は色々あってね、アル・ダ・フラガその人に対して憎しみを憶えるのに、そう時間は必要なかったよ」
ムウは何かを口にしようとして、しかし、言葉が口から出てこないでいると、さらに解き明かすようにラウが語りを続けた。
「
生まれながらの奴隷を作ってしまう──これが、クローニングに伴う人権問題のひとつとされていた。
だがラウは、どうにも自分が歪な思考の持ち主であることは自覚があったらしい。ある意味、無理もない──それほど傲慢な育て親を持てば、幼少期から強いられ続けた教育も、並大抵のものではなかったはずだ。
アルはかねてよりムウの母と対立し、息子をのびのび育てんとする彼女の教育方針をひどく嫌悪していた。であるなら、彼はラウに全く別の教育を施したはずだ。それがどういったものだったのかは、想像するに忍びないが。
「ああ、ひどいじゃないかムウ……! きみがもう少し賢く育っていれば、この私も生まれずに済んだと云うものを」
「じゃあ、オマエが親父を……!」
「『未来を見通せる男』? ──ハッ! 伝説のように持て
────放火事件が、あったのだ。
真夜中の出来事であったが、ムウが暮らしていた屋敷は全焼し、フラガ家の莫大な財産も大半が消炭に帰した。そして火事によってムウの母親も、父アル・ダ・フラガも焼死した。
沖の暗いのに白帆が見える──それは資産家として莫大な栄華を築いた男の、あまりに呆気ない最期だ。そのあと、ムウは親戚の家に引き取られたが、以降、ラウが何処で何をしていたのかは想像が付かない。しかし、出生だけを見ればナチュラルに過ぎない彼が、ザフトの中でコーディネイター然として振る舞うまでには、壮絶な人生があったはずだ。
そういう意味では、彼がその壮絶な人生の中で培った『努力』たらんものは、コーディネイターに施された遺伝子操作より優れた能力に結び付く、ということの証明にならないだろうか? 人間の能力を決めるのは決して遺伝子の優劣ではなく、その者の努力であるのだと──彼の経歴そのものが、昨今に広まった遺伝子操作へのアンチテーゼであるというのに、そのことに、当の本人は気付けなかったのだろうか?
「間もなく最後の扉が開く──〝テスタメント〟が連合に渡った今、奴等は喜んで核の火を使うだろう」
その言葉に、ようやくになってキラが我を取り戻した。
──〝テスタメント〟?
それは、〝フリーダム〟が〝レムレース〟から発信される識別信号の中から見つけた名称だ。ラウの言葉が正しいのなら、フレイが乗っていたあのモビルスーツは、元々はザフトにあったファーストステージの一機だというのか? それも、Nジャマーキャンセラーを搭載した──?
ひょっとして、この男が地球軍に機体の秘匿場所をリークしていたのではないだろうか? 想像したとき、恐慌に近い危惧が、キラの胃を締め付けた。
「そして、この世界は終わる……この果てなき欲望の世界は!」
限りない憎悪を込めて、ヒトのエゴによって生み出された男が叫ぶ。
「そこであがく思い上がった者達──その思いのままにな!」
「おまえには──いや、
憎悪。そう、今のラウには、憎悪しかない──自分に不条理な生を強要した者への。
だが、ムウはこのとき、目の前にいる宿敵のことを、もはや宿敵と思えずにいた。
初めて戦場で邂逅した時から、出会う度に感じていた奇妙な感覚──それはラウの説明からも明かされた通り、フラガ家に伝わる奇妙な直感力が為せる業だったのだろう。ラウもまたアル・ダ・フラガと染色体を同じくするクローンであり、ムウはそんなアルの息子だ。血族を同じものとするからこそ、彼等は感覚的に呼び合っていたのだ。
──宿命のライバルなんじゃないの? と、今までは漠然とそう思っていた。
軽口を叩いたような表現ではあったが、少なくともムウ自身がラウとの関係を、そのように捉えていたのは事実だ。
ライバル。それはどちらかが敗れるまで──どちらかが、どちらかをより完璧に下すまで、永遠に続く対立関係。
──しかし、おれ達がライバルでなどあったものか……!
ラウはムウの父親によって不条理な生を負わされ、その遠因は、何も知らずに呑気な幼少期を過ごした自分にあったことを知ったのだ。この事実に気付いたとき、ムウの中に沸いたのは、そんな「宿敵」に対する敵愾心などではなかった。第三者としての無責任な同情ではなかったにしろ、むしろ父の非礼を詫びたくなるような、そんな居た堪れない罪悪感だった。
その悔恨ゆえに、ムウの口調に変化が産まれたことを、傍らのキラは感じ取っていた。
「だから他人が信じられないんだろ!? その仮面は、人と分かり合うことを拒絶した心の鎧だから」
「ムウさん……?」
我に帰ったキラが、茫洋とムウを見上げる。
ムウは、怒鳴っていた。
「仮面をつけて、仮面の中に自分ってやつを閉じ込めて──そうやって諦めてんだよ、おまえも……!」
「────」
仮面をつけた男の表情が、僅かに歪んだ。
その言葉はある人物からの受け売りだったが、それだけに説得性があったらしい。どうやら
──この男は、憎しみに身を
幸福な環境で育ったムウに対し、その代償として、ラウは不幸な環境を強要された。
ならば、ムウがしなければならないことは、憎しみに身を窶す以外に生き方を知らないラウを「咎める」ことではない──他の生き方を彼が知ることができるように、彼に「教える」こと「導いて」やることではないのか?
ラウ・ル・クルーゼが装着する仮面の意味が、このときのムウには少し、不思議と分かるような気がしていた。
「仮面を外して、明るく世界を見ろよ! そうすりゃ、景色だって今と違うように見えるはずだ!」
「ヒトのエゴから生まれた身に、信じられるものなどありはしないさ……! なぜ外す? 外した先に、何を信じる──」
「──それを知るために、だろうが!」
────だが、生憎この時のムウは、ラウが仮面を装着する理由を知らなかったのだ。
なぜ、彼が仮面を付け続けなければならなかったのか、その理由をムウは知らなかったのだから。
「『世界を裁く』──そんな権利も義務も、あなたには、ないと思います」
放たれたキラの言葉に、ムウが驚いた顔をした。
が、構わずにキラは先を続けた。
「あなたはステラを知っているんでしょう!? 僕がどんな形で生まれたのか──それを今まで知らなかった僕は、確かにあなたような人から見れば、腹立たしい存在だったのかも知れない……」
立ち直った少年は、再び物陰から顔を覗かせ、仮面の男と対峙した。
もとより繊細な顔立ちが、今は恐怖によって崩れそうなまでに震えている。しかし、それでもキラは真っ直ぐに云った。
「それでもステラは……! ステラだって酷いことをされていたんです、きっと、あなたと同じように……!」
前にラウ本人が云っていた。ラウやステラは結局は〝なり損ない〟であり、同類なのだと。
そんな戯言に対し、物は云いようです、と一蹴しなかったのは、このときキラがひどく慎重だったからであろう。ラウの言葉は表面上を捉えれば間違いではなかったし、彼や彼女が、自分のような『最高の能力者』『人類の夢』を求め、あるいは、対抗しようとしたために生まれた『失敗作』であるのなら──どうして自分が、彼等のことを否定できようか。軽蔑できようか。
だからこそキラは、こう云った。
「あの
真っ当に約束されていたはずの人生──過去や未来──を踏みにじられたのは、ラウだけではないはずだ。
キラはそのことを、知っているつもりだ。
「あの娘が必死になって戦ってるんだ! なのに、あなたはっ──!」
今はあえて、語弊を恐れずに云う。
キラはこのとき、ステラの存在を借りていた。みずからの影と云える男に対し、キラはみずから語り掛ける言葉を持っていなかったのだ。
「世界を呪うためじゃない──! ぼくらの生まれ来たこの世界を、祝うために生きようとしているんだ!」
しかしラウはまた、嘲るように嗤った。
「だから戦争を終わらせる? そうして君は……君たちは、そんな世界でどうしようと云うんだね?」
「……!?」
「呪わず祝う、それもいい。──だが世界は、歌のように優しくはない!」
金色の髪が揺れ、そこから汗がしたり落ちた。
言葉には、異常なまでの感情の昂りがある。
「きみたちもまた、ヒトの
言葉に、キラの眸が揺れた。その通りだと思ったからだ。
戦闘用の特化されていたステラはともかく、平和な世界において「優秀」どまりであったキラは、殊戦場においては比類なき能力に目覚め、それこそ「天才」と云われても不思議ではないほどの才覚を発揮した。そしてキラは、そんな自分の能力を、たったいまラウの言葉によって自覚した。その奇跡的な才能が、いったい何から生まれたものなのか、自分が産まれた意味は何なのかを、このときキラははっきりと自認したのだ。
それを再確認させるかのように、ラウはせせら笑う。
「そうさ。最高のコーディネイター、それがきみだ……!」
誰もが羨み、
誰もが
「最強の力を以て生まれ、その鬼才を畏怖されるべききみに、平和の中に
「──それでも……! 守りたい世界が、あるんだ……!」
力だけが、僕のすべてじゃない。
そう云おうとしたキラであったが、なぜだか、それは叫べなかった。喉が張り付いたように塞がって、言葉を吐くための空気すら通らなかったからだ。
──それは、彼の言葉に動揺しているからだろうか……?
結局のところ、最高のコーディネイターとして生み出された自分にできることは、モビルスーツに乗って戦うこと以外に、ないのではないか? ラウの言葉に反論できなかったのは、このときキラが動揺の末、そう思惟してしまったからだろう。
学生時代は、カレッジの中でも特に目立つわけでもなく。
憧れの女の子に話しかける度胸もないような、奥手で、冴えない──この上なく平素な少年。
──それが、戦場を駆けさせればどうだろう? モビルスーツを操らせればどうなった?
その圧倒的な能力ゆえに疎まれ、心無い言葉をぶつけられ、利用され、傷つけられた。同時に傷つけもしただろう。
ひょっとしたら自分にあるのは『力』だけで、それ以外には、本当に何もないのだろうか? 自分はひょっとしたら、戦うことでしか本領を発揮できないような人間なのではないか? 現に今も、戦うことで戦争をやめさせようとしている──そんな自分には……。
────と、そのとき忽ちに、コロニーに爆撃音が響いた。
彼等の立つ施設も、轟音と共に強かに振動した。棚に並んだ薬瓶が、実験器具が、壁に掛かったモニターが次々と落下していく。外からの爆撃だ──どうやら、中断していた戦闘が再開されたらしい。
ムウは咄嗟に、この会合の時間が終了したことを悟る。よもや、こうしてクルーゼが潜入しているコロニーに爆撃を仕掛けるザフト兵はいるまい。だとすれば、この爆撃は〝ドミニオン〟が齎したということだ。
──まずい……!
唐突に、現実に引き戻されたような錯覚に陥る。
──これでは、混戦状態だ。
戦力的に見ても、戦局的に見ても、最も不利なのは自分達なのだ。連合とザフトに挟まれた状態にあり、なおかつムウたちは今、そのザフトの敵将と生身で対峙している。こいつをどうにかしなければ……! そう恐慌するムウであったが、一方でラウは冷ややかに嗤い、言葉を発した。
「……はっ! 守りたい世界か──」
ラウは、キラの中に何かを見出したように、キラに何か言い残したことがあるかのように、口淀む。
しかし、結局は何も言わないまま、こう続けた。
「ならば高みの見物と行こうじゃないか、キラくん」
「……!?」
「きみがどこまでやれるのか──この私と、この宇宙を覆う憎しみの渦を、どこまで止められるのかをな!」
男の言葉は、唐突に突きつけられた挑戦状。
その物言いに、キラはハッとして眉を顰めた。
「きみの生き様とやらを、この私に見せてくれ……!」
「……もしかして、あなたは」
が、キラの言葉を遮るように、クルーゼは高らかに云う。
「──きみが人類の夢と云うのなら、人類くらい救ってみせろ、スーパーコーディネイター!」
挑み、試すように云いながら、クルーゼは踵を返す。
ムウは目をむいて、しゃにむに叫んだ。
「まて……っ……」
あいつを、止めなければ……。
だがムウは、柱の影のところでよろめき、地にもたれ込んだ。その顔色は蒼白で、被弾した箇所の出血がひどいものになっていた。
ラウは逃げ出したよいうより、自分達を見過ごしたように見えた。キラはその理由を呆然と考えながらも、遠ざかっていく男の哄笑を聞いていた。その声は高らかに建物内に響き渡り、この廃墟に木霊する悪霊の声のように思えた。
そして、コロニー〝メンデル〟の軍港では──
〈──〝ドミニオン〟来ます! グリーンブラボー!〉
ミリアリアの声によって、爆撃を正体を知らされたラクス達は、すぐさま戦闘態勢に入った。
その中で、バルトフェルドが憎々しげに云う。
「やはり、見逃してはくれんか。摘める芽はここで摘んでおこうというわけだな、ブルーコスモスの盟主め」
「〝ストライク〟〝ブリッツ〟〝フリーダム〟からの連絡は?」
おっとりとした、しかし、確かに緊張を含んだ声でラクスが問う。
状況が状況だ。彼女の中にも、僅かながらに焦りがあった。
「まだ何もありませんねぇ。──チッ、いったい、どうなってるんだ……」
「後方には、ナスカ級が三隻迫っています。退路はありません、迎え撃つしか」
「分かっちゃいますがね……。しかし、あの三機がいないんじゃあ、こっちの戦力なんて高が知れているでしょう。出撃できるモビルスーツだって──」
どの機体も、先の戦闘での消耗を引きずった状態だ。
それは無論〝ドミニオン〟側のモビルスーツ部隊も同じことだろうが、仕掛けて来たということは、それなりの応急処置は済んでいるということだ。熱紋も既に確認されており、敵艦からは例の新型の〝G〟が四機、既に出撃しているようだ。
「仕方がない。──〝クレイドル〟は出せるな?」
バルトフェルドは格納庫へと通信を繋ぎ、既にパイロットスーツに着替え、発進待機中のステラに呼びかけた。モニターに写る少女はこくとだけ頷くが、ラクスは歯噛みして抗議の声を挙げた。
「それは無茶です、バルトフェルド艦長。相手は四機……たった
三隻同盟の戦力は、今に乏しい。
頭数で云えば、戦力の大多数を占めているM1部隊は、しかし、過半数がルーキーで構成しており、例の部隊に対応するだけの実力を持ち合わせていない。それはトールやカガリにおいても同様であり、であるなら、出撃するに適切な人物は、現在はステラしか残されていないということになる。だが、
──四機を相手に、たった一機で出て行って、何ができる……?
ラクスの推察は正しい。
だが、いくら推察が正しかろうと、それは判断として正しいということではなかった。バルトフェルドは、隻眼の奥に鋭い光を宿して云った。
「だからと云って、総力戦に挑めば無用の犠牲者が増える。今後のためにも、それは芳しくないでしょう。勿論、艦は少しでも前に出て、〝クレイドル〟のサポートに回ります。──ボクだって昔はモビルスーツ乗りだ、四機をまとめて相手取ることが、どれだけ無理難題であるかは充分に分かっているつもりですよ」
云われ、ラクスは口を噤んだ。
戦場においては、ラクスよりも、バルトフェルドの言葉の方が重いのだ。以前、ラクスはステラに助けられたことがあるが、あのときもまた、彼女はステラの指示を仰ぐことで命を拾っている。〝エターナル〟の指揮官席に座るラクスには、確かに艦の指揮権こそ持っていたが、彼女の判断は常に戦場において正しいものではなく、時と場合によっては、元軍人であるバルトフェルドの意見が実際的に優先されることがある。
「しかし、全滅だけは避けなきゃならんでしょう」
そんなとき、通信先のステラが声を溢した。
〈──だいじょうぶ〉
物柔らかな声に、ラクスの目が押し広げられる。
やがてラクスは、今にも消え入りそうな儚げな表情になった。モニター越しのステラの表情から、彼女の意志を悟ったからだ。陰った眸で少女を見つめ返し、心配そうに見上げる。このときのラクスのそれは、毅然とした指導者としての面持ちではなく──みずからの妹を戦場に送り出すことしか出来ない者の、不安と悲哀の混じり合った表情だった。
そんな彼女を労わり返すように、ステラは小さく笑って返した。
〈できるだけ、やってみるから──〉
「ごめんなさい。いつも、いつも……」
みずからの妹と呼べる少女に対し、戦うことしか要求できない自分。
そんな自分を、申し訳なく思った。
「では……お願いします」
〈うん〉
そう云ってハッチが開き、そこから〝クレイドル〟が飛び立って行く。
ラクスは澄んだ瞳に雫を湛えながら、次の瞬間には、切り替えたように毅然として云った。
「──〝クレイドル〟の掩護を……! キラ達が戻って来るまで、なんとしても、この場を切り抜けましょう」
そうして再び、戦いが始まった。