レーダーに映し出された熱紋に、CIC座席に当直していたサイはハッと息を呑んだ。昨夜にかけて、L4宙域──コロニー〝メンデル〟周辺──に張り巡らせたセンサーが、反応を示したからだ。
ここL4は、彼らが羽根を休めている〝メンデル〟の他にも、多くの廃棄コロニーが障害として漂流している宙域だ。デブリ帯はそれによって通信波が届きにくいという欠点があるのだが、裏を返せば船団が潜伏するには格好のスポットであり、周辺の巡らされた熱紋センサーは、彼らにとっての死角を極力補完するために設置されたものだった。
──まさか、こんなにも早く役立つとは思わなかったけど……!
サイは口内に思惟するが、すぐに口を開いてその旨を報せた。
「大型の熱紋を確認! 戦艦クラスのものと思われます」
「まさか、もうこの場所が発見されたの……!?」
「いえ……。まだ、こちらの位置は特定されていないと思われますが」
気休めで云っているわけではなかったが、サイは推察して続ける。
「この動き……? 敵艦、ここ一帯の宙域を走査している模様です」
「──数は?」
「現時点で確認できるのは、一隻。ライブラリ照合……データ、有りません」
つまりは、新造艦ということか。
「どうしますか、艦長」
指示を仰がれ、マリューは考えを巡らせる。敵艦の目標が自分達の走査だと仮定すれば、如何にデブリの電波障害があろうとも自分達が発見されるのは時間の問題だ。
──今すぐに準備を整え、離脱するか、あるいは奇襲の一手に出てみるか……?
しかし、現在の〝クサナギ〟は調整中でもあり、とてもではないが戦闘行動に及べるような状態にはない。今後の補給口も定まっていない今、焦りに駆られて闇雲な行動に出るべきではないというのも事実なのだ。
──どうすれば……!
思案していると、サイの方でさらなる報告を続けた。
「正体不明艦より、モビルスーツの出撃を確認しました! 当該MSは、L4のコロニー群を調査して回っている模様。……なんだ? 一機なのか?」
「モビルスーツの機種は判る? どの陣営の機体なのかが判れば、敵の目的もおのずと見えてくるわ」
「待ってください、いま……」
「できるだけ急いで」
「──! これは」
それは〝アークエンジェル〟のクルー達が、既にアラスカで一度は相まみえたもの。当時、新たな〝翼〟を携え戦場に舞い戻ったキラ・ヤマトが、あろうことか衝突し苦戦を強いられた存在でもある。
それは、ザフトが満を持して最前線へ投入した最強の機種。つまりはマリュー達にとって、最悪にして最凶の一角。
「──ザフト所属、
一同の表情が凍り付いた。
〝クサナギ〟の艦内にアラートが鳴り響き、全搭乗員に
──とは云うものの、確認されたザフト艦はたったの一隻だ。
既存のデータにない、淡紅色に彩られた鮮やかな戦艦。おそらくは〝フリーダム〟と〝クレイドル〟の追跡──そして〝それら〟を保有するオーブ残党軍の追撃──に現れた部隊だと思われるが、勿論、頭数でみれば二隻で構成された〝クサナギ〟側の方が有利である。
こうした数の論理によって、浅はかにも危機感を覚え損ねる者も〝クサナギ〟艦内には現れたのだが、それは束の間の安堵……いや油断でしかない。
──敵は、ザフトの
オーブ出身者で構成された〝クサナギ〟の搭乗員は、その名を聞いたところでピンと来ない様子であったが、それはまあ、無理もないことである。
しかしながら、一方で〝アークエンジェル〟の搭乗員は違っていた。
ZGMF-X09A〝ジャスティス〟──これを操る者は、かつて〝イージス〟に乗り〝ストライク〟をたったひとりで撃破したザフトのトップガンだ。新たに〝フリーダム〟を手にしたキラとも互角以上に渡り合い、その正体は、ザフトの指導者たるパトリック・ザラの息子。であれば必然、それは〝クレイドル〟を操るステラ・ルーシェとも血を分けた兄妹であるということだ。
この理解を行えば、その存在がどれほどの脅威で、どれだけ危険な敵対者であるのかは想像に難くない。キラとステラはそれぞれのパイロットスーツに着替え、これを迎えるためにモビルスーツ・デッキへと向かっていた。
「アスランが、来たんだ」
「──うんっ」
ふたりは各々の搭乗機に乗り込み、シートを固定しOSを立ち上げる。その作業の傍ら、キラはマリューへ通信を繋いだ。
「僕とステラで出ます! 〝アークエンジェル〟と〝クサナギ〟は、ここを動かないで下さい!」
キラが云い、マリューが通信先から〈お願いね〉と返す。
〈また、
キラが意表を突かれたようにハッとするが、太平洋上の戦闘──キラが〝イージス〟に敗れた時のことを云っているのだろう。警句するマリューの目には、やはり女性らしい動揺と不安の色が浮かんでいる。
それは彼女がキラの力を信用していないだとか、そういった問題ではないのだ。キラは既に、事実として一度〝彼〟に敗れていて、単純に部が──相手が悪いのではないか、と彼女なりに当時の恐怖を憶えてしまっていた。
当時と違い、今回はステラもまた出撃してくれる。である以上、同じ轍を踏む危険性はない──と考えるのはマリューの願望でしかないのだが、仮にも二人が〝ジャスティス〟の突破を許した場合、敵は、自分達を撃滅するのに余りある存在だ。
「話が出来るようなら、説得します。……僕もまだ、信じていたいんです」
キラは胸に誓っている。
──もう一度。いや、何度だって呼びかけよう。
アスランとまた、手を取り合える日が来るのなら──。
〈──ステラも〉
通信に入ってくる少女の声を、キラは真摯に聞き留める。
〈アスランと、話がしたい〉
キラは意を決したように、云った。
「行こう、アスランを止めなきゃ」
〈うん……!〉
オペレータのアナウンスと共に、ハッチが開く。
キラは瞬かない星海を真っ直ぐに見据え、決意を込めて言を発した。
「キラ・ヤマト、〝フリーダム〟行きます!」
飛び出してゆく〝フリーダム〟の後に、白銀の〝クレイドル〟が続く。
二機はデブリの中をかき分けながら、反応の探知された──廃棄コロニーの方へ飛び出して行った。
廃棄コロニーのシャフトを抜けると、そこには人工の大地が拡がっている。
コロニー特有の環境維持システムが長らくダウンした結果として作り出される、鄙びた土地。赤褐色の噴煙がそこら中に立ち込め、コロニー内に、既に酸素はないだろう。当然、人間はおろか、何かしの生物の営みさえ希望を持てない廃墟。
アスランはかくして、L4に浮かぶ廃棄コロ二ーを走査していった。数度として梯渡りを繰り返しながら、戦争によって壊滅したコロニーの実態を目の当たりにして行く。
「ここも、違うか」
アスランは〝ジャスティス〟を次のコロニーに向かわせる。
調査ポイントはまだいくつか残っているが、移動する際には母艦への報告が必要だ。が、そうしてアスランが呼びかけたとき、〝エターナル〟からの応答はなかった。通信機からはノイズだけが耳障りに響いている。
「〝エターナル〟、聞こえているのか? バルトフェルド艦長?」
デブリ帯の影響か。あるいは、単純に距離の問題──知らず知らずに前のめりになり、母艦との通信圏内から逸脱しまったのか?
──いつの間に? 困ったな……。
アスランは慌てて機体を転進させる。今の〝エターナル〟を守れるのは自分だけなのだ、その自分が彼らから離れてしまっては元も子もないではないか。自分にしては迂闊なミスだと感じ、頭を冷やす。
やはり、どうにも、ここ数時間の自分は冷静ではない。それもこれも、不安が先行しているからなのか? 自問した所で、答えなど出なかったが。
(それにしても……)
名将と名高き『砂漠の虎』も、随分と思い切った采配をする。二隻の随伴艦──ナスカ級から離脱して〝エターナル〟だけで単艦行動をしよう、とは。
ある意味でそれは、非常に無謀な作戦のようでもある。用兵学上、戦艦一隻に対して最低でも四機以上の直掩は不可欠とされている。にも関わらず、彼はナスカ級から〝ジン〟の一機も借用せず、自分ひとりに全ての護衛を任せたのだ。
──尋常ではない。常識に則っていない。
──それは、何か策あってのことだろうか?
彼が単純に、自分の腕を信用してくれているというのなら悪い気はしない。だが、間違いなくそう簡単な行動ではないのだろう。
漠然と考えていると、そのときコンピューター上に、ふたつの光点が浮かび上がった。そしてそれは、アスランがこのとき、何よりも探し求めていた識別反応だった。
「これは……!」
咄嗟に機体を反応のあった方角に相対させる。レーダーだけではない、肉眼でもはっきりと二つの光点が観測できる。
燐光を散らせながら飛来する、青と白の翼。
あれは。
あれらのモビルスーツは──
「〝フリーダム〟! ……〝クレイドル〟」
会心の笑みは浮かばない。
本人は無自覚だが、そのとき、アスランの表情は困惑と動揺に歪んだ。
その理由は、通信機から交渉を求める懇願の声が響いたからだった。
〈──話をしよう、アスラン! 僕達は、きみと戦いたくないんだ!〉
深紅の機体を認め、ステラはぐっと息を呑む。オーブ沖での邂逅が最後ということもあって、申し訳さも感じているのだろう、彼女の唇はぎゅっと噛みしめられており、表情もまた真剣だ。
現在、アスランだけが向かい合うように対岸の位置にいるのだが、キラもステラも銃を構え、いきなり交戦状態に入るような真似はしなかった。
そして、今回ばかりはアスランもそれを好都合だと感じた。
彼もまた、今回ばかりはキラ達と対話したいことがあったからだ。
〈──オレは〉
躊躇いがちな声が、スピーカーから伝わる。
通信の影響で混じったノイズのせいか、その声は、どこか震えているようにもステラには聞こえた。
〈オマエ達が奪取したザフトの最重要機密。〝フリーダム〟および〝クレイドル〟の奪還、あるいは破壊の命令を
「…………」
ステラは、その言葉の中に嘘が混じっていると思った。
──本国の命令ではない。
──それはきっと、
ステラには判る。なぜなら一字一句として違わない任務内容のそれは、本来、ザフトに所属していた頃のステラが請け負っていたものであったからだ。
〈──だが〉
キラとステラは顔を上げ、通信先に映る青年の顔を見る。
その顔にはぎこちなさと、これまでの勢いが衰えたような、躊躇いの色があった。
〈──『テロリストを説得することが出来たなら、任務内容は、その限りではない』──これは、オレ個人の勝手な判断だが……〉
少なくとも事前にパトリックの承諾は取っており、全てが虚言というわけではない。
敵対勢力のテロリストらを説得することができれば──殊に〝クレイドル〟のパイロットについては──抹殺の指令は絶対ではない、ということ。
たしかに、現在の〝プラント〟においてステラ・ルーシェは間違いなく国家反逆罪の大戦犯だ。しかし、アスランが彼女を説得することができた暁には、パトリックは最高評議会議長としての職権を大いに濫用してでも、彼女に掛けられた軍法会議の結末を彼の望むがままの結末に終着させてくれるだろう。
「アスラン……」
アスランは、ステラたちを説得しに来た。
その一方で、ステラ達もアスランを説得しに来た。
互いが平行線上に立っていることを悟り、ステラは暗に自分達の行く末を見たような気がして、うっすらと眩暈を憶えた。口に出しては、何も云わなかったが。
「じゃあ、アスランは……。ステラ達と戦いに来たわけじゃ、ないんだね?」
〈やめさせに来たんだ、もう、こんなことは! そしてこれが、きっと最後の機会になる〉
それは、家族としての忠告ではなかった。
軍人としての、警告。
「ひとつ、聞かせて」
警告を受けたステラであるが、そんな彼女は純然とアスランに向き合い、こんなことを問う。
「アスランは『敵』を憎んで、『敵』を殺して、それで……満足?」
〈…………〉
「与えられた『敵』を、ぜんぶ滅ぼすまで戦って──それで満足……?」
ステラがそう訊ねたのは、今のアスランの戦う姿が、かつての自分に重なって見えたからだ。敵を滅ぼすまで戦い、満足していたのは、過去のステラそのものだ──ユーラシア西側の三都市を巡り、ただ与えられた敵を殺して回って、愉悦になって、自分がやったことを勝手に正当化して──
その結末に襲って来たのは、耐え難いまでの後悔と苦痛と虚無感だった。盲目になって戦い続けた者を襲う虚しさを、彼女はよく知っている。
だから彼女は呼びかける、それで本当に満足なのか──? 本当のアスランは、そのような残虐な行為に満足……いや満悦できる人間ではないと知っているから、あえて問いかけるのだ。
だが、問いかけた先に返って来た返答は、あくまでも淡泊なものである。
〈──満足だ〉
アスランはステラよりも自分に言い聞かせるようにゆっくりと、低い声で云った。
〈そうすることで、大切なものを守れるのなら──いや、違うな〉
モニターに映るキラの目が陰ったように映る。
アスランは決然として、云った。
〈──
結局のところ、戦争の中でアスランが導き出した答えなど、その程度のことでしかない。与えられた「敵」に温情を抱いて、いったい何になるのか? 敵の核攻撃で母を葬られ、妹を犯され、その後のビクトリアでは、もう再び妹を喪いそうになった。
──これほどの無念を抱いて、それでも成長しない自分とは何だ?
どこまで愚かなミスを繰り返せば、自分は前に進めるようになるのだ?
──そうして〝力〟を欲したとき、自分の才覚は能力は、その求めに真摯に応えてくれた。
渇望していた〝力〟を手に入れるために、必要な儀式はひどく簡単なものだった。敵への温情を切り捨てた途端、自分は見違えるほどの力を手に入れた。
──嗚呼、その過程で色々な
だが、理想では現実には勝てない。
大切なものを護るための〝力〟を、現実に自分は手に入れたのだ。あの父が認めてくれるほどの──それは妹も、親友すらも超越した圧倒的な〝理想の強さ〟だ。
「──それが、オレの正義だ!」
捻くれたわけでも、気が触れたわけでもない。ザフトの軍服に袖を通したそのときから、彼の理想は変わってなどいない。
──努め、鍛え上げ、手にした力で、家族や恋人、友人達を護り抜く。
その結果として『敵』を滅ぼすことになろうと、奴らこそが自分達の平穏を脅かす存在なら、それは仕方のないことではないか。
──潰すか。壊すか。
復讐の連鎖を終わらせるのに、これ以上に正解など存在しないはずなのだ。
だが、この思いを、キラ達は理解してくれない──何故? ステラだって地球軍に命を奪われかけているのに、自分以上に奴等のことを憎んでいて当然の立場にあるのに、まるで他に道があるかのように訴えて来る。他に答えがあるかのように説いて来る──なぜ……?
「わかるけど……。きみの云うことも、わかるけど」
躊躇いがちに、キラが返す。
「たしかに、今の地球軍は間違っていると思う……」
オーブへ攻め入ったときのように。
意に介さない相手を武力で脅すようなやり方しか知らない地球連合軍が、今のキラには正しいと思えないのだ。
「でも、だからって今の〝プラント〟は正しいの? ナチュラルを滅ぼすための戦争が、キミは本当に正しいって云うの?」
〈公明正大な戦争などあるものか! いつだって、理不尽が伴うのが戦争だ〉
アスランにしてみれば、理不尽な〝ユニウスセブン〟への核攻撃も、地球軍にとっては当然の鉄槌なのだ。
──蒼き清浄なる世界のため?
──何が?
そういう認識の食い違いが根底にある以上、理不尽には、理不尽を返すしかない。
〈戦わなければ、守れないものがある……! そういうオマエ達だって、オーブという国を守るために戦ったのだろう?〉
まもる──それは、死なないこと。暖かいこと。
優しい人が、優しく教えてくれた言葉。だからステラは、たしかに、ずっと『まもる』ために戦って来た。
〈──だが今は、そのオーブすら追われ、そんな状態で、そんな者達のために、そうまでして何を守ろうって云うんだ!〉
自決したオーブの施政者。
本人達は高潔に逝ったつもりだろうが、実際は今を生きる若者──残された者らに対し、多大な負債を押し付けて逃げたのだ。
〈薄っぺらいオーブの理想とやらを追ったところで、守れるものなど何もないだろう!?〉
それどころか綺麗事のために、現実にこぼれ落ちて行くものの方が多いじゃないか。
理念のために殺された、捨てられた、オーブの棄民達のように。
──そんなのは、沢山だ……!
反対にアスランは、目の前にある命を護り抜くことで精いっぱいなのだ。同時にそれが、施政家ではない──兵士に過ぎない、いち個人にできる限界だ。だから彼は世界全体を動かす力を持った父の下、剣となって戦う。
父はオーブの施政者とは違う。最後の最期まで、平和な世界を望み──そのために、命を削って頑張っている……!
〈──だからふたりとも、オレと来い!〉
その瞬間──〝ジャスティス〟は、腕を伸ばした。
その動作に、アスランの渾身の叫びが呼応する。
〈一度しか云わない、云えないんだ! オレと一緒に〝プラント〟へ来い!〉
「どうして、きみは……っ!」
アスランは既に、一方の側からしか戦争を見れなくなっている。対峙する相手を知りもせず、一方的にナチュラルを「敵」と断じてしまう見地にいる。
おそらく、それはアスランが今まで、誰ひとりとして生身のナチュラルと触れ合うことなく──戦争の中で「敵を倒した」という事実のみが、周囲のコーディネイター達に認められてしまった増長の結末であったのかも知れない。
しかし、確かにそういう見地に立てば、敵とも味方ともつかぬ自分達は間違いなく異分子として目に映るだろう……キラ達もまた、信じるもののために戦っているにも関わらず。
──世界はまた、ナチュラルとコーディネイターが際限なく争う様相となるだろう、そんなもので良いか?
──きみ達の、未来は……?
アスランの云う通り、ウズミ・ナラ・アスハは志半ばにして斃れた。
それが最善の選択だったかはともかく、アスランがパトリック・ザラの志に従うように、キラ達もまたウズミ・ナラ・アスハの掲げた理想に共感するから、今は剣を取っている。
世界を二色に色分け、割り切ってしまったらおしまいだ。
「戦わなきゃ、守れないものがある──確かにそうだよ、アスラン」
〈キラ……っ!〉
「でも、
守りたい世界がある──
コーディネイターもナチュラルも関係ない。自分達は、同じ世界に生きる生命──ヒトだ。
ヒトとヒトとが争い合い、憎しみ合う世界を止めたい──そのために自分は、戦うと決めたのだから。
「アスラン。なんで、ステラがこっちに来たのか──アスランに、ちゃんと云えてなかったね」
決然と叫ぶキラに続いて、ステラもまた、口を開いた。
「それはね。今のアスランが、間違ってるって思ったから……! 一緒にいたら、何も云えないと思ったから……!」
〈な……ッ〉
「それが、ステラがやらなきゃいけない……ことだと思ったから」
宵闇の星々が、夜明けの太陽を支えるように輝くように──
レノア・ザラは、いつの日か、ナチュラルとコーディネイターが等しく、誰もが星のように輝ける時代が来ることを祈っていた。そういう世界に、息子と娘を住まわせてあげたいと思っていた。
──だから母は、ステラに『星』の名をくれた。
そんな母の願いに応えるためにも、ステラは、ナチュラルを滅ぼす世界に心中することはできない。
今のアスランに、同調することも──
「今のアスランは間違ってる! ──天国のお母さんだって、そう思ってるはずだから!!」
変わり果てた父の願いに従うのが、アスランの正義なら──
変わらない母の祈りに応えるのが、ステラの役目だと、信じているから。
説得に、失敗したのか──
それは、アスランが口内にぼそりと呟いた一言だった。死別した母親のことまで持ち出され、逆に諭されたアスランは、ひとえに沈黙している。
そのときアスランの表情は、云い知れぬ虚無の感情に囚われて、いっそのこと少年のようであった。ぽかんと開いた口元は軍人らしい厳格さの欠片もなく、緊張とは無縁の彼方にある。純粋な不審を湛えた面輪は、ステラの発言が、一遍ほどにも理解できなかったようですらある。
「……何が、天国の母上だ……?」
母が望んでいた? ナチュラルと共に生きる世界を?
そんなはずがないのだ──
その母は、ナチュラル達の害意によって殺されたのだから。
「勝手なことを、云う……」
そのとき脳裏に、ふと、父の声が聞こえたような気がした。
父が云っていたように、目の前にいる少女はもはや、自分達の知っている妹などではない。
──おれの妹なら、おれの云うことには従ってくれるはず……。
──おれの知っている妹は、もう本当に死んでしまった……?
目に映るのは、自分を油断させるために現れた、裏切り者。
コーディネイターを貶めるために造られた強化人間。
妹とそっくりの形をした、紛い物──
(──
失意を通り越した諦念が、アスランを支配する。落胆する彼が顔を上げたその瞬間、意志に答えるように〝ジャスティス〟の機体は勢いよく転身し、コロニーの脱出シャフトへと飛び去る。
これを認めたキラとステラの顔色が変わった。
「まずい!」
察し物のアスランは、もはや冷徹だった。如何に〝ジャスティス〟と云えど、性能上同列にある〝フリーダム〟と〝クレイドル〟を相手にするのは困難だという判断だろうか──説得を諦めた彼は、既に本来の任務に移っている。母艦と合流し、その火力を味方につけるつもりなのだ。
──止めなきゃ!
この一念が、ふたりを突き動かす。そうして〝フリーダム〟と〝クレイドル〟は、シャフトから飛び出して行った〝ジャスティス〟の後を追った。
シャフトを飛び出し、宇宙空間へ飛び出した〝ジャスティス〟は、即座に母艦──〝エターナル〟へ進路を取った。
そのすぐ後方には〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が追撃し、アスランはこれを振り切るようにして航行する。目の前に淡紅色の〝エターナル〟の姿を見つけ、通信回線を開く。
「〝エターナル〟! 応答しろ〝エターナル〟! ──ええいッ!」
が、いくら呼び掛けても、妨害電波のせいか、母艦との通信回線は繋がらない。
アスランは痺れを切らし、後退しつつ、機体を反転させた。抜き打ちに〝ルプス・ビームライフル〟を構え、自機を追って来た二機のモビルスーツへ銃口を絞る。光条が放たれ、二機は散開した後、放たれたビームライフルを回避した。
〈アスランきみはッ! 妹に銃を向けたのか!?〉
「オレにそうさせたのは、おまえ達なんだ──ッ!」
激高した〝フリーダム〟が、両肩越しに〝バラエーナ〟を撃ち放つ。
アスランはコロニーの破片を盾にするようにして、この砲火を回避した。が、そうして機体を巡らせた先に〝クレイドル〟が先回りし──眼前に白銀のMSが肉迫し、アスランは正面にシールドを翳し、このMSの衝突を真っ向から受け止めた。
真っ向からの衝突が二機を勢いよく弾き飛ばし、衝撃にアスランは呻いた。
「ステラ──おまえは死んだんだよ! 一年前に! ダメじゃないかッ──死んだヤツが出てきたら!」
アスランの言葉は、まるで自分に云い聞かせているようでもあった。
〈死人は! 死人は、喋らない……でしょ!?〉
「ちィッ!」
苛立ちを吐き出しながら、次の瞬間〝ジャスティス〟が〝クレイドル〟の腹部を蹴り飛ばす。弾き飛ばされた〝クレイドル〟だが、その勢いを後方の
「!?」
虚を突かれた〝ジャスティス〟だが、やはり反応は早い。今度は取り付かせず、上方に逃れることで突進を回避する。そうして飛び去った先に、遠方からビームライフルが散らされる──〝フリーダム〟だ。
「くッ、キラか……!」
しかし、端から当てる気のない──コクピッドを狙おうともしない──子ども騙しの射線などに怯むアスランではない。侮るなと云わんばかりに、アスランは激昂しつつ〝フリーダム〟へ逆撃を仕掛ける。すかさず〝バッセルブーメラン〟を握り持ち、これを短刃として激突させた。
〈撃ちたくないんだ、アスラン!〉
「やる気のないやつが、戦場に出てくる!」
〈僕は軍人じゃない、キミと違って──それでも、守りたいものがあるんだ!〉
「賢しらに云う! それは、お互い様だと云ったはずだ!」
両掌から二基のブーメランが投げ放たれ、〝フリーダム〟
次の瞬間、二機は──二人は、どちらともなくビーム・サーベルを抜き放っていた。苛立ち、憤り、分かり合えない悔しさをぶつけるように、打ちかかっては、互いの機体を斬りつけ合う。シールドに光刃が干渉し、炎熱の裂光が瞬く。
「撃ちたくないと云いながら、何だ。おまえは──ッ!?」
暗黒の真空に、赤と青の閃光が煌めき合い、交錯した。
戦闘を続けながら、彼等は複雑なデブリベルトの中を抜け、ようやく開けた宇宙空間に脱した。
通信が回復したのか、アスランは期を見たように二機の追撃を逃れ、母艦の方へ飛び抜けてゆく。慌てて〝ジャスティス〟を追うが、キラ達はコロニーの影に淡紅色の正体不明艦がいるのを認め、ハッと息を呑む。
──見たこともない艦だ、ザフトの新造艦……!?
艦影を認め、アスランが叫ぶ。
「──〝エターナル〟! 〝
アスランの云った言葉の意味が、キラとステラには、まるで分からなかった。
──〝ミーティア〟……?
──何かしらの、〝ジャスティス〟の追加装備だろうか?
そう推察したキラの考えは正しく、このときのアスランは、単機では〝フリーダム〟と〝クレイドル〟の双方を相手取るのは不可能だと判断を下していたらしい。だからこそ、これまでは敵機に取り付くような戦い方──彼が最も得意とするであろう
──もしそれが、
アスランの云う〝ミーティア〟とは、全長99.46メートルにも及ぶ〝ジャスティス〟の強化武装パーツのことである。この強化パーツと接合したモビルスーツは、本来単機では望み得ない推力と火力を得、さながら〝機動弾薬庫〟とでも称すべき戦艦じみたステータスを付与される。
ザフトの最新鋭艦〝エターナル〟には、こうした追加パーツが二基として両舷側部に用意されていて、これこそが、このときのアスランが何よりも〝エターナル〟との合流を急いだ最大の理由だった。
──〝ミーティア〟を確保した暁には、あの二機が相手でも存分に戦える……!
アスランはそのように確信をしつつ、母艦への通信を試みた。しかし、なかなか〝ミーティア〟が射出される様子はない。
件の〝ミーティア〟であるが、これは、厳密に云えば〝ジャスティス〟専用の武装というわけではないのだ。当然に〝クレイドル〟や〝フリーダム〟といった〝ジャスティス〟の兄弟機達とも適合する規格を有し、そうであるなら、このときの〝エターナル〟が闇雲に〝ミーティア〟を射出したがらない理由も簡単に想像することができた。
迂闊にも〝ミーティア〟を射出し、これをキラかステラかに接収されてしまったら──? 既に幾つもの最重要機密を奪取されているザフトにとって、テロリスト達に今以上に機密を報せたくないという判断も理解はできる──が、しかし、今はそのように悠長なことは云ってる場合ではない筈だ。
今ここで〝ミーティア〟を使わなければ、自分はおそらく、キラとステラに勝てない! 戦いに勝てなければ、〝エターナル〟は直掩機もなく、彼らによって直接砲火に晒される! そうなっては、本末転倒ではないか。
「聞こえているのか〝エターナル〟! バルトフェルド艦長!?」
〈はいはい。こちらでも確認したよ、〝クレイドル〟と〝フリーダム〟だな?〉
苛立ちを募らせてアスランが詰問するが、バルトフェルドの声色には、微かに喜びが含まれているような気分があった。よくぞ標的を発見してくれた、とでも云いたげな。
……いや、そうではない。確かに自分は標的を発見し、予定通りにこれとの交戦状態に入ったのだ。
──だが、どうしてそんなに、嬉しそうなのか?
事態が掴めないアスランであるが、そのときになって、嫌な予感がしたのは事実だった。これまで忘却の彼方に置き去りにしてきた猜疑と検分、思考の波が一気に押し寄せ、違和感と危機感が頭の中へ雪崩れ込む。
おそれを持った目で振り返れば、不可解な点は多くあった。原因不明の〝エターナル〟の人手不足、ナスカ級を避けるかのような〝エターナル〟の単独行動、もう後戻りはできないと溢した艦長の含みある発言──なぜ、今までこれだけの不審な点に気付けなかったのか? アスランは疑心に駆られ、不意に何もアクションを見せない〝エターナル〟に対し、警戒の意味を込めてビームライフル〝ルプス〟を構えた。
アスランが銃を構える──と、それを認めた〝エターナル〟が、ようやくリアクションを起こした。次のときには〝ジャスティス〟のコックピットに、身に覚えのない
「……!? ロックされた!?」
〈コックピットは、避けて下さいね──〉
出し抜けに、嫌に聞き覚えのある声があっさりと耳に飛び込んで来て──アスランの頭は思考は停止する。
次の瞬間〝エターナル〟から連装レールガンが放たれ、アスランはハッと現実に引き戻され、あろうことか、自機に向けて容赦なく飛来する電磁砲を紙一重で回避した。咄嗟の回避運動に、機体制御を損ね、深紅の機体は吹き飛ばされるように宇宙空間に投げ出された。
「ど、どういうことだ!?」
すぐに態勢を立て直し、アスランは語気を荒くして問いただす。
「こちらは味方だ! 何をやっている!? それに今──」
気のせいか?
気のせいであって欲しいが、不謹慎なことを云えば、〝エターナル〟からラクスの声が聞こえたような気がするが──!?
──幻聴だ……疲れているんだ……!
アスランは切に願ったが、現実は、そんな彼の期待を裏切った。
〈こちらは〝エターナル〟! ──ラクス・クラインです〉
全チャンネルへ向けて、通信回線が開かれた。
アスランは、全身の力が抜けていくのを感じる。彼の背後で〝クレイドル〟と〝フリーダム〟もまた、その回線から飛び込んで来た声に、呆気に駆られた。
「ラクス……!?」
ステラは唖然とし、目下に認めた新造艦──その艦橋に据える、義姉とも呼ぶべき者の存在を認めた。どうして、という言葉は声にはならなかった。
察しのいいアスランは、その声ですべてを悟り、そして、頭をもたげた。──〝エターナル〟にいるラクス、原因の不透明な搭乗員の不足──〝ジャスティス〟の専用運用艦……そのすべてが結びつき、アスランは打ちひしがれる。
〈──アスラン〉
ラクスの声は、透き通るようにアスランを胸を打ち、その心に呼びかける。
〈わたくしがこうして〝エターナル〟に搭乗していること──あなたに銃を向けたこと──まことに不本意と思われますが、聡明な貴方であれば、すべてを理解するところでしょう〉
ラクスの手引きによって、キラに譲渡された〝フリーダム〟──
ラクスの説得によって、ステラが持ち去った〝クレイドル〟──
そして、その二機の専用運用母艦である〝エターナル〟を、他ならぬラクス自身が、こうして持ち出した──?
すべては、この日を見越してのことだった? クライン派は、ここまで軍内部に入り込んでいたのか?
「全て計画通りだと──そういうことですか。ラクス、バルトフェルド艦長……!?」
そう、すべては仕組まれていたことだったのだろう。
今この瞬間、この場にいる異端分子は、確実に自分だけだ。キラも、ステラも、ラクスも、今や父の敵となって立ちはだかる敵──だが、この場において、アスランの意志に賛同してくれる者は誰ひとりとしていない。
孤独に包囲され──〝ジャスティス〟は文字通り、行き場を失った迷子のように、宇宙空間に漂った。
〈願う未来の違いから、わたくし達はザラ議長と敵対する者となってしまいました。ですがわたくしは、決して貴方との戦闘を望みません〉
「…………!?」
〈どうか、怒りを鎮め、剣を降ろして下さい。そして、願わくばもう一度、わたくし達が真に戦わねばならぬものは何なのか、考えてみて下さい──〉
アスランは、動揺した。
やがて、本当に〝エターナル〟の中にラクスを認めた〝フリーダム〟と〝クレイドル〟が、淡紅色の〝エターナル〟の横に就いた。
もはや〝エターナル〟は、完全にテロリストの側に占領されてしまった……!
──おかしい。
並べられた事実が、アスランを混乱させた。
何もかも、歯車が狂っている。こんなはずじゃなかった……こんなはずじゃ……!
口内で反芻しながら、困惑するアスランに、凛とした声が降りかかる。
〈平和を叫びながら、その手に銃を取る──わたくし達の選んだものもまた、あしき道なのかも知れません……。けれど、どうか──この果てない争いを断ち切る力を、あなたの力を、貸してはいただけませんか……?〉
そこには、いつも和やかに話しかけ、浮世離れしたかつての婚約者の面影はなかった。
整然と言葉を紡ぎ、人の心を揺さぶるような、あの女はいったい、誰なんだ……!?
──キラとステラは、これにやられたのか……!
だが、自分は騙されない。騙されてなるものか。
自分まで騙されてしまったら、残された父はどうなる──?
──もう私には、おまえしか居ないのだ……。
衰弱した父の面影が、不意に脳裏を過ぎる。
そうだ。今の父の信頼を裏切ることなど、自分には出来はしない。父の期待に背くようなことは出来ない! たとえ婚約者や妹と道を違えようと──だが、そいつらこそが、父をああまで衰弱させたテロリストではないか!
そのとき、心を見透かすような声が聞こえ、アスランはさらに不快感を募らせる。
〈アスランが信じて戦うものは何ですか? 頂いた勲章ですか? お父様の命令ですか〉
「……! ッ……!」
〈敵だと云うのなら、わたくしを撃ちますか。──
躊躇ってはいけない。それは弱さだ。
──迷いなど、自分の力を殺すだけ……!
だが、アスランが掲げた剣の先には婚約者がいて、親友がいて、妹がいる。
本来なら、自分自身が守ってやらなければならなかったはずの者達がいる。
──どうしてだ……!?
アスランには分からない。
そのとき、三人の声が重なった。
『アスラン────ッ!』
目の前には、親友と、妹と、婚約者が立ちはだかる。
──なんだ? なんなんだ?
──これは……!?
なぜみんな、おれを裏切るような真似をする……!? なぜ、父を裏切るような真似をする──!?
「みんなで」
ヘルメットの
「みんなで、オレを否定するのか!?」
裏切られた痛みが、怒りを加速させる。
そのとき通信機から、ステラの声が響いた。
〈アスラン!〉
「──! 喋るな!!」
アスランの中で、何かが弾ける。
途端に頭が冴え渡り、魂が、思考が──霊障に当たられたように澄み渡る。視界が途端にクリアになり、これまでの自分の振る舞いがすべて嘘のように、全身が鋭敏に動き始める。
悩むこと、迷うことを放棄した〝ジャスティス〟は、次の瞬間ライフルを掲げ、裏切りの代償を支払わせるべく、淡紅色の〝エターナル〟艦橋へと銃口を突き付けた。
〈アスラン──!?〉
〈わたくしを撃ちますか、アスラン・ザラ──!?〉
驚愕か、諦念か。通信先の少女達がそれぞれに反応を示すが、既にアスランには聞こえなかった。
が、そうしてライフルが射撃されるよりも前に、翼を広げた〝フリーダム〟が〝ジャスティス〟の前面に躍り出る。
キラの中で、何かが弾けた。
〈アスラン!〉
それより、眼前から雷光の如く迫る〝フリーダム〟を、アスランは真正面から堂々と迎え撃つ。キラの振り抜いた一太刀を最低限の動作でいなし、至近に迫った相手に対し
しかし、
(──だから、どうした!!)
だからアスランもみずからを颶風とし、全速力で〝ジャスティス〟を翔けさせた。互いに持てる全速力のまま、二機はデブリの間を巧妙に縫いながら──蒼と紅──閃光とスラスターの尾を散らす激突を繰り返す。
〈本当のキミは、こんなことは望んでない! 以前のキミなら、きっと僕達と一緒に歩んでくれるはずだ!〉
「オマエに何が判るんだ! オマエ達に裏切られた、オレの何が!」
〈判るさ! 優しかったアスランなら、ステラやラクスに銃を向けることなんて絶対に望まない!〉
「
その攻防は、時間にして一瞬。しかし、そのような中においても二人の技量には優劣──否、力の序列というものが存在したらしい。
驚くべきことに、繰り返された衝突の中、アスランはキラの反応速度を超越してみせた。その結果として、次の瞬間には〝ジャスティス〟が〝フリーダム〟の腹部を真正面から蹴り捉えている。
衝撃に突き飛ばされた〝フリーダム〟は自身が発揮していたスピードが仇となり、これに巻き込まれる形で盛大に吹っ飛ばされた。青い翼が小惑星群の向こう側に消えていき、それを見た──見てしまったバルトフェルドの顔色が変わる。
追撃を振り切り、間髪置かず、バルトフェルドの眼前に深紅の機体が差し迫った。自由の翼を振り切った〝
(もう、本当に終わらせる!)
──やられる!
然しものバルトフェルドも、このときばかりは立ち上がり、みずからの死を悟ったという。
噂には聞いていたし、覚悟だってしていた。ただ、まさか今のアスラン・ザラの〝力〟が、今のキラ・ヤマトをも超越する『高み』にまで至っていると、想像だにしていなかっただけ。
ライフルの銃口が絞られ、迸る光の一射を目の当たりにして、バルトフェルドは後方のラクスに叫んだ。せめて、彼女だけでも逃がさなければ! もっとも、今になって対応したところで、何の意味もなかったが。
「──いえ」
だが視線の先のラクスは、怯懦も未練もなく、凛として坐したままだった。
そして、艦橋を直撃するはずだった〝ジャスティス〟のビームは、しかし、突如として目の前に割り込んだ〝何か〟によって遮られた。
「────!?」
遮ったものは、しかし、モビルスーツではない。
小惑星が偶然にも割り込んできたのか? いや違う、それはデブリなどではなく、たしかに後端部のスラスターを点火させながら、その表面部に燦然と輝く光の粒子を放散させるもの。
星色。その
「盾だと……!?」
バルトフェルドは驚きに隻眼をむき、また、意表を突かれたのはアスランも同じだったらしい。〝ジャスティス〟は速やかに位置を変え、今度は別射線から探るようにビームを斉射する。
二条、三条と繰り返された砲火だが、それらの光条はまたしても〝エターナル〟へ届く前、直進すべき射線の途中で消し飛んだ。唖然とする彼らの視線の先で踊り舞っているのは、白銀にして二基の盾──それらがまさか、生き物のように意志をもって射線上へと滑り込んだというのか。
(信じていました──っ!)
この場において、その〝盾〟の正体を知っているのは
「──なんだ……!?」
ステラの中で、何かが弾けていた。
彼女が投げ放った二基のシールド──〝
──分離式統合制御高速機動ネットワーク、通称ドラグーン・システム。
ステラの駆る〝クレイドル〟を構築する代表的な特殊武装であり、二基の防盾を機体から隔離して運用することで、文字通りに『攻防一体』の超性能を付与するもの。
「あれが、〝
「まさか……!」
バルトフェルドは思わず感嘆の声を漏らす。
ドラグーン・システム。その存在について、彼は執務室でパトリック・ザラが熱弁するのを話半分に聞かされたことがあった。
──本人や機体とは掛け離れた場所で、人為によって遠隔操作される武装。
云ってしまえば、パイロット経験に自負のあるバルトフェルドでさえ耳を疑う内容だった。もしもソレが本当に実用化されたなら、しかし、間違いなく自分の手には余るもので、だとすれば、使いこなせる兵士など早々に存在しないはずだとさえ考えていた。
──まさか、本当に使い手が存在したのか……!?
ところで、ドラグーン・ユニットの欠点のひとつに、大気圏内において機能不全に陥るというものがある。これは地球の重力によって内蔵のスラスターだけでは自律航行能力を獲得できないためであるが、つまりは武装として、大気圏内では実質的に封印されるということだ。
ことに〝クレイドル〟が搭載するそれは〝盾〟であり、それ相応に重量を誇る。このことから誘導兵器として大気圏内で使用するのはやはり不可能だったのだが、だからこそ、このときアスランの──いや、ラクスを除く全員の意表を突く形になったのだ。
「ちィッ──!」
アスランは舌を打ちながら、掲げたライフルの銃口を〝クレイドル〟本体にシフトさせた。再びビームを射かけるも、敵の機体はまるで糸を操るかのように腕を手繰り、それによって使役した〝盾〟をビームの射線上に介入させ、アスランの砲火を受け止める。
そればかりか、防御から間もなく、それらの〝盾〟は先端の砲門からビーム・キャノンを掃射する逆攻撃を行ってきた。
アスランは四方から浴びせかけられたビームをかわし、その対処に追われた。しかしながら、視線の先の〝クレイドル〟は泰然と佇んだままだ。相手はいまだ何の攻撃行動すら見せておらず、一方で〝ジャスティス〟が射かける砲火だけが、ことごとく無効化されてゆく。
一方的。この一方的すぎる戦闘の有り様が、アスランの恥辱心をカッと沸騰させる。
「〝
だから、役に立たないと判断したビームライフルを格納し、次の瞬間にアスランは両刀を出力させた。
的確に散らされるビームキャノンの合間を縫いながら、そうして彼は、一気に〝クレイドル〟本体に躍りかかる。
──やれる!
誘導兵器がなんだという? 如何に画期的な兵装だろうと、所詮は盾だ。つまり、シールドを手放している〝クレイドル〟は今とても無防備な状態にある。
そして、肝心の〝クレイドル〟本体が依然として何の動きも見せないのは何故だ? パイロットが端末の誘導操作に
だからこそ、アスランはそれまで無防備だった〝クレイドル〟本体への突撃を敢行したのだ。
「────!」
そのとき横合いからドラグーンが斉射したビームのひとつが、アスランの航路を僅かに狂わせた。些細なズレ、微妙な拍子の遅れ、〝ジャスティス〟が小さく態勢を崩すが、それで怯む彼ではない。
両刀と双剣、似て非なる四つの刃が一瞬の間に剣戟し、深紅と白銀、ふたつの機影が須臾のうちに交錯する。
次の瞬間、両刀を振り抜いた〝ジャスティス〟の右腕が、半ばから切り裂かれて宙に舞った。アスランの見せた一瞬の隙に付け入るように、ステラが背後へと駆け抜けざま双剣を一閃させたのだ。
そしてそれは、今まで絶対と信じ疑わなかったアスランの技量をも超越した早業だった。
アスランは愕然として、断ち切られた腕先を見つめる。
──超えた、と、思ったのに……!?
自分は既に、妹さえ凌駕する『強さ』を手にしたはずだったのに……!