~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『逢魔時の訪れ』

 これまでの〝ストライク〟は、獅子奮迅の活躍を見せ、今回もまた〝アークエンジェル〟に取り付こうとしていた〝イージス〟を退け、艦を護り抜いた。

 ────そして、まるでこれまでの因縁に決着を付けようとするみたいに、一騎討ちを望むかのように〝イージス〟と共に対岸まで飛び離れて行ってしまった。

 ミリアリアは、ここまでを見ていた。把握していた。

 

「キラ……! キラ! 応答して、キラ……っ!」

 

 ミリアリアは、懸命に声を荒げる。

 世界が閃き、遠方に巨大な爆発が発生したその直後のことだ。〝ストライク〟との通信を繋いでいた映像は激しい砂嵐(ノイズ)に歪み、直後『SIGNAL LOST』という文字が据え置かれたのは。

 

 ──あのキラが、負けた……?

 

 戦い──その終息を意味する静寂と沈黙が訪れた。〝ディフェンド〟を始めとする敵モビルスーツ隊は撤退し、鼻先の〝ブリッツ〟はパイロットが機体を放棄し、投降していた。再起が懸念される〝イージス〟もまた、再び襲い掛かって来ないところを判ずるに、何らかの深手を負ったとみて良いだろう。

 しかし、そんな安堵すべき現実とは裏腹に、ミリアリアの表情は、みるみる確信的な不安と焦燥に支配されてゆく。

 まさか、思いもしなかったのだ。キラが──〝ストライク〟が撃破されるなんて。

 こんなことになるのなら、キラともっと、色んな話をし合えば良かった。フレイとの一件があってから、妙に疎遠だったのだ。ひょっとするとキラから距離を空けていたのかもしれないが、それでも、キラは自分達を守るためにずっと孤独に戦い続けて来てくれていたのに──

 

「──『MIA』と認定されますか?」

 

 頭のチャンネルを切り替えたように、ナタルから冷徹に言葉が発せられ、マリューは心外と云わんばかりの表情を浮かべる。

 「MIA」とは、Missing in Action(戦闘中行方不明)の略称である。実質的には、軍内では「戦死」と形容するために用いられる言葉。単語の意味を察し、一同がしばし重たい沈黙に駆られる。しかし、そこに追い打ちをかけるような声が上がった。

 

「──〝ディン〟接近! 会敵は15分後!」

 

 マリューは我に帰った後、顔を上げ、唾棄するように云い捨てた。

 

「艦の修理を急がせて。離陸でき次第、この場から速やかに離脱します──」

 

 それは疑いようもなく、キラ・ヤマト、および〝ストライク〟を見捨てるという決断だ。

 〝ヘリオポリス〟の学生達から、猜疑の視線が一斉にマリューへと向けられた。温情に訴えかけるような視線が、突き刺さるように心に痛い。マリュー自身、その指示がどれだけ非人間的なものであるのか重々に承知していたが、

 ──譲れない……譲ってはならない!

 そんな決意が、立場上、彼女は背負わねばならないのだ。

 

〈──こちらトール! 爆発地点の確認に向かいます!〉

 

 納得できない少年からの通信に、マリューはぎょっと目を見開いた。

 

「ダメよッ、許可は出せません!」

〈何の許可ですか!? シグナルが消えたからって……まだ、キラがやられたって確証はないんですよ!〉

「それは〝イージス〟にも云えることだわ! もし〝アレ〟がまだ動いているのなら、あなたに何ができるの!?」

 

 鋭い指摘だが、それは正しい物の見方だった。──常勝の〝ストライク〟を討ったとされる真紅の機体に、新米パイロット風情が太刀打ちできるのか?

 そう云われたトールが、ぐっと堪えた面持ちになる。彼にもわかるのだろう。コーディネイターとコーディネイターの激闘を制した者に、ナチュラルの自分が叶うはずがないことくらいは。

 

「当艦にはもう、これ以上のリスクを背負う余裕などありません」

 

 すくなくとも、十五分後には〝ディン〟との会敵も予想されている。ここで戦力を余計に失えば、その迎撃すら十分に行えないのだ。

 云われたトールは、しかし、理解できても、納得できないこともあるようだ。

 

〈キラを……見殺しにするんですか!?〉

 

 それは、いつか聞いたやりとりのように思えた。

 これにはナタルが反論する。

 

「指示に従え、ケーニヒ二等兵! 文句なら後で聞きます!」

〈殺生ですよ!?〉

「文句のひとつも云えない身体になりたいのか!」

 

 ナタルは徹底していた。

 

「トールくん、今さら(・・・)なのよ、なにもかも……!」

 

 語気を強めるトールの意見が、分からないマリューではない。彼女達が現実に天秤(はかり)に掛けているのは、艦の命運と、いちパイロットの生命だ。

 勿論、出来ることなら、マリューとてキラの救助に向かってやりたい。しかし『どちら』を優先するべきかなど──トールを含めて──彼女達は既に〝アルテミス〟で決定づけているはずなのだ。答えなど、とうの過去に決まっていて、たとえ命を賭して戦った者を見捨ててでも、この艦は生き延びなければならない。

 

 ──ずっと、そうしてやって来たのだ、自分たちの……この旅は。

 

 民間人の少女を、軍事衛星に置き去りにしてでも、

 敵国の民間人を、人質に取ってでも、

 第八艦隊を、生き延びるための盾に使ってでも──。

 どれだけ見苦しくても、絶対に生き延びなければならなかったから、そうして来たのだ。

 

「トール。おねがい……今は、艦長のいうことを聞いて……」

〈ミ、ミリィ……〉

 

 剣幕に押され、ミリアリアが諦めたようにトールに促す。

 彼女の中にも、トールは死んでほしくない、という思いが強かった。生死の分からぬキラのために、恋人である、トールまで失うわけには……。

 

 ──こんなにも、身勝手だなんて……俗物よね……。

 

 友達のために、自分の恋人を危険には……やっぱり、曝せない。

 そんな自分が、ひどく最低な女だと思い知るようだ。悔やみながら、それでも、今のミリアリアにはそう伝えることしか出来なかった。──仕方がない、トールが出撃している間、彼女はずっとはらはらしていたのだ。

 

「オーブに連絡を入れます。──人命救助なら、あの国は引き受けてくれるわ」

 

 今は、一縷の望みに賭けるしかないのだ。

 この決断が、こののち〝アークエンジェル〟を平穏にアラスカまで送り届けることになる。

 

 

 

 

 

 

 〝クストー〟に戻ったイザークは、状況が落ち着き次第、艦長であるモンローに食って掛かっていた。〝イージス〟に〝ブリッツ〟──二機がいつまでも帰還しないのである。

 発令所に出戻って原因を訊ねれば、二機共に、交戦途中に交信が途絶したとの報告を受けた。アスランの乗る〝イージス〟に至っては、シグナルが消失したとの報告も上がっている。

 

「──そんな莫迦な話があるか!?」

 

 イザークのがなり声を聞き付け、帰投した〝バスター〟と〝ディフェンド〟からも、ディアッカとステラが、それぞれ発令所の前で足を止めた。

 

「奴等が……? 奴等が、やられたっていうのか!?」

「だが、ふたりは不明で、これが今の現実なのだ」

 

 冷静にたしなめられ、イザークはカッと頭に血が上るのを感じた。

 そんな彼に比べると、ディアッカは冷静に状況判断が出来ているようである。血の気に滾った友の肩を背後から掴み止めると、諌めるようにその名を呼ぶ。しかし、すぐに「放せっ!」と乱暴に跳ねのけられてしまった。

 なおもイザークは、艦長に喰い縋るように吼えた。

 

「すぐにでも足つきの追撃に出る!」

「許可できない。キミ達には、ジブラルタルより帰投命令が出ている」

 

 発せられた言葉に、ザラ隊の面々は虚を突かれた顔を浮かべた。──帰投命令? まだ、与えられた任務も完遂できていない、こんな中途半端な段階で?

 それがラウ・ル・クルーゼの指令だと云うのだから、直属の部下である彼らに拒否権はなかった。

 

「ニコルがやられ、アスランも戻らない……! こんな状態で引き下がれと云うのか!?」

「そうして闇雲に出て行かせ、キミたちまで帰って来なければ、部隊を預かった我々の立つ瀬がないんだ、わかってくれ」

「なんだと!?」

「勝算はない──そうだろう! 赤ならば、そのくらい分からんか」

 

 冷淡に放たれた言葉には、イザーク達に対する失望が混じっていた。

 そもそも、五人がかりで沈められなかった艦を相手に、今さらイザークが出て行ったところで何になる? 

 たしなめられ、イザークは顔を真っ赤にしたが、それ以上の反論は出来なかった。その代償として、発令所を出た後、すぐの廊下で癇癪を起こした。

 

「どうして奴等がここでやられなきゃならない!? 伊達に赤を着ているんじゃないんだぞ、えぇっ!?」

 

 怒りの矛先は──完全に八つ当たりである──彼の背後の人物に飛んでいた。

 いつも当たれるアスランもいず、ニコルもいない──それでも、ステラが、彼らの後に距離を置いて続いていたのだ。

 鋭い目に睥睨され、ステラはびくりと肩を竦めた。

 

「ニコルと共にいたんだろう……!? なんであいつを守ってやらなかったぁ!?」

「……!」

「イザーク、よせよ!」

 

 ディアッカも、このときばかりは仲裁に入った。いつも斜に構えている彼らしからぬ対応である。

 

「ステラを咎めたって、何にもならないだろう!? こいつだけが悪いわけじゃない!」

「落ち着かんさ! こいつ、よもや手を抜いてたんじゃないだろうな、足つきに──」

「──ッ!」

 

 ディアッカの声が響くよりも先に、少女の小さな掌が、イザークの左頬を叩き飛ばしていた。

 いい音が、響いた。

 

「──自分だって、何にもできなかったくせに!!」

 

 少女の中で抑えられていた感情が、そのとき、たちまちに噴き出していた。

 ステラが、イザークを叩き飛ばしたのである。あまりにも不躾な言葉を放った、その責任を取らせる形として。

 

 ──陸にすら辿り着けなかった者が、偉そうに!

 

 仮にも〝アークエンジェル〟に容赦をかけて、その結果、アスランとニコルを失った? ──八つ当たりにしても、おかしな論理だ。誰が好きこのんで、敵軍のために家族を犠牲にするだろう。

 少なからず、ステラは自分の感情を爆発させていた。まるで見たこともない様子だと、ディアッカも驚いて目を遣った。彼女の瞳には大粒の涙がたまっていた。それを見て、「そうか」と改めて考えさせられる。

 

 ──こいつも、悔しいんだ……。

 

 それはそうだろう──。彼女は、アスランに続いて、ニコルまで失った。

 元々、クルーゼ隊の補充要員として加入したステラに対して、イザークやディアッカからの風当たりは辛辣なものだった。特に、彼女の経歴そのものが気に入らないイザークから見れば、それでも兵としての優秀さを見せつける彼女は余計に腹立たしい存在であったのだ。

 そのようなクルーゼ隊の中で、ステラが頼ることのできた人物と云えば、アスランとニコルくらいのものだ。それらが同時に失われたとなれば、彼女だって激情のひとつやふたつ、憶えていても道理なのだ。

 というより、今まで、彼女をそんな立場に追いやることしかしていなかった自分が、なんだか情けなくさえ思えてしまう──まるで大人げなかった、そのうえ、それが女の子に対しての振る舞いだったろうか?

 ──どうして、もっと早くに気付いてやろうとしなかった……!?

 経緯はどうあれ、彼女もまた、肩を並べて出撃する仲間であったということを。

 このときにディアッカは改心していた。

 

「……なに、するんだッ」

 

 叩かれた箇所を抑えながら、イザークが悔しそうにキッと顔を上げる。

 ステラはハッとして、彼をぶった左の掌に目線を落とした。それきり、ばつが悪くなったように俯き込んでしまう。

 他人を殴ったことに、ステラ本人が、誰より驚いているのである。

 見かねたディアッカが、皮肉屋らしく振る舞うことも忘れて仲裁に入る。

 

「問題ない、今のは、イザークの失言だ。──でもな、イザークだって悔しいんだ、わかってくれ」

「あ……うん……」

「ディアッカ……!?」

 

 得心を誘い、次に彼はイザークの方を振り返る。

 

「オレ達が今ここで云い争ったって、何にもならない。そうだろ、イザーク」

「……くッ」

 

 エリート育ちで殴られた経験があまりないのだろう、イザークは心外な頬の痛みを必死で堪え、それでも、目は正直で、真っ赤に涙を溜めていた。乱雑な動きで振り返り、すぐにその場から立ち去ってしまう。

 ディアッカもまた、フォローを入れるような形で彼の後に続いた。

 取り残されたステラは茫然として、自身の手を見下ろしていた。イザークをはたいた掌が、ジンジンと痛む。

 

「…………」

 

 叩かれた方は、たしかに痛かっただろう。

 でも、叩いた方も痛かったのだ────色々と。

 

「なぐ、った……」

 

 無意識に、手が出ていた。

 ステラは、戦闘時以外のシーンにおいて、こうも激しく感情に火を灯した経験はなかった。エクステンデットにとって、感情はひどく機械的で、義務的なものでしかない。一個の生命体・被験体としては、付属品のようなものと云ってもいい。

 彼女にとってかつての毎日は、無機質なものでしかない。情緒はあまり必要とされなかった。

 強化人間としての機械的な訓練漬けの日々は、確実に、彼女から人間らしさを取り上げ、完成された戦闘兵としての研ぎ澄まされた感覚を養って行った。ロドニアのラボは遊園地みたいな場所だった、いろんな機械や施設があったからだ。モビルスーツ操縦のシミュレーターや、対G訓練のための装置。身体のどこかには、いつだってセンサーが付けられていた。

 そんな自分が、いま、自分の意志で手を奮った。

 正当防衛でもなんでもない、自分の、単なるわがままで。

 

 ──ステラは、悔しい、の……だろうか……?

 

 きっとそうだ。

 でなければ、たった今手が出るはずがないのだから──。

 感情に身を任せて、行動を起こす。

 それが、ひどく懐かしいようで、それでいて、とても新鮮に思えた。

 

 

 

 

 

 オーブの飛行艇──

 現場を離脱した〝アークエンジェル〟より人命救助の信号を受け、オーブは中立国として、遭難者救出のための救援隊を太平洋の島々に遣わせた。その中には、カガリ・ユラ・アスハの姿も、レドニル・キサカの姿もあった。

 彼らは激闘から翌日、その島で起こった戦闘の後片付けをする形で島に上陸。島の沿岸部に、大破した──正確には、装甲部がおおきく灼けて(ただ)れた──〝ストライク〟と〝イージス〟を発見した。両機とも、何らかの爆発に巻き込まれたのだと思われる。

 

「キラがいない……?」

 

 〝ストライク〟のコクピッドを調べても、中は無人だった。

 そこに、キサカが声を上げる。

 

「〝ストライク〟は──背中の損傷が著しいな。いったい、何があった……?」

 

 大破した〝ストライク〟は、さまざまな部位が飛散している状態で発見された。それでも、そこらに散らばっている、何がどのパーツであるのかの判断はつく。粉々に爆散した、というわけでもなかった。

 キサカが気になったのは、換装を取り柄とするその機体が、何のバックパックも背負っていないこと。

 ストライカーパックの機体が、どこにも見当たらないということだ。破片すら散らばっていないことを見ると、それだけが跡形もなく爆散したか、初めから背負っていなかったのか──。

 

「まさか、丸腰で〝コイツ(イージス)〟と戦ったわけでもあるまい」

 

 相討ち? ──この言葉が、状況を察したキサカの頭に、真っ先に浮かんだ。

 一方の〝イージス〟は、〝ストライク〟よりも大破を免れていた。人型としての原型は留めていたのである。それでも、装甲部は大きく灼き尽くされ、とても動くような状態ではない。

 考察するようなキサカの独白を、傍らのカガリも聞いていた。カガリもまた、不審がるように状況を推理していた。

 キラには先日、新装備であるフォートレスストライカーを与えてある。

 

 ──あいつ、まさか使わなかったのか……?

 

 あれこれと考えつつ、周辺を捜索した彼らは、やがて──海岸に倒れるひとりの少年を発見する。

 赤いパイロットスーツ、ザフト兵だ。

 大きなヘルメットの合間から、黒髪を覗かせる────端正な少年だった。

 生存していたアスラン・ザラは、そののち、オーブの飛行艇に収容された。

 

 

 

 

 アスランが目を覚ましたのは、その日の夕方になってからだった。

 周囲に気配を感じ、身を起こしたアスランは、傍らに、金髪の少年が立ち据えていることを把握した。

 

「──誰だ?」

 

 目を覚ますなり、アスランは不躾な質問を口にしていた。自覚はなかった。

 意識がまだ朦朧としているのか、記憶が定かではない。──自分は、なぜこんなところにいるんだろう?

 どうやら、見知らぬ艦艇の中のようだ。

 

 ──俺は、生きているのか……。

 

 段々と意識が回復してくるに連れ、状況が判断できるようになってくる。

 部屋には監視カメラが仕掛けられ、レンズの先は自分に固定されていた。自分は今、監視下にあるようだ。ただし、拘束されていないので、捕まった先は地球軍ではないようだ。僥倖だった。

 カガリは歩み寄り、見知らぬ少年に向けて言葉を放つ。

 

「ここはオーブの飛行艇の中だ、我々は浜に倒れていたおまえを収容し、保護した」

「……オーブ?」

 

 その手には、拳銃が握られていた。

 カガリとて、捕虜に向かって、いきなり拳銃を突きつけるような真似はしなかった。それでも、銃の安全弁はしっかり外していた。目の前の捕虜ががおかしな行動を走った暁には、撃つ気は十分にあるということだ。

 一方のアスランは、騒ぎを起こすのも勘弁願いたく、それ以前に、起き上がる気力すら湧かない気怠さに苛まれていた。茫然と、それでいてゆったりと、アスランはその場に上体を起こした。

 

「中立のオーブが、何の用だ? ……それとも、オーブは地球軍の味方だったか……」

 

 侮るような口調で吐き捨て、カガリが一瞬、堪えたような表情を作る。

 

「おまえに、訊きたいことがある」

「尋問……?」

「おまえは……〝イージス〟のパイロットだな?」

 

 断定は出来ているだろうに、カガリは丁寧に事実を確認している。

 なにせ、彼らは初対面なのだ。お互いが互いに、どんな人物であるのかを推し量ることは出来ない。

 

「──〝ストライク〟はどうした?」

 

 カガリは、訴えるようにアスランを質した。

 

「地球軍所属の艦艇から、人命救助の信号が発されていたんだ。近隣のオーブはこれを探知し、要救助者の捜索に向かった。わたし達は、その先で大破し、灼け爛れた〝イージス〟と〝ストライク〟を発見した」

 

 報せられる言葉に対し、こいつは何を云っているんだろう? と、ふとアスランは疑念に思った。

 「大破した〝ストライク〟」という、揺るぎない証拠をその眼で見て来ているのなら、現実は事実は、それが示した通りではないのか? ナチュラルの頭には、それすらも理解できないのだろうか──?

 

「質問に答えろ! 〝ストライク〟のパイロットはどうした!?」

 

 パイロット、その言葉に一瞬だけ、アスランの肩がぶるりと震えた。それをカガリは見逃さなかった。

 

「見つからないんだっ、キラが……! オマエのように、脱出したのか!? それとも……」

「あいつは……オレが墜とした」

 

 口籠るカガリの言葉を遮るように、短い言葉があっさりと放たれた。

 カガリは目をむいた。愕然として立ち尽くし、やっとのことで、口から震えた声を絞り出す。

 

「どういう、ことだ……?」

「〝ストライク〟は、オーブで手配された新装備ごと、破壊した……」

 

 ちゃっかりオーブのことを皮肉りつつ、アスランは俯きがちに、その先を続けた。

 アスランの云う通り、当時、アスランが操縦していた〝イージス〟は、〝ストライク〟を相手に尋常を超越した速度でビーム・サーベルを振り抜いた。

 

「機体の背後に回り込んで、バックパックごと、あいつを切り裂こうとしたんだ──」

 

 雷鳴が轟く曇天の下──

 アスランは完全に敵を制した動きで〝ストライク〟の死角まで回り込ると、無防備な背後より、ビーム・サーベルを出力して掛かった。

 そしてそれは、完全にキラの虚を突いた一撃であるはずだった。

 アスランの振り抜こうとした光刃は、すでに半壊し、所々で回線がショートしていた例の〝フォートレス・ストライカー〟を、何よりも真っ先に切り裂いた。

 

 その瞬間────巨大な爆発が起こった。

 

 おそらく、ビーム・サーベルの炎熱が〝フォートレス・ストライカー〟内部の断線に触れ、干渉し、思いがけない誘爆を引き起こしたのだろう。

 今のアスランに思い出せるのは、そこまでだ。凄まじい衝撃と爆発から機体を守るために〝イージス〟のフェイズシフトは全開され、機体はやがてすぐにエネルギーが落ちた。為す術がなくなったアスランはコクピッドから離れたが、不覚にも気を失い、その場に行き倒れたのだから。

 反芻する内に記憶が少しずつ鮮明に蘇って来て、アスランは無意識にひとりごちる。

 

「そう──いったい、どういう動力が用いられていたんだ? 〝ストライク〟のあの新装備──あれの爆発にオレまで巻き込まれたんだぞ!」

「そんなことはどうでもいい! おまえが、キラを殺したっていうのか……!?」

「おまえ、あいつを知ってるのか……?」

 

 キラを殺した──

 ようやくその実感が湧いて来たのか、アスランの表情が、やや悲痛な面持ちになっていく。

 

「爆発に巻き込まれたのは、あいつも同じさ。だが、あいつは〝それ〟をすぐ背中に背負っていたんだ、助かったとは、到底思えない……」

 

 アスランの見舞った一撃が、誘爆を引き起こし、キラを葬ったのだ。

 確かめるようにアスランがそれを反芻していると、カガリの方が、しびれを切らしたように彼を怒鳴りつけていた。

 

「そんなのっ、まだ分からないじゃないか!」

「……!?」

「キラはおまえと同じように、爆発に巻き込まれただけだ! だったら、まだ……!」

「だが、発見されていないんだろう? ……オレは〝ストライク〟を破壊するつもりだった。願ったり叶ったりさ……」

「きさま!」

 

 カガリはにじり寄り、勢いに身を任せ、拳銃を突きつけた。 

 

「遠因のひとつは、おまえたちにもあるんだ……!」

「なに……?」

「おまえ達だって、あんな危険な装備を造って、あいつに使わせたじゃないか……! 咄嗟のことで誘爆するバックパックなんて、危なっかしくてオレは見たことがないぞ」

「あれは、ムチャクチャ複雑な構造をしていたんだ! 今のオーブには色々と手に余る技術を搭載していたから、安全性はたしかに、他の装備よりもずっと低くなってたかもしれない……」

 

 と、エリカ・シモンズは云っていた。

 しかしその分、大容量のバッテリーが搭載され、その分だけ豊富な火力を有していたのである。

 

「──でも! それもこれも、あいつがこの先、死なずに戦っていけるようにって……!」

 

 たしかに、フォートレスストライカーは、まだまだ未知の要素が多く含まれた装備である。おおよそ数年先の未来からやって来たとしか思えない『祖先』──『黒鉄の巨人』は、当世の技術力では実現しようのない、複雑で画期的な構造を持っていた。

 フォートレスストライカーは、そこに搭載されたエンジンやバッテリーのアイデアを流用して、あくまで間に合わせで急造したバックパックに過ぎないのだ。

 いまだ解析できていない部分の多い武装なだけに、一定の安全性は保障されていたが、それでも、どこでどう誤作動を起こすかは技術部でも解析できていなかったのである。カガリは云うが、アスランはぴしゃりと「あれは導線の長さの分からない火のついた爆弾だった」と返した。

 

「ナチュラル風情が、小手先だけであんなものに手を出すから! オレはその杜撰な結果を、この目で見て来ているんだぞ! 今回だってそうさ!」

 

 ビクトリアでのことを、アスランは持ち出した。

 あのときもまた、ナチュラルは本来ならば無敵であるはずの『黒鉄の要塞』を、完全無欠に運用できていなかったのだ。

 

「そんなの知るかよ! そもそもは──っ」

 

 カガリは我を忘れたように、アスランに掴みかかった。

 アスランの云う通り、このように未練がましい結末は、フォートレス・ストライカーの不備が招いてしまった技術的な事故──という表現も出来る。

 しかし──

 

「そもそもは、おまえさえいなければ──!」

 

 失調したように、カガリは涙ぐんだ瞳で、アスランに掴みかかる。

 間近で見れば、その少年は、ひどく端正な顔立ちをしていた。麗しいほどの黒髪は、夕日に照らされ、蒼くさえ見える。澄んだ翡翠色の瞳が、わずかに悲しげな色を含んでいた。中性的で、隅々まで整った十全の顔立ちは、感情による後悔と使命による達成感の中で、板挟みになっているようにも見えて映った。

 

「キラは……危なっかしくて、わけわかんなくて、でも優しい! いいヤツだったんだぞ!」

「知ってるよ……!」

 

 カガリは唖然として、アスランに視線を遣った。

 

「友達だったんだ……キラは……」

「ともだち……? おまえが、キラと──?」

「一緒に来いと、前にも呼びかけた……! あいつはコーディネイターだ! オレ達の仲間なんだ、地球軍に居る方がおかしい!」

「……! そのおまえが、なんでキラを殺すんだよッ!?」

「オレだって撃ちたくはなかったさ! 幼い頃からの、掛け替えのない親友だったんだ……!」

 

 しかし、アスランとキラの道が交わることはなかった。

 

「おまえの云う通り、昔から危なっかしいヤツだった……! オレがついてやらないと、頼りなくて、優秀なのに甘ったれで──オレの云うことは何でも『ためになる』って、聞き入れてくれるヤツだったんだ……!」

 

 なのにっ、とアスランは悲嘆した。

 

「あいつは変わった! オレが何度も呼びかけてやったのに、あいつはオレの所に来なかった! だから現実は、あいつのためにならなかった!」

(こいつは、自分が正しいと信じて疑っていないんだ……!?)

 

 カガリは対話する中で、段々とこの少年が見えて来た気がしていた。

 この少年は、自分が正しいと妄信しているいるから、それ以外が判らないのだ。だから、キラがザフトに来なかった理由が判らないのだ。

 

「現実を招いたのはおまえなのに、逃げるような言い方をして……!」

「あいつはオレの家族を傷つけ、仲間も殺した! 敵なんだ、今のあいつはもう!」

「キラだって、守りたいもののために戦ってたさ! なのに、なんで殺されなきゃならない!? それも、友達のおまえに……!」

 

 カガリは居直り、再びアスランに訴えかけた。 

 

「殺されたから殺して……殺したから殺されて──それでホントに、最後は平和になるのかよ!?」

「なるさ……ッ! みっともないナチュラル共が滅びれば!!」

「……ッ! バカヤロウッ!!」

 

 たまらなくなり、カガリはアスランをベッドに叩き付けた。

 アスランの端正な顎先に拳銃を突きつけ、悲鳴のような声で訴える。

 

「なんでそういうことになる……!? どうしてそう暗いんだ!?」

「暗い!? 何がッ! 軍人は誰だってそのために、そう信じて戦っているんだぞ! ──中立国風情の、それも……おんな? あっ、きみ(・・)には分からないさ!」

 

 目の前にある胸の膨らみを眇めた後の言葉が、突然、丁寧になった。

 一緒くたに侮られ、カガリは血が湧くような怒りを覚えた。

 

「私だって戦っていたさ! ザフトから自由を取り戻そうと、誓い合ったやつらと一緒に──命賭けでな!」

「自己満足のひとつ憶えだ!」

 

 アスランは、目の前の少女を否定した。

 

「生身の感情に訴えるだけで、きみは何もわかってない……感情論に突き動かされるのは俗人だけだ! オレは軍人だ!」 

 

 侮られ、カガリは自分の血が沸き立つのを感じていた。かつて、ここまで他人が憎いと感じたことはなかったのだ。カガリ自身が長らく疎み、直接対話する機会にも恵まれたアンドリュー・バルトフェルド──彼に出会ったときでさえ、ここまでの怒りが沸かなかったというのに。

 この少年の、どこまでも正しさに溺れた口数を減らしてやりたい。今すぐにトリガーを引き、キラの仇を討ってやりたい──!

 

「撃ちたければ撃てばいい! そうすれば、きみにも少しは実感できる──!」

 

 カガリの心のうちを見透かすような口調で、アスランは叫ぶ。

 

「その銃は飾りじゃないんだろう……!? そこにあるトリガーは、憎むべき相手を討つために(・・・・・・・・・・・・)存在しているんだ!」

 

 正当防衛のため──

 あるいは、守りたいものを守るために銃が存在すると唱える者がいる──しかし、戦時においては所詮、空虚な理想論だ。

 

「『敵である者は撃たねば何ひとつ守れない』──それが今、オレ達がやっている戦争なんだ! ──何か違うか? おかしなことを云っていると思うか!?」

 

 違わない、そうさ──とカガリがまた、胸の中で彼の言葉を認めてしまう。

 だからカガリも、リビアでは銃を取ったのだ。敵を滅ぼすためではなく、守りたいものを守るために──

 拳銃を鼻先に突きつけられてなお、アスランは物怖じることもなく言葉を続けた。

 

「だが、その敵が友達であると分かった途端に、きみだって最初はこう云うんだ──『話が違う(・・・・)』と!」

 

 みずからがその立場に置かれたとき、果たして自分はどうだろう──

 云われるままに想像してしまい、カガリがくっと少年の言葉に怯む。それを是と取ったアスランは、さらに確信して云い募った。

 

「いいや、何も違わなかった……! オレにとって、今のキラは地球軍に味方した敵でしかなかった……! なら撃つしかないじゃないか!」 

 

 カガリが声を荒げているのは、単純な義憤からでしかない。

 しかし、親友が親友を殺す──その事実に当事者でもない彼女が口を挟む権利があるのか? アスランを糾弾する資格があるのか? アスランとキラ、既に彼らの中で割り切れている問題に、アスランにとって──どこの馬の骨ともしれない、初めて出会う、こんな女に……?

 

(こいつ、気安くないか……!)

 

 そもそも、目の前の少女が誰で、どんな経歴を持っているのか、アスランにとっては知ったことではないのだ。

 そしておそらく、この先、この少女と出会うこともないのだろう。

 たったそれだけの人間に、なぜ、自分が信じてやって来たことを真っ向から否定されなければならない? キラはコーディネイターだ。なのにキラは、ナチュラルの味方をする道を選んだ。その選択がそもそも間違っていたのに、この少女は、さながら今のアスランが間違っているかのような言葉をぶつけて来る──

 

 ──オレは間違ってはいない、きっと……!

 

 アスランはそう信じて、疑わなかった。

 カガリはすんでのところで思いとどまり、アスランの襟元から手を離すと、振り向いて壁を大きく殴りつけた。喚くように悲嘆し、その場で叫び捨てる。

 

「ちがう……ッ!」

 

 親しき者の死を悼むこと、仇を討つことは、まったくの同義ではない。

 少年との査問を終え、カガリは事態の全てを理解して、それでも気を鎮め、掌の銃を手放すことしか出来ない。

 憎しみや怒りに身を任せ、この場でこの少年に意趣を返しては──それは、カガリ自身で彼の言葉を肯定することになるからだ。

 

 ──殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで平和は絶対に訪れない……!

 ──わたしは、こいつのようにはならない……!

 

 必死でそう言い聞かせ、カガリは銃をすんでの所で撃たずに堪えた。

 

 

 

 

 

 

 やがて、飛行艇がオーブに入国するよりも前に、ジブタラルタルからザフトの飛行艇が一隻、アスランを迎えに上がった。

 軍人のたかがひとりを相手に、飛行艇を用意してくれるとは何事だ、と思ったが、どうやら、先日の戦闘で〝ストライク〟を撃破したアスランには、ネビュラ勲章が与えられるそうである。

 ──ではこれは、その待遇の結果か……?

 ネビュラ勲章のことを、飛行艇のコパイロットから聞かされたアスランは、妙に複雑な気持ちになった。

 

「しゃんと胸を張れ、良い働きをしたんだぜ、きみは」

 

 コパイロットの中年の男は勝ち誇って笑い飛ばす。が、正直なところ、親友を討ったことが功績と云われても、素直に喜べない自分が、アスランの中には確かに存在していた。

 アスランはジブラルタル基地に帰還し、クルーゼ隊の面々と再会を果たすことになった。

 驚いたことに、イザークにディアッカが迎えに上がり、その奥にステラが据え、再奥には久しく思えるラウ・ル・クルーゼの姿も認められた。

 イザークとディアッカと会釈を交わし、アスランは歩を進める。今まで嘘を吐いていたことから、ステラからはすこし目線を逸らしてしまったが、それでも、アスランが生きていたことに彼女はすこし喜んでいるようだった。心から喜べていない様子は、目に見えて明らかであったが。

 彼女の横を通り過ぎ、銀色の仮面を着用した上司の許に足を運ぶ。

 

「──ご苦労だった、アスラン」

「……いえ」

 

 アスランは謙遜して答えた。

 隊長の責務を、真っ当出来たとは思えないのだ。

 結果的にアスランは、ラウから預かった隊員のひとりである、ニコルを失ってしまったのだから。

 

「いや、キミは十分によくやってくれた。どうやら、女神の盾(イージス)がきみを護ってくれたようだな」

 

 詩的な冗談だが、無機質な仮面の男が放つから、まったくの感銘が受けられない──そう思うのは失礼だろうか。

 

「出戻って早速わるいが、お父上が〝プラント〟の評議会議長に就任なされたことは知っているかな? 議長閣下から、早急に〝プラント〟に戻って来るようご命令だ」

「えっ」

「私としては残念だが、今日付けで、キミは私の隊から離脱し、評議会直属の特務隊パイロットとなる──トップガンだな、アスラン」

「特務隊、私が……?」

 

 その報告に驚いたのは、アスランだけではないようだ。

 背後のイザークやディアッカもまた、面食らってその報告を聞き留めている。──だが仕方ない、無敵とまで云われた〝ストライク〟を、たったひとりで撃墜したのだから。

 

「新鋭のモビルスーツが完成している。キミは、そのパイロットに選ばれたのさ。上官として、誇りに思うよ」

 

 クルーゼはそう云って、早速移動の準備に取り掛かりたまえ、と云い伝えた。それきり踵を返して、基地の中へと戻って行く。

 イザークとディアッカも、アスランの横を通り過ぎながら、思い思いに言葉を発する。

 

「ふんっ、貴様が特務隊とはな」

「大抜擢ってやつ? こうも差が開くと、こっちもいくらか落ち込むぜ」

「今度は俺が貴様を部下にしてやる、それまで、死ぬんじゃないぞ」

 

 彼らの態度が、丸くなったように思えたアスランであった。

 自分が留守の間に、なにか心境の変化でもあったのだろうか?

 素直に認めてくれるなんて、珍しい。

 

「……アスラン」

 

 掛けられた声に、アスランは振り返った。

 ステラが、上目遣いでこちらを見上げていた。

 

「……キラ、は……?」

 

 掛けられたのは、悪夢の質問だった。

 それは、アスラン自身が、彼女にずっと吐き続けて来た虚構の話──。

 ──〝ストライク〟には、別のパイロットが乗っている。

 ステラはそれが作り話であることを、このときすでに、知っていたのだ。

 

「…………」

「こたえて……!」

「あいつは……!」

 

 アスランは喉奥に力を入れたが、やがて、飲み込んで視線をそらしてしまった。

 弱々しい声で、告白する。

 

「あいつは……っ、もういない──……」

 

 その場に、沈黙が流れた。

 目を背けたまま、アスランにとって、どれだけの長く感じられる時間が流れただろう? 数秒か、数十秒か、果てしない後ろめたさに苛まれながら、アスランは歯噛みした。

 

 重たい沈黙を破ったのは、ステラだった。

 

 彼女が、つかつかと、怒ったように忙しない歩調で歩き出したのだ。

 そうして、アスランの眼の前を通り過ぎるとき、

 

「──うそつきッ」

 

 云い捨てて、背を向けて基地に戻って行く。

 小さな背中を見送りながら、アスランはひとり、その場にごちる。

 

「どうして、わかってくれないんだ……」

 

 寂しい風が吹き抜け、アスランはつぶやいた。

 その嘘は、彼女のために吐いたものだったはずなのに──。

 彼女が、これから戦いやすいようにと──最大限の配慮だったはずなのに。

 

 ──どうして、こうなってしまうんだろう……?

 

 今のアスランには、分からなかった。

 この瞬間から、アスランとステラ──ふたりが会えることは、しばらくなかった。

 ふたりは、知らなかった。

 

 

 

 

 

 太平洋最北部の海域──アラスカ半島の先、ベーリング海──。

 雄大な飛瀑に包み隠された巨大ゲートの先に、地球連合軍統合司令本部──『JOSH-A』は構えられていた。

 内部には空洞が広がり、人工地盤によって建てられた地球軍の本拠地は、核攻撃にも耐えうる堅牢さを持つ、と技術者のひとりは語るが、核が封じられた今のご時世では、何の利にもならない情報である。

 大きく損傷した〝アークエンジェル〟は、ようやく、この基地に辿り着いていた。

 

「──まさか、辿り着くとは……」

 

 噂に聞く大天使が、入港する模様を、将校のひとりがモニターで眺めていた。

 

「宇宙から遥々、ですかな? ハルバートンの執念が守ってでもいるのでしょう」

「守って来たのは、コーディネイターの子供たちですよ。片割れは大物と来た」

「そうはっきりと仰られるな、サザーランド大佐」

 

 皮肉がちな苦笑が、場に蔓延する。

 彼らには、歓喜の情はない。あるのはただ──珍妙がって見る好奇の視線だけだ。

 

「しかしまあ……〝ディフェンド〟や〝ストライク〟共々、アラスカに辿り着けなかったとは。なんと云うか、さいわい──でしたな」

「何を云われる? 〝ストライク〟はそうであれ、〝ディフェンド〟のパイロットを手放したことは、実に口惜しい……」

「仰る通り。よもや『ザラの娘』などと……その存在に、どれだけの利用価値があったのか。手放した時点で奴等は無能です」

 

 そう、結局〝アークエンジェル〟がアラスカに送り届けたのは、コーディネイターの捕虜と、〝ブリッツ〟のたった一機だけなのだ。

 

「GATシリーズは、今後我々の旗頭になるべき代物です。それがコーディネイターの子供に操られていたとあっては、話にならない」

「たしかにな……しょせんはヤツらに敵わぬものと、喧伝しているようなものだ」

 

 ウィリアム・サザーランドは、深げな言葉を発した。

 

「昨日未完成の技術も、明日にはより良く改善される──我々には、それだけ力があるのです。あらゆる技術は受け継がれ、さらに発展していきます。今度こそ、我等のために」

 

 その言葉に、頷きが返される。

 

「例の兵器は、使えそうですか?」

「使い手が幾分、不足していますが……なに、時間稼ぎには十分でしょう」

「すべては、青き清浄なる世界の為に」

 

 

 暗澹な笑みが、場に交錯した。

 

 

 

 




 こんなにも原作通りでいいのか、とはいつも悩むんですけどね……。
 ただ、ステラひとり増えたところで、大きく原作にあったイベントが打って変わってくるのか、とは切実に疑えてしまうんですよ。
 人間ひとりの力って、そんなにも大きいのか? と。

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