~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 長め、ですかね?
 すこし急ぎ気味な感じはしますけど……。


『終末の閃光』

 

 

 

 C.E.71日、4月1日。

 アプリリウス市に構えられた議長用の執務室、その座椅子に腰掛け、男は深い深いため息をついた。これまでの修羅の道のり、様々な苦悩と屈辱を耐え忍んで来た昔日の日々に報いるだけの、大きなため息だ。

 

「長かった──」

 

 評議会議長に就任した、パトリック・ザラである。この日の〝プラント〟では総裁選が執り行われ、評議会議長にパトリック・ザラが選出された。

 彼は〝オペレーション・ウロボロス〟の強化案となる〝オペレーション・スピッドブレイク〟を、つい先ほど議会に提出し、これを即日可決させていた。

 ──本当に長かった……これで、ようやく戦争が終わる。

 提出した原案では、攻撃目標をパナマと指定しておいたが〝真のオペレーション・スピッドブレイク〟の攻撃目標はまた別の地点である。これに関する情報は、まだ信用のおける人物にしか打ち明けていなかった。

 打ち明けたのは、側近であるレイ・ユウキ、軍事関係者その他少数、そして腹心の部下であるラウ・ル・クルーゼくらいのものであり──そのときパトリックの脳裏に、息子の姿が浮かんだ。──どうやら、まだ打ち明けて良い者がいたようだ。

 執務室のドアが開き、そこから現れたレイ・ユウキの姿を認める。彼は書類の入ったファイルを脇に抱えながら書斎に遣って来ると、デスクを挟んでパトリックに告げた。

 

「見事な当選、おめでとうございます。ザラ議長閣下」

「今さらだ、白々しい挨拶はよせ」

 

 パトリックにとって、己が議長に選ばれたことはかねてより分かっていた確定事項に過ぎない。しかしいざ現実となると、やはり歓喜にも似た感情が込み上げて来るのだろう、「議長閣下」と改めて云われ、彼の表情に自然と笑みがこぼれた。

 自分はついに、この座まで登り詰めたのだ。

 だが、気を抜いてはいけない。議長となった今からが、本当の勝負なのだから。

 正面に立つレイは、ファイルに目を通しながら「〝スピッドブレイク〟の発動予定日は来月、5月5日で変わりなく──……」と、いくつかの要件を伝えた後、パトリック新議長に続けた。

 

「それと、統合3局より、例の最新鋭機の話が持ち上がっています」

「おお、ついに完成したか? あの三機が」

 

 思い出したようにパトリックが云い、レイはすこし嬉しそうに語った。

 

「去年の〝ウロボロス〟可決の際は、〝シグー〟や〝バクゥ〟と云った新型のモビルスーツがロールアウトされましたからね。此度もそれに肖って、工廠が〝スピッドブレイク〟可決に合わせ、例の新型のロールアウトに尽力したようです」

「ユーリ・アマルフィが、粋なことをする」

 

 それを聞き、パトリックは声を上げて笑った。

 

「機体の命名はザラ議長にお任せするそうです。問題は、例の新型に搭乗させる三名のパイロット選出ですが……?」

 

 云われ、パトリックは再び背もたれに身を預けた。

 三名のパイロットの選出──そのうちのひとりは、既に彼の中では決まっていた。自身の正義をしっかりと見出し始めた、みずからの息子だ。あえて明言はしなかったが。

 

「パイロットについては、追々に検討を重ねるとしよう。なに、急ぐ必要はない、我らにはまだ時間があるのだから」

「承知しました」

 

 そう云って、レイは執務室から退室して行く。

 訪れた静寂──ややあって、パトリックはひとりほくそ笑む。

 

 ──見ているといい、レノア……。

 

 開発された新型のモビルスーツが、将来この〝プラント〟に、輝かしい栄光をもたらす旗印となる。

 混沌とした時代はすぐに終わる。

 暗闇に包まれた世界にも、太陽が昇る瞬間──〝暁〟はいずれ訪れる。

 パトリックはただひとり、今は亡きみずからの妻に、寂しげな思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟がオーブに滞在して五日──艦はすべての整備を終え、ついに出航の時を迎えていた。

 オーブより出航し、北回帰線さえ乗り越えてしまえば、残りはアラスカへの防空圏──完全に安全地帯へと入ることが出来る。懸念される唯一の問題は、宇宙と同じように追撃を仕掛けて来たGATシリーズによる襲撃だ。

 ラウ・ル・クルーゼという奇妙な感覚で繋げられた宿敵を持つムウにとって、今回、攻撃を仕掛けて来ている者達の隊長がクルーゼでないことは、奇妙なことに判別出来ていた。

 

「敵はクルーゼ隊じゃない。あいつが裏で引いていることには変わりはないが、指揮してるのは、また別の人間だろう」

 

 何を根拠にそんなことを云っているのか、マリューの腑には落ちなかったが、それでも苛烈な追撃を仕掛けて来る敵の指揮官を侮ってはいけない──それだけは、充分にわかるのだった。

 そんなときだ、ムウにマリューから唐突な質問が投げ掛けられたのは。

 

「少佐は、どう思われているんですか?」

「どうって、何を?」

「例の〝ディフェンド〟についてです」

 

 云われ、ムウは虚を突かれたような顔になる。そしてすぐにその言葉の真意を汲み取り、厳めしい顔を作った。

 そう、前回の戦闘で〝アークエンジェル〟は皮肉にも、あの機体の襲撃を受ける結果となった。敵として現れたそれを、ムウが終始牽制し、足止めしていた。それにより当艦と敵機が直接砲火を交えることはなかったが、それでも、有能なパイロットが機体を操っていたのは紛うことない事実だった。特機を任されるだけのパイロットにしてコーディネイターなのだから、それはある意味で当然なのかもしれないが。

 マリューはか細い声で不安を打ち明けていた。

 

「パイロットは、まさかとは思うのですけれど……」

 

 落ち込んだように俯きながら、弱々しい声で漏らす。

 以前〝ディフェンド〟を操っていたのは、ステラという少女だった。キラの話では幼馴染だったということだが、その素性や経歴は謎に包まれ──それでいて、パトリック・ザラの娘であることが判明していた。

 もしかしたら、彼女が──? と、信じられないと思いつつ、どうしても不安が頭を過ぎってしまう。あの少女がザフトに就かないという保証を、マリューは見つけられないのだ。

 ムウは一瞬として険しい顔をしたが、すぐに綻ばせて、目の前の女性の額を指で弾いた。ぱしんと弾かれ、マリューはくるんと目を丸くした。

 

「なぁに辛気臭い顔してんの、艦長さんが」

「ですが……」

「大丈夫さ。きっと、あの娘じゃない」

 

 その発言には、何の根拠もない。

 

「いくらパトリック・ザラだって、生きて戻った大切な娘を戦場に送り帰したりするかよ。そんな真似、普通の親にできるとは思えない」

 

 それをして平気なのがパトリック・ザラであるということを──

 くだんの男が既に普通の親ではないということを──彼らは知る由もないのだろう。

 

「なんにせよ、あとすこしでアラスカの防空圏だ。このまま、何事もなく行ってくれりゃあいいが」

 

 長い道のりだったが、ここに来てようやく実感が湧いてくる。もう少しで安全圏だ。宇宙でも地上でも、安全と云える場所に辿り着くことは出来なかったその日々が、ようやく報われようとしている。

 それにしても──とムウは思う。

 なぜアラスカの連中は、肝心の〝アークエンジェル〟に、何の補給も増援も寄越してはくれないのだろう? 亡きハルバートン提督は、当艦が持つ〝ストライク〟にこそ、これからの戦況を打開するだけの力があると仰っていた。そしておそらく、その予想は正しい。なのに地上本部は、その唯一の貴重なデータを持っているこの艦に、まるで興味がないようだ。

 ──なぜだ……?

 目下の〝ストライク〟より、はるかに重要な代物を、彼らは既に持っているというのか? それこそ以前、明けの砂漠が飄々と語っていた──ビクトリアの形勢を押し返したという──南アフリカの新兵器のような……。

 

「骨折り損のくたびれ儲けは、勘弁なのよね」

 

 下手をすれば、儲けることすら出来ないかもしれない──。

 ムウは不吉な予感を胸に、この先を祈った。

 

 

 

 

 

 

 オーブへの潜入から五日が経った。

 アスランは〝クストー〟艦内において「足つきはオーブにいる」という主張を固持し、オーブより北上した接続水域に網を張るように艦長に打診した。その作戦の根拠を、後になって艦長や隊員たちに明かした。

 以前〝アークエンジェル〟に乗艦していたステラが、件の艦船に残してきた代物──それが他でもなく、先日回収した「ハロ」だということだ。それがオーブ国内で確認された以上、目的の船舶も間違いなくオーブの中に潜んでいる。

 それだけ云われれば、イザークたちも否応なく納得せざるを得なかったが、やはりそれでも、腑に落ちない部分はあったらしい。

 

「そもそも、ハロってなんなんだよ」

 

 イザークは真っ当な質問を投げかけた。

 アスランは答えなかった。

 

 

 

 

 潜水艦(クストー)の艦内、パイロットに与えられる部屋はしごく簡素な造りとなっており、向かい合うふたつの二段ベッド以外には、これといった設備もない。そもそも軍艦とは、各々のプライベートに配慮がなされた構造で造られてはいない。

 たとえ相手が女性であろうと、女の子であろうと──彼女のプライバシー、具体例としては、寝床を仕切るのは、薄い布《カーテン》そのたった一枚に過ぎないのだ。

 そのカーテンを閉めきり、ステラは、与えられたベッドの上に茫然と座り込んでいた。

 自分のせいで、〝アークエンジェル〟の存在をアスランに知られてしまった。自分さえ迂闊な行動を取らなければ、こんなことにはならなかった、戦闘は避けられたのかもしれない。世話になった者達に、再び銃を向けなくても済んだかもしれなかった。

 

 ──もやもやが、とれない……。

 

 胸の奥が混然として、気分がわるい。すっきりしない。

 これが普通の人間が持っている、感情、迷い……葛藤?

 一向に慣れない、不快な感覚だった。やがて心が、押しつぶされてしまいそうだ。

 

「…………」

 

 同室のニコル・アマルフィは、落ち込んでいる彼女をただ、見守ることしか出来なかった。

 

「──おかしいですよ、アスラン」

 

 痺れを切らしたように、彼は発令所にて敵艦の反応を待つアスランに、背後から話し掛けた。にじり寄るようにして訴えかけた。

 当の本人は「なにが?」──とあっけらかんとしている。するとすぐに、「ああ」と思い立ったように言葉を続けた。

 

「心配ないよニコル。足つきがオーブを出た後は、北回帰線を越えようと北上する。今にでも、この海域に現れると思うんだが──」

「そういうことを云ってるんじゃありません」

「……なんだ?」

「ステラさんがずっとあんな状態なのに、どうしてあなたは、励ましのひとつも掛けてあげないんですか」

 

 隊員のメンタルを曲がりなりにもケアするのが、隊長の務めではないだろうか? いや、隊長になったばかりのアスランに、そんなことを云うのは理不尽だ。それでも、こう云ってはなんだが、アスランは兄としてのキャリアは長いのだかから、もっと兄として、他の振る舞いが取れるはずではないだろうか?

 隊員ではなく──妹に対する配慮。

 隊長ではなく──兄としてしてやれることが、もっと他にもあるはずだ。

 ニコルはそれを追及した。

 

「励ますもなにも、落ち込む理由がないだろ」

 

 しょせん、今のアスランにとっては「落ち込む理由がわからないヤツに、的確な励ましが云えると思うのか?」ということなのだろう。正論だ。だからニコルも、何も言い返すことが出来ない。

 今のアスランは「兄」ではなく──「軍人」なのだ。

 なかば諦めてしまうように、ニコルはダメだ──と引き下がってしまった。──この人は、こんなにも人間味のない人物になってしまったのか。

 たしかに、ニコルの知る彼は常に冷静で、ときに理知的──客観的に物事を見、必要があれば正論や模範的な回答を発言することのできる、良い意味での優等生だった。しかし今の彼は、その正論を武器にして振りかざしているようにも見える。論を巧妙にずらし、理路整然と理屈を当てつける。どこか取っ付きにくく、畏怖にも近い感情を抱かされる。いったい、いつから──?

 

 ──そのうち、わかる……。

 

 前にステラが云っていた言葉の意味が、段々と分かって来たような気がしたニコルであった。

 そのとき、

 

「──敵艦の反応あり!」

 

 オペレーターの声が、発令所にこだました。艦長ならびに一同が目を見張り、レーダーを確認する。反応は大型だ、まだ年若き隊長の勘が当たったことを、全員が期待していた。

 当のアスランは確信して、艦長に促す。

 

「出撃準備に掛かります、艦の特定急いでください!」

 

 いちおう言葉に出すが、艦の特定など、すでに必要ない。

 ──あれは〝アークエンジェル〟だ……!

 奥歯を噛みしめ、ニコルもまたアスランに続いて発令所を出る。

 しかし、途中でアスランと進路を違え、いったん、自分に貸し与えられた部屋へと足を運んだ。何をしてあげられるわけでもないが、どうにも気に掛かる少女の姿を確認しに行ったのだ。そうして、いざ部屋に辿り着いてみると────すべてのベッドカーテンは開かれ、少女の姿は、既にそこになかった。

 意外に思い、すぐに格納庫への道に着く。すると彼女は、茫洋とした足取りで格納庫へ向けて歩く……いや、跛行していた。

 

「大丈夫なんですか……?」

 

 ニコルは心配に思って声を掛けるが、少女の方は、すっかり気の抜けた表情をしていた。ニコルの今の声すら耳に届いているか怪しいほど、茫然としている。死神に魂を吸い取られた後のようだ。

 ──まるで抜け殻だ……。

 警報の発令を受けて、無意識に身体が〝ディフェンド〟に向かっているのかもしれない。

 そこで、彼女はようやく声を絞り出した。

 

「もう終わらせる──もういやだ……」

「え……?」

 

 ニコルの目の前にあったのは、 

 

「気持ちわるいのはイヤっ、ここでたおす……!」

 

 ストレスに耐え切れず、なかば自棄を起こす少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 警報が鳴り響く。

 どうやら───『敵』が発見されたらしい。倒さなきゃいけない、そんな『敵』が。

 

 ──今の自分と昔の自分、本当はどっちが『しあわせ』だっただろう……って、ふと考えたりする。思い返してみたりする。今までの自分にできなかったことだから。

 

 薬剤が切れたら苦しむだけの昔は、立場だけを見れば不憫で──そして何より、不自由な生活を強いられているようにも見える。

 でも、そのときだって、そのときなりの「幸福」は存在していた。面倒なことを考える必要はなくて、指示された敵を撃つだけで良い。働くだけで誰かが自分を褒めてくれる、敵を墜とすだけで自分の存在意義を見出すことが出来る──そんな、単純明快な世界の中で生きていられたからだ。

 その点、今はどうだろう。

 色んなこと──複雑なことを知るようになった。嬉しいこと、楽しいこと、優しいこと。そして────哀しいことや、辛いことを。

 ずっと昔から、アスランはやさしい人なんだと思っていた。

 

 でもそれは、きっと違った。

 

 昔の話だったんだ。ひょっとしたら、自分が幼くて無知だったから、そう思えていただけなのかもしれない。そう信じていられただけなのかもしれない。

 気付きたくない──そんなことにまで、気が付くようになった。

 知りたくもなかった──いろんな現実を知るようになった。

 記憶がある──思い出が残るということが、それこそはじめは嬉しかったかもしれない。でもそれが、如何に過酷なことで(・・・・・・)あるのかを、ここに来て突きつけられるよう形になった。

 

 ──どっちがしあわせ……?

 

 単純な右上がりの成長の一途を辿る者が、ある折に挫折するのは、ある日に当然のように訪れることで。

 まだまだ未熟な────彼女の心は、ここで挫折することを選んだ。

 

「こんなの耐えられない……苦しいだけが今っていうなら、昔に戻りたいっ、ぜんぶ忘れたい!」

 

 重圧に負けたのは、まだ────人間として未完成な心。

 

「知りたくもないことで傷つくくらいなら、こんな生活もういらない!」

 

 疑心、不満、当惑、そして絶望──こんなものいらない。

 持っていても、つらいだけ。

 

 ──そうだ……忘れて(・・・)しまおう……。

 

 最適化を受けることは出来ない。

 いらない記憶を、除去してもらうことは出来ない。

 だから〝アークエンジェル〟のことを想うと、勝手に胸が苦しくなる。胸の奥がもやもやする。

 撃たなきゃならない、世話になった者達の顔が頭に浮かぶからだ。

 

 ──だったらもう、自分の手で忘れちゃおう。

 

 ぜんぶ、なかったことにしちゃえ。

 かれらを倒して。

 かれらを葬って。

 げんじつを先に潰せば、きおくは自然と消えていく。

 いらない記憶を、ずっと昔のことにしちゃえばいいんだ。

 

 目の前に佇む、黒鉄色の機体を見上げる。

 コクピッドに潜り込み、シートに着いた彼女は、茫然としながら云った。

 

「一緒にこわそう(・・・・)……〝ディフェンド〟────」

 

 まもることを忘れて、こわすことを思い出す。

 できる──〝ディフェンド〟は、〝デストロイ〟の力を持って継いだ機体(ガンダム)なんだから。

 

 巨悪の力を受け継ぎし黒鉄色の機体の眼に、紅い灯が浮かんだ。

 禍々しい装甲を持った機体が動き出す──。

 ステラはそうして、破壊者の分身(ディフェンド)へ乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

「──例の追撃部隊!?」

 

 オーブを出航し、すぐに北方に向かった〝アークエンジェル〟であったが、その進路上にGATシリーズが配備された敵艦の反応を探知していた。

 まさか、一週間近くもここで網を張っていたのか?

 驚きにマリューは目を見開く。オーブは完全に〝アークエンジェル〟の存在を秘匿していてくれたのではないのか? いったい、どこから情報が漏れたというのだろう? それとも、確証もなしにずっとこの海域で──?

 考えるのは二の次だ、彼女はすぐに毅然としてクルー達に声を張り上げる。

 

「〝ストライク〟と〝スカイグラスパー〟出撃! ここさえ乗り切れば、アラスカの防空圏は目の前よ!」

 

 必死の叫びに、一同は頷く。

 

「逃げ切れればいい! 各自健闘を!」

「ECM最大強度! スモーク・ディスチャージャー投射! 両舷煙幕放出!」

 

 飛来する敵機の接近を許すよりも前に、各クルーによる迅速な行動が行われた。〝アークエンジェル〟は煙幕弾を射出し、上空にて炸裂した弾丸の内部から、濃い噴煙が放出される。

 もくもくと質量を増やしていく濃煙は、やがて巨大な〝アークエンジェル〟の船体そのものを包み隠した。

 その隙に、艦前方のカタパルトが開放され、続けざまに戦闘機が二機、飛び去って行く──〝スカイグラスパー〟一号機と二号機である。

 一号機にはランチャーストライカー装備が備えられ、こちらにはムウが搭乗している。

 二号機には、先の戦闘でなかなかの活躍を見せたトールが搭乗し、こちらにはエールストライカーが配備されていた。より機動力を底上げし、被弾率を下げ、生存率を上げているのだ。

 

(ソードで来るつもりか……?)

 

 発進した〝スカイグラスパー〟の機影を認めたアスランが、胸の中で呟く。

 現時点で〝ストライク〟に残された装備は、ソードストライカーのみかと思われた。しかし実際には、キラはオーブにて預かった新型の装備に換装していた。

 フォートレス・ストライカー。

 他の三機の装備よりも圧倒的な火力、機動力を誇るエンジンを搭載した、画期的な新装備だ。

 殲滅力に重きを置いているのか、一対多数のこのような戦況において、四装備の中でもっとも向いた装備と云える。

 

「システムオールクリア、パワーフロー良好──……」

 

 キラは新装備を装着した〝ストライク〟のチェック作業を進めつつ、機体をカタパルトデッキへと進めていく。

 すると発進前になって、キラはコンソールに映し出された、奇妙な文字に目を取られた。

 

「フォートレスストライカー……原案(もと)になったものは、GFAS-X1〝デストロイ〟──?」

 

 聞いたことのない名称にキラは眉を顰める。どうやらこの新装備は、そこからインスピレーションを発展させた産物であるらしい。

 発進許可が下り、キラがカタパルトから飛び立つ。彼自身驚くような推力を搭載した機体は、重力に逆らって軽々しく空中を浮上し、母艦の甲板上へと降り立った。すぐに母艦から繋がれた電力ケーブルを接続させ、母艦からのエネルギー供給を受ける。

 

〈こちら〝スカイグラスパー〟トール、敵の座標と射撃データを送る!〉

 

 キラは正確に、指定されたポイントに向けて銃口を絞った。

 黒鉄色の背部ストライカーから大きく伸びたサイドアーム、マスターユニットと連結された長射程インパルス砲〝マガツ〟が火を噴いた。砲撃戦用の〝アグニ〟をも凌ぐ威力を持った砲火は、文字どおり厄神の吐息となって、噴煙を突き破って飛来する敵機へと向かっていった。

 見えない敵からの突然の砲火にさらされ、ザラ隊の面々は散開し、声を張った。

 

〈なんだ、今の砲撃は!〉

〈〝ストライク〟か!〉

 

 向けられたのは、二対の砲撃──おそらく戦艦の主砲クラスの質量を持っていた──しかし〝ストライク〟が持つランチャー砲(アグニ)は一門しかなかったはずだ。それに、威力を思えば〝スキュラ〟ほど、下手をすれば、それ以上の力があったような気がする。

 敵艦がまるごと噴煙に包まれた中では、これを放った敵の姿を視認することは出来ないが、しかし、

 

「痛っ……」

 

 そのとき〝ディフェンド〟の中で、ステラを奇妙な頭痛が襲った。

 ──なんだ……?

 濃煙に包み隠された〝アークエンジェル〟から、なにか禍々しいものを感じる。強かな悪意、巨悪の力──? いずれにしろ、こんな感覚は初めてだ。

 ──今度の敵は、なんだ……!?

 不審感を抱き、それでも、彼女が怯むことはなかった。──ここで終わらせる。あの艦さえいなくなっちゃえば、ステラはもう、思い悩むことなんてないんだから!

 

「くそッ……!」

 

 キラは最新鋭の装備──その圧倒的な性能に舌を巻きつつも、思うように敵機に直撃させられずに歯噛みした。やはり人の〝目〟を借りての砲撃は、有効とは云えないらしい。

 フォートレスストライカーは、従来の装備を遥かに凌ぐ性能を有していた。

 エネルギー総容量にして、他のバックパックの150%まで底上げされている事実からは勿論、その火力に殲滅力、共に次元が違う。こんなにも画期的な兵器を開発するのには、相当な時間がかかるはずなのに……。

 

 ──オマエ、コレに乗る。ステラ、オマエの敵にナル……。

 

 ハロに云われた言葉が蘇る。あれはいったい、どういう意味だったのだろう……?

 

「僕が〝ストライク〟に乗るのは、今に始まったことじゃないのに!」

 

 ステラとはなんだ? どこで、なぜそんな言葉が出て来る……ステラがまた戦場にいるのか!?

 疑心に駆られながら、キラは再びトリガーを引いた。〝ストライク〟背部ポッドより8連装誘導ミサイルが解き放たれ、ミサイルは猛禽のように空へ飛翔し、敵機へと降り注いでゆく。

 誘導性能に優れ過ぎたミサイルが、反応に遅れた〝デュエル〟と〝バスター〟に着弾した。空中に火の花が咲き、フェイズシフトに守れた二機は一瞬として後退。仕返しと云わんばかりに、彼らは無造作にビームライフルを構えた。だが、すぐに脇から撃って来た〝スカイグラスパー〟に牽制された。

 一方のアスランは眉を顰め、奇妙な既視感を憶えていた。

 

(高エネルギー砲に、高性能追尾(ホーミング)ミサイル……!?)

 

 出鱈目な威力と追尾性、これじゃあまるで、あのときの要塞じゃないか……!

 ビクトリアに構えられていた大型の要塞が持つ武装、とまでは云わないが──すくなくとも規模を縮小させたような、そんな攻撃が今、目の前に繰り出されている……?

 いったい、なぜ──!?

 既に小慣れた〝グゥル〟を巧みに操りながら、アスランは一心に〝足つき〟を目指した。

 

「こんな一本調子じゃ、いつまでやったって……!」

 

 思うような決定打が見込めず、その瞬間、キラは〝ストライク〟に繋がる外部ケーブルの接続を切り、フェイズシフトをオンにした。機体装甲が白、青、赤(トリコロール)に彩られ、背部フォートレスストライカーが玄色に染まっていく。送られた敵座標を元に、機体を上昇させ、濃煙を突き抜けると、一気に上空へと躍り出た。

 突如として現出した白亜の機体に、アスラン達は目をむいた。煙を突き抜けた敵機は、これまでに見たこともない装備に換装して、それを重たげに背負っていたのだ。

 イザークの狼狽する声が響く。

 

〈新装備だって? どういうんだ!?〉

「オーブの産土品(みやげ)かよ!」

 

 黒色に彩られ、左右に大きく伸びた砲門は、突き出すように前方へ折れ曲がり、機体自身がカブトガニ……とは云わないが、ウミガメの甲羅のようなバックパックを背負っている。

 かつての要塞を彷彿とさせるそのフォルムを見た瞬間、ステラとアスランは衝撃に駆られた。

 途端、目の前の〝ストライク〟は驚くべき速度で飛翔し、装填された肩部単装レールガンを撃ち放った。遠雷のように迸る光線は瞬時に〝デュエル〟の右肩に着弾し、重厚な衝撃によって、期せずして〝デュエル〟は〝グゥル〟から叩き落された。

 

「おまえぇーっ!」

 

 咄嗟に〝ディフェンド〟は加速し、甲羅──いや、円盤(・・)を背負った〝ストライク〟へ挑みかかる。

 

 ──その装備……! やっぱりオマエも地球軍(・・・)だッ!!

 

 怒りが頭を支配する。間違いなく目前の〝それ〟は、〝デストロイ〟のデータを基にして開発された装備ではないか。

 寄って集って〝デストロイ〟の力を利用しようとする、地球軍の軟弱者達が生み出した!

 ステラはスロットルを思い切り吹かした。凄まじい勢いで〝ストライク〟へと向かう。迫り来る黒鉄の機体を捉えた瞬間、キラは一瞬気圧され、はっとして息を詰めた。

 

「〝ディフェンド〟……!?」

 

 仲間だったはずの機体が、牙を剥けてこちらへと向かって来ている──!

 キラの頭に、いっとき躊躇が流れ込む。

 しかしそれでも、指は冷静にトリガーを引いていた。

 単装レールガンが発射され、これは迅雷の如く〝ディフェンド〟へ飛来したが、咄嗟に構えた大盾によって弾かれる。やがて〝ディフェンド〟による『突進(体当たり)』が繰り出され、キラは不覚にも、すでに何度も見て来たはずのその攻撃を受けてしまった。

 衝突によって機体が大きく揺れ、〝ストライク〟は後方へ弾き飛ばされる。そのまま姿勢を崩し、旋回しながら落ちて行く。

 

「武器があるのに、突進するのか……!? こいつ、正気かッ!?」

 

 見覚えのある戦い方だ──と過ぎったが、考える間もなく、すぐにバーニアを吹かし、空中で姿勢を立て直す。

 今の〝ストライク〟は飛行支援体(サブフライトユニット)も無く、単機で空中に滞空していた。独特の風采をした甲羅自体(バックパック)に大型の推進装置が組み込まれており、キラの乗る〝ストライク〟だけが、強力な浮遊能力を手にしているのだ。

 〝ストライク〟が、応射するようにビームライフルを構える。なおも躍りかかって来る〝ディフェンド〟に照準を突きつけた。

 

(なんだ、なんなんだよ、ハロ!)

 

 唐突にハロの言葉が頭にちらつき、そんなはずはない! とキラはかぶりを振った。

 あれきり、ハロの姿は見当たらなくなった。これまで身を潜めていたのだから、きっとどこかに隠れているのだろう──と艦内を探して回ったのだが、結局、ハロの姿はどこにも見つけられなかった。

 ──〝ディフェンド〟……キミはいったいなんなんだ!?

 確信もなければ、確証もない。発言の意味も分からない──そのせいで、キラは気が気ではなかった。

 

「〝デストロイ〟を使うやつは敵……! 〝デストロイ〟は敵──!!」

 

 自分自身に言い聞かせながら、ステラは〝ストライク〟へと仕掛けた。

 機体に乗っている者を誰何することはしない、いや、今さら誰何など必要ない。

 乗っているのはキラじゃない。乗っているのは敵、わるいひと。戦争を食べ物にして、たくさんの『死』を造り出す──〝デストロイ〟なんかを生み出しては、利用しようとする悪党たち!

 

「オマエなんかがいるから! だから私はぁっ!!」

 

 込み上げる怒りに錯乱したように、少女は吼え訴えた。

 手爪の先にビームクロウを発心させ、黒鉄の機体が、黒鉄の装備を背負う〝ストライク〟へと躍りかかる。

 迫り来るこれを、キラはビームシールドを展開させて防ぎ止めた。

 

 

 

 

 

 やがて〝アークエンジェル〟は、群島の多い海域へと差し掛かっていた。

 船体への被害状況には、歯を噛むものがあった。プラズマダンプラー損傷、レビテーターダウン、〝イーゲルシュテルン〟〝バリアント〟と云った各兵装が被弾し、艦内のあちこちでは火災が発生、非常隔壁が自動的に閉鎖されている場所もあるようだ。

 ここで沈む? ──そんな莫迦な。

 ようやく、アラスカの目の前まで辿り着いたのに──!?

 

「アラスカへのコンタクトはッ!?」

「ダメですっ、何の応答もありません!」

 

 息を呑む間もなく、目の前に〝バスター〟が接近していた。二丁の銃を連結させ、大火力の砲撃を今にも打ち込まんとしている。

 

〈やらせるかぁーッ!〉

 

 雄たけびを上げながら強襲を掛ける〝スカイグラスパー〟一号機から、〝アグニ〟が放たれた。砲火はまっすぐに〝バスター〟の〝グゥル〟を貫き、機体はそのまま推力を失って、海中へと沈んでいく。

 さなか、ディアッカは歯噛みして唸り声を上げた。

 ──してやられた? あんな前時代の戦闘機ごときに!

 堪らなくなり、悔し紛れに飛び去って行く戦闘機にに向けてビームランチャーを放つ。砲撃は〝スカイグラスパー〟の船尾を掠め、軽度の爆発を起こすと、船体は煙の尾を引いて墜落していく。

 

「フラガ機、被弾!」

「帰投させて! 敵に隙ができ次第、戦線を突破! アラスカへ突っ切らなければ──!」

 

 マリューが叫んだその瞬間、はるか上空からの攻撃を知らせる警報が鳴り響いた。

 天空より奇襲を行った〝イージス〟によって、〝スキュラ〟が放たれたのである。「面舵ーっ!」マリューが叫び、ノイマンは必至の形相で舵を切る。放たれた魔物の砲撃は右舷を掠め、艦全体を大きな衝撃が襲った。下手をすれば、クルーが座席から投げ出されてしまうほどの衝撃。シートベルトを着用していなければ、それこそ誰かが艦橋を転げ落ちる勢いの産物だ。

 被弾した大天使は煙の尾を引いて──やがて、ひとつの島に差し掛かった。

 深緑が生い茂り、白い砂浜が穏やかな孤島。空は段々と悪天候に見舞われてきている、天気さえ良ければ、とても穏やかな島であろうに──。

 

「右舷スラスター被弾、姿勢制御不能!」

 

 耳に入って来たものは、絶望的な報せだった。

 

「高度が保てません艦長、このままでは!」

「ッ……着底する! 総員衝撃に備えよ!」

 

 のどかな島に、白亜の巨大戦艦が突っ込んで行く。

 島の地表は大きくえぐり取られ、木々はなぎ倒され、クルー達を凄まじい衝撃が襲った。

 一同は持ち場にしがみ付くようにその場で踏ん張りを利かせ、過酷な衝撃が収まると同時に、自分達がまだ(・・)生きていることに気付くと、わずかな希望を表情に滲ませた。しかし、安堵の時間はそう長くは続かないようで──

 

「二時の方向より〝ブリッツ〟! 六時の方向から〝イージス〟──!?」

 

 漆黒と真紅の機体が、羽を失った大天使に襲い掛かって来たのだ。

 背後より迫る〝イージス〟がビームライフルを放ち、着実に艦のラミネート装甲を熱していく。排熱処理が間に合わなくなれば、やがて艦は装甲を失って、敵の砲火の直撃を受けることになる。

 すかさずナタルが声を荒げる。

 

「取り付かれたらおしまいだ! 対空防御展開、弾幕を張れ! ヤツらにサーベルを抜かせるな!」

 

 いくらラミネート装甲に覆われた〝アークエンジェル〟といえど、常に一定の長さでビームを発心し続けられるビームサーベルに対しては、その装甲はまるで無防備と云っていい。

 

「〝スカイグラスパー〟二号機接近!」

 

 ミリアリアははらはらしながら状況を報告する。孤島のひとつに墜落した〝アークエンジェル〟をめがけて、エール装備を搭載した〝スカイグラスパー〟が戻って来ているのだ。

 トールはシュミレータ通りに機体を操縦し、目の前に映る漆黒の機体──〝ブリッツ〟に向けてビームライフルを放ち、声を上げた。

 

「こんのぉ!」

 

 ──なんなんだよ、いつもいつも、おまえたちは!

 その機体は本当は、この〝アークエンジェル〟に配備されるはずだったものなのに! なのに、おまえたちのせいで!

 放たれた砲火を〝ブリッツ〟は難なく回避し、しかし、これにより進路を阻まれてしまった。

 

安直(そん)な攻撃にっ!」

 

 すかさず〝ブリッツ〟のトリケロスから攻撃を放つが、慌てて舵を引いた〝スカイグラスパー〟はこれをかろうじて回避していく。

 そうして二機は、牽制し合いながら戦った。

 一方でアスランは障害もなく〝アークエンジェル〟へと向かう。放たれる弾幕の前を回避しつつ、一気に片を付けようとした。

 

〈キラ、キラ応答してッ! 〝イージス〟が来る!〉

「くそッ……!」

 

 ミリアリアから悲鳴のような声が聴こえ、キラは咄嗟に歯噛みした。

 〝ストライク〟と〝ディフェンド〟は、今は〝アークエンジェル〟と同じように島に降り立って、地上で戦闘を繰り広げていた。

 目の前の〝ディフェンド〟に牽制され、なかなかキラも思うように身動きが取れないのだ。

 

 ──強いパイロットだ、どうしてこんなっ……!

 

 右腕を輝かせた〝ディフェンド〟が、腕自体を凶器に変化させて突っ込んで来る。キラは籠手型のシールドに光波防御帯を発心させ、抜き打ちにこれを防ぎ止めた。

 ぶつかり合う二機の光波エネルギーが、孤島に暴風を吹かした。

 〝ストライク〟はすかさず後退して距離を開いたが、間髪いれず〝ディフェンド〟は左腕のビームライフルを放ち、襲いかかって来る。機体の全身が、まるで怒りと気迫に満ちている。

 でも──負けるわけには行かない!

 

「その機体でもう、僕の邪魔をしないでくれぇッ!」

 

 キラが叫ぶ。

 次の瞬間、

 

 キラの身体の奥底で────何かが弾けた。

 

 頭が急激に冴え渡って行く。(はらわた)が冷め切ったように、喉奥がひんやりとする。

 目の前のモビルスーツの呼吸そのものが、手に取るように判断できるようになった。

 構えられた〝ディフェンド〟のライフル──その発射角から、あらゆる弾道を見切り、最低限の動きで回避して見せた。なおも斬りかかって来る黒鉄の機体に、痺れを切らしたように〝ストライク〟は打って出た。

 

「ウァァッ!」

 

 一気に縮む間合い。

 サーベルを引き抜き、地を強く蹴って懐まで躍り込む。

 攻撃ではない──突撃だ。

 正面からの突きを往なし、さすがの〝ディフェンド〟もこれを回避して見せた。だが、そのままサーベルは横薙ぎに一閃され、光刃が〝ディフェンド〟の頭部メインカメラを刎ね飛ばした。

 知覚することも出来なかった、鮮やかな一撃。

 衝撃に怯んだ〝ディフェンド〟は、怒りに任せたように爪部の光刃で斬りかかって来た。キラは咄嗟に舌を打ち、無造作な攻撃を左腕のビームシールドで受け止める。干渉された光波同士が、燃え立つような輝きを散らして煌めき合う。

 

「いま下がってれば、こう(・・)はならなかったんだぞ!」

 

 次の瞬間──〝ストライク〟のシールドに展開されたエネルギーシールドが、一気に膨張し始めた。表面積を広げた光波シールドは、それ自体が刃のように煌めき、籠手型のビームランサーと化した。

 同時に、右腕ではくるりとサーベルの柄を翻し、鮮やかにサーベルを逆手に握り替えていた。

 出し抜けにスラスターを噴射し、キラは突進を仕掛けた。〝ディフェンド〟は鍔迫り合いの状態から突き飛ばされ、衝撃に怯んだ。敵機を大きく弾き飛ばし、〝ストライク〟は両腕に出力した光刃──二刀流の光の剣で、前面空間に鮮やかな半月状の弧を描いた。

 輝く双閃、光の弧が──〝ディフェンド〟の両シールドを肩先から削ぎ落す。

 続けざま、零距離でレールガンを腹部に直撃させ、大きく後方へ弾き飛ばす。

 仰向けに転げそうになった機体を、慌てて立て直したステラは、咄嗟に、駄肉と化した全身の鎧をパージした。しかし、パージが完了したときには、

 

「──!?」

 

 スラスターを吹かしながら急接近する、ぐるりと旋回している〝ストライク〟の────凄絶な『回し蹴り』を喰らっていた。

 飛び込むと同時に繰り出された鮮やかな旋脚が、正確に〝ディフェンド〟の脇腹を蹴り飛ばす。複雑な操作を必要とするモビルスーツでは、まさに信じられないような動きだ。

 そのまま鈍重な衝撃に駆られ、〝ディフェンド〟は島の壁面に叩き付けられた。そのあまりの勢いに、機体は崖に大きく減り込んだ。この隙を逃さず、〝ストライク〟は転進していく。〝ディフェンド〟を振り切って〝アークエンジェル〟の援護へと向かった。

 

「なに……あいつ──!?」

 

 コクピッド内に頭を打ち付けて、ステラはしばし、目眩を起こした。頭を打ち付けたのがシートだったからその程度で済んだものの、打ち所が悪ければ、いつかのようにそのまま気絶していたかもしれない。

 頭を押さえ、くらくらする視界で、彼女は離脱する敵機を見遣った。

 

 ──なんなんだあいつ、急に、動きが変わった……!?

 

 敵の『力』の正体が分からず、ややあって、ステラはふるふると頭を振って〝ストライク〟を追った。

 

 

 

 

 

 アスランが〝アークエンジェル〟をめがけて〝スキュラ〟を放つ寸前になって、コクピッド内に警報が鳴り響いた。即座に機体を翻し、遠方より放たれた〝スキュラ〟に匹敵する砲撃を回避する。

 今の〝ストライク〟が持つ──殲滅砲である〝マガツ〟による砲撃だ。

 巧みにこれを回避すると、すぐに〝スキュラ〟を〝ストライク〟に向けて撃ち放った。〝ストライク〟は容易くビームシールドで防いで見せた。

 

「〝ストライク〟──! 前に云ったな。後悔させるぞ、ここで!」

 

 アスランが親友(キラ)の名を呼ぶことはない。それは、既に対象を「標的()」として捉えている心理の顕れだろうか。

 母艦を撃つことよりも、ひょっとすると彼は、このときを待ち望んでいたのかもしれない──。

 〝イージス〟は転進し、目の前の〝アークエンジェル〟をほっぽいて〝ストライク〟へと向かった。これを見たキラが疑心に駆られる。

 

 ──僕から逃げていた昔からは、やっぱり君は違ってしまったのか……!

 

 そう……あれは、先遣隊が全滅したときだった。あのときのアスランは、キラ達から逃げるようにして、標的だけを狙っていた。その結果〝モンドゴメリ〟は撃墜された。

 なのに今は、まるで当時と対照的な構図になっている。アスランは標的よりも、キラを狙っているのだ。

 それは、やはりキラの知っているアスランが、変わってしまった証拠だろうか。 

 

 アスランの身体の奥底で────何かが弾けた。

 

 そう、この感覚だ。

 アスランが鮮明に思い出す──ビクトリアでの、圧倒的に鋭敏な感覚を。冴え渡った視界、澄み渡った脳内──この感覚が、敵を倒すだけの力だ。

 

(ここで〝ストライク(オマエ)〟さえ落とせれば、〝アークエンジェル〟がアラスカに辿り着いたところで意味がない!)

 

 大局を見据えれば、ここで地球軍の手にGATシリーズのデータが渡ることを阻止するのは急務である。

 地球連合軍は既に、底の知れない要塞を造り出す技術を持っている。そしてそれは、既にビクトリアから大西洋連邦──おそらくは、アラスカへと伝達されている。

 ならば、モビルスーツのデータだけはここで、必ず破壊しなければならない。

 それだけの技術を用いた、強力なモビルスーツが開発される前に!

 

 ──〝ストライク〟は絶対に破壊する! オレが撃つッ!!

 

 中にパイロットのことなど、二の次だ。

 その〝見覚えのあるバックパック〟もろともに、〝ストライク〟はここで撃墜しなければならないのだから!

 

 アスランの感覚が極限まで冴え渡り、白と赤の機体は、閃光となって何度も空に交錯した。

 

 機体の性能差をまるで感じさせないほどの勢い──〝イージス〟は抜き打ちに、四肢それぞれの先から黄色の光刃を展開し、怒濤の接近戦を仕掛けた。

 対する〝ストライク〟はバックパックの性能上、距離を開くことに徹底したが、やがてそれが不毛であることに気が付いた。いくらパワーパックの容量が増しているといえど、これ以上、無駄にエネルギー消費のかさむ〝マガツ〟は連射出来ないのだ。キラは単純に、フォートレスストライカーを推進用ユニットとして判断、再び接近する〝イージス〟にサーベルで応戦した。

 

 目の色を失った者同士が、激しく曇天の空の下で交錯する。

 

 そのとき──〝イージス〟に加勢する者が現れた。遠方よりビームライフルを放つ、隻腕の〝ディフェンド〟だ。

 脇から放たれた砲撃にキラは舌を打ったが、しかしそれは、アスランも同様だった。

 

男同士(オレたち)の間に入るな、ステラ!」

 

 そう、今の〝ストライク〟は、ビクトリアでの感覚を思い出しているアスランと拮抗している。

 機体の性能だけに頼っているではない、明らかにパイロットとしての技量が──〝ストライク〟の中で完成し始めているのだ。

 ──そう、今の〝ストライク〟はきっと、ステラの手にも負えないほどの成長を遂げている。

 今の〝コイツ〟を抑え込めるのは自分だけだ。

 脇から善かれと思って放つ援護射撃であっても、肝心のアスランにすら迷惑になるのなら、いっそ援護はない方がやりやすい(・・・・・)

 

独擅場(どくせんじょう)だッ!!」

 

 訳の分からぬことを口走るアスランに、ステラは純粋な不審顔を作った。

 ──おれ、たち……?

 ステラはその言葉に、我を取り戻したように疑念を抱いた。その言い草では、まるでアスランは〝ストライク〟のパイロットを知っているかのような……?

 

〈なんで──〝ストライク〟に誰が乗ってるの……!?〉

「ッ……! 誰であろうと問題があるのか!?」

 

 アスランはそこで、勢いで失言を放ったことに気が付いた。今まで隠し通して来た嘘を、よもや自分の口から綻ばせることになろうとは、冷静じゃなかった。

 意識が背けた一瞬の隙を見逃さず──〝ストライク〟のサーベルが〝イージス〟の左胸を斬り付けた。アスランは咄嗟にうめき声を上げ、それでも、反撃として〝ストライク〟のバックパックを半壊するまで切り刻んだ。

 

 目の前で繰り広げられるのは──衝動に突き動かされているとしか思えない、醜い刃の応酬だ。

 

 あまりの苛烈さに、自分がそこに飛び込もうとは思えない。戦うことしか才能のない自分ですら、あそこに割って入ることは許されない……いや、入って行けば、きっとやられるだけだ。

 ビリビリと、二機が激突する度に、肌に伝わって来る気迫。

 おおよそ余人には、見ているだけで精神をすり減らしていくような激闘だ。

 

 その場に立ち尽くす〝ディフェンド〟の足許に、一発のビームライフルが撃ち込まれた。

 

 大地が光に輝き、ステラをはっと現実に引き戻される。

 その一撃は〝イージス〟から放たれたものだった。ステラは唖然として通信機に映るアスランの顔を見上げた。

 

〈大人しく帰投するんだ! その状態では、どのみち何もできないだろう!?〉

 

 精神状態も危うい。

 機体自体も半壊している。

 それは、アスランの冷徹な判断だった。

 しかし、それでもステラは戸惑ったように、

 

「でも……!」

 

 と返す。

 アスランは唸り、彼女にとって、云ってはならない言葉を口にした。

 

〈ここで『死』ぬつもりか──!?〉

 

 そう。今の彼女が〝ストライク〟相手に立ち向かったところで、やられるだけだ。

 キラの方も、まさか〝ディフェンド〟にステラが乗っているとは思わないはずだ、ならばキラとて手加減はせず、最悪、ステラが殺されてしまう可能性だって十分に考えられる。

 ──これは戦争なんだ! 初めから温情など必要とされない!

 云われたステラが、衝撃に駆られた。

 

 ──しぬ……? ここで……? それは、いやだ……!

 守ればしなない。……それは知ってる。

 ──でも、じゃあ、だれがステラをまもってくれるの……?

 今の自分を守ってくれる人が、いったい、どこにいるというのだろう。

 

「死ぬの……? ステラ、ここで……!?」

〈それが嫌なら退くんだ、いいな!?〉

 

 そういう眼前で、アスランの乗る〝イージス〟の左腕が〝ストライク〟によって斬り飛ばされた。隻腕となった真紅の機体は、なおも引き下がらず、逆突撃を仕掛けて〝マガツ〟の砲門と単装レールガンを切り捨てる。

 目の前で繰り広げられるのは────まさに死闘(・・)だ。

 殺し合いというものの愚かさと怖さが、切に伝わって来るおぞましい光景だった。

 恐怖に駆られた〝ディフェンド〟が転進して、その場から飛び去った。それを安堵した表情で見送ったアスランであったが、次の瞬間、気が付いたときには〝ストライク〟に頭部メインカメラを殴り飛ばされていた。

 

〈──キミはいったい何やってるんだ、アスラン!?〉

「キラ!?」

 

 キラは自力で無線通信の周波数を合わせたのだろう、通信越しに、アスランに怒りの言葉を訴えた。

 これまで黙々と斬り合っていただけのふたりの間に、怒号が響き合う。

 

〈妹まで戦場に駆り出して戦わせるなんて……! 一歩間違えば、僕がやっているところだ!〉

「キラ……!? わかってたのか!?」

〈ほら見ろ、やっぱりそうなんだな!?〉

「──!?」

 

 ──俺は、鎌にかけられたのか……。

 アスランは愕然とした。

 少なからずキラは、かねてより〝ディフェンド〟のパイロットの正体には不審感を抱いていたのである。突進の攻撃を受けた際には、その予想は確信へと移り変わった。

 なおも切り結び合いながら、キラは通信越しに怒鳴りを上げた。

 

〈ステラが今までどんな目に遭って来たのかを、キミは分かってあげられないのか! アスラン!〉

「おまえにそれを云う資格があるのか!」

 

 怒鳴りながら、アスランは右腕のサーべルを出力し、一気に〝ストライク〟へ躍りかかる。キラはこれを、シールドを構えて受け止めた。

 閃光が迸り、雷鳴が轟く。弾け合う輝きの中、アスランはうめくように叫び返した。

 

「俺だって納得しておもり(・・・)をしてるわけじゃない! でなければ、誰があいつを軍人になんかするか! 力があっても、想いがついていかなきゃ出来損ないだろうが!」

〈そんなの理屈だ!〉

 

 舌戦と共に、激戦は、次第に苛烈さを増して行った。

 圧倒的な推力で加速した〝ストライク〟が、一瞬の隙を突いて〝イージス〟の片足を斬り飛ばす。アスランは巧みに姿勢を整え、複雑な重心を見事に操って見せた。咄嗟に〝イーゲルシュテルン〟を発砲し、これは〝ストライク〟のフェイズシフトへと無数に着弾して行く。

 

〈自分の感情が表に出せないから、きみはそうやって理屈に逃げるんだろう! 優等生だから!〉

「僻みなら、もっと前なら聞いてもやったさ……!」

〈嫌なヤツ、アスラン!〉

「どこがッ!」

 

 斬りかかる二機が損傷し合い、曇天の空からは、雷鳴が轟き始めた。

 

 

 

 

 

 島の一角から飛び立ったステラは、強かに震えた肩を抑えながら、移動──撤退を始めていた。

 対岸では、なおも〝イージス〟と〝ストライク〟が斬り合っているようだ。そして、ステラの進行方向には、被弾して着底した〝アークエンジェル〟の姿も認められる。

 〝デュエル〟と〝バスター〟の機影は既に捉えられない。前半にて海に叩き落されて行ったこの二機は既に補給を受けるために〝クストー〟に撤退したと見た。残っている戦力は〝ブリッツ〟と〝イージス〟だが──ニコルは、いったいどうなっているだろう?

 曇天の空──豪雨の中で、雷電が轟き光っている。

 

「し、ぬ……しんじゃうは、だめ……!」

 

 死ぬ──。

 あの〝ストライク〟に殺される──? 戦争だから──?

 

 ──〝ストライク〟には……キラが乗ってるんじゃないのか……?

 

 アスランはきっと、今までステラに嘘を吐いていた。そもそも、キラでなければ、いったい誰が自分の操る〝ディフェンド〟を撃退できたというのだろう。

 コーディネイターに引けを取らない実力を持つ自分を、いったい、どこの誰が退けられた? 

 

 ──〝ストライク〟に乗っていたのは、キラなんだ……。

 

 そう確信したとき、ステラの脳裏に不安がよぎった。

 キラが〝ストライク〟に乗っていた。キラが〝デストロイ〟の力を使っていた。キラがステラを殺そうとしていた──優しくて、穏やかだったキラが? 自分を?

 

「だめよ……死ぬのは、いや……こわい……っ!」

  

 そう唸ったとき、移動を開始する〝ディフェンド〟のコクピッド内に警報が鳴り響いた。──照準された!?

 すかさずその場から飛び跳ね、窮迫して来た一発のミサイルを回避する。空中に逃げた先、頭上を一機の戦闘機が飛んで行った。──〝スカイグラスパー〟二号機だ。

 図らずも〝アークエンジェル〟に接近した〝ディフェンド〟の迎撃に出ているのである。

 

〈こいつッ!〉

 

 高速飛行する〝スカイグラスパー〟を追うように〝ブリッツ〟の姿が現れる。

 トリケロスからビームが放たれ、ぎこちない動きだが、正確に〝スカイグラスパー〟はその砲火を回避して、はるか上空の射程外へと逃げて行った。

 

「ニ、コル……?」

〈良かった、ご無事でしたかッ!?〉

 

 損傷の甚だしい〝ディフェンド〟の姿を認め、ニコルが慌てたように声を放った。

 〝ディフェンド〟と〝ブリッツ〟の二機が合流する。それも束の間、彼らの許に〝アークエンジェル〟から〝ウォンバッド〟が飛来した。上空より降り注ぐミサイルの雨に、既に盾を失っているステラは回避することしか出来なかった。だが、そうして〝ディフェンド〟が空中へ飛び出したところを狙うように、再度〝スカイグラスパー〟が迫って来ていた。

 蒼と白のツートンカラーの戦闘機。背部には〝エールストライカー〟を装備して、機動力を上げている。

 先に〝ディフェンド〟の頭上を飛び去った後に、大きく転回したのだろう。機首をこちらに向け、今度はビームライフルを照準している。──あの敵は、撃つ気だ!

 

「いやだっ……!」

 

 殺されたくない──その一心で、ステラは接近する〝スカイグラスパー〟にビームライフルを構え返した。

 そのとき──透明な敵戦闘機のコックピッドに、若い兵士の顔が映り込んだような気がした。

 コーディネイターの優れた視力は、敵戦闘機を駆る者の──少年の──、緊張に強張った表情までを鮮明に捉えていた。

 

「トー、ル……?」

 

 刹那。ステラの記憶の中の少年と、その敵の面影が一致した。

 ハッとして、彼女は我に帰った。

 きさくなトール、やさしいトール、あかるいトール、民間人のトール──そんな彼が、どうしてあんな戦闘機に。

 

 ──やっぱりトールも、〝アークエンジェル〟にいるんだ……! どうして……!!

 

 戦争なんて無縁の世界に暮らしていた、穏やかな少年だったのだ。──だからきっと、今もひどく怖いだろうに、ひどく逃げ出したいだろうに、それでも彼はあんなモノに乗って戦っている。

 ──〝アークエンジェル〟を、ステラ達から守るために……?

 唇をかみしめて、慣れない戦闘のさなか、必死で戦っている表情だ。

 トールだって、きっとミリアリア達を守るために戦っている。そんな彼を撃つことは、そのときのステラにはできなかった──

 

「あっ──」

 

 そのときの彼女は、引き金を引けなかった。

 しかし、一方の〝スカイグラスパー〟からは、確実にビームライフルが放たれていた。

 一筋の光条は大気をイ オンに変えながら、真っ直ぐにその場に漂う〝ディフェンド〟へ飛んで行く。

 

〈──下がってッ!!〉

 

 瞬間──〝ブリッツ〟がステラの脇から現れた。

 強引な形で、空中に漂った〝ディフェンド〟の機体を吹き飛ばしたのだ。

 一気に落下コースを辿る〝ディフェンド〟を他所に、〝ブリッツ〟はシールドを構え、放たれた敵のビームライフルを防ぎ止めた。

 

 ──ステラは、守られたんだ……。

 

 ニコルが来なければ、きっと、今ごろは……。

 想像すると、身が震えたステラであった。

 しかしすぐに顔を上げ、ニコルの機体が〝スカイグラスパー〟に銃を突きつけているのを認めた。

 

 

 

 

 

「──これで終わりですッ!」

 

 光条を弾き飛ばした〝ブリッツ〟は、すかさず突進して来る〝スカイグラスパー〟にトリケロスを翳した。

 漆黒の盾内部から、抜き打ちにランサーダートを放とうというとき──

 

〈──だめぇっ!!〉

 

 通信越しに──少女の悲鳴が鳴り響いた。

 勝利を確信していたニコルは、ハッとして顔を上げた。遠方に据える〝アークエンジェル〟の援護射撃──主砲である〝ゴッドフリート〟が、己をめがけて飛来していたのだ。すっかり射程外(アウトレンジ)からの射撃に、警報が鳴らなかったようだ。

 ニコルはすっかり青褪め、咄嗟にランサーダートを引っ込めた。何事もなかったかのように〝スカイグラスパー〟は〝ブリッツ〟の脇をすり抜け、ニコルはすぐに右腕に備えられた盾(トリケロス)を翳した。

 だが、流石の艦砲射撃を受け止めるだけの強度は〝ブリッツ〟にはなかった。

 放たれた〝ゴッドフリート〟が──盾を構えようとした〝ブリッツ〟の右腕を一瞬して蒸発させ、吹き飛ばす。激しい衝撃がニコルを襲い、〝ブリッツ〟はそのまま墜落して、地上に叩き付けられた。

 すぐに機体を立て直そうと操作系をいじったが、機体は、ぎくしゃくと身を起こしかけたところで動きを止めた。そのまま気の抜けた音が機体の中を駆け巡り──〝ブリッツ〟の眼から、紅い灯が消えていく。

 

「動力系をやられた……!? そんなッ──」

 

 照準された警報音がニコルの耳に鳴り響く。主砲である〝ゴッドフリート〟が、なおもニコルを狙っていたのだ。

 

〈ニコル──!〉

「ッ……! あなたは逃げて、急いで!」

 

 ニコルはすぐに、こちらへ駆け寄ろうとする〝ディフェンド〟を制した。

 通信越しに躊躇った声が聴こえて来る。

 

〈でもッ……!〉

 

 ステラは縋るように、ぴたりと動きを止めてしまった〝ブリッツ〟に訴えた。

 ──いやだっ、ニコルがいなくなったら、ステラは、ザフトでやっていく自信がない……!

 それは、感情を憶え始めた彼女の、少女らしい駄々──わがままだった。

 

「僕なら大丈夫ですから!」

 

 このまま沈黙を保てば、二機とも〝ゴッドフリート〟の餌食になるだろう。

 自分たちは、まだ死ぬわけには行かない──遭難した孤島で、互いが互いに語り合った──自分達の〝夢〟を叶えるまでは。

 

「だから、早くッ!!」

 

 柄にもなくニコルに怒鳴られ、ステラは後ろ髪引かれる思いで、その場から離脱していく。

 その様子を、トールは上空より見つめ、そして撤退して行く黒鉄の機体を見送っていた。

 

あの機体(ディフェンド)……なんで──?」

 

 トールは怪訝な顔をしていた。

 真正面から〝ディフェンド〟とビームライフルを構えあったとき、あのとき〝ディフェンド〟が本気で引き金を引いていれば、きっと自分の命はなかっただろう。

 

 ──なのに〝アイツ〟は、引き金を引かなかった……。

 

 いったい、どうして──?

 トールは〝ディフェンド〟を深追いはせず、その場にしばらく滞空した。ややあって〝ブリッツ〟のコクピッドが開き、中から赤色のパイロットスーツを着用した者が両手を上げて投降している姿を認めた。

 アラスカまでは、もうすぐだ。

 今回の戦闘も生き延びれた安堵感に駆られながら、トールは大きく息を吐いた。

 

 その瞬間────世界が真白く閃いた。

 

 すこし遅れて、轟音が鳴り響く。

 遠方で、巨大な爆発が起こったのだ。

 対岸の方角だ。凄まじい爆発は周囲の木々を薙ぎ、遠方に、天まで昇る巨大なキノコ雲を造り出していた。

 

「な、なんだ──!?」

 

 あまりの爆風に吹き飛ばされかける〝スカイグラスパー〟の機体制御を取りながら、トールは愕然として叫んだ。

 咄嗟に、恋人であるミリアリアに状況確認を急かす。

 猛火はまるで空を赤く染め、大気を赤く彩った。豪雨の勢いですら消せない炎は、なおも遠方に燃え盛っていた。

 

 ──あれはいったい、なんの爆発だ……!?

 

 ミリアリアの目の前で──〝ストライク〟に関するモニターがざっと乱れた。

 彼女はきょとんとして、再びモニターに視線を落とす。状況確認を求めるトールの声も耳に入って来ないほど、ミリアリアは愕然とした。

 

 ──まさか……。

 

 モニターには──『SIGNAL LOST』という文字が浮かんでいる。

 キラの乗る──常勝の〝ストライク〟が、この瞬間に撃墜された。

 

 報告を受けた、トールの表情が凍り付いた。

 

 

 

 

 





 ステラが起こした「退行」というのは、
『精神がある一定の発達段階まで到達していたにもかかわらず、葛藤や不安が生じたときに、それ以前の発達段階に回帰すること』
 だそうです。
 
 過剰なストレスから自我のバランスを保つために生じる、心の防衛機制の一種です。 精神年齢の幼い者が、急加速的な成長を遂げることで、反動として陥りやすい防衛機制のことですね(作者の好きな本から)。
 人間らしい成長を重ねていた彼女が、ある折から成長することを放棄し、昔の自分に戻ろうとする──そんな様を表した言葉として今回は用いています。

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