~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『海上の大天使』

 

 

 

 カーペンタリアにて発令された〝足つき〟追撃の任を受け、潜水母艦ボズゴロフ級〝クストー〟を受領したザラ隊の面々は、やがてオーブ近海において航行する〝アークエンジェル〟の艦影を捉えることになる。

 光学モニターに敵艦の映像が映し出され、ニコルは驚き、イザークやアスラン達は口元を歪ませた。

 

「視認した。〝足つき〟だ」

 

 冷徹な声で艦名を呼ぶアスランだが、ディアッカは胡乱げな面持ちで云う。

 

「ようやく見つけたぜ──っていいたいとこだが、ありゃあオーブの領海ギリギリだぜ? あんなところにこれから行かなきゃならねえのかぁ?」

 

 ──オーブ連合首長国。

 それは、異邦に暮らす彼らにとっては文字通りに〝得体の知れない国〟だった。底知れぬ軍事力を背景として、中立という独自の立場を確立させた国家。

 領海を侵せば当然に攻撃を受けるのは自分達であり、要するに、オーブという国はザフトにとって味方ではないのだ。もっとも、その立場は地球軍も同様であるはずなのだが……。

 

「どうして〝足つき〟は、あそこまで艦をオーブ領海に寄せているのでしょう? あのような航路では、オーブの領海に侵犯するのも時間の問題ですよ?」 

 

 地球軍所属の戦艦である以上、オーブに接近すべきではない──

 真っ当なニコルの疑念に対して、イザークが鼻を鳴らした。

 

「おおかた、その中立とかって謳ってる国に、補給やれ救援を求める腹積もりなんだろう? 考えてもみろ、あの(フネ)造ったの誰だよ」

「はっ! 云えてる」

 

 ディアッカが続いて唇に嫌な微笑みを走らせる。

 確信めいて馬鹿みたいに笑い合う彼らの中では、既にオーブが中立国であるという前提は崩壊していた。が、それも道理な話ではある。何よりも彼ら自身が、オーブの開発した「地球軍のモビルスーツ(GATシリーズ)」の乗り手であるのだから。

 

「下手をすれば、その御立派な自称中立国が、連中を庇うためにオレたちを撃って来るかも分からんぞ?」

「はっ、そいつは傑作だね! オーブの艦隊が相手ってんじゃ、このステージ、オレたちに勝ち目ないぜ?」

 

 何かの冗談みたいに話す彼らのそれは、あくまでも極論で。

 それでも、例の敵艦が開発された場所と経緯を鑑みれば、決して考えられないわけではない。

 

「どうすんの、隊長? のこのこ出て行って、艦隊に叩き落されて来る?」

 

 みんなで深海ツアーといく? という不躾な付け足しに、アスランは鼻白むこともなく答えた。

 

「表向きは中立を名乗っている以上、領海を侵犯さえしなければ、こちらが撃たれることはないさ……」

 

 だがそれは、決して「安心しろ」という意味の呼びかけではなく。

 アスランは「ただ……」と抜かりなく言葉を付け足した。

 

「オーブからどんな援護があるか分からない。用心して掛かろう」

 

 そう。決して油断はできない。

 アスランの不審感は、このときも抜けなかった。

 ──今回も、ひょっとしたらステージが悪いかもしれない……。

 思うに、しょせんはオーブも地球の国家のひとつだろう。中立国の立場を取っていると云え、結局は、地球軍寄りではないのか? だからこそ〝イージス〟は造られた。

 領海付近で戦闘行為を行えば、ザフトが──自分達が──目の敵にされる可能性が、非常に高いことが予想される。

 

(少なくとも、〝足つき〟よりは……)

 

 アスランは拳を握った。

 ──ややこしいことに、なる前に……!

 意を固めるアスランを脇目に、ニコルはふと、その場に同席していたステラへと声をかけた。

 

「あなたは、どうします?」

 

 それがあくまで小声なのは、ステラの心情を察してのことだろう。

 声を掛けられたステラは、〝アークエンジェル〟が映し出された光学モニターを、一心に見つめていた。

 

(……なんだろう……)

 

 モニター上には、強い陽光に照らされ、きらきらと光を反射させている蒼海がとっても綺麗に映えている。宝石が散りばめられたように光輝に照り返る海原の上を、白亜の戦艦が、ふわふわと浮いて進んでいる。

 ステラは茫然と、そんな映像に見入っていた。

 

 ──あれが、〝アークエンジェル〟

 

 そうだ。

 これまで何度も母艦として、守るために戦って来た艦。キラやミリアリア──友達が多く乗っていたから、ステラが「守らなきゃいけない」と思い続けた地球軍の戦闘軍艦。

 でも、アスランたちはあの艦のことが嫌い、嫌っているみたい。

 だって、それは敵だから。

 そして、今のステラも、あの艦の敵。

 だって、ステラはザフトだから。

 

 ──ステラは、あの艦を知ってる(・・・・)……?

 

 ステラの胸中に流れ込む、名状しがたい違和感のようなもの。

 あの艦を知っている──? だが、それはどうしてか、少し前まで乗っていた艦だから、という理由(ひとこと)で片づけられるものではない気がする。

 ひょっとすると、自分はもっとずっと以前から、あの艦を見たことがあって──かつてもまた、アスラン達ではない『誰か』が、あの艦のことを嫌っていたような気がする。忌々しがっていた、そんな気がする……?

 

(──ステラは前にも、あの艦と敵だった……?)

 

 海峡の上に浮かんだ〝アークエンジェル〟を、前に見た気がしたのだ。

 

「…………」

 

 しかし、考えたところでうまく答えは出なかった。消化不良を起こすステラであったが、いまさらこの戦闘は止められない。

 拭えない不審感。

 そして──〝アークエンジェル〟に対する、どこからどもなく溢れ出す不信感を胸に抱き、ステラは格納庫へと動き出した。

 併走するニコルが、声を漏らす。

 

「……いいんですか?」

「──うん」

 

 ステラはあの艦と、一度は戦わなきゃいけない気がした。

 この違和感が何なのかを────確かめるためにも。

 

 そうしてステラも同様に、格納庫へと向かった。

 

 地球軍は敵──「わるいひと」──そう何度も反芻しながら。

 あの戦艦にはもう、キラもミリアリアも乗っていない──何度も自分に、そう言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 アフリカのレジスタンス──『明けの砂漠』に所属していたカガリ・ユラという人物は、キラ達が想像するよりもずっと〝ストライク〟と〝アークエンジェル〟に関わりを持っていた。だからこそ、レジスタンスであったはずの彼女は、リビアからこっち、無理を通して〝アークエンジェル〟に乗り込んでいる。

 彼女の真名はカガリ・ユラ・アスハ。オーブ連合主張国が、五大氏族による政治体制を取っている中、中でも代表首長を務めるウズミ・ナラ・アスハの娘に当たる。

 カガリの父、ウズミは、いち国家の代表として数年前に「オーブの中立宣言」を行ったオーブの代表だ。この宣言により、オーブは「如何なる状況に対しても独立、中立を貫く」という理念を掲げる国家となった。地球軍にも、ザフトにも決して組せず──『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の戦闘に介入しない』──貫徹された理念を謳い続けた平和の主張国。赤道付近、南太平洋ソロモン諸島に存続し、小国ながら非常に豊かな経済力を持つ海洋国。それほどの経済力が軍事力へと直結し、幸か不幸か、この世界の発言力の高さにも一役として買って出ている。

 

 オーブとは、──その独自の理念も含め──底知れぬ軍事力を持つ、小国ながらも目を置かれた……いや、目を張られた国家なのだ。

 

 正義感の強いカガリは、そんな母国の在り方と父ウズミの方針に、わずかなからも不満を抱いていた。

 ──中立の体制を、断固として貫く。

 そう云えば聞こえはいいが、それは結局のところ、理想論ではないのか?

 ウズミ・ナラ・アスハの行った中立宣言の陽報として、オーブはコーディネイターを受け入れる地球上の数少ない国家となったが、語弊による跳ねっかえりを恐れない彼女にとって、その国家の在り方は「ずるい」の一言に限っていた。結局、オーブはコーディネイターを受け入れ、彼らを働かせることで、国家の……それも主に軍事力発展の一部分とした。

 それに加えて、カガリはある日〝ヘリオポリス〟にまつわる不穏な噂話──オーブが地球軍の新型機動兵器開発に軍事提供しているという話──を耳にし、父への不信感を募らせた。その結果、単独でその調査へと向かう。そうして真実を突き止めた後、偶然にもコロニーの崩壊に巻き込まれ、キラによって命を拾われた。しかし、その後は既知のとおり、地球へと降り、どっち就かずの父とは正反対に、地球に住まうひとりの戦士として銃を取る道を選んでいた。

 一連の出来事が、年頃の娘の「父親へのかわいい反抗」の一言で済めばいいのだが、事情が事情だけに、密かに護衛を務めるレドニル・キサカはいつも額を抱えるのだった。

 

 正義感が強い分だけ、カガリは情に厚い。よしんば、情にめっきり脆く──情に流されやすい。

 

 カガリは〝アークエンジェル〟に対して、ここに来て愛着のようなものを抱き始めていた。

 悩むところではあったが──疲弊した〝アークエンジェル〟を、このままオーブへと向かわせることをマリューに進言したのは彼女だった。どれだけの援助が出来てやるのかは分からないが、燃料不足や整備といった連続する問題にぶち当たる今の『大天使』が、その大きすぎる羽根を休めるには、このままオーブへ向かうことが最善だ、と判断したのである。

 同時にそれは、中立国の理念に背任する決断でもあった。

 これは、みずからの父へ対する当てつけであるのかもしれない──そもそも〝アークエンジェル(こんなモノ)〟を造らせたのは誰であるのか、ということを現実として父に知らしめるための。子供っぽい親への反抗心のようなものも、確実にその決断の中には含まれていたはずだ。

 

 

 

 

 

 海上を航行する〝アークエンジェル〟に、第二次戦闘配備を知らせる警報が鳴り響く。

 それがザフトによる攻撃を意味するものと、クルー全員が咄嗟に理解した。

 

「──オーブまで、あと少しだってのに!」

 

 格納庫にて、整備員のひとりが毒づいて叫んだ。

 

『ひょっとすると、近隣のオーブが〝アークエンジェル〟に補給を出してくれるかもしれない──』

 

 という情報は、あまねく彼らにも伝達されていた。

 それが希薄な望みであることを彼らは悟っていたが、一縷の望みも信じていないわけではなかった。目の前に差し出されたうまい話にも、藁にも縋りたい、というのが彼らの実状なのだ。

 ここでザフトと戦闘になれば、オーブとの交渉どころではなくなってしまう。

 不運に毒づいた整備員の横を突っ切って、キラはすぐさま〝ストライク〟へと乗り込んでいく。シートに勢いよく飛び移り、腰のベルトで身体を固定させると、ミリアリアへの通信を接続した。

 

「ミリアリア、今度の敵は?」

 

 砂漠からこっち〝ディン〟や〝グーン〟に〝ゾノ〟と云った駐屯部隊ばかりを相手にして来たキラは、今回もまた、ザフトの量産機が相手になると踏んでいた。有効な戦闘をするためにも、〝ストライク〟は敵機の性能に対応した装備に換装しなければならない。空を飛び回る相手ならエールを、海中に潜む相手ならソードをと──キラは直ちにに装備の判断をしなければならない。

 ミリアリアからの通信が入る。

 

〈気を付けて、キラ。今度の相手は、Xナンバーみたい!〉

(──アスラン……!?)

 

 キラはその報告に歯噛みした。

 砂漠で撒いた親友が、今再び、戦いを仕掛けて来たというのだ。その場で一層、強く気を引き締めた。

 

〈──えっ……?〉

 

 そのとき、ミリアリアから、不意に漏れたような声が聴こえた。

 

「……どうしたの?」

〈この反応──そんなっ……〉

 

 返したミリアリアの声は、震えていた。

 

 

 

 

 

 

 艦橋では、既に全搭乗員が警報を聞きつけ、各々の持ち場についていた。

 ──あと、もう少しだったのに……!

 みな、その思いで歯噛みしつつ、逆に考え、ここが正念場だと意を固めていた。

 ──ここさえ乗り切れば、なんとかなる……!

 平時ならまだしも、オーブは友好国ではない以上、すぐにでも戦闘を終わらせなければならない。

 

「敵機特定! 前方より〝イージス〟〝デュエル〟〝バスター〟〝ブリッツ〟──……」

 

 チャンドラの報告に、サイやカズイ達の表情に動揺の色が奔った。

 

「クルーゼ隊!?」

「こんな所にまでっ!」

 

 そう、今度の相手は、量産機ではなかった。

 宇宙にて、何度も煮え湯を飲まされてきた因縁の敵。本来ならば、この〝アークエンジェル〟に配属されていたはずの最新鋭機。ザフトの手に渡り、最大の脅威となったモビルスーツ達。

 その反応が、ふたたび特定されたと云う。

 

宇宙(まえ)と同じように、総勢で掛かって来たのか!」

 

 トノムラが声を上げる。

 しかし、その賢明な言葉は、すぐに否定された。

 

宇宙と同じ(・・・・・)? 違うな、この反応は──!」

 

 詰まった声に、一同は眉を顰める。場に沈黙が立ち込め、全員がチャンドラの報告を求めた。

 肝心の彼は震えた声で、大きくその場に叫んだ。

 

「敵部隊後方に──〝ディフェンド〟を確認ッ!?」

 

 慌ただしかった空気が、一瞬にして凍り付いた。

 

「……えっ?」

 

 思わず、ミリアリアは首だけで席を振り返り、チャンドラに訊ね返してしまった。

 誰もが絶句する空気が流れる。

 場の全員が、重たい衝撃に駆られた。

 

「──映像、出ます」

 

 光学モニターに、大きく前方の景色が浮かび上がる。

 敵部隊の先頭に、刺々しい攻撃的なフォルムをした真紅の機体が映り込み、それに後続する三機を突き抜けた先──そこに、みなの視線が集まった。両肩に体躯ほどの大盾を備え、堅牢な鎧に身を包んだ、黒鉄の機体──。

 クルーゼ隊とは、何度も砲火を交わして来た。

 厄介以外の何者でもない敵機として、今や見慣れてしまったGATシリーズであったが、不思議なことに──最後方に映った〝そいつ〟は、他のどの機体よりも見慣れた姿形をしていた。

 いっそのこと、愛着さえ抱いているような機体だ。

 

「そんなッ」

 

 咄嗟に抱いたのは、黒鉄の機体に対する既視感? 違う、絶望的に確実な親近感(・・・)だ。

 敵でありながら、その機体がこちらに銃口を向けていることに、不思議と当惑すら憶えてしまう。

 GAT-X401〝ディフェンド〟──そいつは機体が持つ名の通り、かつて〝アークエンジェル〟を守護して来た機体だ。しかし今、〝それ〟は妙に禍々しい機体のように目に映った。

 映像を確認したマリューの頭に一瞬、頭部を殴られたような鈍い重みが奔る。

 

「あの機体が、敵に回ったっていうの……!」

 

 なんて皮肉な巡り合わせだろう。

 しかし偶然ではなく、必然の邂逅だ。

 ナタルもわずかに動揺した様子を浮かべたが、すぐに気を持ち直して、冷徹に放つ。

 

「ザフトに回収されたのです! もはや〝アレ〟は僚機ではない──我々の『敵』です!」

「えっ……!」

 

 信じられない、と云った様子で──青褪めた表情のミリアリアが、抗議の声を挙げる。

 

「だって、あの機体は……っ!」

「パイロットは違うんだ! そう割り切らなければ──今度は〝アレ〟に墜とされますよ、艦長!」

 

 ナタルの云っていることは正しい。

 今度の相手は、これまでの量産機とは違う。曲がりなりにも〝ストライク〟と同等の、驚異的な性能を持ったGATシリーズなのだ。

 油断すれば、こちらが敗北する。

 

 ──ここで気を持ち直さなくては、やられる……!

 

 禍々しくさえ見て取れる、黒鉄の機体の背後に、連れ去られたひとりの少女の影が付きまとう。

 だが、迷ってはいられない。

 ナタルの云う通り──今の〝アレ〟は『敵』なのだから。

 苦渋の決断を強いられた後、マリューは毅然として、唸るように声を絞り出した。

 

「──〝ディフェンド〟を、敵性存在として判断します! 以後、敵機として確認するように!」 

 

 その指令に、搭乗員達は激しい動揺に駆られた。

 ──なんで、こんなことに……!

 あの機体は今まで、何度もこの艦を助けて来てくれたのに。

 その機体がどれだけの性能を秘めているのかを知っているだけ、彼らの受けた衝撃も大きかった。

 心強かっただけに、敵に回るとなれば、厄介に思えるだけだ。

 

 勿論それは──彼女ほどに(・・・・・)機体をうまく使いこなせるパイロットが乗っていれば、の話であったが。

 

 

 

 

 

 

「そんなっ……」

 

 冷酷にも思えるほどの報告が、キラの耳にも入って来ていた。

 キラの脳裏に、かつて共に戦った少女の姿が浮かぶ。

 

 ──〝ディフェンド〟は、ステラの機体なのに!

 

 厳密に云うとそれは間違った発言だが、キラはその報告に、忸怩(じくじ)たる思いを抱く。

 鹵獲され、修理され、そうして〝アークエンジェル〟の前に立ちはだかったのが、かつての僚機なのだから。

 〝スカイグラスパー〟の中で、ムウは軽く舌を打った。

 

「クルーゼの野郎──」

 

 彼は持ち前の鋭い勘で、因縁の相手の意図を悟っていた。

 ──アイツは俺達を動揺させるために、わざと〝ディフェンド〟を送り込んで来た……!

 パイロットの技量など関係ない。──ただ〝ディフェンド〟は、敵として(・・・・)そこにいるだけで(・・・・・・・・)〝アークエンジェル〟に激しい動揺を及ぼすのだ。その動揺が、これまでの愛着が親近感が、こちらの油断の引き金になるとも分からない。──冷酷にして残酷、容赦のないことで有名な、ヤツらしい手口だ。

 ミリアリアから、キラへの声は続いた。

 

〈こんなの、気休めにはならないけど……でも、〝ディフェンド〟はもう、ザフトの手に渡ってるの! 乗っているのは別人よ、キラ!〉

「わかってる……。わかってるよ……!」

〈オーブは目の前だから、お願い!〉

 

 発進許可が下り──〝エールストライカー〟を装備した〝ストライク〟が、一気に空中へと飛び出していく。

 キラは束の間、目を閉じて集中した。

 ──わかってる……!

 ステラは、ザフトの連れ去られたのだ。

 ──今目の前に映る、あの黒鉄の機体には、もう、別のパイロットが乗っているんだ!

 たしかに──〝ディフェンド〟に銃を向けるたび、少女の幻影がその向こう側に浮かんで邪魔をする。しかし、それが敵の意図なのだ。こんなところで、みんな沈められるわけには行かない。

 キラが思い悩んでいると、共に出撃したムウからの通信が響いた。

 

〈〝ディフェンド〟はオレがやる! ──坊主は他を当たれ!〉

「ムウさん!?」

〈オマエには荷が重い! わかったな!?〉 

 

 〝スカイグラスパー〟が、一目散に〝ディフェンド〟へと突っ込んで行く。

 それは、ムウの軍人らしい叱咤であった。キラはやむを得ず、その指示に従った。

 〝ストライク〟がビームライフルを構え、〝アークエンジェル〟の甲板上から応射する。忽然と接近して来る〝デュエル〟を狙撃し、例によって機体の足許──飛行支援体である〝グゥル〟を付け狙う。これはキラが相手に容赦を掛けているからではなく、敵機を地上に叩き落すためだ。敵機は、推力を失えば飛行能力を失って落下して行く──〝ストライク〟と同じように。

 正確な火線が一基の〝グゥル〟を貫き、飛行支援体を失った〝デュエル〟は、咄嗟にサーベルを抜き放って、艦へと突進を仕掛けて来た。

 

「──取り着くつもりか!?」

 

 キラは目を見開き、バーニアを噴射させる。

 推進力で大きく勝る〝ストライク〟が、同じようにサーベルを抜き放って、空中へと踊り出す。瞬時に〝デュエル〟と激突し、鮮やかな動きが〝デュエル〟のサーベルの柄を切り捨てた。勝負を制した〝ストライク〟が、咄嗟に〝デュエル〟の背後まで回り込み、機体の背を蹴り着けるような形で、大きく上空へと飛び跳ねた。

 思いもしない、二段ジャンプだ。

 まともとは云い難い動きに、虚を突かれた上空の〝ブリッツ〟は、すかさずビームを応射するが、ことごとく回避され、飛び蹴りを喰らって〝グゥル〟から叩き落とされた。

 

「〝ストライク(・・・・・)〟──!!」

 

 目の色を失い、感覚を研ぎ澄ませたアスランが、そこへすかさず躍り込む。

 機敏すぎる動きでモビルアーマー形態へと変化した後、機体の中心部に光を収束させ始めた。

 次の瞬間、高エネルギー収束砲──〝スキュラ〟が放たれる。赤色の光線が一直線に〝ストライク〟へ肉迫し、キラは思わずシールドを構えた。熱光線(スキュラ)を受け止めると同時に、瞬時にスラスターを噴射させ、後方へと機体を流す。衝撃を緩和させたのだ。

 それが、どうした。

 亜熱光線を受け止めた〝ストライク〟シールドが、衝撃に耐えきれずに爆散した。残骸となって散らばって行く無数の欠片。しかし、キラが咄嗟に後方に飛び退いていなければ、シールドだけでは済まなかったはずだ。身を守る盾を初めて失った〝ストライク〟に、容赦なくビームライフルが襲い掛かる。機敏な動きでこれを回避する〝ストライク〟であったが、数発のライフルが機体の肩部と腰部を掠め、装甲がわずかに焼かれた。

 

「〝ストライク〟、被弾しています!」

「キラくん!?」

 

 〝イージス〟を相手に、ジリ貧にされている──それは、誰の目から見ても明らかだった。

 これまで、どんな窮地も、手に付けられないほどの戦闘能力で乗り切って来たキラが、押され始めている?

 一同は唖然として、目の前のモビルスーツの攻防に見入っていた。

 

アスラン(・・・・)──!」

 

 キラは恨めしそうに〝イージス〟の向こう側──親友のことを睨んだ。

 盾を失った〝ストライク〟へと、執念を抱いたように接近する〝イージス〟であったが、すかさず〝アークエンジェル〟からの援護射撃が飛来した。アスランの鮮烈な感覚は、敵艦から放たれる砲火の弾道を読み切ったが、一瞬にして迫った〝ウォンバット〟に進路を阻まれ、後退を余儀なくされた。

 控えていく真紅の機体と入れ替わるように、今度は後方から〝バスター〟が現れた。

 キラは歯を食いしばり、〝バスター〟より放たれた長距離射撃を回避し、隙を見て〝アークエンジェル〟の甲板へと着艦した。

 

〈有効打が見込めない!? なんだってんだよ!〉

「焦るなディアッカ! まだ余裕はある!」 

 

 続けざまに〝バスター〟がガンランチャーを構える。それが放たれる直前になって、そのとき、まったく予期せぬ明日の方向から一陣のビームライフルが迫った。〝バスター〟のコクピッド内に警報が鳴り響き、ディアッカがハッとしてそちらを向いたとき、〝スカイグラスパー〟の機影を捉えた。

 ──もう一機……!?

 最初に出撃してた一機目は、すでに〝ディフェンド〟と交戦している。現れたのは〝スカイグラスパー〟二号機だ。

 そのパイロットは……

 

〈──キラ!〉

「トール!?」

 

 トール・ケーニヒ二等兵。──かねてより、軍用機のシュミレーターに居座り、その腕を磨いて来た〝ヘリオポリス〟の少年である。

 先日のカガリに打って変わって、今度はトールが二号機を操縦していた。

 ランチャーストライカーを装備したムウの一号機と異なり、二号機は丸裸で、武装はビームライフル程度しか保持していないが、どのみち、新人パイロットであるトールに出来ることと云えば、せいぜい敵機を牽制するくらいだ。そのためにも、過剰な装備は配備せず、むしろ軽装にすることで機体の重心を安定させ、機動力を挙げることに徹しているのである。

 

「ちぃっ、うるさいハエが!」

 

 連結状態を解除し、ディアッカの注意が完全に〝スカイグラスパー〟二号機へと向けられる。ビームライフルを放ち、まだ稚拙な動きで飛行する戦闘機を叩き落しにかかる。

 

「うわぁ!」

 

 トールは思ってもみない声を上げたが、身体は訓練通りに、レバーを一気に引き上げていた。船首を上げ、かろうじてこれを回避。すぐさま雲の奥へと隠れて行き、機体を隠した。

 脇目を振った〝バスター〟へと、〝アークエンジェル〟からの迎撃が飛来する。ディアッカは即座に距離を開き、またも後退していった。

 

 

 

 

 

 

 GAT-X105〝ストライク〟というMSが、戦況に応じて装備を換装することで、高い順応性と汎用性を発揮できる機種であることは、ステラもとうに承知している。

 ましてや、ステラはかつて〝 インパルス〟──〝ストライク〟とよく似たシルエットを換装する機種と何度も交戦した経験があり、換装機の持つ順応性と汎用性、何よりも敵にした際の厄介さは熟知しているつもりであった。

 

(でも……!)

 

 このとき、ステラにとって誤算に感じられたのは、その〝 ストライク〟と呼ばれるMSが、〝インパルス〟よりも明らかなる旧式──前時代の性能しか持たぬはずの機体であるにも関わず、その限界的な性能を駆使して彼女達を翻弄しかけていることであった。

 

(あんな機体で……! あんな機体なのに……!?)

 

 無論、そいつを相手取るステラ達もまた同系統、同性能の機種に乗っていることから、このような考え方はナンセンスであるのかも知れないが、重要なのは、寄って集って〝ストライク〟を襲ってる今もなお、そいつは沈められることのない上手な立ち回りを演じて見せているということだ。

 たしかに、滞空性能に圧倒的な優位性のあるエールストライクを相手に、常に〝グゥル〟を使用しなければならないのでは、形勢的にはこちらに不利があるだろう。しかし、目の前の〝ストライク〟は、〝デュエル〟〝ブリッツ〟を退けた後、〝イージス〟と〝バスター〟を相手に、奮迅の活躍を見せているのだ。パイロットの腕がずば抜けていなければ、不可能な話ではないか。

 

(キラじゃない。……なら、だれが……!?)

 

 アスランは云った、キラは月艦隊との合流の際に、解放されたのだと。

 正規の地球軍士官が〝アークエンジェル〟に補充されて、今の〝ストライク〟を操縦しているのは、ステラと面識のあるはずもない地球軍のエース・パイロットであるのだと。でも──

 

 ──オレは、これまでに〝ストライク〟の正規パイロットになるはずだった新米連中のシュミレーションを見て来てるからな。

 ──ヤツら、機体をノロクサ動かすのにも四苦八苦してたんだぜ? あんなモンが、普通の人間な動かせるかよ!

 

 過去からするりと、ムウ・ラ・フラガのその発言が浮かび上がる。

 そう、その発言が指摘したことは、きっと正しい。ステラが初めて〝ディフェンド〟に乗り込んだとき、機体を取り仕切るオペレーション・システムはひどく稚拙で、蒙昧で、MSが宿していた本来の性能を半分も発揮できていない状態になっていた。

 だから知った。

 ナチュラルには、高性能なモビルスーツはとても扱い切れないのだと。

 だからこそ、彼女の『お仲間』は造られていたのだと。

 

「ヘルダート、撃て! 目標、敵モビルスーツ!」

 

 〝アークエンジェル〟から、対空ミサイルが放たれる。怒涛の数を誇るそれは、一目散に〝ディフェンド〟へと放たれた。

 容赦ない砲火がこちらに迫り、ステラも意を固めた。

 応射するようにライフルを構えると、そのとき、ちかりと何かが上空に光った。

 

「!」

 

 上空からランチャーストライカーを装備した〝スカイグラスパー〟が〝アグニ〟を放ったのだ。

 垂直に降りて来る亜熱光線をすかさず回避する。

 空を切ったそれが海面を穿ち、大量の海水を一瞬にして蒸発させた。

 

「こいつっ!」

 

 白いボディに、スカイブルーのカラーリング──見たこともない戦闘機だ。

 ステラは小さく毒づき、照準を変えた。

 下方へと流れた敵の戦闘機に向け、すかさずビームライフルを放つ。しかし、敵機は巧妙な動きでこれを牽制し、海面すれすれで機首を上げると、放たれる光条を緻密にやり過ごしていく。

 ステラはすこし目を大きくして、軽く舌を巻いた。

 

 ──すごい……あんな旧式で……!

 

 たかだか戦闘機(モビルアーマー)を、ああまで巧みに操れる人物を、ステラはふたりほどしか知らない。

 名乗る名前は違ったが、そっくりな声をしたふたりだ。

 

「いい腕してるじゃないのっ、新人さんよぉ!」

 

 〝スカイグラスパー〟を旋回させ、ムウは〝ディフェンド〟の牽制に徹底していた。なにしろ、初めて敵となって現れた存在だ。中のパイロットもかなり優秀と見たが、下手をすれば、敵に渡ったGATシリーズの中で、最も厄介な存在かもしれない。

 性能が云々という以前に、〝ディフェンド〟はかつて、仲間だったのだから。

 再度接近した〝スカイグラスパー〟より、超高インパルス砲(アグニ)が放たれる。〝グゥル〟上の〝ディフェンド〟は光波防御帯を展開し、これを容易く弾き飛ばす。

 そもそもの〝ディフェンド〟は、攻撃型の機体ではない。鎧を離脱すれば、幾分、反撃能力は上昇するが、それも接近戦に限った話だ。鈍重な敵機や、巨大な標的を相手にすれば〝ディフェンド〟に利はあるが、他ならぬムウが操る、すばしっこい戦闘機を叩き落すには、いささか能力に欠けていた。

 

 なにより、彼女の頭の中が──かつてのように──鮮明(クリア)ではなかった。

 

 

 

 

 

 

『──御覧いただいている映像は、今、まさにこの瞬間、我が国の領海からわずか二十キロほどの海域で行われている戦闘の模様です』

 

 興奮気味の女性キャスターの声が、テレビモニターを通じてオーブ国内に放送されていた。

 画面右上には『LIVE』という文字が翳されており、この映像は、いち民家や都内──そして、行政府へとあまねく伝達されていた。

 オーブ国内の首脳──首長たちの集まった閣議部屋にもまた、同様にこれは放送されていた。

 

「ウズミさま……」

「テレビ中継はあまり嬉しくない──ですな」

「では……?」

 

 妙に影を潜めた会話をする長老の大人たちは、狼狽えた様子で互いに顔を見合わせ、事態を把握して行く。

 

「許可なく領海に接近する武装艦に対する我が国の措置に例外はありますまい。──しかし……」

 

 オーブにとっては──逃れられない責任が、そこにある。

 

「……頼みましたぞ(・・・・・・)

 

 そう云って場を立ち去った、髭を蓄えた男──。

 彼こそが『オーブの獅子』と謳われる、ウズミ・ナラ・アスハである。

 

 

 

 

 

 激戦が繰り広げられる海域に、オーブ艦隊が遣われた。

 中立の主義を翳し、砲門を構えた海上艦は、その照準を一心に、敵武装部隊へと向けている。

 

〈接近中の地球軍艦艇、およびザフト軍に通告する。──貴艦らはオーブ連合主張国の領海、領域に接近中である。ただちに変針されよ!〉

 

 形式上、立場上、それはオーブからの当然の通告だが、八方をモビルスーツに包囲された今の〝アークエンジェル〟に変針(それ)が出来ないということは、素人の目から見ても分かることだ。

 なおも非情に、オーブからの入電は続いた。

 

〈我が国は武装した艦艇、モビルスーツおよび戦闘機の領空、領海への侵犯を一切として許さない! この警告が無視された場合、我が艦隊は自衛権を行使し、貴艦らを攻撃する!〉

「ちッ……!」

 

 通告を受けたのは、ザフトとて同様だ。

 咄嗟にアスランが毒づき、焦ったようにビームライフルを連射した。むろん、相手は喧しいオーブ艦隊ではなく──盾を失った〝ストライク〟だ。

 放たれる無数の光条が、確実に〝ストライク〟を追い詰めていく。

 ──面倒なことにはなるか!

 ここで終わらせれば、いいだけのことだ。

 アスランは焦っていた。

 

「こんなっ……!」

 

 絶え間なく放たれるビームを避けつつ、コクピッド内のキラは、すっかりと腰が引けていた。

 オーブからの通告を、まるで聞き入れる器量がないように、〝イージス〟は執拗に、甲板上の〝ストライク〟を付け狙っているのだ。

 ──このままじゃ、まずい……!

 下唇を噛みしめ、状況を確認する。再度、〝アークエンジェル〟上空より〝バスター〟が接近していた。

 キラはすかさず機体を上昇させ、母艦から飛び上がる。目の前で〝スカイグラスパー〟二号機が〝バスター〟を牽制している隙を突き、すかさず〝バスター〟を〝グゥル〟から叩き落し、敵の飛行支援体を完全に乗っ取った。

 

 ──あと二機……!

 

 戦力的にも、ザフトを追い込んだはず──キラはそう確信し、通信機に手を伸ばした。

 

「アスラン、もうやめてくれ! 聞こえないのかッ!?」

 

 懸命に呼びかけたも、通信回線からは、何の応答はなかった。

 周波数を変えられたのか──? いったい、何の目的で──!?

 敵の〝グゥル〟に足を乗せた〝ストライク〟であったが、次の瞬間、〝イージス〟の放った一発のビームライフルが、的確に〝ストライク〟が握るビームライフルを射抜いた。

 キラは咄嗟に武装を手放し、爆発から遠ざかる。手に嫌な汗を握った。

 遠距離手段を失った〝ストライク〟へと、なおも真紅の機体は接近して来ていたからだ。

 

「アス、ランッ……!」

 

 ──やられるかもしれない……。

 キラの中に、たしかな絶望感が流れ込んだ。

 ──いったい、自分は誰と戦っているんだろう?

 相手は──本当に、アスランなのか?

 声も聴こえず、姿も見えず──目の前の〝イージス〟からは、容赦のない鬼気だけが感じ取れる。まるで、別人を相手にしているかのようだ。

 いや、すくなくとも、今戦っているそいつは、キラの知っている──「アスラン・ザラ」ではなかった。

 何故。

 どうして。

 どうしてキミは、いつも僕たちの邪魔をする────!?

 

〈キラ──!〉

 

 窮地に追いやられている〝ストライク〟の許へ、ムウの〝スカイグラスパー〟が駆け付けた。

 すかさず〝アグニ〟を放ち、〝イージス〟を〝ストライク〟より引きはがす。

 

「ええいッ!」

 

 鬱陶しがるように、アスランは去来した〝スカイグラスパー〟にライフルを放つ。

 しかし、戦闘機は巧みにこれを掻い潜り、回避した。キラはハッとして、ムウの〝スカイグラスパー〟──それより後方から現れた敵機に目を遣った。

 その目に映ったのは、懐かしい機体だった。

 

「〝ディフェンド〟──!」

 

 そいつは、おそらくムウを追ってやって来たのだろう。

 黒鉄の機体を前にして──〝ストライク〟は、確実に動揺する動きを見せた。空中に漂った一瞬を隙を突いて、〝イージス〟がビームを放った。防ぐことも、回避することもままならず、これは〝ストライク〟の左腕を大きくもぎ取った。

 今までで初めて──常勝の〝ストライク〟が、その体の一部を失った。

 そのとき、オーブ艦隊からの通告が、アスランの耳に響く。

 

〈──警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより、自衛権を行使するものとする!〉

 

 振り向けば、進路を変更することも出来ない〝アークエンジェル〟が、いつの間にかオーブの領海を侵犯していた。

 宣言通り、オーブから無数の砲火が撃ち込まれ、これはどういう幸運か、見事に〝アークエンジェル〟を逸れて、戦艦の周囲に着水、着弾して行く。

 

〈キラ、戻るぞ!〉

「で、でもっ……!」

〈いいから、着艦しろ。あとはあっちが、巧く(・・)やってくれるようだ〉

 

 どのみち、今の満身創痍の〝ストライク〟では、〝イージス〟と〝ディフェンド〟両機と渡り合うのは不可能だ。

 キラは云われるがまま、懸命にスラスターを噴射させ、無数の砲火の餌食になっているように見える〝アークエンジェル〟へと向かった。離脱していく〝ストライク〟と〝スカイグラスパー〟を、それぞれ〝イージス〟と〝ディフェンド〟は付け狙う。しかし、領空に接近したのは彼らもまた同様のようで、オーブ艦隊からの攻撃が飛来した。

 慌てて機体を翻すふたりであったが、実弾のひとつが、完全に不意を突かれていた〝ディフェンド〟へと直撃した。

 

「あうッ」

 

 爆発に揺るがされ、脇から邪魔をされ、ステラの頭が真っ白になった。

 小鼻にわずかに皺を寄せ、怒りの表情が現れる。

 

「──よくも……ッ!」

〈待て、ステラっ!〉

 

 咄嗟に、艦隊に向けてビームライフルを構えた〝ディフェンド〟を、隣から〝イージス〟が制した。

 

〈攻撃するな──〉

 

 そう、オーブの領海、領海を侵犯したのは、あくまでザフトなのだ。

 ここでオーブ艦隊に攻撃を仕掛けることは、事実上〝プラント〟が、何の通達もなしにオーブに戦争を吹っ掛けたことと同じだ。

 

「でも、あいつッ……あいつッ!」

〈聞き分けろ!〉

 

 その名を持ち出され、ステラは否応なくその指示に従った。

 妹の機体が落ち着いたことを見越して、アスランは目を遣り、遠方に着水した〝アークエンジェル〟を見遣った。

 相も変わらず、敵艦はオーブ艦隊からの激しい砲火に曝されているようだが、いっこうに爆発が起きないところを見ると、ただ単に、こちらの目を誤魔化しているだけなのかもしれない。──まあそれも、激しい飛沫によって正確には把握できないが。

 ──また、仕留められなかった……。

 バッテリーも残り少ない、これ以上はどうしようもないだろう。

 アスランは機体を翻し、これ以上の被害を受ける前に、オーブの領海線から撤退して行った。

 

(それにしても……)

 

 くだんの艦は、最後に見たとき、オーブからの激しい砲火を浴びていた。それこそ、無事では済まないほどの攻撃に──。

 それでもまだ、大規模な海上爆発は確認できていない──。

 

(オーブ、か……)

 

 彼の中で──

 オーブに対する不信感は、さらに根深く強まって行った。

 

 

 

 

 ──心配ない、このまま領海を突っ切れ。

 ──第二護衛艦群の砲手は優秀だ……巧く(・・)やるさ。

 

 『明けの砂漠』のキサカを改め、オーブ陸軍第二十一特殊空挺部隊、レドニル・キサカ一佐が不敵な笑みを浮かべ、マリューにそう告げた。

 その微笑みを意味を、彼女は咄嗟に心得たような表情を作り、指示に従って〝アークエンジェル〟をオーブ領海内へと進ませたのだった。

 当然、通告のとおりに、領海へ侵入した当艦には艦隊からの激しい砲火が浴びせられたが、そのいずれもが艦艇の周囲に着弾し、被弾という被弾は、一発も存在しなかったのだ。高く上がった水飛沫や、艦隊から出撃した空挺部隊に進路を阻まれ、ザフトのモビルスーツは全機として撤退して行ったようで、ひとまず、難を逃れたと云ってもいい。

 しかし、状況をよく理解できていないのは、マリューを含めた、クルーの全員なのである。

 〝アークエンジェル〟は、オーブの護衛艦に左右を固められた状態で、オーブ群島のひとつへ接近していた。この絵面では、護衛艦に守られてるより、監視されているという意味合いの方が正しいが。

 正直、彼女の胸中は穏やかではなかった。友好国でもない国に、監視される形で連行されているのだ。どこに連れていかれるかも分からない今、かつてと同じ懸念をどうしても抱いてしまうのだ。

 

 ──〝アルテミス〟の、二の舞は勘弁ね……。

 

 げんなりとする、マリューであった。

 連行された先、艦前方には、切り立った岸壁が拡がっていた。どんな場所に連行されるかとそわそわしていたところ、途端、その岸壁が切り開かれ、内部から大型のハッチが出現した。そこに大量の海水が流れ込み、目前に〝アークエンジェル〟ほどの大型戦艦でさえ収容できるような、巨大な開口部が出来上がる

 なるほど、カモフラージュというわけだ。

 指示のままに艦を進め、落ちついた所で、マリューはようやく、傍らのキサカに口を利いた。

 

「──我々はこの措置を、どう受け取ったらよろしいのでしょうか?」

 

 キサカは、あえてひと間おいて、話を持ち出した。

 

「知っての通り、この〝アークエンジェル〟はオーブ製だ。──今さら云い訳にしかならないが、実際は大西洋連邦の圧力に負けた、一部の高官が勝手に実施したことでな」

 

 まあ、信じられないというのならそれもいい。

 キサカは妙に潔い言葉を付け足した。

 

「だが、そう主張したところで、我が国がこんなモノを造り出したという事実は変わらん。──結論から云うと、『それだけの責任がこのオーブにはある』ということさ」

「協力して下さると、判断していいのですね?」

「詳しいことは、あとで聞くといい」

 

 キサカは不敵な笑みを浮かべ、

 

「『オーブの獅子』──ウズミ・ナラ・アスハ様にな…………」

 

 これからの彼女たちの動きを、指示した。

 それは、彼女達への会談の申し入れであった。

 

 

 

 

 

 〝クストー〟のブリーフィングルームにて、ザラ隊の面々は集合していた。

 

「こんな発表、素直に信じろっていうのか!?」

 

 イザークが興奮気味に、一枚のプリントアウトを壁に叩き付けた。

 そこに書き込まれているのは、〝アークエンジェル〟の行方に関するオーブからの公式発表だ。書き出された字面に目を通したとき、彼らは言葉を失ったのだ。

 

「『足つきはすでにオーブから離脱しました』──なぁんて、本気で云ってんの? 俺達は馬鹿にされてんのかね?」

「こんな発表、嘘に決まっている!」

「だが、これがオーブからの正式回答だという以上、ここで俺達がいくら『嘘だ』と喚いたところで、どうにもならないことはたしかだろ」

「なにィ……!?」

「押し切って通れば、本国も巻き込む外交問題だ。迂闊に動くわけにはいかない」

「だから? はいそうですか、って尻尾まいて帰るわけ? ここまでコケにされたまま?」

「押し切って通りゃ、足つきがいるさ! それで何の問題がある?」

「〝ヘリオポリス〟とは違うんだ。──軍の規模もな」

 

 今にも火花が散りそうな緊張感あるやり取りを脇から眺め、ステラはそこで、何も云えずにいた。

 正直なところ、目の前の彼らが、何の話をしているのかがまったく分からないだけなのだが……。

 

 ──オーブ……?

 

 聞いたことが、あるような、ないような──あったとしても、すごくどうでもよかったような──そんな国の名前らしい。

 その国のへの対応を巡って、彼らは議論していた。

 ステラには、よくわからない内容だ。──「せーしきかいとー」とか「がいこーもんだい」とか、彼女にはすこしむつかしい言葉ばかりが飛び交っているのだ。

 

「じゃあ、どうするっての?」

「カーペンタリアからも圧力を掛けてもらうが……それで駄目なら────潜入する」

 

 思い切った提案に、ステラを除いた一同は目を丸くする。

 

「なるほど……足つきの動向を探るんですね?」

 

 ニコルが訊ね返し、アスランは静かに頷いた。

 

「せんにゅう……」

 

 その言葉は、ステラも知っていた。──彼女自身、行ったことがある。

 じゃあ、そのオーブに「せんにゅう」するってことになる。

 ──他ならない……〝アークエンジェル〟を見つけ出すために。

 イザーク達も、その提案には乗っかっていた。

 

「はっ、貴様にしては上出来な提案だ。やってやろうじゃないか」

「まっ、案外、潜入ってのも面白そうだし?」

「でも、オーブは群島から成る国家ですよ。ある程度、敵の潜伏場所の目星は、付けておかないと」

「目星なら付いている」

 

 ニコルの懸念に、アスランは間髪いれずに答えた。

 

「向かうのは────オノゴロだ」

 

 そこは、オーブの中でも、軍と軍需産業の島である。

 〝アークエンジェル〟が匿われているとすれば、十中八九、その島と見て間違いはないだろう。

 そうは云っても、島のほとんどを軍関連の施設で占領しているわけではなく、そこはあくまで民間人──国民の住居が大半を占めた、活気に満ちた島と聞く。おそらく民間の繁華街を抜けることになるだろうが、目的はあくまで、〝アークエンジェル〟がその島にいるという決定的な証拠をつかむことだ。

 

「じゃあ──彼女も連れて行くんですか?」

 

 ニコルの問いかけに、アスランはステラを見遣り、そして頷いた。

 

「誰よりも、あの艦のクルーに詳しいからな」

「そう、ですか……」

 

 ステラは、アスランに差し出された手を、恐々と取った。

 こうして彼女は、オーブへと向かうことになった。

 

 

 

 




 個人的に、作者はネオとムウは、まったくの別人としてとらえてます。
 いや、そうであって欲しいだけですけど。

 相変わらず文量の割に亀更新ですが、新年もよろしくお願いします。

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