普段はアルファベット順で分割しているのですが、今回は「S」とさせていただきます。
生身での戦闘を主に描いているので、いつもより残虐な要素が濃いと思われます。
苦手な方には、申し訳ないですが。
第二次ビクトリア攻防戦は、予定されていた攻略日より遅れながらも、ザフトの勝利に終わった。
結果だけを見れば、難攻不落のビクトリア基地を制圧するにあたって、ザフトは作戦へ投入した戦力のじつに六割以上もの損失を出した。地球上での戦闘において、こうも甚大な被害を出したことは、ザフトにとっては前例のないものである。
今回の作戦におけるザフトの勝因は、難攻不落の〝円盤型要塞〟──の、本体以外の部分に運用上の欠陥を発見したこと。強固な陽電子リフレクターとVPS装甲に覆われた〝円盤〟に対してはついに損壊を与えること叶わなかったザフトであるが、一方で要塞の動力源を断ち切ることで、この無力化に成功していた。
ビクトリア基地が、基地としての機能を損ない、照明が落ちた。
そのとき、深い闇に囚われた内部の往路、この空間に溶け込んで疾駆する────ひとつの影があった。
「──止まれッ」
要塞が陥落し、突きつけられた敗北──それでも中には、諦めきれない者も基地にはいた。
白い軍服に身を包んだ地球軍の兵士が、叫びながら、機銃を構えた。
男が怒鳴っている間にも、得体の知れない影は、凄まじい速度でこちらへと接近して来ている。迅速なあまりのスピードに、ナチュラルの目は動き捉えきれず、頭は冷静に対処しきれず、そして身体は反応しきれず──ダメ押しだらけの愚鈍な応射によって、あっという間に敵兵の接近を許した。
即座に懐に潜り込まれ、短刀が翳される。瞬と頸椎を斬り込まれ、男はそれ以上の言葉を発することも叶わず、その場に卒倒した。
不穏な悲鳴と物音を聞き付けた他の兵士が「何事だ」と声を発し、引き続き機銃を構え、前方へと躍り出る、しかし騒然とした往路は
電気の消えた狭い廊下の奥に、きらり、と何かが光る。──武装した二名の兵士が、その正体を探った時、
「ぐはッ」
「うあッ」
気が付けば、傍らを通り過ぎていた影に切り付けられていた、彼らは何が通り過ぎたのか知覚することさえできなかった。
──この雑踏の中では……
利き手に短刀、反利き手に拳銃を構え──
まるで猫のようにしなやかに、それでいて女豹のように猛々しく、パニックになった雑踏の中を潜り抜けていく。
──無抵抗の者はいい、どうせザフトが勝ったんだ。
ステラが歯牙に掛けているのは、己の敗北も分からぬ愚か者だけだ。戦意や敵意が浮かばない者は素通りし、邪魔と判断した者には容赦なく、妨害された時点で切り捨てる。
我を忘れて──身体が憶えているままに動いていた。
人身を切り付けている意識などない、ただ進路を邪魔する障害、突き進むに脅威と判断したした「モノ」だけを切り裂いてるだけだ。──傷つけた対象が人間であることなど、このときの彼女は疾うに忘れていた。
──そうまでしても、辿り着かねばならない『場所』がある……!
薄暗い闇に包まれ、癇癪に苛まれた基地内部であったが、要所要所に案内用の矢印が描かれており、ステラは一目散に基地の司令部・要塞の
「ザフト兵だ! 侵入されているぞ、銃を取れ!」
「なにをいまさら、抵抗したところで無駄だ!」
「ああ、我々はもう終わりだ!」
「貴様らぁ!」
地球軍兵士達は、ここに来て、もはや統率力の欠片もない様子だ。
基地内はおおよそ二分化され、既に希望に打ちひしがれ絶望する者、いまだ現実が受け入れられず抵抗する者に分割されている。しかし後者と云えど、人混みの中でたったひとりの侵入者のために銃を乱射するわけにもいかない。潔く近接戦で応戦する他ないのであるが、凶器を翳した「侵入者」の動きは、精密な「抹殺者」のように敏捷にして緻密──要するに、ナチュラルにとって反則的に速かった。
──あんなの、敵うわけがない……!
冷徹な女の動きを見るだけで、戦意を根こそぎ刈り取られたような気分になった。
こうして、ステラは妙に容易く、管制室へと駆け抜けて行くことができた。
通路を飛び出せば、すこし開けた空間に出た。
彼女が立っているのは、無機質な
咄嗟に姿勢をかがめ、物陰に潜り込む。
──ドドドドドッ
激しい連射音が鳴り響く──頭上の壁に、多数の跳弾の火花が散った。
隠れながら、外の様子を窺う──
と、管制室へと続く進行方向に二名……いや、三名の武装兵を視認した。
──まるで素人、隙だらけだ。
飛散する無駄弾の嵐を前に、ほんの一瞬の隙を突いて、ステラが階上から身を乗り出した。階下へと鮮やかに飛び降り、焦りに焦って発砲された銃撃を避けつつ、
驚くほど簡単に距離を狭められ、敵はすっかり腰が引けている。最前の男の顔面に勢いよく膝を打ち付け、仰向けにのし倒す。それと同時に、ふたり目に短刀を
静寂が訪れる。
ステラは二番目に屠った男の胸に抜かる短刀を引き抜き、利き手に収め直した。──『赤』いのがべっとり──ああ、いやな色だ……。
次の瞬間、背後から、ウィン、という物音がした──ドアが開いた音だ。
中からドッと敵兵の増援が現れ、応じるように拳銃を構える──が、それよりも早く敵の銃弾が飛んで来た。拳銃を弾き飛ばされ、電撃にも似た痛痒な衝撃が左手に迸る。
「ちッ」
条件反射だった。ステラは目の前に転がる
銃撃が弱まった一瞬の隙を突き、一気に広間へと躍り出る。
──得物は短刀しかないが、縮められない距離じゃない……!
地をせわしなく転げ回り、粗末な敵の照準を牽制。いざ突っ切ろうと思ったとき、また別の方向から銃声が鳴り響き、遠方の敵兵すべてがその場に撃ち殺された。
四足を地に張った猫のような姿勢のステラは、目を丸くして、音の響いた方向に目を遣った。そこに、遅れて現れた〝ディン〟部隊のパイロット達の姿が認められた。
「間に合った!」
「大丈夫か、嬢ちゃん!」
「危なかったなぁ!」
なんで、ここに──それがステラの本音だった。
彼らは安堵したようにステラの許へとにじり寄り、快哉な笑みを浮かべている。
「大胆なことするぜ、管制室を潰すんだろう?」
「マスドライバーやあの要塞のデータ、破棄されちまう可能性があるからな! そうなる前に司令部を制圧しようとは、さすが特務隊、思慮深いぜ」
「けど、事前の打ち合わせくらい欲しかったよな」
──別にそんなのが目的じゃない……でも、彼らなりに納得しているのなら、それでもいいや。
三名のザフト兵達を連れ立ち、対岸の昇り階段を一気に駆け上がったとき、そこはやはり、ビクトリア基地の司令部となっていた。
揃って壁に身を寄せ、
「よし、突入するぞ。いち、にの……さっ──」
物陰に身を潜めた緑色の声など聴かず、赤服の少女は一気に司令部へと飛び出した。
「てえオイ! 団体行動できねーなあの子!」
──さすが特務隊、とは云ったが、あれは撤回だ! あの子はただの、無鉄砲なばかだ!
三名の緑兵達もそれに引き続き、一気に司令部を制圧する。中にいた高官達は武装しておらず、顔面を蒼白にして、突きつけられた拳銃に怯えるばかりだ。
だが、最高司令官らしき人物の姿が、いまだ見当たらない。
そのときステラは、遠方に慌ててコンピュータを操作しているひとりの男を発見した。彼女の位置からは背格好しか窺えないが、充分だ。──身に着けた肩章の数から見て、基地の責任者だろう。
──あいつッ!
管制室の複雑な構造・障害物をもろともせず、ステラは一瞬にしてそれらを軽々と飛び越え、不用心な男の背中へ飛び掛かる。
気配に気づいた男が慌てて振り返る、抵抗しようとしたが、対応が遅すぎた。ドン、と激しい衝撃に突き飛ばされ、その場に腰を抜かす。男は何が起こったのかすら理解できず、視線を巡らす。
そのとき麗容な顔立ちをした金髪の少女が目の前に映り込んだ。可愛らしい柔らかな顔立ちをしている──が、決して窮地に瀕した我を助けに来た、救いの女神とは思えない──それどころか、頸許に血の付いた短刀を突きつけているあたり、我を殺しにした死神のようにしか見えない。
「云え! 〝
幼い少女に怒鳴りつけられ、司令官の男が、年齢不相応にひぃと声を漏らす。
──ステラが
ベルリンにおける〝光〟に包まれたとき、彼女は〝デストロイ〟に乗っていた。そんな機体の
その真相を突き止めるため、ステラは基地内部への突入を敢行したのである。あるいはザフト兵たちが云ったように、ただちに司令部を制圧しなくては〝デストロイ〟についての証拠隠滅を図られたかもしれない。事実、この
ステラは凶器をちらつかせ、男を詰問した。
「わ、私は〝アレ〟を回収しただけだ! ヒト型の部分なら──既に大西洋連邦に
ただ
だがその事実は、あまりにも衝撃的だ。
「……ッ」
歯を食いしばり、ステラは男に対する一切の興味を失って、初老の身体を突き放した。恐怖に駆られた司令官が、気絶する。
そのとき既に司令部を制圧した他のザフト兵二名が、彼女の背後からやって来た。──その目には、動揺の色が浮かんでいる。
「今の話、本当か……!?」
「本体って? 何の話だよ……まさか
その話を耳にしたザフト兵は、血相を変えている。
ステラは沈黙を保ち、それを肯定と取ったザフト兵のひとりが、直ぐに目の前のコンピュータに手を伸ばした。
「……良かった! まだここのデータは残ってるぞ、消されてねえ」
ザフト兵が、次々と要塞についてのデータを検出していく。さすがはコーディネイターと云ったところか、初めて扱うはずの機器であっても、早々に扱い熟している。
コンソール画面には要塞についての詳細なデータ、ならびに要塞の解析結果が映し出され、蓄積された膨大な量の情報が、流れる滝のように幾千の文字となって書き出されて行く。
GFAS-X1 [ Destroy ] Tall : 56.30m Wheit : 404.93t
ありとあらゆる火器管制システム、機体構造、動力、兵装のデータ──それらのすべての情報が、現時点での地球軍が、解析できている範囲でコンソールの画面に綴り下ろされていく。
一同は唖然として、その画面を覗き込むように注視し、ステラもまた、連綿と綴られていく膨大な情報を目を追い、頭では簡素に処理していた。
そのとき、一瞬にして流れ去ったデータの中に、眉をひそめた。戻して、と慌てて叫び、ザフト兵の手を掴み止める。ステラが代わりに機器を操作し、あまりに一瞬にして流れ去り、読むことはおろか気付くことさえ難儀だったであろう、ほんの僅かな記述に目を留める。──要塞が持つ、兵装のデータについて綴っている部分だ。
ステラは唖然として、画面を見つめた。
──From positron reflecter [ Shneid Schuze SX1021 ]
そこには──〝デストロイ〟が搭載する、陽電子リフレクターについての詳細なデータが記載されていた。
──To the technology [ Armure Lumiere ]
次の記述を見た途端、ステラは大きく目を見張り、驚きに駆られた。
──Project G : GAT-X401 [ Defend ] ────…………
そこには、ひとつの経緯と、とある事実が綴られていた。
大西洋連邦が〝モルゲンレーテ〟と共同で開発した〝G〟計画の六機目──
GAT-X401〝ディフェンド〟とは、ユーラシア連邦が「至高の技術」として共同体内で独占していた光波技術が──完全に応用されている機体である。
光波技術は本来、大西洋連邦は、原理すら知り得ない未知の産物であり、手許にも詳細なサンプルがあったわけでもなければ、これを独占するユーラシア連邦から譲渡された経緯もない。
この時点で、大西洋連邦には光波技術を応用したMS──〝ディフェンド〟を完成させられるはずもなかった。
しかし事実、彼らは光波技術を完成させ、その機体を開発してしまった。──いったい、どのようにして。それを検討した者の中には「大西洋連邦か〝モルゲンレーテ〟のどちらかが、ユーラシア連邦から光波技術を盗用した」という説を流した者も多く存在したが、所詮は明確な根拠に欠けた、あくまでも推論に過ぎなかった。
ところで、今より三年後に開発されるであろう──GFAS-X1〝デストロイ〟
ここに配備された
C.E.71年、現在において〝アルテミス〟でも運用されていた光波防御帯を、より手頃に、より強力に発展させたもの──〝シュナイドシュッツ〟──それは、云わば〝アリュミューレ・リュミエール〟の発展形、上位互換たるものだ。
光波技術が生み出した実績は輝かしく、連合内でも、高く評価されていた。この技術を満載した軍事衛星〝アルテミス〟が、これまで〝傘〟の活躍によって難攻不落を誇っていたからだ。
光波技術を用いたシールドには絶大な利用価値があると見込まれ、大西洋連邦はユーラシア連邦からの技術の盗用──
それでも当段階で、未知の要素の多過ぎる〝シュナイドシュッツ〟開発は、時間的・技術的な問題が多岐に渡って発生し、陽電子リフレクターの開発は〝G〟計画に間に合わず、中途で頓挫することとなる。
その結果、入手した光波技術を用いたモビルスーツに搭載されたのは〝シュナイドシュッツ〟の前身である〝アリュミューレ・リュミエール〟に留まり──結果として、こちらが新型の〝G〟の兵装として搭載されることが決定する。
大西洋連邦が独力で造り出した光波技術が完成した時点で、しかし、既に五機の〝G〟の基本構造とコンセプトは七割がた完成しており、手にした新技術をMSに搭載させるには、新たな一機を増設する他なかった。
これにより──〝ヘリオポリス〟において〝G〟計画は急遽として予定が変更され、ひとつの
浮き彫りになった新たな真実が、コンソール上に書き出されていく。ステラは唖然として、ザフト兵の手を止めた。
その箇所のデータについて、詳細に確認する。
「〝ディフェンド〟は──〝デストロイ〟から生まれたの?」
震えた声で、コンソールから導き出された事実を、反芻する。
〝ディフェンド〟という「守護」の名を冠するモビルスーツが──〝デストロイ〟という「破壊」の名を司るモビルスーツから誕生した、というのか?
仮にそれが真実であるのなら、なんという──皮肉だろう。
つまり、ステラ自身もまた、新たな世界に辿り着いたつもりで、いまだに〝デストロイ〟の呪縛から逃れられず──破壊者の分身たる機体に搭乗していた、というのである。
〝デストロイ〟の影は──転生してなお、まるで亡霊のように彼女の背に憑いていたのか。ステラは〝ディフェンド〟のコクピッドの中で戦い続け──それが〝デストロイ〟の流れを汲んだ機体と気付かず、ずっと亡霊の腕に抱かれていた中で、力を奮っていたというのか。
(……それでも、ステラが〝ディフェンド〟に乗ったのは、みんなをまもりたいって思ったからだ……)
初めて〝ヘリオポリス〟で〝ディフェンド〟を目にしたとき──ステラは目の前に横たわる黒鉄の機体に、不思議と、呼び止められたような感覚に陥った。
おかしな云い方をすれば、そのときステラを呼んでいたのは〝ディフェンド〟でありながら、ひょっとすると〝デストロイ〟であったのかもしれない。──
(じゃあ──〝デストロイ〟の力が、みんなを
疑念に思う。──破壊者の力が、守護の役に立つなんて。
でも、考えても見れば、機体の名称など、所詮は何の意味も成さないのかもしれない、結局は、人間の都合で勝手に名付けられたものだ。
重要なのは、その機体をいかに操ろうとする、中のパイロットの意志や立ち振る舞いであって、ことと次第によってMSは、破壊者にも、守護者にも成り変わるということを知る。
(それなら〝デストロイ〟は……『わるもの』じゃない)
人としての意思を奪われていたステラには、今まで理解できなかったことであるが、力を奮うのは
この攻防戦で、ステラが
「いけない……」
ステラは無意識に、言葉を漏らしていた。
そう──いけないのだ。
このままにしておいては、いけない。
(あの子が、利用され始めてる……!)
〝デストロイ〟という極上の
機体に配備されたあらゆる先進技術は、既に独自に解析され、現在に応用され始めている。
──もう、
人型の本体の所在は、いまだに掴めていない。──すくなくとも、大西洋連邦のどこかの拠点に搬送されていることは判かるのだが。
これ以上の期間の解析を許せば、地球連合軍は、かつてのように──
「そんなこと────絶対にさせない!」
これのデータはきっと──彼女に新たな入口を指し示しているのだ。
彼女自身がやらねばならぬことを示す、大きな機転のきっかけとして。
『──あなたはこれから、どうなさいますの?』
以前ラクスに尋ねられたとき、その質問に、ステラは答えることができなかった。──命令してくれる人が突然いなくなって、ただ成り行きに身を任せていたステラには、その質問はとっても難しいものだったからだ。
──でも、今ならわかる……そんな気がする。
戦争を始めたのは、人間の意志──それが、兵器を生み出している。だが、今はむしろ逆だ。
──〝デストロイ〟のパイロットは、わたしだ。
──あの子を託された、あの子のことを任されたのはステラだ、なら、今のあの子を破壊する責任がステラにはある。
これ以上〝デストロイ〟によって──戦争が拡がらないように。多くの『死』が、造り出されないようにするために。
〝デストロイ〟は、破壊者の名を持っている。
だが、それがどうした。
たとえ破壊者の力でも、ステラは今、その力を受け継いだ機体に乗って、誰かをまもるために戦えている。
だから〝デストロイ〟だって、使いようによっては、たくさんの人を助けることだってできるはずだ。
破壊者なんて名前を付けた地球軍がわるい。その名の通りに運用した地球軍がわるい。
──ステラは〝デストロイ〟を「わるい子」にしようとする、地球軍を止めなきゃいけないんだ……!
かつての〝デストロイ〟のパイロットとしての矜持を以て──ステラはそれを、胸に誓った。
「その要塞の本体、ってシロモノの……搬送先のデータとかは、もうここには残ってねぇのか?」
そのとき、傍らのザフト兵が声を上げる。
云われた者はすぐに検索を始めたが、エラーが発生し、バンと拳を叩き付けた。
「……ダメだッ、秘匿情報になってやがる。この司令官の男の云う通り、そこから先は、このビクトリアは関与してないんだろ……!」
「おいおい、勘弁してくれよ……っ」
彼らとて──〝プラント〟を守るために志願したのだ。
ここに来て最悪のデータが地球軍の手に渡ったとなれば、居ても立ってもいられない気持ちはわかる。
ザフト兵ははぁと息をつき、状況を再確認した。──今ここで狼狽えた所で、何も出来ないのは確かだ。
「とにかく、ここのデータを消去させるわけにはいかねえ。今すぐにでも〝コンプトン〟に連絡を取って、応援を寄越してもら────」
次の瞬間──
管制室の入口の方で、発砲音が響いた。
怒濤の乱射音が弾けるように室内に響き渡り、一同はぎょっ反応した。
入口側の警護に当たっていたザフト兵のひとりが、無残にも射殺されていた。
「なッ、なんだ──!?」
尋常ではないものを感じ取り、ステラは咄嗟に物陰へと飛び込む。近い方のザフト兵ひとりの身体を強引に引きずり寄せ、味方を庇った。
間を置かず、さらなる銃声が室内に響き渡る。入口の方に拘束されていた現場の管制官達は忽ちに射殺され、反応が遅れ、その場に茫洋と立つザフト兵もまた──『敵』の凶弾の餌食になって斃れた。
──『敵』?
敵とは誰のことだ。
少なくとも、地球軍もザフトも構わず射殺する、そんな敵は知らない。
「だ、誰だッ!?」
ステラによって生き延びたザフト兵が、顔面を真っ青にして声を上げた。
そして、その問いかけに、解答する声が返って来る──
「ハッ、そこに隠れてるのかッ!
それは────先に撃墜されたはずの、ディオ・マーベラスの声だった。
──どういうことだ……!?
ザフト兵は唖然として、怒鳴りあげる。
「ディオ!? オマエ生きて──いや、それよりも
「裏切り? 違うな、俺はザフトの兵士はやめねぇし、これからも続々と戦功を立てて、ザフトの中で上り詰めてくつもりだぜ?」
「ふざけるな! ならばなぜ──
ザフト兵は、反応が遅れて撃ち殺された、既に物言わぬ塊となった同僚を示唆しながら怒鳴る。
一向に事態を飲み込めないザフト兵に変わって、ステラがひっそりを顔を物陰から顔を覗かせた。
どうやら彼──ディオ・マーベラス──は、乗機の〝ディン〟こそ撃墜されたが、機体ごと基地周辺に墜落しただけで、一命を取り留めたらしい。覗ける肌には火傷の痕と、頭部からは一筋の血液が流れ出している。爆散寸前の乗機から、決死の脱出劇を演じたようだ。
「なぜ? なぜってのは愚問だなぁ……。敵基地のど真ん中によ、オレ達みてぇな少人数だけが突入してんだぜ?」
「オマエはもう、仲間でもなんでもない!」
「怖い声だすなよ、要するにだ。こんな状況じゃあ、
その言葉の真意を、ふたりは同時に悟った。
つまり彼は、ステラ達の功績の
ここでステラと、それに付き添うザフト兵という存在を亡き者にした後、奇跡的な生還を果たした兵士──英雄として振る舞い、母艦へ戻る。基地内部を制圧したのはみずからだと豪語した後、相応の勲章を受け取るつもりだ。
そもそも、ステラ達がこんな少人数で基地内部へと突入したこと自体、賢明ではあるが、大きな間違いだ。
内部で彼らが(ディオの手によって)全滅していようと、誰もが地球軍の仕業だと信じてしまうのだから。
「最初は、撃墜されたのにムカついてなぁ……せめて、ナチュラル共を皆殺しにしてやろうとか考えて、基地に突入したのさ──その途中で暴れるお嬢さんを見かけたもんでな! いやァ、俺は運が良いというか、ようやくツキが回って来たというか──」
その瞬間、物陰に隠れていたザフト兵が飛び出した。──よして、というステラの静止の声も聞かずに……。
男は一気に物陰から飛び出し、裏切り者に向けて、殺意を以て機銃を構えた。
「この、ゲス野郎が!」
「はっ!」
瞬間。
二発の銃声が響き────そして、ディオでない方の、ザフト兵が斃れた。
男の身体は駆け出した勢いのまま、物言わぬ肉塊となって遠方に斃れ、管制室のはるか下方へ転げ落ちていった。
おいおい、人のハナシは最後まで聴けよ。
勝ち誇ったような男の声が響く。
「これで
「…………!」
「最後の銃は、いま死んだヤツが持ってっちまったからなァ」
ディオは嘘は云っていない。
ステラの武器は、もはやサバイバルナイフしか残されていないのだ。──だから今死んだ男に、飛び出してなんて欲しくなかった。少なくとも死んで逝ったザフト兵より、ステラの方が射撃の腕は高いのだから……。
「ずっと気に入らなかったんだよなぁ……親の七光りで、偉そうな位置にふんぞり返りやがってさァ。挙句に
「────!」
「〝ディフェンド〟の力さえありゃあ、俺はもっと
愛機にまつわる事実を知った直後なだけに、ステラは軽々しくその言葉を放たれ、憤怒を憶えた。──〝ディフェンド〟は決して、殺戮のために存在してはならない兵器だ。
(こんなところで、あんなヤツに殺されるわけにはいかない……)
ステラが此処に、この時代にいることにも、きっと意味があることだ。少なくとも彼女自身、今はそう思えている。
漂流した〝デストロイ〟より派生した〝ディフェンド〟に、他ならぬステラが搭乗していることにも、何らかの意味と、きっとそれだけの強い由縁がある。
鹵獲され、一度は引き離されてなお、〝ディフェンド〟はステラの許に戻って来た──あの機体が訴えかけようとしているものの意味すらも掴めぬまま、こんな場所で果てるわけには行かない!
出来るだけ気配を隠し、ディオに最も接近できるであろうポイントまで移動する。
もはや『敵』と化した者の足音が、だんだんと近づいて来ている。あちらもすでに、決着を着ける気でいるのだろう。
「隠れてんのか? やめとけよ、短刀だけじゃいくらやっても、オレには叶いっこ──」
男の意識が台詞に集中している間に、ステラは一気に物陰から飛び出した。
言葉を中断して、拳銃が向けられる。凶弾が空を切る。
ステラはディオ本人へと飛び出したのではなく、別の物陰に飛び込み、弾丸は壁に当たって弾き飛ばされた。
「──フェイント!? くそッ!」
飛び出した拍子に、ステラは状況を把握していた。
第一に、敵に近づくため、飛び越えなきゃいけない障害物が『三つ』あったこと。男の凶弾を回避しつつ、これらの障害物を乗り越えなくては接近できない。
第二に、敵の機銃は弾切れ、あるいは故障を起こしていたということ。屍となった地球軍兵士から機銃を奪い取ったのだろうが、今は拳銃に持ち構えていた。単発しか放てぬ小型銃である以上、すこしだけ希望は見えた。
迷っている暇はない──待っていても、死ぬだけだ。
次の瞬間、ステラは一気に身を乗り出し、ひとつ目の障害物を瞬発的に飛び越えた。
(ひとつめ……)
飛び跳ねる影を本人曰く「持ち前の動体視力」で追いかけ、発砲するディオ・マーベラス。
一発。
だが、放たれた弾丸は対象を捉えることができず、空を切ると、彼女の背後のコンソールへと着弾し、小さな爆発を引き起こした。
まだ焦っていない──と云えば、それは嘘だ。ステラ自身もここまで不利な状況は初めてであり、それと同様にディオも焦っていた。
二発。
三発。
四発。
撃ち放ったすべての弾丸は、気が付けば外れ、空を切っていた。
(ふたつめ……!)
ハッとした瞬間、既に目標の少女が、ふたつ目の障害物を飛び越えていた。
ますます焦りが膨れ上がり、ディオは必死に拳銃を構えた。
「くそがぁ!」
五発──
撃ち放った弾丸が、少女の左頬を掠めた。その反動で、少女の動きが一瞬だけ鈍る。
──しめた!
すかさず放った六発目は、しかし、すぐに態勢を立て直され、外れて空を切る。その間にディオは、少女の跳躍を許していた。
(三つ目──っ!)
すべての障害物を乗り越え、少女は豹のように姿勢を低く屈めた。
次の瞬間────凄絶な勢いで疾駆した。血液の付着した鋭利な短刀を翳しつつ、不貞者へと一気に接近を仕掛ける!
「オマエなんかに──!」
「この女ァ!」
慌てて放つ、七発目!
最後に放った、一発の凶弾。これが空中へ躍り出た、少女の右肩を撃ち抜いた。
「あッ」
勝負は決まった、決まってしまった。
衝撃に、華奢な身体が後方へ吹き飛ばされる。
勝った──男は緊張から解き放たれ、一気に勝ち誇った顔を作る。
「ふは!」
ドサリ、と──仰向けに倒れた獲物に向けて、ディオは餓えた獣のように、ギラついた目を浮かべる。
目の前には儚げな少女。
──いや? 撃ち飛ばされて、地に転げ落ちた「子猫ちゃん」ってヤツか。
これまで虐げ続けて来た
大きく潤んだ円らな双眸が、男の嗜虐心を一気に駆り立てた。
目の前に瀕死の獲物を見据え、もう終わりだな! と────そう叫ぼうとした。
次の瞬間、世界が回った。
次に気が付いた時、ディオは何故か、
それきり──男の意識は深い闇に沈み込み、もう二度と浮かび上がって来ることはなかった。
負けた──と思った。
あと一歩まで迫った時、敵の銃弾が、自分の肩を貫いた。
重い衝撃が身体を駆け抜け、地に倒れてから、灼けるような痛みが襲って来た。
──こんな奴に……負けた……!
撃たれた肩から、溢れ出す『赤』
『赤』はいやだ……きらいだ。
『海』と反対の色をした、きらいな色だ。
でも、その色は、ステラの肩から止まらずに溢れ出した。
手に付いた赤。
頬を流れる赤。
肩から溢れる赤。
『赤』は、こわい──!
それは、ステラの『きらいなもの』を連想させるから──!
そしてステラは今まさに『それ』に直面していた。
男が嘲った顔で、自分を見下ろしている、その手には銃が握られている。
──こんな所で、終わりたくない……っ!
現実が受け入れられず、瞼が、それを拒むようにきゅっと閉ざされた。
次の瞬間、ドンという音が鳴り響った。撃たれたと思ったが、ちがった。──何かが蹴破られた音だ。
『死』がいつまでもやって来ないから、瞳を開けた。
目の前には、あの男ではなく──アスランが立っていた。
あの男は、見当たらなかった。代わりに、
そこから──『赤』が溢れ出す。
凍り付いたステラを覆うように、駆け付けたアスランが、すぐにステラの身体を抱き締めた。
──守ってくれたんだ……アスランが。
ステラはすぐに、それを理解した。
アスランに抱き締められる──でも、その時のアスランの身体は、なんだか
一度離れて、兄を見上げる。
ステラの好きな色──兄の『碧』の瞳は、一切の輝きを失っていた。まるで闇に呑まれたみたいに、虚ろな目をしていた。
こんなの、アスランらしくない。こんなアスランの表情を、ステラは見たことがない。
ザフト軍の「戦士」の目──いや。
まるで彼は、何かに吹っ切れた────「狂戦士」のような眼をしていた。
アスランがその場に立ち上がる。
ステラは悄然としながら──胸の奥に激しい違和感を覚えながら──兄の姿を見上げた。
肩を撃たれた痛みさえ、いっとき忘れてしまうほどの違和感──これを憶えさせるのは、アスランの口元に走る、切り裂かれたような不気味な笑みだ。
口唇が震え、アスランは言葉を紡いだ。
「──そうか、これか……」
──
ステラには、アスランの放ったその言葉の意味が分からない。
だが、出撃前と今とで、明らかに、目の色が違っていることだけは分かった。
──目に、まるで生気がない。
家族でありながら、恐ろしくさえ思えるほど、冷え切っている。どんな言葉も通用しないような冷酷な雰囲気は、厳しく、硬く──そして、冷たい。
どうしてか、パトリックを見ている時のような──そんな既視感を憶える。
憎しみが宿った目、己の『敵』に対する一切の情を捨てた目だ。
人としての呆れ、怒り、侮り、憎しみ、これすべてを大きく超越した────
それが忽然と、アスランの眼に浮かんでいる。
その眼は己が手に掛けた屍を見下ろし、不気味に嗤っている。ひどく恐ろしいのに、本人であるアスランはそれに気づいて様子もなく、むしろ、どこか満ち足りた表情をしていた。
「アス……ラン…………?」
殺されると諦めた時、アスランはステラを守ってくれた。
──うれしいはず、なのに……。
アスランがあまりにも「別人」になっていて、素直に受け入れることができない。
──ステラの知ってるアスランは、
敵を斃して、嗤っている。
そんなのは────ちがう。
いったい──何があったと云うのだろう。
輝きの消え失せた、狂戦士たるアスラン・ザラの双眸に。
ステラは、震えた。