~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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『〝アルテミス〟陥落』B

 

 

 〝ストライク〟と〝ディフェンド〟両機は、ユーラシア連邦に所属する軍兵達の指示の許、即座に〝アークエンジェル〟から降ろされて〝アルテミス〟のドッグへ係留された。

 

「まったく、けしからん」

 

 その〝アルテミス〟の総司令官、ジェラード・ガルシアは、自分の中に怒りや苛立ちが膨らみ始めているのに気が付いた。

 実際のところ、ユーラシア連邦のメカニック達に〝ディフェンド〟の機体データを解析させた結果、納得の行かない部分など、何ひとつとして存在していなかったというのが真相である。不可解な点などなく、機体の全貌が明らかになった──むしろ、そうであるからこそ、ジェラードは今こうして苛立っているのだ。

 

 何故ならGAT-X401(ディフェンド)には、ユーラシア連邦がその技術を独占していた『光波技術』が搭載されていたのだから。

 

 光波発生器たるリフレクターを利用した全方位防御帯、通称〝アリュミューレ・リュミエール〟──

 接収した〝ディフェンド〟の主武装はこの光波発生器を用いたビーム・ウェイブによる斬撃であり、全てのリフレクターを出力することで、一方では全周囲に対応したビーム・バリアーを展開することが可能になる。後者はつまり、これまで『難攻不落』と称されて来た〝アルテミス〟の〝傘〟──その「縮小版」を完成させる、というわけだ。

 技術たるものは──「それ」を搭載した品を大型化させることよりも、細分化したり、縮小化させることの方が、遥かに難しい。

 ここから先はジェラードが絶対に認めない話であるが、かたや〝アルテミス〟は云ってしまえばそれしか取り柄のない軍事衛星(・・・・・・・・・・・・・・)であり、かたや〝ディフェンド〟は前線でも活躍できる最新鋭MSだ。双方に全く同じ技術が用いられているとなれば、そのどちらに、より精巧で、より高度な技術的価値が偏在しているのかは、火を見るよりも明らかだ。

 

(──我々の誇りが、よもや盗まれていたというのか? 大西洋連邦、それに、オーブ連合首長国に……)

 

 ユーラシア連邦において、唯一無二と云ってもいい──

 これまで共同体全体で育んで来た最大の強み、最重要な技術は水面下に盗用され、大西洋連邦のMSに搭載されていた、という事実が明るみに出たのだ。

 これに腹を立てずに、何とするか。

 

「けしからん。まったくもって、けしからんよ」

 

 果たしてジェラードのその言葉は、卑劣なことをする大西洋連邦に対して放たれたのか。あるいは、目の前にいる少女に対して放たれているのか──?

 ジェラードは取り繕ったような慇懃な笑みを浮かべている。ステラは怯えている、というよりも、不用意に近づいてくるジェラードをあからさまに警戒していた。

 ステラを見据え、下から上へ舐めるように視線を移し、ジェラードが訊ねた。

 

「なんだね、その軍服は? 我が軍の女性士官の軍服は、そんなにも挑発的だったかね?」

 

 両肩から、肘先まで切り開かれた袖。フリルのついたスカートに、太腿まであるストッキング。ベルトは骨盤よりも高めの箇所で止められ、女性らしい双丘をさながら強調するかのように留められている。ジェラードは口元に(ほほえ)みを浮かべながら、壁へ張り付くようにしながら、こちらを睨むステラへと近寄ってゆく。

 このときステラが放り込まれていたのは、何の変哲もない、殺風景な部屋だった。乗機の事情聴取と聞かされておきながら、格納庫にも、工場局にも連行されないのは不自然ではないか。

 ──そもそもMSについて知りたいなら、その搭乗者ではなく、メカニックに話を聴くべきだ。

 ステラは当然のように糾弾したが、ジェラードは悪びれた様子もなく答えた。

 

「残念だが、キミを解放するつもりはないよ。この機体のパイロットであるキミはコーディネーターであり、あの機体のデータを全て記憶している可能性もあるからなぁ」

 

 言っていることはもっともらしくも聞こえるが、矛盾している。光波技術のデータは既に、仔細モルゲンレーテへと渡っている。今さらステラを拘束した所で、データの漏洩を防げる筈もなく、既に手遅れであることは明らかだ。

 ステラもこの時、既にジェラード達には不審感を抱いていた。

 地球軍の軍服を着ているなら、誰しもが味方か? 冗談じゃない。──目の前に迫る男たちの目はまるで何かに飢えたような、蓮っ葉な色を滲ませている。

 

「寄るな……ッ!」

「おやおや、立場を間違っちゃあいかんよ。キミはただの捕虜で、私はここの司令官だ。命令するのは私の方だろう? それにキミはコーディネイターで、私達(ナチュラル)に造られた立場にある」

 

 だからなんだ、と言わんばかりの鋭い眼光を覗かせ、ステラはジェラードほか、彼を取り巻く武装兵達を睨む。

 

「造られし者は、創造主に歯向かってはならない。そうは思わんかね」

 

 君達は「子」であり「作品」であり、我々はその「親」だ。

 超然としていて、みずからが神だとでも主張するかのようなその言葉を聞いた瞬間、ステラの表情が、激しい憎悪に満ちた。

 ──みんな、同じことを云う……。

 ナチュラルだから。

 コーディネーターだから。

 ──みんなそういえば、意見が通ると思ってる。

 自分とは違うものを憎めば、それでいいと思ってる。

 

 コーディネーターを否定するということは、キラや、アスランを否定するということだ。

 彼らだって、人間なのに。

 

 その瞬間、怯える、というような気色は消え失せ、ステラは激しい怒りの色を覗かせていた。

 隙が無いようにも見える構えを取り、恐怖を、まるで感じてすらいない様子だ。

 しかし、ジェラードは安心しきっていた。──こちらには六人もの武装兵がいる。抵抗なんて、出来やしないさ、と。

 

「いいだろう? そんな軍服をわざわざ着ているんだ、実はまんざらでもな──」

 

 ジェラードがステラへと手を伸ばす。

 瞬間。

 ジェラードの隣にいた武装兵が、その場に卒倒した。

 

「────え?」

 

 ジェラードは、絞んだ目を丸くして疑った。

 倒れた兵士は、真っ青な顔を浮かべて、全身で痙攣を起こしている。

 ひとり。

 見れば、倒れた兵士の頚椎には、鋭利な刃物が突き刺さっていた。彼の腰のナイフが抜かれているが、おそらく「それ」だろう。

 

 ──容赦なんて、知らない。

 ──わたしはこうやって、育てられてきた!!

 

 ステラが、武装兵の首筋に抜かったナイフを引き抜き、それを構えた。 

 悲鳴をあげて、他の武装兵達が、一瞬にして戦慄に呑み込まれる。武装兵たちは焦ったように少女のいた空間へ銃を構えたが、既にそこには、誰の人影もなかった。

 ──速い!?

 奪われた短刀によって、次の瞬間、また別の武装兵が身体を切り裂かれていた。

 ふたり。

 

「ひっ」

 

 金髪の少女は、まるでふっと全身で脱力したような柔らかな姿勢を取ると、次の瞬間、芯のない動きで、武装兵達の足元へ身を翻すように潜り込み、

 さんにん。

 神速で、ケブラーベストを着用している武装兵を、難なく、そして容赦なく斬り殺した。

 少女の姿をようやく視界に捉えた武装兵のひとりが、焦ったように発砲する。だが、無造作なこれは容易に回避され、射線上の味方を誤射し、撃ち殺した。

 よにん。

 ごにん。

 ろくにん──!

 目にも止まらぬ速度で疾躯する〝影〟に────次々と武装兵達が斬殺されていく。

 

「こ、こんな」

 

 殺風景な白い部屋は鮮血で彩られ、ジェラードは腰を抜かした。女神から一転した死神を見るかのような目で、金髪の少女を見上げている。

 この時、ジェラードは武器を持っていなかったため、危険度が最も低いと判断されたのだろう。

 ──「危険度」の高い順番に兵を、正確に狙ったというのか? 

 なんだ、それは……なんなのだ。

 

「まるで感情や慈悲のない、冷酷な殺戮兵器(ロボット)のようではないか!?」

 

 無防備なジェラードは必然的に、無慈悲なる少女の、ターゲットの最後のひとりとなった。

 

「…………」

「こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか! こんな暴挙が、許されていいはずが──!」

 

 次の瞬間、難攻不落の要塞であるはずの〝アルテミス〟内部に、鈍い爆撃音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 〝ミラージュコロイド〟は──〝ブリッツ〟が所有する、光学迷彩技術を活かした特殊なステルスシステムの名称である。

 

 この世界には、可視光線を歪めレーダー波を完全に吸収する「物質」が存在することが判明した。

 〝ブリッツ〟は、気体状のそれを機体周辺へと散布すると同時に、磁力で引き付けることで装甲を気体で纏い、透明なモビルスーツと化すことが可能なのだ。

 

 〝アルテミス〟は、四六時中〝傘〟を展開しているわけではなかった。

 

 〝ディフェンド〟の持つ「A,L」とて、使用可能な稼働時間は五分間を切るほどで、それを稼働することで消費するエネルギー量は膨大だ。対して〝アルテミス〟は巨大な動力源を所有しているが、だからといって、平時にバリアを展開し続けることは、エネルギーの無駄使いに他ならない。

 友軍と認められない熱源が迫れば、その射程圏内に入る前に〝傘〟を展開すればよい。──それが、長年「不落」を称号として来た〝アルテミス〟軍事上の通例であった。

 だが、そんな警備体制では────完全にステルスとなった〝ブリッツ〟の侵入を防ぐことまでは出来なかった。姿を隠せるその性能に虚を衝かれ、敵モビルスーツの、〝アルテミスの傘〟内部への侵入を許した。

 隠密潜航に成功した〝ブリッツ〟は手当たり次第、かつ正確に〝傘〟を作り出す装置(リフレクター)を破壊し、光波シールドを撃ち破った。

 

 不落を誇る〝アルテミス〟が、陥落した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 食堂に拘束されていた〝アークエンジェル〟のクルー達は、その爆撃音を聞いた途端に目の色を変え、周囲の警戒に当たっていた武装兵たちを全員で蹴倒し、即座に艦橋へと向かった。

 各員が持ち場に着き、ノイマンが操舵席へ着席すると、時を同じくして、マリューやナタル、ムウの三人も艦橋へと合流した。

 

「艦長!」

「〝アークエンジェル〟緊急発進します! ここはもう持たないわ!」

 

 ──何なんだ、この衛星は。

 それは、クルーの誰もが思ったことだろう。

 ──何が鉄壁だ、何が難攻不落だ。どうしてこんなにも、簡単に……。 

 ミリアリアが管制席につくと、キラからの通信が入った。

 キラは既に〝ストライク〟へと駆けつけ、そのコックピット内に潜り込んでいるようだ。通信越しに、懸命にミリアリアや、その先にいるマリューへと訴えている。

 

〈ステラがまだ戻ってないんです! このまんま、発進なんてしたら!〉

「しかし、このままでは本艦は、ただの的になります!」

 

 その言葉を受け、キラは周囲を見渡した。

 〝ストライク〟の隣には、いまだパイロットが戻らない〝ディフェンド〟が──静かに、空々しく立ち聳えている。

 だが、遥か遠方には潜入した〝ブリッツ〟に後続するように、襲撃に加わる〝デュエル〟や〝バスター〟の機影も捉えられている。

 〝傘〟の消え失せた〝アルテミス〟など────彼らにとってはひとたまりもない、ということか。

 このまま停泊していては──〝アークエンジェル〟も彼らの餌食になる。でも、だからといって、このまま出航を選んでしまえば……。

 

〈あの子を、見殺しにするんですか!?〉

 

 キラから放たれたにべもない質問に、マリューは痛恨するように下唇を噛み締めた。

 何度もこの艦を守って来たステラを、今度は、この艦の方から見殺しにするのか?

 

「くッ……………」

 

 人命か、退避か、マリューは悩んでいた。

 

 ──どうしろっていうの。

 

 このまま出て来る保証もないあの少女を待ち、いつ爆発するかもわからないここで、いつ襲われるかも分からない無防備な状態で待機して、ここの碌でもない地球軍士官達と共に、心中を図れというのか。

 そんなことは出来るはずがない。この艦にはまだ、多くの避難民間人が乗っているのだ。

 ──ステラだって、民間人のひとりでしょう!

 マリューの感情がそう訴えたが、理性は言った。──これは、戦争だ。

 彼女が民間人であるからこそ、その命ひとつとこの艦と、天秤に掛けるわけにはいかないのだ。

 マリューはしばらく沈黙したが、顔を上げると、決断したように指示を飛ばした。

 

「〝アークエンジェル〟は────発進します」

 

 クルー達は戸惑った様子を見せたが、ぐっと息をのみ、艦長の指示通りの責務を果たし始める。

 その瞬間、キラからの通信が、一方的に遮断された。

 

「あんまりだ!」

 

 キラは〝ストライク〟のコックピット内で苛立っていた。

 だが、〝ストライク〟に乗ったこの状態で、ステラひとりなど捜索できるはずもない。そもそもキラは、彼女がどこに連れていかれたのかすら、分からないのだ。

 焦っていたキラは、次々と〝アルテミス〟を爆撃していく──〝ブリッツ〟を発見し、目の色を変えた。

 

「やめろぉぉぉっ!」

 

 ソードストライカーを装備した〝ストライク〟が、対艦刀シュベルトゲベールを振りかざして、〝ブリッツ〟へと急迫していく。

 〝ストライク〟のコックピット内に、再び〝アークエンジェル〟から通信が入った。

 通信主は、ミリアリアだ。

 

〈キラ! もうダメよ、逃げて! ──〝アルテミス(ここ)〟はもう、すぐに墜ちるわ!〉

 

 〝アルテミス〟のあらゆる開口部から、爆炎が噴き出している。

 次々と誘爆の連鎖が巻き起こり、花開くように鮮烈な豪炎がその表面を覆ってゆく。

 ミリアリアは、ステラに助けられた立場にある。

 そんな彼女が、ステラを残して逃げるしかない、と指示しているのだ。──そこにどれだけの苦渋があったのか、キラにもわかる。ミリアリアが、その決断をするのに、どれだけ悩んだのかも……。

 

「ちくしょう………っ!」

 

 キラは機体を翻し、やむを得ず〝ストライク〟が〝アークエンジェル〟の甲板へ着艦する。

 振り返った先には────

 何もかもが、激しい業火に飲み込まれてゆく〝アルテミス〟が広がっている。

 〝月の女神〟は────真っ赤な炎に彩られ、それ自体が、赫々と輝く太陽のように燃え盛る。

 

「〝ディフェンド〟が…………────」

 

 一帯を吹き荒ぶ熱波に煽られ、覆うような灼熱に取り込まれていながら、キラが遠目に見た金色の機体は────ぴくりとも動かない。

 寂しく、虚しく、パイロットを待ち続けるように、ひとりその場に立っている。

 

 ──ステラは〝あそこ〟に、戻って来れなかったのか…………。

 

 ザフトの〝ガンダム〟達も撤退し始めている。

 衛星に限界が訪れたのだ。

 

 ザフトの機体が離脱したその瞬間、真空の暗闇に────大きな爆炎の花が咲いた。

 月の女神(アルテミス)は、完全に陥落したのだ。

 

「そんな…………!」

 

 〝アルテミス〟が、爆発した。

 キラは愕然として、それが宇宙に散ってゆく光景を目の当たりにしていた。

 あの爆発で、何人が焼け死んだだろう。

 ザフトの襲撃によって、何百人の人間が殺されただろう。

 だが、そんな人数など────この時、キラには気にならなかった。

 

 ──手を伸ばそうとしたのは、たっだひとりの命だけだったのだから。

 

 〝ストライク〟のコックピット内と同様に、〝アークエンジェル〟の艦橋でも、同じような重い沈黙が流れていた。

 

 ──あの状況では、仕方がなかった。

 

 こうして〝アークエンジェル〟は無事で、乗っていた民間人も救われた。もっとも少ない犠牲で済んだのだから。

 だが、そう割り切ってしまえる「自分」を認めてしまったら、ひどく恐ろしい気がした。

 ひとりの少女を見殺しにして、平穏無事を獲得した。

 こんな結果を招いて────良かった、とは誰ひとりとして口からこぼさなかったが────間違っていた、とも、誰ひとり発言しなかったのは事実だった。

 その時、チャンドラが、む、とレーダーを覗き込んだ。

 

「……………?」

 

 艦のレーダーに、見覚えのある熱源反応が感知されている。

 彼はすぐに重い沈黙を破り、その声を張り上げるようにして叫んだ。

 

「報告! 〝アルテミス〟爆心地より────モビルスーツの熱源を確認!!」

 

 アルテミスだったモノの残骸が、四方へと飛散し、そこから発生されている磁場が、〝アークエンジェル〟のレーダーを幾分狂わせていた。

 数は、一機だ。

 顕現したモビルスーツの機種までは即座に特定できないようが、チャンドラが必死になって解析を始めている。

 キラは、その報告にハッと顔を上げ、爆心地となった虚空を見据えた。

 

「あっ…………」

 

 目を細め、キラは遠方に、必死で焦点を合わせた。

 〝アルテミス〟爆心地に────ちっぽけな〝傘〟が出現している。

 

「これは…………!?」

 

 艦橋にいた一同が茫然と顔を見合わせ、やがて、最高の笑みを作り出す。

 もはや、機種の特定など必要ない。

 あれは。

 あんなこと(・・・・・)が、出来るのは────。

 

「機種特定! 〝ディフェンド〟の生存を確認! ────〝アルテミス〟の爆発に巻き込まれたようですが、機体は無事です!!」

 

 驚くべき現実に、艦橋の一同が目を見張っている。

 巨大軍事衛星の、陥落と崩壊────凄絶なまでの爆発に、〝ディフェンド〟はその中核で巻き込まれていながら、生き延びていた、という報告が上がったのだ。

 にわかには信じられた話ではなかったが、モニターに映し出された〝ディフェンド〟は大の字の姿勢を取り、機体の周囲に〝A,L〟──つまり、光波防御帯を発生させている。

 全方位光波バリアが──〝アルテミス〟の爆発から、あの機体と、その搭乗者(パイロット)守護(まも)ったのだ。

 

 ──良かった。

 

 そこで初めて、その言葉が吐き出された。艦橋が、一斉に安堵の賑わいを起こす。歓声が上がり、トール達が思わず顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。

 

〈おわった。…………かえる〉

 

 通信先から流れて来たステラの声に、ミリアリアは、思わずその目に大粒の涙を溜めていた。

 

 ──無事で、良かった……。

 ──本当に…………。

 

 だが、次の瞬間。

 少女を守った〝ディフェンド〟の光波防御帯が、弾け飛ぶようにして消滅した。

 途端、〝ディフェンド〟のフェイズシフトが落ち、その機体の四肢は、まるで搭乗者が気を失ったかのように脱力し、ぶらんと投げ出される。

 

「ステラ!?」

 

 甲板から飛び立った〝ストライク〟が──すぐに〝ディフェンド〟の救助に向かった。

 機体は無事に見える。

 ステラもまた、肉体的に、そして精神的に無事で良ければいいが……。

 

 陥落した〝アルテミス〟から逃れた一同は────それを切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラウとアスラン、ふたりには本国の評議会からの出頭命令が下され、〝ヴェサリウス〟にて〝プラント〟本国へと帰還していた。

 ふたりは軍事ステーションから離れるシャトルに乗り込んだのだが、そこには既に、ひとりの先客がいた。

 ラウは空々しいまでの笑みを浮かべて、その男性に敬礼する。

 

「ご同行させていただきます。ザラ国防委員長閣下」

 

 スーツ姿の男性は、四十代半ばの鋭い目をしている。

 名をパトリック・ザラ─────アスランの父親だ。

 三人を乗せたシャトルが出発する。ラウはパトリックへと一枚のレポートを手渡し、憚るようにして言葉を続けた。

 

「こちらが、我が隊がヘリオポリスで掴んだ地球軍の新型艦〝アークエンジェル〟および新型MS〝ストライク〟〝ディフェンド〟の調査報告書であります。ご多忙の所、お手を煩わせますが、ぜひ閣下にも目を通していただきたい」

 

 クルーゼの声は、何かをたくらんでいるような声調をしている。

 パトリックは流し目でそれを見ながらも、強引にレポートを受け取ると、それに一応の目を通し始めていく。

 このレポートは、ラウが手掛けたものであるが、そこに記載されている情報のほとんどは、アスランから得ているものでもあった。

 その内容は、大まかにはこうだ。

 

 第一に、ヘリオポリス内部で新型艦〝アークエンジェル〟が開発され、この艦は恐るべき戦闘能力を持っている、との情報。

 第二に、新型〝G〟のうち、二機の奪取に失敗し〝ストライク〟〝ディフェンド〟が現在、地球軍の手に渡っていること。

 第三に、〝ストライク〟を操縦するパイロットはコーディネーターであり、かつてのアスランと親睦があった人物である、ということ。

 

 これに目を通したパトリックは、何やら思念顔を浮かべた後、胸ポケットからペンを取り出した。

 するとおもむろに、第三報告の部分だけを、黒インクで乱雑に塗りつぶし始めた。

 これを見たアスランが目を見開き、唖然とする。

 

「問題は、地球軍(やつら)がそれほど高性能な機体を開発した、ということにある。それに乗るパイロットのことなど、どうでもいい」

 

 言いながら、パトリックはアスランを冷たい目で一瞥した。

 とても血の繋がった父子とは思えないほど、よそよそしい会話だった。

 

「主観的な報告を提出するなアスラン。かつてのおまえの友が〝ストライク〟のパイロットだろうと、評議会(われわれ)には全く関係がない」

「はっ…………申し訳ありません」

「敵モビルスーツを操るパイロットのことなど、私にとってはどうでもいいことだ」

 

 ──どうでもいい?

 アスランは返す言葉を失った。

 アスランが父への報告に挙げたのは〝ストライク〟のことだけだが……

 

 ──〝ディフェンド〟のパイロットの正体を知った時、父上(あなた)はまた、同じ台詞を言えますか……?

 

 アスランは父に真実を言い出せず、シャトルの窓から、離れていく地上の景色を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〝アークエンジェル〟は──当初〝アルテミス〟に寄港することで、艦に補給を受けようとしていた。

 そういう経緯があって、あの軍事衛星に寄港したには、寄港したのだが、補給不足の問題は、まったくと言っていいほど解決しなかった。

 なにしろ〝アークエンジェル〟は入港と同時に拘束されてしまったため、食料も物資も、なにひとつ、補給が終わっていない。むしろあのままザフトが攻めて来なければ、再出港することさえままならなかったかもしれないほど、艦は追い詰められていたのだ。

 〝アルテミス〟に寄港したことで得たものと言えば、唯一、ものというより結果となるが、〝アルテミス〟崩壊の余波が、今現在ザフト艦の索敵機器を狂わせている、という事実だけだろう。

 あの宙域は、それまで稼働していたアルテミス残骸の磁場が飛び交い、電波など、ほとんど通らないほど荒れているはずだ。

 

 だが、得るものの代わりに、損失してしまった結果もある。

 ステラ・ルーシェが────昏睡状態から、目を覚まさないのだ。

 

 〝アルテミス〟崩壊を乗り越えた〝ディフェンド〟から降ろされた時、ステラは既に気を失っていて、即座にその身を案じたムウの冷静な指示によって、医務室へ運ばれた。

 やはり、あの衛星の爆発が、彼女の乗っていた機体に相当の衝撃を与えていたのだろう。

 たしかに〝ディフェンド〟でなければ、あの状況からの生還など不可能であっただろうが、もともと対MS・対艦用のスペックで設計されていたであろう〝ディフェンド〟の光波防御帯では、軍事衛星の爆発を凌ぐには、やはり無理が祟った。

 ステラが運ばれた医務室には、キラや他の学生達が同伴しており、ステラを置いての出航を決断した、マリューの姿もあった。

 

「ん…………?」

 

 診察している中、医務官が眉をよせ、やがて、その表情を青ざめさせた。

 

「ど、どうしたんです?」

 

 心配そうに、キラが思わず訊ねていた。

 医務官が答えた。

 

「この子、ステラ・ルーシェって言ったかい? ……おかしいなあ、照合してみたけど、そんな女の子、ヘリオポリスの住民データでは見当たらないよ……。それに、この子の身体……いったいどうなってるんだよ……」

 

 それを明らかにするのが医者の仕事なんじゃないんですか、と不意にトールは訊ねようとしていたが、露骨に睨みかえされそうだったので、喉まで出かかったその言葉を咄嗟に飲み込んだ。

 

「どうなってる、って……どういうことですか?」

 

 ミリアリアが訊ねると、医務官は厳しい表情を浮かべ、険しい顔で言った。

 

「…………この子の経歴は!? 誰か、この中に知ってる人はいないの?」

 

 ガラッと変わった医務官の剣幕に気圧されるとように、一同の視線が、キラへと向いた。

 当然の反応だったが、キラは慌てたように尋ね返す。

 

「経歴って……どうしてそんなことを聞くんです? 今はステラが無事なのかどうか、それをまず確かめてください!」

 

 ステラは少なからず、身体に火傷を負っている。それだけでなく、一向に意識も回復しない。

 兄貴分のようなキラが、心配するのは当然のことだった。

 

「それも山々なんだが、この子の身体から、得体の知れない薬物反応が検出されてるんだよ」

「え…………!?」

 

 キラは返す言葉を失った。

 それはミリアリアたちも同じようで、唐突に突き付けられた言葉に、絶句している。

 

「……まあ、人間の身体ってのは不思議なもので、ある程度の有害物質には抗体が働くようになってる。でも、この子の身体から検出された薬物の量は、普通じゃない! さいわい、禁断症状を起こすほどの量は既に残ってないみたいだけど、いつ、こんなものを投与した? もしくは、投与されていたんだ?」

「わ……わかりません。わかりませんよ、そんなの」

「おまけに身元確認も取れないんじゃあ、正体も疑っちゃうよ」

 

 ステラが、薬物を?

 キラには、その言葉の意味が分からなかった。

 その事実に驚いたのだろう、それまでずっと壁に体重を預けていたマリューも、前に進み出て、ステラの顔を覗ける位置へとやって来た。

 はあ、と医務官が呆れるような溜息をもらした後、こんなことを訊ねた。

 

「ステラ・ルーシェ、っていうのも偽名だろう? この子の本当の名前は何? ──きみ、この子のお兄さんの、昔からの友達って言ってたよね。その友達の名前は」

 

 矢継ぎ早に吐き出される質問の数々に、キラは困惑した。

 友達の名は「ザラ」だ。でも、その名前は…………。

 キラが言葉に詰まっていると、さらに医務官が伝えた。

 

「あのねえ、医者としては、この手の患者は既往歴(きおうれき)が分からないと困るんだよ。まして薬物投与の経験のある患者が相手じゃ、下手な治療は、副作用とかで命に関わることだってあるんだ」

「え……!」

「怪我を負ったらコーディネーターもナチュラルも、医者にとっては一概に患者なんだ。そのための処置が必要だ」

 

 真摯な医務官の目が、キラの瞳を見据える。

 このまま治療の方法が分からなければ、ステラは危ないというのだ。  

 

「改めて訊くよ。────この子の、本当の名前は?」

 

 キラは、しばし俯いて沈黙を保った。

 ──どうすればいい。

 ステラはアスランの妹で──「ザラ」という名はプラントで有名だが、地球においても、悪い意味で有名だ。

 ましてこの〝アークエンジェル〟は地球軍の戦艦であり、「ザラ」という名は、政治的に重要な名前であることは間違いない。

 

 ──利用されは、しないだろうか………?

 

 本名を明かすことで、ステラに危害が及ぶかもしれない。

 でもこのままでは────ステラは治療すら受けることができなくて……?

 

「ッ…………!」

 

 やがてキラは意を固めたように、顔を上げた。

 

 この子の、名前は───

 

 

 

「────〝ザラ〟」

 

 

 

 それが、彼女の本名。

 そういう、名前です。

 

 

 

 キラが言いきり────

 

 

 それを聞いた医務官と、マリューの背筋が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 陰湿な手で迫られたとはいえ、同じ地球軍の士官を殺してしまうステラ。
 やってしまったな、という感じですが、これについてはおいおい書き深めていくつもりなので、意図があって殺した描写にしています。

 ステラはエクステンデットとして、ゆりかごで幾度となく『最適化』を受けていた。でも、ミネルヴァに収容された時は『最適化』が受けられなかったために禁断症状を起こしてしまった。

 という風に解釈しているのですが、この作品では、禁断症状は転生の際に消し飛んだ、という設定になり、それでも『最適化をしてきた』という経歴だけは、薬物投与をしてきた、という設定で消えないことにしています。

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