〝ストライク〟と〝ディフェンド〟両機は、ユーラシア連邦に所属する軍兵達の指示の許、即座に〝アークエンジェル〟から降ろされて〝アルテミス〟のドッグへ係留された。
「まったく、けしからん」
その〝アルテミス〟の総司令官、ジェラード・ガルシアは、自分の中に怒りや苛立ちが膨らみ始めているのに気が付いた。
実際のところ、ユーラシア連邦のメカニック達に〝ディフェンド〟の機体データを解析させた結果、納得の行かない部分など、何ひとつとして存在していなかったというのが真相である。不可解な点などなく、機体の全貌が明らかになった──むしろ、そうであるからこそ、ジェラードは今こうして苛立っているのだ。
何故なら
光波発生器たるリフレクターを利用した全方位防御帯、通称〝アリュミューレ・リュミエール〟──
接収した〝ディフェンド〟の主武装はこの光波発生器を用いたビーム・ウェイブによる斬撃であり、全てのリフレクターを出力することで、一方では全周囲に対応したビーム・バリアーを展開することが可能になる。後者はつまり、これまで『難攻不落』と称されて来た〝アルテミス〟の〝傘〟──その「縮小版」を完成させる、というわけだ。
技術たるものは──「それ」を搭載した品を大型化させることよりも、細分化したり、縮小化させることの方が、遥かに難しい。
ここから先はジェラードが絶対に認めない話であるが、かたや〝アルテミス〟は云ってしまえば
(──我々の誇りが、よもや盗まれていたというのか? 大西洋連邦、それに、オーブ連合首長国に……)
ユーラシア連邦において、唯一無二と云ってもいい──
これまで共同体全体で育んで来た最大の強み、最重要な技術は水面下に盗用され、大西洋連邦のMSに搭載されていた、という事実が明るみに出たのだ。
これに腹を立てずに、何とするか。
「けしからん。まったくもって、けしからんよ」
果たしてジェラードのその言葉は、卑劣なことをする大西洋連邦に対して放たれたのか。あるいは、目の前にいる少女に対して放たれているのか──?
ジェラードは取り繕ったような慇懃な笑みを浮かべている。ステラは怯えている、というよりも、不用意に近づいてくるジェラードをあからさまに警戒していた。
ステラを見据え、下から上へ舐めるように視線を移し、ジェラードが訊ねた。
「なんだね、その軍服は? 我が軍の女性士官の軍服は、そんなにも挑発的だったかね?」
両肩から、肘先まで切り開かれた袖。フリルのついたスカートに、太腿まであるストッキング。ベルトは骨盤よりも高めの箇所で止められ、女性らしい双丘をさながら強調するかのように留められている。ジェラードは口元に
このときステラが放り込まれていたのは、何の変哲もない、殺風景な部屋だった。乗機の事情聴取と聞かされておきながら、格納庫にも、工場局にも連行されないのは不自然ではないか。
──そもそもMSについて知りたいなら、その搭乗者ではなく、メカニックに話を聴くべきだ。
ステラは当然のように糾弾したが、ジェラードは悪びれた様子もなく答えた。
「残念だが、キミを解放するつもりはないよ。この機体のパイロットであるキミはコーディネーターであり、あの機体のデータを全て記憶している可能性もあるからなぁ」
言っていることはもっともらしくも聞こえるが、矛盾している。光波技術のデータは既に、仔細モルゲンレーテへと渡っている。今さらステラを拘束した所で、データの漏洩を防げる筈もなく、既に手遅れであることは明らかだ。
ステラもこの時、既にジェラード達には不審感を抱いていた。
地球軍の軍服を着ているなら、誰しもが味方か? 冗談じゃない。──目の前に迫る男たちの目はまるで何かに飢えたような、蓮っ葉な色を滲ませている。
「寄るな……ッ!」
「おやおや、立場を間違っちゃあいかんよ。キミはただの捕虜で、私はここの司令官だ。命令するのは私の方だろう? それにキミはコーディネイターで、
だからなんだ、と言わんばかりの鋭い眼光を覗かせ、ステラはジェラードほか、彼を取り巻く武装兵達を睨む。
「造られし者は、創造主に歯向かってはならない。そうは思わんかね」
君達は「子」であり「作品」であり、我々はその「親」だ。
超然としていて、みずからが神だとでも主張するかのようなその言葉を聞いた瞬間、ステラの表情が、激しい憎悪に満ちた。
──みんな、同じことを云う……。
ナチュラルだから。
コーディネーターだから。
──みんなそういえば、意見が通ると思ってる。
自分とは違うものを憎めば、それでいいと思ってる。
コーディネーターを否定するということは、キラや、アスランを否定するということだ。
彼らだって、人間なのに。
その瞬間、怯える、というような気色は消え失せ、ステラは激しい怒りの色を覗かせていた。
隙が無いようにも見える構えを取り、恐怖を、まるで感じてすらいない様子だ。
しかし、ジェラードは安心しきっていた。──こちらには六人もの武装兵がいる。抵抗なんて、出来やしないさ、と。
「いいだろう? そんな軍服をわざわざ着ているんだ、実はまんざらでもな──」
ジェラードがステラへと手を伸ばす。
瞬間。
ジェラードの隣にいた武装兵が、その場に卒倒した。
「────え?」
ジェラードは、絞んだ目を丸くして疑った。
倒れた兵士は、真っ青な顔を浮かべて、全身で痙攣を起こしている。
ひとり。
見れば、倒れた兵士の頚椎には、鋭利な刃物が突き刺さっていた。彼の腰のナイフが抜かれているが、おそらく「それ」だろう。
──容赦なんて、知らない。
──わたしはこうやって、育てられてきた!!
ステラが、武装兵の首筋に抜かったナイフを引き抜き、それを構えた。
悲鳴をあげて、他の武装兵達が、一瞬にして戦慄に呑み込まれる。武装兵たちは焦ったように少女のいた空間へ銃を構えたが、既にそこには、誰の人影もなかった。
──速い!?
奪われた短刀によって、次の瞬間、また別の武装兵が身体を切り裂かれていた。
ふたり。
「ひっ」
金髪の少女は、まるでふっと全身で脱力したような柔らかな姿勢を取ると、次の瞬間、芯のない動きで、武装兵達の足元へ身を翻すように潜り込み、
さんにん。
神速で、ケブラーベストを着用している武装兵を、難なく、そして容赦なく斬り殺した。
少女の姿をようやく視界に捉えた武装兵のひとりが、焦ったように発砲する。だが、無造作なこれは容易に回避され、射線上の味方を誤射し、撃ち殺した。
よにん。
ごにん。
ろくにん──!
目にも止まらぬ速度で疾躯する〝影〟に────次々と武装兵達が斬殺されていく。
「こ、こんな」
殺風景な白い部屋は鮮血で彩られ、ジェラードは腰を抜かした。女神から一転した死神を見るかのような目で、金髪の少女を見上げている。
この時、ジェラードは武器を持っていなかったため、危険度が最も低いと判断されたのだろう。
──「危険度」の高い順番に兵を、正確に狙ったというのか?
なんだ、それは……なんなのだ。
「まるで感情や慈悲のない、冷酷な
無防備なジェラードは必然的に、無慈悲なる少女の、ターゲットの最後のひとりとなった。
「…………」
「こ、こんなことをしてただで済むと思っているのか! こんな暴挙が、許されていいはずが──!」
次の瞬間、難攻不落の要塞であるはずの〝アルテミス〟内部に、鈍い爆撃音が響いた。
〝ミラージュコロイド〟は──〝ブリッツ〟が所有する、光学迷彩技術を活かした特殊なステルスシステムの名称である。
この世界には、可視光線を歪めレーダー波を完全に吸収する「物質」が存在することが判明した。
〝ブリッツ〟は、気体状のそれを機体周辺へと散布すると同時に、磁力で引き付けることで装甲を気体で纏い、透明なモビルスーツと化すことが可能なのだ。
〝アルテミス〟は、四六時中〝傘〟を展開しているわけではなかった。
〝ディフェンド〟の持つ「A,L」とて、使用可能な稼働時間は五分間を切るほどで、それを稼働することで消費するエネルギー量は膨大だ。対して〝アルテミス〟は巨大な動力源を所有しているが、だからといって、平時にバリアを展開し続けることは、エネルギーの無駄使いに他ならない。
友軍と認められない熱源が迫れば、その射程圏内に入る前に〝傘〟を展開すればよい。──それが、長年「不落」を称号として来た〝アルテミス〟軍事上の通例であった。
だが、そんな警備体制では────完全にステルスとなった〝ブリッツ〟の侵入を防ぐことまでは出来なかった。姿を隠せるその性能に虚を衝かれ、敵モビルスーツの、〝アルテミスの傘〟内部への侵入を許した。
隠密潜航に成功した〝ブリッツ〟は手当たり次第、かつ正確に〝傘〟を作り出す
不落を誇る〝アルテミス〟が、陥落した瞬間だった。
食堂に拘束されていた〝アークエンジェル〟のクルー達は、その爆撃音を聞いた途端に目の色を変え、周囲の警戒に当たっていた武装兵たちを全員で蹴倒し、即座に艦橋へと向かった。
各員が持ち場に着き、ノイマンが操舵席へ着席すると、時を同じくして、マリューやナタル、ムウの三人も艦橋へと合流した。
「艦長!」
「〝アークエンジェル〟緊急発進します! ここはもう持たないわ!」
──何なんだ、この衛星は。
それは、クルーの誰もが思ったことだろう。
──何が鉄壁だ、何が難攻不落だ。どうしてこんなにも、簡単に……。
ミリアリアが管制席につくと、キラからの通信が入った。
キラは既に〝ストライク〟へと駆けつけ、そのコックピット内に潜り込んでいるようだ。通信越しに、懸命にミリアリアや、その先にいるマリューへと訴えている。
〈ステラがまだ戻ってないんです! このまんま、発進なんてしたら!〉
「しかし、このままでは本艦は、ただの的になります!」
その言葉を受け、キラは周囲を見渡した。
〝ストライク〟の隣には、いまだパイロットが戻らない〝ディフェンド〟が──静かに、空々しく立ち聳えている。
だが、遥か遠方には潜入した〝ブリッツ〟に後続するように、襲撃に加わる〝デュエル〟や〝バスター〟の機影も捉えられている。
〝傘〟の消え失せた〝アルテミス〟など────彼らにとってはひとたまりもない、ということか。
このまま停泊していては──〝アークエンジェル〟も彼らの餌食になる。でも、だからといって、このまま出航を選んでしまえば……。
〈あの子を、見殺しにするんですか!?〉
キラから放たれたにべもない質問に、マリューは痛恨するように下唇を噛み締めた。
何度もこの艦を守って来たステラを、今度は、この艦の方から見殺しにするのか?
「くッ……………」
人命か、退避か、マリューは悩んでいた。
──どうしろっていうの。
このまま出て来る保証もないあの少女を待ち、いつ爆発するかもわからないここで、いつ襲われるかも分からない無防備な状態で待機して、ここの碌でもない地球軍士官達と共に、心中を図れというのか。
そんなことは出来るはずがない。この艦にはまだ、多くの避難民間人が乗っているのだ。
──ステラだって、民間人のひとりでしょう!
マリューの感情がそう訴えたが、理性は言った。──これは、戦争だ。
彼女が民間人であるからこそ、その命ひとつとこの艦と、天秤に掛けるわけにはいかないのだ。
マリューはしばらく沈黙したが、顔を上げると、決断したように指示を飛ばした。
「〝アークエンジェル〟は────発進します」
クルー達は戸惑った様子を見せたが、ぐっと息をのみ、艦長の指示通りの責務を果たし始める。
その瞬間、キラからの通信が、一方的に遮断された。
「あんまりだ!」
キラは〝ストライク〟のコックピット内で苛立っていた。
だが、〝ストライク〟に乗ったこの状態で、ステラひとりなど捜索できるはずもない。そもそもキラは、彼女がどこに連れていかれたのかすら、分からないのだ。
焦っていたキラは、次々と〝アルテミス〟を爆撃していく──〝ブリッツ〟を発見し、目の色を変えた。
「やめろぉぉぉっ!」
ソードストライカーを装備した〝ストライク〟が、対艦刀シュベルトゲベールを振りかざして、〝ブリッツ〟へと急迫していく。
〝ストライク〟のコックピット内に、再び〝アークエンジェル〟から通信が入った。
通信主は、ミリアリアだ。
〈キラ! もうダメよ、逃げて! ──〝
〝アルテミス〟のあらゆる開口部から、爆炎が噴き出している。
次々と誘爆の連鎖が巻き起こり、花開くように鮮烈な豪炎がその表面を覆ってゆく。
ミリアリアは、ステラに助けられた立場にある。
そんな彼女が、ステラを残して逃げるしかない、と指示しているのだ。──そこにどれだけの苦渋があったのか、キラにもわかる。ミリアリアが、その決断をするのに、どれだけ悩んだのかも……。
「ちくしょう………っ!」
キラは機体を翻し、やむを得ず〝ストライク〟が〝アークエンジェル〟の甲板へ着艦する。
振り返った先には────
何もかもが、激しい業火に飲み込まれてゆく〝アルテミス〟が広がっている。
〝月の女神〟は────真っ赤な炎に彩られ、それ自体が、赫々と輝く太陽のように燃え盛る。
「〝ディフェンド〟が…………────」
一帯を吹き荒ぶ熱波に煽られ、覆うような灼熱に取り込まれていながら、キラが遠目に見た金色の機体は────ぴくりとも動かない。
寂しく、虚しく、パイロットを待ち続けるように、ひとりその場に立っている。
──ステラは〝あそこ〟に、戻って来れなかったのか…………。
ザフトの〝ガンダム〟達も撤退し始めている。
衛星に限界が訪れたのだ。
ザフトの機体が離脱したその瞬間、真空の暗闇に────大きな爆炎の花が咲いた。
「そんな…………!」
〝アルテミス〟が、爆発した。
キラは愕然として、それが宇宙に散ってゆく光景を目の当たりにしていた。
あの爆発で、何人が焼け死んだだろう。
ザフトの襲撃によって、何百人の人間が殺されただろう。
だが、そんな人数など────この時、キラには気にならなかった。
──手を伸ばそうとしたのは、たっだひとりの命だけだったのだから。
〝ストライク〟のコックピット内と同様に、〝アークエンジェル〟の艦橋でも、同じような重い沈黙が流れていた。
──あの状況では、仕方がなかった。
こうして〝アークエンジェル〟は無事で、乗っていた民間人も救われた。もっとも少ない犠牲で済んだのだから。
だが、そう割り切ってしまえる「自分」を認めてしまったら、ひどく恐ろしい気がした。
ひとりの少女を見殺しにして、平穏無事を獲得した。
こんな結果を招いて────良かった、とは誰ひとりとして口からこぼさなかったが────間違っていた、とも、誰ひとり発言しなかったのは事実だった。
その時、チャンドラが、む、とレーダーを覗き込んだ。
「……………?」
艦のレーダーに、見覚えのある熱源反応が感知されている。
彼はすぐに重い沈黙を破り、その声を張り上げるようにして叫んだ。
「報告! 〝アルテミス〟爆心地より────モビルスーツの熱源を確認!!」
アルテミスだったモノの残骸が、四方へと飛散し、そこから発生されている磁場が、〝アークエンジェル〟のレーダーを幾分狂わせていた。
数は、一機だ。
顕現したモビルスーツの機種までは即座に特定できないようが、チャンドラが必死になって解析を始めている。
キラは、その報告にハッと顔を上げ、爆心地となった虚空を見据えた。
「あっ…………」
目を細め、キラは遠方に、必死で焦点を合わせた。
〝アルテミス〟爆心地に────ちっぽけな〝傘〟が出現している。
「これは…………!?」
艦橋にいた一同が茫然と顔を見合わせ、やがて、最高の笑みを作り出す。
もはや、機種の特定など必要ない。
あれは。
「機種特定! 〝ディフェンド〟の生存を確認! ────〝アルテミス〟の爆発に巻き込まれたようですが、機体は無事です!!」
驚くべき現実に、艦橋の一同が目を見張っている。
巨大軍事衛星の、陥落と崩壊────凄絶なまでの爆発に、〝ディフェンド〟はその中核で巻き込まれていながら、生き延びていた、という報告が上がったのだ。
にわかには信じられた話ではなかったが、モニターに映し出された〝ディフェンド〟は大の字の姿勢を取り、機体の周囲に〝A,L〟──つまり、光波防御帯を発生させている。
全方位光波バリアが──〝アルテミス〟の爆発から、あの機体と、その
──良かった。
そこで初めて、その言葉が吐き出された。艦橋が、一斉に安堵の賑わいを起こす。歓声が上がり、トール達が思わず顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろした。
〈おわった。…………かえる〉
通信先から流れて来たステラの声に、ミリアリアは、思わずその目に大粒の涙を溜めていた。
──無事で、良かった……。
──本当に…………。
だが、次の瞬間。
少女を守った〝ディフェンド〟の光波防御帯が、弾け飛ぶようにして消滅した。
途端、〝ディフェンド〟のフェイズシフトが落ち、その機体の四肢は、まるで搭乗者が気を失ったかのように脱力し、ぶらんと投げ出される。
「ステラ!?」
甲板から飛び立った〝ストライク〟が──すぐに〝ディフェンド〟の救助に向かった。
機体は無事に見える。
ステラもまた、肉体的に、そして精神的に無事で良ければいいが……。
陥落した〝アルテミス〟から逃れた一同は────それを切に願った。
ラウとアスラン、ふたりには本国の評議会からの出頭命令が下され、〝ヴェサリウス〟にて〝プラント〟本国へと帰還していた。
ふたりは軍事ステーションから離れるシャトルに乗り込んだのだが、そこには既に、ひとりの先客がいた。
ラウは空々しいまでの笑みを浮かべて、その男性に敬礼する。
「ご同行させていただきます。ザラ国防委員長閣下」
スーツ姿の男性は、四十代半ばの鋭い目をしている。
名をパトリック・ザラ─────アスランの父親だ。
三人を乗せたシャトルが出発する。ラウはパトリックへと一枚のレポートを手渡し、憚るようにして言葉を続けた。
「こちらが、我が隊がヘリオポリスで掴んだ地球軍の新型艦〝アークエンジェル〟および新型MS〝ストライク〟〝ディフェンド〟の調査報告書であります。ご多忙の所、お手を煩わせますが、ぜひ閣下にも目を通していただきたい」
クルーゼの声は、何かをたくらんでいるような声調をしている。
パトリックは流し目でそれを見ながらも、強引にレポートを受け取ると、それに一応の目を通し始めていく。
このレポートは、ラウが手掛けたものであるが、そこに記載されている情報のほとんどは、アスランから得ているものでもあった。
その内容は、大まかにはこうだ。
第一に、ヘリオポリス内部で新型艦〝アークエンジェル〟が開発され、この艦は恐るべき戦闘能力を持っている、との情報。
第二に、新型〝G〟のうち、二機の奪取に失敗し〝ストライク〟〝ディフェンド〟が現在、地球軍の手に渡っていること。
第三に、〝ストライク〟を操縦するパイロットはコーディネーターであり、かつてのアスランと親睦があった人物である、ということ。
これに目を通したパトリックは、何やら思念顔を浮かべた後、胸ポケットからペンを取り出した。
するとおもむろに、第三報告の部分だけを、黒インクで乱雑に塗りつぶし始めた。
これを見たアスランが目を見開き、唖然とする。
「問題は、
言いながら、パトリックはアスランを冷たい目で一瞥した。
とても血の繋がった父子とは思えないほど、よそよそしい会話だった。
「主観的な報告を提出するなアスラン。かつてのおまえの友が〝ストライク〟のパイロットだろうと、
「はっ…………申し訳ありません」
「敵モビルスーツを操るパイロットのことなど、私にとってはどうでもいいことだ」
──どうでもいい?
アスランは返す言葉を失った。
アスランが父への報告に挙げたのは〝ストライク〟のことだけだが……
──〝ディフェンド〟のパイロットの正体を知った時、
アスランは父に真実を言い出せず、シャトルの窓から、離れていく地上の景色を眺めていた。
〝アークエンジェル〟は──当初〝アルテミス〟に寄港することで、艦に補給を受けようとしていた。
そういう経緯があって、あの軍事衛星に寄港したには、寄港したのだが、補給不足の問題は、まったくと言っていいほど解決しなかった。
なにしろ〝アークエンジェル〟は入港と同時に拘束されてしまったため、食料も物資も、なにひとつ、補給が終わっていない。むしろあのままザフトが攻めて来なければ、再出港することさえままならなかったかもしれないほど、艦は追い詰められていたのだ。
〝アルテミス〟に寄港したことで得たものと言えば、唯一、ものというより結果となるが、〝アルテミス〟崩壊の余波が、今現在ザフト艦の索敵機器を狂わせている、という事実だけだろう。
あの宙域は、それまで稼働していたアルテミス残骸の磁場が飛び交い、電波など、ほとんど通らないほど荒れているはずだ。
だが、得るものの代わりに、損失してしまった結果もある。
ステラ・ルーシェが────昏睡状態から、目を覚まさないのだ。
〝アルテミス〟崩壊を乗り越えた〝ディフェンド〟から降ろされた時、ステラは既に気を失っていて、即座にその身を案じたムウの冷静な指示によって、医務室へ運ばれた。
やはり、あの衛星の爆発が、彼女の乗っていた機体に相当の衝撃を与えていたのだろう。
たしかに〝ディフェンド〟でなければ、あの状況からの生還など不可能であっただろうが、もともと対MS・対艦用のスペックで設計されていたであろう〝ディフェンド〟の光波防御帯では、軍事衛星の爆発を凌ぐには、やはり無理が祟った。
ステラが運ばれた医務室には、キラや他の学生達が同伴しており、ステラを置いての出航を決断した、マリューの姿もあった。
「ん…………?」
診察している中、医務官が眉をよせ、やがて、その表情を青ざめさせた。
「ど、どうしたんです?」
心配そうに、キラが思わず訊ねていた。
医務官が答えた。
「この子、ステラ・ルーシェって言ったかい? ……おかしいなあ、照合してみたけど、そんな女の子、ヘリオポリスの住民データでは見当たらないよ……。それに、この子の身体……いったいどうなってるんだよ……」
それを明らかにするのが医者の仕事なんじゃないんですか、と不意にトールは訊ねようとしていたが、露骨に睨みかえされそうだったので、喉まで出かかったその言葉を咄嗟に飲み込んだ。
「どうなってる、って……どういうことですか?」
ミリアリアが訊ねると、医務官は厳しい表情を浮かべ、険しい顔で言った。
「…………この子の経歴は!? 誰か、この中に知ってる人はいないの?」
ガラッと変わった医務官の剣幕に気圧されるとように、一同の視線が、キラへと向いた。
当然の反応だったが、キラは慌てたように尋ね返す。
「経歴って……どうしてそんなことを聞くんです? 今はステラが無事なのかどうか、それをまず確かめてください!」
ステラは少なからず、身体に火傷を負っている。それだけでなく、一向に意識も回復しない。
兄貴分のようなキラが、心配するのは当然のことだった。
「それも山々なんだが、この子の身体から、得体の知れない薬物反応が検出されてるんだよ」
「え…………!?」
キラは返す言葉を失った。
それはミリアリアたちも同じようで、唐突に突き付けられた言葉に、絶句している。
「……まあ、人間の身体ってのは不思議なもので、ある程度の有害物質には抗体が働くようになってる。でも、この子の身体から検出された薬物の量は、普通じゃない! さいわい、禁断症状を起こすほどの量は既に残ってないみたいだけど、いつ、こんなものを投与した? もしくは、投与されていたんだ?」
「わ……わかりません。わかりませんよ、そんなの」
「おまけに身元確認も取れないんじゃあ、正体も疑っちゃうよ」
ステラが、薬物を?
キラには、その言葉の意味が分からなかった。
その事実に驚いたのだろう、それまでずっと壁に体重を預けていたマリューも、前に進み出て、ステラの顔を覗ける位置へとやって来た。
はあ、と医務官が呆れるような溜息をもらした後、こんなことを訊ねた。
「ステラ・ルーシェ、っていうのも偽名だろう? この子の本当の名前は何? ──きみ、この子のお兄さんの、昔からの友達って言ってたよね。その友達の名前は」
矢継ぎ早に吐き出される質問の数々に、キラは困惑した。
友達の名は「ザラ」だ。でも、その名前は…………。
キラが言葉に詰まっていると、さらに医務官が伝えた。
「あのねえ、医者としては、この手の患者は
「え……!」
「怪我を負ったらコーディネーターもナチュラルも、医者にとっては一概に患者なんだ。そのための処置が必要だ」
真摯な医務官の目が、キラの瞳を見据える。
このまま治療の方法が分からなければ、ステラは危ないというのだ。
「改めて訊くよ。────この子の、本当の名前は?」
キラは、しばし俯いて沈黙を保った。
──どうすればいい。
ステラはアスランの妹で──「ザラ」という名はプラントで有名だが、地球においても、悪い意味で有名だ。
ましてこの〝アークエンジェル〟は地球軍の戦艦であり、「ザラ」という名は、政治的に重要な名前であることは間違いない。
──利用されは、しないだろうか………?
本名を明かすことで、ステラに危害が及ぶかもしれない。
でもこのままでは────ステラは治療すら受けることができなくて……?
「ッ…………!」
やがてキラは意を固めたように、顔を上げた。
この子の、名前は───
「────〝ザラ〟」
それが、彼女の本名。
そういう、名前です。
キラが言いきり────
それを聞いた医務官と、マリューの背筋が凍り付いた。
陰湿な手で迫られたとはいえ、同じ地球軍の士官を殺してしまうステラ。
やってしまったな、という感じですが、これについてはおいおい書き深めていくつもりなので、意図があって殺した描写にしています。
ステラはエクステンデットとして、ゆりかごで幾度となく『最適化』を受けていた。でも、ミネルヴァに収容された時は『最適化』が受けられなかったために禁断症状を起こしてしまった。
という風に解釈しているのですが、この作品では、禁断症状は転生の際に消し飛んだ、という設定になり、それでも『最適化をしてきた』という経歴だけは、薬物投与をしてきた、という設定で消えないことにしています。