お待たせしました。
三年以上の更新停止を乗り越えて、運命篇のスタートです!
これより先は原作に倣い、主人公を交代してお送りします!
『震える瞳』A
「ねえ、マユ」
問いかけるのは、透き通った少女の声。
「マユはどうして、ザフトに入ろうと思ったの?」
生まれ故郷は、海の王冠にもよく喩えられる滄海の島国、オーブ連合首長国。
彼女は──彼女
紆余曲折を経て、はるか宇宙の彼方──この〝プラント〟で出会うまでは。
ザフト義勇軍、
C.E.68年以降に常設化された〝プラント〟における兵士の養育機関。
二年に渡る軍事カリキュラムが叩き込まれる場所において、少女達は出会った。
「憧れの人がいたの。強くて、優しくて、可愛くて──」
その人の背を追って、少女は〝力〟を手に入れた。
「──でも、いなくなっちゃったんだ」
──だから、あの人が帰ってくるまでは。
あの人の代わりに、私がみんなを『まもる』って決めたんだ。
マユ・アスカ。
──C.E59年、1月19日生まれ。
2年前のオーブ解放戦線の折、ニコル・アマルフィによって救助され、以降は三隻同盟と活動を共にする。
停戦後は〝フェブラリウス〟へ移住し、負傷していた両脚の治療に専念。〝プラント〟が誇る高度な医療手術を経て、現在に至るまでに両脚は完全に快復している。
戦後の混乱期にも関わらず、彼女の手術が迅速に行われたのは異例の待遇だった。本来であれば他国民の彼女が、こうも早くに〝プラント〟の医療福祉を受け取ることができたのは、ひとえに彼女の身元引受人、ラクス・クラインの存在が大きく関与していたという。
マユは、ラクスにとって妹も同然であるステラが、これまた妹分として大切に面倒を見ていた少女だった。三名の少女達は〝ヤキン・ドゥーエ〟戦役の中で親しくなり、それぞれに二歳ずつ年の離れた少女達の間柄は、これを傍目に見ていた者達から〝三姉妹的〟と形容されるものでもあったらしい。
実際、彼女達の間に立っていたステラの行方が分からなくなって以来、ラクスはマユを実の妹のように世話し、対するマユもまた、ラクスのことを姉のように慕うようになっていった。そんなラクスは現在〝プラント〟の要職に就いており、マユに対して各方面でさまざまな便宜を図ったのは事実だった。
そのことへの恩返しもあってか、マユは怪我の快方後、オーブ連合首長国へは戻らなかった。生まれも育ちもオーブである彼女にとって、新天地に他ならない〝プラント〟に定住することを決めたのだ。
当時において、彼女の身の周りにはオーブ出身者で〝プラント〟に行き場を求めた人の例というのは想像以上に溢れていた。オーブを追われたコーディネイター達の一部が、そののち〝プラント〟に流れついていたからだ。そんな同郷の人々の流れに沿って、彼女がザフトの
そしてそれは、ステラのように人々を守る『盾』になりたいという願い──
──そして、このとき既に政治の世界で戦っていたラクスの『剣』になりたいという望みから織り出された、マユなりの決断だった。
誰に似たのか、マユはその従順で大人しそうな容姿に見合わず、案外に強情、そして行動派だった。誰かの陰に隠れていた時からは、想像もつかないほどに。実の兄や姉貴分──要するに年長者達の監視と保護の目から外れた途端に、彼女はひとりでに歩を進めていくタイプだったのだ。
自分が一度やると決めたことは最後までやらなければ気が済まず、己に足りない部分は、他人の力を臆面なく借りてでも補おうとする気概。幸いにも、彼女の場合は友人に恵まれたこともある。
とはいえ、やはり士官学校という巣窟は、彼女にとって生半可なものではなかったのだろう。
コーディネイターの集う〝プラント〟はその社会構造上、どうしても
その筆頭が、
けれども、二年の歳月を経て────結論から云えば、マユ・アスカは『赤』を授かるに至った。
受領した機種はZGMF-1000〝ザクウォーリア〟──
訳あって彼女は月軌道に配置され、後方の月防衛を任務とするナスカ級戦艦への配属が決まったのだった。
マユはルームメイトのアトラ・デンソンと街に出ていた。彼女はマユのひとつ年上の少女で、つい先日、配属先が決定されたばかりのザフトレッドだ。
白皙の肌、ふわりとした金の髪をした彼女の容姿は、マユにとって親近感ある印象を受ける美少女であるが、そう見えてアカデミーでは一、二を争うほどの優等生だった。アカデミー在学中は、マユもルームメイトという友誼を盾に散々と個人訓練に付き合ってもらった、それほどの仲でもある。
「ねえ、マユ」
ショーウィンドウが立ち並ぶ繁華街を歩きながら、ショッピングならではの軽い足取り、軽い口調で少女達は話を交わした。──そして、その会話もまた。
「マユはどうして、ザフトに入ろうと思ったの?」
マユにとっても、アトラにとっても、それは今さらのような話に思えた。
しかし、改めて思い直せば、たしかにはっきりと伝えたことはなかったらしい。
「そういうアトラは、どうしてザフトに入ったの?」
「私?」
マユの動機を聞いた後、アトラは返ってきた己の問いに困惑を示した。
「私は……。前の戦争をニュースで見て、何かしなきゃいけないな、自分も──って、そう思っただけで」
いいだけ日用品を買い貯めたマイバッグを提げながら、少女は遠い目をして云う。
「漠然と考えて……それでザフトに入ったの。マユほど前向きで、立派な動機じゃないと思うよ」
「でも、アトラは立派に務めているでしょ?
マユは純粋な尊敬の念を込めた目で、自身の隣のルームメイトを──自慢の友人を見遣る。
純粋な瞳で見つめられ、アトラはたじろぐしかなかった。きらきらとした輝きのマユの眸には、不安や憂慮といった負の感情は欠片ほども見当たらない。ただ、今後の友人が歩むであろう栄えある輝かしい将来を心待ちにしている期待感だけが、その目には宿されていた。
「今度の式典だって、アトラのモビルスーツが主役中の主役だって聞いてるよ! 名前は──えっと……なんだっけ」
「──〝インパルス〟」
それが、アトラが任された機種の名だった。
数日後に控えられた軍事式典は、何と云っても〝プラント〟全土が注目する新型MS群の完成披露と、新造戦艦の進水式が目的なのだ。中でもアトラが受領した〝インパルス〟は、現在に至るまでザフトが培ってきた
「あ、大通りに出た」
雑談を交わしていたふたりは、やがて商店街の路地から大通りに出た。
日陰から一転し、太陽のない空がふたりを照らす。眩しさに目を細めながら、慣れないに様子で辺りをきょろきょと見渡したマユに対し、アトラは苦笑しながら、そんな彼女を導くように云った。
「行きたがってた
「案内、たすかるーっ」
ここしばらくコロニーに駐屯していたアトラの傍ら、マユは〝アーモリー・ワン〟を訪れるのが初めてだ。彼女は
メイン通りは人で行き交っており、稀に見る盛大な賑わいを見せていた。普段に比べて礼装に身を纏った人の数が多いのは、おおかた、式典のために誘致されたセレブリティが紛れ込んでいるからか。
「……さっきの話だけど」
雑踏を縫うようにして、ストリートを再び歩き始めながら、アトラは小さく呟いた。
「本当に、私なんかが
──主役中の主役。アトラ当人に云わせれば、柄ではないのだ。
軍事式典の様子は〝プラント〟全土に同時中継される予定だし、少なくとも、全〝プラント〟国民からの熱狂的な期待と注目に堪えられるほどに、アトラの心臓は大きくない。不安を隠しきれない様子で、アトラはマユに問いかける。
「ね、ね、マユは今回の人事、どう思った?」
「────」
アトラ自身の見立て──というより、今となっては願望に近いものだろうが──では、マユ・アスカもまた件の新造戦艦に配属されるのが筋だと思われていた。そしてその見立てとは、彼女が身を纏う制服の色を見れば身内贔屓な評価というわけでもないだろう。
にも拘わらず、マユはアトラと違って後方に配属された。他の同期生の中にも能力に反して同様の人事となった者もいて──まあその人に関しては両親が〝プラント〟政府の高官であることが関与していそうだが──アトラは全体的に、今回の異動命令に対して様々に思うところがあるのだ。
「貴方に伝えたことがあるか憶えてないけど。私もね、本当は設計局志望で」
赤服らしからぬ心中を吐露するアトラであったが。
結論から云えば、その一連の話を、この場でマユが聞き届けることはあり得なかった。
「──マユ?」
「うそだ──」
漏れ出た呟き。震えた声を耳にして、アトラはハッとした。
マユの表情が、云い知れぬ驚きに見開かれているのを認めたからだ。
「いったい、なにが」
異変を感じ取ったアトラもまた、見開かれたマユの視線の先を追った。喧騒に溢れるメインストリート、その象徴たらん巨大なビルボードが立っている高層デパートの下に、一台のバギーが停車している。
そこに、金の髪の麗しい女性の姿があった。どこか浮世離れした、神秘的な容姿。それが身を装う藍色に染まったホルターネックとヴェールのドレスは凝ったデザインで、世界の裏側で竜巻をも引き起こす蝶のような艶やかさを女性の中から引き出している。
それは蛹でも、熟れかけの美少女でもない。静かで、柔和で、怜悧に大人びた麗容は正しく美女だった。しかしながら、それを純然たる美女と云ってのけるには──アトラが思うに、その女性には潭然とした深みがあって、ありすぎた。
「────」
不自然なまでに〝力〟を覆い隠そうとしている怪物の気配に身の毛が弥立つ。アトラは一瞬で恐怖さえ感じ取り、実に失礼ながら──真に初対面ながら──それはおおよそ〝魔女〟といってのけるのが正解に思えるような女性であったという。マユはその〝魔女〟の姿を認めた途端、その顔色を変えたのだ。マユのこんな表情を見るのは、アトラもじつに初めてだったが。
「あっ、マユ!」
──止めるのが遅かった。
後にアトラはそう語るが、すかさず発進したバギーの後を追うように、マユはその両脚で駆け出していたという。
「待って! どこ行くの、マユ──!」
制止を求める親友の声も、このときのマユには聞こえていなかった。
──うそだ。
それはきっと、本当に彼女が云いたかった第一声ではなかったはずだ。
ずっと心待ちにしていた──ずっと〝帰ってくる〟と信じていた者の艶姿。
決して嘘などではなく、絶対だとさえ、信じてのに。
(ステラお姉ちゃん!)
走り去らんとするバギーを、マユは必死に追いかけた。日用品を買い貯めたマイバッグすら放り投げてでも。
人違いかと、疑う余裕などなかった。彼女の中にあったのは確信で──しかしながら、どういうわけか、現実は彼女の望み通りにはならなかった。たしかに一度、目が合ったというのに、金の髪の女性は
(私のこと、忘れちゃったの……っ!?)
──確かめなくちゃ。
その思いだけで、マユは突っ走った。自身の行動力を頼りにバギーを追い、工廠区画に入り込み、そこで兵士達の返り血を浴び、まさしく魔女然としたステラの姿を目の当たりにした。
「──ステラお姉ちゃん!」
叫んだ先で見返してきたのは、よく知るすみれ色の眸ではなかった。それぞれ緑色と青色をした髪の少年達が胡乱げな顔で自分を見返し、最後にようやく、金の髪の彼女と目が合った。
その目の色が、マユはとても好きだった。けれどもマユにとって疑いなく憧れの人は、猜疑と不審の混じった目でマユの顔を見返した後、割り切ったように彼女から視線を外し、目下に横たわる機動兵器のコクピッドに飛び込んでいってしまった。
「……!」
それだけに、ようやくマユは辺りを見回して状況を確認する。
このような破壊活動が、ザフト内部の反乱分子によるクーデターではないことだけは確かだ。少なくとも、ザフト内部に彼女はいないから。だとすれば、彼女達は敵国から送り込まれた刺客──目的はおおよそ、このハンガーに秘されてある強力なモビルスーツの強奪か。
「どんな事情があるか知らないけど……! どんな事情があるか知らないけど!」
ひとり呟きながら、マユの身体はそれまでとは別の方向を向いていた。ステラを含めた異邦からの工作員三名──それが取りこぼしたと思われる、眼前に横たわる四機目のモビルスーツだ。
「
急ぎクローラーに飛び乗った彼女を待っていたのは、暗灰色の装甲に覆われた巨人。明確に〝ザク〟系統ではなく、双角と双眼を覗かせる異教の神を模したような力の化身だ。おおよそ〝アーモリー・ワン〟で開発された、ザフトの虎の子の新型モビルスーツ──自分とは縁のなかった、
──アトラに託された機種の系譜の、その四機目だろうか。
だが正直、そのような背景など知ったことではなかった。機密を守るだとか、奪取を防ぐだとか、彼女はそこまで冷徹に思考を巡らせたわけではない。
──ただ、あの人にもう一度会わなくちゃ。
そのために、これこそが最も手っ取り速い手段だから。
こう見えてマユ・アスカは、思い切りが良い側の人間なのだ。
躊躇なく新型のコクピッドに転がり込んだマユは、急ぎモビルスーツのシステムの立ち上げにかかった。
この工程で、出遅れるわけにはいかなかった。なにせ、隣に並んだモビルスーツ群は既に敵の手に堕ちており、準備が整い次第、こちらを撃ってくる危険があったから。
「量子触媒、反応スタート、パワーフロー良好。全兵装アクティブ、オールウェポンズフリー。システム、戦闘ステータスで起動──」
計器類に光が灯り、ブゥンという駆動音が徐々に高まってくる。モニターがパッと明るくなり、マユの視界に外の風景が映し出された。
だが、やはりマユは、このとき僅かに出遅れていたのだろう。隣に並んだ三機のモビルスーツは、クローラーごと少しずつ起き上がり始めていた。能力の差か、最も奥に据えている黒い機体に関しては、既にクローラーから切り離されて完全に立ち上がっていたほどだ。
流石だね──と、無意識の感嘆がマユの胸にこみ上げるが、正直に云って、そのような状況ではない。マユが乗り込んだ機体がその重厚な身体を起こすよりも前に、隣の二機──モスグリーンとネイビーブルー──が完全に機体を立ち上がらせてしまっていた。
──いけない!
OSが映し出す『G.U.N.D.A.M』の赤い文字列も目に留めないまま、マユはフットペダルを強く踏み込んでいた。モスグリーンの機体が、臥せっていたマユの機体にビームライフルを構えたからだ。よって彼女は機体のスラスターを噴射させ、まだ覚醒しきっていない新型機を急発進させた。
(ごめんなさい!)
──誰も巻き込まれないで!
仰向けの機体はスラスターを全開にし、型を抜くようにクローラーから勢いよく飛び出した。背嚢に繋がれていたケーブルがバチンと弾け飛び、やがて機体は建物の壁に脳天から突っ込み、衝突と同時に重厚な壁面をぶち抜いた。
同時にクローラーが撃ち抜かれ、響き渡る警報。マユは外に出た勢いのまま機体を姿勢制御させ、躍動する鋼鉄の機体は上体を跳ね上がらせる。太陽のない空の下、その新型は力強く〝アーモリー・ワン〟の大地へと着地してみせた。
「この機体……!」
想像以上のパワーとスピードだ、やはり新型は〝ザク〟とは違う!
背に三枚ほどの翼を広げ、それが
「ZGMF-X69S〝
──『とりわけて潔らかで聖い娘』
ギリシア神話に登場する大女神の名に違わず、女性的で艶やかなその威容は、まさしく前大戦時にザフトが開発した〝
〈ちィ! 仕留め損ねた!〉
苛立つスティングの声がステラの耳に聞こえてくる。奪取に失敗した四機目の〝G〟を処分しようとしたところ、それが思わぬ姿勢、不格好な体勢ながら、あろうことか奇跡の脱出を図ってみせたのだ。
パイロットは誰か。──あの場にまだ、仕留め損ねたザフト兵がいたのか?
──それとも、たまたま街で目があった、あの黒髪の少女だろうか……?
だが、ステラはそこで考えるのをやめた。元より多少のイレギュラーは想定済みだ。すべては作戦通りに、ネオの指示のままに為さなければならない。
「まずは
淡泊な調子でステラが云い、〝ガイア〟の背後につける〝アビス〟──それに乗り込んだアウルが、陽気な調子で〈わかったぜ〉と応えた。
「スティング、そいつを任せてもいい?」
〈云われなくとも、こいつァ俺が──!〉
どうにも頭に血が上ったらしい。そうなってしまえば、普段の冷徹さに見合わず野生化するのがスティングの数少ない悪いところだ。彼は雄叫びを上げながら、手にした乗機──〝カオス〟でもって、取りこぼした白銀の四機目に突撃していった。
「アウル、あなたは右」
〈任された、っと!〉
朗らかにアウルが応え、次の瞬間〝アビス〟が甲羅のような両肩部シールドに内蔵された三連想ビーム砲を撃ち放った。放たれた幾重の光条は格納庫内部に並んでいた無人の〝ジン〟を貫き、誘爆を起こして建物ごと吹っ飛ばす。
一方、ステラは左方へと〝ガイア〟を駆っている。地を蹴って飛び上がった先で鮮やかに機体を変形させ、四足歩行型のモビルアーマー形態へ変態を遂げる。すかさず背部からビーム砲を放ち、撃ち込まれたビームはやはり別の格納庫を貫き、工廠一帯を火の海に変えた。
〈へぇ、〝バクゥ〟みたいな機体じゃん! おもしれー構造だな!〉
「でも飛べないよ」
この一瞬で、ステラは奪取した新型の性能を把握したというのか。
アウルは感心しながら、奇襲の衝撃から立ち直り、徐々に反撃態勢を取り始めたザフトのモビルスーツ群を迎え撃つ。空中から〝ディン〟が翼を開いて押し迫り、地上からは戦車形態の〝ガズウート〟が砲撃を浴びせかけてくる。簡単に〝G〟の奪取を許してしまうザフトは間抜けの集団と思っていたが、この対応の速さは悪い意味で想定外だ。
(さすがは軍事工廠、敵さんの拠点のど真ん中ってわけだ!)
物量戦に持ち込まれれば、さすがにアウル達に不利がある。しかしながら、ふっと視線を巡らせた先のステラの機体は、相も変わらずザフトのモビルスーツ部隊に対して一騎当千の働きを見せていた。その鬼神のような活躍がなければ、自分達は今もこうして、悠長に事を構えていることはできないのだろう。
アウルは刺激されたように、そうかと不敵に笑う。
──ここが何処であろうと、相手が誰であろうと、自分達の為すことは変わらない。
業炎で朱色く照り返された〝アビス〟の中、アウルは確信し、副長に倣って機体を前進させる。発砲してきた〝ディン〟の悉くを地上から狙い撃ち、撃ち抜かれた機体は拉げ、炎の華を空中に咲かせてみせた。
──目の前に現れた障害は、実力をもって排除するだけだ。
「〝カオス〟、〝ガイア〟……〝アビス〟!?」
マユの手許のコンソールが、奪取された機体名を映し出している。いずれも、この〝アリアドネ〟と同じくギリシア神話に登場する神々の名だ。やはりこれらは同じ系列にある機種らしく、マユは驚愕に目を開きながら、真正面から突撃してきたモスグリーン──〝カオス〟の対応に迫られていた。
このとき〝カオス〟はビームサーベルを出力し、しゃにむに躍りかかって来ていた。マユは素早く〝アリアドネ〟の武装を探り、腰部のサイドスカートから、ビームジャベリンを抜き放ってこれに応戦した。
「邪魔しないで!」
このときのマユの目には、ひとえに〝ガイア〟しか映っていないのだ。だが、そうした余所見は、さらに〝カオス〟のパイロットを逆上させることになる。まるで自分など眼中にないと云わんばかりに軽視されていることが、敵パイロットにとっては気に入らないのか。
後退しながら、マユは敵機のサーベルをシールドで受け、反撃にビームジャベリンを横凪ぎに振るった。レーザーの刃が白く長い弧を描く。柄の部分が伸縮し、間合いが調節可能な〝アリアドネ〟のビームジャベリンは、〝カオス〟のビームサーベルよりも長いリーチを誇るのだ。
敵機はその長大な対近接防御を前に後退したが、飛び去ると同時に背部に備えられた筒状の兵装ポットを開放。その内部から数十ものミサイルを〝アリアドネ〟めがけて一斉に撃ち放った。
「この──っ!」
またしても、マユは素早く武装を探る。と、閃いたように両肩上部からせり出していた〝ハイドラ〟ガトリング・ビーム砲を使用した。敵機破壊のための決定打とはなり難い火器だが、面攻撃に用いるには最適であり、高速連射されたエネルギー弾は、狙い通りに空中に放たれたミサイルを全基として叩き落とす。
マユは段々と〝アリアドネ〟の性能を掴み始めた。迎撃や牽制に特化した機体性能、敵機との間合いを調節するための槍──どうやら〝アリアドネ〟は近距離よりも中距離戦、防衛や遊撃に適するように設計された機種であるらしい。
対するスティングは、敵機の動きを見て段々と冷静さを取り戻しつつあった。当初はただ運が良いだけのパイロットだと思っていたが、なかなかどうして見当違いだったようだ。自分の力不足だけではないのだろうが──コイツは決して、侮ってはならない相手だ。
「くそッ、慣熟運転もままならねぇってのに……!」
敵国から奪取した特殊な新型機を、一見で扱いこなすような芸当ができるのは、ひと握りの人間だけだ。そしてスティングには、その内のひとりに含まれる自負があったのだが、なかなかどうして、手に入れた〝カオス〟は特殊が過ぎていた。
────たとえば〝カオス〟の両膝、および爪先から出力されるビームクロウは、使い時がいまいち理解できない。そもそもモビルスーツの体の一部に、サーベルを多数内蔵する設計者はどうにかしている。これを十全にして自然と使いこなすことができるのは、格闘戦の覇者か、あるいは変態に違いない。
極めつけは、背部に備えられた筒状の兵装ポッドだ。先の大戦中開発されたドラグーン・システムが導入されているこのユニットは、機体本体から
「失望は、させたくねぇんだよ──!」
それもこれも、ロドニアの研究所が閉鎖された所為なのか?
──あの研究機関が、最後まで自分達を『
己はもっと、それらすらも使いこなせる最強のパイロットになれていたんじゃないのか?
「オマエは、俺がァ!」
違う。機関の力も、他人の力も必要ない。
──俺は俺の〝力〟だけで、
悔しさを胸に、もう再び〝カオス〟は〝アリアドネ〟に突進を仕掛けた。固執するように両足の爪先からビームクロウを出力させ、振り上げた足で相手を蹴りつけんと躍りかかる。
一方で、思わぬ部位から出力されたビーム刃に虚を突かれたマユであったが、彼女は咄嗟に蹴撃の角度を見切り、身を屈めて斬撃を躱した。それも束の間、蹴撃のために片足を振り上げ、重心が不安定な隙を晒す〝カオス〟を見咎めた。
──今だ!
斬撃を躱した着地の足で踏み切り、マユは〝カオス〟へ逆に突っ込んだ。〝アリアドネ〟のショルダータックルをまともに受けた〝カオス〟はそのまま吹っ飛ばされ、尻もちをついて無防備に倒れ込んだ。
「追撃するなら!」
みずからに云い聞かせるように、マユは握り直したビームジャベリンの穂先を、既に死に体となっている〝カオス〟に向けた。
──追撃するなら、今しかない!
新型の機動兵器を奪い、それを使って軍事工廠を火の海とする、明確な挑発行為。必然性から考えれば、やはり地球連合軍の仕業と考えるのが自然だろう。だが、世界がようやく手にした平和を脅かそうとする彼らの行いを、マユはやはり、黙って見過ごすわけにはいかなかったのだ。
〈──スティング!〉
けれども、そのとき脇から〝アビス〟が現れ、煙の中から強烈な〝カリドゥス〟複相ビーム砲が〝アリアドネ〟めがけて放たれた。死角からの攻撃にマユは虚を突かれ、その赤色の奔流を辛うじてシールドで受け止める──が、流石に〝アビス〟は砲戦仕様の機体らしい、その最大火力は凄まじいものだ。
「──! オラぁ!」
機を見た〝カオス〟がその隙に立ち上がり、ビーム砲を受けている〝アリアドネ〟にもう一度だけキックをかました。その衝撃で〝アリアドネ〟はシールドごと弾き飛ばされ、今度は大きく吹き飛ばされる。その勢いのまま、機体は傍らの建物に叩きつけられた。
「ああうっ!」
悲鳴を上げたマユの視界に、今度はビームサーベルを揚々と抜き放って迫る〝カオス〟の機影が映る。だが〝アリアドネ〟はシールドもなく、機体は建物にめり込んで、今すぐに制御は取れないままだ。
──やられる!?
少女がそれを確信した途端、迫りくる〝カオス〟の背面を一発のミサイルが強襲した。炸裂する衝撃を受けて機体は怯み、棒立ちになった機体のすぐ脇を、戦闘機と思しき青い機体がすり抜けた。
「なんだ──!?」
「あれ、は……!?」
それに遅れて、上空には数種類のユニットが飛来している。
闖入した戦闘機は再び上空へ舞い上がると、それらとの相対速度を合わせつつ、巧妙としか云いようのない特有の
後方ユニットが接続されると、内部からスライドして両足が現れ、前方ユニット内部に折りたたまれていた四本角を持つ頭部が次に現れる。最後に無人機が運んできた赤色の武装が、モビルスーツへと変貌を遂げた機体の背部に、さながらバックパックのように装着される。
一連のドッキングが完了すると同時に、鉄塊色だった機体は、やはりヴェールを剥ぐように──赤と白──鮮やかに色づいた。
やがて〝それ〟は、背面に背負った長大な二本の対艦刀を抜き放ちながら、地上へと──
満身創痍の〝アリアドネ〟の眼前へと、これを庇うように降り立った。焼き焦げた空のない大地に、燃え立つような色の機体の参入を認め、マユは自身の身体が震えるのを感じたという。
「〝
手許のコンソールが
ZGMF-X56S〝インパルス〟──
身の丈ほどにあろうという長大な刃渡りの剣──聖剣の名を持つ〝エクスカリバー〟を柄の部分で連結させ、それは、機体の頭上で大きく振りかぶる。
「何でこんなことを……!」
そのパイロット──
全〝プラント〟国民の期待を一身に請け負う〝運命〟を課せられた少女──
アトラ・デンソンは、震える瞳で、ひとえに激情を叫ぶ。
「また戦争がしたいの!? 貴方たちはっ!?」
【アトラ・デンソン】
原作『SEED DESTINY』における主人公、シン・アスカの代役として設定されたオリジナルキャラクター。士官学校時代のマユのルームメイトで、出身はオーブ連合首長国。
【ZGMF-X69S〝アリアドネ〟】
ザフトが開発した、セカンドステージシリーズに属する機体。
本来の開発計画には存在しなかった機種だが、急遽として追加設計された経緯を持つ。他のMS群とは開発経緯が全く異なるため、シリーズ特有の変形機構などは搭載していない。アリアドネはギリシャ神話に登場する大女神の名に由来し、「潔(きよ)らかで聖(さと)い娘」の意。