~夢見る少女の転生録~   作:樹霜師走

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 「劇場版ガンダムSEED FREEDOM」観てきました!

 リア帯で見ていたのは小学生のときですが、その時以来にめちゃくちゃ大興奮しました! もう一回リピートしたいくらいには大満足の映画でした。

 その余波というのもあってか、また自分の趣味なりに当小説に帰ってきました笑
 色々と妄想し甲斐のある展開も公式様から提供いただけたので、また熱量をもって更新していけたらいいなと思ってます。

 ここから投稿する数話は以前掲載していたものの、一度掲載を取り下げた話です。


戦後篇
『ニュー・オーダー』A


 

 

 戦後処理として最初に為されたのは、〝ヤキン・ドゥーエ〟宙域における未帰還者の捜索と救助活動だった。両陣営による停戦合意が果たされたことで、多くの人々が軍属などの垣根を越えて、遭難者達の捜索を始めたのだ。

 

「パトリック・ザラ議長閣下を失ったことで、今の〝プラント〟には臨時最高評議会が擁立され、臨時(その)代表の座にはアイリーン・カナーバ氏が就くことになりました」

 

 近況について語るのは、ニコル・アマルフィだ。

 荒れ果てた〝ヤキン・ドゥーエ〟戦場跡を愛機(ブリッツ)で跛行しながら、捜索活動に参加している者のひとりである。

 

「今後、事態がどのように収束していくかは分かりません。ですが、代表はラクス・クラインの政界への参画を強く(・・)希望し、それによって、彼女を乗せた〝エターナル〟は〝プラント〟首脳陣との直接会談のため、ザフト軍本部へと向かいました」

 

 カナーバはこれを要請したときの、ラクスの表情は複雑そうだったと云う。だが、結果的にラクスはその要請を承諾し、ザフト軍本部へと向かった。

 唇を硬く結び、戦場跡地における未帰還者の捜索──ラクスが切に生存を願う少女の安否確認──を他の者達に〝お願い〟し、彼女はその場を後にした。せざるを得なかったのだ。

 

「──待ってくれニコル。……地球軍は、本当にカナーバ女史の停戦勧告に応えたのか?」

 

 今は〝ブリッツ〟のコクピッドに坐すニコルであるが、そんな彼が話しかけている相手は、イザークとディアッカだった。

 ふたりは今はシートの両隣に位置しているが、それもこれも、数刻前にニコルが中破した彼らの機体の残骸──〝デュエル〟と〝バスター〟──を発見したからだった。偶然とはいえ、それはニコルにとって幸運な出来事だった。彼はふたりの身柄を回収し、みずからの機体に鷹揚と招き入れたのである。

 イザークらの疑問に対して、ニコルは順序立てて説明していった。数ある情報を比べればその重要性に密度の差はあるが、何よりも優先して伝えるべきは、自分達が関与し、あるいは、ほとんど巻き込まれる形にもなっていたこの戦争の行末についてだ。

 

「『戦争が終わった』って──そりゃあ……!」

 

 ディアッカが驚きに声を挙げる。自分達が何かをするまでもなく、そして、何もできないままでいた間に、この戦争が終結したという。

 そのことを明かされ、動揺や焦りを隠せなかったイザークであったが、ひとまずは戦争が終わったという単語に対して高揚し、歓喜しかける。身の内に抱えている憤りや無力感よりも、まずは全体の結末を喜ぶべきだと考えた。

 

「アスランも無事に、今は〝アークエンジェル〟の中にいます」

「……そうか! アイツも、無事に生き残って──!」

「──でも」

 

 彼らにとっては喜ばしい現実──

 しかし、そこに至るまでに多くを犠牲にしたことは事実であり、ニコルは、それについても隠さずに打ち明けた。程度で云えば中破している──半壊した機体(ブリッツ)を動かしてまで、この捜索活動に参加している、その理由についても。

 

「ステラさんが、まだ、見つかっていないんです」

 

 その言が発されると同時に、場にあったはずの歓喜の情が消える。打ち明けられた言葉に、イザークとディアッカがそれぞれに眉を顰めた。

 そうしてニコルは、恐々としてふたりの表情に注意を向けた。顔を向けた先に浮かんでいたのは、言葉の意味を図りかねて訊き返さんとしている、あるいは、信じられない、と云わんばかりに唖然としたそれぞれの面輪があった。

 そしてそこには──不可思議というしかない──ステラに対する彼らなりの信頼の形があった。けれども……

 

「な、んだ……それは」

 

 その信頼感──ともすれば一方的で勝手なる思い込みは、先のニコルの一言に切り捨てられた。具体的な根拠があったわけではない。ただ──「あのステラなら無事だろう」と、漠然とそう考えていただけ。

 イザークはしばし、言葉を失う。

 ──運の強い少女だと、心のどこかでそう考えていた。

 実際に彼女のこれまでの道程を思えば、悪運が強い、というのは間違った表現ではない──いや、悪運だけで片付くような話ではないのか。

 ステラという少女が、懸命に戦争を生き抜き、それと同時に何かと戦っている(・・・・・・・・)姿は、これまでイザークも目にしてきた。そんな彼女は、どのような厄災に巻き込まれてもなお、帰ってくる強かさを持っていたのだ。そのことはイザークも認めていて、そして、だからこそ信じてもいたのだ。

 

 ──そんなステラが、まだ見つからない。

 ──まだ、帰って来ていない……?

 

 ステラの消息について言及するたびに、ニコルはこうした──曖昧な──表現を使い続けた。

 それは、ニコルもまた心のどこかで信じているからだ。げんに〝クレイドル〟は〝アークエンジェル〟に回収され、見つからなかったのは本当にパイロットだけでしかない。そして機体の損傷具合から見ても、希望を捨てるには早計すぎると考えられたから、ニコルはこう続ける。

 

「きっと生きてる。生きて、帰って来てくれるはずなんだ」

 

 忸怩たる思いを抱きながら、しかし結論から云えば、ニコルの捜索活動がそこから良い結末に転じることはなかった。

 あらゆる手を尽くしても、いずれの捜索隊に心当たりがないかと通信を繋いでも、すべての苦労は徒労に終わり。

 やがて、すべての捜索が打ち切られることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 捜索活動が打ち切られるその瞬間は、意外に早くやって来た。それは時にして、ニコルがイザーク達を回収できてから、間もなくであった。

 そして、捜索の打ち切りが意味しているのは、結局のところ──

 

『ステラ・ルーシェは、ついに戻らなかった』

 

 ──という、ニコル達にとっては重たい現実。

 勿論、先の戦闘で命を散らし、戻らなかった命は他にも多くある。何も彼らだけが特別なのではない──分かっていても、〝アークエンジェル〟のデッキに帰投したニコルの耳に飛び込んで来たのは、悲痛に叫ぶミリアリアの声だった。

 

「どうして……? ねぇ、どうして──っ?」

 

 ラダーから視線を降ろした先、遠巻きにミリアリアやトール、サイやキラの姿がある。中でもミリアリアはすっかり取り乱した様子で、同級の少年達に訴えていた。

 

モビルスーツはあそこに在るのに(・・・・・・・・・・・・・・・)! どうしてステラが──あの()が帰って来ないのよぉ……っ」

「ミリィ……」

 

 気遣わしげに、トールがミリアリアの肩を抱く。

 ──戦争はもう、終わったのに……!

 自分達は命を繋ぎ、激動の戦乱をここまで戦い抜いた。なのに、ステラは戻らなかった。果たしてその命は、よりにもよって終戦()のタイミングで喪われなければならなかったものなのか。

 

(ただ『戦争を終わらせたい』って、人として謳っていただけじゃない──!)

 

 それだけの純粋な想いから、好きでもない戦乱に身を投じて来た金髪の少女は、終戦という理想、夢見た現実を前にして消えた。世界はこれから平穏を迎えるだろうに、その日々を誰よりも享受すべき少女は、ついに戻らなかった。

 

「どうして……どうしてよぉ……っ」

 

 ミリアリアはその場に頽れ、傍らのキラは座礁した〝クレイドル〟の機体骸を見上げる。

 頭部を失い、四肢を失い、両翼を失い、焼け焦げた胴体だけが、唯一として残された〝守護天使〟──肝心のパイロットを連れ帰らなかった〝それ〟は、様々な思いをキラに抱かせた。

 

「僕のせいだ」

 

 そんな残骸に何かを詰まらせ、ようやくの思いで言葉を発したキラを、トールはハッとして見た。

 そして、同時に激しく不安になったという。──親友の表情が、名状しがたい不穏な色と感情に支配されていたからだ。

 

「僕が、助けに行ってやれなかったから」

 

 キラの言葉は、土壇場で〝ストライク〟が行動不能になったことに言及していた。

 たしかに、キラは〝ジェネシス〟のハッチを目の前にして〝ストライク〟のバッテリーを切らしてしまい、ステラの救援に向かってやることが出来なかった。そのことで責任を感じ、思い詰めた風な彼の肩に、サイがそっと優しい手を置いてやる。

 

「自分ばかり責めるなよ、キラ……。これは、おまえひとりで思い詰めることじゃないさ……」

「サイ……」

「でも、悔しいよ……おれも。この状況は、まるで〝アルテミス〟()のときの再現みたいで……っ」

「……えっ?」

 

 キラには、サイのその発言の意味が分からなかった。

 真意を問うように、サイの顔を覗き込むキラであったが、そこに浮かんでいたのは忸怩と──それゆえの憤懣のような色であり、それはキラにとって、想定もしていなかった色でもあった。

 

「ステラもステラだ……っ! まさか〝ジェネシス〟の爆発に、耐え抜く(・・・・)ことを選ぶだなんて──!」

 

 ──他にも何か、やりようがあったんじゃないのか?

 叫んだサイの論調には、そう訴えんとする気配があるようにキラには感じられた。

 だが、ことが起こった後になってから騒ぎ立てる行為などは全く無価値である。

 また、サイ自身も、物事の是非を結果論で評するような論調は好まざるものであったはずだ。……であれば、彼もまた動揺しているのだろうか?

 理知的な彼らしくない言動ではあるが、このときばかりはそのような考え方に行き着いてしまったらしい。

 

(他にやりようがあった──? いや、違う、方法なんてなかったんだ……!)

 

 ステラは、想像力や判断力を欠いたわけでは決してないのだろう。

 たしかに、対人関係や日常生活を送る上では奇跡的に鈍感な節もあった彼女であるが、それらは要するに彼女の中の経験不足に起因するものであり、そもそも彼女に学習能力がなかった、というような性質の話ではない。

 そんな彼女が、たしかに以前は〝アルテミス〟で無茶な脱出劇を演じ、今回もまた──前回とは明らかに規模の違う──〝ジェネシス〟にて同じ無茶を繰り返した。

 サイの云う通りに『退路を探す』とか『助けを呼ぶ』とか、方法は他にも考えられたその中で、それでも彼女はリスクを払って『耐え抜く』という決断を下した。

 そしてそれは、そうせざるを得ない状況まで、彼女自身が追い詰められていたからに他ならないのではないか。そして彼女をそこまで追い詰めたのは、他ならぬ自分達が彼女のそばにいなかったから。

 ──彼女にとって、頼れる拠り所が他にいなかったからだ。

 

(何が、いけなかった……?)

 

 ふたたび、キラは自分自身を詰問する。

 ──何を間違えたのか? 何を違えていれば、ステラを救うことができたのか?

 サイのくれた慰めすらも意に介さぬほどに、このときのキラには『自分はステラを救えたはずだ』という確信があった。

 だが結果だけを見れば、彼はそれを成し遂げられなかった失敗者だった。少なくとも、本人の中では。

 

 ──なんで……!?

 

 自問し続け、おそれと後悔の目で己の来し方を振り返る。

 そのときキラは、ひとつの違和感と、それでいて最も重大な要因に気付くのである。

 

「…………ッ」

 

 ふと、キラはデッキに格納された〝ストライク〟を見上げていた。

 目立った損傷があるわけでもなく、精悍な様子で仁王立つそのモビルスーツ。殆ど万全に近しい状態でありながら、今はバッテリーを尽かして暗灰色に覆われている〝それ〟は、以前のキラの搭乗機だったもの。

 しかしそのバッテリー切れは、数えて見れば何度目のことになるのだろう? 先ほど行方不明者の捜索活動が行われた際にも、キラは〝それ〟に乗って誰より真っ先に〝ヤキン・ドゥーエ〟宙域跡を見て回った。そうしている内にまたしてもエネルギーダウンに直面することになり、今の〝ストライク〟は念のための補給を受けているところだ。

 

 ──あのとき……!

 

 キラがステラを救えなかった最大の要因──

 それは、そんな風にエネルギーダウンを引き起こしてしまうモビルスーツに搭乗していたこと。すなわち、バッテリー駆動の〝ストライク〟などを借用していたこと。

 

(もし僕が〝ストライク〟じゃなく、ちゃんと〝フリーダム〟に乗っていれば──)

 

 そこまで考え、やがて彼の向けたおそれと後悔の目は、それよりもさらに前の過去を猜り出す。

 そもそも、キラが〝ストライク〟を借用することになったのは、キラ自身がラウ・ル・クルーゼとの激闘の中で〝フリーダム〟を大破させてしまったのが原因にある。

 あのとき男の遺した口跡が、今になっては確かな痛みと実感を伴ってキラの脳裏を過ぎるのだ。

 

 ──きみが天才でなければ、わたしは倒せぬ! きみは誰ひとり、護れぬ……!

 

 声高に叫ぶ男に対し、あのときは堂々と云い返した──「自分はもう、天才である必要がない」のだと。力だけが全てではない自分の存在を認めてくれる少女が傍らにいてくれる限り、自分はもう、彼の謳うような生き方や戦い方に目醒める必要がないのだと。

 でも、あるいは彼の云う通りだったんじゃないのか……? 

 

(僕があのとき『力』を持っていたら……! 僕が、あの人の云うような『天才』であったら、〝フリーダム〟を失うことはなかったんだ……!)

 

 結局、ラウの圧倒的な操縦センスを前に、力及ばず〝フリーダム〟を大破させてしまったキラ。

 マリューやムウや、トールたち──幾多の仲間達との連携と援護、協力を得ることで、何とかキラは危機から脱することができた。でも、そんなもの(・・・・・)本来は必要なかったんじゃないのか……?

 

 ──本来ボクは(・・・・・)たとえひとりでも(・・・・・・・・)あの男に勝てたはずなんだ(・・・・・・・・・・・・)……!

 

 至高の天才であれたなら、拓けたはずの〝未来(みち)〟──

 そうすれば、キラは〝フリーダム〟を保持したまま、最終的には〝ジェネシス〟内部に飛び込んでいけただろう。

 牢獄の中に囚われた姫君を救い出し、さながらヒーローのように、窮地に瀕したステラを連れ帰ることもできただろう。少女の存在にうつつを抜かし、腑抜けた今よりもっとずっと、強さと『力』に振り切れた天才であったなら──。

 

 ──だからキラは、天才なんかじゃなくたっていいんだよ。

 

 かつてステラがみずからに告げてくれた、救いの言葉。

 それが脳内では呪詛のように何度も何度も繰り返され、今のキラを苦しめる。皮肉にも。

 

(何が、天才である必要がない──だ)

 

 ──力だけが、僕の全てじゃない……。

 そんな自分の在り方を心から信じてくれていた少女は、ついに帰らぬ人となった。あまりにも未熟で、愚かだった自分の至らなさのために。

 ならばもし、力だけが全てであれたら──?

 純然たるスーパーコーディネイター、僕こそが超常とした天才であれたなら──!

 

「僕は、ステラを守ってあげられたんだ……」

 

 僕には絶対できたはずだ……。

 ──だって僕は、スーパーコーディネイターなんだから……。

 キラの中で渦巻くその赤黒い感情は、ぐるぐると蜷局を巻いて、彼の心を支配していった。

 

 

 


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