夏の日差しと、レベルアップと   作:北海岸一丁目

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第二話

 使徒戦後の地上建造物の復帰を見届け、ミサトの住むマンションへと向かう。コンフォート17。一人暮らしという夢が絶たれたシンジの新しい生活拠点である。

 荷物はもう運んであるとの言葉通り、玄関前には数個の段ボール箱が積まれていた。

 お邪魔しますとの言葉に反応し、ここはあなたの家だと諭すミサトに対し、シンジは気負いも照れも見せずに、ただいま、と返した。お帰りなさいと言いつつも、何か腑に落ちないのかミサトは少し首を傾げた。

 

 ちょっち散らかっているという言葉通りに部屋の中は荒れていた。

 棚に並べられた空の酒瓶。テーブルに散乱したビール缶と放っておかれた食器。とりあえず突っ込みましたと言わんばかりのゴミ袋。未整理なのか袖らしきものが飛び出た引っ越し用段ボール箱。モップでもかけたか床に埃が積もるという事はないが、褒める事が出来るのはそれだけだし褒める事でもない。「ちょっち」の範囲が気になる所ではある。

 引っ越してきたばかりと言っていたが、酒を飲む時間があるならゴミ処理と荷物整理に時間を割くべきだろう。

 買ってきた食べ物を入れろという指示に冷蔵庫を開けると、中にはロックアイスとツマミ用の缶詰とビールという、酒か酒関連の物しか入っていなかった。それ以外は脱臭剤すら無い。

 シンジは本部で説明をしてくれた職員に連絡先を聞いておかなかった事を深く、激しく後悔した。ここから出たくともどこの誰に言えば良いのか分からない。

 今後は嫌な事はもっと強く主張しよう。希望が受け入れられるかは不明だが、幾らかマシにはなる、なってほしい。そう思いながら、シンジはある程度分類しながら冷蔵庫に物を押し込んでいった。

 

 缶詰が開けられ、弁当や惣菜を電子レンジで温め、パーティー風の食事が始まった。

 ミサトはビールのプルトップを開けるやいなやグビグビと喉を鳴らして流し込む。シンジもモソモソと料理を口へと運ぶが、コンビニ飯などそう珍しくもないし、土地が変わったと言っても味が劇的に変わるという訳もないのであまり箸は進まない。

 そんな様子が気に入らなかったのか、身を乗り出して好き嫌いはダメだと詰め寄るミサトだったが、これは好き嫌いを云々というものではない。野菜が嫌いだから食べないのとは訳が違うのだ。

 

「楽しいでしょう? こうして他の人と一緒に食事すんの」

 

 ミサトの中で何がどう消化されたのかそう言ってきたが、シンジはどう答えて良いやら分からない。いきなり叱られていきなり笑顔になられてこの台詞である。今まで人付き合いの少なかったシンジには難問過ぎる。それでもこれはミサトの奢りであるし、という事実を思い返し、曖昧に笑って「そうですね」とだけ返した。

 

 時は進み、缶詰や容器は空になり、ミサトの呑み干したビール缶も積み上げられた。

 一度部屋へ下がり、食卓へと戻ってきたミサトの手には紙とペンが握られていた。紙に何かを書きこみ、シンジに拳と共にそれを突き付ける。

 

「生活当番を決めるわよ!」

 

 二人で生活するなら家事の役割分担を決めるべき、と言い出す彼女に、シンジは反論した。

 

「僕は仕事のスケジュールは聞いていませんが、そういったものが決まってからにしませんか? お世話になる訳ですから僕の負担が増えても文句は無いですけど、こういうものはクジやジャンケンとかじゃなくて話し合いで決めた方が良いと思います」

 

 自分の主張ははっきり強く言う。シンジは先程決めた通りに実行する。ただ嫌だと言うだけでは駄々をこねているだけだと思われるので、その理由もきっちりとである。

 

「ところで家賃はどれくらい入れれば良いですか? 給料が出るそうなのでそこから支払いますけど」

 

 ここに住むと言っても続柄は他人である。几帳面なシンジとしてははっきりさせておきたいポイントだ。ここが賃貸ならば家賃を折半。分譲ならばミサトの言い値から交渉スタートである。

 その言葉にミサトは面食らった様で、しばし呆然とした後、もういいわ、と言って再びビールを呷った。

 シンジとしては家賃は大きな問題なので話し合っておきたかったのだが、あまり主張ばかりすると相手の対応が硬化するかと考え直し、ミサトの酒が抜けてからにしようと決めた。後でここいらの相場を情報誌等で確認しておいた方がいいだろう。交渉の材料は揃えておくべきである。

 

 ごちそうさまでしたと手を合わせゴミを片付け始めるが、ミサトは拗ねた様にビールを飲み続けている。どの部屋で寝れば良いかとシンジが尋ねても、弱々しく指差すのみ。行ってみると廊下を挟んで二部屋あったが、片方は物置として使用されている様だったので遠慮なく空き部屋を使う事にした。

 机とタンスとベッドはいつ準備をしたのか既に用意されていた。本部でミサトが副司令とやらに連絡したのは数時間前程度の筈なのだが。考えても仕方が無いかと、玄関の扉前に積まれていた私物の入っている段ボール箱を運び入れて荷を解き始めるが、気になるのはこれからの事だ。

 本部での説明によれば、中学校に通いながらの職務であるという。そして国際公務員に準ずる身分でもあると。何というか、配慮が足りない。

 義務教育というのは分かるが、何ともどっちつかずな対応に思える。病院で父が特務権限がどうとか言っていたが、それを使って本部内で教育を受ける事にできないものだろうか。まあ、公務員であるという事は特務機関とはいえお役所だ。予算がどうこうという問題になるともう何も言えなくなるか。

 考えながらも手を休めず、テキパキと荷解きを終え、シンジはベッドに寝転んだ。シャワーを浴びたい所だが一番風呂は家主が優先だろうと、やる事が無くなったので「メニュー」の検証に入る。よく分からない事態であるなら、分かるまで考えるべきだ。

 明かりを消してベッドに横になり、暗闇をスクリーンにして視界の右下に表示されっ放しのメニューを意識すると、病院の時と同じく枠が広がり文字が描き出された。

 改めて見ると枠というよりPCのウィンドウに見える。表示されているのは上から「ステータス」「スキル」「メッセージログ」「設定」。ゲーム風にするならばここにアイテム等の持ち物欄があった方が良いんだろうけど。そう考え、思ったよりも事態に馴染んできている自分に気付き、シンジは薄く笑った。

 

 手始めにステータスを開いてみる。

 

 ――――――――――――――――――――

 碇シンジ Lv : 21

 職業 : 中学生

 称号 : サードチルドレン

 

 経験 : 55734

 

 能力値

 

 筋力 : 67

 体力 : 69

 敏捷 : 62

 精神 : 59

 知性 : 71

 運 : 25

 

 残りBP : 100

 ――――――――――――――――――――

 

 

「本当にゲームか……」

 

 思わず声に出た。確かにゲームにそっくりだが、これをどうすれば良いのだろう。

 数値についても、例えばテストの点数や体力測定等でその者の実力を数字に置き換える、というのは芳しい結果ではなくとも今までも経験してきている。それでも「お前の筋力は67だ」と言われても尺度が無いので実感ができない。しかし、頭が妙に回っている、気がするのはこの知性値の恩恵なのか。元はどの程度なのだろうか。

 運の値があからさまに低いのはどういう事だろう。確かに運の良い人生とはお世辞にも言えない。運の良い人間は親に捨てられたりはしないし、いきなり呼びつけられて怪物と戦ったりはしない。納得できるが悲しいし腹立たしい。

 

 とりあえずBPの事は後に回してスキルを開いてみる。これもまたゲームを思わせるものだったが、いわゆる戦闘技能的なものはあまり無かった。

 あるのは「料理」だの「掃除」だのといった家事や唯一と言っていい特技のチェロの演奏、表現力といった音楽関係、そして「エヴァンゲリオン操縦」。密かに期待した魔法等は無かった。

 

 ――――――――――――――――――――

 料理技能(6/10)

 節約技能(4/10)

 チェロ演奏 (4/10)

 ――――――――――――――――――――

 

 1から始まり上限が10。既に経験しているものには数値が加算されている。最上部には「残りSP : 100」とある。

 これもまた基準が見えない。

 例えばチェロ。これが10の場合世界屈指の演奏家となるのだろうか。節約技能なんかは実社会でかなり役に立ちそうなので高めてみたいのだが。

 

 次にメッセージログだ。

 これは分かり易かったしある程度疑問も解消できた。

 

 ――――――――――――――――――――

 第?使徒 ???? を倒した!

 碇 シンジ はレベルが上がった!

 

 筋力が 1 上がった!

 体力が 3 上がった!

 敏捷が 3 上がった!

 精神が 1 上がった!

 知性が 2 上がった!

 運が 上がらなかった!

 

 5 ボーナスポイント を得た!

 5 スキルポイント を得た!

 ――――――――――――――――――――

 

 病院で見たレベルアップ時の文面がである。文の最後のビックリマークや間のスペースが何とも言えず腹立たしい。

 

 ログを全て見ていくと、スタートはレベル1である様だ。そしてレベルが上がるとそれぞれの数値が上がり、ボーナスポイントとスキルポイントは5ずつ貰えるらしい。これがBPとSPの事か。残り、とわざわざ書いてあるという事は消費して各数値を増加できるのだろう。

 筋力、体力、敏捷の増加量は1から4。精神は1から3。知性は1から5。運は上らないか上がっても1だけ。腹立たしい。

 再度ステータスを開き、それぞれの増加分を現在値から引いていくと一律14からスタートしていったのが分かった。年齢と同じ値だが、これは偶然だろうか。

 試しに、運にポイントを加算、と念じてみると、ステータスの表示が変わった。

 

 ――――――――――――――――――――

 運 : 26(+1)

 ――――――――――――――――――――

 

 そのまま見つめていると新たに、このまま確定しますか? と問うウィンドウが現れる。下には「はい」「いいえ」の選択肢も。

 考えた末、シンジは「いいえ」を選んだ。今後何にどう困るか分からない。使わなければいけない局面まで取っておくべきだと思ったのだ。

 同じく、試しに「料理」にポイントを入れていくと、1ポイントで1上がるのが分かった。これも選択肢が出たが「いいえ」を選ぶ。

 

 最後に設定だが、「透過率」なるものしかなかった。数字は100%となっている。はて、と首を捻ったが、数値を上げ下げしてようやく意味が解った。ウィンドウ内の背景色である。100%で全透過。0%で背景が黒一色に塗りつぶされ、その後ろの光景は見れなくなる。

 自分で見やすく調節しろと言うのだろう。変な所でユーザーフレンドリーだが、どこか馬鹿にされている気もする。

 

 一応これで使い方は理解できた。明日からネルフに色々とやらされるだろうし、効果、特に身体面の測定はその中で確かめれば良い。

 しかし、このシステムは何なのだろう。まるで意味が分からない。やはり改造でも……。

 少し休憩しようと目を瞑るがそれでも見える表示に、これは変な気分だなと苦く笑うシンジだったが、ログの、一番最初の部分に視線が吸い寄せられた。

 

 ――――――――――――――――――――

 第?使徒 ???? を倒した!

 碇 シンジ はレベルが上がった!

 ――――――――――――――――――――

 

 最初のメッセージだ。使徒を倒した事でレベルが上がっている。使徒を倒した事で、だ。

 考えてもみれば、一番最初のファンファーレはエヴァに乗っている時に聞こえたものだ。つまり気絶する前には既に今の状態だった事になる。

 ここに来て、気絶している内に改造、という疑惑は否定されたのだが、話はより複雑になっている。いつから「メニュー」が表示されていたのか。

 少なくとも第3新東京市に来るまではこんなものは無かった、と思いたいが気付いていなかったという可能性も無いではない。シンジは必死に記憶を掘り起こすが、今まで視界の隅に注目などしてはこなかったので思い出そうにも手掛かりが無さ過ぎる。

 最低でもエヴァに乗ってからこうなったと思いたいが証拠が無いし、そうだとしたら結局人造人間なる訳の分からないものに乗せたネルフの仕業という事になる。

 

 もう、何がなんだか分からない

 

 

 

 行き詰まったシンジはぼんやりと天井を見上げていた。すると廊下と部屋を隔てる引き戸が静かに開けられ、そして恐る恐ると、といった様子でミサトが顔を覗かせる。濡れた体をバスタオルで包んでいる。湯上がりの様だった。

 寝る前にお風呂に入った方が良いわよ、との言葉に、ありがとうございます、と返事をする。考え疲れたのか、のろのろと起き上がるシンジに、彼女はもう一つ言葉をかけた。

 

「あなたは人に褒められる立派な事をしたのよ」

 

 憶えていない部分を除くとシンジのやった事は、一歩踏み出し、倒れ、悲鳴を上げただけである。

 

「……あまり嬉しくはありませんね」

 

 自嘲するシンジだったが、それでもミサトは、感謝している、と言い添えて戸を閉めた。

 

 気遣いはありがたいんだけど。

 どうも逃げられない様だし、分からない事も多いけど、やっていくしかないか。

 

 今後の生活に向けた決意も新たに風呂へと向かうシンジの前に現れたのは、鶏冠にも見える立派な飾り羽を持つ謎の生物だった。

 縄張りを主張するかのような動きをするそれに、後から来た者の礼儀として、とりあえず頭を下げてみるシンジだった。

 

 

 

 

 

 


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