鍛冶屋の彼の1日はどうぞ。
ちなみに、今回はついにみんなのアイドルが登場します。
開発とは発想力と忍耐力との勝負である。だが、それ以上にストレスの無い生活が不可欠であるとグリムロックは信条としてしている。
早朝、グリムロックはグリムロック工房の庭でラジオ体操をして体を十分に動かす。アバターは筋肉が衰えることも凝り固まる事も無いが、脳というのは体を動かしたという実感がなければ切れ味が衰えるものであるというのがグリムロックの考えである。
グリムロックのステータスはVITとCONを特に成長させ、STRとTECとDEXを同レベルで整えた、生存能力を高めたものとなっている。戦闘能力は低いが、それは鍛冶屋である彼にとってあまり固執すべきものではない。二兎を追う者は一兎も得ずという諺があるように、グリムロックはデスゲーム開始以来鍛冶屋として成功する事だけを念頭に入れていた為、戦闘スキルをほぼ捨てたと言って良い。
例外的に≪戦槌≫を保有しているが、これは自衛の為である。とはいえ、最近は素材収集に傭兵を活用するようになったとはいえ、今でもダンジョンに潜る事も厭わないグリムロックは戦い方を思い出すように、愛用の【黒槌】を振り回す。シンプルな黒の鉄塊のハンマーであり、STRが高めではないグリムロックでは両手装備で何とか使える中量級の戦槌である。
武器に振り回されているようにも思えるが、これでも十分だ。庭で数分も素振りを続けた彼は、愛用のクロスボウ【アヴェリン】を取り出す。3連射可能な特殊なクロスボウであり、1発の火力は低いが、3発全て命中させれば通常のクロスボウ以上のダメージを容易に叩き出す武器だ。
狙うのは工房を訪れるプレイヤーの試し斬り用に準備している藁人形である。人間とほぼ同じ大きさである藁人形の頭部と胸部にアヴェリンから放たれた木のボルトは命中する。練習である為最安値のボルトを使用しているが、実戦では高火力を引き出せる属性付きのボルトだ。
オートリロード機構も組み込まれており、改造は火力よりもリロード速度とボルトの初速に重点を置いている。元より手数武器である為、肝心要のリロードが遅過ぎれば旨みが活かせないからだ。
練習をそこそこに、グリムロックは工房に戻ると朝食を準備する。1人暮らしで辺鄙な場所に店を構えているとはいえ、彼はそれなりに裕福な生活を送っている。
と言うのも、彼の顧客はいずれも物好き、もとい、秘匿性を好むプレイヤーばかりだからだ。支払いは高額であり、また自らも無理ではない程度にダンジョンに潜って素材アイテムを収集して不要な分を売却しているからだ。また、武器や防具の修理も自前である為、鍛冶屋に手数料を取られないと言うメリットがある。
貧民プレイヤーが見れば涎を垂らして羨むだろう、バターにマーマレードをたっぷり塗ったトーストを齧り、珈琲を飲んで優雅とも言える朝食を済ませたグリムロックは、まずはシステムウインドウに搭載された機能の1つであるスケジュール帳を開く。
今日中に済まさねばならない仕事は2つだ。
1つは午前11時にクゥリが訪ねてくる。彼が愛用する茨の投擲短剣はサインズに配送している為、わざわざ店頭購入する事は無い。今回の目的は、彼が失った左目を補うための義眼と依頼していた新たな武器の受け取りだ。
カークとの激戦はグリムロックもクゥリから義眼の作成を依頼された時点で聞き及んでいる。さすがのグリムロックもいきなり義眼の作成が可能か否かと問われて戸惑ったが、試しにオブジェクト作成のテンプレートを探ってみると義眼があった為、可能であると判断した。
とはいえ、オブジェクトはあくまで物体に過ぎない為、視覚を補う事は出来ない。そこでグリムロックはソロ鍛冶屋仲間の何人かに情報を求め、内の1人が偶然作成に成功して義眼アイテムの開発レシピを得たのだ。対価として幾つかの開発レシピを渡すことになったが、グリムロックも義眼作成には興味があった為に対価としては痛手は無かったのだが、結果的に言えば買い物は失敗だったと言える。
というのも、義眼アイテムとはいわゆる【隻眼ロールプレイ】を前提としたアイテムらしいのだ。そもそも片目しか見えないというデメリットを根本的に補えるものではないのである。これにはグリムロックも大いに頭を悩ませた。
何とかベースとなる基礎の義眼から、様々な素材アイテムを組み合わせて地に張る根のように開発レシピを細分化させて発展させてみたものも、満足のいくものの完成には至らなかった。
だが、グリムロックの情熱が完全敗北したのかと言えばそうではない。何とか実用レベルの2つの義眼が完成したのだ。
1つは【梟の義眼】。一時的に≪暗視≫スキルと視覚が得られるのであるが、発動中は耐久値が減少する為、連続使用は300秒が限界である。
もう1つは【記録の義眼】。600秒分の視覚映像を記憶する。1度だけの使い捨てであり、また視覚を取り戻せないが、傭兵であるクゥリならば使い道は多々あるだろう。
視覚も効果も得られない通常の義眼も準備しているが、いずれも本物の眼球に比べても一目瞭然の贋物である為、最低限の『左目が回復した』というブラフにも使えない。今後クゥリは大きなハンデを担うのであるが、それを専属鍛冶屋としてカバーできない事はグリムロックにとって恥である。
(せいぜい無いよりもマシ。その程度だ。3大ギルドの力を借りればあるいは……いや、それでは本末転倒か。クゥリ君も私もいかなる勢力にも属したくない)
聞けば、クゥリはついに太陽の狩猟団とパートナー契約を打ち切ったとの事だ。それはクゥリが少なくとも今はいかなる勢力にも属さない自由の身でありたいという願望に他ならないだろう。
木箱に3つの義眼を収納する。提示価格は12万コルだ。義眼が2万コル、梟の義眼が6万コル、記録の義眼が4万コルである。薄利であるが、後の2つの義眼……特に記録の義眼は修理が利かない。再購入も想定しての価格だ。
だが、専属の身としては、自身の手で作り出せないならば、義眼アイテムの情報を集め、何らかのレアアイテムとして入手できないか探すべきだろうというのがグリムロックの意思だ。彼のプライドは今回の義眼作成でやや凹まされたのである。せめて挽回すべく、彼の左目を補える義眼の情報は今後収集する予定だ。
と、義眼の再チェックと要望されていた武器の調整をしている間に呼び鈴が鳴り、店頭に顔を出したグリムロックは、左目を包帯で覆った白髪の傭兵、クゥリを迎える。
「いらっしゃい。準備はできてるよ」
「いきなり目的果たすってのも何だし、少しばかり腹に物でも詰めようぜ」
確かにその通りだ。クゥリがアイテムストレージから取り出した紙袋には、いわゆる焼きドーナツのようなものが入っていた。
最近はレストランや菓子屋を開いて生計を立てているプレイヤーが増えた始めた影響か、食の娯楽が拡大した。この焼きドーナツも菓子職人を自称するプレイヤー【テツヤン】の人気商品である。
1個300コルもする高級品だ。それが紙袋には10個も入っている。
「気を遣う必要はないのに。珈琲を淹れるから好きに寛いでくれ」
「そういう訳にもいかねーだろ。アンタには格安で売ってもらったり何なりで世話になってるんだ」
粗暴な態度や荒い言動が目立つクゥリだが、その性格は意外と律儀で義理堅い。それを知るグリムロックは、何かと損する性分である彼に少しでも便宜を図りたいと思っているのだが、結果的にそれが余計に気づかいさせている始末である。
工房に設けられた、以前一緒にお茶をしたテーブルでクゥリと対面しながらグリムロックは焼きドーナツをいただく。ふんわりとした控えめな甘さは、確かに現実世界の焼きドーナツに近しい。ここまで味を再現するテツヤンなるプレイヤーの創意工夫に、道は違えども同じ職人であるグリムロックは敬意を抱く。
「それで例のヤツは?」
「できているよ。ただ、満足がいく出来とは言い難いかな」
職人としてのプライドが僅かにグリムロックの声音を曇らせる。
木箱を開いたクゥリは収められた3つの義眼をそれぞれ手に取る。グリムロックは各種義眼の説明をすると、彼は左目を覆う包帯を外し、義眼のシステムウインドウを操作する。
「装備は手動かよ。手間がかかるな」
そうぼやいたクゥリは空洞の左目に通常の義眼を押し込む。一瞬だけ彼は顔を歪めたが、唸り声1つ漏らさずに、義眼をセットした。
工房の壁に立てかけられた鏡を前に、クゥリが義眼を装着具合を確認する。質感が異なる為か、やはり右目に比べて左目の作り物としての印象は拭えない。
「悪くねーな。どうせ隻眼なのはバレてんだし、これで良いさ」
「そう言ってもらえると助かる。あとは瞳のカラーリングの設定を合わせれば終わりだよ」
そう言えば、とグリムロックは以前から気になっていた事を問うべきタイミングかもしれないと、1つの疑問を口にする。
「クゥリ君はどうして白髪なんだい? それに目も、赤っぽい黒というか……少し不思議な色合いだろう?」
グリムロックはアインクラッド時代にクゥリと黄金林檎に所属していた頃に出会っているが、その頃からクゥリは同じカラーリングを愛用していた。SAOでの【渡り鳥】としての外観をDBOでも継続するのにはこだわりがあるからだろう。
何気ない質問だったのだが、クゥリは明らかに狼狽えた表情をする。
義眼をグリムロックに渡したクゥリは壁にもたれて腕を組み、答えるべきか否か迷うように唸る。やがて、小声でぼそぼそと答えた。
「目は……現実でも同じ色だからだよ。母さんと同じ色なんだ。生まれ付き色素が薄くてさ、母さんはそのせいで目が悪いんだ。オレはむしろ良い方だったけどよ」
色素欠乏症……という程ではないのだろうとグリムロックは判断する。
瞳の色素が薄いと血管の赤色が映される。だが、色素は紫外線の吸収などの役割を持つ為、瞳の色素が薄いとは目に悪影響を及ぼす紫外線に弱いというわけだろう。欧米人の碧眼は同様に強い紫外線に弱く、だからこそサングラスの着用は色素上弱い瞳を守ると言う役割もある。
「SAOでデスゲームが始まったばかりの頃はオレも始まりの街で震えるガキだった。でも、そのまま腐り果てるのはご免だった。だから、戦おうって決めた日に、オレが現実世界を忘れない為に、自分と同じ目の色のカラーリングをわざわざ探したんだ。今も同じ理由さ。目を見る度に現実を忘れないで済む。オレはこの仮想世界と現実世界、両方にちゃんと存在しているんだってな」
「知らなかったよ。そんな理由があったなんてね」
「誰にも言った事ねーからな」
逆に言えば、グリムロックは私事を話すだけの信頼をされているという事なのだろう。武器の整備や開発を一任されている以上相応以上の信用はあると思っていたが、こうして着実な信頼関係を築けているという証拠が得られるのはグリムロックとしても素直に嬉しい。
「髪を白色にしたのは……オレの地元の神様にあやかって、かな? ヤツメ様っていう蜘蛛の神様なんだけど、白い髪の女の姿で現れるんだ。だから、地元の戦士は戦に白染の毛をつけた兜を被ってたんだ。ヤツメ様の加護があるように……ってね。今でも祭りじゃ男衆が白兜をつけるんだよ」
「今時珍しいくらい信心深いんだね」
ヤツメという神様の名前にグリムロックも聞き覚えが無い為、恐らく細々と田舎で信仰されている土着の神だろうと彼は想像する。
クゥリは自らの容姿にコンプレックスがあるが、一方で粗暴な態度通り、着飾る事に感心が無い。その割にはやや目立つカラーリングをしている為、何か理由があると思っていたのだが、興味深い回答にグリムロックは、人間に歴史あり、という言葉を思い出す。
だが、真っ当な答えの割に渋い顔をするクゥリを見るに、どうやら回答は言葉通りだとしても、別の何かも腹に一物入っていそうである。だが、それをわざわざ問い質すグリムロックではない。
クゥリと庭に移動したグリムロックは、続いて彼から注文があった武器を彼に譲渡する。
システムウインドウを操作して装備したクゥリの手にまず現れたのは、肉厚の鉈である。武骨な印象が強い金属の塊であり、装飾はほとんどなく、柄には晒しが巻いてあるだけだ。鈍い片刃はまさしく叩き斬る為の武具に相応しく、切っ先に行くほどに刀身は幅広くなる為に剣先にある。多くの鉈が先端は平たいのに対し、この鉈の先端は刺し貫く為に鋭い。
「カテゴリーは【戦斧】。名前は【断骨の鉈】だ。強化は+3まで済ませてある。内容は要望通りH2D1(重量2耐久1)だ」
正直に述べれば、グリムロックは彼がこの手の武器を要望した時に素直に驚いた。
クゥリの戦闘スタイルは多種多様な武器を状況の応じて使いこなしつつ、軽装による高機動戦を成すものだ。だが、今回の要望は破壊力を重視したものである。クゥリのSTRから片手でも運用できる限界点であり、彼の戦闘スタイルからはウエイトオーバーである気もするが、客の要望に応えるのが職人の役目である。
刃渡りは70センチと並の日本刀級である。高い打撃属性を持ち、斬撃属性への防御力を備えた敵にも強い効果を発揮するだろう。先端に近づく程に幅広くなる刀身によって遠心力は高まり、その破壊力は飛躍的に上昇するはずだ。
クゥリは厳しい表情で右手で鉈を構え、軽く横に数度素振りをする。その後、逆手、両手で構えて手に馴染ませるように数度手首のスナップを利かせながら回転させ、徐々に遠心力を高めるように振りを鋭く速くする。
風を切る音はまさしく重量武器のそれである。STRを考慮すればグリムロックが使う黒槌のように武器に体が振り回されても仕方がないはずであるが、クゥリの手元にある鉈はまるで彼の1部であるかのように従順だ。
重心バランスの取り方が異様に上手いのだ。STRが要件を満たしている以上装備して振り回すことは誰にでもできる。だが、それ以上に武器の使い方を心得ていると言うべきだろう。よくよく見れば、足首や膝、手首や肘、腰に至るまで、振るう度に微細に変動させている事が分かる。また、あえて鉈の重心に体を預けて体の傾かせて逆に威力を殺さずに破壊力を引き出す素振りもある為か、武器に体が奪われているように見えないのだ。
無言のままクゥリは的である藁人形へと踏み込んで豪快に逆袈裟斬りを放つ。それは一撃で藁人形を両断する。グリムロックはそれに惜しみない称賛の拍手を向けた。
「良い武器だ。手に馴染む感じだ。相変わらずスゲェな」
「一言で強化と言っても簡単じゃない。たとえば、同じ重量強化でも方法は複数あって、使用するアイテムによって微細に武器は変化するんだ。たとえば、一般的にロングソードを重量強化するならば【粗鉄】だ。だけど、同じ重量で+1するにしても【冷鉄】を強化素材にする事で重量強化の度合いは小さくとも微弱だけど致命効果を高める事ができる。私の仕事は、クゥリ君のステータスや体格、戦闘スタイルを考えて、変更可能な装飾品から強化の方向性まで細分して解析し、最良最高最強の武器を提供する事だよ」
丸眼鏡のブリッジを押し上げながらグリムロックは誇らしげに、これぞ鍛冶屋の仕事だと述べる。
ただ単純に素材を集めて武器を作る。それが鍛冶屋の仕事ではない。≪鍛冶≫・≪工学≫・≪設計≫といったスキルをフルに活用して、客の求める武器を生み出す事こそがオーダーメイドで果たさねばならない最低水準だ。
「しかし、作った私が言うのもおかしな話だが、クゥリ君が使うには重過ぎる気もするが……」
グリムロックとしてはクゥリの高速戦闘スタイルの主軸をこれまで担っていたカタナ、先日のカーク戦で失われた羽織狐に替わりを注文されるものだと思っていたのだ。
専用の革製の鞘に鉈を仕舞って腰の剣帯に下げたクゥリは、次の武器を装備する為にシステムウインドウを操作しながら目を細めた。
「確かにな。だが、最近はカタナに頼り過ぎた。オレの戦い方に合ってたのは間違いねーよ。低い耐久を補う火力とクリティカル補正、純粋な斬撃属性。だがな、だからこそ頼り過ぎていた。しばらくカタナは主力から外す。少なくとも、新しい得物が見つかるまではな」
続いてクゥリが装備したのは、両手両足に出現した籠手と具足だ。
カテゴリー≪格闘武具≫。防具でありながら攻撃性能を重視したものであり、武器枠を1つ埋めなければ装備できない。また四肢が単一の防具で形成される為、耐性防御などのバランス形成を組みにくいデメリットも目立つが、代わりに通常の防具以上の格闘攻撃適性を持ち、またナックルなどの片手だけカバーできないものと違い、四肢全てに装備できるというメリットもある。
「レベル40になって新しくスキル枠が2つ増えたからな。元々決めてたんだ。次は≪格闘≫を取るってな」
クゥリの四肢に装備された籠手と具足は黒ずんだ銀色をしており、陽光を浴びてもまるで輝いておらず、光を吸収しているかのようだ。まだ、血管のように溝も彫り込まれているのだが、これは施されたギミックによるものだ。
「【血風の外装】だ。強化は+2まで。L1D1(軽量1耐久1)で軽量化と耐久上昇を済ませてある。かなりレア度の高い武器だよ。クゥリ君が素材集めに尽力してなければ、私も開発できなかっただろう」
クゥリは軽く跳んで血風の外装の調子を確認する。静音性を高める強化を施す為に強化素材にも厳選を重ねた為か、金属の擦れる音は最小限だが、それでも隠密にバットボーナスが付く事になるだろう。
今度の的は藁人形ではなく、プレートアーマーである。クゥリは構えを取り、跳躍を取ってリズムを刻む。左手を僅かに下げ、右手を喉元まで上げた構えから、一気に間合いを詰めた。
シッ、というクゥリの覇気が籠った吐息と共に右の拳打がプレートアーマーに命中し、轟音が響く。これが現実ならば、鎧は凹んでいたのではないかと思う程の苛烈な拳、そこから更に回し蹴りが繰り出される。
プレートアーマーがまるで鐘でも鳴らすように金属音を響かせる。全部で3つ用意されたプレートアーマーの1つが砕けてポリゴンに戻ると、クゥリは間を置かずに次のプレートアーマーへと苛烈に攻撃を繰り出す。それは嵐のようであり、まるで暴風で次々と吹き飛ばされた岩石が命中しているかのようにプレートアーマーは破壊音を叫ぶ。
「血風の外装には隠し性能もある。私もそれを知る術はないから、熟練度を高めて確かめてくれ」
「そいつは楽しみだな」
そして最後の武器だ。クゥリが装備したのは両手剣だ。刃渡りは90センチにも到達する長剣であり、青紫色をした刀身をした両刃剣である。鍔はなく、代わりに刀身と柄を区分するように小さな青い石が埋め込まれている。
名前は【黎明の剣】。まさしく夜明け色をした刀身であるが、表面をよくよく見ると水面に光が当てられているかのように色合いが揺らいでいる。
「まだ強化は+2でD2(耐久2)だ。軽量両手剣だけど、どうだい?」
注文にあったのは高速戦に適した両手剣だ。クゥリはそれを振るうと、残されたプレートアーマー2つの前に立った。
やらりと黎明の剣を地に対して水平に、体に対して横にしながら持ち上げ、斬り払う。それは鮮やかとしか言えない動きだった。軽量両手剣の旨みである高速戦闘仕立てはクゥリに最も適している。また、軽量型とはいえ両手剣である為、火力には申し分ないはずだ。
「どうだい?」
「良い感じだ。ただ、こうも手に馴染むと動かない的を斬るだけじゃ物足りねーな」
やや凶暴性を滲ませるように口元を歪ませたクゥリに、グリムロックは顎に手をやって思案する。
午後にはもう1つ用事が残されているのだが、まだ時間には余裕がある。グリムロックは彼に1つ開発中の試作品のテストを兼ねて協力してもらおうかと考えた。
「クゥリ君、工房裏に来てくれるかな? 少し頼みたいことがあってね。武器の試験にもなる事だから損はさせないよ」
素直に従ってくれたクゥリと共にグリムロックは工房裏にある、庭とは異なる武器の実験場に案内する。
言うなれば表の庭は客の試し切り向けであるが、こちらはグリムロックが武器や防具の性能を調査・試験する為の場所だ。辺境の土地とはいえ、何処に監視の目があるか分からない為、四方には申し訳程度に柵が設けられている。
地面からは無数の丸太が突き刺している。障害物としても足場としても利用できるのだが、グリムロックは専ら障害物として武器の性能テストに利用している。
「私もゴーレム作成に手を出していてね。試作品が出来たから性能をチェックしてもらいたいんだ」
「何だよ。3大ギルドに売り込みする気か?」
冗談っぽくクゥリは問う。彼もグリムロックが大勢力に加担しない信条を理解している。グリムロックは笑いながら試作ゴーレムを披露する。
それはサッカーボールほどの球体だ。目のように砲口の穴が設けられており、そこからは不気味な緑色の光が漏れている。それらを積んだ大人程の大きさをした6足歩行のゴーレムだ。
「名づけて【ソルディオス・オービット】。6足型は自衛するエネルギータンクに過ぎない。本体はあくまでボール型だ。自律飛行して高火力を叩き込む」
「ふーん。まぁ、モンスターとしても登場するタイプだし、珍しくねーな」
やや拍子抜けと言った表情をするクゥリに、グリムロックは一応火力制限をかけておこうと決めた。その動きを見れば、クゥリもこのゴーレムの恐ろしさを実感するだろうが、最初の一撃で痛手を負わせて、そのまま事故で殺害など彼としてもご免である。
「盛大に破壊してもらって構わない。では始めてくれ」
ソルディオス・オービットを起動させたグリムロックは、鉈を構えるクゥリがどんな反応をするだろうかと子供っぽい興奮を覚える。
6足型から浮遊した4つのソルディオス・オービットは、次の瞬間に消失する。正確に言えば、驚異的な加速で丸太の森の中を縦横無尽に駆け巡り、クゥリを立体的に取り囲んだのだ。
「はぁ!?」
さすがのクゥリもこの超軌道には度肝を抜かれたのだろう。素っ頓狂な声を上げ、4方向から偏差射撃かつラグによって回避ルートを割り出した4機のソルディオス・オービットのエネルギー射撃を1発浴びてしまう。
「ちょ、ちょっと待て待て待て! 何だよ、これ!?」
「避けるだけでは駄目だよ。【毒緑の鏡石】を利用しているからね。ビーム自体が汚染されているんだ。だから着弾すれば、その周囲に毒をばら撒いて――」
「頭おかしい! 頭おかしいから!」
着弾点の大気が緑色に染まる中を駆け、クゥリは丸太を蹴って立体的な動きでソルディオス・オービットから逃れ、また捉えようとする。だが、その動きはオペレーションに組み込み済みだ。ソルディオス・オービットは密集体形を取り、互いに背中を預け合いながら独楽のように回転して、今度は拡散ビームを周囲にばら撒く。射程距離は短いが、汚染効果があるので牽制には十分であるし、着弾すれば繊細なバランス感覚が要求される立体運動を阻害できる。
(さすがのクゥリ君も初見では手も足も出ないか。ううむ。少し強過ぎたか?)
我が子同然のソルディオス・オービットの雄姿に誉れを感じながらも、グリムロックはこれ程のゴーレムを生み出して良かったのだろうかと不安にも駆られるが、こうして動きを観察すればまだまだ改善点も多いので、このまま突っ走るのも悪くないだろうと開き直る事にした。
事実として、クゥリは最初を除けば攻撃を受けていない。それどころか、徐々にではあるが、動きをこの短時間で見切り始めている。
ソルディオス・オービットの弱点は収束ビームを放つ時にチャージが必要であり、その間は動きを停止して無防備になる事だ。幾ら高機動であろうとも、それは戦闘において致命的な隙だ。クゥリはチャージ中に接近し、鉈の一振りでまずは1機撃墜する。
だが、それは囮だ。チャージ中が無防備になるのはオペレーションに組み込み済みである。鉈による攻撃のタイミングを見計らい、残りの3機が左右と上から収束ビームを解放する。
汚染された大気が緑色に変色する中、クゥリは軽やかに跳ぶ。あの一瞬、クゥリはまるで最初から射線を見切っていたかのように身を捩じらせたのだ。恐らく、あの時点でソルディオス・オービット全機の位置を把握し、なおかつ策も見破られていたのだろう。
凄まじい先見性と視野、そして回避と攻撃を両立させる柔軟性にグリムロックは舌を巻く。しかも、徐々に見切りの速度は加速し、ソルディオス・オービットの攻撃は掠りもしなくなる。
(性能チェックをされているのは逆かもしれないな)
グリムロックがそう内心でぼやくのも仕方ないだろう。クゥリは鉈を宙に投げてキャッチして鞘に戻すという余裕すら見せ、次いで拡散ビームの僅かなインターバルの中、汚染された大気を突っ切ってソルディオス・オービットの方向へと拳を押し込む。鈍い銀色の籠手に包まれた右の鉄拳は軽々とボール型のゴーレムを破砕する。背後ではもう1機のソルディオス・オービットがオペレーションに従って収束ビームのチャージを終えて放出するが、身を屈めながら反転して、地を擦る様に跳んだクゥリはすれ違い様に黎明の剣を抜いてソルディオス・オービットを両断しようとする。
だが、今回はソルディオス・オービットの回避性能が上回ったのだろう。斬撃を浴びる寸前で真横にスライド移動して躱す。
「おお、スゲェな」
素直に賛美するクゥリであるが、その目はまるで鼠をいたぶる猫、あるいは這う虫を突くカラスのように、遊戯を楽しむ凶暴性を感る。思わずグリムロックは背筋を冷たくした。
続いたのは両手剣による『片手突き』だ。これはソルディオス・オービットの回避オペレーションに組み忘れていた。まるで反応できず、ソルディオス・オービットは刃に貫通され、撃破される。
レベル40になる事で得られる2つのスキル枠。グリムロックは彼が何を取ったのだろうかと興味はあったが、これでハッキリした。彼は≪格闘≫と両手用武器を片手で使用できるようにする≪剛力≫を取ったのだ。
確かに≪剛力≫さえあれば、両手剣でも片手で使用できるようになる。だが、片手使用にはSTR要件が厳しくなる為、STR型ではないクゥリではせいぜい中量両手剣が限界だろう。後は両手用戦斧や戦槌の軽量系が使えるようになる程度だ。
いや、それで十分なのだ。両手武器を片手だけで使用できるというメリットは片方の手を瞬時にフリーにできるという事だ。その隙に投げナイフを投擲したクゥリによって、最後のソルディオス・オービットがダメージを負う。
両手剣は両手が埋まる為、瞬時にアイテムを取り出せないというデメリットがある。それを補い、また片手使用によって瞬時にリーチを稼いだり、剣技の幅を広めたりできるのはクゥリにとって有意義なのだろう。
残るは最後の1機だが、ここで6足型が突如としてクゥリに突進する。緊急用オペレーションであり、ソルディオス・オービットが最後の1機になった時に発動するように組み込んであった。この突進攻撃を跳躍で回避しながらクゥリは頭上から黎明の剣で串刺しにする。
この決死の突撃にも意味がある。チャージを終えたソルディオス・オービットがクゥリからの攻撃の届かない斜め上後方からビームを放とうとしている。
だが、グリムロックが見たのは、クゥリが何をするでもなく、勝手にソルディオス・オービットが撃墜される姿だ。
「い、一体何が……エラーか?」
咄嗟にシステムウインドウを出してゴーレムの戦闘ログを確認するが、ダメージによるHP全壊とある。まるで意味が分からないという顔のグリムロックに、クゥリは悪戯っぽく笑んだ。
「秘密兵器だよ。練習した甲斐があったな」
どうやら信頼されているとはいえ、カードの全てをグリムロックに明け渡しているわけではないようだ。1本取られたとグリムロックは頭を掻く。信頼と信用があっても、何処かで線引きし合ってこそ、友好は長く続くものである。
とはいえ、グリムロックもクゥリが何をしたのかは見切れなかったが、いかなる武器のジャンルを使用したのかは予想ついている。
彼は必ず暗器を1つ仕込む。クゥリの武器枠は4つだ。今は黎明の剣、鉈、血風の外装の3つで埋まっている。ならば、あと1つはグリムロックも不詳の暗器を装備しているのだろう。
「つーか、このゴーレムおかしいだろ。何だよ、あの動き。あんなの3大ギルドだって作ってねーぞ。それにオペレーションも優秀じゃねーか」
「まだまだ未熟だよ。改善点があれば教えてほしいんだけど、良いかな?」
システムウインドウのメモ帳機能を出したグリムロックに、クゥリは腕を組んでしばらく唸った。
「まずはHPが低い上に装甲が紙だ。火力と機動力と毒汚染でカバーするつもりだろうけど、幾らなんでも低過ぎるだろ」
「それは私も同意見なんだが、全てを高クラスなど土台不可能だ」
「だったら、根本的に巨大化してHPと装甲厚くするのはどうだ?」
それは面白い試みだ。機動力を高める方向にシフトすれば巨大化による鈍足化のデメリットも減るし、火力はチャージ時間を伸ばせば補える。
他人の意見を聞いた途端にグリムロックは新しい試みを幾つか思い浮かび、心のままに声にする。
「だったら、いっそバリアを装備させるのはどうだい? コストは嵩むが、どうせ巨大化させるなら防御力を強化を徹底的にしよう」
「おっ! それ悪くないな! それならチャージ中の無防備もマシになるだろうし。もうこうなったら、巨大なヤツを守る小型も準備したらどうだ?」
「おお! 素晴らしいアイディアだ! しかし、こんなの作ったら何百万コルかかるのやら。ここまで来たらアームズフォートだね」
さすがのグリムロックも資金と素材が足りなさ過ぎる。今の意見を全て実現したゴーレムは、まさしく3大ギルドが進めているとされるアームズフォート計画によって生み出される巨大ゴーレムそのものだ。その中でも最上級かつ異質なものとなるだろう。
実現させるならば3大ギルド級の資金力と組織力が不可欠か。グリムロックは、これは構想の中だけの怪物だなと、我が子の完成形が誕生しそうにない事に残念な気持ちになる。
「しかし、クゥリ君も腕を上げたね。素人目だけど、以前とはまるでキレが違うよ。全盛期の勘を取り戻したかい?」
グリムロックとて数少ないSAO生存者だ。クゥリが【渡り鳥】として恐れられた由縁を把握している。
グリムロックは今のクゥリが全盛期の勘を取り戻した姿であると確信した。いかに未完成とはいえ、初見のソルディオス・オービット相手に『遊ぶ』事が出来るプレイヤーは上位陣でも多くないだろう。
「そうだな。錆落としは終わったって所かな。まだまだ刃は鈍ってる感じだ。6割くらいじゃねーの? 今のオレじゃ『アイツ』にもPoHにも届かねーだろうし」
だからこそ、グリムロックはあっさりとした返答に薄ら寒いものを覚えた。
本人も自覚するレベルで、まだまだ【渡り鳥】の頃には戻れていないのだろう。ならば、全盛期に……いや、今も成長を続ける彼が到達するのは、もはや人の領域を超えた強さなのではないだろうか?
それはまさしく伝説にあるようなバケモノそのものだ。そんなバケモノを相手にして勝てるのは同じ規格外だけなのだろう。そう、たとえば【黒の剣士】のような……
恐ろしい。グリムロックは工房を去ったクゥリを思い浮かべながら、ソルディオス・オービットの新オペレーションと改良に必要な素材を割り出し、再設計をしながら、そんなバケモノの爪と牙を鍛える自分に興奮を覚え、即座に戒める。
(何を考えているんだ。クゥリ君は『人間』だ。『バケモノ』じゃない。彼は……まだまだ幼いんだ。心無い言葉のせいで歪んでしまうかもしれない。大人として、私も彼を気遣ってあげないと)
どれだけ成長性があろうとも、その方向を間違えて命を何とも思わぬ残虐性を手にすれば、それは人ではなく獣だ。本物のバケモノだ。
そして、幼い心を導くのは大人の役割である。グリムロックは前科持ちの情けない大人であるが、そんな彼にも手を差し伸べて協力を申し出たのがクゥリだ。自分が殺してしまったグリセルダが果たそうとした役割を、グリムロックは自身に感じ取る。
確かにクゥリは格段に強くなった。特にカーク戦の前後ではまるで動きが違う。だが、その一方で眼差しはより不安定になったかのように感じた。
「邪魔するで」
呼び鈴が鳴り、グリムロックは我に返る。ソルディオス・オービットの設計データを記録結晶に慌てて保存し、グリムロックは店頭へと顔を出して、本日のもう1つの目的を思い出した。
店頭の武器を眺めながら彼を待っていたのは、サボテン頭のような奇抜な髪型をしたプレイヤーだ。
「これは【キバオウ】さん。ようこそグリムロック工房に」
「おう。わいも会いたかったで、グリムロックはん」
ラスト・サンクチュアリのエンブレムである、青と緑と赤の3つのラインによって作られた黄色に染まる3角形。それを堂々と胸に刻んだこの男こそ、3大ギルドに否を唱え続ける最大の反対勢力にして、多くの貧民プレイヤーを抱える最大規模ギルドのトップであり、SAO生還者のリターナーたるキバオウだ。
約束通り護衛はいない。彼自身も上位プレイヤー級の実力がある為、このステージのモンスターに殺られる事はないだろうが、何処に他ギルドの刺客が潜んでいるかも分からない時勢に、大した胆力であると、グリムロックは噂以上の人物かもしれないとキバオウの評価を高める。
「良い場所に店を構えてるんやな」
「苦労しましたから」
「せやけど、ここじゃあまり客が入らんやろ?」
「それが狙いです。無作為に武器を売る気はありませんからね」
解毒アイテムも使わずに差し出された珈琲を飲むキバオウは、果たして大物か、それとも知恵が回らぬ愚か者か、グリムロックは判断しかねているが、今日は彼の人物像を分析する事が目的ではないと頭を切り替える。
あくまで温和な笑みを崩さず、グリムロックはキバオウが話を切り出すのを待つ。
「グリムロックはん、今日来たのは他でもない、あんたの力を借りたいからや。是非ともラスト・サンクチュアリの鍛冶屋になってくれへんか?」
「理由をお聞きしても?」
今日の面会の目的は事前にサインズを通した連絡で聞き及んでいる。グリムロックは珈琲を傾けながら、いかなる弁を披露するのだろうかとキバオウを見つめた。
「腕の良い鍛冶屋は皆3大ギルドか鍛冶屋組合に属しているんや。今やギルド間抗争は単純なプレイヤーの力だけやない。圧倒的な火力を発揮するアームズフォートといったゴーレムやギルドNPCといった数の暴力の時代なんや。ラスト・サンクチュアリもゴーレムや武器の作成を進めてるんやが、イマイチなのが実情や」
「ええ。これも『噂』に過ぎませんが、ラスト・サンクチュアリを裏から聖剣騎士団がサポートしているとか。ラスト・サンクチュアリの方々やUNKNOWNの武装と防具には聖剣騎士団製と思われる部分が髄所に見られますからね」
聖剣騎士団は表向きこそ3大ギルドの協調路線を保っているが、一方でラスト・サンクチュアリに様々な便宜を図っている。たとえば、彼らの生命線である農業による食糧の作成。その生産効率を引き上げる肥料系アイテムは聖剣騎士団から購入しているのだ。その他娯楽品から武具・防具に至るまで。
その時点で3大ギルドの方針を真っ向から否定するラスト・サンクチュアリの名目は事実上失われていると言えるだろう。それでも大言を辞めないのは、果たしてキバオウの意思か、それとも彼が幹部を掌握できていない証拠か。
「グリムロックはんの技術力はサインズでも密やかな噂になっているんや。あの【渡り鳥】も贔屓にしているんやろ?」
「何の話やら……とはぐらかしても無駄でしょうから、肯定します。ええ、私は彼の専属ですよ」
情報屋の網から逃れられない。それはグリムロックもクゥリも承知の上だ。この程度は揺さぶりにもならない。
「わいらには力が必要なんや! UNKNOWNはんのお陰で盛り返しているが、クラウドアースとの決戦は免れへんし、どれだけ強くても1人や。そうなったら、多方面攻撃に曝されたらわいらには勝ち目が無い! 早急な戦力増強が必要なんや!」
「そのためのゴーレム……アームズフォートですか」
「そうや! UNKNOWNはんとグリムロックはんのアームズフォート! この2つが揃えば、クラウドアースも簡単には手出しできんはずや! それにグリムロックはんならそれ以上の事もできる!」
魅力的な提案ではある、とグリムロックは未完成確実だろうソルディオス・オービットを思い浮かべる。資金力が3大ギルドに劣るとはいえ、ラスト・サンクチュアリの下ならば日の目を見ることもできるだろう、最狂のアームズフォートに身震いする。
だが、それは夢の中だけで構わない。グリムロックは内なる開発欲を抑え込んで首を横に振る。
「お断りします」
「なんでや!?」
「私はソロの鍛冶屋という身分が気に入っています。それに、3大ギルドとのごたごたに巻き込まれるのはご免だ。私には私の『目的』がある」
「多くの貧しいプレイヤーを守る為や! あんたは彼らを見捨てるんか!?」
テーブルを叩いて立ち上がり、拳を握るキバオウには焦りが見て取れる。なるほど。先程の予想は後者……幹部を御しきれていないのか、とグリムロックは判断した。ならば、尚の事に力を貸せば、いかなる暴走が待っているか分からない。
キバオウの貧民プレイヤーを守りたいという意思は本物なのだろう。だが、その為にグリムロックは目的たる『グリセルダを探す』を蔑ろにして、ギルド間抗争に巻き込まれるわけにはいかないのだ。
「……また来るで。わいは諦めへん。あんたなら、わいの理想が分かるはずや。SAOの惨劇を知るあんたなら必ず……」
店を去るキバオウを見送り、グリムロックは溜息を吐く。
安全圏が失われ、暴徒と化し、奪う者と奪われる者に分かれた下層プレイヤー達。その悲劇をグリムロックも忘れたわけではない。キバオウは、いずれ訪れるだろうDBOの終末の日を回避したいだけなのかもしれない。あるいは、もっと短期的に、今いる貧民プレイヤーを守りたいだけなのかもしれない。
だが、既に理想は形骸化し、組織は腐敗した。もはやラスト・サンクチュアリを待つのは、来たる決戦の日だけだ。
「キバオウさん……気を付けてください。そして選択を間違えないでください」
その時は、必ず白いカラスを雇わねばならない。UNKNOWN1人で立ち向かうという無謀を侵してはならない。彼ならば、依頼さえあれば必ず力を貸してくれるはずだ。
だが、もしもそれを躊躇したならば、敵は彼を雇い、UNKNOWNを全力で狩りに行くはずだ。
はたして、全てを焼き尽くすカラスはどちらの味方となるか。グリムロックは珈琲を傾け、再びソルディオス・オービットの設計データを弄り始めた。
あんなもの。
変態。
ふざけてるの?
AMIDAと並ぶアイドル、ソルディオスちゃん登場(超強化予定)。
それでは、91話でまた会いましょう。